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大阪高等裁判所 平成20年(ラ)1051号 決定 2009年5月15日

抗告人(原審申立人・本案事件原告)

株式会社X

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

中嶋弘

向来俊彦

相手方(原審相手方・本案事件被告)

株式会社三井住友銀行

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

岡村泰郎

濱岡峰也

堀内康徳

山本健司

宇都宮一志

主文

1  原決定中、別紙文書目録1記載の文書に係る部分を取り消す。

2  前項の部分につき、本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

3  抗告人のその余の本件抗告を棄却する。

理由

第1抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  相手方は、相手方が所持する別紙文書目録<省略> 記載の文書を提出せよ。

第2事案の概要

1  本件の本案事件は、抗告人が、相手方に対し、相手方が平成14年9月24日に抗告人との間で口頭での合意によって成立したと主張している金利交換取引契約(以下、金利交換取引を「金利スワップ取引」といい、相手方が成立を主張している金利交換取引契約を「本件契約」という。)は、そもそも契約として成立しておらず、また、仮に契約として成立しているとしても、相手方の従業員が、相手方の抗告人に対する優越的地位を濫用して抗告人に締結させたものであり、また、適合性の原則(金融商品の販売等に関する法律9条2項1号)に違反して強引に勧誘して締結させたものであるなどと主張して、不当利得に基づく返還、不法行為に基づく損害賠償等を請求している事案である。

これに対し、相手方は、抗告人の主張する事実を争うとともに、本件契約に関する問題は双方が代理人弁護士も入れつつ協議した結果成立した平成15年3月3日付け和解契約(以下「本件和解」という。)により解決済みであり、本件の本案事件は紛争の不当な蒸し返しであると主張して、抗告人の請求を争っている。

2  本件は、抗告人が、相手方の所持する別紙文書目録1記載の文書(以下「第1文書」という。)及び同目録2記載の文書(以下「第2文書」といい、第1文書と併せて「本件各文書」という。)につき、民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(以下、単に「民訴法220条4号ニ所定の文書」という。)に当たらない同号の文書に該当すると主張して、文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案であり、相手方は、本件各文書は同号ニ所定の文書に該当し、また、証拠調べの必要性がないと主張して、文書提出義務を争っている。

3  一件記録によれば、本件の経過は、次のとおりである。

(1)  本件の本案事件において、抗告人は、平成20年1月17日付け準備書面(6)により、相手方に対し、適合性原則に関する求釈明として、①平成14年9月当時、抗告人の属性や取引需要について記載した顧客カードを作成していたか否か、②作成していたとすれば、その内容如何、③相手方が行った適合性審査の内容如何について釈明を求めるとともに、該当する文書が存在する場合には、当該文書を任意に提出するよう求めた。

これに対し、相手方は、同年2月28日付け被告第7準備書面において、上記求釈明に応じる意思がない旨を明らかにした。

(2)  そこで、抗告人は、同年4月7日、相手方の所持する①顧客カード(顧客が金利スワップ取引について適合性を有するかどうかを判断するために、顧客の属性を調査するために作成する文書であり、通常、顧客の年収や資産・負債のほか、投資経験や投資可能額、リスクヘッジの必要性、顧客の意向等の適合性審査を行う前提となる事実関係が記載されているもの)、②適合性に関する審査書類(顧客カードに基づき、顧客の適合性に関して、相手方が審査をした内容が記載された文書)、その他の文書につき、民訴法220条4号に基づき、文書提出命令を申し立てた。

これに対し、相手方は、同年5月14日付け及び同年9月4日付けの各意見書において、相手方には抗告人が主張するような「顧客カード」といった文書はそもそも存在せず、相手方において上記①及び②のような記載内容が存在する書類を挙げるとすれば、金利スワップ取引に関する稟議書類であるが、銀行の稟議書類は民訴法220条4号ニ所定の文書に該当するから相手方には文書提出義務はないなどと主張するとともに、本件の本案事件における同年9月4日の第15回弁論準備手続期日において、本件契約の締結過程で作成された金利スワップ取引に関する稟議書の添付書類(付属文書)である「金利スワップ(顧客固定金利払)取引採り上げチェック表(稟議付表)」(《証拠省略》)を証拠として提出した。

以上を受けて、抗告人は、同年9月4日付けの文書提出命令変更申立及び補充書により申立ての趣旨を変更し、文書提出命令の対象文書を本件各文書に変更するとともに、これ以上の文書の特定は著しく困難であるとして、同日付けの文書特定のための手続申出書により、民訴法222条1項に基づき、文書の特定のための手続の申出をした。

