大阪高等裁判所 平成20年(行コ)127号 判決 2009年4月24日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
第2被控訴人の請求
西税務署長が平成16年5月28日付けで原告に対してした平成14年11月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分を取り消す。
第3事案の概要
1 本件は,被控訴人(売主)が,外国法人のA(買主,リベリア共和国)とB(建造者)との間で,船舶2隻を建造の上販売するという造船契約を締結し,Aから売買代金の一部前払を受けていたが,船舶の引渡遅延により同社から契約を解除され,約定に基づき前払を受けていた一部売買代金5億6152円1200円(以下「本件分割払金」という。)とこれに対する約定の年8%の金員8481万4369円(以下「本件金員」という。)を付して返還したという取引について,処分行政庁が被控訴人に対し,本件金員は,所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)に係る利子」に当たり,国内源泉所得であるとして,所得税(本件金員の20%の1696万2873円)と不納付加算税(所得税の10%)の賦課決定処分をしたのに対し,被控訴人がその取消しを求めた事案であり,原審裁判所が,被控訴人の請求を認容したため,これを不服とする控訴人が控訴したものである。
2 法令の定め,前提事実,控訴人の主張する課税根拠の要旨,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1ないし5(原判決2頁15行目から16頁8行目まで)に摘示するとおりであるから,これを引用する。
3 当審における控訴人の主張
(1) 所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の解釈に当たって,信用供与を重視すべきことは,原審以来控訴人が主張しているとおりであり,これを原判決の示した解釈指針(①当該規定の趣旨や,②所得税法の中での位置付け,③一定の解釈に従って当該規定を適用した場合の結果の公平性及び相当性等の実質的な検討をした上,④租税法規が備えるべき客観性,ひいては,納税者の予測可能性や法的安定性を損なわない解釈を選び採るという解釈指針。[原判決16頁18行目以下])に沿って検討しても,以下のとおり,被控訴人が一定期間使用収益し得る前渡金として交付を受けた本件分割払金は,信用供与という性格を有するもので,同号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に該当するというべきである。
(2) 上記解釈指針①ないし③からすれば,本件分割払金は,同号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に当たること
ア まず,上記解釈指針①に従うと,同号は,国内源泉所得として課税するにふさわしいものを類型的に定める趣旨に基づく規定であるから,同号の「貸付金」に「準ずる」か否かの解釈においては,「利子」という所得を生み出す源泉としての「貸付金」の性質が重視されるべきである。そして,「貸付金」の種々の特質のうち,「利子」という所得を生み出す源泉としての「貸付金」の本質は,返還約束ではなく,一定期間の元本の使用収益にあるところ,かかる一定期間の元本の使用収益は,いわゆる売買型の契約にあっても,延払等の方法により信用供与がされることが広く行われているのである。
実際,所得税法施行令等において,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の例として示されているものには,返還約束の有無にかかわらず,信用の供与により一定期間の元本の使用収益を可能とするものがある。そして,本件分割払金のような売買代金の前払金は,法人税基本通達20-1-19に例示された「前渡金」であって,売主に前払代金を一定期間使用収益させるもので,売主に信用を供与するものであるから,当該使用収益の対価として「利子」が発生するときは,「利子」という所得を生み出す源泉として「貸付金」と同様の本質を備え,同号の「貸付金」に「準ずる」ものに当たると解される。
イ また,上記解釈指針②,③からしても,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」を申告納税でなく源泉徴収課税の対象とした,同号の所得税法の中での位置付けや,適用結果の公平性及び相当性等の実質的な検討をしてみても,本件前払条項に基づき,被控訴人が一定期間使用収益し得る前渡金として受領した本件分割払金は,被控訴人に信用を供与するものであって,優に「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に当たると解される。
