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大阪高等裁判所 平成20年(行コ)172号 判決 2009年4月22日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  右京税務署長が控訴人に対して平成17年3月15日付けでした平成14年分の所得税の更正処分(ただし,平成19年2月15日付け更正処分によって減額された後の部分)のうち,総所得金額3493万7039円,納付すべき税額346万0600円を超える部分を取り消す。

3  右京税務署長が控訴人に対して平成17年3月15日付けでした平成14年1月1日から平成14年12月31日までの課税期間に係る消費税及び地方消費税の更正処分のうち,課税標準額7171万6000円,消費税については差引税額143万4300円,地方消費税については譲渡割額35万8500円を超える部分を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の概要は,当審における当事者の主張を次項に記載するほかは,原判決の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  当審における当事者の主張

(1)  控訴人

弁護士の行う業務から生じる所得が所得税法上いかなる所得区分に該当するのかは,当該業務の具体的態様に応じて判断されるべきである。

本件相談業務は,弁護士が行う通常の法律相談とは態様が異なっている。すなわち,本件相談業務では,主催者などによって,対価の額,執務の時間と場所,相談者の割当が一方的に指定ないし決定され,執務時の遵守事項も定められている点において,弁護士が自己の計算と危険において独立して行う通常の法律相談と異なっているから,これによって取得する対価(本件日当)は,事業所得ではなく,給与所得に該当する。

(2)  被控訴人

通常,法律相談は,弁護士が提供する労務の高い独立性や非従属性からみて,特段の事由のない限り,自己の計算と危険において独立して営まれる営利性と有償性を有し,かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる弁護士の本来的業務である。したがって,弁護士がこれによって取得する対価は,所得税法上の事業所得に該当する。本件相談業務は,通常の法律相談とその態様が全く同一とはいえないけれども,その違いは,対価である本件日当の所得税法上の区分を給与所得に変えるべき,特段の事由にはあたらない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件日当は事業所得に当たると判断する。その理由は,原判決の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,次のとおり補正してこれを引用する。

(1)  原判決13頁「4」欄の7行目の「しかし,」の後に,次のとおり加える。

「弁護士の行う業務から生じる所得が所得税法上いかなる所得区分に該当するのかは,当該業務の具体的態様に基づいて判断されるべきものである。したがって,医師,歯科医師又は弁護士の上記各委嘱業務と本件相談業務について,具体的態様の異同を検討することなく,その主体が高度の専門的業務を行う有資格者である点で共通性があることのみを重視して,同一性格の業務であるとの前提に立って,その対価の所得税法上の区分も同一(給与所得)になると判断するのは相当ではない。

まず,無料の法律相談である本件相談業務と有料の診療行為である上記委嘱に係る医師及び歯科医師の業務とが,業務としての性格が同一であると言えないことは明らかである。さらに業務収入の帰属者,業務担当者に対する対価の支払義務者等に関する法律関係についてみると,次の点が指摘できる。」

(2)  原判決14頁1行目「異なり,」から2行目「認められないから,」までを「次のとおり,法律構成が同一であるとはいえないし,法律関係の構造が似ているともいえないから,」と改める。

(3)  原判決14頁末行「社団法人」から15頁2行目末までを,次のとおり改める。

「受診者の支払う医療費等の帰属主体,休日診療の実施費用全体の負担者等の点で,本件相談業務と同視すべきものではないことが窺われる。」

(4)  原判決15頁「(3)」4行目の末尾に「しかし,上記日当が所得税法上,給与所得に区分される根拠となる事情を示す証拠はない。」

2  当審における当事者の主張について

弁護士が遂行する個々の業務ないし労務の提供から生じる所得について,所得税法上の所得区分を定めるにあたっては,租税負担の公平を図るため,所得を事業所得,給与所得等に分類し,その種類に応じた課税を定めている同法の趣旨,目的に照らし,当該業務ないし労務及び所得の態様等を個別的,具体的に検討して,その判断をしなければならない。

弁護士業務が,所得税法27条1項にいう事業にあたることは明らかであるところ,弁護士法3条1項は,一般の法律事務を行うことを弁護士の職務と定めているから,弁護士が一般の依頼者の求めに応じて行う法律相談は,弁護士の業務である。したがって,弁護士が通常,法律相談によって取得する対価は,所得税法上,事業所得に区分すべきものである。そして,本件相談業務は,弁護士が行う法律相談である点において,通常の法律相談と異なるものではないから,この点に着目すれば,特段の事情がない限り,本件相談業務による対価も事業所得に区分するのが相当であるというべきである。

以上の観点から,本件相談業務について特段の事情があるかどうかを検討する。同業務の具体的態様をみると,通常の法律相談の態様と異なる点があることは,原判決の「第3 争点に対する判断」の「2」欄で認定されているとおりであり,この違いがあることによって,本件相談業務の対価を事業所得とするのは相当でなく,給与所得に区分すべきかどうかについて判断する。

上記の認定事実によると,本件相談業務は,①京都府及び京都市が無料法律相談事業を主催し,同事業で行う法律相談業務の部分をA弁護士会が有償で受託し,同会内に設置された法律相談センター所属の会員弁護士が同業務の担当者となり,②担当弁護士は,主催者から指定された日時に無料法律相談開催場所で待機して,割り当てられた相談者と面談する方法で法律相談に応じ,執務にあたっては,主催者等の定めた事項を遵守することが要求され,③同業務を担当すれば,一回の執務につき1万5000円の日当を同会から支給されるものである。

したがって,本件相談業務においては,相談者の選択,執務方法や態様の決定,対価額の決定について,担当弁護士の随意に委ねられているわけではない。

しかし,自治体が住民に提供するサービスの一つである相談業務を充実することと,非弁活動を禁止する弁護士法の下で法律的サービスを社会に広く提供すべき弁護士の使命を果たすことを目的とする無料法律相談の趣旨,機能に照らすと,担当弁護士に無料法律相談の開催場所を訪れた相談者の選択を認めないことが,弁護士が行う法律相談業務の事業性を否定する要因になるということはできない。また,執務方法や態様については,無料法律相談の実施上,その主催者等が一定の枠組みを設ける必要があるため,その点で担当弁護士の随意が制限されていることは間違いないけれども,自治体が住民に無料法律相談サービスを提供するには,相談の日時,場所,時間,相談内容の範囲等の大枠を設けることは不可欠であり,この枠組みに従って担当弁護士が執務すべきことは当然のことであるから,この枠組みが設定されていることが,無料法律相談所で弁護士の行う法律相談業務の事業性を損なうものとはいえない。さらに,無料法律相談所において,来訪した相談者と担当弁護士間で個別的に対価の交渉等が行われないのは,自治体のサービスとして行われる無料法律相談の性質上当然であるところ,同会は,京都府及び京都市と法律相談業務に関する契約の締結にあたり,担当弁護士全員との関係での受託金の総額を決定しているものであり,個々の担当弁護士に対する対価は,同会の内部手続によって定められていて,両金額は関連していることが推認できる。そうすると,担当弁護士が直接的に業務の対価を決定できないことが,無料法律相談所で行う弁護士の法律相談業務の事業性を否定することになるともいえない。

以上で検討したところによれば,本件相談業務は,その態様において,通常の法律相談と同様に弁護士が事業として行う法律相談であるというべきであり,したがって,その対価である本件日当は所得税法上の事業所得に区分するのが相当である。

3  以上によれば,原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 楠本新 裁判官 上田日出子)

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