大阪高等裁判所 平成20年(行コ)20号 判決 2008年10月14日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 本件訴訟のうち,被控訴人Aの請求に関する部分は,平成▲年▲月▲日同被控訴人の死亡により終了した。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2(1) 被控訴人らのBを相手方とする訴えを却下する。
(2) 被控訴人らのBを相手方とする主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
3 被控訴人らのC,D及びEを相手方とする各主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要等
1 本件の事案の概要及び前提事実は,原判決を以下のとおり改めるほか,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の柱書及び「1 基礎となる事実(争いのない事実並びに末尾記載の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決2頁4行目から5行目の「同契約が教職員らの本来業務について雇用契約と別に締結されていたものであるにもかかわらず」を「同契約が教職員らの本来の業務を目的として敢えて別の契約として締結されているものにもかかわらず」と改める。
(2) 原判決5頁18行目の「推薦人数は,各校園1~3名を基準とする。」及び7頁19行目の「推薦人数は,各校園1~5名とする。」を,それぞれ「推薦人数の目安は,各校園1~3名とする。」「推薦人数の目安は,各校園1~5名とする。」と改める。
(3) 原判決8頁24行目から25行目の「地方自治法施行令163条2項に基づき,」を「地方自治法施行令163条2号に基づき,」と改める。
(4) 原判決9頁9行目の「(甲3ないし12)」を「(甲2ないし12。ただし,下表「15年度」の「支給決定日」欄「8月22日」及び「10月30日」の支出金額は,支出決定された金額ではなく,支出命令により実際に支出された金額である。)」と改める。
2 原審裁判所は,被控訴人らの請求のうち,控訴人に対し,Cに対して631万2670円,Dに対して690万6560円,Eに対して19万円の賠償の命令をすること,Bに対し,7168万1401円を請求することを求める限度で認容し,被控訴人らのその余の主位的請求及び予備的請求のうち,Fに対して2566万3266円の請求をすることを求める部分を棄却した。控訴人は,これを不服として,上記第1の判決を求めて控訴した。
したがって,当審における審判の対象は,C,D,E及びBを相手方とする主位的請求及び予備的請求の当否である。
3 本件の争点及び争点についての当事者の主張は,下記4において当事者の補足主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「2 争点及び争点についての当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,Fに関する部分を除く。)。
4 当事者の補足主張
(1) 原判決がC,D及びEを相手方とする主位的請求を認容したことのの違法性(民事訴訟法246条違反)
【控訴人】
ア 被控訴人らは,原審において,C,D及びEに対する主位的請求として,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づいて損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを求めていたにもかかわらず,原審裁判所は,C,D及びEに対し,訴訟物が異なる地方自治法242条の2第1項4号ただし書に基づく賠償命令をすることを命じる判決をしたものであり,被控訴人らが請求していない訴訟物について判決したものであり,取り消されるべきである。
イ 被控訴人らが主張する原審口頭弁論期日における被控訴人らの陳述は,訴えの変更であり,訴えの変更は書面をもってしなければならないところ(民事訴訟法143条2項),被控訴人らの訴えの変更は書面でなされていないから,訴えの変更の効力はなく,原審裁判所は,被控訴人らが請求していない訴訟物について判決したものである。
ウ 被控訴人らは,上記イの訴えの変更の後,被控訴人らの原審における平成19年8月21日付最終準備書面において,地方自治法242条の2第1項4号ただし書に基づく訴えから,再度,同法242条の2第1項4号本文に基づく訴えに変更した。したがって,原審裁判所は,再度訴えが変更されたにもかかわらず,変更前の訴訟物について判決したものである。
【被控訴人】
被控訴人らは,平成19年5月16日に開かれた原審の第18回口頭弁論期日において「C,D,Eについての主張は,当該職員としての違法な職務執行に故意又は重大な過失があるため,損害賠償命令を求める請求である。」と陳述した。
