大阪高等裁判所 平成21年(う)1340号 判決 2010年3月26日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は,主任弁護人藤田正隆,弁護人太田真美,同栁井健夫及び同荒井裕己連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書に各記載のとおりであるから,これらを引用する(主任弁護人は,違法性の阻却及び故意の阻却の主張について,前提事実の誤認をいう論旨は,いずれも,併せて,法令適用の誤りをも主張するものである旨釈明した。)。
なお,以下,単に「被告人」というときは被告人Y1を指す。また,被告人は当時,被告会社の代表取締役であり,本件で被告人が行った行為が被告会社の業務に関してなされたものであることは,明白であり,争いもないので,以下,本件で被告人が行った行為について,「被告会社の業務に関して」行った旨を逐一示すことを省略する。
第1控訴趣意中,事実誤認及び法令適用の誤りの主張について
1 正当行為(違法性阻却)の主張について
論旨は,本件被告人の行為は,サービサー法33条1号,3条の構成要件に該当するとしても,刑法35条の正当な業務による行為であり,違法性が阻却されるから,被告人及び被告会社は無罪であるのに,被告人らを有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,本件行為につき,サービサー法33条1号,3条(被告会社につき更に同法36条3号)を適用し,かつ,違法性阻却事由は存しないとして,被告人及び被告会社を有罪としたことは,正当であり,また,その事実認定の補足説明の項において,所論とほぼ同旨の原審弁護人の主張に対し,詳細に説示するところも,概ね相当として是認でき,当審における事実取調べの結果を踏まえて検討しても,その認定判断は動かない。以下,所論にかんがみ補足して説明する。
(1) 所論は,サービサー法は,暴力団の排除,債務者等関係者の保護等の弁護士法の趣旨を踏襲し,不良債権処理を迅速・効率的に行うことを趣旨としており,弁護士法において正当業務行為として違法性が阻却される行為は,サービサー法においても違法性が阻却されるところ,弁護士法に反するかどうかが問題となった最高裁判所平成14年1月22日判決(民集56巻1号123頁)によれば,形式的に他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生じるおそれがなく,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,弁護士法73条に反するものではないと解すべきであり,その趣旨に照らせば,本件行為は違法性が阻却されると解すべきである,また,同判例は事件性のある債権の事案であったから,事件性のある債権であることだけで違法性が阻却されないことにはならない,などと主張する。
この点,サービサー法が弁護士法の特例としての性格を有するということはいえるとしても,サービサー法違反の罪に対して弁護士法72条,73条違反の罪よりも重い法定刑(罰金の併科を含む。)が定められていることにも照らすと,サービサー法2条2項所定の債権管理回収業に当たる行為(委託又は譲受けにより特定金銭債権の管理・回収を業とする行為)は,弁護士法72条,73条の違反に該当する行為のうちでも,特に規制の必要性が高い行為であり,サービサー法がその適法化のための明確な枠組みを設けているものとみることができる。そうすると,法務大臣の許可を受けた株式会社以外の者が債権管理回収業を営むことは,特段の事情がない限り,サービサー法による規制の趣旨に大きく反すると考えられ,刑法35条による正当化が容易に認められるとは考え難い。
また,所論が引用する最高裁平成14年判決では,ゴルフ会員権の売買には,ゴルフ会員権市場ともいうべき市場が存在し,その市場において多数の会員権の売買が日常的に行われていることなどが重視されていると理解され,ゴルフ会員権の売買であっても,例えば,その市場価格が下落している場合に,下落した価格と預託金の額の差額に目をつけ,その差額を利得する目的でゴルフ会員権を購入する取引が,同判決の趣旨から広く正当化されるとは考え難いのであり,所論が,同判決が事件性のある債権の取引を広く正当化する趣旨と主張するのであれば,独自の見解であって,採用することができない。
なお,当審で取り調べた証拠(当審弁(書)19・金融商事判例1333号60頁の判例掲載記事写し)によれば,上記記事に係る東京地方裁判所平成21年12月25日判決は,金融機関(a金融機関)から債権の大量一括売却(いわゆるバルクセール)の手法により,被告ら(主債務者及び連帯保証人)に対する債権を買い受けた原告(サービサーではない。)らが被告らに対して譲受債権の支払いを求め,同債権の譲受け及び行使が弁護士法73条,サービサー法3条に反し無効となるかどうかが問題となった事案において,「・・・金融機関が行う不良債権処理のためのバルクセールは,正常な経済取引として社会的に認知されていること(公知の事実である。)・・・」と説示し,この点を1つの事情として,同事案における債権の譲受け及びその権利実行が弁護士法73条やサービサー法に違反しないとの判断をしている。しかしながら,上記説示は,もとより同事件の事実関係に即してなされたもので,同判決は,上記説示に続いて認定説示した事情(すなわち,譲渡人のa金融機関が政策金融機関として公的な存在であったこと,債権譲渡の通知の段階から原告の連絡先として弁護士を表示していたことなど)も踏まえて,事例判断を行ったものというべきであるから,上記説示のみをとらえて,金融機関が行う不良債権処理のためのバルクセールが,すべからく正常な経済取引として社会的に認知されているとの判断が示されているととらえるのは,当を得たものではない。もとより,そのようなバルクセールが,不良債権の迅速な処理や換価に資し,社会経済上有用な側面を有することを否定すべきではないが,その社会的相当性の程度は,譲渡にかかる債権の内容,譲受人による権利行使の態様等によって大きく異なるのであり,これらの事情を捨象して,不良債権を処理するための一括売却が,広く一律に正当化されるべきものとは考えられない。
