大阪高等裁判所 平成20年(行コ)38号 判決 2009年7月23日
主文
1 一審原告らの本件控訴及び一審被告の本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用のうち,補助参加により生じた費用は補助参加人の負担とし,その余は一審原告ら及び一審被告各自の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告ら
(1) 原判決の主文第2項のうち,原審第79号事件(以下「79号事件」という。)の請求棄却部分を取り消す。
(2) 一審被告は,社会福祉法人aに対し,1254万2015円を堺市に支払うよう請求せよ。
(3) 訴訟費用は,第一,二審とも一審被告の負担とする。
2 一審被告
(1) 原判決中,主文第1項を取り消す。
(2) 原審第143号事件(以下「143号事件」という。)の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第一,二審とも一審原告らの負担とする。
第2事案の概要
1(1) 堺市の住民である一審原告らは,補助参加人が,その設置に係る通所介護事業所につき,平成12年度から平成16年度までに偽りその他不正の行為により堺市から介護報酬の支払を受けていたとして,一審被告に対し,介護保険法(平成20年5月28日法律第42号による改正前のもの。以下「法」という。)22条3項に基づき,補助参加人が当該介護報酬(3135万5038円)に対する100分の40の割合による加算金(1254万2015円)を堺市に支払うよう請求することを求めるとともに(79号事件),一審原告bは,補助参加人が,常勤の管理者を置かずに通所介護事業所,訪問介護事業所,居宅介護支援事業所の各指定を申請し,その旨の指定を前提として,平成12年度から平成16年度までに堺市から介護報酬(1億6000万円を下らない。)の支払を受けたことは,偽りその他不正の行為によるものであるなどとして,法22条3項,民法709条に基づき,既に返還済みの介護報酬を控除した残額を超えない額である1億1186万1276円を堺市に支払うよう請求することを求めている(143号事件)ものである。
(2) 原審は,79号事件について,補助参加人が行った平成12年4月から同年7月までの介護報酬の請求は,偽りその他不正の行為による請求として加算金(法22条3項)の対象となるとしたものの,上記期間の不適正金額を特定する証拠がないとし,利用定員を超過しているにもかかわらず介護給付費を減算せずに請求していたこと,サービス提供時間の単位数を不正確に算定して介護給付費を請求していたこと,当初の通所介護計画より時間を短縮したにもかかわらず計画の変更等を行わずに介護給付費を請求していたことについては,偽りその他不正な行為によるものと認められないから,加算金の請求は理由がないとして棄却した。
他方,原審は,143号事件について,補助参加人は,管理者として申請した者が管理者要件を充足していないことを知りながら,あえてその経歴を秘匿して本件各指定を受け,その結果,堺市から介護報酬の支払を受けたものであるから,偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けたものとして,法22条3項に基づき,合計1億0158万7576円を堺市に支払うよう請求することを求める限度で理由があるとして認容し,その余の請求を棄却した。
これに対し,一審原告ら及び一審被告がともに控訴した。ただし,143号事件で請求棄却とされた部分については,一審原告bは控訴しておらず,当審での審理の対象になっていない。また,補助参加人は,当審において一審被告を補助するため,本件訴訟に参加した。
2 法令の定め
原判決「事実及び理由」中の第2の1(原判決3頁冒頭から同8頁9行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 前提事実
原判決「事実及び理由」中の第2の2(原判決8頁10行目から同13頁7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。
(1) 原判決10頁2行目の「aは,」の次に「平成12年4月19日付けで」を加える。
(2) 同10頁3行目の「看護職員を受ける」を「看護職員の派遣を受ける」と改める。
(3) 同10頁11行目の「介護報酬(平成12年度から平成16年度)を」の次に「3割の減額をせずに」を加える。