(2) C,D及びEを相手方とする主位的請求に係る訴えの適法性(出訴期間の徒過)
【控訴人】
仮に,上記(1)イの訴えの変更が適法であったとしても,変更された地方自治法242条の2第1項4号ただし書の訴えは,監査請求が却下された平成16年8月26日から30日以上経過した平成19年5月16日になされたものであるから,出訴期間を徒過した不適法な訴えである。
【被控訴人】
争う。
(3) 本件支出の違法性(給与条例主義違反)
【被控訴人】
ア 控訴人が引用する名古屋地裁判決の事案は,市立中学校の教員が,違法な時間外勤務を命ぜられたことなどにより精神的苦痛を被ったとして,県と市に対して損害賠償を請求したものであり,時間外勤務が上記教員の自発的,自主的意思に基づいてなされたものか否かが争点とされたものであって,本件とは事案を異にするものである。名古屋地裁判決は,教員の本来的職務の外縁を画する判断をしたものではないし,研究・研修が本来的職務及び本来的職務に付随する職務ではないとの判断を示したものでもなく,単に給与措置の対象について判断したものにすぎない。かえって,研究・研修は,本来的職務に付随する職務であると考えられ,この点について,名古屋地裁判決も,たとえば「社会科授業の今後の指導計画案の作成」や「各教科の学習の記録一覧表のとりまとめ作業」等が本来的職務であると認定している。
控訴人は,たとえ教員の本来的職務であっても,限定4項目を除いて時間外勤務を命じることができないから,必然的に時間外勤務を求めることになる本件各委託契約に係る研究は本来的職務ではないと主張するようであるが,控訴人の主張は,時間外勤務でかつ特定の目的外の勤務は本来的職務ではないことを前提とするものであり,従前の時間外勤務手当制度が教員の勤務の特殊性に馴染まないことから制定された公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の趣旨を正しく理解しておらず,失当である。同法は,時間外の本来的職務が存在することを前提とした上,時間外勤務手当,休日給の適用を排除し,これに代えて教職調整額を支給することとしたものであって,控訴人の主張は,その前提において誤っている。
本件各事業の目的は,控訴人が主張するとおり,「喫緊の教育諸課題の中から,自らが研究テーマを設定し,日々の教育実践の中でその研究を進めることにより,教職員一人一人の資質・実践的指導力を高め,その力が授業改善や教育課題の解決につながり,ひいては,全市の教育活動の水準を高めることを目的とする」ものであり,したがって,控訴人が主張する「全市的に還元できる取組」は,本件各事業の目的ではなく,その結果の期待であるというべきである。研究業務そのものとその成果をどのように利用するかということは全く別個の事柄であり,仮に「全市的に還元できる取組」が事業の目的であったとしても,具体的には「校内・支部研修や研究会活動などにおいて発表する」ことにすぎないものであって,これは教員の本来的職務に包摂される業務である。
なお,京都市は,教員の評価に関する調査研究の実施のために,「京都市教員の評価に関する調査研究協力者会議」を組織し,同会議は,平成16年9月,「新たな教員評価システムの導入に向けて」(中間まとめ)をまとめて公表したが,本件各事業において奨励される研究テーマは,それぞれの教科で上記「中間まとめ」の「学習指導」の項目において取り組まなければならない研究・研修課題となっている。
控訴人は,本件各事業の委託料は労働の対価として支払われたものでないから,「給与その他の給付」に含まれないと主張するが,地方自治法204条の2にいう「その他の給付」とは,常勤職員に対する旅費,非常勤職員に対する職務上の費用弁償といった職務の執行等に要した経費を償うために支給する費用を含む概念であるから,控訴人の主張は,その解釈を誤っている。
イ 控訴人は,本件各委託契約の研修,研究の一部が教員の本来的職務と重複することがあるとしても,それは研修,研究の性質上やむを得ないものであると主張するが,そうした主張自体が委託した業務が教員の本来的職務と明確に区別できないことを自認しているものである。
ウ 控訴人が引用する札幌高裁判決は,教育公務員特例法21条における「研究と修養」を,理想像たる聖職者としての人格能力の具有を期待する趣旨において,これに必要不可欠な研究,修養への努力義務として捉え,教員の本来的職務を離れて,社会的地位としての教育者の責務としたものである。したがって,札幌高裁判決は,本件各事業における「奨励されている研究テーマ」のように,通常の授業の準備又は校内で行う各教員の職務上の研修など教員の本来的職務としても当然に行われる行為は,同法21条における「研究と修養」に当たらないと考えていると解釈できるものであって,本件各事業が同条に該当することを前提として,給与の対象とならないとする控訴人の主張は,札幌高裁判決の解釈を誤るものである。しかも,同判決は,給与条例上の給与対象となる勤務であるか否かが争点となった事案に関するものであり,上記アの名古屋地裁判決と同様,教員の本来的職務の外縁を判断したものではない。仮に,本件各事業の対象となった「研究」内容が,教育公務員特例法の解釈として,時間外勤務として超勤手当の対象とならないと解されたとしても,この研究について給与とは別な金銭的給付を受けることが許されるかどうかという地方自治法204条の2の問題とは別の問題である。
