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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2729号 判決 2009年4月22日

控訴人・被控訴人(一審原告)

別紙一審原告目録(1)記載のとおり

被控訴人(一審原告)

別紙一審原告目録(2)記載のとおり

上記訴訟代理人弁護士

飯田昭

伊藤知之

奥村一彦

小林務

中村広明

山下宣

山﨑浩一

塩見卓也

被控訴人(一審原告)

別紙一審原告目録(3)記載のとおり

被控訴人・控訴人(一審被告)

京都市

上記代表者市長

門川大作

上記訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

(以下、当事者の地位は、原審における地位によって「一審原告」又は「一審被告」と表示する。)

主文

一  別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らの本件控訴に基づき、原判決中別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は、別紙一審原告目録(1)記載の一審原告ら各自に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成一九年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らのその余の請求を棄却する。

二  一審被告の本件控訴を棄却する。

三  別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らと一審被告との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を一審被告の、その余を別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らの負担とし、その余の一審原告らと一審被告との間に生じた一審被告の控訴費用は、一審被告の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  別紙一審原告目録(1)記載の一審原告ら

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は、別紙一審原告目録(1)記載の一審原告ら各自に対し、一億九三五三万九九〇七円及びこれに対する平成一九年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  仮執行宣言

二  一審被告

(1)  原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、一審原告らが、一審被告に対し、一審原告らを含む京都市民らは、弁護士に委任して、平成一四年法律第四号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、一審被告に代位して、川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)に対する損害賠償請求訴訟を提起し、一部勝訴の判決を得たと主張して、法二四二条の二第七項に基づき、一審被告に対し、一審着手金四二三二万九七〇〇円、控訴審着手金四二三二万九七〇〇円及び報酬金一億〇八八八万〇五〇七円の合計一億九三五三万九九〇七円の弁護士報酬並びにこれに対する請求の日の翌日である平成一九年六月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、一審原告らの本訴請求を、一審原告ら各自に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成一九年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余を棄却したので、別紙一審原告目録(1)記載の一審原告ら及び一審被告がいずれも控訴を提起した(なお、一審原告X2は原審係属中の平成一九年一二月二七日に死亡し、X3及びX5の両名が同人を相続し、承継した。以下においては、上記承継人を含める場合も一審原告らと表示する。)。

二  前提事実(争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認定することができる。)

原判決の「事実及び理由」の第二の二(同二頁一四行目から同五頁一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

三  争点

一審原告らが、一審被告に対し、法二四二条の二第七項に基づき前訴の弁護士報酬として請求し得る額(以下「本件報酬額」という。)はいくらか。

四  争点に対する当事者の主張

次のとおり補正し、当審における当事者の主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の第二の三(同六頁一行目から同一二頁二一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決の補正

原判決九頁末行の次に改行して、次のとおり加える。

「オ 相当報酬額

以上によれば、本件報酬額は、次の(ア)ないし(ウ)を合算した一億九三五三万九九〇七円である。

(ア) 一審着手金

控訴審判決が川崎重工に対し支払を命じた金員のうち元本一八億三一二〇万円を経済的利益の額とし、これに本件報酬規程一六条を適用して算出した額に五パーセントの消費税相当額を加算した四二三二万九七〇〇円

(計算式) (1,831,200,000×0.02+3,690,000)×1.05=42,329,700

(イ) 控訴審着手金

上記(ア)と同額の四二三二万九七〇〇円

(ウ) 報酬金

控訴審判決が川崎重工に対し支払を命じた元本一八億三一二〇万円及び遅延損害金五億七六六九万三〇二八円の合計二四億〇七八九万三〇二八円を経済的利益の額とし、これに本件報酬規程一六条を適用して算出した額に五パーセントの消費税相当額を加算した一億〇八八八万〇五〇七円(円未満切捨)

(計算式) (2,407,893,028×0.04+7,380,000)×1.05=108,880,507」

(2)  当審における当事者の主張

(別紙一審原告目録(1)記載の一審原告ら)

