大阪高等裁判所 平成20年(ネ)546号 判決 2008年10月30日
●●●
控訴人(原告)
●●●
同訴訟代理人弁護士
井上耕史
同
辰巳裕規
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
被控訴人(被告)
株式会社シティズ
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,300万2138円及び内金276万7533円に対する平成18年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の主位的請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
5 この判決第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2(1) 主位的請求
被控訴人は,控訴人に対し,304万9060円及び内金276万7533円に対する平成18年2月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 第1次予備的請求
被控訴人は,控訴人に対し,300万2138円及び内金276万7533円に対する平成18年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第2次予備的請求
被控訴人は,控訴人に対し,276万7533円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 被控訴人は平成18年法律第115号による改正前の貸金業の規制等に関する法律(以下「旧貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者であり,控訴人は被控訴人から平成11年9月28日に400万円を借り入れ(以下「本件契約」という。),以後,平成18年2月17日まで分割弁済を続けた者であるが,本件は,控訴人が,利息制限法所定の利率を超える利息の支払について過払が生じている旨主張し,被控訴人に対し,過払金276万7533円及びこれに対する,①主位的請求として,過払金が生じたときから悪意の受益者としての年6分の割合による利息の支払,②第1次予備的請求として,過払金が生じたときから年5分の割合による運用利益による不当利得の支払,③第2次予備的請求として,訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し,被控訴人は,控訴人が平成12年2月15日の支払期日に元利金の支払を怠ったことにより期限の利益を喪失し,その後の支払は任意にされた損害金の支払であり,旧貸金業法43条に基づくみなし弁済であって過払金は生じていない旨主張して争った。
2 原判決は,控訴人は上記支払期日に期限の利益を失ったが,旧貸金業法43条に基づくみなし弁済であるということはできないとし,他方,被控訴人が悪意の受益者であるということもできないし,控訴人主張の運用利益も認められないとして,利息制限法所定の利率を超える利息・損害金に係る過払金123万5698円及びこれに対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成19年1月16日から支払済みまでの遅延損害金の支払についてのみ控訴人の請求を認容したため,これを不服とする控訴人が控訴したものである。
なお,被控訴人からの不服申立はない。
3 争いのない事実等,争点及びこれに関する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1及び2(原判決2頁末行から21頁17行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における控訴人の主張
(1) 期限の利益を喪失していないことについて
ア 債務額の不告知
利息制限法所定の制限を超過する利息を支払うことを内容とする貸付契約には,債務者に正しい債務額を告知する義務が付着しており,かかる義務を債権者が履行しない限り,債務者が支払をしないことは違法と評価されず,債務者は遅滞の責任を負わないところ,本件では,被控訴人は,控訴人に対し,正しい債務額を告知していないから,控訴人は遅滞の責任を負わない。
イ 軽微な遅滞・例文解釈
