大阪高等裁判所 平成20年(行コ)167号 判決 2009年4月24日
控訴人
加西市
同代表者加西市長
A
同訴訟代理人弁護士
山崎喜代志
同訴訟復代理人弁護士
岡崎晃
吉原美由希
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
平田元秀
吉田竜一
竹嶋健治
前田正次郎
土居由佳
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略記は,原判決のそれに従う。)
1 本件は,控訴人職員として勤務していた被控訴人が,平成19年5月6日にした酒気帯び運転を理由に,加西市長が地方公務員法29条1項3号の規定に基づき同月11日付けで被控訴人に対してした懲戒免職処分(本件処分)の取消しを求めた事案である。
2 原審は,被控訴人の請求を認容した。
控訴人は,これを不服として控訴した。
3 前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決6頁18行目の「前科前例」を「前科前歴」と改めるほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 争いのない事実」及び「第4 争点及び争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も被控訴人の請求は理由があるから,認容すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中「第5 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決10頁21行目の「<証拠省略>」の次に「<証拠省略>」を加える。
(2) 原判決12頁18行目の「町役員」を「被控訴人の後任者として町役員になっていた」と改め,19行目の「河川堤防」の前に「年に1回町の役員で行う」を加える。
(3) 原判決13頁8行目の「進んだ」を「を時速約40キロメートルで進行し」と改め,13行目末尾に改行して次のとおり加える。
「なお,当日警察官によって作成された「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」には,当時の被控訴人の状況として,酒臭は強く,目は充血していたものの,言語態度状況は普通,歩行は正常で,約10秒間の直立ができ,毛髪や衣類に乱れがなかったことなどが記載されている。」
(4) 原判決13頁21行目の「与えることが」を「与えることを」と改める。
(5) 原判決14頁1行目から2行目の「酒気帯び運転」の前に「平成20年4月に」を加え,3行目の「改正した(<証拠省略>)」を「改正している(<証拠省略>)が,平成18年に酒気帯び運転をした(呼気1リットル中0.25ミリグラム)国家公務員に対して減給10分の1(1か月)の処分がされた事例がある。」と改める。
(6) 原判決14頁12行目末尾に次のとおり加える。
「その他の教育委員会においても,平成18年以降,酒気帯び運転をした教諭を懲戒免職処分にした事例はあり(<証拠省略>),警察官や市職員などの地方公務員が酒気帯び運転により懲戒免職処分を受けた事例も少なからず新聞報道されている(<証拠省略>)。
もっとも,飲酒運転をした職員の処分を原則懲戒免職処分としている明石市において,平成19年3月に酒気帯び運転で逮捕され,罰金の略式命令を受けるとともに懲戒免職処分を受けた明石消防署員に対し,明石市公平委員会は,平成20年3月,懲戒免職処分を停職6か月に修正する旨の裁決をしている(<証拠省略>)。
なお,平成18年9月10日の読売新聞朝刊には,読売新聞社が47都道府県及び15の政令指定都市(合計62の自治体)を対象に調査したところ,9の自治体が飲酒運転をした職員の処分基準を原則免職としているが,33の自治体が酒酔い運転については原則免職,酒気帯び運転については停職もあり得るなど幅を持たせており,20の自治体が飲酒運転に限定した処分規定を設けていない旨の記事が掲載されている(<証拠省略>)。その他新聞報道によれば,これ以降飲酒運転に対する処分基準を厳罰化の方向で見直している地方自治体があることは見受けられるものの,平成18年11月18日の河北新報朝刊には,岩手県及び同県内の13市の状況について,処分基準に原則免職から戒告か減給までばらつきがある旨の記事が掲載されている(<証拠省略>)。」
(7) 原判決14頁13行目から17頁7行目までを次のとおり改める。
「2 本件処分の違法性について
(1) 地方公務員法29条1項は,地方公務員に同項1号ないし3号所定の非違行為があった場合,懲戒権者は,戒告,減給,停職又は免職の懲戒処分を行うことができる旨を規定するが,同法は,すべての職員の懲戒について「公正でなければならない」と規定し(同法27条1項―公正原則),すべての国民は,この法律の適用について,平等に取り扱われなければならない(同法13条―平等原則)と規定するほかは,どのような非違行為に対しどのような懲戒処分をすべきかについて何ら具体的な基準を定めていないし,同法29条4項に基づいて定められた本件条例や本件規則にも,その点の具体的な定めはない。