(3)  原審は、本件各文書の提出義務について貸出稟議書と別異に解すべき理由は見当たらず、本件各文書はいずれも民訴法220条4号ニ所定の文書に該当するから、証拠調べの必要性の有無について判断するまでもなく、本件申立ては理由がないとして、同法222条2項の手続を執ることなく、本件申立てを却下した。

これに対し、抗告人が本件抗告をした。

第3当事者の主張

1  抗告人の主張

(1)  文書提出義務について

ア 最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁(以下「最高裁平成11年決定」という。)は、貸出稟議書について民訴法220条4号ニ(同決定当時の条文は、同号ハ)所定の文書に該当するか否かは、①専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であること、②開示によって文書の所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められること、の二つの要件を充たすか否かによって判断すべきであるとし、当該事案について詳細に認定した上でこれに該当する旨判示したものであり、他の稟議書にまでその趣旨が及ぶかどうかは個別具体的に判断すべきである。稟議書といっても、様々な種類のものがあり、稟議書というだけで、また、稟議書に添付されて稟議書の付属文書となっているというだけで、直ちに民訴法220条4号ニ所定の文書に該当するわけではない。

イ 第1文書について

(ア) 第1文書は、相手方が適合性審査を行う前提となる事実関係、すなわち、顧客の知識、経験、財産状況、意向、契約締結目的等の顧客の属性に関する事実が記載された文書であり、このような文書は、銀行法12条の2第2項、同法施行規則13条の7で作成が義務づけられた社内規則に基づき、あるいは金融商品の販売等に関する法律9条で作成が義務づけられた勧誘方針に基づき、作成保存が義務づけられているものであり、銀行がデリバティブ取引において適合性原則を遵守しているか否かが金融庁によって検査され、遵守していない場合には行政処分を受けること、金融庁の検査の際、第1文書は必ず検査対象となること(金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針(平成20年4月)」(以下「金融庁監督指針」という。)36頁)からすると、外部の者に開示することが予定されていない文書には当たらない。

(イ) 第1文書に記載されているプライバシーは、抗告人自身に関するものであって、第1文書の提出を求めているのが抗告人である以上、その提出によるプライバシー侵害の有無を考慮する必要はない。

また、第1文書に記載されているのは顧客の属性に関する事実にすぎないから、第1文書について提出義務を認めても、何ら相手方の自由な意思形成を阻害することにはならない。

したがって、第1文書が開示されることによって、相手方に看過し難い不利益が生ずるおそれはない。

(ウ) 以上によれば、第1文書は、民訴法220条4号ニ所定の文書には当たらず、相手方には第1文書につき提出義務がある。

ウ 第2文書について

(ア) 第2文書は、銀行である相手方において適合性原則に違反するか否かを判断した過程・内容が記載された文書であり、このような文書は、銀行法12条の2第2項、同法施行規則13条の7で義務づけられた社内規則に基づき、あるいは金融商品の販売等に関する法律9条で作成が義務づけられた勧誘方針に基づき、作成保存が義務付けられているものであり、銀行がデリバティブ取引において適合性原則を遵守しているか否かが金融庁によって検査され、遵守していない場合には行政処分を受けること、金融庁の検査の際、第2文書は必ず検査対象となること(金融庁監督指針36頁)からすると、第2文書は、外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえない。

(イ) 第2文書には、相手方の適合性検査の過程・内容が記載されているのであるから、相手方の一定の判断が記載されている。

しかしながら、適合性原則に違反するか否かの判断は、貸出稟議書における融資判断とは全く異なり、顧客保護のために要請される判断であって、顧客保護は、そもそも銀行である相手方の法的義務に属し、第2文書には、法的に要請された判断の内容が記載されているにすぎず、その内容が開示されたからといって、所持者である相手方に何ら不利益はない。

さらに、第2文書に記載されているプライバシーは、抗告人自身に関するものであって、第2文書の提出を求めているのが抗告人である以上、その提出によるプライバシー侵害の有無を考慮する必要はない。

また、第2文書は、そもそも銀行が顧客保護のために遵守を義務づけられている適合性審査の過程・内容を記載したものにすぎず、与信判断に関わる事項、すなわち、融資をするか否かといった企業としての経営判断や営業政策、債務者の信用力評価や経営方針に関わる事柄が記載されたものではなく、このような適合性審査の過程・内容が開示されたからといって、何ら相手方の自由な意思形成を阻害することにはならない。仮に、第2文書の中に貸出稟議書類似の与信判断等の経営判断等に関わる記載部分が含まれているおそれがあるとすれば、いわゆるイン・カメラ手続を行った上で当該記載部分を除外して残りの部分について提出を命ずれば足りる。

