大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2977号 判決 2009年6月23日
東京都台東区
控訴人(1審原告)
日本電動式遊技機特許株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
川下清
同
山崎優
同
三好邦幸
同
河村利行
同
加藤清和
同
沢田篤志
同
伴城宏
同
今田晋一
同
坂本勝也
同
梁沙織
同
堀江重尊
同
小林悠紀
同
三井円
同
安達友基子
同
新藤勇介
同
高橋幸平
同
池垣彰彦
同補佐人弁理士
梁瀬右司
大阪市
被控訴人(1審被告)
アビリット株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
山上和則
同
尾崎英男
同
三山峻司
同
井上周一
同
金尾基樹
同
木村広行
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金6121万7805円及びうち金6050万円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人が控訴人及びその構成員たる5社に対し,被控訴人のパチスロ機に関する実用新案権を侵害したことを理由に,損害賠償請求訴訟を提起したところ,当該実用新案権にかかる無効審決が確定したため,かかる損害賠償請求訴訟の提起が不当訴訟であるとして,①被控訴人の控訴人に対する不法行為及び債務不履行,②仮に被控訴人の控訴人に対する不法行為及び債務不履行を構成しないとしても,民法422条等の類推適用があることなどを理由に,控訴人が,構成員5社の応訴に要した費用として支払った各1000万円(合計5000万円)及びこれらに対する不法行為の日である各提訴日から平成14年7月25日まで年5%の割合による遅延損害金(合計71万7805円),控訴人自身の補助参加に要した費用1050万円,並びに,上記5000万円及び1050万円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求めて賠償請求した事案である。
原審は,上記被控訴人から控訴人の構成員5社に対する提訴は不当訴訟とはいえないから,上記構成員5社に対する不法行為は成立せず,控訴人に対する不法行為もしくは債務不履行を構成しない等として,控訴人の請求を棄却したため,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。
2 前提事実並びに控訴人の請求内容,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」第2,1ないし3及び第3,1ないし4に記載のとおりであるからこれを引用する(なお,略語は原判決の用法による。)。
3 当審において当事者双方が追加補充した争点及び主張
(1) 不当訴訟性の判断順序(控訴審において追加された争点)
(控訴人)
本件各提訴が不当訴訟であるか否かを判断するにあたっては,本件各提訴がその根拠を失っていたかどうか,つまり,本件実用新案登録が無効であるかどうか,本件契約の解除が無効であるかどうかをまず判断しなければならない。
(2) 本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成する不当訴訟に該当するか
ア 本件実用新案登録の無効及び本件各提訴時における認識について
(ア) 控訴人
1ゲーム毎に最短時間(最低所要時間)としての制限時間を設けることは,2号機における新たな規制内容そのものであり,そのことは,昭和62年6月26日に,日電協組合員全社の共通認識となった。本件実用新案登録の無効審決に示された「周知回胴式遊技機」とは,「1ゲーム毎に制限時間(=割当時間)を設定した回胴式遊技機」である。パチスロ機の遊技時間を制限する方法として全社の共通認識となっていた方法の一つである,回胴が回転しないようにする方法は,制限時間内に回胴を回転開始させる操作がなされた場合,その操作を単純に無効にするか,制限時間経過まで待機(ウェイト)させて,制限時間経過後に回転開始させるしか方法がない。このことは,当業者が容易に想到することであったから,パチスロ機製造業者全社が後者の方法を採用して,2号機にウェイト機能をもたせたのである。ウェイト機能が周知であったことは,本件考案と周知回胴式遊技機との相違点のうち,装置の作動が制限されている時間内に,作動させる操作があったとき,制限時間経過後まで待って作動させる技術は,交通信号機に関する制御技術に関する文献や実用新案に開示されているとおり,ありふれたものであったこと,また,パチスロ機の分野においても,本件実用新案登録の無効審決において引用された文献からも明らかである。