また,控訴人は,研究の成果が授業実践や学校研修などの場面で還元されていることをもって,教員の本来的職務遂行としての研究を超えたものであると主張するが,上記アで主張したとおり,研究のテーマの設定と,それをいかに還元するかということは全く別の事柄であるし,実際にも,本件各事業の成果物は,ほとんど全市的に還元されていない。仮に,全市的に還元されたとしても,本来的職務の成果物も同じく全市的に還元されているのであるから,本件各事業と教員の本来的職務を区別する基準とはならない。
【控訴人】
ア 名古屋地裁平成11年10月29日判決によれば,教員の本来的職務は,日々の授業やそのための教材研究,テストの採点等の教育活動やそれに付随する業務ということになるが,本件各委託契約は,教員の本来的職務を超えて,喫緊の教育課題に取り組むために,自主的に研修,研究することを契約上の義務とするものである。
昭和46年7月の「教育職員に対し時間外勤務を命じる場合に関する規程(文部訓令28)」を受けた職員の給与等に関する条例37条3項(府費教職員)及び京都市教職員の給与等に関する条例27条の2(市費教職員)によれば,たとえ教員の本来的職務であっても,①生徒の実習に関する業務,②学校行事に関する業務,③教職員会議に関する業務,④非常災害等やむを得ない場合に必要な業務(限定4項目)以外には超過勤務を命ずることはできず,まして本来的職務を超える本件各委託契約に係る研究を勤務時間外に教員に命じて行わせることはできない。自己の授業活動やそのための準備が教員の本来的職務であるとしても,全市的に還元できる取組を行うことまで本来的職務ということはできない。全市的な研究をするのは本来教育委員会であるが,喫緊の教育課題に取り組むためには,学校現場の教員にも研究してもらう必要があったことから,外部である教員に研究を委託したのであり,委託内容は教職員の本来的職務を超えるものである。また,本件各事業で委託された研究は,教員が労働時間と認識した業務についてはすべてを拾い上げる方針で行われた平成18年度文部科学省委託調査研究をとりまとめた「教員勤務実態調査(小・中学校)報告書」における教員の業務の分類のいずれにも該当しないことからも,教員の本来的職務に含まれないというべきである。
研究費を市の職員に支給する場合,行政実例では,その研究費が結果的に勤務に対する報酬となり得る性質のものでない場合は,地方自治法204条の2に規定する給与その他の給付に含まれないとされている。本件各事業においては,本件各委託契約に基づいて行われる研究に必要な経費として,受託者が直接負担した書籍・教材費,資料作成費等の実費を支出しているものであり,労働ないし勤務の対価としての報酬として支払ったものではない。
イ 本件各委託契約の研修,研究の過程における一部の行為が教員の本来的職務と重複することがあるとしても,それは,本件各委託契約の性質上やむを得ないものである。本件各委託契約に係る業務には,教員の専門性を必要とし,実践的な研究が不可欠である。全市的に還元できる研究成果を挙げるためには,日常の授業という実践を活用する必要があり,実践を通じて行われる研究であってはじめて,実用的な研究成果が挙げられるといえるのである。
ウ 教育公務員特例法21条は,理想像たる聖職者としての人格能力の具有を期待する趣旨において,これに必要不可欠な研究,修養への努力義務を理念的,職業倫理的意味において規定したと解されているところ,同条が定める「研修と修養」は,給与支給のための勤務ではないから,そのような「研修と修養」に対する委託料は,労働の対価としての報酬ではない。また,同法22条の「研修」も,教育に携わる者としての自覚に基づく自主的,自発的な研究修養を包摂するものであり,特にこれを同法21条の「研究と修養」と異なる勤務性を付与した規定と解すべきではなく,札幌高裁昭和52年2月10日判決が判示するとおり,給与支給の対象となる勤務に当たらないというべきである。
また,教員の研修には,「職務としての研修」,「職務専念義務免除による研修」及び「勤務時間外の自主的研修」の3つの形態があり,「職務としての研修」以外は職務に該当しないとされている。