(4) 同12頁16行目の「利用定員(10名)を超過している」を「利用者の数が利用定員(10名)を超過している」と改める。
4 争点及び当事者の主張
5に当審における当事者及び補助参加人の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由中」の第2の3(原判決13頁8行目から同18頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決15頁23行目の「利用定員(10名)を超過している」を「利用者の数が利用定員(10名)を超過している」と,同16頁18行目の「本件指定」を「本件各指定」とそれぞれ改める。
5 当審における当事者及び補助参加人の主張
(1) 本件訴えの適法性
ア 一審被告
(ア) 法22条3項(加算金部分を除く。)は,「できる」と規定されていることからして,指定介護事業者が偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けた場合でも,市町村が不正利得の返還請求を行わない限り,当該事業者に返還義務は生じないと解すべきである。本件において,堺市は,補助参加人に返還請求をしていないから,返還請求権を有していない。
また,同項の文言上,不正利得の返還請求を行うか否かについて,執行機関等に一定の裁量が認められているのは明らかであり,不正利得の返還請求権が,行使に裁量の余地のない権利を対象とする地方自治法242条の2第1項4号の訴えの対象となると解することはできない。
よって,同号に基づき不正利得の返還請求をするよう求める本件訴えは不適法というべきである。
(イ) 法22条3項に基づく加算金請求権は,悪質な事業者に対する懲罰的な目的で行使されるもので,市町村が請求して初めて発生する特別の請求権であり,民法上の不当利得返還請求権とはその性質を異にする。
また,本件において,堺市は,補助参加人に加算金を請求していないから,加算金請求権を有していない。
したがって,一審被告に対し補助参加人への加算金の請求を求める本件請求は,既に発生している請求権の行使を執行機関に命ずる訴訟である,地方自治法242条の2第1項4号の「損害賠償又は不当利得返還の請求」に当たらず,同請求に係る本件訴えは不適法である。
イ 補助参加人
(ア) 法22条3項(加算金部分を含む。)の請求権は,民法上の不当利得返還請求権でも,不法行為に基づく損害賠償請求権でもなく,法が認めた特別の請求権と解すべきである。
したがって,補助参加人に対する不正利得及び加算金の請求は,地方自治法242条の2第1項4号の「損害賠償又は不当利得返還の請求」に当たらないから,一審被告に対し上記請求をするよう求める本件訴えは不適法として却下を免れない。
(イ) 仮に,上記請求権の性質が不当利得返還請求権であったとしても,その行使をするか否かにつき市町村の裁量が認められることは,一審被告の主張(前記ア(ア))のとおりである。したがって,市町村の判断が合理的裁量を逸脱するような場合でない限り,住民は上記請求権の行使を求めることはできないというべきである。
(ウ) 加算金は,不正な介護保険給付を抑制し,介護保険事業の適正を図ることを目的とした行政的制裁措置の一種であるから,加算金を課することは,これにより結果として収入を得ることがあるとしても,財政の維持及び充実を目的とする財務会計上の行為とはいえない。
したがって,一審被告が補助参加人に対し加算金を請求しないからといって,地方自治法242条1項に規定する違法に公金の賦課若しくは徴収を怠る事実には該当せず,一審原告らの加算金請求は不適法である。
ウ 一審原告ら
(ア) 一審被告及び補助参加人の主張は争う。
(イ) 法22条3項の請求権の法的性質は,介護保険の保険者としての市町村が当該事業者の「偽りその他不正の行為によ」って被った損害の賠償請求の性質を持つと同時に,受給権限がないのに利得した不当な介護報酬の返還請求の性質も持つ。その意味で,損害賠償請求権の性質と不当利得返還請求権の性質が併存するというべきである。
(ウ) 法22条3項は,市町村に不正利得の返還請求及び加算金の支払請求をする権限を与える規定であると解されるところ,地方公共団体の有する債権の管理について定める地方自治法240条,同法施行令171条ないし171条の7によれば,客観的に存在する債権を理由もなく放置したり,免除したりすることは許されず,地方公共団体の長にはその行使又は不行使についての裁量権限はないと解すべきである。