したがって,加西市長は,非違行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,加西市職員の非違行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する懲戒処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分をすべきかを,その裁量により決定することができると解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
もっとも,その裁量も全くの自由裁量ではないのであって,決定された懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠いて苛酷であるとか,著しく不平等であって,裁量権を濫用したと認められる場合,公正原則,平等原則に抵触するものとして違法となると解される。
これを踏まえ,前記第3の争いのない事実及び前記1認定の事実に基づいて,本件処分の違法性について検討する。
(2) 本件指針における標準量定改正に至る経緯等は,前記第3の5,前記1(2)のとおりであり,平成18年に福岡市職員や兵庫県姫路市職員の飲酒運転により悲惨な交通事故が起こったこと等を契機として,公務員の飲酒運転に対する厳罰化の流れが加速したことを受けて,控訴人及び加西市長が,平成18年9月29日,公務員として法を守るべき職員が率先して飲酒(酒気帯び)運転をしない,させないために,それまで「免職・停職」とされていた酒気帯び運転の標準量定を「免職」のみに改正したものである(<証拠省略>)ところ,前記1(5)のとおり,当時,こうした厳罰化の傾向は加西市のみにとどまらないものであり,加西市同様飲酒運転の処分基準を原則懲戒免職とし,文言上は処分に幅を持たせていない自治体も複数あった上,飲酒運転の危険性や過失による交通事故と比較した場合の故意による飲酒運転の規範意識の欠如の観点からの悪質性を考慮すれば,飲酒運転に対して一般的に厳罰をもって臨むこと自体には合理性を認めることができる。
もっとも,加西市においては,標準量定を文言上は「免職」のみとしていることから,処分が苛酷にすぎるとの疑問もないではないが,このような加西市の姿勢は職員に周知されていたし(前記1(2)ウ),標準例は代表的な事案についての標準的な処分量定を掲げたものであり,本件指針において,個別の事案の内容によっては,標準量定以外の処分とすることもあること,処分を行うに際しては,①非違行為の動機,態様及び結果,②故意又は過失の度合,③当該職員の職務上の地位,④他の職員及び社会に与える影響,⑤過去の非違行為の有無,⑥日頃の勤務態度及び勤務成績,⑦非違行為後の対応等の基本事項及び標準量定を総合的に勘案して処分の量定を決定することとされており(<証拠省略>),飲酒運転を行えばその他の具体的な事情を一切考慮することなく画一的・自動的に懲戒免職処分とするものではないことが認められ,このことからすれば,本件指針そのものが,直ちに職員にとって苛酷にすぎるということはできない。したがって,本件指針自体には一応の合理性が認められ,懲戒権者の裁量権の濫用はなく,裁量の範囲内にあるものというべきである。
(3) 本件処分は,地方公務員法29条1項3号の「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があった」を非違行為と認定してされたものであるが,その非違行為というのは,被控訴人が職務とは無関係に,休日に行った本件酒気帯び運転であり,約400メートルを時速約40キロメートルで走行したもので,運転時間も走行距離も極く短く,速度も高速ではなく,酒気帯び運転以外の法律違反を犯したわけでもない(前記1(3))。しかも,被控訴人の呼気から検知されたアルコールの量は,道路交通法違反として処罰される最下限の水準(呼気1リットル中0.15ミリグラム)にすぎなかったのである。したがって,本件酒気帯び運転の非違行為の性質,態様,結果という点で,悪質さの程度が高いわけではない。
なお,酒酔い・酒気帯び鑑識カード(<証拠省略>)には,当時の被控訴人の状況として酒臭が強く目は充血している旨の,交通事件原票(<証拠省略>)には,被控訴人がふらつきながら走行していた旨の記載も見受けられるが,前記のとおり検出されたアルコールが呼気1リットル中に0.15ミリグラムにすぎず,当時被控訴人の言動や服装等に異常や乱れはなかったこと,被控訴人は,警察官に停止を求められる前に追尾してきたパトカーに気づいて自発的に停車させるなど冷静な対応をしていたことなどからすると,ふらつきながら走行していたとする点に疑問もないではなく,仮にそのような状況であったとしても,具体的に危険な走行をしていたとまでは認め難く,悪質さの程度が高いわけではないとの前記認定を左右しない。