本件各事業においては,教員個々の力量が高められるとともに,「カリキュラム編成」や「学校行事,各教科・領域との関連」,「具体的な指導方法・内容」等の実践的な研究が行われ,委託を受けた個々の教員が研究実践した独自のカリキュラムが,各学校の他の教員の参考となり,実践に生かされるとともに,全市で共有化できるものとして全市実践交流会で報告されているのである。さらに,新学習指導要領の下で,子供一人一人の実態に応じた「補充・発展教材」として,各学校,各教科はもとより,教職員の自主的な研究組織である125もの研究会における活動に活用されるとともに,教育委員会直営の研修講座において発表することにより,研究成果が還元されており,これらの成果を挙げることは,教職員の本来的職務遂行としての研究を超えており,本件各委託契約の実費として委託料を支出することは,給与条例主義に反するものではない。
(4) 本件各委託契約を随意契約により締結したことの違法性
【被控訴人】
本件各委託契約は,随意契約として締結されているところ,随意契約による場合は,①行政目的の効率的達成のためであること,②相見積もりを取り,競争性を確保すること,③当該研究テーマに係る成果物を提出すること,④成果物に対する評価を行うことが必要である。
しかし,本件各事業の目的は教員の資質や指導力の向上にあるから,その性質上外部への委託に馴染まないものである上,競争性の確保がされていないし,また,成果品の提出が求められておらず,したがって,成果品の内容についての評価もなされていないことなどからすると,本件各委託契約は,随意契約が例外的に許容されている趣旨に違反し,また,京都市契約事務規則に違反する違法な契約であるから,公序良俗に違反する無効な契約である。
【控訴人】
争う。
(5) C,D,E及びBの責任
ア C,D及びEの重過失の有無
【被控訴人】
C,D及びEは教職員の業務を熟知しているのであるから,本件各事業の内容を知る限り,それが教職員の本来的職務を超えていることが明らかとの認識を持ち得るはずがなく,また,勤務時間外に研究が行われていることが想定されているから本来的職務を超えているとの解釈も成り立たない以上,本件各事業に係る支出が給与条例主義に反することは容易に認識できたというべきである。それにもかかわらず,同人らは,漫然と支出決定をしているのであるから,重過失があったといわざるを得ない。
【控訴人】
C,D及びEは,本件各事業において委託された業務が教職員の本来的職務を超えているとの認識の下に事業が実施され,事業計画書においても勤務時間外に研究が行われることが想定されているものが多数あるという状況において,本件各事業に係る支出決定をしたものである。支出決定に当たっては,当該決定書には委託の相手先となる教員の氏名等と研究テーマの一覧が記載されているだけで,事業計画書や予算書は添付されていなかったし,仮にこれらを審査していたとしても,その段階では,公金が適正に委託業務に用いられると考えていたものであり,また,本件各事業が実施される前から,教職員の研修,研究について教職員個人に実費を支給し,又は助成,補助を行うという類似の事業が横浜市などの政令指定都市をはじめ,他都市でも行われていたことからすれば,仮に本件各事業に係る支出が違法であったとしても,C,D及びEが支出決定をした時点において違法性を認識することは困難であったというべきであり,同人らに故意・重過失はない。
イ Bの責任の有無
【被控訴人】
控訴人が主張する横浜市をはじめとする他都市の事業は,いずれも補助金としての支出であって,委託事業としての支出ではないし,他都市において個人研修・研究に対する支援事業としてなされているのはすべて公募によるもので,本件各事業のように学校長又は幼稚園長の推薦と事業計画書があれば受託者を決定しているようなものではなく,また,その補助金の使途も具体的に定められているものである。なお,Bが本件各事業の企画,実施以前に,他都市の類似制度を調査し,認識し,その制度を比較して本件各事業を立案したとは考えられない。
また,Bに対して不法行為責任を問うためには,同人に重過失があることを要するという控訴人の主張は独自の見解であり,認められるものではない。
【控訴人】
本件各委託契約の全部又は一部が違法であるとしても,本件各事業において受託者が行う調査研究は教職員の本来的職務を超えており,超えていることが明らかであるとの認識によって,本件各事業の実施が決定されたものであり,また,上記アで主張したように,横浜市などの政令指定都市をはじめ,他都市でも同様の事業が行われていることからすれば,Bに過失はなく,不法行為責任を負わないというべきである。
また,大阪高裁昭和48年7月16日判決が判示するように,国家賠償法1条1項,2項の各規定の趣旨に照らせば,Bがその職務において行った行為について不法行為責任を負うのは,同人に重過失があるときに限られるというべきであるところ,上記のとおり,Bに過失はないから,重過失もない。
(6) C,D及びE並びにBを相手方とする予備的請求に係る訴えの適法性
【控訴人】