ア 本件報酬規程は弁護士報酬について社会の相場を反映したものであり、本件報酬額の算定に当たっては、委任契約の有無にかかわらず、本件報酬規程を直接適用すべきである。

住民訴訟における住民代理人弁護士と地方公共団体との間には委任契約が存在しないので、本件報酬額の算定に当たり本件報酬規程を直接適用することはできないとしても、これを参考とすべき基準とするという判断枠組みも十分に成り立つ考えである。

イ 弁護士報酬は、弁護士の委任事務処理の対価であり、委任事務処理に要した時間と労力、そして委任事務処理の成果に応じて支払われるべきものである。法二四二条の二第一項四号に基づき損害賠償を求める訴訟(以下「四号訴訟」という。)は確かに参政権的性格を有するが、原告住民らからこの訴訟の委任を受けた代理人弁護士は、当該地方公共団体の相手方に対する損害賠償請求権の存在について主張・立証を行うから、その委任事務処理の内容及びそれに要する時間と労力は当該地方公共団体から相手方に対する損害賠償請求訴訟の委任を受けた場合と同一であるか、当事者の情報収集力からすると、むしろ、住民から委任を受けた代理人弁護士の方が遥かに多くの時間と労力を費やすことが多い。また、委任事務処理の結果、当該地方公共団体に損害賠償金が支払われるという成果が得られる点も同一である。

そして、四号訴訟が勝訴で終了したときは、当該地方公共団体にその損害の回復という直接の利益が生じ、それがひいては住民全体の利益になることから、法は、住民が勝訴した場合に、その弁護士費用を当該地方公共団体に負担させることとした。このように、勝訴した原告住民らの代理人である弁護士への報酬はその訴訟で利益を受けた地方公共団体が負担すべきであるという法の趣旨からすれば、弁護士報酬を決める際にも地方公共団体が受けた経済的利益を最も重要な基準とすべきであって、算定不能と解すべきではない。

(一審被告)

ア 本件報酬規程は、報酬額の社会的相当と適正や委任者の予測可能性確保等を目的として制定されたものであるが、この要請は、法二四二条の二第七項により地方公共団体が弁護士報酬相当額を決定して支払う場合にも妥当するから、本件報酬額の決定に当たっても、本件報酬規程を排除すべき理由はないし、むしろこれを基準に算定されるべきものである。

イ 五三年判決は、四号訴訟の訴額算定の基礎となる「訴えをもって主張する利益」について、これを実質的に理解し、地方公共団体の損害が回復されることによってその訴えの原告を含む住民全体の受けるべき利益がこれに当たると見るべきであり、このような住民全体の受けるべき利益は、その性質上、勝訴判決によって地方公共団体が直接受ける利益すなわち請求にかかる賠償額と同一ではあり得ず、他にその価格を算定する客観的、合理的基準を見出すことも極めて困難であるから、その価額を算定することができないことに準じるのが相当と判断している。

上記において展開されている損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的と性格については、弁護士報酬の算定についての勝訴原告が確保した経済的利益の額を検討するに当たっても当然考慮されるべきことであり、現に、多くの高等裁判所の裁判例は、弁護士報酬相当額の算定に当たって、本件報酬規程等の弁護士会の報酬規程の適用において、算定不能の場合によることとしている。

以上によれば、本件においても、弁護士報酬の算定の基礎となる経済的利益の額は算定不能と解すべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件報酬額算定の基準となるもの

(1)  平成一五年七月二五日法律第一二八号(平成一六年四月一日施行)による改正前の弁護士法三三条一項は、弁護士会は、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の承認を受けて、会則を定めなければならないと定め、同条二項は、弁護士会の会則には、左の事項を記載しなければならないとして、同項八号に「弁護士の報酬に関する標準を示す規定」を置いていたこと、日弁連は会規をもって「報酬基準規程)(以下「日弁連報酬規程」という。)を定め、その一条において、弁護士会は、この規程を基準とし、所在地域における経済事情その他の地域の特性を考慮して、弁護士の報酬に関する標準を示す規定を適正妥当に定めなければならないと定めていたこと、本件報酬規程は日弁連報酬規程の上記定めを受けて、京都弁護士会が定めた弁護士の報酬に関する標準を示す規定であることは、いずれも当裁判所に顕著である。