利息制限法4条による制限利率の2倍(旧規定)とされる遅延損害金と,期限の利益喪失約款は,古くから高利取得の手段として,同法1条1項の金利規制を潜脱するために利用されてきたから,債務者保護の観点から制限解釈が必要であり,実質的にみて遅滞といえない軽微なものについては,期限の利益を喪失しないといわなければならない。
取引関係の打ち切りは,本来は催告による解除が原則であり,元利金の支払を怠った場合は当然に期限の利益を喪失する旨の期限の利益喪失特約は,債務者に著しく過酷な方向で修正する特別の合意であるから,契約の文言そのままに解釈するのではなく,金銭消費貸借契約の性質や取引実態,特約締結に至る経緯などを考慮し,債務者と債権者の意思がどのような点において合致していたのかを探求すべきであるところ,本件契約は,長期・継続的・分割返済契約であり,控訴人は零細事業主であることからすれば,本件期限の利益喪失特約は,例文でしかなく,違約の程度が重い場合や当事者間の信頼関係が破壊された場合に限り,期限の利益を喪失する旨を定めたものと解すべきである。
ウ 超過支払累積による必要額の先払い
控訴人が支払ってきた金額は,常に,その支払時点までに本来支払うべき制限利息及び約定分割元金の合計額を上回っており,このような場合,たまたまある支払期日に支払がなかったとしても,期限の利益喪失約款における「元利金の支払を怠ったとき」には該当しないと解すべきである。
超過利息をどう充当させるかと,期限の利益喪失事由としての遅滞が生じているかは,別に評価されなければならない。すなわち,超過利息を債務者に有利にどう充当させるか(即時元本充当)と,期限の利益喪失特約との関係でどのような効果を与えるか(先立つ返済として期限の利益を喪失させないこと)は何ら矛盾するものではなく,むしろ債務者保護の強行法規である利息制限法の適用上,両者は両立するとして解釈されなければならない。
エ 期限の利益喪失特約における手続要件の未履行
本件期限の利益喪失特約のうち,「催告を要せずして当然に」の部分は無効であるか,信頼関係破壊が明確になった場合にのみ適用される趣旨であると制限解釈すべきであり,それ以外の場合には,催告及び一括支払の請求の意思表示が必要であるところ,一括支払の催告がされていない本件においては,手続要件を欠き,控訴人は期限の利益を喪失していないというべきである。
オ 期限の利益喪失の宥恕又は期限の利益の再付与
金銭消費貸借契約における期限の利益とは,弁済期まで元本を利用することが許されるということであるが,被控訴人は,元本の回収を図るどころか,むしろ積極的に全額の返済請求をせず,控訴人に当初約定どおりの長期分割返済を求め,引き続き元本の利用を許していたこと,被控訴人主張の期限の利益を喪失した日から2年以上経過した平成14年6月ころ,控訴人に対し借換えの勧誘をしたこと,平成18年2月17日に「完済」として本件取引が終了したが,その際にも取引継続を勧誘したことからすれば,被控訴人は,控訴人に対し,期限の利益喪失を宥恕したか又は期限の利益を再付与したというべきである。
カ 信義則違反・権利濫用
上記のように,金銭消費貸借契約において,債権者が一括弁済を求めるのが容易であるにもかかわらず,債権者がこれを求めずに遅延損害金の発生が放置されている場合には,期限の利益の喪失ないし遅延損害金を主張することは信義則違反及び権利濫用として許されないというべきである。
(2) 過失相殺を行うべきであることについて
本件は,被控訴人が控訴人に対して一括弁済を求めるのが容易であるにもかかわらず,長期にわたって遅延損害金が発生するのを放置し,損害を拡大させたものであるから,過失相殺の法理を適用し,被控訴人が取得できる損害金は利息制限法1条1項所定の利息相当額に制限されるべきである。
(3) 悪意の受益者性が認められるべきことについて
貸金業者について,やむを得ない特段の事情があるときでない限り,悪意の受益者であると推定されるとした最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決の趣旨によれば,本件の場合,控訴人について過払金が発生した平成14年11月29日以降,被控訴人は悪意の受益者というべきである。
(4) 運用利益の返還が認められるべきことについて
仮に,悪意の受益者の主張が認められないとしても,民法703条に基づき商事法定利率による利息相当額を運用利益として返還を命じた最高裁昭和38年12月24日第一小法廷判決,反証なき限り法定利息相当額の運用利益を認める最高裁昭和40年4月22日第一小法廷判決の趣旨によれば,本件の場合,被控訴人は,控訴人に対し,過払金による年5分の利息相当額の運用利益を返還すべきである。