本件パテントプールにおいては,そこで包括的に実施許諾を受け,さらに参加各社に対して包括的に再実施許諾をする権利の有効性は前提となっていないのであるから,本件実用新案権を含む工業所有権につき実施許諾契約が締結されていてもなお,被控訴人が本件実用新案登録について無効理由が存することを知りながら提訴したといえる。
(イ) 被控訴人
本件実用新案を無効とした特許庁審決において,1ゲーム毎に制限時間を設定した回胴式遊技機が本件考案の出願前に周知であるとされたが,実際に当時周知であった技術は,回胴式遊技機の動作処理時間を調整して,平均すれば,1ゲーム当たりの時間が所定の時間以上となるような機械とすることであった。本件実用新案は,各ゲーム毎にその実際の動作が所定の制限時間以上となるようにするという意味で1ゲーム毎に制限時間を設定し,かつ商業的に実施可能な方法を考案したものである。
仮に1ゲーム毎に制限時間を設定した回胴式遊技機が本件考案の出願前に周知であったとしても,被控訴人はその技術課題を認識して,それを解決する手段を考案して本件実用新案出願を行ったものである。
2号機の特徴が,1ゲームの遊技時間が4秒以上であることとなったのは,被控訴人のウィンクルの発売後,他のメーカーも本件実用新案を実施するようになったためである。
本件考案のポイントは,前回のゲームの制限時間が満了する前であっても,遊技者の次回のゲーム開始操作を有効なものとし,回胴の回転開始の前で前回のゲームの制限時間の満了を待つことであって,これは当時の当業者にとって容易想到ではなかった。控訴人の引用する,歩行者が横断歩道を渡るために歩行者用押しボタンを押したときの技術は,それを有効な操作とすることに何の疑いの余地もないものであるので,前回のゲームの割り当て時間内に次回のゲームの開始操作を有効に行えること自体が当然ではない,回胴式遊技機とは状況が異なる。
被控訴人は,無効審決が進歩性欠如の証拠として引用した文献(甲55,甲72)のいずれも,無効審判事件で引用されるまで知らなかったのであるから,かかる文献の存在をもって本件考案の進歩性の欠如について被控訴人の認識を裏付けることはできない。
イ 本件解除の無効性及び本件各提訴時における認識について
(ア) 実施料の不払いが解除事由になるか及びその認識について
a 控訴人
被控訴人は,本件各提訴前に,実施料の不払いを理由に本件契約を解除する旨通知しているが,被控訴人自身が実施料不払いの契機となったアンケートに回答しなくなり,再実施料の支払方法を一方的に変更するという通告をし,最後のアンケート実施を妨害したのであるから,本件解除は不当であり,又は,信義則に反し,権利の濫用であって,無効である。被控訴人の本件パテントプールからの離脱が認められるとしても,その時期は,被控訴人が解除通知を行ってから3年経過した後であるので,それまでの本件各提訴時においては,被控訴人に契約解除を主張するのに合理的な根拠がなかった。
b 被控訴人
控訴人は,被控訴人がアンケートに回答しなかったから実施料を支払えなくなったのではなく,被控訴人が従来のアンケート方式に反対したことに対して任意に実施料の支払いを止めたのである。控訴人は,複数の権利者とそれらの権利の実施許諾を受ける製造業者との間の利益調整をするために設立された法人であるが,権利者へ実施料の分配を行わないで証紙代金を集め続けるなど,平成11年3月31日の時点で機能しなくなっていたのであるから,被控訴人が平成13年5月に本件契約解除をする合理的な根拠があった。被控訴人による解除の撤回は,本件解除や本件各提訴がなされた後であり,本件各提訴が不法行為に該当するか否かとは関係がない。アルゼ判決(乙26)においては,契約更新拒絶事由としての,契約を継続しがたい特段の事由の有無が争われたが,本件では,契約解除が問題となっているので,解除通知がなされてから3年が経過しないと解除することはできないと解する理由はない。
被控訴人の本件解除以前に,控訴人による実施料の不払いがあったのであるから,仮に被控訴人の解除が認められないとしても,被控訴人は,本件各提訴の際に,本件解除が認められないとする事実を知らず,また,容易に知りうることができなかった。
(イ) 本件契約解除の撤回の効力と不当訴訟の認識について
a 控訴人
被控訴人の本件契約解除の撤回は,遡及効が認められる。
b 被控訴人
被控訴人による解除の撤回は本件各提訴後であるから,解除の撤回の遡及効の有無は,本件各提訴が不当訴訟であるか否かと無関係である。
(ウ) 本件契約の継続的集団的契約該当性と不当訴訟の認識について
