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大阪高等裁判所 平成20年(行コ)60号 判決 2008年10月15日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  住吉税務署長が平成15年10月23日付けで破産者A株式会社に対してした同社の平成12年7月分及び平成13年3月分の源泉徴収による所得税に係る各不納付加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

控訴人は,破産者A株式会社(以下,破産宣告前も含め,「A」という。)の破産管財人であり,Aの破産財団から,破産管財人個人に報酬を支払い,A株式会社の元従業員らに退職金等を配当した。これに対し,住吉税務署長は,Aは,これらの報酬及び退職金等について所得税(以下「源泉所得税」という。)の源泉徴収及び納付の義務があったのにこれをしなかったとして,平成15年10月23日付けで源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をした。

本件は,控訴人が,破産者たるAないし破産管財人たる控訴人に源泉徴収義務はないなどと主張して,上記不納付加算税賦課決定処分の取消しを求めた事案である。

原審は,控訴人の請求の一部(上記退職金等に関する部分)を認容し,その余を棄却したので,控訴人が敗訴部分を不服として控訴した。

本件に関する法令の規定,前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「1 法令の定め等」「2 前提事実」「3争点」及び「4 当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。

ただし,以下のとおり付加・補正し,当審における当事者の主張を付加する。

1  付加・補正

(1)  原判決9頁3行目の「現在なお審理中である。」を「平成20年4月25日,控訴及び控訴審における予備的請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡されたが,控訴人は更に上告及び上告受理申立をした。」に改める。

(2)  同12頁5行目及び8から9行目の「管理人機構人格説」をいずれも「管理機構人格説」に改める。

(3)  同13頁17行目,14頁22から23行目,16頁17行目の「出絹」をいずれも「出捐」に改める。

2  当審における当事者の主張

(1)  控訴人

ア 管財人報酬は弁護士の業務に関する報酬(所得税法204条1項)に当たらない。

ある給付が所得税法204条1項2号の「報酬」に当たり源泉徴収の対象となるためには,その給付が委任契約又はこれに類する原因に基づくものであることが必要である。これは,ある給付が給与所得の対象たる給与等に当たり源泉徴収の対象となるためには,その給付が雇用契約又はこれに類する原因に基づくものであることが必要である(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)のと同様である。

「報酬」は源泉徴収の対象とするに適したものに限定すべきであり,支払者と受給者との間に委任又はこれに類する原因がない場合,支払者は支払をする立場になく,対価の原資を有さず現実に支払ができないから,この対価は源泉徴収の対象とならない。また,「報酬」とは,通常,委任契約又はそれに類する契約に基づいて支払われる事務の対価を指す。

破産管財人は,破産財団の管理・処分と配当をその職務とし,破産会社の社団法的・組織法的活動や破産管財人が管理処分権を放棄した財産に対する管理をその職務としておらず,管理処分権が及ばない。また,破産管財人の職務は総債権者のためにするものであって破産者のためではない。したがって,破産者と破産管財人との間には委任契約に類する関係もない。

イ 控訴人は管財人報酬の支払について源泉徴収義務を負わない。

(ア) 所得税法204条1項にいう「支払をする者」は,当該支払に係る経済的出捐の効果の帰属主体であり,かつ,自らの権限で支払行為をなし得る者をいうから,破産者はこれに当たらない。

源泉徴収は,徴税事務手続上の負担を,行政上・刑事上の制裁を課して,本来の納税者(受給者)以外の者に強いる制度であるから,義務者の範囲は,徴税義務を課するに足りる合理的理由のある者に限られるべきである。最高裁判所昭和37年2月28日大法廷判決(刑集16巻2号212頁)も,源泉徴収義務を課することができる第三者を,受給者との間に「特に密接な関係」のある者に限定している。

所得税法及び国税通則法の文言上,源泉徴収義務者は「支払」という行為をする者である。そして,支払の原資を有する者は税額の天引ができ,また,自らの権限で支払行為をする者は,支払額を把握していて,これに徴収税率を乗じて徴収税額を算定することができるから,これらの要件を備えた者であれば,徴収義務を課することに合理性が認められるが,そのいずれかを満たさない者に徴収義務を認めることは,源泉徴収制度の趣旨に反する。原判決が,源泉徴収制度の趣旨に関し,「支払をする者」が支払の対象である経済的利益から所得税を天引できることに着目しながら,経済的出捐の効果の帰属主体であれば「支払をする者」に当たるとしているのは矛盾である。

