大阪高等裁判所 平成20年(ネ)631号 判決 2008年8月28日
主文
1 本件各控訴及び本件各附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、一審原告パルコ及び一審原告大山興業と一審被告との間においては同原告らの負担とし、一審原告X1及び一審原告X2と一審被告との間においては一審被告の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人ら(一審原告X1及び一審原告X2)の負担とする。
事実及び理由
第1一審原告パルコ及び大山興業(以下「一審原告パルコら」という。)の控訴の趣旨
1 原判決中、一審原告パルコらに関する部分を取り消す。
2 一審被告は、一審原告パルコに対し、2000万円及び内金1000万円に対する平成11年2月26日から、内金1000万円に対する平成12年3月22日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 一審被告は、一審原告大山興業に対し、500万円及びこれに対する平成11年2月15日から支払済みまで同割合による金員を支払え。
第2一審被告の控訴の趣旨
1 原判決中、一審原告X1及び同X2(以下「一審原告X1ら」という。)に関する部分を取り消す。
2 上記取消しにかかる一審原告X1らの請求をいずれも棄却する。
第3一審原告X1らの附帯控訴の趣旨
1 原判決中、一審原告X1らに関する部分を次のとおり変更する。
2 一審被告は、一審原告X1らに対し、それぞれ500万円及びこれに対する平成11年3月2日から支払済みまで上記割合による金員を支払え。
第4事案の概要及び当事者の主張
1 事案の概要
(1) 本件は、平成12年12月16日に破綻した中小企業等協同組合法3条2号に基づく信用協同組合である一審被告の勧誘に基づき、一審被告に対し、原判決別表に記載のとおり出資した(以下「本件各出資」ないし「本件各出資契約」という。)一審原告らが、一審被告は、本件各出資当時、債務超過状態にあり、監督官庁から破綻の認定を受ける危険があったのであるから、その旨を一審原告らに説明すべき義務があったのにこれを怠り、又は、かえって資産状態が健全であると告げて一審原告らを欺罔したと主張して、一審被告に対し、主位的に、①説明義務違反の不法行為(民法709条、44条)に基づく損害賠償請求権、又は、詐欺を理由に本件各出資契約を取り消したことを理由とする不当利得返還請求権(①又は②を選択的に請求)、予備的に、③本件各出資契約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき、一審被告の破綻により一審原告らが払戻しを受けられなくなった各出資金相当額の金員及びこれらに対する各出資日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
(2) これに対し、一審被告は、実質的債務超過の状態になかった上、監督官庁によって破綻認定を受ける可能性があることを認識できなかったから不法行為責任を負わないこと、債務不履行を理由とする損害賠償請求は、出資契約締結前の行為に基づくものであるから理論上容認されるべきではないこと、一審被告の旧理事らの欺罔行為はなかったこと、仮に損害賠償請求権が認められたとしても、いずれも消滅時効が完成したことを主張して争った。
(3) 原審裁判所は、一審原告らの不法行為の主張を認めた上、3年間の消滅時効により、また、詐欺取消しを理由とする不当利得の主張については、欺罔行為があったとしても取消権が5年間で時効消滅したとしていずれの請求も認めず、他方、債務不履行に基づく損害賠償責任を認めた上、一審原告パルコらの関係では5年間の商事消滅時効を認めて各請求を棄却し、一審原告X1らの関係では、消滅時効にはかからないとして、各出資金500万円、並びに支払催告日の翌日である平成19年8月23日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で一部認容した。
そこで、これを不服とする一審原告パルコら及び一審被告が本件各控訴をした。また、一審原告X1らは、遅延損害金の請求が上記のとおり一部棄却されたことを不服として附帯控訴をした。
なお、一審原告らは、当審において、予備的主張として錯誤無効の主張を追加した。
2 前提となる事実、争点及び当事者の主張は、以下のとおり、当審における双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の2、3及び第3「争点に関する当事者の主張」の1ないし4(原判決3頁10行目から15頁末行まで)に記載するとおりであるから、これを引用する。
3 当審における一審原告らの主張について
(1) 不法行為の消滅時効について
ア 短期消滅時効制度の趣旨について
同制度の真意は、加害者が不当に不利益を被らないようにすることにあり、被害者の犠牲において加害者を保護することにあるものではないところ、①一審被告は、平成13年6月26日以降、一審原告ら多くの出資者に対し、出資金が返らないと言明し(当審提出の甲38)、出資者らの提訴に対し徹底して争い、意図的に短期消滅時効の3年が経過するように対応してきたが、同日以降、出資金をめぐる類似の訴訟が頻発し、現在も収束していないから、一審被告には、保護に値する継続した事実状態自体が存在しないこと、②一審原告らは、一審被告の旧理事に騙されたのみならず、政府により選任された一審被告の金融整理管財人及び清算人にも騙されてきたと認識しており、被害感情は高まる一方であり、全く治癒されていないこと、③近畿財務局の検査報告書(甲8、9)や刑事事件記録及び一審被告の財務諸表などが重要な証拠として存在しており、一審被告の証拠保全の困難をきたすことはないこと、④一審原告らは、一審被告の責任を認めた平成17年2月22日の類似訴訟の第一審判決(甲6)の1年半後、同高裁判決(甲7)が下された平成18年3月9日の約半年後である同年9月8日に本訴を提起したのであり、権利の上に眠る者ではなく、むしろ、一審被告は、一審原告ら出資者が権利に目覚めるのを妨げ、消滅時効期間が経過することを意図して、類似別訴において一審被告の旧理事達の不法行為の存在を徹底的に争ってきたこと、⑤最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決(民集28巻10号2059頁参照)は、民法724条を旧商法266条の3第1項前段に基づく第三者の取締役に対する損害賠償請求権に類推適用する余地もないと判示しているが、一審原告らは一審被告の組合員として長年取引を継続してきたものであり、上記短期消滅時効を認める実質的論拠を欠いているから、本件においては、同時効を認める実質的な理由はない。
イ 不法行為の認識時期について
