大阪高等裁判所 平成20年(行コ)91号 判決 2008年12月18日
控訴人
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
西晃
同訴訟復代理人弁護士
波多野進
被控訴人
地方公務員災害補償基金
同代表者理事長
成瀬宣孝
処分をした行政庁
地方公務員災害補償基金 和歌山県支部長
同訴訟代理人弁護士
月山桂
月山純典
藤井友彦
山本和正
田中志保
主文
1 原判決を取り消す。
2 地方公務員災害補償基金和歌山県支部長が控訴人に対し平成15年8月27日付けで行った公務外認定処分は,これを取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,和歌山県西牟婁郡白浜町の職員であった甲野太郎(以下「太郎」という。)が,勤務中に橋出血を発症したことから,公務上災害認定の請求をしたところ,被控訴人が,太郎の死亡により請求人の地位を承継した控訴人に対し,公務外認定処分(以下「本件処分」という。)をしたことから,控訴人が,本件処分が違法であるとして,その取消しを求めた事案である。
原審は,本件処分は違法ではないとして,控訴人の請求を棄却したので,控訴人は,上記第1の1に記載の裁判を求めて控訴を提起した。
2 前提事実,争点及びこれに対する当事者の主張
次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」,「2争点」及び「3 争点に対する当事者の主張」と同じであるから,これを引用する。
(1)2頁18行目の「診断され」から19行目末尾までを「診断された。」と改め,この次に改行して,以下を加える。
「橋出血とは脳内の橋(中脳と延髄の間にあり,橋脳ともいう部分)の出血であり,脳出血の一種である。
太郎は,同病院に搬入時,昏睡状態であり,CTスキャンによる検査で脳幹部に3×3×2.5cmの血腫を生じていることが認められ,同病院に入院後自発呼吸が停止したことから,同日,気管内挿管がされ,人工呼吸器が装着された。
太郎の入院時の血圧は,収縮時180,拡張時79であった。
太郎は,その後,四肢麻痺,呼吸麻痺が継続し,同月15日には気管切開術が施行され,同月26日には,和歌山県田辺市所在の国立南和歌山病院に転院したが,回復に至らず,平成15年2月16日死亡した。
(甲B1,C4ないし7,10,D6,乙C3,4,証人丙山一郎(以下「丙山医師」という。),弁論の全趣旨)」
(2)3頁9行目の「増加を,」の次に「平成9年には糖尿病の疑いを,」を加える。
(3)4頁13行目の「甲B1」の次に「・70頁」を加える。
(4)4頁26行目の「甲B1」の次に「・72頁」を加える。
(5)9頁9行目の「はしないものの,」から11行目末尾までを「をするものである。」に改める。
(6)10頁17行目の「午前11時30分」を「午前8時30分」に改める。
(7)11頁3行目末尾の次に改行して以下を加える。
「しかも,同月7日は負荷の高い「早出」であった上,同日から同月18日までは休日のない連続出勤であった。その後も,週に1日の休日があっただけで,同月20日には「早出」があったほか,新規事業である介護保険の準備,それが終わると,行事である招魂祭の準備と恒常的に残業が続いたため,太郎は,洋上老人大学の参加による疲労が解消されるどころか,むしろ疲労が蓄積し,7月4日の休日は,疲弊のあまり,一日中寝て過ごす状態であった。」
(8)12頁5行目の「などから,」の次に「白浜町は,町職員がこの活動に当然に参加すると位置付けており,また,参加の有無について事後的に調査があるなど,」を加える。
(9)12頁26行目の「いえないとしても,」の次に「白浜町が実施した清掃活動である上,町職員は課長から清掃区域まで決められているのであるから,」を加える。
(10)13頁9行目の「参加しているが,」の次に「白浜町は,和歌山県から,この映画鑑賞の参加人員を割り当てられ,太郎は,福祉係の職員として,関係団体に,参加を呼びかける立場にあったことから,自らもこれに参加したものであって,」を加える。
(11)14頁14行目の「労働」の次に「や,休日のない連続勤務」を加える。
(12)16頁9行目の「要求度」を「要求量」に改める。
(13)18頁5行目の「の労働日」を「労働した日」に改める。
(14)18頁11行目末尾の次に,改行して,以下を加える。
「また,太郎の勤務は,早朝からの勤務開始が珍しくなく,時間的に不規則な勤務であったが,早朝に起きなければならないという心配は,睡眠の質をも低下させるものである。