a 控訴人
本件パテントプールの構成員各社の実施料の支払いと特許権等の保有者に対する実施料の支払いは,控訴人と構成員との個別契約で決せられるものではなく,継続的集団的契約の中で決められたものである。被控訴人が解除の対象とした本件契約は,かかる継続的集団的契約の一部として実質的に実施料額を取り決めたものにすぎず,控訴人と再実施権者との間では契約書の作成はなされていない。継続的集団的契約においては,当事者同士だけの解除はできない。
b 被控訴人
仮に,本件契約が継続的集団的な契約関係であったとしても,控訴人が契約のもっとも基本的な義務である権利保有者への実施料の支払いを怠り,支払いの見込みもたっていないであるから,一部解除が許されなかったとする合理的な理由はない。
(3) 弁論主義違反(控訴審において追加された争点)
ア 控訴人
原判決が,本件実施許諾契約の締結について,本件実用新案権の有効性が前提となっているとの被控訴人の主張がなかったにもかかわらず,本件実用新案権が有効であることを前提として,控訴人と被控訴人との間で,本件実用新案権を含む特許権等の工業所有権につき,実施許諾契約が締結されていることが認められるとしたのは,当事者の主張しない事実を認定したものであるから,弁論主義に違反している。
イ 被控訴人
原判決の判断は,当事者間に争いのない事実から当然に導き出されるものであるから,弁論主義違反ではない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の被控訴人に対する本件請求はいずれも理由がないものと判断する。
その理由は,原判決「事実及び理由」第4のとおりであるからこれを引用する。
2 当審における控訴人の追加補充の争点及び主張も上記結論を左右しない。
(1) 不当訴訟性の判断順序について
控訴人は,本件各提訴が不当訴訟であるか否かを判断するにあたっては,本件各提訴がその根拠を失っていたかどうか,つまり,本件実用新案登録が無効であるかどうか,本件契約の解除が無効であるかどうかをまず判断しなければならないのに,原判決はこれらを判断せずに本件各提訴は不当訴訟ではないと結論づけたことを非難するようであるので,この点を判断する。
民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,①当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(権利等)が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,②提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。したがって,本件各提訴が不当訴訟であるか否かを判断するにあたっては,上記①,②の要件の充足を要するところ,本件考案は,無効審決が確定したのであるから,初めから存在しなかったものとみなされ(実用新案法41条,特許法125条),当該権利が①の要件を充足することは明らかであり,上記②の要件の判断のみを行えばよいことになる。また,本件契約の解除についても,②の要件を充足しないことが判断できれば,①の要件を判断する必要はない。
よって,控訴人の上記非難はあたらない。
(2) 本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成する不当訴訟に該当するかについて
ア 被控訴人が,本件各提訴当時,本件実用新案登録に無効理由があること,又は,本件解除が無効であることにつき,知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえる場合,被控訴人の本件各提訴は,構成員5社に対する不法行為を構成しうる。
イ 本件実用新案登録の無効及び本件各提訴時における認識について
本件考案は,別紙記載のとおりであるところ,控訴人は,被控訴人の本件実用新案出願時において,パチスロ機の1ゲームごとに最短時間としての制限時間を設けることは,2号機における新たな規制内容そのものであったので周知技術であり,また,ウェイト機能(制限時間内に回胴を回転開始させる操作がなされた場合,制限時間経過まで待機(ウェイト)させて,制限時間経過後に回転開始させる機能)は,①2号機の特徴の一つがウェイト機能をもつことであること,②装置の作動が制限されている時間内に,作動させる操作があったとき,制限時間経過後まで待って作動させる技術は,交通信号機に関する制御技術に関する文献や実用新案に開示されているとおり,ありふれたものであったこと,③パチスロ機の分野においても,本件実用新案登録の無効審決において引用された文献からも明らかであったことを理由に,被控訴人が本件各提訴当時,本件実用新案登録に無効理由があることを知っていたと主張するようであるので,この点を判断する。
