大阪高等裁判所 平成20年(ネ)916号 判決 2008年11月18日
大阪市<以下省略>
控訴人・被控訴人
X(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士
三木俊博
東京都渋谷区<以下省略>
被控訴人・控訴人
第一商品株式会社(以下「一審被告」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
村上正巳
主文
1 一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は,一審原告に対し,2616万7578円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
2 一審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は1,2審を通じてこれを10分し,その2を一審原告の,その余を一審被告の各負担とする。
4 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告
原判決を次のとおり変更する((1)と(2)は選択的請求)。
(1)ア 一審被告は,一審原告に対し,金地金20キログラムを引き渡せ。
イ 一審被告は,一審原告に対し,1686万9240円及び3749万6540円に対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,3749万6540円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告
(1) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要等
1 本件事案の概要は,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の柱書に記載のとおりであるから,これを引用する。
原審裁判所は,一審原告の本件請求のうち,一審被告に対し,2245万7924円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
そこで,一審被告は,これを不服として上記第1の2の判決を求めて控訴し,これに対し,一審原告も控訴し,上記第1の1の判決を求めた。
2 本件の前提事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,後記3で当審における当事者の補足主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「1 当事者間に争いのない事実」及び「2 争点及びこれに対する当事者の主張」に各記載のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における当事者の補足主張
【一審原告】
(1) 両建について
先物投資の知識経験に乏しい個人投資家にとって「両建手法」は,そもそも「原則として不適切な取引方法」である。本件において,全くの素人であった一審原告は「両建手法」の利害得失を十分に理解する具体的能力を欠いていたし,Bは「両建手法」の利害得失,とりわけ「害」と「失」について,全くの素人である一審原告が十分に理解するように説明を尽くしたことはなく,平成13年6月20日の大阪アルミの両建も,同月26日の東工白金の両建も電話連絡だけであった。それまでの説明義務に関する判例法理を成文化した金融商品の販売等に関する法律3条2項の趣旨からしても,本件における両建は違法である。
(2) 事実上の一任売買について
事実上の一任売買とは,最高裁判決がいう「実質的な一任売買」と同じであり,恒常的に,営業社員が特定の売買取引を勧誘し,顧客がこれに追従してその特定の売買取引に応諾している事実状態ということができる。原判決は,一審原告が,平成13年6月7日に建てた東工金100枚の買玉のうち90枚については,30円値段が上昇した場合には仕切るように指値注文したと認定しているが,そのような証拠はないし,そもそも,先物取引について全くの初心者であった一審原告が,取引開始当初に「自発的に」「指値注文」をすることなどできない。
(3) 過失相殺について
Bらは,「習熟期間中」の「新規委託者」である一審原告にとってふさわしくない「複数商品」「大量建玉」「満玉手法」「両建手法」によって急激に投資リスクを拡大し,わずか2か月の間に,先物取引の経験のない高齢寡婦である一審原告から約3400万円を奪い取ったものであり,Bらの行為は,侵害態様が重大で,少なくとも重過失によるものであることが明らかである。したがって,たとえ一審原告に落ち度があるとしても,原判決のように過失相殺を4割とするのは,妥当性を欠くものである。
【一審被告】
(1) 新規委託者保護義務違反及び過当取引について
一審原告の個別規制の緩和については,調査部のCが調査し,調査部で審査したものであり,一審被告の管理規則実施基準にいう管理担当責任者であるBは,Bランクにはならないが,3割以上5割以下,2100万円から3500万円の真ん中という了解をもらった旨明確に証言しているとおりである。上記管理規則実施基準では,ランクアップ等の報告を文書で行うという規定はないし,実際に文書で行われていないのであるから,文書を証拠として提出しようがない。本件において,管理担当責任者であるBは,平成13年6月11日,一審原告のランクアップ等の審査のために,調査部のCを同行していったのであり,その翌日に証拠金の額が2100万円を超えたのであるから,平成13年6月11日に調査部の審査が行われたというべきである。
(2) 過失相殺について
一審原告は,200万円の花瓶を購入したり,高級かばんを購入する際には特注で金具をプラチナ等に付け替えるなど,規格外の資産家である上,本件取引において,1回に1000万円以上の証拠金を預託し,また,500万円以上の追証も2回預託しているものであって,このことは,取引の拡大,損失の拡大に関する一審原告の寄与度の大きさを物語るものである。そして,一審原告は,自分の意思と判断で取引を終了させていることからすれば,本件については,少なくとも7割の過失相殺をすべきである。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
原判決を以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決15頁5行目の「あります。」を「でもあります。」と改める。
(2) 原判決17頁5行目の「その際,」から7行目末尾までを削除する。
2 本件取引に係る委託契約の成否及びその効力について(争点(1))