(2)  ところで、弁護士の報酬は、弁護士が行う委任事務処理の対価であるから、委任者が受任弁護士に対して支払うべき報酬の額は、事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間その他当事者間における諸般の事情を総合考慮し、また、各弁護士会が定める報酬規定も参考資料として定めるべきものであるということができる。

そして、委任者が受任弁護士に対して支払うべき報酬の額を事件の類型毎に具体的に明らかにする基準は、日弁連報酬規程及び各弁護士会が定める報酬規程(本件においては本件報酬規程)以外には存在しないこと、これら規定が適正妥当な弁護士報酬を定める基準として広く運用されてきたことからすると、本件報酬規程は、上記弁護士法の改正に伴い、日弁連報酬規程と共に廃止された現在においても、なお相当な弁護士報酬の額を決定するに当たって重要な基準になるというべきである。

(3)  地方公共団体が四号訴訟で勝訴した者から法二四二条の二第七項の報酬の請求を受けてこれを支払う場合、支払者である地方公共団体と請求者である四号訴訟の勝訴者との間及び当該報酬が最終的に帰属する弁護士と支払者である地方公共団体との間にはいずれも委任関係はない。しかし、本件報酬規程は、弁護士が事件等の依頼を受けて事件等の処理をしたことを前提として、弁護士がその職務に関して受ける弁護士報酬等の標準を示したものではあるが、上記(1)に認定した事情に照らせば、弁護士がした事務処理の対価の標準として適正妥当なものというべきである。このことからすると、本件報酬規程は、報酬の請求者ないし最終的な帰属者と支払者(地方公共団体)との間に委任関係が存在しない本件報酬額の算定においても重要な基準となるというべきであり、したがって、その準用が肯定されるというべきである。

二  経済的利益の額の算定

(1)  法二四二条の二第七項にいう報酬とは、四号訴訟の原告住民らが事務処理を委任した弁護士に支払う着手金及び報酬金をいうと解するのが相当である。

そこで、本件報酬規程の着手金及び報酬金についての定めを見るに、一二条は、特に定めのない限り、民事事件の着手金は事件等の対象の経済的利益の額を、報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定するとし、一三条はその経済的利益の額の算定方法を定め、一五条一項は、一三条により経済的利益の額を算定することができないときは、その額を八〇〇万円とすると定めている。四号訴訟は、裁判所の事務処理上は行政事件に分類されているが、本件報酬規程中民事事件の着手金及び報酬金を定めた節にある一六条は、行政審判等事件の着手金及び報酬金についても、経済的利益の額を基準として算定すると定めていることに照らすと、本件報酬規程を準用するにおいては民事事件ないしこれに準ずるものとして、経済的利益の額を基準として報酬を算定すべきものと認めるのが相当である。

(2)  四号訴訟は財産権上の請求に係る訴訟と見るべきものであるが、その経済的利益の額の算定に関し、一審原告らは、これを本件報酬規程一三条一号の金銭債権に係る事件と見て、債権総額をもってすべきものと主張する。

ア 本件報酬規程には、四号訴訟の着手金及び報酬金の額の算定方法を直接定めた規定はない。しかし、本件報酬規程一二条と同旨の日弁連報酬規程一五条に関する日弁連調査室の解説には、「債権者代位訴訟、株主の代表訴訟、地方自治法上の住民訴訟等、いわゆる法定訴訟担当の場合には、弁護士を依頼した訴訟担当者は、権利義務の帰属主体ではないが、本条の関係においては訴訟の対象となっている権利義務の価格を経済的利益の額とし、これを基準に弁護士報酬を算定すべきである。」との記載があり(甲一八)、本件報酬規程一二条と同旨の東京弁護士会報酬会規一三条に関する東京弁護士会弁護士業務改革委員会の解説には、「住民訴訟や株主代表訴訟の場合、原告は自ら利益が帰属するわけではないが、勝訴の場合には……(中略)……地方公共団体や会社に弁護士報酬額の範囲内で相当な額を請求できるのであるから、……(中略)……着手金を減額し報酬金を増額する約定をすることが必要となろう。」、「住民訴訟、株主代表訴訟の報酬金は原告については認容額、被告については請求が排斥された額を基準とすべきである。」との記載がある(甲一九)。