(5) 遅延損害金の起算点について
原判決は,第2次予備的請求の遅延損害金の起算日についての控訴人の主張を,訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成19年1月16日として摘示したが,これは誤解であり,控訴人は,訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日として請求したものであるから,同日からの遅延損害金の支払を認めるべきである。
5 当審における被控訴人の主張
(1) 期限の利益を喪失したことについて
ア 債務額の不告知
控訴人は,正しい債務額が告知されておれば,支払期日に弁済額を準備できたことを前提に,被控訴人の正しい債務額の告知義務違反を論難するが,同主張の前提に客観的な根拠はない。
イ 軽微な遅滞・例文解釈
人的信頼関係の希薄な金銭消費貸借契約においては,何をもって信頼関係が破壊されたかの判断が困難であり,遅滞がわずかであるか否かによって別異に解することになれば,いつ期限の利益を喪失するかについて紛争を生じさせ,期限の利益喪失日を一義的に判断できず,契約内容が不明確となることが明らかであるから,信頼関係破壊理論は金銭消費貸借契約に適用されないとした原判決に誤りはない。
また,最高裁平成18年1月13日第二小法廷判決が言い渡されるまでは,被控訴人は,過払金の発生につき善意であったから,利息制限法1条1項潜脱の意図などなかったものである。
ウ 超過支払累積による必要額の先払い
最高裁昭和39年11月18日判決によれば,制限超過部分の支払は即座に元本に充当され,将来発生すべき利息債務に充当されるものではないから,各弁済期の利息の支払を怠った場合には,期限の利益を喪失する。
控訴人の主張は,一方で上記最高裁判決に従い,請求額の算定の際には制限超過部分を弁済と同時に残元本に充当するとしながら,他方で,期限の利益喪失の有無に当たっては,結局,制限超過部分は残元本に充当されないまま保留されるというものであり,このような論理は,相互に矛盾し,二律相反するものである。
エ 期限の利益喪失特約における手続要件の未履行
最高裁平成18年1月13日第二小法廷判決が,制限利息の支払を怠れば期限の利益を喪失する旨判示していることからすれば,利息制限法の制限額を超えない部分については,契約自由の原則の範囲内であり,期限の利益喪失特約を控訴人主張のように制限解釈する余地は全くない。
オ 期限の利益喪失の宥恕又は期限の利益の再付与
上記エのとおり,期限の利益喪失特約を制限的に解釈する余地はなく,同特約は完全に有効であるところ,同特約の下で,一括請求をするかしないかと,期限の利益を喪失させることとは全く無関係であるから,一括請求の有無を期限の利益喪失の宥恕等と結びつけることはできない。
カ 信義則違反・権利濫用
控訴人の一部弁済は,被控訴人の意思とは無関係にされたものであり,単に控訴人は一括弁済ができなかったことから,一部金の分割弁済を継続したにすぎない。
また,被控訴人は,債務者が期限の利益喪失後に一部弁済を行った場合,期限の利益を再付与されたとか,いまだ期限の利益を喪失していないなどと誤解することを避けるため,契約書上,支払を怠ったときは催告を要せずして当然に期限の利益を喪失する旨明記し,「ご入金についてのお知らせ」と題する書面を交付し,さらに,債務者が期限の利益を喪失した後に弁済を受けた場合には「損害金」に該当する旨を明記した受取証書を交付して,控訴人も損害金に充当されていることを十分認識できる状態にして一部弁済を受領していたものであるから,信義則違反・権利濫用に当たるとの控訴人の主張は理由がない。
しかも,一部弁済は,債務者の損害金・元本債務を減少させるものであるから,債務者の利益になることが明らかであるところ,債権者において債務者の一部弁済の申出を拒むことは,債務者を困惑させる取立行為として旧貸金業法も禁じているのであって,本件においても,期限の利益喪失後に控訴人からの一部弁済の申し出に応じた被控訴人の措置は,極めて適切な対応であったというべきである。
(2) 過失相殺は認められないことについて
控訴人は,残債務全額を支払えば,いつでも損害の拡大を回避できたから,本件に過失相殺の法理の適用はない。
(3) 悪意の受益者ではないことについて
最高裁平成18年1月13日第二小法廷判決及び同月19日第一小法廷判決までは,被控訴人は,旧貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことにつきやむを得ない事情があるところ,本件の借入れ及び弁済は,上記判決が言い渡される前のものであるから,被控訴人は悪意の受益者ということはできない。