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点としての被害者が損害を知った時とは、単に加害行為により損害が発生したことを知っただけではなく、その加害行為が不法行為を構成することを知ったことを意味し(最高裁判所昭和42年11月30日第一小法廷判決・裁集民89号279頁参照)、また、民法724条は、あくまで被害者が不法行為による損害の発生及び加害者を現実に認識しながら3年間も放置していた場合に加害者の法的地位の安定を図ろうとしているものにすぎず、それ以上に加害者を保護しようとする趣旨ではない(最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。
当該行為が不法行為を構成することを知らなければ、当該行為者が不法行為を行った「加害者」であり、当該損失が不法行為により賠償されるべき「損害」であることを知ることにならないから、不法行為についても、現実的認識を必要とするのが一連の最高裁判所判決の論理的帰結であり、民法724条の解釈として、被害者が損害を知り得た場合には時効が進行するとの解釈や通常人が知り得た場合を基準として被害者が認識したことを擬制するとの解釈は、法の文言や被害者の利益を軽視するものであって妥当ではない。
ウ 原判決の問題点について
(ア) 不法行為の認識時期
原判決は、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間が、一審被告の破綻日である平成12年12月16日ころから進行したと解すべき理由として、一審原告らは、一審被告が本件各出資から2年も経たないうちに破綻した事実を破綻当日ころに知ったこと、一審被告の破綻から1年も経たないうちに、組合員らが相次いで一審被告を相手に出資金相当額の損害賠償を求める訴訟を提起していることを挙げている。
しかし、これらの事実は、不法行為の存在を推認させる事実にすぎず、不法行為を現実に認識せしめるに足りる事実ではないから、これらの事実を知っても、説明義務の内容や不法行為者たる理事の特定等ができず、請求原因事実を立証するだけの証拠資料も入手し得たとはいえないから、一審原告らが、上記日時ころに不法行為を現実に認識し、賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知ったとは到底いえない。
一審原告らの主張する不法行為は、①各出資時において、一審被告は、自己資本比率が0%以下、すなわち、財政状態が実質的に債務超過であったにもかかわらず、その事実を秘して一審原告ら出資者に対し自己資本比率を約4%であると公言して出資を勧誘したこと、②その点において一審被告の旧理事に説明義務違反の違法性があることの2点から構成されるが、①は事実認識、②は法的評価であるから、本訴において、「その加害行為が不法行為を構成することを知った」とは、少なくとも事実認識の面においては、各出資時点において、一審被告の財政状態が実質的に債務超過であるという事実を一審原告らが何時現実的に認識したかという問題に還元される。
しかし、原判決は、当該出資を勧誘した際の一審被告の行為に虚偽の説明あるいは説明義務違反等の違法があったことを十分認識することができると説示するだけで、どのような事実が何故に虚偽の説明になるのか、説明義務違反の具体的内容、それを一審原告らが、いつごろ、どのように現実的に認識したかについては、具体的説示を行っていない。
(イ) 認識の程度
原判決は、本件各出資の勧誘からまもない時期に一審被告のが破綻したとの事実を知りさえすれば、一般人であれば、当該出資を勧誘する際の行為に虚偽の説明あるいは説明義務違反等の違法があったことを十分認識することができることを主たる理由に、不法行為に基づく損害賠償請求の時効期間は、破綻日である平成12年12月16日ころから進行を開始した旨判示しているが、前掲最高裁判所平成14年1月29日判決は、不法行為を構成するか否かは、単なる推測では足りず、具体的証拠による現実の認識を必要とすると解しており、被害者が過失によって知らなかった場合や被害者と同様の立場にある一般人ならば認識するであろうという事情があっても、民法724条の短期消滅時効は進行しないのであり、ここに原判決の誤りがある。
一審被告は、旧理事の責任を否定し、旧理事らも責任を否定しており、一審原告らが、各出資の時点で一審被告の財政状態が債務超過であったことを現実に認識したとの証拠も一切ない。原判決には、一審原告らが、いつころ、どのようにして、一審被告の旧理事の出資勧誘行為が不法行為を構成することを現実的に認識したかについての判断が全く欠けている。
(ウ) 不法行為の現実的認識時期
本訴において、一審原告らが不法行為を構成することを現実に認識するとは、本件各出資時において一審被告の財政状態が債務超過であったことに加えて、一審被告の旧理事らに説明義務違反の違法性があることを現実に認識する必要がある。
一審原告らが、平成12年12月16日に一審被告の破綻を知ったり、平成13年後半以降、他の出資者らが一審被告に対し、類似訴訟を提起したことを知ったとしても、一審原告らが旧理事の不法行為を現実に認識し、加害者及び損害を知るまでには到底至らない。
一審被告の一貫した責任否認及び反証活動に対し、一審原告ら訴訟代理人弁護士が別訴(甲6、7)の訴訟活動において立証を試み、裁判所が認定することにより、同代理人弁護士も各出資時点において、一審被告が実質的債務超過の状態であったという事実及びそれを前提として、一審被告の旧理事に説明義務違反の不法行為があることを現実的に認識したのであり、平成18年5月9日ころ、一審原告らは同代理人弁護士から同事実を教えられて不法行為を現実的に認識したのである。
そうすると、民法724条の時効起算日は同日ころであり、消滅時効は完成していないから、その完成を前提とする原判決は取り消されるべきである。
(2) 債務不履行の消滅時効について
原判決は、債務不履行に基づく本件損害賠償請求権も商事債権に該当し、5年の消滅時効にかかる旨判示している。
しかし、信用協同組合は、中小企業等協同組合法に基づき設立される中小企業等協同組合の一種であり、中小規模の事業者等が相互扶助の精神に基づき協同して事業を行うための組織である(同法1条)。また、同組合の主たる顧客は組合員であり、非組合員はあくまで例外である。したがって、信用協同組合は、組合員の相互扶助を目的とする非営利法人であって商人ではない(最高裁判所昭和63年10月18日第三小法廷判決・民集42巻8号575頁参照)から、一審原告パルコらの上記請求権は、民法167条1項に基づき10年であり、その起算点は、同法166条1項により損害の確定した平成12年12月16日である。
(3) 詐欺を理由とする取消権の消滅時効について
一審原告らは、本件各出資時点において、一審被告の財政状態が実質的に債務超過であるのに、一審原告らに対し自己資本比率が4%であるとの虚偽の事実を述べて、出資金を詐取したと主張したのに、原判決は何が詐欺における「虚偽の事実」かについての説示が全くない。
詐欺において、「取消しの原因たる状況が止んだとき」とは、「詐欺にかかったことを知った時」であるから、表明された事実(自己資本比率4%)が真実でなく虚偽であったことを知らなければ、詐欺の事実を知ったことにはならないところ、一審被告が破綻した平成12年12月16日ころ、一審原告らが本件各出資時点において一審被告の財政状態が実質的に債務超過であったことをどのように知ったかにつき、原判決は全く言及していない。