訴えの変更は,新たな訴えの提起であるから,変更後の訴えに関する出訴期間については,当初の訴え提起の時に提起されたものと同視し,出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合を除き,訴えの変更の時を基準として決するものと解すべきである。追加的予備的請求の場合も,訴えの変更と同様に解すべきであり,当初の訴え提起の時に提起されたものと同視し,出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合を除き,追加的予備的請求をした時を基準として判断すべきである。本件における被控訴人らの追加的予備的請求は,本件各事業における本件各委託契約の個別的違法性に基づくものであり,本件各事業そのものの違法性に基づいた主位的請求とはその性質を異にするというべきであるから,上記特段の事情があるといえない。したがって,被控訴人らの追加的予備的請求に係る訴えの出訴期間については,これがなされた平成18年5月17日を基準とすべきであり,そうすると,被控訴人らの追加的予備的請求に係る訴えは,監査結果の通知があった日から30日以内という出訴期間を過ぎて提起されたものであるから,不適法なものである。
【被控訴人】
住民訴訟制度の趣旨は,地方公共団体が蒙った損害を補填することにあり,それゆえに住民監査請求において損害の補填をするための措置について広く必要と認められる措置を請求することができ,監査委員も請求に拘束されることなく必要な措置を採ることができると解されているところ,住民訴訟も,それが訴えの形式をとっていることとの関係で,監査請求の場合ほど広くはないにせよ,損害補填の措置として具体的にとるべき方法が列挙されているにすぎないものであり,その目的は飽くまで損害の補填にあるというべきである。そうすると,住民訴訟において同一の原因により生じた損害の補填を求めるものに訴えを変更した場合は,請求の基礎に同一性が認められるといえ,出訴期間の基準は訴え提起時というべきである。
本件では,主位的請求において,本件各事業そのものの違法性を問題視し,支出全額を違法と主張したのに対して,追加的予備的請求においては全額の支出が違法でないとしても,少なくとも実施要項に反した契約については違法な支出であると主張しているものであって,その請求の基礎に同一性があることは明らかであるから,追加的予備的請求についても,主位的請求に係る訴え提起時を出訴期間の基準とすべきであり,したがって,出訴期間は遵守されている。
第3当裁判所の判断
1 C,D及びEを相手方とする主位的請求を認容したことの違法性(民事訴訟法246条違反)について
控訴人は,被控訴人らは,原審において,C,D及びEを相手方とする主位的請求として,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づいて損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを求めていたにもかかわらず,原審裁判所は,訴訟物が異なる地方自治法242条の2第1項4号ただし書に基づく賠償命令をすることを命じる判決をしたものであり,被控訴人らが請求していない訴訟物について判決したものであると主張する。
しかしながら,本件記録によれば,被控訴人らは,平成19年5月16日に開かれた原審第18回口頭弁論期日において,請求原因についての補足として,C,D及びEを相手方とする請求は,当該職員としての違法な職務執行について同人らに故意又は重大な過失があるため,損害賠償命令を求める請求である旨陳述し,C,D及びEを相手方とする請求は地方自治法242条の2第1項4号ただし書に基づく賠償命令をすることを求めるものである旨釈明したことが明らかである。したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
また,控訴人は,被控訴人らの上記陳述は訴えの変更であり,訴えの変更は書面によらなければならないのに,書面でなされていないから,被控訴人らの訴えの変更は効力はないと主張するけれども,上記説示のとおり,被控訴人らの上記陳述は,釈明によって,C,D及びEを相手方とする被控訴人らの請求の趣旨,内容を明らかにしたものであって,訴えを変更したものではないから,控訴人の上記主張は,前提において失当である。
なお,被控訴人らが平成19年8月22日の原審第19回口頭弁論期日において陳述した同月21日付最終準備書面には,控訴人が指摘するとおり,C,D及びEに対し,「それぞれ次の金額を京都市に支払うよう請求することを求める。」との記載があることが認められるけれども,同準備書面の内容に加え,被控訴人らの上記釈明を含む原審の審理経過等に照らせば,上記準備書面の一部にかかる記載があるからといって,これをもって被控訴人らが訴えを変更したとか,新たに請求の趣旨,内容を釈明したものとはいえない。
2 C,D及びE並びにBを相手方とする主位的請求に係る訴えの適法性について