さらに,太郎は,休日や平日の早朝又は深夜であっても突然の呼出しを求められる,いわゆるオンコール状態にあったから,勤務時間外でも,職務から精神的に解放される状態にはならなかった。」
(15)24頁23行目の「翌同月6日」を「翌6日」に改める。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件処分が違法であり,取り消されるべきであると判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」と同じであるから,これを引用する。
(1)30頁22行目の「B26,」の次に「B28ないし34,」を加える。
(2)31頁13行目の末尾の次に改行して「また,福祉係には,本件発症後である平成12年4月以降,係長の上に,副課長という管理職が置かれ,その代わりに事務員1名が減員となった。」を加える。
(3)31頁17行目から18行目にかけての「管理職(課長)」を「課長」に改める。
(4)31頁20行目の「50」の次に「及び51」を加える。
(5)32頁6行目の「休日に」の次に「携帯電話で呼び出され」を加える。
(6)32頁17行目の「平成10年」の次に「3月」を加える。
(7)33頁5行目末尾の次に改行して「なお,太郎の通勤時間は約30分であった(甲B1)。」を加える。
(8)33頁7行目の「156頁」の次に「,証人丁木」を加える。
(9)33頁10行目の「電話の応対,」の次に「郵便物の受領」を加える。
(10)33頁16行目の「B18,」の次に「C10,」を加える。
(11)33頁22行目の「職員」の次に「及びバスガイド」を加える。
(12)34頁6行目の「時になって,」の次に「白浜町からの」を加える。
(13)34頁8行目の「なった」の次に「が,その捜索した範囲には上り坂もあった」を加える。
(14)34頁14行目の「宴会中も,」の次に「スーツでネクタイ姿のまま,」を加える。
(15)34頁14行目から15行目にかけての「午後8時すぎころ,突然体に異変を来たし」を「やがて,舌のしびれを訴え,意識障害に陥ったため」に改める。
(16)34頁18行目の「70」を「79」に改める。
(17)34頁24行目から25行目の「別紙2のとおり,当事者間に争いがあるので,」を「原判決添付別紙2のうち,当事者間に争いがないものについては,証拠(甲B1)と弁論の全趣旨から,この事実を認めることができる。当事者間に争いがあるものについて,」に改める。
(18)35頁26行目の「出席している」の次に「事実が認められる(甲B1,B13)」を加える。
(19)36頁8行目末尾の次に改行して「d 控訴人は,宿日直業務についても時間外勤務として算定すべきであると主張するが,その時間的な拘束は精神的,肉体的負担はあるものの,日直業務の内容は,前記(3)アのとおり,町民からの戸籍関係の届出の預り,電話の応対,郵便物の受領等にとどまるもので,かかる届出や電話が頻繁にあると認める証拠もないから,その労働の密度は他の時間外勤務と異なる。そこで,宿日直業務は時間外業務から除外する。なお,控訴人は,太郎が,公務時間中にすべき業務を宿日直業務中にしていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。」を加える。
(20)36頁20行目の行頭から24行目の末尾までを削除する。
(21)37頁23行目の「B5」を「B2,B7の2,B8」に,「B14,25」を「B25,B28」に各改める。
(22)38頁12行目の「事実は」から14行目末尾までを「が,これは白浜町の公務ではないものの,町職員は助役から参加を促され,事後的に管理職を通じて参加の有無の確認がなされるなど,実質的には,町職員としての参加が強制されていると認められるから,2時間30分を時間外勤務として算定すべきである。」に改める。
(23)38頁17行目の「が,これも」から18行目末尾までを「ところ,民生委員が福祉係の関係機関であるとはいえ,この行事の開催に白浜町が関与しているわけではなく,太郎が事実上参加を強制されているとまではいえないから,この出席が公務であるとは認められない。」に改める。
(24)38頁24行目の「これも,」から26行目末尾までを「これは白浜町の公務ではないものの,白浜町が主体となってなされるもので,各課に清掃地域が割り当てられ,町職員は管理職から清掃区域を決められるなど,実質的には,町職員としての参加が強制されていると認められるから,1時間30分を時間外勤務として算定すべきである。」に改める。