一審原告らは、前記のとおり、平成18年5月9日ころ、一審原告ら訴訟代理人弁護士から一審被告の債務超過の事実を知らされ、詐欺にかかったことを知ったのであるから、上記取消権の消滅時効の起算日は、同日ころである。
そうすると、未だ取消権の消滅時効は完成していないから、原判決は取り消されるべきである。
(4) 消滅時効の援用が信義則違反に該当することについて
ア 原判決は、一審被告は、既に金融整理管財人による管理を命ずる処分を取り消され、被管理金融機関の地位を喪失しているから、同管財人の善管注意義務違反を根拠とする一審原告らの主張は、その前提を欠くものといわざるを得ないし、一審被告の代表清算人に何らかの善管注意義務違反があったとも認められない旨判示している。しかし、一審被告の代表者は、平成14年7月31日、同管財人から代表清算人に変更されているが(甲41)、管財人の信義則違反の行為の効果は、代表者が清算人に変更になっても一審被告に承継され、代表清算人は、類似訴訟及び本訴における同管財人の従前の応訴態度を承継しているから、信義則違反の行為及び態度をとっていることに変わりはない。
イ 同管財人は、一審被告の破綻後、①平成13年3月末日の決算を自ら執り行い4833億円の債務超過を認定したこと、②同月12日、金融再生法13条に基づく報告書(甲12)を作成し、経営破綻の原因を熟知していたこと、③平成14年以前に一審被告の旧理事を背任容疑で告訴するとともに民事上の損害賠償請求訴訟を提起したこと、④一審被告から資金を借りてコマ開発のゴルフ会員権を購入したケースを名義借りとみなして一審被告職員の救済をしたこと等の一連の事実からすれば、同管財人はもとより代表清算人は、一審原告らに対し、出資金は戻らないとして損金処理を促した平成13年6月26日当時(甲38)及び同年7月以降の類似訴訟(甲6、7)係属中、一審被告の旧理事らにおいて、一審被告が実質的に債務超過であるのに自己資本比率4%を超えているとの虚偽の説明を行って本件各出資を勧誘したことを認識していたはずである。
そうすると、同管財人及び代表清算人は、旧理事らが上記のとおり虚偽説明をして本件各出資の勧誘を認識しながら、類似訴訟及び本訴において、事業報告に虚偽はなく説明義務違反もないと主張して争ってきたのであり(乙1の4)、上記行為及び態度は善管注意義務に反するから、一審被告による消滅時効の援用は信義則に反して許されないというべきである。
仮に同管財人ないし代表清算人に上記善管注意義務違反がなかったとしても、最高裁判所が一審被告の責任を認める決定を下した以上、結果的に一審被告は、一審原告ら出資者に対し、誤った説明及び応訴を行い、5年もの間、いたずらに時効期間の進行を許したのであるから、自らの誤った行動により招来せしめた時効を援用するのは信義則に反し許されない。
(5) 錯誤無効(当審における追加主張)について
一審被告は、一審原告ら組合員に対し、自己資本比率につき、平成10年3月末時点で、3.93%、平成11年3月末時点で4.64%、平成12年3月末時点で5.09%とそれぞれ公表していた(甲14添付資料2-4、甲40)。そして、一審被告の旧理事らは、上記公表のとおり、一審被告の財政状態は良く、信用組合から普通銀行に転換するために出資金を集めなければならないと言って本件各出資を勧誘していた。
このような一審被告の旧理事らの勧誘に基づいて、一審原告らは、本件各出資を行ったが、仮に一審被告の自己資本比率が0%程度であることを知っていたなら、当然に本件各出資を行わなかった。
そうすると、本件各出資においては、一審被告の自己資本比率が約4%で、その経営状態が良いことを当然の前提にしていたのであり、一審原告らは、このような動機を本件各出資において黙示的に表示したといえるから、本件各出資契約は錯誤により無効である。
なお、錯誤無効による不当利得返還請求権については、商事取引関係の迅速な解決という要請に基づく商法522条を類推適用することはできない。
4 一審原告X1らの附帯控訴理由
上記のとおり、不法行為の短期消滅時効を認めた原判決は不当であり、同原告らの不法行為に基づく損害賠償請求が認められるべきであるから、その遅延損害金の起算日は、本件各出資をした日である平成11年3月2日とすべきである。
5 当審における一審被告の主張
(1) 財務内容に関する原判決の事実認定上の問題点について
ア 金融機関の財務構造
信用組合は、その経理・財務については、一般の商人や会社と同様の規律に服する。旧商法は、商業帳簿の作成に関する規定の解釈については、公正なる会計慣行を斟酌すべき旨を規定するが(32条2項)、企業会計原則は「公正なる会計慣行」であると解するのが定説であるから、信用組合の財務内容を認識するためには、企業会計原則に従って資産・負債等を認識することが必要かつ相当であり、同手法以外にこれを認識する手段は存しない。
原判決は、企業会計原則と基準を異にする近畿財務局検査の結果や一審被告が破綻した後の金融整理管財人の資産査定の結果から出資時点における一審被告の財務内容を認定するものであり、その事実認定の手法は、客観性・合理性を欠いているといわざるを得ない。
イ 近畿財務局検査の結果等の意味と原判決の事実誤認
原判決は、近畿財務局による検査結果を一審被告の債務超過認定の根拠の一つとして挙げるが、同検査は上記意味における財務内容の認識を目的とするものではなく、一審被告が債務超過状態にあったとの認定の根拠となるものではない。
(ア) 平成8年検査
平成8年当時の近畿財務局の検査は、金融機関の業務の健全かつ適切な運営の確保を目的に行われたものであり、金融機関が一般的に行っていた財務会計基準や管理会計基準とは資産算定の基準を異にする。
例えば、平成8年検査は、試算査定のうちⅢ分類の額については、損失額が未確定であるため、仮にその50%を損失とみなし、当該額とⅣ分類の額の合計額を「欠損見込額」あるいは「自己資本毀損額」としていた。その上で、自己資本額から「欠損見込額」を差し引いた額を「正味自己資本」と定義し、これをもとに算出されるのが「正味自己資本比率」とされた。同比率の概念は、資産査定に用いられる近畿財務局検査固有の諸比率に基づくものであり、金融機関が行っている財務会計や管理会計とは基準を異にする。これに対し、同時期、一審被告が公表していた自己資本比率は、平成5年の大蔵省告示第66号所定の算出式に基づいて算定した「表面自己資本比率」であり、上記正味自己資本比率とは基準が異なる。
すなわち、平成8年検査においては、金融機関の業務の健全性を確保しその破綻を未然に防止する観点から極めて厳格な資産査定がされており、少なくとも当時の金融行政下にあっては、かかる当局の検査によって債務超過とされたからといって、直ちに当該金融機関が実質的に債務超過にあるといえるわけではない。この点、原判決が認定する債務超過の意義は明確ではなく、貸借対照表上に計上されない含み損を評価した上での実質的債務超過を指すものと善解するほかないが、何をもって含み損と評価するのかについては一義的ではない。当時の近畿財務局検査の結果は、上記のような特殊な目的のもとにおける資産査定の結果であって、この事実から必ずしも一審被告が実質的にも債務超過の状態にあったことを認定できる根拠となるものではない。原判決は、そのようにして認定した債務超過が本件各出資時に解消されていないことを推認するが、極めて杜撰な立論である。