(4) 運用利益の返還は認められるべきでないことについて
控訴人の引用する最高裁昭和38年12月24日第一小法廷判決は,公定歩合が5%台後半という極めて高率で,銀行業者が臨時金利調整法により横並びの金利規制を受けていた高度経済成長期における銀行業者とその取引先に生じた不当利得金を巡る特殊な事案であり,その判断が当然のように本件に妥当するとはいえない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,原判決は変更を免れないと判断するものであり,その理由は,以下に説示するとおりである。
2 前記の「争いのない事実等」に加え,甲第1,第72号証,乙第1,第2号証,第3号証の1・2,第4号証,第5号証の1・2,第6ないし90号証,第91ないし165号証の各1・2,第179号証,第209号証,第215号証,第217号証,第221号証を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 控訴人は,知人と共同出資して,平成11年3月から姫路市内にスナックを出店したが,同年9月ころ,運転資金が必要となり,被控訴人から金員を借り入れることとし,知人を通じて●●●に保証人となってもらい,同年9月28日,本件契約を締結し,被控訴人から400万円を借り入れた。
同契約においては,元金は同年10月から平成16年9月まで,毎月15日限り,60回にわたって6万6000円を分割払いすることとされ(ただし最終回は10万6000円),利率は年29.80%,期限の利益喪失後の損害金は36.50%と約定された。
(2) 控訴人は,第1回目から第4回目までの分割金については予定どおり支払った。
(3) 控訴人は,第5回目の支払期日である平成12年2月15日,分割金(元利金合計の償還予定額15万4456円,以下同じ)の支払を怠ったが,友人から借金して,翌16日,15万円を支払った。控訴人が償還予定額よりも少ない金額しか支払わなかったのは,被控訴人担当者から15万円くらい支払っておけば良いと聞いていたからである。
控訴人は,この支払が遅れたことについて,被控訴人に連絡しなかったし,被控訴人からの連絡もなかった。
被控訴人が控訴人に郵送した上記15万円の領収書兼利用明細書(乙11)には,上記15万円から,残元金373万3711円に対する同年1月17日から同年2月15日までの間の年29.800%の利息9万1450円を控除した5万8550円が元金に充当され,弁済後の残存元金367万5161円と記載され,弁済後の残存利息又は損害金0と記載されているだけで,期限の利益を失ったことを知らせる記載や,期限の利益喪失後の損害金に充当したことをうかがわせる記載は全くない。
(4) 控訴人は,第6回支払期日である平成12年3月15日,償還予定額15万2893円を超える15万3000円の分割金を支払った。
被控訴人が控訴人に郵送した上記15万3000円の領収書兼利用明細書(乙12)には,「残元金367万5161円に対する同年2月16日から同年3月14日までの損害金充当額」として8万4015円を控除した旨の記載があるが,損害金の利率の記載はなく,期限の利益を失ったことを知らせる記載もないが,これらは後の領収書兼利用明細書においても同様である。
なお,乙第6号証によると,上記の「損害金充当額8万4015円」は,約定損害金の利率ではなく,約定利息の年29.80%で計算されたものである。
(5) 控訴人は,平成12年6月15日の第9回目の分割金(償還予定額15万3874円)の支払ができず,同日,被控訴人担当者に電話して,支払が明日になることを告げると,同担当者から1日分の金利を余計に払うように言われ,明日払う場合の金利と1回分の元本6万6000円との合計額を1円単位まで指示されたが,多い目に支払っておけば問題ないと考え,翌16日,15万8000円を支払った。
被控訴人が控訴人に郵送した上記15万8000円の領収書兼利用明細書(乙15)には,上記15万8000円から,残元金347万4165円に対する同年5月15日から同年6月15日までの損害金充当額9万0766円を控除した6万7234円が元金に充当され,弁済後の残存元金340万6931円と記載されているのみである。
なお,乙第6号証によると,上記の損害金充当額も,前記同様約定利息の利率で計算されている。
