大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2700号 判決 2009年3月10日
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控訴人
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同訴訟代理人弁護士
野々山宏
同
長野浩三
同
住田浩史
同
谷山智光
同
平尾嘉晃
同
宮崎純一
同
木内哲郎
同
大濱巌生
同
武田真由
同
川村暢生
同
山口智
同
二之宮義人
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被控訴人
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同訴訟代理人弁護士
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同
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同
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主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は控訴人に対し,12万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 主文第1,2項と同旨。
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,賃貸マンションの賃借人であった控訴人が,賃貸借契約に付随して締結した,①定額補修分担金特約に基づき,定額補修分担金として12万円を支払い,また,②退去月において賃料の日割計算をしない特約に基づき月額賃料5万8000円全額を支払ったところ,賃貸人であった被控訴人に対し,
(1)ア ①の特約は敷金契約であるとして,敷金契約に基づき,又は,
イ ①の特約は消費者契約法(以下「法」という。)10条により無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,
12万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
(2) ②の特約は法10条により無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,2万6180円及びこれに対する上記平成20年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
それぞれ求めた事案である。
2 原審は,1(1),(2)に係る各請求をいずれも棄却したところ,控訴人が1(1)の請求棄却部分を不服として本件控訴を申し立てた。したがって,1(2)に係る請求の当否は当審における審判の対象となっていない。
3 争いのない事実等,争点(当事者の主張を含む。)は,原判決の「事実及び理由」第2の1並びに2の(1)及び(2)(原判決2頁10行目から6頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件特約の性質)についての当裁判所の判断は,原判決の「事実及び理由」第3の1(原判決6頁24行目から7頁16行目まで)の理由説示と同一であるから,これを引用する(ただし,原判決7頁8行目から9行目にかけての「汚損ないし損耗した場合の回復費用のうち受領した定額補修分担金額を超過した部分を除き,」を「汚損ないし損耗した場合を除き,」に改める。)。
2 争点(2)(本件特約の有効性)について
(1) 弁論の全趣旨によれば,控訴人は法2条1項の「消費者」に,被控訴人は同条2項の「事業者」に該当すると認められ,その間で締結された本件賃貸借契約は同条3項の消費者契約に該当する。
(2) 法10条前段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であることを定めている。
民法の規定(616条,598条)によれば,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されている。したがって,建物の賃貸借において賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗については,賃貸人が負担すべきものといえ,賃貸借契約終了に伴う原状回復義務の内容として,賃借人は通常損耗の原状回復費用についてこれを負担すべき義務はないと解される。
本件特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る原状回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷,改造を除き原状回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,本件賃貸借契約書(甲1)の記載内容や弁論の全趣旨によれば,逆に,原状回復費用が分担金を下回る場合や,原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合,あるいは原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合にも,賃借人はその差額等の返還請求をすることはできない趣旨と解され,そうすると,上記の場合本件特約は,賃借人が本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものといわざるをえず,民法の任意規定に比して消費者の義務を加重する特約というべきである。
(3) さらに法10条後段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であることを規定する。
これを本件についてみると,定額補修分担金の金額は月額賃料の2倍を超える12万円であること,上記(2)のとおり原状回復費用が分担金を下回る場合や原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合のみならず,原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合においても賃借人は一切その差額等の返還請求をすることはできない趣旨の規定であること,入居期間の長短にかかわらず,定額補修分担金の返還請求ができないこと(本件賃貸借契約5条3項),本件賃貸借契約5条1項が,「新装状態への回復費用の一部負担金として」定額補修分担金の支払を定めているところからすれば,定額補修分担金には通常損耗の原状回復費用が相当程度含まれていると解されること,控訴人は被控訴人に対し,定額補修分担金の他に礼金15万円を支払っていること(甲2)などの事情を併せ考えれば,本件特約は,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものというべきである。
(4) これに対し,被控訴人は,本件特約は,賃貸借契約締結時において原状回復費用を定額で確定させて,賃貸人と賃借人の双方がリスクと利益を分け合う交換条件的内容を定めたものであるから,法10条には該当しないなどと主張する。しかし,定額補修分担金という方式によるリスクの分散は,多くの場合,多数の契約関係を有する賃貸人側にのみ妥当するものといえ,また,原状回復費用を請求する側である賃貸人は,定額を先に徴収することによって,原状回復費用の金額算定や提訴の手間を省き紛争リスクを減少させるとのメリットを享受し得るといえるが,賃借人にとっては,そもそも通常の使用の範囲内であれば自己の負担に帰する原状回復費用は発生しないのであるから,定額補修分担金方式のメリットがあるかどうかは疑問といわざるをえない。本件における定額補修分担金の金額が月額賃料の2倍を超える12万円であることも併せ考えると,本件特約が交換条件的内容を定めたとする被控訴人の主張は採用できない。
(5) したがって,本件特約は,法10条により無効である。
3 以上の認定及び判断の結果によると,12万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきである。これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安原清藏 裁判官 樋口英明 裁判官 本多久美子)