(イ) 平成8年以降
一審被告は、同年10月15日、近畿財務局長から、経営改善計画を策定し、同年9月末及び決算期未現在の実施状況を報告するよう命じられたため、同年11月15日付けで同局長に経営改善計画を提出するとともに、同年検査の基準日を含む平成9年3月の決算において、当初の計画を上回る貸出金約108億円を直接償却した上、さらに債権償却特別勘定に純増で約122億円を積み増した。このように一審被告は、合計で230億円の不良資産の償却・引当てを行った上、当期利益として5億5800万円を計上していることからすれば、平成8年検査で指摘された217億円の債務超過は、同年度末において解消されていたとみるのが相当であり、原判決の事実認定には根拠がない。
また、一審被告は、平成11年の近畿財務局検査で債務超過を指摘されているが、平成10年3月期からの自己査定制度の導入以降、金融機関の資産査定は、金融機関自身の自己査定に依拠するものとなっており、金融検査マニュアルにおいても、金融検査は自己責任原則に基づく金融機関自身の内部管理と外部監査を前提としつつ、これらを補強するものとして位置づけられている。すなわち、自己査定導入後の金融検査は、自己責任原則に基づく金融機関自身の内部管理と、会計監査人等による厳正な外部監査を前提としつつ、これらを補強するものであって(補強性の原則)、そこでの査定は、従来の資産査定中心の検査からリスク管理重視の検査への転換を図ることに重点が置かれているのであり、検査結果の要追加償却・引当額の数値は、こうした意味での政策判断に基づくものである。現に、平成11年7月1日発出の「預金等受入金融機関に係る検査マニュアルについて」(金検第177号)では、マニュアルの各チェック項目は検査官が金融機関のリスク管理態勢及び法令等遵守態勢を評価する際の基準であり、これらの基準の達成を金融機関に直ちに法的に義務づけるものではないとされている。原判決は、自己査定制度の意味を正解していないといわざるを得ない。
なお、①平成10年3月期以降、自己査定制度が導入されたが、それより前の自己資本比率の概念は、大蔵省告示第66号に基づき、各金融機関の決算期末を基準とし、自己資本額をもとに算定されたのに対し、金融当局の監督基準による正味自己資本比率は、当局の検査着手日を基準として、決算期末の決算における自己資本額から検査でⅣ分類と判定した全額及びⅢ分類として判定した半額を控除して算定するものであること、②このように当局検査で判定された控除額について、税効果会計を適用せずに償却及び債権償却特別勘定に繰入を行う場合には、損金に算入できない有税による処理となるため、税務上の所得に対して法人税が発生するのに対し、税効果会計を適用して有税による償却及び債権償却特別勘定への繰入を行う場合には、次年度以降損金に算入できる無税による処理が認められてその年度の法人税が圧縮されるため、それに相当する金額は、償却及び債権償却特別勘定への繰入を行った年度の損益計算書に法人税等調整額(貸借対照表に繰延税金資産)として計上できること、③平成10年12月以前、銀行法21条で業務及び財務の状況に関する説明書類を縦覧に供するとだけ規定され、業界団体の統一開示基準(自主ルール)に自己資本比率(大蔵省告示第66号)が開示項目として列挙されていたに止まり、正味自己資本比率は、金融当局の検査・監督基準に基づく数値のため非公表とされていたのに対し、同年12月以降、同条で業務及び財務の状況に関する説明書類を縦覧に供しなければならないと規定され(罰則付)、また、銀行法施行規則19条2項に自己資本比率(大蔵省告示192号)を開示項目として列挙し、法令上開示が義務づけられた(一審被告のような信用組合組織による金融機関については、協同組合による金融事業に関する法律6条1項の規定で銀行法21条が準用される。)ことなど、制度の相違や変遷があるのに、原判決は、これらの相違に関する理解を欠き、あたかもすべてが同一内容、同一基準であるかのような誤った認識を前提に、そのときどきにおける一審被告の財務内容、とりわけ自己資本比率や説明義務を論じるものになっており、不当である。
(ウ) 金融整理管財人の資産査定
原判決は、本件各出資当時において一審被告が債務超過であったことの根拠として金融整理管財人の資格査定の結果を挙げるが、同査定は、一審被告が破綻した後の平成13年3月末日を基準日に行われたものである。金融機関の主要資産は貸出債権であり、一審被告を主要金融機関とする融資先は、一審被告自身の破綻によって資金調達能力や対外的信用にダメージを受けたことは容易に理解が及ぶであろう。同管財人の資産査定は、基準日における時価を査定するものと解されているが、一審被告の破綻後、貸出債権については、相当の資産劣化が進行したことは明らかである。その意味で、一審被告の財務内容は、破綻前後で断絶があるとみるのが相当であり、原判決が説示するように単に時期が近接することのみから、上記資産査定の結果が本件各出資当時の資産内容を推認する根拠となり得ないことは自明である。原判決は、資産評価に関する初歩的常識を大きく踏み外すものであり、一審被告の財務内容に関する原判決の事実認定に致命的問題があることは明らかである。
(エ) 破綻認定
原判決は、本件各出資当時、一審被告が破綻認定を受ける具体的危険があった根拠として、平成8年検査の結果として示達された同年10月15日付け「経営改善計画の提出について」と題する文書を挙げている。しかし、同文書は、経営改善計画に軽度の未達が存するような場合に業務停止を命じるような硬直なものではなく、要は、自己資本比率の充実状況等の諸事情によって弾力的に処理されることが予定されたものである。しかも、協同組合による金融事業に関する法律6条1項において準用される銀行法26条1項(平成8年法律第94号により新設)の命令については、同条2項によって自己資本比率の区分によりその内容が定められており、業務の全部又は一部の停止が命じられるのは、自己資本比率が0%未満の場合とされるに至っているのであり(平成9年大蔵省令第63号)、平成8年検査結果に関する当局の上記文書をもとに、本件各出資の当時、一審被告に破綻認定がされる具体的危険があったとする原判決の認定は、極めて短絡的なものといわざるを得ない。
(オ) 以上によれば、本件各出資当時、一審被告が債務超過にあったとする原判決の認定は、①その債務超過の意味するところが明確とはいえず、②その認定根拠を企業会計原則と異なる当局検査の資産査定基準に置く上、③時点の異なる査定結果を組み合わせて、出資時点における一審被告の財務内容を推認するとの不合理な方法によるものであり、原判決の事実認定は、会計学的な批判に耐え得るものではなく、失当であるというべきである。