(6) 控訴人は,平成12年8月15日の第11回目の分割金(償還予定額14万5080円)について,その1日前である同月14日,12万1000円を支払った。
控訴人は,この支払について,被控訴人に連絡しなかったし,被控訴人からの連絡もなかった。
被控訴人が控訴人に郵送した上記12万1000円の領収書兼利用明細書(乙17)には,上記12万1000円から,残元金333万8159円に対する同年7月17日から同年8月13日までの損害金充当額7万6311円を控除した4万4689円が元金に充当され,弁済後の残存元金329万3470円と記載されているのみである。
なお,乙第6号証によると,上記の損害金充当額についでも,前記同様約定利息の利率で計算されている。
(7) 控訴人は,平成13年2月15日の第17回目の分割金(償還予定額14万0511円)の支払を怠り,翌16日,14万1000円を支払った。
被控訴人が控訴人に郵送した上記14万1000円の領収書兼利用明細書(乙23)には,上記14万1000円から,残元金296万8411円に対する同年1月16日から同年2月15日までの損害金充当額7万5129円を控除した6万5871円が元金に充当され,弁済後の残存元金290万2540円と記載されているのみである。
なお,乙第6号証によると,上記の損害金7万5129円も,前記同様約定利息の利率で計算されている。
(8) 控訴人は,平成13年3月15日の第18回目の分割金(償還予定額13万1791円)について,4日遅れの同月19日,13万2000円を支払った。
被控訴人が控訴人に郵送した上記13万2000円の領収書兼利用明細書(乙24)には,残元金290万2540円に対する同年2月16日から同年3月18日までの損害金充当額として7万5059円の記載があるが,乙第6号証によると,うち28日間は約定利息の利率年29.80%で,期限後の3日間は約定損害金の利率年36.50%で各計算されたものである。
(9) その後も,上記同様に,別紙1元利金計算書(乙6)のとおり,控訴人は,被控訴人に対し分割金を支払い,その都度,被控訴人から領収書兼利用明細書を受領した。
その間,控訴人の支払が約定の支払期日に遅れたこともしばしばあったが,上記支払期間中を通じて,控訴人が被控訴人から一括払いを求められたことはなかった。
3 期限の利益の喪失の有無について
(1) 上記認定事実によれば,控訴人は,被控訴人に対し,第5回目の支払期日である平成12年2月15日に15万4456円を支払うべき義務があったが,同日に同金員を支払わなかったのであるから,形式的には,本件契約の期限の利益喪失特約により,通知催告なくして期限の利益を失い,債務全額及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払わなければならなくなったということができる。
しかしながら,上記認定事実によれば,①被控訴人の主張に係る期限の利益喪失の対象となる行為は,上記平成12年2月15日の支払期日を1日遅れただけであったこと,②同月16日に支払った15万円の領収書兼利用明細書には,上記15万円から,同年1月17日から同年2月15日までの間の年29.800%の利息9万1450円を控除した5万8550円が元金に充当され,弁済後の残存元金367万5161円と記載されていただけで,期限の利益を失ったことを知らせる記載や,期限の利益喪失後の損害金に充当したことをうかがわせる記載は全くないこと,③その後の領収書兼利用明細書の「損害金充当額」の記載も,単に金額を記載するのみで,損害金算定の利率は記載されておらず,むしろ,約定利息の利率で計算された金額が記載されているものも多く存在するものであり,同記載からは,控訴人が期限の利益を喪失し,約定の損害金の利率で損害金が計算されていると読み取ることは極めて困難であったこと,④控訴人は,被控訴人担当者に電話して,支払が支払期日より1日遅れることを告げた際,同担当者から1日分の金利を余計に払うように言われたこと,⑤控訴人は,支払期間中を通じて,被控訴人から一括払いを求められたことはなかったこと,⑥控訴人は,支払期日に多少遅れたり,弁済額が少ないことがあっても,ほぼ毎月弁済を続け,被控訴人の請求額を完済したことが認められ,これらを総合考慮すると,控訴人は,分割金の支払が多少遅れても,遅れた分の金利を支払えば期限の利益を失うことはないと誤解して分割弁済を継続していたものと認められ,一方,被控訴人は,平成12年2月15日に期限の利益を喪失したと主張しながら,その後平成18年2月17日に