なお,破産管財人の権限は,第一次的には破産法の目的である「債務者の財産等の適正かつ公正な清算」を達成するため,破産者からも破産債権者からも独立した中立的な立場で行使されるのであり,破産財団に対する管理処分権も破産者から独立して行使されるから,これを破産者の行為と同視することはできない。

そして,財団債権については,債務者(経済的出捐の効果が帰属する者)が破産者であっても,弁済の権限は破産管財人にあって破産者にはないから,破産者は「支払をする者」ではない。仮に,財団債権の債務者を破産財団又は管理機構である破産管財人と解すると,財団債権弁済の効果は破産者に帰属しないから,破産者はやはり「支払をする者」ではない。

(イ) 破産管財人の管理処分権は源泉所得税の支払には及ばない。

破産管財人の管理処分権は,破産財団に属する財産にのみ及び,かつ,破産財団の維持増殖による配当財源の形成のため行使されるべきものであって,破産管財人が破産者に代わって義務を履行すべき範囲は,破産法の目的に資する行為に限られる。そして,源泉所得税は受給者の収入に課される税であり,当該収入となるべき給付が支払により破産財団を離脱したとき初めて成立するから,破産財団の管理とは関係がなく,破産管財人の管理処分権は及ばない。破産者が源泉徴収義務を負うならば,破産者に清算人を選任し,破産開始決定後の自由財産から納付すべきである。

(ウ) 源泉所得税等は財団債権に当たらない。

破産財団に関して生じた(破産法47条2号ただし書)とは,破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられ,あるいはそれら各個の財産のそれぞれからの収益そのものに対して課せられる租税その他破産財団の管理上その経費と認められる公租公課を指す(最高裁昭和43年10月8日判決・民集22巻10号2093頁)。しかし,破産財団から離脱して受給者への給付に対して課せられる源泉所得税は,受給者が負担すべきものであって,破産債権者の共益的費用ではなく,破産財団の管理上その経費と認められる公租公課に当たらない。このことは,破産債権者の共同的満足の引当になるか否かとは別の問題である。したがって,附帯税である不納付加算税もこれに当たらない。源泉所得税の徴収・納付について国と法律関係があるのが支払者のみであるとしても,それは源泉所得税の納付が財団債権に当たることの根拠にはならない。

ウ 控訴人が源泉所得税を徴収・納付しなかったことに「正当な理由」(国税通則法67条1項ただし書)がある。

管財人報酬が源泉徴収の対象となるか否かは法律上明確ではなく,当然にこれを肯定すべきとはいえない。

課税庁が破産管財人報酬を源泉徴収の対象として納税告知等したことは本件(2回目の管財人報酬が支払われた平成13年3月)までほとんどなく,源泉徴収の必要がないという実務上の運用が定着しており,課税庁も源泉徴収不要という解釈を採っていたと解される。そして,管財人報酬が源泉徴収の対象となる旨の通達はなく,課税庁職員が監修した公刊物にもその旨の記載はなく,裁判所の破産事件担当部が作成した手引類その他の文献でも同様であった。源泉徴収義務を否定する文献がなく,また,裁判所の破産事件担当部がこれを否定する取扱いを公表していないのは,専門家及び裁判所にも,源泉徴収をしないという実務上の運用が誤りであるという認識がなかったからである。

なお,東京地裁及び大阪地裁の破産事件担当部は,破産管財人補助者の賃金や税理士報酬については源泉徴収すべき旨指導しているから,管財人報酬も源泉徴収すべきだと考えていたならば,同様に指導していたはずである。また,源泉徴収一般については,自主的に適法な徴収・納付がされているとしても,破産管財人報酬に限っていえば,徴収・納付がされていたことの立証はない。

(2)  被控訴人

ア 破産管財人は,管財人報酬の支払に当たり源泉徴収義務を負う。

(ア) 本件で控訴人が徴収義務を負うことにより過大な負担を負うとは認められず,抽象的に問題が生じうるというだけで源泉徴収義務を否定するのは本末転倒である。また,源泉徴収に係る費用は,破産者が本来負うはずであり,破産債権の引当として期待できなかった性質のものである。