とりわけ,本件で問題となっている譲受けにかかる債権は,貸金業者であるいわゆる消費者金融業者が顧客らに対して貸し付けた債権であるが,その多くが,利息制限法に則って元利金の再計算を行えば,減額されあるいは債務者が過払いとなっているものとみられ,また,債務者が援用さえすれば時効消滅となるものもあるなど,不良債権であるのみならず,相当程度の事件性・紛争性が存する債権というべきである。しかも,後記(3)にみるように,サービサー法18条5項は,利息制限法の定めを超える利息等の定めのある債権について,サービサーが利息制限法による制限額を超える利息等の支払いを求めることができないものとしており,同条項の規制は,サービサー法上の特定金銭債権(とりわけ貸金業者の貸付債権)の譲受人等による権利行使の適正を図る上で不可欠であるのに,被告会社は,前記のような貸付債権を譲り受けながら,利息制限法に引き直した額に限って請求するという業務態度を有しておらず,このことは,被告会社の行為の反社会性の高さを示しており,この点だけをとらえても,被告会社の行為を社会的に正当なものとみる余地はほとんどないというべきである。
そうすると,サービサー法2条所定の債権管理回収業に当たる行為について,同法の制限に沿わない行為に対して,所論がいうように広く正当化が認められることにはならない。
(2) 所論は,貸金業法(従前の名称は「貸金業等の規制に関する法律」であるが,以下,特に必要がない限り,両者を特に区別せずに「貸金業法」と呼称する。)24条等の規定により,同法の登録を受けた貸金業者が,これら条文の規制のもとに,他の貸金業者に債権を譲渡し,譲り受けた貸金業者において債権を回収することは,正当な業務行為として許容されると主張し,その根拠として,①このような譲渡がサービサー法違反になるとすれば,貸金業法24条等の規定は無意味になる(しかも,サービサー法による規制と貸金業法による規制との関係について何ら議論がされていない),②貸金業者の有する貸付債権は,平成13年のサービサー法の改正により同法上の特定金銭債権となったが,そもそもサービサー法が想定していたものではなく,同法施行前に貸金業者間の債権の譲渡は普通に行われていて,弁護士法違反の問題になったことはない,③大阪府商工労働部金融室貸金業対策課が作成した「貸金業営業上の注意事項(平成17年6月改訂)」によれば,債権の譲渡や取立委託をする場合に関して,暴力団員等への譲渡や委託は禁止されるとあるが,サービサー以外の者に譲渡や委託をしてはならないとの記載はない,④被告人が関東財務局や金融庁に対し,貸金業者から債権を譲り受けて回収することについて質問をしたところ,貸金業法に沿って継承・回収ができる,サービサー法とは別だと回答を受けた,⑤割賦販売の規制においても,所管庁である経済産業省の当時の担当者によれば,信販業者が他の信販業者から債権を譲り受けて回収することは通常の与信業務の一環であり問題はないとの運用をしていたということであるし,貸金業法においても同様の運用がされていたということである,⑥被告会社が廃業するに当たり,その有する債権の買取りを正規のサービサー4社に打診したところ,いずれも拒否されており,このことからも,サービサーは,貸金業者の債権の受け皿となっていないから,結局,貸金業法上の登録もない違法な業者に債権が譲渡されることとなり,かえって債務者らを苦しめることとなる,⑦貸金業者の廃業に当たっては,債権の譲渡先が明記されることとなっており,監督官庁(金融庁)も債権譲渡やその回収状況を把握しようとしているところ,原判決は,「サービサー法と貸金業法はその立法趣旨が必ずしも重ならず,サービサー法違反の成否は貸金業法による規制とは別途に検討すべきである」旨説示するが,両法律の趣旨は債務者保護などの点で共通しており,貸金業法による規制を考慮した上でサービサー法違反の成否を検討すべきである,⑧貸金業者による債権買取りを募集する広告が,本件当時や現在において,通常に行われ,社会的に認知されているところ,原判決は,「これら債権の譲受けや取立ての事例には様々なものがあり,その一部がサービサー法に抵触しないからといって,本件行為についてまで違法性が阻却されることはない」旨説示するが,上記の広告等は,事件性・紛争性のある債権を対象としていることは明らかであるから,サービサー法に抵触しない事例をことさら取り上げる原判決の説示は誤っている,⑨本件で問題となった債権を有していたb株式会社は,被告会社に債権譲渡する前は,貸金業者である株式会社cに債権譲渡していたし,本件で被告人が逮捕された日にも,貸金業者が,貸金業者である株式会社dに債権を譲り渡している,⑩東京地方裁判所に係属していた更生会社e株式会社の会社更生手続において,平成17年6月ころ,平成18年2月ころ及び同年6月ころ,同社の有する貸付債権の売却のための入札が行われ,被告会社は3度とも入札に参加し,裁判所は,被告会社以外の2社の貸金業者への売却(譲渡)を許可している(原審弁15ないし17)ところ,同入札における契約書では,譲受人が自ら回収等をすることが前提となっているが,これら貸金業者は債権の管理回収を業としており,しかも,当該貸付債権は償却済みなどの不良債権であるのに,裁判所は,入札への参加資格をサービサーに限定していないから,裁判所も,貸金業者間の債権譲渡及び譲り受けた債権の管理・回収の業務が適法であることを認めているというべきである,などと主張する。
しかしながら,所論が指摘する貸金業法24条から24条の5までの規定は,貸金業者に対して課されている書面交付,取立ての規制等の行為規制が,債権譲渡,代位弁済等によって無意味になることを防止すべく,これら行為規制を債権譲渡後の譲受人等にも及ぼすことを規定したものであり,上記規定により,貸金業者からの債権譲渡等を許容する範囲を積極的に設けあるいは拡張するものではない(この点は,同法24条の6において,無登録で貸金業を営むという,それ自体犯罪に当たる行為をしている者の有する貸付債権につき,上記の規制が準用されていることからも明らかである。)。このように解しても,貸金業者間の債権の譲渡の中には,債権の事件性や譲渡行為の反復継続性を欠くなど,サービサー法の規制対象とはならない譲渡行為も想定できるから,貸金業法24条等の規定が無意味になるとはいえない。
また,所論がいうように,貸金業者間での貸付債権の譲渡がしばしば行われ,また,債権を買い取る旨の広告等が,業界紙等においてしばしば掲載されていたという事情が認められ,買受け側の業者が買受けを営業としていた可能性を否定し難いとしても,貸金業者らの間でそのような譲渡や回収が認知されていたというにすぎず,債務者らや一般国民を含めた社会全般において,貸付債権の譲渡が行われて回収がなされること(とりわけ,業としてそのような譲渡や回収がなされること)が広く認知されていたとはいえないし,そのような広告が関係省庁の担当者らの目に触れたとしても,指導等の措置をとる端緒となるとは限らず,関係省庁から指導等がされていないからといって,関係省庁がこれら広告等に記載された事項を適法と認識していたということもできない。
これらを踏まえて,所論につき更に検討する。
①については,上記のとおり,貸金業法24条等の規制が無意味になるとはいえないし,サービサー法が,国民の法律生活の適正確保等の観点から,貸金業法とは別の規制を施すことも十分合理的であり,両規制の関係に特に問題があるとはいえない。