(1) C,D及びEを相手方とする主位的請求に係る訴えについて
控訴人は,平成19年5月16日に開かれた原審第18回口頭弁論期日における被控訴人らの陳述は訴えの変更というべきであり,この訴えの変更が適法であったとしても,変更された地方自治法242条の2第1項4号ただし書の訴えは,監査請求が却下された平成16年8月26日から30日以上経過した平成19年5月16日になされたものであるから,出訴期間を徒過した不適法な訴えであると主張するが,上記1で説示したとおり,被控訴人らの上記陳述は,C,D及びEを相手方とする被控訴人らの請求の趣旨,内容を釈明により明らかにしたものであって,訴えを変更したものではないから,控訴人の上記主張は,前提において失当である。
(2) Bを相手方とする主位的請求に係る訴えについて
原判決を以下のように改めるほかは,原判決34頁19行目から35頁6行目に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決35頁5行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 また,控訴人は,地方公共団体の財務について創設された住民訴訟制度の趣旨,目的からして,職員の非財務会計行為による不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実を理由とする住民訴訟は許されず,本件各事業を実施する決定という非財務会計上の行為をしたBを相手方とする被控訴人らの請求は却下ないし棄却されるべきであると主張するが,上記で説示したことに照らして採用できないし,私人が財務会計上の行為又は怠る事実と関係なく,地方公共団体に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う場合であっても,私人を「怠る事実に係る相手方」として損害賠償請求をするよう求める訴えを提起することができることからしても,そのように解する合理的根拠はないというべきであり,控訴人の上記主張は理由がない。」
3 C,D及びE並びにBを相手方とする主位的請求の当否について
(1) 本件支出の違法性(給与条例主義違反)について
原判決を以下のように改めるほかは,原判決36頁17行目から41頁19行目に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決38頁7行目の「概念である。」から11行目末尾までを「ものであるから,地方公共団体が職員個人が行った事務の対価として金員の支出を行う場合には,その支出がたとえ必要な経費の実費補填という趣旨であり,そのような形式が採られていたとしても,当該支出対象が「給与その他の給付」の対象である当該公務員の職務と区別されていない場合には,給与条例主義を潜脱する実質給与ないし手当を給付するものとして,地方自治法204条の2に違反する違法な支出というべきである。」と改める。
イ 原判決39頁6行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 この点,控訴人は,一般的に,通常の授業の準備又は校内で行う各教員の職務上の研修等については,それが勤務時間中に行われ,また,校長からの職務命令として行われるものであれば,本来的職務といえるにしても,勤務時間外に,校長の職務命令なしに各教員が自主的に行うものであれば,本来的職務に該当しないと主張するけれども,控訴人の主張は,結局のところ,本件各委託契約に係る業務が勤務時間内に行われたか否か,あるいは,校長の職務命令に基づくものか否かによって,教員の本来的職務か否かを区別すべきであると主張するものにすぎず,上記説示に照らし,採用の限りでない。また,控訴人は,平成14年度に実施された学習指導要領の改訂は,従前の場合と異なって既存の教科の教えるべき内容の変更にとどまらず,相対評価から絶対評価への「評価方法」の移行や「総合的な学習の時間」についての教材の作成等,通常の教員にとってその対応が極めて困難であったことをもって,一般的に教員の本来的職務として当然に行われる行為とはいえないとも主張するが,たとえ,それが従前の場合に比して困難であるとしても,そのことと学習指導要領の改訂に対する対応が教員の本来的職務であることは別の事柄である上(控訴人自身,通常の学習指導要領の改訂に対する対応は,一般に教職員の本来的職務であることを自認している。),本件実践研究事業においては,新教育課程に直接関わらない「英語が使える日本人」の育成などといったテーマも,同事業における喫緊の教育課題として奨励される研究テーマとされていたことなどからしても,控訴人の上記主張に理由がないことは明らかである。」