(イ) 所得の帰属年度は,権利確定主義により明確であるから,破産管財人の源泉徴収義務が通常より困難とはいえない。

イ 本件で「正当な理由」は認められない。

(ア) 「正当な理由」は,徴収義務者が源泉所得税を納付しなかったことについて客観的にやむを得ないと認められる事由がある場合,すなわち,行政上の制裁を課すことについて不当あるいは過酷とされる事由がある場合に限られ,不納付の事実が単に納税義務者の法律の不知あるいは錯誤に基づくというのみではこれにあたらない(東京高裁昭和52年2月28日判決)。また,「正当な理由」の主張立証責任は源泉徴収義務者にある。

所得税法6条,204条1項2号の文言から,弁護士たる破産管財人の報酬の支払をする者に源泉徴収義務があることは明らかであり,これを不要とする趣旨の規定はなく,他に控訴人主張のように解すべき法的な相応の根拠は見当たらない。

(イ) ある事項について積極的見解を公に示さないことは,その事項に関する消極的見解を公に示したことを意味しない。また,管財人報酬の源泉徴収について課税庁に照会等があったわけではないから,個別に公的見解を出す必要もない。

源泉所得税の徴収納付は,第一次的には義務者の自主的履行に委ねられており,自らの誤った判断により徴収・納税義務を適正に履行していない一部の源泉徴収義務者に対し,たまたま課税庁が調査をせず,納税告知をした例がないとしても,課税庁が源泉徴収義務を否定する見解を公的に示したことにはならない。

また,そのような実務が定着していたわけでもない。

第3当裁判所の判断

当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,以下のとおり,当審における当事者の主張に対する判断を付加する。

1  破産管財人に対する報酬が弁護士の業務に関する報酬又は料金(所得税法204条1項2号)に当たるか

控訴人は,所得税法204条1項2号の「報酬」が,委任契約又はそれに類する法律関係に基づくものに限られる旨主張するが,そのように解すべき理由はなく,破産法166条が,破産管財人は「報酬」を受けることができる旨定めることとも整合しない。

控訴人は,上記「報酬」を,源泉徴収の対象とするに適したものに限定すべきであるとし,支払者と受給者との間に委任又はこれに類する原因がない場合,支払者は支払をする立場になく,対価の原資を有さず現実に支払ができないから,この対価は源泉徴収の対象とならない旨主張するが,支払者が原資を有することや現実の支払行為をすることが源泉徴収義務の存否に関わるか否かは,所得税法204条1項2号の「支払をする者」に該当するか否かの判断にかかわることであり,「報酬」の概念を定めるに当たり重ねて考慮する必要はない。また,控訴人は,最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決を引いて,ある給付が所得税法204条1項2号の「報酬」に当たり源泉徴収の対象となるためには,その給付が委任契約又はこれに類する原因に基づくものであることが必要である旨主張するが,同判決は,弁護士の顧問料収入が給与所得に当たらず,事業所得に当たる旨判示したものであって,同収入が源泉徴収の対象か否かを判断したものではないから,控訴人の上記主張は失当である(同判決の判示によれば,当該事案では,顧問料の支払をした者が,そこから所得税を源泉徴収していたことが認められる。)。

そして,破産管財人は裁判所によって選任・監督されるが,破産者の財産である破産財団を管理処分して,破産債権を初めとする破産開始決定までの権利義務関係に関する事務を処理し,破産財団から報酬を受け,その効果は破産者に帰属するから,破産者・破産管財人間に契約関係はないにしても,その関係を委任契約に類するものということは可能であり,また,破産者が「支払をする者」に当たることは後記のとおりであるから,控訴人の主張はいずれにせよ理由がない。

2  控訴人は管財人報酬の支払について源泉徴収義務を負うか

(1)  破産者は管財人報酬の「支払をする者」に当たるか,また,破産管財人の管理処分権は源泉徴収義務に基づく徴収・納付に及ぶか

源泉徴収制度が,金員の支払者から受給者に移転する経済的利益に係る一定の所得等に対する税金を本来の納付義務者である受給者に代えて支払者に徴収・納付させようとする制度であることに照らすと,「支払をする者」とは,経済的利益移転の一方当事者として支払をする者であって受給者と「特に密接な関係」があるものをいうと解され(最高裁昭和37年2月28日大法廷判決(刑集16巻2号212頁),本件管財人報酬の場合はAと解されるから,Aは,上記「支払をする者」として同条に基づく源泉徴収義務を負担するものということができる。