②については,平成13年法律56号によりサービサー法が改正され,貸金業法の登録を受けた貸金業者の有する貸付債権が特定金銭債権とされるに至ったものであるが,その趣旨は,サービサー制度が経済社会に定着する一方,これら貸金業者が有する不良債権を迅速適正に回収・処理することが,社会的に重要な課題となったことから,サービサーにその回収等を担わせるのが適当とされたというのであり,貸金業者の有する貸付債権が,サービサー法の対象として想定されていなかったとか,同対象とするに適しないとは到底いえない。
③については,所論の引用する「貸金業営業上の注意事項」は,貸金業法24条3項等の内容を説明したものとみられるが,上記のとおり,貸金業法の規制に反しなくとも,サービサー法等の他の法令に照らし違法となる場合があることは明らかであり,上記貸金業対策課による注意事項にサービサー法に関する記載がないからといって,サービサー法による規制が除外されるということには到底ならない。
④については,所論が主張する関東財務局や金融庁の担当者の回答内容は,「サービサー法とは別物(違う)と述べた」とするなどの点で,被告人の原審供述と相違しており,所論が被告人の現在の説明に基づくものであれば,被告人の説明内容自体が都合よく変遷しているといえ,にわかに前提とすることは相当ではないが,所論を前提としても,担当者が述べたという「サービサー法とは別物(違う)」との回答の意味は明確になっておらず,サービサー法が適用されないとの回答が担当者からなされたとはいえない。
⑤については,所論の根拠自体が明確でない上,所論がいう割賦販売関係の債権と貸付債権が当然に同視されることになるわけでもないから,所論の指摘は前提を欠いている。
⑥については,被告会社が譲り受けて有していた貸付債権の詳細は不明であるが,本件の内容に照らし,正規のサービサーが,利息制限法により再計算すればかなり低額となり,過払いが生じる可能性もあるなどの理由で,被告会社の債権の買い受けに応じなかったということも十分考えられるのであり,サービサーが貸金業者の債権の受け皿として機能していないとはいえない。もとより,サービサーが貸金業者から債権を買い取るか否かは市場における自主的判断であるから,債権の内容等によっては,サービサーが債権買取りに応じないことも当然考えられるが,サービサー法は,この種の不良債権等に関する市場を,債務者保護等の見地も踏まえて適正に維持するため,譲受人を法務大臣の許可を受けた会社に限定し,請求額を利息制限法により再計算させるなど,必要かつ合理的な規制を施しているのであり,その結果,そのような制限を施さない場合よりも債権譲渡の合意が成立しにくくなったとしても,市場の適正確保の見地からはやむを得ないというべきである。また,無登録業者が貸付債権を買い受けて回収するなどの弊害についても,罰則等による対応が予定されており,同弊害を防止するために貸金業者に対する債権譲渡を認めるべきということにもならない。
⑦については,貸金業者の廃業に伴って債権譲渡等がなされる場合に,金融庁等の監督官庁が,譲受人に対する行為規制の確保等のため,譲渡に関する情報を把握することとは別に,その譲受け自体が,国民の法律生活に対する侵害とならないかという観点から,サービサー法により規制され得ることとなるが,この点は,原判決も説示するとおり,両法の立法趣旨の相違からやむを得ないものである。所論は,貸金業法所定の規制のみで足りるというかのようであるが,債務者の保護などの限りでは両法の趣旨が重なるとしても,貸金業法による規制のみで足りることにはならない。
⑧については,仮に所論がいうように,業界紙等における広告等において,延滞債権,不良債権などの,事件性や紛争性のある債権が,買取りの対象として掲載されていたとしても,上記のとおり,業界紙等における広告等があったからといって,債務者らを含む社会全体において,そのような買取り行為が認知され是認されていたということにはならない。
⑨については,上記の説示から既に失当であることが明らかである。
⑩については,不良債権処理のための大量一括売却による債権譲渡が,法律上の倒産手続において,倒産者の財産の換価のため,管財人あるいは倒産裁判所による判断のもとに行われた場合は,そのことが,迅速な換価の必要性や,譲渡行為の態様の相当性を示し,弁護士法73条やサービサー法3条に抵触するかどうかの判断において,その適法性を肯定する方向の事情となることは否定できないが,更に進んで,所論がいう更生会社e社の有していた貸付債権の譲渡について,更生裁判所が債権譲渡及び譲受人の権利行使を適法と認めた(いわばお墨付きを与えた)というように理解することは,当を得ないものである。すなわち,所論の会社更生手続において入札者に案内された貸付債権等譲渡契約書の内容(以下,原審弁15の添付書類を引用して言及するが,同弁16,弁17においても同様である。)によれば,譲受人(同添付書類中の契約書上「乙」とされている。)は,譲り受けた貸付債権等に係る権利行使に当たり,何らの違法行為又は公序良俗に反する行為に従事しないことを約する(同契約書9条2項)のみならず,管財人(同契約書上「甲」とされている。)に対し,本契約を締結しその義務を履行する権能及び権利を有すること,本契約の締結及び履行並びに本件貸付債権等の譲受けは,乙の会社の目的の範囲内の行為であり,乙が法令等により必要とされる一切の手続を履践していること,本契約の締結及び履行並びに本件貸付債権等の譲受けは,乙またはその財産を拘束する法令,規則,通達,判決,命令等に違反しないことなどを,自ら表明・保証するものとされている(同契約書8条1項)。そして,確かに,上記債権譲渡の対象となった債権は,貸倒償却後一定期間経過し,支払いルーズないし債務者行方不明など,その回収が困難な債権であったことは明らかであり(同添付書類中の管財人名義の案内文書Ⅲ2など),紛争性がある債権とみられるが,譲受人がこれら債権を譲り受けることがサービサー法に違反するかどうかは,譲受け行為の反復継続性などによって左右され得るから,更生裁判所が,上記の譲受人による表明・保証などに依拠して,同債権譲渡を許可したからといって,譲受人の行為がサービサー法等の法令に反しないと判断してお墨付きを与えたということにもならない。