取引が終了するまでの間,控訴人による分割弁済が期日に遅れたこともしばしばあったにもかかわらず,6年もの長きにわたり,一括請求することもなく,控訴人による分割弁済に応じてきたものであり,かつ,その間の弁済の元本充当についても,その大部分において,約定損害金の利率によることなく,約定利息の利率により計算された利息金を控除する扱いをしてきたものであって,このような取扱いをすることにより,控訴人に上記誤解を生じさせ,分割弁済を続けさせて,実質的に利息制限法1条で制限された約定利息を超える同法4条所定の制限利率による損害金を取得しようとしてきたものと認められるから,被控訴人が,上記の時点において,本件契約の期限の利益喪失特約により,控訴人が期限の利益を喪失したと主張するのは,信義誠実の原則により許されないといわなければならない。
したがって,控訴人は,上記平成12年2月15日に期限の利益を喪失したということはできないから,これと同旨の控訴人の主張は,その余の点につき判断するまでもなく理由がある。
(2) これに対し,被控訴人は,控訴人の分割弁済は,被控訴人の意思とは無関係にされたものであり,控訴人は一括弁済ができなかったことから,分割弁済を継続したにすぎない旨主張するが,被控訴人が一括弁済の請求をすれば,控訴人において期限の利益を喪失したことを知るのは自然であり,その場合には,控訴人が被控訴人とは別の貸金業者から借り入れてでも,被控訴人に一括弁済をする可能性がなかったとはいえないから,被控訴人の上記主張は理由がない。
また,被控訴人は,契約書上,支払を怠ったときは催告を要せずして当然に期限の利益を喪失することは明らかであり,「ご入金についてのお知らせ」と題する書面を交付し,さらに,「損害金」に該当する旨を明記した受取証書を交付して,控訴人も損害金に充当されていることを十分認識できる状態にしていたものであり,一部弁済の申出を拒むことは旧貸金業法も禁じている旨主張するが,上記のとおり,領収書兼利用明細書の記載からは,控訴人が期限の利益を喪失したと読み取ることは極めて困難であり,被控訴人は,上記のような取扱いをすることにより,控訴人に遅れた分の金利を支払えば期限の利益を失うことはないとの誤解を生じさせていたものと認められるから,被控訴人の同主張も理由がない。
4 旧貸金業法43条1項のみなし弁済の要件の有無について
前記の「争いのない事実等」によれば,被控訴人は,控訴人の平成11年10月15日から平成12年1月17日までの計4回の支払が旧貸金業法43条1項の任意性の要件を満たさないことについて明らかに争わないところ,その余の支払について同条項の要件を満たさないことは,原判決22頁18行目から28頁24行目までに記載のとおりである。
5 悪意の受益者性及び過払金に付すべき法定利息の利率について
前記のとおり,控訴人は,遅れた分の金利を支払えば期限の利益を失うことはないと誤解していたものであり,被控訴人は,控訴入にそのような誤解を生じさせて,利息制限法1条で制限された約定利息を超える同法4条所定の制限利率による損害金を取得しようとしてきたものと認められることからすれば,被控訴人は悪意の受益者ということができる。
そして,控訴人は,悪意の受益者に対する過払金に付すべき法定利息の利率は年6分とすべきである旨主張するが,これを年5分と解すべきことは,最高裁判所平成19年2月13日第三小法廷判決(民集61巻1号182頁)のとおりである。
6 以上によれば,控訴人は,被控訴人の主張する平成12年2月15日には期限の利益を喪失したものとはいえないから,同日以降も利息制限法所定の利息によって過払金を計算すると,別紙2利息計算書(原判決別紙①の利息計算書2に同じ)のとおり,過払金総額は276万7533円となる。
したがって,控訴人の主位的請求は,被控訴人に対し,上記の276万7533円,及び平成18年2月17日時点における上記の年5分の割合で計算した利息額23万4605円の合計300万2138円,並びに内金276万7533円に対する平成18年2月18日から支払済みまで上記同様年5分の割合による利息の支払を求める限度において理由があり,その余は失当である(なお,主位的請求が一部認容される以上,これと同額若しくは同額以下の金員の支払を求める控訴人の第1次,第2次予備的請求については判断する必要がない。)。
よって,原判決を変更し,控訴人の主位的請求を上記の限度で認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 一谷好文)
<以下省略>