以上によれば、日弁連報酬規程及びこれを基準に各弁護士会が定めた報酬規程においては、四号訴訟を本件報酬規程一三条一号(日弁連報酬規程一六条一号)にいう金銭債権に係る事件と見て、その経済的利益は利息及び遅延損害金を含む債権総額とするとの解釈が一般的であると認められる。上記解釈は裁判所の判断を拘束するものではないが、本件報酬規程の解釈に当たっても考慮すべき一事情となるというべきである。

イ 前記一(1)で述べたとおり、委任者が受任弁護士に対して支払うべき報酬の額は、事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間その他当事者間における諸般の事情を総合考慮して定められるべきものであるが、その決定に当たって、各弁護士会が定める報酬規程も参考資料とすべきものとされるのは、これら報酬規程(本件においては本件報酬規程)が、弁護士が日常取扱う事件について、事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間等を事件の類型別に一定の標準化を行っており、かつ、その標準化の内容が運用の過程において一定の社会的承認を得ているためであると解される。

そこで、四号訴訟における事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間等について検討するに、同訴訟は、地方公共団体の住民が、違法行為に係る相手方に対し、地方公共団体が有する損害賠償請求権を代位行使する形態のものであり、四号訴訟において原告となった住民は、地方公共団体が原告となって当該相手方に対して損害賠償請求に及ぶ場合と同様に、相手方の違法行為の存在及びそれによって地方公共団体が被った損害を主張立証すべきことになる。このような訴訟の委任を受けた弁護士がする委任事務処理の負担が、直接当該地方公共団体から相手方に対する損害賠償請求訴訟の委任を受けた弁護士の場合より軽いとは考え難いところである。

上記において、地方公共団体が違法行為に係る相手方に対して直接損害賠償請求に及ぶとすれば、当該地方公共団体の代理人弁護士の報酬の標準は、本件報酬規程一三条一号により、債権総額を経済的利益の額として算定されることになるが、委任事務処理の内容及び弁護士報酬を定めるに当たっての上記基準に照らせば、四号訴訟を提起する住民の代理人弁護士についても、これと同等の弁護士報酬が標準の報酬として想定されるべきであるということができる。したがって、本件報酬規程を準用するにおいては、四号訴訟を同規程一三条一号の金銭債権に係る事件に当たるとし、その経済的利益の額は利息及び遅延損害金を含む債権総額とするのが相当である。

(3)  これに対して、一審被告は、四号訴訟の法的性格からすると、その経済的利益の額は算定不能であるから、本件報酬規程一五条一項により八〇〇万円とされるべきであると主張する。

ア ところで、法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、執行機関又は職員の上記財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に制度の本来の意義がある。すなわち、住民の有する上記訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によって特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を目的とするものであるということができる。このうち四号訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によると定められているが、この場合でも、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的であり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとされている(五三年判決参照)。