(3) 所論は,被告人及び被告会社による債権買取り行為は社会的相当性があるとして,①本件起訴に係るf株式会社及びb株式会社からの各債権譲受け(以下単に「本件債権譲受け」「本件債権買取り」などともいう。)は,いずれも,被告会社の顧問弁護士が立ち会っている,②本件債権譲受けにおけるf社との間の契約書の内容は,上記(2)⑩でみた会社更生手続における契約書の内容と同じであり,適正である,③本件債権譲受けの代金額は,いずれも譲渡人側との交渉により,f社については債権額の7パーセント,b社については債権額の6パーセント弱と定められており,上記(2)⑩の会社更生手続におけるものと比べても適正である,④本件債権譲受けに係る債権譲渡通知の書面(原審弁9)の内容は適正である,⑤被告会社は,f社からの本件債権譲受けの後,再度債権譲渡を打診されたが,事情を調査してその買取りを断っている(同債権は上記(2)⑨のd社が購入した。)ことからも,被告会社の買取りは適正である,⑥原判決は,被告会社の業務において顧客への貸付の実態がないことや,買取りの規模が組織的かつ大規模であること,対象の債権が不良債権であることや,上記③の代金額が低いことなどを指摘するが,これらは正当行為性を否定する事情とはならない,⑦被告会社は,債務者への請求に当たり,任意の支払いを求める方法に徹底し,訴訟や強制執行をしたことはなく,具体的態様も,郵便,電話,ファックスを用いるだけで,債務者方に出向いたことはないのであり,被告会社が大阪府から貸金業法違反の行政処分を受けていない(上記⑤のd社は,支払い義務のない者に請求するなどしたとして,60日間の業務停止処分を受けている(原審弁23))ことからも,その請求行為等の態様は適正であった,⑧原判決は,被告会社が,債務者が譲渡人に支払った利息制限法を超過する利息につき,貸金業法43条所定のみなし弁済の要件を判断し,あるいは,利息制限法に引き直して計算することをしていない点を指摘するが,みなし弁済の要件は専門的な法律的検討を要し,当時は大部分の貸金業者がみなし弁済を主張しており,上記(2)⑩の会社更生手続においても利息制限法への引き直しがされることなく譲渡が許可されており,サービサー法においても任意の支払いがあればみなし弁済の受領が許容されている,また,被告会社の顧客台帳において利息制限法への引き直し計算をして管理していた,⑨原判決は,被告会社が,債務者の自宅に何度か連絡を取ることなく,債務者の勤務先に返済を迫る書類を送付したり何度も電話するなどの強引な方法で請求をしたと指摘するが,そのような事実はなく,被告会社は,債務者の自宅に5,6回手紙を送って連絡を待つ,債務者に電話(1日3回まで)をかけ,不在の場合は返事を待つ,などの方法をとり,3~7日程度連絡を待っても返事がない場合に,はじめて勤務先に連絡を取っていたし,上司に支払いを請求したこともない,⑩上記⑨に関し,原判決は,被告人が原審で,債務者の勤務先にファックスを送信したことがあったと供述した点につき,同送信が債務者の求めによるものではないと認定したが,同送信は,債務者が被告会社の担当者を疑い,根拠資料をすぐ送るよう言ったことから,債務者の言ったファックス番号に送ったまでのことであり,原判決の認定は誤っている,⑪被告会社は,従業員らに貸金業務取扱主任者研修等を受けさせ,3名の顧問弁護士を置いている,⑫被告会社は,債務者の真の再起を宿願としており,債務者からの相談に乗るなどしていた,などと主張する。
しかしながら,上記(1)において説示したように,そもそも,サービサー法2条2項所定の債権管理回収業に当たる行為は,弁護士法72条,73条の違反に該当する行為のうちでも,特に規制の必要性が高いもので,法務大臣の許可を受けた株式会社以外の者が債権管理回収業を営むことは,特段の事情がない限り,サービサー法による規制の趣旨に大きく反すると考えられ,刑法35条による正当化が容易に認められるとは考え難い上,本件で被告会社が貸金業者らから譲り受けた債権は,相当程度の事件性・紛争性があるものと認められる。
そして,サービサー法の枠組みにおいては,同法18条5項により,利息制限法の定めを超える利息や賠償額の定めのある債権(文理上は貸金業者の貸付債権に限定されていないが,その多くは,貸金業者,とりわけ消費者金融業者の貸付債権であると考えられる。)につき,サービサーが利息制限法による制限額を超える利息や賠償額の支払いを求めることができないとされ(なお,平成13年の法改正以前は,そのような定めのある債権については履行の要求が全面的に禁じられていた。),例外的に,譲渡人が受領した超過利息等で貸金業法43条のみなし弁済の要件を満たすものについては,利息制限法による引き直しを要しないとされるにとどまっている。貸金業者(とりわけ消費者金融業者)による貸付けについては,高利による社会的弊害が大きく,利息制限法等による利息等の規制が重要であることや,サービサー法2条1項の特定金銭債権(とりわけ貸金業者の貸付債権)を委託や譲受けにより管理・回収することを内容とする同条2項の債権管理回収業においては,事件性・紛争性のある債権の回収等が行われることなどを踏まえると,同項の債権管理回収業を行うに当たり,その元金や利息の請求額を利息制限法の枠内にとどめることは,債務者の保護や国民の法律生活の適正の確保などの趣旨から,必要不可欠な規制であるというべきである。しかし,本件債権譲受けにおいては,b社関係では,利息制限法による残額(又は過払いとなっている額)が契約書に明記されており,本件債務者Aに関する被告会社の顧客管理カードにも,同契約書の記載と同様に,利息制限法によれば20万3353円が過払いになっていることが記載されているが,被告会社は同引き直しに準拠せず,Aに対し30万円余りの支払いを求めているし,f社関係では,f社から利息制限法による引き直しを拒否され,利息制限法による引き直し額は,契約書上も明示されていないのであり,結局,被告会社は,利息制限法に引き直した額に限って請求を行うという業務態度を有していなかったというほかない。そうすると,被告会社の行為の反社会性は大きく,この点だけをとらえても,被告会社の行為を社会的に正当なものとみる余地はほとんどないというべきである。
また,上記の所論の一部は,誤っている,あるいは,事実をことさら曲げているなど,指摘自体が失当である。
すなわち,まず,③については,本件債権譲受けの代金額(利息制限法による引き直し前の債権額に対する割合)が,上記(2)⑩でみた会社更生手続におけるものなどと大きな差がなく,譲渡人側との交渉過程に特に問題がなかったとしても,債権額の7パーセント(f社)ないし6パーセント弱(b社)という低い代金額が定められていることは,請求に当たって法律上あるいは事実上の難点があるなど,事件性・紛争性があることを示しており,このことは,本件の正当化を否定する方向に大きく働く事情というべきである。