(25)39頁10行目の「公務と認められない」を「白浜町の福祉係が,その鑑賞への参加を関係団体に要請したとはいえ,太郎自身の映画鑑賞そのものを公務と認めることはできない」に改める。
(26)39頁24行目の「甲B1,」の次に「B3,」を,「B14」の次に「の1」を,「C2,」の次に「C3,」を各加える。
(27)40頁12行目の「B14」の次に「の1」を加える。
(28)40頁24行目の「受けた後,」の次に「食事療法を取り入れていたほか,」を加える。
(29)40頁25行目の「アスピリン,」の次に「血圧降下作用のある狭心症治療薬の」を加える。
(30)40頁26行目の「受けていたが,」の次に「総コレステロール値200前後,中性脂肪60ないし70で経過し,一度もしびれや他の神経症状を訴えることもなく,」を加える。
(31)41頁5行目行頭から7行目末尾までを削除する。
(32)41頁17行目行頭から24行目末尾までを,以下のとおりに改める。
「一般に,外来での血圧測定と職場での健康診断における血圧測定とを比較すると,前者の方が安静に関する測定条件に近いと認められることからすると,外来での血圧測定における数値が太郎の正常時の血圧の数値であると認めるのが相当である。」
(33)41頁26行目の「D9,」を削除する。
(34)42頁2行目の「D9,」を削除する。
(35)42頁13行目の「甲D9」を「甲D6」に改める。
(36)42頁20行目の末尾の次に改行して以下を加える。
「なお,高血圧性脳出血は,脳の血管の脆弱性と高血圧とが最大の危険因子であるが,両者は相関的な関係にあり,動脈硬化などで血管の脆弱性が進行している場合には,血圧が低くても,脳出血を発症する場合がある。」
(37)43頁4行目の「甲D1」を「甲D6」に改める。
(38)43頁24行目の「こと」の次に「・・・」を加える。
(39)44頁10行目の「甲D1」を「甲C12」に改める。
(40)45頁4行目の「甲D1」を「甲D6」に改める。
(41)45頁10行目の「いとされている。」を「く,糖尿病,高脂血症などの代謝障害も動脈硬化の発症要因とされている。」に改める。
(42)45頁14行目の「年齢」の次に「(脳内出血は60代以上,橋出血は,50代以上で自然発症のリスクが高い。)」を加える。
(43)45頁18行目の「甲D1」を「甲D6」に改める。
(44)45頁20行目の「糖尿病」の次に「(間接的に動脈硬化を起因する。)」を加える。
(45)45頁21行目の「ストレス」の次に「(血圧を高めると共に,動脈硬化を進行させる。)」を加える。
(46)46頁4行目の「当該公務員に病変等の損失が発生した」を「当該公務員が疾病等の災害を受けた」に改める。
(47)46頁4行目から5行目にかけての「その損失を補償する」を「その災害に対する補償をする」に改める。
(48)46頁6行目から7行目にかけての「あること」の次に「,すなわち,当該疾病の発症が,当該公務に内在する危険が現実化したものであると評価し得るものであること」を加える。
(49)46頁8行目の「ためには,」から12行目の末尾までを,「か否かは,当該公務による過重な負荷が,自然的経過を超えて基礎疾患等を憎悪させた結果,本件発症に至ったと認められるかどうかを,他の発症原因となるべき因子との関係をも踏まえて判断すべきである(最判平成9年4月25日裁判集民183号293頁・判時1608号148頁・判タ944号93頁,最判平成18年3月3日判時1928号149頁・判タ1207号137頁等参照)。」に改める。
(50)46頁13行目から57頁25行目までを以下のとおりに改める。
「(2)そこでまず,太郎が,本件発症以前に,その基礎となり得る有力な素因又は疾患を有していたか検討する。
ア 太郎は,高血圧性橋出血のリスクファクターとされる高血圧症を発症していたものであるが,血圧降下作用のある狭心症の治療薬を内服することで,血圧を正常値に保っていたから,太郎の高血圧症が本件発症の有力な原因になったとは必ずしもいえない。
なお,証拠(甲C12)によると,太郎の年齢では,高血圧症のみにより脳出血を発症する可能性は極めて低いことが認められる。