上記①について,2号機の特徴の一つがウェイト機能をもつことであることが記載された文献(甲57)は,2001年の文献であることに加え,被控訴人のウィンクルが昭和63年2月16日に保通協の検査に適合し型式検定を受け,これが2号機の最初の機種であったというのであるから,2号機の特徴の一つがウェイト機能をもつことであることは,本件実用新案登録出願時(昭和62年10月21日)にパチスロ機にウェイト機能をもたせることが周知であったことの根拠とはならない。
上記②については,本件実用新案登録出願時において,交通信号機に関する制御技術(甲69,甲70)に関して装置の作動が制限されている時間内に,作動させる操作があったとき,制限時間経過後まで待って作動させる技術が周知であっても,異なる技術分野における技術であり,かつ,従来のパチスロ機の技術に組み合わせることが必要なのであるから,これに基づいてきわめて容易に考案し得ると考えるべきであったとまではいえず,上記交通信号機に関する制御技術の存在も,本件各提訴当時,被控訴人が本件実用新案登録に無効理由があることを知っていたとか容易に知り得たとかの根拠とはならない。
上記③については,控訴人が指摘する文献(甲54,甲55,甲72)のうち,甲55には,可変表示装置の動作中に,可変表示装置のスタートスイッチの動作回数を記憶し,可変表示装置の可変表示動作が一通り完了した後に再度起動される技術が記載されており,甲72は,役物付きパチンコ遊技機のランダム化によるサービス向上と,不正改造による悪用の防止を両立させることを目的として,可変表示装置の停止を指令するストップ手段による指令が発せられてから可変表示手段の可変表示動作が停止するまでの間にランダム長さの遅延時間を挿入する不特定時間遅延手段を備えるという技術が開示されているが,これらの技術を法律の規制に合わせつつ操作が簡易で客サービスの向上を図ることを目的とした考案に組み合わせることが,きわめて容易に想到し得ると評価できたとまではいえず,本件実用新案登録の無効審決等を経ずしてこれを知ることが容易であったと認めるに足りる証拠はない。さらに,甲54に記載されている事項は,本件実用新案登録の無効審決においても,「一定数のパチンコ玉を打球してセーフ穴または入賞装置(ヤクモノ)へ入賞させるゲームにおいて,ゲーム中に誤ってコインを投入した場合,一定数のパチンコ玉の打球が終了し,貯留経路に一定数のパチンコ玉が貯留されたことが検出される迄,当該一定個数のパチンコ玉は放出されず,次のゲームが開始されないこと。」であって,これに基づき,パチンコ玉の打球や貯留の数にかかわらず1回のゲームの実行につき設定された所定の割当時間を消費することに組み合わせることが,きわめて容易に想到し得ると評価できたとまではいえず,本件実用新案登録の無効審決等を経ずしてこれを知ることが容易であったと認めるに足りる証拠はない。
したがって,被控訴人が,本件各提訴当時,本件実用新案登録に無効理由があることを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるにもかかわらず,本件各提訴を行ったとはいえない。
ウ 本件解除の無効性及び本件各提訴時における認識について
(ア) 実施料の不払いが解除事由になるか及びその認識について
控訴人は,被控訴人の実施料の不払いを理由とする本件契約解除は,被控訴人自身が実施料不払いの契機となったアンケートに回答しなくなり,再実施料の支払方法を一方的に変更するという通告をし,最後のアンケート実施を妨害したのであるから,不当であり,又は,信義則に反し,権利の濫用であって,無効であると主張する。
しかし,被控訴人は,実施料算定の前提となるアンケートが自己申告で不正確であるとの理由を主張して,控訴人から支払われる実施料について不満をもつようになり,アンケート方式ではなく個別契約方式によって実施料を決定すべきとの意見をもつようになってアンケートに回答しない等の行為を行ったのであり,それなりの理由を主張してのものであるから,控訴人がアンケートに回答しなくなったこと等をもって,控訴人の実施料不払いを疑義なく正当化できるとはいえない。上記平成11年4月以降の実施料の不払いがある以上,被控訴人が控訴人による実施料不払いを理由に保険契約を解除することができると判断したことをもって,解除事由の存在しないことを知りながら,又は容易に知りえたにもかかわらず,本件契約を解除した上,本件各提訴をしたと認定することはできない。