(2) 本件各不適正請求と「偽りその他不正の行為」(法22条3項)〔本件デイサービスセンターの人員基準の遵守状況〕
ア 一審原告ら
原判決は,本件デイサービスセンターは,認知症専用併設型通所介護事業所(利用定員10名)として運営していたから,そのために最低限必要な従業者の人員は,①提供時間帯を通じて専従の生活相談員1名,②提供時間帯を通じて専従の看護職員又は介護職員1名(生活相談員,看護職員又は介護職員のうち1名以上は常勤でなければならない),③機能訓練指導員1名,④前記②に加えて専従の看護職員又は介護職員1名であるとする。そして,原判決は,前記②及び④に関し,平成12年8月以降は,常勤の介護職員がおり,ほかに,毎週月,水,金曜日に勤務していた非常勤の介護職員がいるので,本件病院との合意に基づき毎週火,木曜日に各2時間看護師が派遣されていれば,上記の人員基準を満たすとし,そうである以上,偽りその他不正の行為による介護報酬請求とはいえないと判断した。
しかし,本件デイサービスセンターを認知症専用併設型通所介護事業所(利用定員10名)とみたとしても,人員基準は満たされていない。すなわち,原判決は,提供時間帯を通じて専従の生活相談員1名及び機能訓練指導員1名がいたことについて,証拠に基づく認定をしていない。また,1日に2時間しか派遣されていない看護師を専従の看護職員とみることはできない。指定通所介護事業所における専従は,当該従事者の当該事業所における勤務時間であれば短くてもよいというものではなく,サービスの単位ごとの提供時間を通じて,当該サービス以外の職務に従事しないことが必要である。本件デイサービスセンターにおけるサービスの単位ごとの提供時間は6時間であるから,1日に2時間しか派遣されていない看護師はサービス単位ごとの提供時間を通じて他の職務に従事していない職員とみることはできず,専従の看護職員とみることはできない。
イ 一審被告
(ア) 一審原告らの主張は争う。
(イ) 本件デイサービスセンターは,指定申請時において,常勤かつ専従の生活相談員1名,常勤かつ専従の介護職員1名,非常勤で専ら当該指定通所介護を行う看護職員(看護師兼機能訓練指導員)を置いていた。指定申請時の人員配置は,人員基準を満たすものであり,適法である。大阪府の調査結果でも,提供時間等を通じて専従の生活相談員1名及び機能訓練指導員1名が配置されていたことを疑わせる事実は存在しなかった。一審原告らは,一審被告から2名分のタイムカード(常勤及び非常勤の介護職員のタイムカード)しか提出されていないことをもって,提供時間帯を通じて専従の生活相談員1名及び機能訓練指導員1名がいた証拠がないと主張する。しかし,本件デイサービスセンターにおいては,タイムカードが十分に整備されていなかったのであるから,タイムカードの不存在は,職員が勤務していなかったことの証拠とはならない。
一審被告が本件病院から火曜日及び木曜日に各2時間しか看護職員の派遣を受けていなかったとしても,本件デイサービスセンターが,認知症専用併設型通所介護事業所としての人員基準を満たす場合はあり得る。すなわち,施設基準一,ハ(4)にいう「専ら当該指定通所介護を行う」とは,当該看護職員又は介護職員が,専ら通所介護の提供に当たる必要はあるが,提供時間帯を通じて専従する必要はないという趣旨であり,当該看護職員又は介護職員が,本件デイサービスセンターでの介護サービスの提供に当たり,必要な時間常に十分な介護ができる形で配置されていれば足りるのである。補助参加人は,本件デイサービスセンターの併設施設として,居宅サービス事業所などを有しており,本件デイサービスセンターの繁忙期には,他の施設の介護職員の助けを借りるなど,必要な時間常に十分な介護サービスを提供することは可能であるから,本件デイサービスセンターの人員配置は,人員基準を満たしているといえる。
ウ 補助参加人
補助参加人は,生活相談員1名を配置しており,大阪府等の調査でも,生活相談員の配置について何ら指摘を受けていない。また,機能訓練指導員は,兼職が可能であるから,「看護職員兼機能訓練指導員」1名として配置していた。
一審原告らは,看護職員につき,1日2時間の派遣では足りないと主張する。しかし,前記ア②に追加して配置される④の看護職員については,勤務時間が1日2時間であっても,同時間帯は他の職務に従事していないのであれば,施設基準の「専ら当該指定通所介護を行う看護職員又は介護職員を一名以上置いていること」の要件を満たすと解すべきである。