イ 次に,太郎は,高血圧性橋出血のリスクファクターとされる糖尿病及び高脂血症を持病として有していたが,証拠(甲C12)によると,食事療法及び投薬治療により,太郎の血中脂質はほぼ正常,血糖は正常ないし境界型と考えられる数値で推移していたことが認められるから,太郎のこれらの疾病は,軽度であり,かつ,治療等により良好にコントロールされていたということができる。
ウ 次に,一般に,脳血管疾患のリスクファクターとして,遺伝的要因が挙げられるが,証拠(甲C11)によると,太郎の父に脳梗塞の発症歴があることが認められるものの,その程度等は明らかでない上,太郎の他の親族が脳血管疾患を有していたと認める証拠はないことから,太郎に脳血管疾患の遺伝的要因があるとまではいい難い。また,脳内出血は60代以上,橋出血は50代以上で自然発症する場合が多いとされるが,太郎は,いまだ48歳にすぎないから,年齢的に橋出血発症のリスクが高かったとまではいえず,さらに,太郎は,喫煙は全くせず,肥満体型でもなかった。
エ 以上によると,一般に,高血圧性橋出血のリスクファクターとして挙げられるもののうち,太郎にそのまま当てはまるものは,性別が男性であることくらいであり,それ以外の要素について上記で検討したことを総合しても,太郎の基礎疾患等が,本件発症以前に,自然的経過により,橋出血を発症させる程度にまで増悪していたとは認め難い。
(3)次に,太郎が従事した公務の過重性について検討する。
前記3(2)及び(3)で認定したとおり,長時間の労働は,脳・心臓疾患及び血圧上昇に有意な影響を与えること,精神ストレスは,脳・心臓疾患のリスクを高め,とりわけ高血圧者や境界域高血圧者の血圧を即時的に上昇させるとの報告があることから,これらの医学的な知見をも踏まえて,太郎の公務が過重であったかを検討する。
ア まず,太郎の日常の業務が,過重であったかを検討する。
太郎は,生活保護及び児童福祉の業務を主に担当したほか,福祉係の係長として,係全体の業務を補佐し,係全体に関わる問題に中心となって取り組んでいたものであるが,福祉行政という性質上,解決困難な問題や解決に時間を要する問題も多く,また,住民,病院等からの苦情や相談,約56名の民生委員からの相談などが,勤務時間に関係なく,次々と持ち込まれていたことからすると,太郎の業務が,相当に精神的な負担を伴うものであったことは否定できない。
また,福祉係では,このように,時間に関係なく相談等がなされるため,通常の業務は時間外に処理せざるを得ないことが多かったものであるが,前記1(1)ウ(ウ)のとおり,平成10年以降,福祉係に新たな業務がいくつも加わったこと,平成10年8月に福祉係の主事が別の係との兼務となり,平成11年4月には同主事の替わりに新人の事務員が配属されたことで,太郎の業務はいっそう増加したものと認められ,さらに,太郎には,地方議会の選挙の担当者として同月中の休日に早朝から深夜まで勤務した日が2日あったなど,福祉係の勤務以外の勤務もあったものである。
前記3(2)のとおり,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と脳・心臓疾患発症との関連性が徐々に強まるとの報告があるが,太郎の本件発症前6か月間の平均時間外労働時間は,1か月当たり56時間33分に達していたものであり,太郎には,これ以外にも,宿日直業務があったほか,休日でも,緊急の呼出しに備え,常に,携帯電話を持参していたことからすると,太郎の業務は,量的にも相当な負担を伴うものであったということができる。
以上に加え,本件発症後,福祉係において,管理職である副課長が係長の上に置かれるという人的体制の強化が図られたことをも勘案すると,太郎の日常の業務は,精神的及び肉体的に相当な負担を伴う業務であったということができる。
イ 次に,本件発症前の太郎の業務が過重であったかを検討する。
太郎は,6月1日から同月4日まで,洋上老人大学に随行したが,3泊4日の船上研修に高齢者を引率するというもので,船内の2泊は相部屋での宿泊であったことから,精神的にも肉体的にも相当な負担を伴う業務であったということができる。
また,その翌日から本件発症日までの約1か月間において,太郎は,土日の休日のいずれかは,宿日直業務のために職場に行くか時間外勤務に従事していたことで,週末に完全な休日が取れなかったほか,平日は,同月14日に7時間の時間外労働に従事するなど,残業が恒常化し,本件発症前1週間においては,連日,招魂祭の準備作業が続き,休日である7月3日に,午前8時から午後4時まで行われた招魂祭への参加業務があったものである。前記3(2)のとおり,月60時間以上の残業等で脳・心臓疾患,血圧上昇に有意な影響があるとの報告もあるところ,本件発症前1か月間の太郎の時間外勤務時間の合計は75時間30分にも及び,これ以外に宿日直業務もあったことをも勘案すると,太郎の業務は,量的に相当な負担を伴うものであったということができる。