しかし、本件報酬規程の「経済的利益の額」という概念は、標準の弁護士報酬を算定するための観念的なものであり、訴額算定の基礎となる「訴えを以て主張する利益」と同じものであるとは考えられない。前記のとおり、弁護士報酬は弁護士の委任事務処理の対価であるから、本質的には事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間その他当事者間における諸般の事情を総合考慮して決定されるべきものであるが、当該訴訟の法的性格と格別の関連を有するものということはできないからである。このことからすると、一審被告が指摘する四号訴訟の性格は、訴額算定の基礎となる訴えを以て主張する利益が算定不能であることの根拠とはなっても、本件報酬規程が定める経済的利益の額が算定不能であることの根拠にはならないというべきである(ちなみに、四号訴訟がその法的性格の故に本件報酬規程上経済的利益の額が算定不能とされるのであれば、被告とされた者が依頼した代理人弁護士に支払うべき標準の報酬額の基準となる経済的利益の額は、地方公共団体から賠償請求を受けた場合は金銭債権に係る事件として債権総額とされるのに、四号訴訟として住民から請求を受けた場合には算定不能として八〇〇万円とされることになろうが、かかる解釈は明らかに不合理である。)。

イ これに対し、本件報酬規程の定める経済的利益の額は四号請求については算定不能であると解することが、事件等の対象の金額や委任事務処理により確保した金額の多寡を考慮すると、一見、衡平の理念に反するように見える場合には、そのような事柄は、実際に地方公共団体に支払を命ずべき相当額の認定の際に、増額要素として考慮すれば足りるとする見解もあり得るが、弁護士報酬が委任事務処理の対価であることからすると、事件等の対象の金額や委任事務処理により確保した金額の多寡は、標準の報酬額を定めるに当たりまず重視すべき事情であって、これを本件報酬規程の適用の基礎にせず、法二四二条の二第七項の「相当と認められる額」の増額要素にとどめるとする見解は本末転倒というほかない(しかも、後に述べるとおり、同条項は四号訴訟の勝訴者が地方公共団体に対して請求し得る弁護士報酬の額を、当該委任事務処理の対価としての報酬の全部ではなく、その報酬の相当と認められる部分に限るとする趣旨のものであって、これにより四号訴訟の勝訴者と受任弁護士との間で定まる弁護士報酬が相当な額に増額されるという事態は想定されていないと解される。)。むしろ、本件報酬規程にいう経済的利益の額は、四号訴訟については当該事件の債権総額であるとした上で同規程を準用し、一審被告が指摘する四号訴訟の性格は、本件報酬規程における報酬の減額要素ないし法二四二条の二第七項の「相当と認められる額」を認定するに当たっての考慮事由となると解するのが、本件報酬規程及び法の趣旨に沿うものというべきである。

(4)  要するに、本件報酬規程上の四号訴訟に係る経済的利益の額を金銭債権に係る事件と見て債権総額と解すべきか、あるいは法律によって特別に認められた参政権の一種であるという法的性格を重視して算定不能とした上で八〇〇万円と解すべきかの問題は、四号訴訟においてそのいずれを本件報酬規程の準用の基礎にするのが、委任事務処理の対価を決定すべき本来的な要素である事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間その他当事者間における諸般の事情等をより正しく反映した標準の報酬額を導くことができるかの問題に帰着するというべきである。そして、この観点に照らせば、四号訴訟の経済的利益の額を算定不能として八〇〇万円と見るよりも、当該事件等に係る債権総額と見る方が遥かに委任事務処理の実態に沿うものというべきである。

以上のとおりであるから、本件報酬規程にいう経済的利益の額は、四号訴訟に関しては、一三条一号の金銭債権についての事件又はこれに準ずるものとして、損害賠償請求権の利息及び遅延損害金を含む債権総額をいうと解するのが相当である。もっとも、本件報酬規程の具体的な当てはめに当たっては、当該事件の特別な事情、依頼の目的を達することについての見通し、紛争の実態等を勘案して、適宜同規程七条、一四条、一六条二項、同条三項等を準用するなどして、適正妥当な報酬額を定める必要があることはいうまでもない。