〔「偽りその他不正の行為」該当性〕
ア 一審原告ら
介護報酬の請求行為が故意又は重過失に基づいてなされれば,法22条3項の「偽りその他不正の行為」があるといえる。補助参加人が本件各指定を受けたことは後記(3)アのとおり不正の手段(申請行為)によるものであり,これを前提とする本件各不適正請求は,故意又は重過失に「基づいて」いるといえる。
イ 一審被告
(ア) 後記(3)イのとおり,補助参加人が本件各指定を受けたことは不正の手段(申請行為)によるものではなく,本件各指定を前提として支払を受けた介護報酬は「偽りその他不正の行為」により支払を受けたものではない。
(イ) 前記(2)(本件デイサービスセンターの人員基準の遵守状況)イで主張したとおり,本件デイサービスセンターは,十分な介護サービスを提供し,人員基準を満たしていたのであるから,介護報酬を「偽りその他不正の行為」によって受けたということはできない。
(ウ) 仮に,本件デイサービスセンターにおける週2日各2時間の看護職員の配置が37号人員基準を満たさないと評価されるとしても,本件デイサービスセンターは,併設施設の介護職員の助けを借りるなどによって,十分な介護サービスを提供していたと認められ,実質的には人員基準を満たす形で運営されていたと評価することができる。したがって,いずれにしても,本件デイサービスセンターが介護報酬を「偽りその他不正の行為」によって受けたということはできない。
(エ) 原判決は,補助参加人が本件病院に対し,実際には派遣されていない日及び時間帯の派遣料についても支払い,実際の派遣分との差額については,後日,本件病院から「寄付金」の名目で払戻しを受けていたと認定し,これが,認知症専用併設型通所介護事業所としての人員基準の充足を偽装するためのものであったと判断した。しかし,前記のとおり,本件デイサービスセンターは十分な介護を提供し,実質的に人員基準を満たす形で運営されていたのであるから,人員配置の充足を偽装する必要はなく,上記判断は誤っている。派遣料の返還は,当初の契約内容と実際の派遣とが食い違うためになされたに過ぎず,何ら違法ではない。よって,補助参加人が派遣料の払戻しを受けていたことをもって,「偽りその他不正の行為」によって介護報酬を受けたと認定することはできない。
ウ 補助参加人
補助参加人が,介護保険制度開始当初から人員基準の偽装を意図していた事実はなく,偽装の意図もなかった。本件病院との看護師の派遣契約については,契約どおりの派遣がなされなかった後始末として,派遣料が寄付金の一部という形で返還されていた可能性があるというに過ぎない(寄付はあくまで本件病院の篤志によるもので,額についても本件病院が独自に決めており,補助参加人と本件病院との間であらかじめ合意して実行したものではない。)。
〔本件不適正請求①のうち平成12年4月から同年7月までの額の算定〕
ア 一審原告ら
原判決は,本件不適正請求①のうち平成12年4月から同年7月までの期間のものについては,補助参加人が,本件派遣契約により,本件デイサービスセンターの人員基準充足を偽装し,これに基づいて介護報酬を請求したものであるから,偽りその他不正の行為による介護報酬の請求として,加算金の対象となるとしながら,上記期間の本件不適正請求金額を特定するに足りる証拠はないから,結局,本件不適正金額①に関する原告らの請求は理由がないとした。しかし,これは不当である。不適正請求額全体の数額が明らかとなっており,一定の資料(甲19等)が存在する以上,本件不適正請求①の部分,さらにはそのうち平成12年4月から同年7月までの部分について割合をもって試算することが可能であるから,それによって得られた額を加算金の対象として請求すべきである。
イ 一審被告
争う。
(3) 本件各指定を受けるについての不正の手段の有無
ア 一審原告ら
(ア) 管理者は,従業者及び業務の管理を一元的に行わなければならない(37号人員基準28条,52条,105条,38号人員基準17条)。管理者の役割は,介護事業所が全体として法令の規定に従って運営され,介護サービス利用者に適切にサービスが提供されるように管理する重要なものである。だからこそ,37,38号人員基準上,常勤の管理者が必要とされている。cは,本件指定申請時,本件各センターから直線距離で約10kmも離れた本件幼稚園の事務長であり,本件各センターに常勤できないことは,本件指定申請時に明らかであった。しかも,cが管理者となった後には常勤できるよう,事務長を辞する準備をしていた形跡は全くない。管理者となった後も,管理者としての仕事は一切していなかった。