特に一審原告X1らの平成11年3月2日付けの各500万円の出資にかかる請求との関係でいえば、平成9年以降、一審被告は、業務純益及び睡眠預金を原資とする不良債権の償却を相当程度進め、それによる財務内容の改善の事実が存するのであり、平成11年検査の基準日(同年3月末日)より前にされた出資の時において、原判決が指摘する説明義務の前提となるべき一審被告の債務超過の事実を欠くことは明らかである。
ウ 確定高裁判決との矛盾
大阪地方裁判所平成18年4月14日判決(甲37)は、平成11年3月31日以前にされた出資についての損害賠償請求を棄却したものであるが、同判決は、大阪高等裁判所平成19年6月15日判決で維持された。
本件においても、一審原告X1らが平成11年3月2日にした各金500万円の出資については、同年3月期以降の新自己資本比率が0%未満となる、又は、金融検査で0%未満と算定されることが容易に見込まれていたと認めることはできないのであり、原判決が認定した説明義務違反の事実はその前提を欠くというべきである。
(2) 損害賠償責任の法性決定(契約締結上の過失の法的性質)について
ア 原判決は、契約の締結に向けた交渉段階においても信義則上相手方に対して一定の注意義務を負う場合があり、当該注意義務をめぐる当事者間の権利義務関係は、当該契約に付随して生じるものであって、契約上の責任に含まれると認めるのが相当である旨説示する。
しかし、原判決のいう説明義務は、契約の成立以前に発生するというのであり、契約関係にない当事者間でどのような理論構成をもって契約上の義務を発生させるかについて原判決はその理由を何ら説明していない。
仮に、契約の締結に向けた交渉段階においても、当事者の一方又は双方が信義則上相手方に対して一定の注意義務があるという原判決の説示がその理由を示すものであると善解しても、原判決にはこのような信義則上の義務を根拠づける具体的な事実について何ら触れておらず、理由不備、弁論主義違反の違法がある。すなわち、この責任か契約上の責任であるとすれば、契約が成立する以前に契約責任の発生を認めるという極めて例外的な効果を発生させるのであるから、その適用については、慎重な検討を要する。また、責任発生の根拠である信義則も、極めて抽象性の高い一般条項であるから、それを根拠に説明義務といった個々具体的な当事者の義務(もちろんこの段階では契約は成立していないから、当事者間には具体的合意は存在しない。)を発生させるについては、より慎重であってしかるべきである。しかるに、原判決は、信義則上の義務の発生を根拠づける事実を何ら認定しないまま、法的効果の発生のみを論じるものにほかならず、この点においても理由不備、弁論主義違反の違法がある。
イ 原判決は、上記信義則上の義務が、何故契約上の義務に該当するのか、当該義務を契約に基礎づける根拠について何ら説示するところがない。信義則は、今日では、契約法領域のみならず、不法行為を含む民法領域一般に妥当するものとして理解されており、信義則に基づくものであるからといって、それが直ちに契約上の義務であるとする根拠とはならない。
ウ 原判決は、当該義務が契約に付随して生じる根拠を示していない。契約が成立していない前段階においては、本体である契約そのものが存在しないのであるから、それに付随して何らかの義務を発生させることは背理というべきである。また、原判決は、当該義務を契約上の義務ととらえなければならない必要性についての説示も欠くが、「消滅時効の点で被害者に有利であるから当該義務を契約上の義務とすべきである。」などといったものが、およそ法的な理由付けとならないことは論をまたない。
エ 以上のとおり、契約関係にない者の間に契約上の義務が生じる根拠・必要性は何ら存在しないのであり、そのような者の間で何らかの債権債務を発生させる法理論があるとすれば、それは一般不法行為以外にはないというべきである。
したがって、一審被告について債務不履行責任を認めた原判決は不当である。
(3) 錯誤無効及び詐欺取消しを理由とする不当利得返還請求権について
ア 一審原告ら主張の錯誤の主張は否認する。法律行為の要素に錯誤があるとは認められないし、説明義務違反にかかる説明内容が出資の動機を形成し、そのことが表示されたとも認められない。また、錯誤無効の主張を容認するとなると、契約の全部無効をきたし、全額についての不当利得返還義務を生じることになるが、仮にこのような処理を認めれば、不法行為・債務不履行による損害賠償請求の場合に過失相殺による処理が認められるのとは異なり、出資者側の過失や寄与が考慮されないことになり、法的評価に矛盾が生じ妥当でない。
さらに、錯誤を無効とする不当利得返還請求についても、商法522条の類推適用により、その成立の日から5年の経過により時効消滅するから、上記同様、消滅時効を援用する。
イ 一審原告パルコらの関係について
信用協同組合においても、株式会社と同様、資本の充実・維持の要請が働くことに照らし、これに対する出資行為については、錯誤及び詐欺取消しの適用は排除されると解すべきである。すなわち、組合員が無限責任を負担する民法上の組合については、旧商法の精神の類推により、組合契約そのものの無効・取消しを認めることなく、すべて脱退によって処理するほかないと解されるところ、信用協同組合への出資は、社団法人たる同組合の組合員たる地位を原始的に取得することを目的としてされる行為であり、団体法的性質を有し、それを前提に法律関係が累積されるため、錯誤無効及び詐欺取消しの主張を限定する必要がある上、出資者が有限責任を負担するにすぎないから、民法上の組合よりもなお一層、資本充実・維持を図る観点から出資の払戻を制限する必要があり、中小企業等協同組合法も18条ないし20条の規制を設けたものと解されるのであり、したがって、出資につき錯誤無効・詐欺取消しの原因となる事由が存する場合にも、上記各法条に定める手続及び要件によるのでなければ、出資者は出資財産の返還を求め得ないと解するのが相当である。
仮に、錯誤又は詐欺に基づく無効取消しを認めるとしても、信用協同組合への出資行為についても、会社法211条2項を類推適用すべきであり、一審原告らは、出資の日から1年以上を経過したのであるから、錯誤又は詐欺取消しを理由とする無効主張は許されない。
第5当裁判所の判断
1 当裁判所は、一審原告X1らの請求は、原判決認容の限度で理由があるが、一審原告パルコらの請求はいずれも理由がないと判断する。
その理由は、2以下に当審における双方の主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第4「当裁判所の判断」の1ないし4(原判決16頁2行目から42頁14行目まで)に認定・説示するとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決34頁23行目から36頁冒頭行までを次のとおり改める。