三  本件報酬規程の具体的な当てはめ

(1)  前訴の経過等は、原判決の「事実及び理由」の第三の四(1)ないし(3)(同一七頁五行目から同二一頁二五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(2)  本件報酬規程に沿ってまず一審着手金の基準について検討するに、一二条は着手金の基準を事件等の対象の経済的利益の額と定めており、これを四号訴訟の請求にかかる債権総額と見るべきことは上記のとおりである。そして事件等の対象の経済的利益は、特段の事情がない限り、その請求額と解すべきである。もっとも、前訴の請求額は二四八億三九四七万五五〇〇円(ただし、請求拡張後の額。)であるが、前訴の一審の認容額が元本一一億四四五〇万円及びうち三億七九三九万円に対する平成一二年五月八日から、うち七億六五一〇万五九〇〇円に対する平成一三年五月二六日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金であったことに照らせば、これをそのまま着手金算定の基準となる経済的利益の額とするのは相当でない。この点について、一審原告らは前訴の対象の経済的利益の額を一八億三一二〇万円と主張するが、同額が前訴控訴審が認容した損害の元本額であることからすると、上記主張は相当というべきである。

次に控訴審の着手金についても、上記と同様、その算定の基準となる前訴の対象の経済的利益の額は一八億三一二〇万円であるとする一審原告らの主張は相当である。

報酬金について、一二条はその基準を委任事務処理により確保した経済的利益の額を基準とすると定めるところ、一審原告らは、前訴控訴審判決が川崎重工に支払を命じ、川崎重工がこれに基づいて一審被告に支払った額は二四億〇七八九万三〇二八円であるから、同額が委任事務処理により確保した経済的利益の額になると主張する。しかし、《証拠省略》によれば、本件ごみ処理設備建設工事請負契約の母体となる京都東北部クリーンセンター建設事業は、国庫補助事業の執行として国庫補助金が充てられているところ、談合により被った損害額が一審被告に返還された場合、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律の定めに従い、一審被告は国に対し過大交付となった補助金等の返還をすることになること、本件において一審被告が返還すべき補助金等の額は八億一六三八万七〇〇〇円であり、一審被告は既に同返還金についての予算措置を講じたことが認められ、このことからすると、前訴の委任事務処理により確保した経済的利益の額の算定に当たっては、一審原告らが主張する二四億〇七八九万三〇二八円から上記返還金を控除するのが相当である。そうすると、その額は一五億九一五〇万六〇二八円となる。

以上によれば、本件報酬規程一二条、一三条、一六条一項を準用して算定される報酬額は、次の算式のとおり、一審着手金及び控訴審着手金がいずれも四二三二万九七〇〇円、報酬金が七四五九万二二五三円であり、その合計額は一億五九二五万一六五三円となる。

(着手金) (1,831,200,000×0.02+3,690,000)×1.05=42,329,700

(報酬金) (1,591,506,028×0.04+7,380,000)×1.05=74,592,253

(3)  本件報酬規程一二条二項は、同条一項を適用して算定された着手金及び報酬金は、事件の内容により三〇パーセントの範囲内で増減額することができると、同条三項は、民事事件につき同一の弁護士が引き続き上訴事件を受任するときは、前二項にかかわらず、着手金を適正妥当な範囲で減額することができるとそれぞれ定めている。

まず、同条二項による増減額の当否を検討するに、前提事実、前記(1)認定事実及び弁論の全趣旨によれば、前訴は相当程度複雑困難な事件であり、審理にも長期間を要したこと、弁護団のうち飯田昭ほか六名程度の弁護士は、終始前訴の口頭弁論期日ないし弁論準備手続期日に出頭し、弁護団会議にも参加して前訴の解決に尽力したこと、前訴一審判決に対しては川崎重工が控訴し、前訴一審原告らも附帯控訴したが、前訴弁護団は、控訴審においても、一審被告の損害について主張・立証を補充し、その結果、前訴控訴審は原判決を変更し、一審被告が川崎重工から取得する賠償金は元本に限っても六億八六七〇万円増加したこと、一審被告が上記賠償金を川崎重工から取得したことについて、一審被告の格別の寄与はなかったことが認められ、これらは、同条項による着手金及び報酬金の増減を検討するに当たって考慮すべき事情である。