④については,確かに,所論が指摘する原審弁9添付の債権譲渡通知書は,債権譲渡の事実を淡々と伝えて問い合わせ先を記載するもので,また,同添付の「解決に向けてのお知らせ」と題する書面は,債務者の状態を心配するような内容となっている(一定の支払いがあった債務者を対象とするものと思われる。ただし,同書面においてさえ,10日程度のうちに連絡がない場合は自宅を訪問して元利金合計を一括にて請求する旨が記載されている。)。しかし,少なくとも,本件起訴に係る債務者らについてみるに,B,Cに対する被告会社からの最初の郵便は,債権譲渡通知書のほか,最終期日(約10日後を指定したもの)までに連絡がない場合は,全額集金に行くか,強制執行(差押え)への移行など断固たる処置をとる旨を記載した「業務継承通知書」と題する書面等を内容とするものであり(両名に対しては,事前の電話での交渉等はなかったと認められる。なお,Aに対しても同様の郵便が送付されたと考えられる。),Dに対する被告会社からの最初の郵便は,勤務先内のDに宛てて送付され,「最終通告」と大書し,最終期日として約1か月半後の日を指定して,「先般より再三にわたり通知・連絡してまいりましたが,いまだに返済もなく今日に至っております。当方としましては決して泣き寝入りをするつもりはありません。このまま放置・無視を続けるのであれば,裁判所へ申立て給料債権等の差押えへの手続を進めることになります。お勤めのg社代表取締役社長にも,多大な迷惑・損害をかける事になると思われます。」などと記載した「給料差押え実行予告通知書」と題する書面等を内容とするものであり,このような本件各債務者らへの連絡の状況は,所論が引用する上記原審弁9の債権譲渡通知書よりもかなり強硬で,債務者らを困惑させる側面も認められるから,所論が原審弁9を引用して債権譲渡の通知の態様が適正だったとするのは,当を得ない。
⑥については,所論は,貸金業者が他の貸金業者から貸付債権(とりわけ不良債権)を譲り受けて行使することを業とすることが広く適法化されるとの前提に立つもので,上記(1)(2)のとおり,誤っている。
⑦については,そもそも,貸金業者に対する行政的な指導や処分がなかったからといって,その貸金業者の行為が適法であったということにはならない上,上記④においてみたとおり,被告会社は,本件起訴に係る債務者らのうち,B及びCに対し,電話での事前のやりとりなしに,最初の郵便送付の段階から,約10日後の日を最終期日と設定し,同期日が経過すれば,債務者の自宅に行く,強制的手段に移行するなどとの予定を示していること,また,同債務者らのうちB及びEに対して,各勤務先に,宅配の運転手と名乗り,債務者宛に届け物があるなどと嘘を言って,連絡先の電話番号を伝え,同番号に電話してきた債務者に対し,支払いの要求をするなど,欺罔的手段まで用いて債務者に連絡を取らせていること(この点被告人は原審で,債務者の同僚らが電話をかけ直した場合に被告会社の会社名を分からせないための方法だったと弁解するが,かけ直された電話に対して個人名で応答すればすむことで,宅配の運転手を装って届け物があると嘘を言う必要は全くない。)などの事情は,被告会社による取立ての適正さを大きく低めるものである。
⑧については,上記のとおり,サービサー法18条5項の定めにもかかわらず,貸金業者から譲り受けた貸付債権について利息制限法に引き直した額に限って請求を行うという業務態度を有していなかった被告会社の行為の反社会性は大きく,この点は,貸金業者による請求の実情いかんによって左右されるものではない。また,上記e社の会社更生手続における債権譲渡において,利息制限法に引き直すことなく譲渡が許可されているとの点についても,上記(2)⑩でみたように,債権譲渡が会社更生手続においてなされたことは,その正当行為性を肯定する事情といえるものの,更生裁判所は,法令等に違反しない旨の表明・保証が譲受人からなされたことなどに依拠して,上記許可をしたにすぎず,同許可がされたことの故に,倒産手続外で貸金業者の不良債権を譲り受けた者が,利息制限法に引き直さずに債務者への請求をすることについて,広く一般的に,サービサー法等の法令に反しないというお墨付きが与えられたことになるわけではない。
⑨については,大阪府商工労働部金融室貸金業対策課の職員であったF(以下「F」という。)の原審供述によれば,被告会社からの取立てに関し,同課宛に,会社の従業員に被告会社から督促が来て困っている,宅配業者を名乗って電話をかけ,債務者が電話を切ってもしつこく会社に電話をしてくるとの苦情が多数あったことが認められ,被告人も,勤務先に電話することはそんなしょっちゅうはなかった,宅配業者を名乗らせたのは被告会社の名前が債務者の同僚らに分からないようにするためだなどと述べていることから,上記苦情の内容に合致する被告会社担当者による請求・取立ての行為が存したと認められる。また,本件起訴に係る債務者についても,上記④⑦にみたとおり,勤務先に宅配の運転手を名乗って連絡する,最初の郵便を勤務先に送付し,「最終通告」と題した書面により給与の差押えなどを予告するなどしていたことが認められる。そうすると,被告会社が勤務先への連絡の前に自宅への連絡を試みていたということがあったとしても,被告会社が強引な方法で請求をしていたとの原判決の判断に誤りがあるとはいえない。
⑩については,一応所論を前提としても,勤務先にファックスを送信したことが債務者の意思に反するものではなかったというにとどまり,被告会社の行為態様の相当性を積極的に示すものではない。
以上のとおり,所論の多くは指摘自体が失当であり,その他の所論(①②⑤⑪⑫など)がいうような事情があったとしても,本件のような行為が正当化されることにはならない。
(4) その他,所論がるる主張するところを検討しても,本件行為について刑法35条により違法性が阻却される事由は存しないとした原判決には,所論がいうような事実誤認や法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
2 違法性の意識の可能性がなかった(故意の阻却)との主張について
論旨は,本件サービサー法違反の事実につき違法性が阻却されないとしても,被告人には本件が違法であるとの認識がなく,かつ,違法性の意識の可能性もなかったから,故意が阻却され,被告人らは無罪とされるべきであるから,本件につき被告人に違法性の意識を欠いたことに相当の理由があるとはいえないなどとして被告人らを有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,被告人らについて,責任を阻却すべき事情は認められないとして,被告人らを有罪としたことは正当であり,また,その事実認定の補足説明の項において,所論とほぼ同旨の原審弁護人の主張に対し,違法性の意識がなかったことにつき,相当の理由があれば故意ないし責任が阻却され犯罪が成立しないとの見解を是認するとしても,本件の事実関係においてはそのような相当な理由が存しなかったことは明らかであるなどとして,同主張を排斥するところも,概ね相当として是認でき,当審における事実取調べの結果を踏まえて検討しても,その認定判断は動かない。以下,所論にかんがみ補足して説明する。