「民法724条の被害者が「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを現実に認識した時であると解される(最高裁判所昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁、同平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁)ところ、本件においては、前記認定事実によれば、一審被告は、一審原告らに対して本件各勧誘をした平成10年10月ころないし平成12年1月ころの各時点において、実質的に大幅な債務超過の状態にあり、早晩、監督官庁から破綻した旨の認定を受け、出資した組合員に対して出資金の払戻しができない事態に至る現実的危険性があったのに、一審被告の支店長らは、一審原告らに対し、それぞれ一審被告が信用組合から普通銀行に転換することを目指しており、自己資本比率を上げるために出資金を集める必要があるなどと告げて出資を勧誘しながら、一審被告の上記債務超過の状態について具体的説明をしなかったため、一審原告らは、一審被告が近い将来破綻するとは考えずに出資したところ、一審被告は、本件各出資から2年も経たない平成12年12月16日、金融再生委員会から金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受けて破綻し、一審原告らも、同日ころ、一審被告が破綻した事実を知ったこと、その後、一審被告の組合員らが一審被告に対し、1年も経過しないうちに相次いで、出資金相当額の損害賠償を求める提訴の準備、説明会を開催したり、実際に提訴したことに照らすと、一審被告に対する出資者(組合員)は、上記一審被告の破綻事実を知れば、各出資に関する勧誘の際、一審被告がすでに大幅な債務超過の状態にあり、出資金の払戻しをすることができない事態に至る現実的な危険性があったのに、一審被告において、その旨を出資者に説明しなかったことを十分に認識していたというべきであるから、一審原告らも、上記日時ころ、同様の事実を知ったものと認めるのが相当である。
このことは、一審原告パルコの代表者Aは、平成12年1月ないし2月ころに追加出資の勧誘を受けた際、すでに2回目の出資であり、前回の出資から年数も経過していないのに不自然であると受けとめていたこと(同代表者の原審供述)、一審原告X1は、自己が本件出資後、1年くらいで破綻した事実を聞いて、直ちに詐欺だと理解したこと(同原告の原審供述)、一審原告大山興業の代表者Bは、一審被告が破綻した当時から、破綻認定を受けるような財産状況を隠して本件出資を勧誘されたと受けとめていたこと(同代表者の原審供述)からも首肯することができる。
そうすると、一審原告ら主張の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、上記のとおり平成12年12月16日(一審被告の破綻日)ころから進行を開始したものというべきである。」
2 当審における双方の主張について
(1) 原判決の事実認定の不当性について
一審被告は、本件各出資当時に一審被告が債務超過にあったとする原判決の事実認定は、その意味が明確ではないし、その認定根拠を企業会計原則と異なる当局検査の資産査定基準に置いていること、時点の異なる査定結果を組み合わせて、出資時点における一審被告の財務内容を推認するとの不合理な方法によるものであり、会計学的な批判に耐え得るものではないこと、平成9年以降、一審被告は、不良債権の償却を相当程度進め、それによる財務内容が改善した事実が存するのであり、平成11年検査の基準日前の出資時において、原判決が措定する説明義務の前提となるべき一審被告の債務超過の事実を欠くことは明らかであることを主張する。
しかし、原判決認定の事実、とりわけ、平成6年12月以降、金融機関が相次いで破綻し、監督官庁による業務停止命令が発令されるなどした中で、大蔵省が、平成7年6月、「金融システムの機能回復について」と題する文書を公表したのに続いて、金融制度調査会は、同年12月、自己資本比率等の客観的な指標に基づき早期に業務改善命令等の措置を導入すべきであるなどの提言を含む「金融システム安定化のための諸施策―市場規律に基づく新しい金融システムの構築」と題する答申を公表し、これを受けて、平成8年6月には金融関連4法が成立し、中でも金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律は、経営が悪化した金融機関に対し、自己資本充実の状況を基準として業務改善等の早期是正措置を段階的に発動することなどを内容とするものであり、平成10年4月1日から、金融機関の自己資本の充実の状況に応じて業務の停止命令等の必要措置(早期是正措置)を講じるとされたこと、近畿財務局は、平成8年検査において、金融機関の業務の健全性を確保しその破綻を未然に防止する観点から一審被告の資産査定を行い、実質的債務超過の状態が改善されない場合には業務停止処分が発動される可能性がある旨の警告をしたが、一審被告は、平成10年度も実質的な債務超過状態を解消する見込みがあるとはいえない状況にあったこと、一審被告は、平成12年3月末までに本件各出資を含め、組合員から約150億円の出資金を集め、数字上の自己資本比率を高めたが、債務超過状態を解消するにはほど遠い状況にあったこと、並びに甲第9ないし11号証及び当審提出の甲第42号証によると、平成8年5月14日当時、既に一審被告の正味自己資本額は、一審被告が措定した自己資本額520億3600万円から不良債権額737億1800万円を控除する必要があったのに、一審被告は、上記不良債権額を貸借対照表上の資産(貸出金)から控除せず、全額正常債権として処理していたため、近畿財務局において、一審被告の償却すべき金額が上記金額であるとしてこれを控除し、正味自己資本額(監督機関が資産を再査定した自己資本比率であり、会計学上の「自己資本比率」の概念に含まれる。)をマイナス216億8200万円と認定したが、同数値は、平成13年3月31日の金融整理管財人作成の貸借対照表上の貸倒引当金額5455億3672万5000円(甲11)と比較しても著しく控え目な数値であることが認められ、これらの事実を総合すると、原判決が、近畿財務局の検査結果に基づき、一審被告は、平成10年10月ころから平成12年1月ころにかけて本件各出資を勧誘した当時、実質的に大幅な債務超過の状態にあり、監督官庁から破綻した旨の認定を受け、組合員に出資金の払戻しをできない事態に至る現実的な危険性があったと認定したことには合理的な理由があるから、一審被告の原判決に対する上記批判は、いずれも採用することができない。
なお、一審被告は、平成5年の大蔵省告示第66号所定の算出式に基づいて「表面自己資本比率」を算定した旨主張するが、上記認定の平成6年12月以降の金融業界の実情に加え、大蔵省(近畿財務局)は、上記のとおり、金融機関の業務の健全性を確保しその破綻を未然に防止する観点から実質的に同告示とは異なる指針に基づき金融機関に対する公的監督を行っていたのに、一審被告が近畿財務局の検査結果に従わず、かえって、平成10年以降の自己査定において、債務者区分の引上げを行うため、実質的に破綻しており、事業実体のない貸付先についても、事業を継続しているかのように装うなどの数々の画策をした挙げ句、破綻するに至ったことは、いずれも原判決認定のとおりであるから、一審被告が上記告示に従っていたとしても、当然に破綻の危険性がなく、当該認識もなかったとは認められないというべきである。