原判決を以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決23頁19行目の「過当取引であったこと」の後に「,さらに,Bの両建勧誘が違法であること」を加える。
3 本件取引の違法性について(争点(2))
原判決を以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決25頁22行目の「あります。」を「でもあります。」と改める。
(2) 原判決29頁19行目の「前記第3・1(9)のとおり,」から25行目末尾までを,改行の上,以下のとおり改める。
「 そして,前記第3・1(9)で認定したとおり,一審被告の管理規則実施基準では,取引開始後,習熟期間内を含め,委託者からランクアップ等の要望があった場合には,管理担当責任者が,その要望事由と個別の習熟度合いについての意見を調査部に報告し,この報告に基づき,調査部は,委託者の習熟度を確認してランクアップ等の審査を行い,取引の理解度や自主性を確認し,取引過程に何ら問題がないと認められた場合,管理担当責任者の申請内容とその時点における建玉状況,損益状況などを勘案した上でランクアップ等を決定し,ランクアップ等が認められた委託者については,管理担当責任者にその旨の報告をすることとされているところ,本件においては,一審原告が一審被告に対し,具体的にランクアップ等を要望したことを認めるに足りる証拠はない上,一審原告について具体的にどの程度個別の制限が緩和されたか等を含め,一審被告の管理規則実施基準に定められている上記手続を履践したことを示す書面等も一切証拠として提出されていない。
この点,原審証人Bは,Bランクまでは無理であり,50パーセントまではいかないが,3割以上5割よりも下まで,一審原告の流動資産7000万円でいえば,2100万円から3500万円の間ということで,調査部の了解を得たと証言し,また,上記Cも,当審で提出した陳述書(乙A13)において,一審原告の習熟度の確認をし,個別制限の緩和ができるかを調査するために,同人と面談し,面談内容を上司に伝え,調査部で審査した結果,Bランクの50パーセント程度にはならないが,30パーセントから50パーセントの中間である40パーセント程度以内まで,すなわち2800万円程度までが許可されたので,この結果をBに伝えた旨,上記Bの証言と同趣旨のことを述べるけれども,上記で説示したとおり,これを裏付けるに足りる証拠はなく,いずれも信用することはできない。
以上に加え,一審被告が当事者となった他の同種訴訟においては,ランクアップ等に関する顧客からの申出書や資力内容修正申請書等(甲63の1ないし3)が証拠として提出されていることなどを併せ考慮すれば,一審原告の個別制限の緩和に当たって,一審被告において,一審被告の管理規則実施基準に従った適切な審査が行われなかったというほかはない。
一審被告は,上記管理規則実施基準では,ランクアップ等の報告を文書で行うという規定はないし,実際に文書で行われていないのであるから,文書を証拠として提出しようがないなどとも主張するが,そのこと自体,上記管理規則実施基準を設けた趣旨を自ら没却させるものであり,一審被告におけるランクアップ等の審査がずさんであることの証左になりこそすれ,上記判断を左右するようなものではない。」
(3) 原判決32頁1行目から7行目末尾までを,以下のとおり改める。
「 しかしながら,上記のとおり,両建は,それ自体複雑で困難な取引であり,より大きな危険性を孕むものであるから,両建の経済的効果や取引の複雑困難性及びその危険性を十分に理解した上で行われるものでない限り,一般の顧客にとって不適切な取引であるというべきところ,Bの上記説明は,一審原告に対して商品先物取引を勧誘した際になされたものであり,先物取引一般についての説明の域を出るものではないし,また,Bが一審原告に交付した上記委託のガイドにしても,両建の説明については比較的簡単な記載にとどまっており,一審原告がこれまで先物取引の経験がなかったことに加え,本件取引当時69歳であるという一審原告の年齢を考慮すれば,かかるBの説明や上記委託のガイドの記載内容だけで,両建のもつ経済的効果や取引の複雑困難性及び危険性について十分理解し得たとは考えられない。
したがって,Bは,一審原告に対し,両建の経済的効果及び不利益面等について一審原告の理解を得るに足りる十分な説明をしたとは認められず,一審原告に対する両建の勧誘は違法であるというべきである。」
(4) 原判決32頁11行目の「また,」から16行目末尾までを「また,一審原告も本件取引の状況については理解していたものと認められるのであって,本件取引がBらの主導によりなされた部分が多かったとしても,一審原告が,おしなべてBらの提案を鵜呑みにし,言われるがままに本件取引を行っていたとまでは認められない。」と改める。
(5) 原判決32頁19行目の「新規委託者保護義務違反及び過当取引」の後に「並びに両建勧誘」を加える。
4 一審原告の損害について(争点(3))
原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」4の(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 過失相殺について(争点(4))
原判決を以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」の4の(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決33頁14行目の「原告が受けた損害の」から16行目末尾までを「一審原告が受けた損害の3割を過失相殺するのが相当というべきである。そこで,一審原告の受けた上記損害3409万6540円について3割を過失相殺すると,その損害額は2386万7578円となる。」と改める。
6 弁護士費用について
上記で説示した一審原告の損害額に加え,本件事案の難易性,本件の審理経過等を併せ考慮すると,一審被告の上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は230万円と認めるのが相当である。
7 そして,一審原告の損害額は,それが債務不履行に基づく請求であったとしても,上記損害額を超えることはないから,一審原告の本件請求(上記第1の1(2)の請求)は,一審被告に対し,不法行為に基づき,2616万7578円及びこれに対する不法行為の最終日(帳尻差損金の集金日)である平成13年8月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は失当であるから棄却すべきである。
よって,一審原告の控訴に基づき,上記と異なる原判決を変更し,一審被告の控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 楠本新 裁判官 河合裕行)