控訴人は,所得税法及び国税通則法の文言上,源泉徴収義務者は「支払」という行為をする者であり,支払の原資を有する者は税額の天引ができ,また,自らの権限で支払行為をする者は支払額を把握し,これに徴収税率を乗じて徴収税額を算定することができるから,これらの要件をいずれも備えた者に限って徴収義務を認めるべきである旨主張し,また,源泉徴収は,徴税事務手続上の負担を,行政上・刑事上の制裁を課して,本来の納税者(受給者)以外の者に強いる制度であって,義務者の範囲は,徴税義務を課するに足りる合理的理由のある者に限定すべきであるから,破産者は「支払をする者」ではない旨主張する。

しかし,所得税法及び国税通則法の文理解釈上,上記「支払」を現実の「支払行為」の意味に限定して解すべきまでの根拠は乏しいといわざるを得ない。

また,破産者自身は破産宣告によって破産財団の管理処分権を喪失し,自ら現実の支払行為をすることはできず,天引徴収もできないとしても,他方で,上記財産の管理処分権を専有する破産管財人が存在するから,支払の際に所得税相当額を天引処理することが全く不可能なわけではなく,上記「合理的理由」は失われていない。すなわち,所得税法204条1項に基づく源泉徴収義務者である破産者が,源泉徴収の前提となる支払ができないかのような様相を呈するのは,破産法が破産宣告時点の破産者の積極的財産によって破産宣告前に原因の生じた破産者に対する債権に対し弁済又は配当するという破産的清算の目的を実現する限りで,破産者から破産宣告時点の一切の財産(破産財団)に対する管理処分権を奪い,これを破産管財人に専有させるという法的構成を採用した結果にすぎず,破産管財人は,自己に専有する管理処分権に基づいて破産財団という原資を用いて本件管財人報酬を支払ったのであり,破産者(A)自体がこれを行うのと実質的に異なるところはなく,法的にはAが自ら支払をしたのと同視できる。破産管財人の管理処分権は,破産財団の維持増殖による配当財源の形成のため行使されるとしても,破産管財人の職務である配当や財団債権の弁済として破産財団に属する財産から支払をすることを当然に含むといえる。

そして,破産管財人は,破産法7条の管理処分権に基づき,上記支払を本来の管財業務として行ったのであるから,これに付随する職務上の義務として,国に対して本件管財人報酬に係る所得税の源泉徴収義務を負うと解するのが相当である

控訴人は,破産管財人は破産財団の管理処分権を破産者から独立して行使するのであり,これを破産者の行為と同視することはできない旨主張するが,破産者から独立して管理処分権が行使されるということは,その行使が破産者の意思に左右されないということであって,行使の効果は当然破産者に帰属するから,控訴人の上記主張は理由がない。また,源泉徴収とは,租税を徴収するに当たって,本来の納税義務者に対して課税標準となるべき金銭等の支払を行う者(いわゆる源泉徴収義務者)をして,その支払の際に税金相当額を天引徴収させて,徴収した金額を国に納付させる方式であって,支払により給付者からいったん離脱した受給者の収入から徴収・納付するものではないから,破産財団の管理処分に関するものである。

(2)  源泉所得税等は財団債権に当たるか

控訴人は,源泉所得税は,破産財団から離脱した受給者への給付に対して課せられ,受給者が負担すべきものであって,破産債権者の共益的費用ではなく,破産財団の管理上その経費と認められる公租公課に当たらない旨主張する。