招魂祭の翌4日の日曜日は,完全な休日であったが,証拠(甲B1)によると,太郎は,ほぼ1日中寝たままであり,また,翌5日及び6日は,急遽決まった靖国旅行への随行業務の準備に追われ,帰宅後は,入浴をする元気もなく,寝床に入ったが,なかなか寝付けなかったことが認められ,このころ,太郎の疲労が相当蓄積していた様子が伺われる。
以上によると,洋上老人大学の随行業務及び本件発症前1か月間の太郎の業務は,日常の太郎の業務と比べて,いっそう,精神的及び肉体的な負担を伴う業務であったということができ,太郎は,疲労が蓄積したまま,本件発症当日に至ったものと認めることができる。
ウ 次に,本件発症当日の太郎の業務が過重であったかを検討する。
太郎は,本件発症当日,午前6時ころにバスに乗車し,それから午後6時15分まで,高齢者のバス観光の引率業務に従事したが,他に旅行の責任者がいたとはいえ,白浜町から9名の参加者がいたことや,行程の遅れがあったことなどから,太郎には,それなりの緊張感が持続していたものと推認される。
また,その間になされた明治村における参加者の捜索は,日頃運動をしているわけでもない太郎が,5分ないし10分程度,白浜町からの参加者を捜索したものであって,付近には上り坂もあり,夕刻とはいえ,気温は27度ないし28度あったというものである。
そして,予定より1時間程度遅れて宿泊所に着いた後,太郎は,休憩を取ることなく,参加者の部屋割り等の業務をし,宴会が始まった後も,スーツを着替えることもなく,参加者に酌をして回るなどしていたが,その途中で,顔面が紅潮するなど,身体の異常が出現し,本件発症に至ったものである。
このように,本件発症当日の太郎の業務は,早朝からの勤務であったうえ,休憩もないまま14時間以上に及ぶ連続勤務がなされたものであり,しかも,12時間以上に及ぶバス観光に加え,参加者の捜索においては慣れない運動をするなど,肉体的負担をも伴うものであったということができる。
さらに,前記3(3)ア認定のとおり,仕事の要求量が多く,裁量度が低く,周囲からの支援が少ない業務では,精神的緊張が生じやすいが,精神的ストレスは,とりわけ高血圧者又は境界域高血圧者の血圧を即時的に上昇させるという報告があるところ,本件発症当日の太郎の業務は,上記のように仕事の要求量は多いが,主催が遺族連合会であったため,太郎自身の裁量度は低く,また,白浜町の職員としては太郎のみが参加したことから周囲からの支援も少ないものであったといえるから,精神的緊張を生じさせ,高血圧症を有する太郎の血圧がこれにより上昇した可能性も否定できない。
エ 以上によると,本件発症当日の太郎の業務は,従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず,それまでの過重の業務の継続と相まって,太郎に精神的及び肉体的に過重な負担を与えたものということができる上,急激な血圧の上昇を招きかねない精神的ストレスを与えた可能性も否定できないから,太郎の基礎疾患等をその自然の経過を超えて急激に悪化させる要因となり得るものというべきである。
(4)以上説示した太郎の基礎疾患等の程度,太郎の業務の過重性に加え,長時間の労働及び業務に伴う精神的ストレスが脳・心臓疾患及び血圧上昇に有意な影響を与えるという医学的知見をも併せ考えれば,太郎の基礎疾患等が,本件発症当時,その自然の経過によって橋出血を発症する寸前にまで増悪していたとみることは困難というべきであり,他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては,太郎が本件発症前に従事した業務による過重な精神的,身体的負荷が太郎の基礎疾患等をその自然の経過を超えて増悪させ,本件発症に至ったものとみるのが相当であって,その間に相当因果関係の存在を肯定するということができる。本件発症は,地方公務員災害補償法にいう公務上の災害に当たるというべきである。」
2 以上によると,控訴人の請求は,理由があるから,これを認容すべきであって,これと異なる原判決は相当でないからこれを取り消し,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 白石研二 裁判官 岡口基一)