これに対し,原判決は,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」とは消費貸借に基づく貸付債権を基本とし,具体的には返還約束を本質的な内容とするかどうかで判断するとの解釈を示したが,このような解釈は,同号の趣旨や所得税法の中での位置付けに反し,公平かつ相当な同号の適用結果をもたらすものともいい難い。そもそも,原判決は,単に一般社会における「貸付け」という用語の使われ方から「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に係る上記意義及び解釈基準を示しているのみであって,自ら示した解釈指針における①ないし③の実質的な検討を経ておらず,所得税法の趣旨,目的からの考察を欠いている。
(3) 上記解釈指針④からしても,控訴人の解釈は,源泉徴収義務者の予測可能性等に反するものではなく,かえって原判決は所得税法の明文規定に反して,逆に上記予測可能性等を損なうものであること
ア 原判決は,自ら示した解釈指針における①ないし③の検討を経ないものであるため,④の解釈指針のみを根拠とするものと解さざるを得ないが,信用供与の有無は他の立法例における「貸付」概念でも重視されている要素である上,特に,法人税基本通達20-1-19において「前渡金」が「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に該当するものとして例示されていることや,貸倒引当金の必要経費算入を認めた所得税法52条において「前渡金」が貸付金と同列に扱われていることに照らせば,国内において業務を行う者(所得税法161条6号)が,簿記会計上「前渡金」に当たるものの利子を支払う際に,それが所得税法上,「貸付金」の利子と同様の取扱を受けることを予測できないとは到底いえず,信用供与を重視する控訴人の解釈は,租税法規が備えるべき客観性,ひいては,源泉徴収義務者の予測可能性や法的安定性を損なうものではない。
イ かえって,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」には,返還という要素がなく,返還約束を本質的要素としない「資産の譲渡又は役務の提供の対価に係る債権」も含まれることが法令上明らかにされている(所得税法施行令283条1項1号)が,原判決の解釈によれば,法令の明文上,返還約束を本質的要素としないものについてまで返還約束という要素を持ち込むものになってしまい,租税法規が備えるべき客観性や源泉徴収義務者の予測可能性及び法的安定性に欠けるということになるのであって,このような解釈は,所得税法の明文に反し,逆に源泉徴収義務者の予測可能性等を損なうものである
(4) 返還が原則か例外かを問題にすることも理由がないこと
原判決は,仮に,所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」について返還約束を要するとしても,本件返還条項が付された本件分割払金はこれに当たるとの控訴人の主張に対しても,納税者の予測可能性や法的安定性を問題とし,返還される場合が原則か例外かをもって返還約束が本質的要素となるかを決している。
しかし,支払時に納税義務が成立する源泉徴収義務に係る予測可能性に関しては,当該支払を行う時点で,その支払が源泉徴収課税の対象となることを予測し得るかどうかが問題とされるべきであり,ある支払が,その支払時点で所得税法161条1号の2以下に定める支払に当たることが予測できるものであるならば,その支払をすることが源泉徴収義務者にとって例外で予測できなかったとしても,当該支払に源泉徴収義務を課することが源泉徴収義務者の予測可能性や法的安定性を害するとはいい難い。
かえって,原則か例外かといったあいまいな基準によって源泉徴収義務の存否を決する原判決の立場は,租税法規が備えるべき客観性や源泉徴収義務者の予測可能性及び法的安定性を損なうものというべきである。
(5) ところで,控訴人は,所得税法161条6号は,信用供与により一定期間元本の使用収益が行われ,当該信用供与による元本の使用収益の対価として「利子」という所得が生み出された場合に,そこに源泉徴収課税の対象とするにふさわしい関係を見出し,類型的にこれを「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」として源泉徴収課税の対象としたと解するものであるが,この解釈からすれば,法定解除によって返還される前渡金に付すべき法定利息までが,当然に,同号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に該当するものではない。何故なら,法定解除の場合に既払金に付すべき法定利息の支払義務は,法定解除に伴う原状回復義務(給付がなかったと同一の財産状態を回復させるという趣旨に基づいて法律上認められた義務)の一環として生じるものであり,当事者の信用供与の意図に基づいて発生するものではないからである。