(1) 所論は,上記1(2)⑩のe社に対する会社更生手続で平成17年6月ころに行われた債権譲渡は,不良債権を内容とし,譲受人が当該債権の回収をすることが前提となっており,裁判所から譲受けを許可された株式会社hと被告会社を比べても,両社はいずれも貸付債権を買い取って回収することを業としており,入札額に相違があったに過ぎないから,h社が当該債権を買い取ることを許可された以上,被告会社が同様の買取りをしても違法ではないと認識するのは当然であり,しかも,上記1(3)②のとおり,被告会社は,上記の裁判所の許可に係る契約書と同じ内容で,f社から本件の債権譲受けをしているから,被告人が本件債権譲受け及びその回収が違法だと認識する可能性はなかった,と主張する。
しかしながら,上記1(2)⑩でみたとおり,同入札に応じたh社や被告会社は,いずれも,同入札に係る債権等譲渡契約の締結及び履行並びに同契約に基づく貸付債権等の譲受けが,自社やその財産を拘束する法令等に違反しない旨を,自らの責任で表明し保証しているのであり,被告人がh社での勤務経験があって同社の業務内容をある程度把握していたとしても,h社がその表明・保証をしたからといって,被告人が,被告会社において本件契約を締結して貸付債権等を譲り受けることが法令に違反しないと信じる根拠となるものでないし,更生裁判所は上記の表明・保証に依拠してh社への譲渡を許可したにすぎないから,裁判所の許可があったからといって,被告人が,被告会社において本件契約を締結して貸付債権等を譲り受けることが法令に違反しないと信じる根拠となるものでない。
(2) 所論は,①貸金業者が他の貸金業者に債権を譲渡し,貸金業者が債権買取り及びその回収のための広告をすることが公然と日常的に行われており,この点は,サービサー法(その改正法を含む趣旨と解される。)の施行の前後で変化がなかった,②関係行政官庁から,貸金業者による債権譲渡がサービサー法に抵触する旨の通達等がされることもなく,貸金業法における債権譲渡に関する規定の改正もなかった,③被告人は,大阪府商工労働部金融室貸金業対策課が作成した「貸金業営業上の注意事項(平成17年6月改訂)」(上記1(2)③)の冊子を熟読していたが,同冊子における「債権譲渡等の規制」の部分には,弁護士法やサービサー法について一言も触れられていない,④被告人がh社で勤務して被告会社と同様の業務に従事していた際にも,サービサー法違反の成否が問題となることもなかった,と主張し,被告人としては,貸金業者として債権を譲り受け回収する行為が違法であると認識する契機がなかったと主張する。
しかしながら,①④については,上記1(2)においてみたとおり(特に⑧の点),貸金業者相互の間の債権譲渡がしばしば行われ,そのための広告が業界紙等で掲載されていたとしても,社会一般においてそのような債権譲渡が認知されていたことにはならず,被告人において,そのような債権譲渡が社会一般において許容されていると認識する根拠とはなり得ない。②については,サービサー法の内容等に照らすと,同法の制定や改正(特に,貸付債権を同法の対象に加えた平成13年の法改正)について,貸付債権の買受けやその回収に従事していた被告人が,無関心であるはずがなく,関係省庁からの通達がなければサービサー法の内容等を認識できなかったというわけでもないし,上記1(2)のとおり,貸金業法における債権譲渡に関する規定が,債権譲渡が許容される範囲を積極的に設けあるいは拡張するものではないことは,その規定振りから明白であり,貸金業法の改正がないことが,被告人の違法性の意識の可能性に影響するものではない。③については,上記1(2)③でみたように,所論が指摘する注意事項の記載は,貸金業法24条や民法467条の要件を説明したものであり,結局,その他の規制について同冊子に記載がないことが,被告人が違法性の意識の可能性に影響するかが問題となるが,貸金業法24条の規制が,貸金業者からの債権譲渡を許容する範囲を積極的に広げたものではないことは,その規定振りから明白であり,被告人もそのことを認識し得たことや,上記のとおり,サービサー法の内容等に照らし,被告人が同法の内容に無関心であったはずがないことなどを考慮すると,上記冊子にサービサー法,弁護士法等の記載がないことが,被告人の違法性の意識の可能性に影響するものとはいえない。
(3) 所論は,被告会社は,平成15年9月にj社の顧問弁護士であったH弁護士を,平成16年には大学教授(商事法専攻)のI弁護士を,それぞれ顧問弁護士として迎え,被告会社の業務をめぐる諸々の問題につき総括的及び個別的に助言を得,本件譲受けに関しても,f社との契約ではI弁護士から,b社の契約ではH弁護士から,それぞれ助言を得て,その立ち会いのもとに契約を締結しており,これら弁護士から,法的に問題ない旨の回答を得ていたから,被告人が本件につき違法でないと認識したことは無理からぬものである,と主張する。
しかしながら,H弁護士の検察官調書(原審甲30〔同意部分〕)によれば,被告会社は,H弁護士が顧問に就任する前から,貸付債権の譲受け及び回収を行っており,H弁護士は,被告会社の事業運営の在り方自体について相談を受けたことがなく,また,同弁護士が被告会社の案件について他の顧問弁護士と協議したこともない(被告人が被告会社の事業運営の在り方などの根本的な事項について相談をしていれば,当然,他の顧問弁護士との協議がされていたと考えられる。)というのであるし,関係証拠によっても,本件債権譲受けや上記のe社の債権に係る入札(被告会社は,同入札において,上記のように,当該債権の譲受け及び回収が被告会社を拘束する法令に反しない旨を表明・保証している。)に際して,どのような相談や弁護士からの意見・回答等があったのかが,具体的に明らかになっているわけでもないから,所論がいう程度の顧問弁護士の関与により,違法性の意識の可能性がなかったということにはならない。
(4) 所論は,①原判決は,被告会社が平成18年8月及び同年10月に弁護士(債務者の代理人)から本件行為の違法性を指摘されたことを挙げるが,同弁護士らの指摘に対しては,H弁護士から問題ないとの意見を得,H弁護士において反論の書面を作成送付している(原判決は更に,H弁護士が検察官調書で,独自の見解にすぎないと述べている点を指摘するが,当時H弁護士が独自の見解であるとの留保を付して被告人に説明したとは考えられない。)し,②原判決は,被告人において,平成18年秋に被告会社と同様の営業をしていた貸金業者(i社)がサービサー法違反で逮捕されたことを知っていたことを挙げるが,被告人は,i社関係者が平成18年9月29日に逮捕されたことを間もなく知り,H弁護士に相談し,H弁護士から,同社は暴力団関係者が経営しておりサービサー法や弁護士法の趣旨に触れるケースだと聞かされ,被告会社には暴力団関係者は全くいないから,同社と被告会社は異なると考えたのであり,これら原判決が挙げる事情があっても,被告人が違法性の意識を欠いたことは無理からぬものである,と主張する。