ウ 原判決39頁20行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 この点,控訴人は,職務専念義務の免除を受けて管外視察をした例がないのは,単に服務取扱いの徹底ができなかったことによるものであると主張し,D(乙54)もこれに沿う陳述をするけれども,同人が陳述するように,本件各事業の趣旨からして,いかなる服務取扱いをすべきであるか自明であるとすれば,上記のとおり,学校長から出張命令を得て研修に参加した例が複数存在したり,また,学校長から職務専念義務の免除を受けないまま研修に参加した例が多々見受けられるなどといったことは考え難いものというべきであり,それにもかかわらず,こうした事例が複数発生していたということは,かえって本件各事業において委託された事業が教員の本来的職務と区別し難いものであり,また,学校長や受託者である教員の認識においても,区別されていなかったことを推認させるものである。」
エ 原判決40頁5行目末尾の後に,「加えて,上記(1)アで認定したとおり,研修指導員は無報酬とされていたところ,原審証人Gは,研修指導員となった際,本件各事業の活用を勧められて委託契約を締結した旨証言し,また,原審証人Hも,本件各事業によって研修指導員の仕事について5万円の支給を受けるようになった旨の証言をしているのであって,これらの証言によれば,研修指導員を委嘱された教員においても,本来無報酬である研修指導員の職務について,本件各事業により手当が支給されることになったとの認識をもっていたことがうかがわれる。」を加える。
オ 原判決40頁8行目の「職務の範囲内であり,両者の区別は困難であると認められる。」を「職務の範囲内に含まれるといって差し支えなく,その職務の内容において,両者の区別は極めて困難であるというべきである。」と改める。
カ 原判決40頁21行目の末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 控訴人は,校内研修での発表は,本件各委託契約の成果の活用方法の一つにすぎず,校内研修における発表そのものは,本件各委託契約の内容ではなく,学校の教育水準を引き上げることが本件各委託契約の目的であると主張する。しかし,本件各事業においては,委託を受けた教職員は,委託期間終了後,校(園)内等で発表することが求められており,これを通じ,広く研究成果が全市に還元されることが予定されているというのであるから,控訴人が主張するように,これらの研究成果が全市的に還元されることも本件各事業の目的であるのであれば,校内研修での発表も本件各事業の目的であり,ひいては本件各委託契約の目的であるともいえるし,また,本件各事業における研究成果のみならず,それ以外の職務上の研修又は自主的な研修によって蓄積された研究成果等も学校の教育水準を引き上げることに寄与し,教育現場における活用が予定されているのであるから,これらの点においても,本件各事業において委託された業務の内容と教職員の本来的職務との区別はやはり困難というべきである。」
キ 原判決40頁24行目の「明らかであり,」の後に「しかも,本件各事業においては,受託した教職員に対し,委託料が前払で支出されているにもかかわらず,上記(1)ウ及びエのとおり,委託料の使途は契約条項と関わりがないとして,受託者に領収書等を提出させるなどして,その支出に係る委託料が実際に使われたかどうか,使われたとして適正に使われているかどうかを確認することがないまま,本件訴訟に先立つ住民監査請求に基づく監査に至ってはじめて,委託業務件数の約1割に相当する件数について領収書や成果品などの関係書類の一部に記入漏れ等があり,さらに,これらの中には,見積書に記載されている金額よりも高い委託料で委託契約が締結されていた事例が12件,事業実施・収支決算報告書の決算金額が委託料に満たないものが8件含まれていたことが判明するなど」を加える。
ク 原判決40頁最終行の「支出方法以外の方法である」の後に「委託契約を直接教職員と締結する方式により,」を加える。
ケ 原判決41頁10行目の「本来的には」から14行目の「上記(1)ウ及びエ記載のとおり」までを「控訴人は,本件各委託契約における委託料は研究事業委託の対価ではないと主張しながら,他方で,本件各委託契約は本来的職務ではない研修,研究を契約によって義務付け,当該研修,研究の対価として必要な実費を委託料として支出するものであるとも主張するなど,必ずしも一貫していない上,たとえ,それが本来京都市の経費に充てられるための費用であったとしても,上記説示のとおり,本件各委託契約を締結した教職員に対し,本来的職務と区別できない委託業務について,条例に定められた方法以外で金員を交付するものである以上,本件支出が給与条例主義に違反するものであることを否定できず,また,上記で説示したとおり,本件支出については」と改める。
コ 原判決41頁19行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 その他,控訴人は,本件支出に関し,当審においてるる主張するけれども,いずれも上記判断を左右するものではない。」