(イ) 補助参加人は,本件各指定の申請に当たり,cがd学園理事長,本件幼稚園の事務長であることを知りながら,その事実を隠蔽するため,管理者経歴書に記載をせずに申請し,本件各指定を受けた。
(ウ) 上記のとおり,補助参加人は,管理者の常勤性を欠いたまま本件各指定の申請をしたものであり,不正の手段により本件各指定を受けたというべきである。したがって,補助参加人が本件各指定を前提として支払を受けた介護報酬全額は,「偽りその他不正の行為」により支払を受けたものとして,これを堺市に支払う義務を負う。
イ 一審被告
(ア) 訪問介護事業では,サービス提供責任者がサービス内容の管理を行うこととされているため,管理者が行うのは,サービス内容とは関係がない訪問介護員の採用や訪問看護員の出勤管理などに限られる。指定通所介護事業所及び居宅介護支援事業所の管理者も,介護サービスの内容に関与するような業務ではなく,また,管理者について特に資格要件が定められてはいないことから,介護サービスの提供という業務においては,管理者はさほど重要な役割を担うものではない。したがって,管理者が常勤でないということは,軽微な瑕疵に過ぎない。
(イ) 管理者は従業者及び業務の管理を一元的に行わなければならないとする前記人員基準(ア(ア))の内容からすると,管理の方法については,各事業所に広範な裁量が認められていると解され,管理者が,直接管理するほか,他の従業者に管理業務を権限委譲し,管理者自身は,その報告を受けたり,記録の確認を行うという方法も認められる。
補助参加人においては,職員は,cの代わりに,事務長のeに相談して業務上の問題に対処し,利用者の事故などの緊急事態が起こったときには,cの携帯電話や本件幼稚園に連絡して指示を仰いでいた。cは,eを通じるなどして,本件各センターを管理していたのであり,cを,法令が求める「常勤の管理者」と評価することは十分可能である。しかも,このような管理の方法で本件各センターの業務に大きな支障を来していた事実はなく,補助参加人が偽りその他不正の手段によって本件各指定を受けたものではないことは明らかである。
(ウ) 補助参加人が指定申請の際に提出する管理者経歴書の「主な職歴等」欄に記載すべき内容は,福祉についての知識や経験を有することを示す職歴であって,それ以外の職歴については必ずしも記載を求められていない。したがって,補助参加人がcにつき本件幼稚園の事務長であることを管理者経歴書に記載すべき義務を負っていたとすることはできない。
ウ 補助参加人
(ア) 補助参加人及びcは,cが本件デイサービスセンターの管理者であることは承知していたが,これにより時間的,場所的拘束を受けるとの認識はなく,常時デイサービスの業務を管理・調整していれば足りると認識していた。
cは,専ら施設での業務に従事しており,本件幼稚園に常時いたわけではない。また,本件幼稚園及び本件デイサービスセンターにいないときであっても,同センターの広報活動や対外的折衝をしていた。
介護保険制度の開始後に行われた会計検査院や堺市,大阪府の監査においても,補助参加人は,管理者の常勤について何らの指摘も受けなかった。
(イ) 管理者経歴書を含め,指定申請関係の書類を作成したのは,cの息子のeであるが,同人はcの経歴の詳細(異動の年月等)を把握していなかった。
(ウ) 管理者の職務は,個別のサービスの提供ではなく,施設の管理・運営を目的とするものに限られている。介護サービスの提供に関しては,管理者が常勤及び専従でなくても,事業の遂行上影響はない。
(エ) 法22条3項の「偽りその他不正の行為」とは,犯罪行為に該当するか,これに匹敵する不当な介護報酬の請求行為が故意又は重過失に基づいて行われたことを意味すると解される。
介護報酬の請求は,多数回にわたって毎月のように行っているのであるから,不正請求の故意又は重過失は,その請求行為の都度に要求されなければならない。原判決は,個別の介護報酬の請求について故意又は重過失を認定することなく,指定申請が違法に行われたことから,直ちに介護報酬請求のすべてが不正行為であるとしたもので,判断に飛躍がある。
(4) 返還させるべき額
ア 一審原告ら
法22条3項の「その支払った額につき返還させる」とは,介護事業者の事業の実施の程度如何を問わず,市町村が支払った金額の全額を返還させる趣旨である。
イ 一審被告及び補助参加人