他方,本件分割払金は,①本件契約7条1項に基づき将来船舶を引き渡すまで,②仮に本件契約が解除され,船舶が引き渡されないこととなった場合には,本件契約10条2項に基づき分割払金自体を返還するまでの間,信用を供与したものと解される。すなわち,被控訴人が一定期間使用収益し得る前渡金として受領した本件分割払金による信用供与は,本来的な反対給付である船舶の引渡しのみならず,それが行われない場合の返還を前提として行われたもので,いずれにせよ当事者が意図して行った信用供与といえる。
したがって,控訴人の原審主張(原判決12頁5行目から11行目まで)も,あくまで損害賠償が約定されている場合を前提とした主張であり,約定が存在しない場合に法が特別に認めた法定利息についてまで,これを「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に該当すると主張するものではない。
(6) 予備的主張
仮に,本件分割払金が,当初からは返還を予定していなかったとの理由で,本件金員が「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に当たらないというのであれば,解除権が行使された以降は,本件分割払金は既に確定的に返還を要する金員となっていたのであるから,少なくとも解除時点から現実に返還されるまで(平成14年11月8日)の利息については,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に該当するというべきである。
第4当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件各処分は取消しを免れないと判断するものであり,その理由は次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第3「争点に対する判断」の1ないし3(原判決16頁10行目から28頁14行目まで。なお,同15行目の「3 結論」とあるは「4 結論」の誤記である。)に認定,説示するとおりであるから,これを引用する。
2 当審における控訴人の主張について
(1) 所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」とは,消費貸借に基づく貸付債権を基本としつつ,その性質,内容等がこれとおおむね同様又は類似の債権をいうものと解するのが相当であること,そして,この点に関する控訴人の主張(すなわち金銭の交付からその返還までに一定の期間が設けられること等により,債務者に対して信用が供与される金銭債権であって,その期間において債務者が元本を使用することができ,その対価としての利子が生じ得るものをいうとの解釈)を採用することができないことは,いずれも原判決に説示するとおりである。
したがって,上記のとおりの「信用の供与」という経済的実質を重視した解釈基準を採用すべきことを前提とした控訴人の当審における主張も採用することはできないというべきであるが,以下,更に敷衍する。
(2) 控訴人は,原判決の採用した解釈指針①に従うと,同号は,国内源泉所得として課税するにふさわしいものを類型的に定める趣旨に基づく規定であるから,同号の「貸付金」に「準ずる」か否かの解釈においては,「利子」という所得を生み出す源泉としての「貸付金」の性質が重視されるべきであると主張するが,控訴人指摘の同号の上記趣旨から,当然に,控訴人主張の上記「信用の供与」という解釈基準が導かれるとはいい難い。
また,所得税基本通達及び法人税基本通達等の規定は,課税庁内部では拘束力をもつが,裁判所が拘束されるものではないのであって,その上位規範である所得税法の規定を解釈するに当たり参考となり得えても,その解釈基準の根拠として取り扱うことは,前提において失当であるというべきであるし,控訴人が指摘する上記各基本通達における規定のすべてが,控訴人が主張する「信用の供与」という解釈基準でもって説明し得るものといえるかは疑問である(例えば,法人税基本通達20-1-19(3)に規定する「前渡金」についてみれば,控訴人主張のように買主が売主に「信用の供与」をする目的で前払代金を交付されるとみることも可能であるけれども,同通達(2)に規定する「敷金」についてみると,敷金には,利息が付されないのが通常であるし,これが賃借人から賃貸人に一定期間使用収益される前提の下に交付されるとしても,賃借人が賃貸人に「信用の供与」をする目的で交付されるものとみることは到底できない。)。
(3) 次に,控訴人は,原判決の採用した解釈指針②,③からしても,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」を申告納税でなく源泉徴収課税の対象とした,同号の所得税法の中での位置付けや,適用結果の公平性及び相当性等の実質的な検討をしてみても,本件前払条項に基づき,被控訴人が一定期間使用収益し得る前渡金として受領した本件分割払金は,被控訴人に信用供与するものであって,「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に当たる旨主張する。