また,控訴人は,被控訴人の本件契約解除によって本件パテントプールからの離脱が認められるとしても,その時期は,被控訴人が解除通知を行ってから3年経過した後であるので,それまでの本件各提訴においては,被控訴人に契約解除を主張するのに合理的な根拠がなかったとも主張する。しかし,控訴人がその論拠とする判決(乙26)においては,契約更新拒絶事由としての,契約を継続しがたい特段の事由の有無が争われたが,本件では,契約解除が問題となっているので,事案を異にするばかりか,本件各提訴は平成14年に行われており,平成20年12月26日になされた上記判決の結論を容易に予測して本件各提訴の可否を判断すべきであったともいえない。
(イ) 本件契約解除の撤回の効力と不当訴訟の認識について
さらに,控訴人は,被控訴人が,控訴人の供託していた実施料の分配金を受領したこと又は本件訴訟中で反訴を提起して本件契約に基づき再実施料支払い義務を認めた上で,実施料の請求をしていることをもって,被控訴人は本件契約解除を撤回したとし,かかる解除の撤回には遡及効が認められるから,本件各提訴は不当であると主張するようである。しかし,本件各提訴が不当訴訟といえるか否かについては,前述のとおり,本件契約解除との関係では,被控訴人が本件各提訴当時において,本件契約解除の効力がないことを知りながら,又は容易に知りえたにもかかわらず,本件各提訴をしたのか否かが問題となるのであり,仮に本件各提訴後に発生した事由をもって本件契約解除の効力が覆ったとしても,本件各提訴が不当訴訟といえるか否かの判断を左右することはない。
したがって,本件解除の撤回に遡及効があったとしても,被控訴人は,本件各提訴当時,本件解除が無効であることにつき,知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たということはできない。
(ウ) 本件契約の継続的集団的契約該当性と不当訴訟の認識について
仮に,控訴人の主張のとおり本件パテントプールにおいては継続的集団的契約が成立しており,本件契約はその一部たる実施料の支払いについての取り決めにすぎず本件契約のみを解除することはできないと結論づけられるとしても,本件契約は少なくとも外見上は独立した契約書の体裁をとって締結されたものであり,かつ,本件契約のみを解除することができる旨の条項も備えている(10条)のであるから,被控訴人が本件契約のみを解除することができると判断したことには少なくとも一定の合理性がある。したがって,被控訴人が,本件各提訴当時,本件解除ができなかったことにつき,知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たということはできない。
(3) 弁論主義違反について
控訴人は,原判決が,本件実施許諾契約の締結について,本件実用新案権の有効性が前提となっているとの被控訴人の主張がなかったにもかかわらず,本件実用新案権が有効であることを前提として,控訴人と被控訴人との間で,本件実用新案権を含む特許権等の工業所有権につき,実施許諾契約が締結されていることが認められるとしたのは,当事者の主張しない事実を認定したものであるから,弁論主義に違反していると主張する。
しかしながら,弁論主義によれば,裁判所は,権利関係を直接に基礎づける事実,すなわち主要事実について,当事者による主張がなされないのにもかかわらず,判決の基礎とすることはできないが,間接事実については,当事者による主張がなくともこれを認定して判決の基礎とすることはできるのである。本件実施許諾契約の締結について本件実用新案権の有効性が前提となっているか否かは,主要事実ではなく間接事実であるから,控訴人の上記主張は,主張自体失当である。また,被控訴人は当審において,「通常,権利者が権利を実施許諾するときに,それが無効であることを知って行うことは,皆無ではないにしても,ほとんどないと言ってよい。」(答弁書18頁20行目から22行目)と主張しているのであるから,この点からも,当審において上記判断をすることが弁論主義違反になるとはいえない。
(4) なお,控訴人は,民法422条の類推適用,事務管理の求償を基礎とする民法499条,500条の適用,費用償還請求又は被控訴人の負担割合が100%である場合の不真正連帯債務者間の求償をも根拠として,被控訴人に対し金員の支払いを請求するが,いずれも理由がない。
3 よって,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 小野洋一 裁判官 片岡早苗)
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