市町村が法22条3項に基づいて事業者から介護報酬(加算金部分を除く。)の返還を求めるためには,当該事業者に利得が存在しなければならない。同項の「その支払った額」とは支払った額のうち事業者の利得部分をいうと解すべきである。
補助参加人は,法の求める具体的なサービス提供を行っていたのであるから,補助参加人に利得は存在せず,堺市は,補助参加人に対し,介護報酬の返還を求めることはできない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,143号事件の請求は,「一審被告は,補助参加人に対し,1億0158万7576円を堺市に支払うよう請求せよ。」との判決を求める限度で理由があり,同事件のその余の請求及び79号事件の請求はいずれも理由がないものと判断する。理由は以下のとおりである。
2 本件訴えの適法性について
(1) 一審被告は,法22条3項の請求権につき,①指定介護事業者が偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けた場合でも,市町村が返還請求を行わない限り,当該事業者に返還義務は生じない,②同項の文言上,不正利得の返還請求を行うか否かについて,執行機関等に一定の裁量が認められている,③加算金請求権は,法が特別に認めた請求権であり不当利得返還請求権でも損害賠償請求権でもないとして,上記請求権は地方自治法242条の2第1項4号の訴えの対象とならず,本件訴えは不適法であると主張する。また,補助参加人も,②,③と同旨の主張をするほか,加算金請求権を除く法22条3項の請求権(支払った額の返還請求権)についても③の主張が当てはまると主張している。
しかし,①については,法22条3項は一審被告の主張するような限定を設けておらず,後述のとおり同項の請求権は損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の性質を有することに照らせば,指定介護事業者が偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けた場合には,当然に法22条3項の返還義務が生じると解するのが相当である。②については,返還請求を行わないことの違法性の問題であって本案で判断すべき事項である。また,③については,加算金請求権は,指定介護事業者が偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けた場合に,その支払った額の回復に加え,法が特に損害額を法定して市町村に認めた損害賠償請求権の性質を有すると解するのが相当であるから,加算金についての本件訴えが不適法ということはできないし,加算金請求権を除く請求権は,本来支払を受ける資格のない者が不正に支払を受けた介護報酬と同額の返還を求める請求権であって,不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の性質を有すると解するのが相当であるから,これについての本件訴えも不適法ということはできない。
以上によれば,一審被告及び補助参加人の主張する理由により本件訴えを不適法とすることはできないというべきである。
(2) 補助参加人は,加算金について,不正な介護保険給付を抑制し,介護保険事業の適正を図ることを目的とした行政的制裁措置の一種であるから,加算金を課することは,財務会計上の行為といえず,加算金の支払請求を求める訴えは不適法であると主張する。
しかし,支払われた加算金は市町村の収入となるのであり,加算金の請求は,債権の財産的価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為に当たると解するのが相当である。そうすると,加算金を課することは財務会計上の行為ということができるから,補助参加人の上記主張は理由がない(もっとも,加算金を請求するかどうかの点が市町村の長の裁量に属することは,後記説示のとおりである。)。
3 本件各不適正請求が,「偽りその他不正の行為」(法22条3項)に該当するか否かについて(79号事件)
(1) 原判決の引用