したがって、第2文書が開示されることによって、相手方に看過し難い不利益が生ずるおそれはない。

(ウ) 以上によれば、第2文書は、民訴法220条4号ニ所定の文書には当たらず、相手方には第2文書につき提出義務がある。

エ よって、文書の特定のための手続(民訴法222条2項)により文書を特定した上で、文書提出命令を発すべきである。

(2)  証拠調べの必要性について

第1文書は、相手方が適合性審査の前提となる抗告人の属性を適正に把握していなかったこと、又は相手方がこれに事実と異なる記載をしていることを立証するために必要である。相手方が抗告人の属性をどのように把握していたかは、第1文書によってしか立証することができない。

また、第2文書によって、相手方が抗告人に適合しない金利スワップ取引を誤って適合すると判断したこと、特に、適合性審査が適正に把握されていない情報に基づいていることを立証するために必要である。

2  相手方の主張

(1)  文書提出義務について

ア 民訴法の立法時において、専ら団体の内部における事務処理上の便宜のために作成される稟議書のような書類は、民訴法220条4号ニ所定の文書の典型例として位置づけられていたのであり、このような稟議書について文書提出義務を広く肯定すべきであるとする抗告人の主張は、立法者意思に反し、失当である。

イ 最高裁平成11年決定は、銀行の貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ニ所定の文書に当たるとした。

本件で問題となっている金利スワップ取引も、顧客との与信取引であるという点において貸出取引と何ら異なるところはない。

また、金利スワップ取引に関する稟議書は、その書面としての性格や特質においても、貸出稟議書と何ら異なるところはない。すなわち、金利スワップ取引に関する稟議書も、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の金利スワップ取引案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、取引の相手方、取引金額、取引の目的、金利の支払方法といった金利スワップ取引の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、取引の相手方の信用状況、取引の相手方に対する評価、取引についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該取引を認めるか否かについて表明した意見が記載される文書であり、銀行内部において、金利スワップ取引案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務づけられたものでもなく、金利スワップ取引の是非の審査に当たって作成されるという文書の性格上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものである。

したがって、最高裁平成11年決定の規範ないし判断基準にあてはめれば、金利スワップ取引の稟議書及びこれと一体を成す付属文書も、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ニ所定の文書に当たると解されて当然の文書であるところ、本件において上記特段の事情が存在することについての主張立証はない。

ウ 以上によれば、相手方には、本件各文書の提出義務はない。

(2)  証拠調べの必要性について

適合性原則違反の有無といった契約締結過程における問題は、客観的な顧客の属性などから自ずと明らかになるところ、適合性審査の前提となる抗告人の属性は、本件各文書によらずとも、抗告人において他の証拠方法によって十分立証可能なはずであるし、抗告人の属性に関する相手方の認識なども、相手方との交渉経緯等から立証可能なはずであって、稟議書はそれらの立証に不可欠なものではない。

また、相手方は、本件の本案事件の早期終結を図る観点から、本件契約の締結過程で作成された金利スワップ取引に関する稟議書の添付書類(付属文書)のうち、顧客の属性確認の存否や契約締結過程における具体的やりとりを記録した「金利スワップ(顧客固定金利払)取引採り上げチェック表(稟議付表)」(《証拠省略》)を任意に証拠提出している。

さらに、本件の本案事件は、本件和解により解決済みの紛争を不当に蒸し返すものであり、本件契約の締結過程を詳細に審理する必要性については疑問がある。

以上によれば、本件各文書については、証拠調べの必要性がない。

第4当裁判所の判断

1  相手方は、本件各文書の存在、所持について争っていないことから、本件各文書が存在し、相手方が本件各文書を所持しているものと認められる。

2(1)  ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の文書に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年決定参照)。

(2)  これを本件についてみると、一件記録によれば、①相手方内部の事務手続マニュアル(《証拠省略》)においては、金利スワップ取引に関し、採り上げ時には、まず、所定の検索システム掲載の提案書を使用して顧客に対して取引の提案及び商品内容の説明を行い、採り上げチェック表を作成した上で本部稟議を経ることになっており、この本件稟議を求めるために金利スワップ取引に関する稟議書が作成されること、②この金利スワップ取引に関する稟議書及びその付属文書には、顧客の知識、経験、収入や資産・負債といった財産状況、契約締結目的等の顧客の属性に関する事実関係が記載されている部分(以下「顧客の属性記載部分」という。例えば、金利スワップ取引に関する稟議書の付属文書のうち、「金利スワップ(顧客固定金利払)取引採り上げチェック表(稟議付表)」(《証拠省略》)は、その全部がこれに当たる。)と、上記事実関係を前提として、当該顧客との金利スワップ取引が適合性原則に違反しないかどうかについて相手方が審査をした過程及び内容、すなわち、当該顧客に対する評価、当該顧客と金利スワップ取引を行うことについての担当者の意見、審査を行った本部の決裁権者の表明した意見などが記載されている部分(以下「審査内容記載部分」という。)とがあるところ、適合性審査の性質上、顧客の属性記載部分も相当のウェートを占めるはずであることが認められ、第1文書(証拠《省略》は除かれている。)は顧客の属性記載部分を指し、第2文書は審査内容記載部分を指しているものと解される。