(2) 本件支出に関するC,D及びE並びにBの責任について
ア C,D及びEの責任
原判決を以下のように改めるほかは,原判決41頁最終行から42頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決42頁22行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 この点,控訴人は,本件各事業の実施前から,教職員の研修,研究について教職員個人に実費を支給し,又は助成,補助を行うという本件各事業と類似の事業が,横浜市などの政令指定都市をはじめとする他都市でも行われていたことからすれば,仮に本件支出が違法であったとしても,C,D及びEが支出決定をした時点において違法性を認識することは困難であったというべきであり,同人らに故意・重過失はないと主張する。
しかしながら,乙第41ないし45号証によれば,本件各事業と相前後して実施された他都市の類似事業は,いずれも補助金による助成を内容とするものであるばかりか,本件各事業の立ち上げに携わった原審証人Iも,本件訴訟になってから,委託方式を用いた例を調査したが,本件各事業が創設された時点で調査したかどうか記憶にないし,他の自治体については調査していない旨証言していることからすれば,C,D及びEが本件各委託契約の締結及び本件支出の支出決定の決裁をした際に,他の地方自治体において既に類似の事業が実施されていたからといって,このことをもってC,D及びEの重過失を否定することはできない。
したがって,C,D及びEは,地方自治法242条の2第1項4号ただし書の「当該職員」として,各自が決定した違法な支出額につき,地方自治法243条の2第3項に基づく京都市長の賠償命令に従って,京都市に対し,同市に生じた損害を賠償する義務がある。」
イ Bの責任について
原判決を以下のように改めるほかは,原判決43頁18行目から45頁4行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決44頁21行目末尾に続いて改行の上,以下を加える。
「 控訴人は,横浜市などの政令指定都市をはじめ,他都市でも同様の事業が行われていることからすれば,Bには過失がなく,不法行為責任を負わないと主張するが,上記で説示したとおり,他都市に本件各事業と類似する事業があるからといって,Bの過失を否定することはできず,京都市に対する不法行為責任は免れない。
また,控訴人は,国家賠償法1条1項及び2項の趣旨に照らせば,Bがその職務において行った行為について不法行為責任を負うのは,同人に重過失があるときに限られると主張するけれども,地方自治法242条の2第1項4号本文により,私人を「怠る事実に係る相手方」として不法行為に基づく損害賠償請求をすることができるのは,当該不法行為者に故意又は重過失がある場合に限られるとする根拠はないから,「怠る事実に係る相手方」が地方公共団体の財務会計職員以外の職員であり,当該職員がその職務の遂行過程で不法行為に及んだ場合には,故意又は重過失がない限り,損害賠償責任を負わないとする合理的根拠はないといわざるを得ないし,仮に重過失を要するとしても,上記認定に係る事実関係に照らせば,Bに重過失があったものと優に認められるから,いずれにせよ,控訴人の主張は理由がない。」
(3) 京都市に生じた損害及び額について
原判決41頁21行目から22行目に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 被控訴人Aの請求について
本件記録によれば,被控訴人Aは,原審裁判所の判決言渡し前である平成▲年▲月▲日に死亡したことが明らかである。地方自治法242条の2に規定する住民訴訟は,その性質上,原告が死亡した場合においては,その訴訟を承継することはできず,当然に終了するものと解すべきであるから,本件訴訟中同被控訴人の請求に関する部分は,その死亡により当然に終了したものである。
5 結論
以上によれば,被控訴人らの請求のうち,Cを相手方として631万2670円の損害賠償命令をするよう求める部分,Dを相手方として690万6560円の損害賠償命令をするよう求める部分,Eを相手方として19万円の損害賠償命令をするよう求める部分及びBを相手方として7168万1401円の損害賠償請求をするよう求める部分についてはいずれも理由があるから,これを認容した原判決は相当であり,また,本件訴訟中被控訴人Aの請求に関する部分は,その死亡により当然に訴訟は終了したというべきである。
よって,本件控訴を棄却し,本件訴訟中,被控訴人Aの請求に関する部分について訴訟終了宣言をすることとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 河合裕行)
裁判官楠本新は,差し支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 永井ユタカ