以下に補正するほか,原判決「事実及び理由」中の第3の1(原判決18頁12行目から同23頁21行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決19頁5行目の「そこで検討するに,」の次に「証拠(乙1,7)及び弁論の全趣旨によれば,補助参加人は,本件デイサービスセンターの指定の申請に当たり,生活相談員(常勤かつ専従)1名,機能訓練指導員(非常勤かつ兼務)1名を配置するものとし,大阪府健康福祉部医務・福祉指導室事業者指導課長fも,指定申請当時に上記各職員を置いていた旨陳述しており,大阪府も上記各職員が配置されていないことを特段問題にした形跡がないことが認められ,これらに照らすと,本件デイサービスセンターには専従の生活相談員1名と機能訓練指導員1名が配置されていたことが推認される。また,」を加える。
イ 同21頁16行目の「しかし,」から18行目末尾までを,次のとおり改める。
「 しかし,法22条3項は,加算金について,「支払わせることができる。」と規定していること,加算金は,市町村が介護報酬として支払った額そのものではなく,これに加えて請求することが法により特に認められているものであることに鑑みれば,加算金を請求するかどうかは,市町村の長の裁量に属するというべきである。そうとすれば,一審被告が補助参加人に対し加算金を請求しないことが違法ということはできないというべきであるから,結局,本件不適正金額①に関する一審原告らの請求は理由がない。」
ウ 同23頁20行目の「加算金」を「40%の加算金」と改める。
(2) 上記争点についての当審における当事者及び補助参加人の主張について
ア 一審原告らは,1日に2時間しか派遣されていない看護師を専従の看護職員とみることはできないと主張する。人員基準通達(乙6)には,「専ら従事する」,「専ら提供に当たる」とは,「原則として,サービス提供時間帯を通じて当該サービス以外の職務に従事しないことをいう。サービス提供時間帯とは,当該従事者の当該事業所における勤務時間(指定通所介護及び指定通所リハビリテーションについては,サービスの単位ごとの提供時間)をいうものであり,当該従業者の常勤・非常勤の別を問わない。」とあり,指定通所介護については,一審原告らの主張するとおり,サービスの単位ごとの提供時間を通じて当該サービス以外の職務に従事しないことが必要であって,1日2時間の勤務では専従といえないとも考えられる。しかしながら,37号人員基準93条所定の看護職員又は介護職員の員数に加えて,専ら当該指定通所介護を行う看護職員又は介護職員を1名以上置いていることとしているのは,原判決(6頁)が認定するように,施設基準(一のハ(4),甲3)であって人員基準ではなく,前記人員基準通達が直ちに適用されるわけではないこと,厚生労働省老健局老人保健課作成のQ&A(乙4)においても,当該看護職員又は介護職員については,専ら通所介護の提供に当たる必要はあるが,提供時間帯を通じて専従する必要はないとされていることに照らすと,1日2時間の勤務でも専従と認めるのに支障はないというべきである。したがって,一審原告らの主張は理由がない。
イ 一審被告及び補助参加人は,補助参加人が人員基準を満たしており,本件病院との看護師の派遣契約についても,人員基準の充足を偽装するものではなかったとして縷々主張するが,本件不適正請求①のうち,平成12年4月から同年7月までの期間のものについては,偽りその他不正の行為による請求であると認定すべきことは,引用に係る原判決の認定・説示するとおりであり,一審被告及び補助参加人の主張は理由がない。
4 補助参加人が不正の手段により本件各指定を受けたか否かについて(143号事件)
(1) 原判決の引用
原判決「事実及び理由」中の第3の2(原判決23頁22行目から同28頁18行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,同27頁12行目の「採用できない」の後に「(法22条3項は,その文言に照らし,偽りその他不正の行為によって市町村が介護報酬を支払ったこと自体を損害又は損失とみなしていると解される。)」を加える。
(2) 上記争点についての当審における当事者及び補助参加人の主張について
ア 一審被告は,管理者が常勤でないということは軽微な瑕疵に過ぎないと主張する。しかし,管理者は従業者及び業務の管理を一元的に行わなければならず(37号人員基準28条,52条,105条,38号人員基準17条),また,引用に係る原判決が説示するとおり,法令や通達が管理者の勤務すべき時間数や兼職可能な基準を詳細に定めている趣旨に照らすと,管理者が常勤でないことが軽微な瑕疵に過ぎないとすることはできず,一審被告の主張は理由がない。