しかし,被告会社の行為の違法性を指摘されたことに対するH弁護士の反論内容は,上記①の弁護士に対しては,「被告会社は貸金業法に基づく貸金業者であり,業として特定債権の管理及び回収を行う債権回収業者ではない。」などというもの(平成18年8月10日付,原審甲30),福岡地方裁判所での民事訴訟においては,「弁護士法は,他人の権利を譲り受けて,訴訟,調停,和解その他の手段によって,その権利の実行をすることを業とすることを禁止するが,貸金業法は,貸金業者が同法の制約のもとに貸付債権を他人に譲渡することができるものとしたので,譲受人は貸金業法の制約のもとに譲り受けた債権の行使ができる。この点はサービサー法によって改正されていない。」などというもの(平成18年12月13日付,原審弁27)であり,両者が一貫しているかどうかはさておくとしても,上記②において被告人が依拠したという,被告会社の関係者には暴力団関係者がいないという点は,H弁護士の上記各書面には表れておらず,これに関して被告人がH弁護士の見解を求めた形跡もない。そうすると,結局,H弁護士が被告人に対して,上記①の弁護士らの指摘や上記②の同業者の逮捕という事態にもかかわらず,被告会社の行為がサービサー法に違反しないとする,十分説得力のある根拠を示したとは考えられないから,H弁護士が独自の見解である旨を被告人に対して示していなかったという所論を一応前提としても,被告人が違法性の意識を欠いたことに無理からぬ事情があることにはならない。
(5) 所論は,原判決が,大阪府商工労働部金融室貸金業対策課の職員であったF(上記1(3)⑨)の原審供述に依拠して,被告人が平成17年初めころ,Fから,被告会社の営業がサービサー法に違反しているおそれがある旨伝えられていたことを認定する点につき,Fは,被告人が平成18年1月の定期立入検査の後,その際のFの行動をとがめる書簡を,上記貸金業対策課に送付したため,意趣返しに,職務に名を借りて大阪弁護士会への調査依頼をするなどしており,原審公判でも意趣返しに殊更虚偽の供述をしているから,Fの原審供述は信用できず,原判決の認定は誤っていると主張し,その根拠として,①Fは,被告会社にサービサー法違反の点を伝えることにした根拠として,「被告会社に関する苦情が100件と極めて多く,対応の必要を感じた」などというが,相談件数に関する一覧表によれば,その時点での相談等の件数は14件ないし16件で(100件というのは平成16年4月から平成20年6月までを累計した数値である),このことはFが平成17年初めに警告したことがないことを示している,②Fは,サービサー法違反のおそれを被告会社に伝えた態様につき,「その後も債務者らから頻繁に相談があったので,その処理のため被告会社に電話した機会に伝えた」などというが,上記①の一覧表によれば,該当する平成16年12月と平成17年1月の相談等の件数は零,平成17年2月が2にとどまっており,頻繁な相談はなかった,③Fが,サービサー法違反に当たるというような重要な事柄を,電話で,しかも,行政的な権限がないのに,警告したというのは不自然である,④Fは,「サービサー法」と言っただけで被告人が理解したかとの質問に対し,「分かったと思った」などと供述するが,真実そのやりとりがあれば,「理解していた」とか「サービサー法って何ですかと聞かれた」などとの内容になるはずであるし,主尋問で「サービサー法違反について確実に伝えた」と供述しているのとも矛盾する,⑤Fは,同警告に対する被告人の反応として,「あまり気にとめていない様子で,ああそうですかという程度だった」「債務者の言うことを鵜呑みにするなどと,よく言ってきた」「違反している,していないという話や改善するというような話はなかった」などと供述するが,同警告の内容の深刻さに照らし,何ら質問や反論をしていないのは不自然である,⑥上記⑤については,Fが法務省から聞いた結果だなどと反論しないのも不自然である,⑦Fは,自己の経験したはずの事実について,断定を避けて婉曲に述べており,これは嘘の証である,⑧Fが,サービサー法違反の点を被告会社に伝えたことを記録に残してないのは,公務員の行動として考えられない,⑨Fは,平成16年夏ころから平成19年3月までの在任中に被告会社に関して受けた苦情等の件を「約100件を超える程度」と供述したが,上記①の一覧表によれば,同期間中の相談・苦情の件数は88件にすぎず,このようにFが過剰な証言をしているのは,Fが被告人への意趣返しの悪感情を有している証拠である,⑩Fは,上記の平成18年1月の立ち入り検査の際に被告人がFの上司に書簡を送ったことやその後にFが被告人に謝罪したことについて尋ねられ,「それはちょっと覚えていませんね。申し訳ないですけども。」と供述しているが,この「申し訳ないですけども」は,謝罪をしたことを思わず認めたものというべきである,などと主張する。
しかしながら,Fは原審で,所論が引用する一覧表と同一とみられる,被告会社に関する苦情等の数値の一覧表に言及されつつ,質問を受けており,かつ,同一覧表はF自身が作成したというのであるから,仮にFが,被告人への意趣返しのために,職務上の必要もなく大阪弁護士会への調査依頼をするなどという,殊更悪意に基づく行動をとり,しかも,同様の動機から,平成17年初め頃に被告人にサービサー法違反のおそれがある旨伝えたことがないのに,それがあったとの虚偽の供述をしているのであれば,上記一覧表の数値などの客観的事項に関して,あえて,同一覧表と異なる供述をしたり,曖昧な供述をする理由がなく,同一覧表と異なる供述や曖昧な供述が存することが,虚偽供述の動機の表れとはいえない。むしろ,件数等の詳細な情報や被告人とのやり取りの詳細については,証言時点で約4年が経過したことなどのために記憶が減退したものとみるのが相当である。
これらを踏まえ,所論につき更に検討する。
まず,①については,所論がいうように,Fが平成17年初めころに被告会社に対してサービサー法違反のおそれを伝えたとの供述が,殊更虚偽を述べたものであるとすれば,その時点ころまでの苦情件数についても,自ら作成した上記一覧表と整合するように準備するはずであり,同一覧表と異なる数値を供述したことが,虚偽供述の動機の表れとは到底いえない。そして,100件という数値の点はともかくとして,所論によっても,平成16年夏から同年11月ころまでの被告会社に関する苦情等の件数として14件があったというのであるから,Fが被告会社に対する対応を要すると考えたことが,特に不自然とはいえない。