しかし,本件において受給者に所得が生じたのは,破産宣告後に個人としての破産管財人に対する支払がなされたことによるのであり,それによって発生した源泉徴収に係る租税債権は破産宣告後の原因に基づく請求権に当たる。そして,管財人報酬の支払は,破産財団を原資とし,破産管財事務に係る破産管財人の報酬(財団債権)に対する弁済として,破産管財人の本来の管財業務としてなされたものであるから,破産財団の管理上なされたものであることは明らかであり,管財人報酬に係る源泉所得税の納税義務は,支払の時に法律上当然に成立し,その成立と同時に納付すべき税額が確定するから,このように破産財団の管理上なされた支払に付随して当然に成立し確定する納税義務は,破産財団管理上の当然の経費として破産債権者にとって共益的な支出(共益的費用)に係るものであって,破産法47条2号但書のいう「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に該当するというべきである。控訴人は,財団債権に当たる共益的費用は,積極的財産の維持・保全等のための経費に限られる旨主張するが,そのように解すべき理由はなく,債務の履行に伴って発生する経費もこれに含まれるものと解される上,源泉徴収義務を履行することにより不納付加算税や延滞税等の経費の発生・増加を防止できるのであって,その限りで総債権者の利益にもかなうものといえるから,控訴人の主張は採用することができない。

3  控訴人が管財人報酬にかかる源泉所得税を法定納期限までに納付しなかったことについて正当な理由があると認められるか

控訴人は,課税庁が破産管財人報酬を源泉徴収の対象として納税告知等したことは本件(2回目の管財人報酬が支払われた平成13年3月)までほとんどないこと,また,管財人報酬が源泉徴収の対象となる旨の通達や課税庁職員が監修した公刊物はなく,裁判所の破産事件担当部が作成した手引類その他の文献でも同様であるから,上記「正当な理由」がある旨主張する。

国税通則法65条4項は,過少申告加算税について,不納付加算税に関する同法67条1項と同様,「正当な理由」があると認められる場合はこれを課さない旨定めるところ,過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてその違反者に対し課されるものであり,これによって,当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置であり,主観的責任の追及という意味での制裁的な要素は重加算税に比して少ないから,同法65条4項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても,なお,納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいう(最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁)。そして,この理は,不納付加算税にも当てはまると解される。

本件当時,破産管財人の報酬が源泉徴収の対象か否かは法律上及び判例上明らかでなく,また,原判決第3の3(2)に判示のとおり,この点に関する課税当局の通達等はなく,これを源泉徴収の対象とする課税実務は定着しておらず,その旨の納税告知の実例もほとんどなかったこと,国税庁職員が関与したものを含め,文献上も定説があったとはいえず,東京,大阪及び名古屋の破産事件担当部は,破産管財人向けのマニュアル等で,破産管財人補助者の賃金や税理士報酬については破産管財人に源泉徴収義務があり,破産債権である給与等の配当については同義務がないという見解を示していたが,管財人報酬については,名古屋地裁の平成19年1月作成のマニュアルにおいて,源泉徴収の対象であるとされたのみで,同地裁の平成11年6月作成のマニュアル及び東京,大阪のものには記載がないことが認められる。なお,管財人報酬はすべての管財事件で生じ得,補助者の賃金や税理士報酬はそうではないことにかんがみれば,上記各裁判所が,これらについて源泉徴収を指導しながら管財人報酬について指導しなかったことは,管財人報酬は源泉徴収の対象とならないという見解を持っていたか,少なくとも対象と認めることに疑問を持っていたことを窺わせる。

しかし,本件までに,管財人報酬は源泉徴収の対象ではないという趣旨の通達が発出され,そのような課税実務が定着し,あるいは,国税庁職員が関与した文献等でそのような見解が示された等,課税当局が管財人報酬にかかる源泉徴収義務を否定していると信ずるに足りる積極的根拠があったと認めるに足りる証拠はなく,また,文献上も定説と呼ぶべきものがあったとは認められないし,裁判所の破産担当部のマニュアル等にも否定する記載があったわけではなく,逆に名古屋地裁破産部は平成19年に源泉徴収義務を肯定する旨見解を改めており,必ずしも確定的とはいえず,従来,源泉徴収されていなかったことがどのような根拠によるのか明らかでない。しかるところ,管財人報酬は,破産法上も「報酬」とされ,所得税法204条1項2号の「報酬」に当たると解する方が文言上自然であり,また,管財人報酬債権自体は財団債権であることが明らかであるが,破産管財人が補助者を雇用した場合の賃金も財団債権であり,これについて破産管財人に源泉徴収義務があることには異論がない(弁論の全趣旨)。このような事情にかんがみると,本件では,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,不納付加算税の趣旨に照らしても,なお,納税者(A)に同税を賦課することが不当又は酷になるとはいえない。

よって,控訴人の上記主張は理由がない。

4  結論

よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 小野洋一 裁判官 久保田浩史)

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