イ 一審被告は,補助参加人の職員は,cの代わりに,事務長のeに相談して業務上の問題に対処し,利用者の事故などの緊急事態が起こったときには,cの携帯電話や本件幼稚園に連絡して指示を仰いでいたのであり,cは実質的に常勤の管理者としてeを通じるなどして本件各センターを管理しており,しかも,このような管理の方法で本件各センターの業務に大きな支障を来していた事実はなかったと主張する。
しかし,前記のとおり,管理者は従業者及び業務の管理を一元的に行わなければならず,また,法令や通達が管理者の勤務すべき時間数や兼職可能な基準を詳細に定めている趣旨に照らすと,他の者が管理者の職責を一部果たすことによって,介護サービスの提供等の業務に大きな支障が生じなかったとしても,これをもってcが実質的に常勤していたと評価することができないことは明らかである。
ウ 一審被告は,指定申請の際に提出する管理者経歴書の「主な職歴等」欄に記載すべき内容は,福祉についての知識や経験を有することを示す職歴であって,それ以外の職歴については必ずしも記載を求められておらず,補助参加人が管理者経歴書にcが本件幼稚園の事務長であることを記載すべき義務はなかったと主張する。しかし,管理者経歴書(甲29)の記載からは,一審被告の主張するような限定が付されていると解することは困難であり,一審被告の主張は採用できない。
エ 補助参加人は,指定申請関係の書類を作成したeは,cの経歴の詳細(異動の年月等)を把握していなかったと主張し,eもこれに沿う供述をしている(丙21)。しかし,cとeは親子であり,eがcの管理者経歴書を作成する際,同人の経歴の詳細を把握していないのであれば,同人に確認することは当然であり,しかも容易であったと思われるのに,これをした形跡が全くないというのは不自然であるといわなければならず,補助参加人の主張は採用することができない。
オ 補助参加人は,介護報酬の請求は多数回にわたって毎月のように行っているのであるから,不正請求の故意又は重過失は,その請求行為の都度に要求されなければならないのに,原判決は,個別の介護報酬の請求について故意又は重過失を認定することなく,指定申請が違法に行われたことから,直ちに介護報酬請求のすべてが不正行為であるとしたもので,判断に飛躍があると主張する。しかし,原判決の認定する事実経過に鑑みると,個別の介護報酬の請求は偽りその他不正の行為によりなされたものと優に推認することができるから,補助参加人の主張は理由がない。
カ 一審被告及び補助参加人は,市町村が法22条3項に基づいて事業者から介護報酬(加算金部分を除く。)の返還を求めるためには,当該事業者に利得が存在しなければならないと解すべきところ,補助参加人は,法の求める具体的なサービス提供を行っていたのであるから,補助参加人に利得は存在せず,堺市は,補助参加人に対し,介護報酬の返還を求めることはできないと主張する。しかし,それが理由のないことは,訂正の上引用した原判決の説示(原判決27頁7行目の「しかし」から,同12行目末尾まで。)に照らし明らかである。しかも,実質的に考えても,介護サービスは,多数の利用者を対象として多種多様な内容のものを提供するものである上,補助参加人が上記において指摘するとおり,介護サービスに対する介護報酬の請求も多数回にわたって毎月のように行われていることからすると,現実に提供された介護サービスの内容について,それが法の求める介護サービスの内容と合致しているか否かを点検確認すること自体がかなりの困難を伴うものと解されるのであって,このことからも,一審被告及び補助参加人の主張は採用できない。
(3) 法22条3項の請求権(加算金を除く。)行使の裁量性について
一審被告及び補助参加人は,法22条3項の請求権(加算金を除く。)の行使をするか否かについては,市町村の長に一定の裁量が認められているから,一審被告が補助参加人に介護報酬として支払った額の返還請求をしないことは違法ではないと主張する。しかし,加算金請求権とは異なり,現実に支払われた(したがって,市町村が現実に失った)介護報酬相当額の回復を内容とする債権について,市町村の長が行使するしないの裁量権を有するとは解されず,本件において,証拠上,一審被告がこれを行使しないことについて正当な理由があるとも認められないから,一審被告及び補助参加人の主張は採用できない。
5 結論
以上によれば,原判決は相当であり,一審原告ら及び一審被告の控訴はいずれも理由がない。よって,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安原清藏 裁判官 坂倉充信 裁判官 本多久美子)