以上のような文書作成の目的や記載内容等からすると、金利スワップ取引に関する稟議書及びその付属文書は、銀行内部において、金利スワップ取引案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、専ら銀行内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるというべきである。したがって、金利スワップ取引に関する稟議書及びその付属文書の一部を成すものと解される本件各文書も、同様である。

これに対し、抗告人は、銀行は、金利スワップ取引等のデリバティブ取引において適合性原則を遵守する義務を負っており、本件各文書は、銀行法12条の2第2項、同法施行規則13条の7で作成が義務づけられた社内規則に基づき、あるいは金融商品の販売等に関する法律9条で作成が義務づけられた勧誘方針に基づき、作成保存が義務づけられているものであり、金融庁の検査の際には必ず検査対象となるから、外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえない旨主張する。しかしながら、本件各文書は、一件記録によっても、銀行法、同法施行令、金融商品の販売等に関する法律等の各法令によってその作成や保存が義務づけられているものということはできないから、相手方内部において本部稟議を受けるために作成するものにすぎないというべきであり、金融庁の事後的な検査に備える目的で作成保存するものとも認められないから、抗告人の上記主張は採用することができない。

(3)  そこで、次に、本件各文書の開示によって、所持者である相手方の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められるか否かについて検討する。

第1文書には、顧客である抗告人の属性に関する事実関係が記載されているにすぎず、相手方内部における意思形成過程は何ら記載されてないのであるから、その開示によって相手方内部における自由な意見の表明に支障を来し、相手方の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるとは認められない。また、抗告人自身がその開示を求めている以上、その開示によって抗告人のプライバシーが侵害されるおそれがあることを考慮する必要はない。したがって、第1文書の開示によって、所持者である相手方の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとは認められない。

これに対し、第2文書には、適合性審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見が記載されることが予定されているものである。したがって、第2文書が開示されると、相手方の内部における自由な意見の表明に支障を来し、相手方の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものと認められ、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ニ所定の文書に当たると解すべきであるべきであるところ、本件において上記特段の事情の存在はうかがわれない。

(4)  以上によれば、第1文書については、民訴法220条4号ニ所定の文書に当たらない同号の文書に該当するから、相手方には同号に基づく提出義務が認められるが、第2文書については、民訴法220条4号ニ所定の文書に当たるから、相手方には同号に基づく提出義務が認められないというべきである。

そして、適合性原則違反の有無が争われている金利スワップ取引に関する稟議書及びその付属文書の場合には、開示される範囲が第1文書のみにとどまったとしても、開示する意味が失われることにはならないと解される。文書に提出義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて提出を命ずることができるところ(民訴法223条1項後段)。これは、1通の文書の記載中に提出義務があると認めることができない部分がある場合でも同様に解するのが相当であるから(最高裁平成13年2月22日第一小法廷決定・裁判集民事201号135頁参照)、本件において文書提出命令を発するに当たっては、いわゆるイン・カメラ手続(民訴法223条6項)による審理を行って金利スワップ取引に関する稟議書及びその付属文書のうち第1文書に該当する部分(顧客の属性記載部分)を特定し、その部分についてのみ提出を命ずることが考えられる。

3  ところで、文書提出命令を発するためには、当該文書につき証拠調べをする必要性があることも要件とされているところ(民訴法181条1項)、相手方は、第1文書につき証拠調べの必要性も争っているが、原決定は、第1文書の証拠調べの必要性の有無について判断をしていない。証拠調べの必要性の有無の判断は受訴裁判所の専権に属するものであり、また、本案訴訟の審理にかかわっていない抗告審が証拠調べの必要性の有無について判断することは困難であることを考慮すると、第1文書の証拠調べの必要性の有無については原審が判断すべきである。そして、上記イン・カメラ手続は、第1文書につき証拠調べの必要性が認められる場合に行えば足りるから、証拠調べの必要性の有無について判断すべき原審に、上記イン・カメラ手続の要否の判断を委ねることとするのが相当である。

4  以上によれば、原決定中、第1文書に係る部分は失当であるからこれを取り消し、更に審理を尽くさせるため、当該部分について本件を原審に差し戻すこととし、原決定中、第2文書に係る部分は相当であるから、その余の本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 亀田廣美 三木素子)

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