(4) 非違行為の原因や動機についてみるに,被控訴人は飲酒後に運転することが分かっていながら自動車を運転して出かけたとか,あるいは自ら積極的に飲酒を提案したり酒を注文したわけではなく,休日に知人の草刈りの手伝いをしたことをきっかけとして,たまたま当該知人に勧められて飲酒したにすぎないのであって,また,飲酒後すぐに運転するのを躊躇して店内で30分ないし40分程度時間を過ごして運転を開始したものであって,非違行為に至った原因や動機について,重い非難に値するとか,破廉恥な事情があったとまではいえない。
(5) 非違行為の影響という点についてみるに,休日のことであり本件酒気帯び運転によって直接公務への影響が生じたとはいえないし,本件酒気帯び運転により交通事故を惹き起こして第三者に被害を与えたわけでもなく,転倒事故を惹起させたわけでも,逮捕されたわけでもない。そして,100名を超える加西市民から嘆願書が提出されていることなどからも,公務員への信頼という観点からして地域社会に与えた悪影響も多大とまではいえないと考えられる(なお,被控訴人は,当時,建設経済部施設管理課長(前記第3の1)という部下を指導すべき立場にあり,平成19年度春の全国交通安全運動において交通立番を行う予定であったものであり(<証拠省略>,弁論の全趣旨),非管理職の職員と比較すれば,その責任が重いことは否定できないが,管理職であっても課長にとどまることや直接飲酒運転を取り締まったり,交通安全運動を主催したりする部署に所属していたわけではないことなどからすれば,被控訴人が課長職にあった点を殊更重視するのは相当ではない。)。
また,被控訴人は,本件酒気帯び運転の事実を翌日直ちに職場に報告しており,非違行為を隠蔽していないし,被控訴人には前科前歴もなく過去に懲戒処分等の処分歴もないのであって,これらの事情は被控訴人に有利に汲むべきものである。
(6) 仮に,加西市職員が「無免許運転又は著しい速度違反(50km以上)等悪質な交通法規違反をした」という場合,減給又は戒告という懲戒処分を受けるにとどまるはずであるが(本件指針),そうすると,本件酒気帯び運転によって被控訴人が免職となるのは,いささか,非違行為と懲戒処分との均衡を欠くきらいがあるといわざるをえない。
(7) 昨今,飲酒運転に起因する悲惨な交通事故が少なからず発生しており,飲酒運転に対する刑事罰も強化され,社会全体の飲酒運転に対する非難の感情が高まっているところであり,このような社会情勢の下にあっては,社会全体の奉仕者である地方公務員が,より高い規範意識の下,厳に飲酒運転を慎まなければならないことは当然であり,焼肉店から被控訴人宅までは徒歩で帰宅できるのに安易に飲酒運転に及んだ被控訴人には,地方公務員としての自覚が足りないと厳しく叱責されねばならないし,本件酒気帯び運転を重大な非違行為と受け止め,これに厳罰をもって対処しようとした加西市長の判断は,理解できるところではある。
しかしながら,免職という懲戒処分は,公務員にとって著しい不名誉であるだけではなく,直ちに職を失って収入の道が閉ざされ,退職金さえ失うのであって,これによって被処分者が被る有形・無形の損害は甚大である。特に,被控訴人のように38年間も加西市職員として真面目に勤務し,退職が間近に迫っていた職員にとっては,なおさらそうである。
このような懲戒免職処分の結果の重大性に加え,当時,未だ自治体等によって標準量定や処分例に相当大きなばらつきや開きが存する状況にあったこと(前記第5の1(5))などに照らせば,懲戒権者が懲戒免職処分を行うに際しては,本件指針にもいうとおり,基本事項及び標準量定を総合的に勘案し,当該非違行為との均衡を失することのないよう慎重な対応が求められるというべきところ,前記(3)ないし(6)の本件酒気帯び運転における諸事情,すなわち,非違行為の性質・態様・結果における悪質さの程度の低さ,原因・動機における非難可能性の低さ,職務上の地位等から考え得る他への影響の重大さの低さ,過去の非違行為の不存在や日頃の勤務態度,非違行為後の対応の良好さなどを考慮すれば,未だ現時点においては,本件酒気帯び運転に対し,直ちに懲戒免職処分をもって臨むことは,社会通念上著しく妥当性を欠いて苛酷であり,裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したものと評価すべきである。
したがって,本件処分は違法なものとして取り消されなければならない。」
2 以上の次第であり,被控訴人の請求は理由があり,これを認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 坂本倫城 裁判官 松井千鶴子 裁判長裁判官島田清次郎は,退官につき署名押印できない。裁判官 坂本倫城)