また、一審被告は、「旧商法32条2項を援用し、企業会計原則に従って資産・負債等を認識することが必要かつ相当であり、原判決が、近畿財務局検査や金融整理管財人の資産査定の結果から出資時点における一審被告の財務内容を認定したことを論難するが、上記規定は、商業帳簿の作成に関する規制にすぎず、破綻回避の観点から行われる公的監督とは視点を異にするものであるから、上記批判は失当である。
さらに、一審被告は、別件訴訟で出資者の請求が一部認められなかった確定高裁判決との矛盾を指摘するが、同判決の存在は、上記認定・説示に何ら影響を及ぼすものではない。
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効について
ア 一審原告らは、①一審被告は、平成13年6月26日以降、一審原告ら出資者に対し、出資金が返らないと言明し、3年間の消滅時効期間が経過するように対応してきたものであり、保護に値する継続した事実状態が存在しないこと、②一審原告らは、一審被告の旧理事、金融整理管財人及び清算人にも騙されてきたと認識しており、被害感情は高まる一方であること、③近畿財務局の検査報告書等の重要な証拠が存在しており、証拠保全の困難をきたすことはないこと、④一審被告は、3年が経過することを意図して、別訴においても一審被告の旧理事らの不法行為の存在を徹底的に争ってきたこと、⑤前掲最高裁判所昭和49年12月17日判決の趣旨からすれば、本件事案においては、民法724条の短期消滅時効を認める実質的論拠を欠いていることを主張する。
しかし、①④については、一審被告が上記のとおり言明したり、別訴において旧理事らの責任を否定したとしても、同事実から一審原告らの権利行使が事実上不可能になるものではないし、②も短期消滅時効の成立を当然に否定する根拠となるものではない。また、③についても、民法724条の短期消滅時効の趣旨が、証拠保全の困難性の問題よりも、むしろ加害者を保護することにあると解されていること(上記最高裁判所判決参照)からして理由がない。なお、⑤で一審原告らが援用する同判決は、旧商法266条の3第1項前段に基づく取締役の責任は、法がその責任を加重するため特に認めたものであって、不法行為責任たる性質を有するものではないから、民法724条は当然に適用されるものではないこと、民法724条が短期消滅時効を認めた趣旨は、不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に、予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには、損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにあると解されるところ、取締役の責任は、通常、第三者と会社との間の法律関係を基礎として生ずるものであって、取締役は、不法行為の加害者がおかれる前記のような不安定な立場に立たされるわけではないから、取締役の責任に民法724条を適用すべき実質的論拠はなく、したがって、同条を旧商法266条の3第1項前段に基づく第三者の取締役に対する損害賠償請求権に類推適用する余地もないことを判示したものであり、本件のように出資者である一審原告ら(第三者)と一審被告(会社に相当する)との関係が問題になっている事案とは異なるから、⑤の主張も採用することができない。
イ 次に、一審原告らは、被害者が損害を知り得た場合には時効が進行するとの解釈や通常人が知り得た場合を基準として被害者が認識したことを擬制するとの解釈は妥当ではないこと、漠然とした提訴の新聞記事を見たり、提訴の噂を聞いただけで、時効の進行を認めて加害者を救済するのは、最高裁判所判決に反し、民法724条の解釈を誤っている旨主張するが、当裁判所がこのような前提に立つものでないことは、前記のように原判決を補正したとおりである。
ウ さらに、一審原告らは、①原判決は、一審被告の破綻日である平成12年12月16日ころから消滅時効が進行する旨説示しているが、一審原告らが一審被告の破綻や組合員らの訴訟提起を知っても、説明義務の内容・理事の特定等をできず、証拠資料も入手し得たといえないから、一審原告らが不法行為を現実に認識し、損害賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知ったとはいえず、平成18年5月9日ころ、これを現実に認識したものであること、②原判決は、出資を勧誘した際の一審被告の行為に虚偽の説明あるいは説明義務違反等の違法があったことを十分認識できると説示するだけで、どのような事実が何故虚偽説明になるのか、説明義務違反の具体的内容、それを一審原告らがいつ認識したか等について具体的説示を行っていないこと、③原判決は、一審被告の破綻事実を知りさえすれば、一般人であれば、虚偽の説明等の違法があったことを十分認識できるとするが、前掲最高裁判所平成14年1月29日判決は、不法行為を構成するか否かは、具体的証拠による現実の認識を必要とすると解しており、被害者が過失によって知らなかった場合や被害者と同様の立場にある一般人ならば認識するであろうという事情があっても民法724条の短期消滅時効は進行しないことを主張する。
しかしながら、①及び②については、本件各勧誘を行った各支店長は原判決認定のとおり特定していること、説明義務の内容は、一審被告が前記認定のとおり大幅な債務超過の状態にあって、出資金の払戻しができない事態に至る現実的危険があるというものであること、説明義務違反等も一審原告らにおいて一審被告が破綻したころに認識したものと認めるべきことは、いずれも原判決が認定・説示するとおりであるから、上記主張は理由がない。
また、③については、上記最高裁判所判決は、損害及び加害者を知った時とは、被害者において、加害者に対する損害賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解するのが相当である旨判示しているにすぎず、一審原告ら主張のように具体的証拠による現実の認識を必要とするとまでは判示していないし、一審原告らも他の出資者と同様、一審被告による本件各勧誘が不法行為を構成することを現実に認識したものと認めるべきことは、前記補正後の原判決認定のとおりである。
エ 以上によると、一審原告らの不法行為に基づく損害賠償請求権については短期消滅時効が完成したというべきである。
(3) 債務不履行(契約締結上の過失)に基づく損害賠償請求権について
一審被告は、原判決が、本件各出資契約についての説明義務をめぐる当事者間の法律関係は、当該契約に付随して生じるものであって、契約上の責任に含まれるものと認めるのが相当である旨説示したことに関し、①いまだ契約関係にない当事者間において、どのような理論構成をもって契約上の義務が発生するのか根拠が明らかでなく、②仮にその根拠が信義則上相手方に対して負う一定の注意義務であるとしても、「信義則」に基づくものであるからといって、それが直ちに「契約上の義務」とはならないし、また、③このような「信義則上」の義務を根拠づける具体的な事実について何ら触れることがないから、これらの点について、理由不備、弁論主義違反の違法がある旨主張する。