他方、本件報酬規程一六条一項を準用して算定される報酬額は、前記のとおり一億五九二五万一六五三円となるが、これは一つの事件の弁護士報酬としては極めて高額なものであるということができること、四号訴訟が前記二(3)アで述べたとおり、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によって特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するという性格を持つことなども、一六条二項による着手金及び報酬金の増減を検討するに当たって考慮すべき事情である。

上記の事情を総合考慮すると、本件報酬規程一六条一項を適用して算定された前記着手金及び報酬金は、同条二項により、そのいずれについても、それぞれその三〇パーセントを減額するのが相当である。そうすると、その額は、一審着手金及び控訴審着手金についてはいずれも二九六三万〇七九〇円、報酬金は五二二一万四五七七円となる。そして、前訴において、同一の弁護士が引き続き上訴事件を受任していることからすれば、控訴審着手金は、本件報酬規程一六条三項を準用して、上記のほぼ半額に当たる一五〇〇万円とするのが相当である。以上によれば、それぞれの額は、一審着手金は二九六三万〇七九〇円、控訴審着手金は一五〇〇万円、報酬金は五二二一万四五七七円となり、その合計は九六八四万五三六七円となる。

(4)  以上によれば、本件において、事件の難易軽重、受任者の支払った労力の程度、その成果、事務処理の期間その他当事者間における諸般の事情を総合考慮し、また、本件報酬規程を参考資料として定まる前訴の弁護士報酬の額は、九七〇〇万円と認めるのが相当である。

四  一審原告らが法二四二条の二第七項に基づいて請求し得る弁護士報酬

(1)  法二四二条の二第七項は、四号訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができると定めている。同条項は、住民訴訟が住民の個人的な権利利益を擁護するためではなく、住民全般の公共の利益を確保するために提起されるものであることから、当該訴訟に要した費用の全部を常に当該住民に負担させることは適当でなく、特に四号訴訟の請求は住民が地方公共団体に代わって訴訟を提起するものであり、住民が勝訴したときは地方公共団体が現実に経済的利益を受けることになるので、住民が弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額を地方公共団体が住民に支払うものとすることが衡平の理念に合致することから設けられた規定であるということができる。

(2)  上記のとおり、地方公共団体が四号訴訟を提起して勝訴した者から法二四二条の二第七項による請求を受けて支払うべき弁護士報酬の額は、当該委任事務処理の対価としての報酬の全部ではなく、その報酬のうち相当と認められる部分に限られるが、これは、①住民が依頼した弁護士と地方公共団体との間には委任関係が存在しないので、地方公共団体は、委任者が通常事前に弁護士との間で行う報酬についての話し合いをすることができないこと、②四号訴訟は公益の代表者として地方財務行政の適正化を目的とするものであるとはいえ、自ら依頼した代理人弁護士に対する報酬は自ら負担するのが本旨であること、③多額の弁護士報酬を請求されることにより地方公共団体の事務の遂行に影響が及ぶことを避けるべきことなどの考慮に基づくものと解される。

本件において、委任事務処理の対価としての前訴の弁護士報酬を九七〇〇万円と認めるべきことは前記のとおりであるが、上記の趣旨に本件に現れた全部の事情を併せ考慮すると、法二四二条の二第七項により一審原告らが一審被告に対して請求することができる前訴の弁護士報酬の額(本件報酬額)は、これを五〇〇〇万円と認めるのが相当である。なお、この債権は、その性質上不可分な債権である。

五  結論

以上によれば、一審原告らの請求は、五〇〇〇万円及びこれに対する平成一九年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、これと一部異なる原判決を、別紙一審原告目録(1)記載の一審原告らの本件控訴に基づき、同一審原告らの関係で上記のとおり変更することとし、一審被告の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言の申立ては、これを不必要と認めて却下する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 川谷道郎 裁判官西井和徒は、てん補のため署名押印できない。裁判長裁判官 大谷正治)

別紙 一審原告目録(1)

X1<他88名>

別紙 一審原告目録(2)

X2承継人X3<他7名>

別紙 一審原告目録(3)

X4<他4名>

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