なるほど,所得税法212条によると,同法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」について申告納税でなく源泉徴収課税の対象としており,このような同号の所得税法の中での位置付けからすると,同号は,源泉徴収課税の要件たる事実が明白で,税額の計算が容易である等のため,あえて納付すべき税額の確定に特別の手続をとらなかったものと位置付けられるとしても,そのことから当然に控訴人主張の上記「信用の供与」という解釈基準が導かれるものではないし,課税の公平性や相当性,中立性が控訴人主張の上記「信用の供与」という解釈基準を採用しないと確保されないと断ずることもできない。
(4) 第3に,控訴人は,原判決の採用した解釈指針④からしても,控訴人の解釈は,源泉徴収義務者の予測可能性等に反するものではなく,かえって原判決は所得税法の明文規定に反して,逆に上記予測可能性等を損なうものであるとし,その根拠として,貸倒引当金の必要経費算入を認めた所得税法52条が「前渡金」を貸付金と同列に扱っていることを挙げる。
しかしながら,同条1項により必要経費への算入が認められる貸倒引当金の対象債権として,貸付金と並んで「前渡金」が明記されているが,同条2項により計上の認められる貸倒引当金の対象債権としては「前渡金」が明記されておらず,所得税基本通達52-17においても,同条2項に「前渡金」が含まれないことが明記されていることに照らしても,信用供与を重視する控訴人の解釈が,租税法規が備えるべき客観性,源泉徴収義務者の予測可能性及び法的安定性に資するとまでいえるものではない。また,所得税法施行令283条1項1号が「資産の譲渡又は役務の提供の対価に係る債権」を「貸付金(これに準ずるものを含む。)」に含まれることを明らかにしているが,これは,同条項から明らかなとおり,売買による代金支払が資産の引渡時までにされず,6か月を超える延べ払いが行われる場合,すなわち割賦売買の事案を想定したものであり,同施行令の上記条項の存在も信用供与を重視する控訴人の解釈の根拠たり得るものともいえない。
(5) さらに,控訴人は,本件返還条項が付された本件分割払金について返還される場合が原則か例外かを問題にする原判決の立場は,租税法規が備えるべき客観性や源泉徴収義務者の予測可能性及び法的安定性を損なう旨批判する。
しかし,原判決の上記説示は,原判決が,所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の解釈に当たり採用する消費貸借の本質的要素である返還約束の有無に関する控訴人の仮定的主張に対し,本件造船契約における本件返還条項の位置付けに照らして控訴人の上記主張を排斥したものにすぎず,控訴人の上記批判は当を得たものとはいえない。
そもそも,原判決の上記説示のとおり,本件造船契約において,被控訴人が約定どおり船舶の引渡を履行すれば本件返還条項の適用はなく,約定の遅延損害金は発生しない性質のものであるから,本件分割払金の支払をもって信用の供与ということ自体無理があるといわなければならない。
(6) ところで,控訴人は,所得税法161条6号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に当たるかどうかについて「信用の供与」を重視する解釈基準からすれば,法定解除の場合は,本件のような約定解除の場合と異なり,これに当たらないという。しかしながら,本件のような約定解除の場合も法定解除の場合も,その解除による効果として債務者に原状回復義務が生じるとともに遅延損害金が発生する点では同じであって,その遅延損害金の割合が約定利率によるのか法定利率によるのかといった点で異なるにすぎないというべきである。そうすると,遅延損害金の割合に関する約定の有無によって同号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)」の「利子」に当たるかどうかについて別異に取り扱う合理的理由は見出し難いのであって,この点からしても控訴人の「信用の供与」を重視する解釈基準は採用することができない。
(7) なお,控訴人の予備的主張も,控訴人の「信用の供与」を重視する解釈基準を前提とするものであって,これが採用できないことは上記説示のとおりである。
3 よって,本件各処分を取り消した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 黒岩巳敏)
裁判官一谷好文は,転補のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 大和陽一郎