しかしながら、一般に契約が成立する前の段階における契約締結上の過失については、これを不法行為責任としてとらえることも可能であるが、むしろ契約法を支配する信義則を理由とする契約法上の責任(一種の債務不履行責任)として、その挙証責任、履行補助者の責任等についても、一般の不法行為より重い責任が課せられるべきものととらえるのが相当である。およそ、当該当事者が、社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする以上、社会の一般人に対する責任(すなわち不法行為上の責任)よりも一層強度の責任を課されるべきことは当然の事理というべきものであり、当該当事者が結果として契約を締結するに至らなかったときは、一般の不法行為責任にとどめるべきであるが(不法行為責任と契約法上の責任とは法条競合の関係にあるとみられる。)、いやしくもこれを動機として契約関係に入った以上、契約上の信義則は、その時期まで遡って支配するに至るとみるべきであるからである(我妻榮「債権各論上巻」38頁以下参照)。
これを本件についてみるに、一審原告らと一審被告とは、本件各出資契約締結のために交渉を開始した段階において、全く関係のない他の第三者に対する関係とは異なり、互いに信義誠実の原則に従って行為すべき義務を負担し、その結果として、本件各出資契約を締結する前段階においても相互に同契約を誠実に履行できるように配慮すべき信義則上の義務を負うというべきところ、原判決認定のとおり、本件各出資契約は、一審被告が、一審原告らに対し、普通銀行への転換のために、あるいは、自己資本比率を高めるために増資の必要があると述べて勧誘したものであって、出資を勧誘する一審被告としては、その目的達成の見込みとともに、勧誘当時における一審被告の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど、出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても、勧誘の相手方である一審原告らに対し、損害を与えないよう適切に説明すべき義務を負っていたのに、当時、早晩、監督官庁から破綻認定を受け、そのことに伴い、出資した組合員に対して出資金の払戻しをすることができない事態に至る現実的な危険性があり、そのことを認識することができたにもかかわらず、一審被告がそのような状況にあるという極めて重要な情報を告げなかったことにより、一審原告らに定期預金を振り替え、あるいは現金を支出させて本件各出資契約を締結させ、その後一審被告が破綻した結果、出資金の返還を受けることをできなくさせ、一審原告らの財産に損害を与えたものであって、一審被告は上記信義則上の義務に違反して上記契約を締結させ、これにより一審原告らに損害を与えたものということができ、同義務の違反は、上記のとおり債務不履行ととらえるべきものであるから、一審被告は、上記の損害について同契約の債務不履行責任を負うべきものと解するのが相当である。
一審被告の援用する京都大学大学院法学研究科教授Fの鑑定意見書(当審提出の乙17)も上記判断を左右しない。
したがって、一審被告の指摘する原判決のこの点に関する説示も結論として相当であるから、一審被告の同主張も理由がない。
(4) 信用協同組合の商人性と消滅時効について
一審原告パルコらは、原判決が一審被告の本件各出資契約の債務不履行責任について商事消滅時効を認めた点を論難し、信用協同組合は商人ではないから同消滅時効の適用はない旨主張する。
確かに、信用協同組合は、組合員の相互扶助を目的とする非営利法人であって商人ではない(同原告らの援用する最高裁判所昭和63年10月18日第三小法廷判決)が、同原告らは会社であり、本件各出資は、商法3条、503条、522条により商行為により生じた債権として商事消滅時効の適用を受けるから、同原告らの上記主張は理由がない。
(5) 錯誤無効を理由とする不当利得返還請求について
一審原告パルコらは、当審における追加主張として、本件各出資契約の錯誤無効を主張する。
しかし、一審被告に対する出資は、組合員たる地位の取得を目的とする合同行為であって、一組合員に存する事由に基づき出資について錯誤による無効の主張を認めることは、組合の団体性に反するばかりでなく、中小企業等協同組合法が脱退の自由(18条)及び除名(19条2項)を認めた趣旨にも合致しない上、一審原告らの本件各出資部分は、直ちに一審被告に対する債権者のための責任財産に組み込まれていることを併せ考えると、本件において、組合員たる一審原告らが錯誤無効の主張をすることはそもそも許されないというべきである。
したがって、本件各出資契約の錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
(6) 消滅時効の援用と信義則違反について
一審原告らは、金融整理管財人の信義則違反の行為の結果は、代表者が清算人に変更になろうとも、一審被告に承継されるとした上、同管財人は、旧理事らの不法行為を認識しながら、一審原告らに対し、出資金は一切返還されないと告知し、類似訴訟及び本訴において、同管財人及び代表清算人は一貫して事業報告に虚偽はなく、説明義務違反もないと主張して争ったものであり、これらは善管注意義務に反するし、仮に上記義務違反がなかったとしても、一審被告は、一審原告らに対し、誤った説明及び応訴を行い、5年間も時効期間の進行を許したのであるから、消滅時効を援用することは信義則に反し許されない旨主張する。
しかし、上記管財人が、一審被告の債務超過の事実を踏まえ、一審原告らに対し、出資金は一切返還されないと告知したこと自体が直ちに違法であるとはいえない上、一審原告らにおいて、同管財人らの類似訴訟での応訴態度等が原因で、消滅時効期間経過前に提訴することが事実上不可能であったことを認めるに足りる証拠はなく、本件事実関係のもとにおいては、一審被告の消滅時効の援用が直ちに信義則に反するとはいえない。
3 以上によれば、一審原告ら主張の不法行為責任及び債務不履行責任は認められるが、不法行為に基づく損害賠償請求権は民法724条所定の3年間の短期消滅時効が完成していること、詐欺による取消権も民法126条所定の5年間の消滅時効が完成していること、債務不履行に基づく損害賠償請求権も、一審原告パルコらの関係では5年間の商事消滅時効が完成しているが、一審原告X1らの請求については消滅時効にかからず、それぞれ500万円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成19年8月23日から各支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を命じる限度で理由があることは、いずれも原判決の説示するとおりであり、また、一審原告パルコらの錯誤無効の主張は上記のとおり理由がない。
よって、一審原告X1らの請求を上記の限度で認容し、その余を棄却し、また、一審原告パルコらの請求を全部棄却した原判決は相当であって、本件各控訴及び本件各附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 黒岩巳敏 市村弘)