②については,上記①同様,Fが,法務省に電話照会をしたとする平成16年11月末ころから平成17年2月ころまでの間の相談等の状況を,上記一覧表と異なり「頻繁だった」旨供述したことが,虚偽供述の動機の表れとはいえない。そして,Fは,苦情等があればその都度対応している旨述べているが,上記期間内に,従前の苦情等に関して被告会社に連絡を取ることなども考えられ,Fがそのような連絡の機会に,サービサー法違反のおそれの点を伝えたとしても特に不自然ではない。
③⑥⑧については,Fの供述によれば,Fは,貸金業法の所管部署としての監督権限に裏付けられた警告や指導をしたものではなく,他の官庁等が所管している法令であるサービサー法に違反する可能性がある旨を伝えたにとどまり,Fが属する貸金業対策課において,同法違反に当たるかどうかを判断する行政上の権限を有していたわけでもないから,他の案件で連絡を取った際に,電話で事実上伝えるにとどめ,記録を残さなかったことや,法務省から聞いた結果だなどと反論しなかったことは,むしろ自然であり,所論がいうように不自然不合理なものではない。
④については,Fとして,「サービサー法」と略称で伝えたのに対し,特に質問等がなければ,被告人がその略称で理解したものと考えても特に不自然ではなく,また,被告人が理解したかどうかはあくまでも会話の相手の心中の事柄であるから,F自身が聞いた被告人の返答から推測して,理解していたものと思うというような説明をすることも,何ら不自然ではなく,必ずしも所論がいうように「理解していた」などと断定的な供述をしなければならないとはいえない。さらに,Fの供述が,「サービサー法違反について確実に伝えた」旨の主尋問での供述と矛盾があるとはいえない。
⑤については,被告人が,Fの指摘の趣旨を理解した上で,電話でFとそれ以上の問答や論争をすることなく,いったん引き取って自分で対応を考えるということも十分考えられるのであり,Fの述べる被告人の対応が,所論がいうほど不自然だとは考えられない。
⑦については,確かに,Fの供述中には,自己が経験したと考えられる事項についても,断定的でない表現をしている箇所があるが,それらが,実際に経験していない事柄を経験したかのように述べるためのものとは考え難く,虚偽供述の証左であるとはいえない。
⑨については,そもそも,約3年の間に被告会社に関する相談・苦情等が88件存したことについて,「約100件を超える程度」と説明したのが,それほど誇張したものとはいえない上,上記①と同様に,同一覧表と異なる数値を供述したことが,虚偽供述の動機の表れとは到底いえない。
⑩については,Fは,平成18年1月の立ち入り検査時のやりとりに関して,3問続けて,記憶にない旨を返答し,その3問目の返答の後に,「申し訳ないですけども。」という一言を付加しているもので,Fの供述によれば記憶にないことはFの責任ではないはずだとはいえ,尋問者に気を遣った応答として理解でき,特に不自然とはいえない。
以上のとおりであって,平成17年初めころに,Fが被告人に対し,被告会社の営業がサービサー法違反となるおそれがあることを伝えたとのFの原審供述の信用性は動かず,Fの供述に沿う事実が認められるから,被告人が,サービサー法という具体的な法令名を指摘された上で,自らの営業が同法に違反するかどうかを検討する機会があったものと認められ,この点は,違法性の意識の可能性があったという方向に大きく働く事情であるから,これと同見解に立つ原判決の認定判断に誤りはない。
(6) 所論は,仮に上記(5)のFの原審供述に沿う事実関係があったとしても,①Fがサービサー法違反の問題について他の業者に指導・監督をした形跡はないが,これは,貸金業対策課において金融庁の行政見解に沿って指導・監督をしていたからであり,Fが被告会社に対してのみサービサー法違反の警告をしたとするのは不自然である,②Fは,大阪弁護士会に調査依頼をしたというが,サービサー法を所管する法務省ではなく,同法について公的見解を明らかにする立場にない弁護士会に調査依頼をしたことは合点がいかない,などと主張し,被告人の違法性の意識に消長をきたさない(違法性の意識やその可能性がなかったとの趣旨と解される。)と主張する。
しかしながら,上記(5)にみたとおり,Fの原審供述に沿い,Fが平成17年初め頃,被告会社にサービサー法違反のおそれについて伝えたことが認められる以上,Fが同様の伝達を他の業者にした形跡がなく,また,法務省ではなく大阪弁護士会に調査依頼をしているとしても,被告人において,サービサー法という具体的な法令名を指摘された上で,自らの営業が同法に違反するかどうかを検討する機会があったことには変わりがない。
また,所論を,Fの原審供述の信用性を争うものと理解しても,①の点は,上記(5)にみた経緯等に照らすと,Fが,被告会社に係るサービサー法違反のおそれについて,法務省に尋ねるなどして一応の検討をした上で,被告人に伝えたという流れに,特に不自然な点はないし,②の点も,Fが,大阪弁護士会の非弁委員会に話をし,貸金業対策課として立入検査をした上で,同委員会に調査依頼をしたという流れには,特に不自然な点はなく,Fの原審供述の信用性に問題はない。
(7) 所論は,①被告人は,上記1(2)④のように,関東財務局などに,被告会社が債権譲渡を受けて回収を図ることが法令に触れないかの問い合わせをしたが,弁護士法やサービサー法に抵触するおそれがあるとの指摘を受けたことは一度もなく,②被告人は,被告会社において債権を買い取る旨のパンフレットを3万5000部作成して,貸金業者らに配り,また,同様の趣旨の広告を業界紙において行っていたし,平成17年には,同業者が多数出席する席での講演を依頼され,債権回収の業務について講演しているのであるから,これらの被告人の行為は,被告人に違法性の意識の可能性がなかったことを示す,と主張する。
しかし,①については,上記1(2)④でみたように,所論が主張する関東財務局や金融庁の担当者の回答内容を前提としても,担当者が述べたという「サービサー法とは別物(違う)」との回答の意味は明確になっておらず,サービサー法が適用されないとかサービサー法に反しないとの回答が担当者からなされたとはいえない。②については,所論のように被告人が自社の営業に関して積極的な宣伝活動や講演をしていたとしても,それ故に違法性の意識やその可能性がないことになるわけではない上,上記1(2)にみたとおり(特に⑧の点),同様の広告が,被告会社を含む多数の貸金業者らにより,業界紙等にしばしば掲載されていたとしても,債務者らや一般国民を含めた社会全般において,貸付債権の譲渡が行われて回収がなされること(とりわけ,業としてそのような譲渡や回収がなされること)が広く認知されていたとはいえないから,被告人に違法性の意識の可能性がなかったことにはならない。
(8) その他,所論がるる主張するところを検討しても,本件について,被告人に違法性の意識を欠いたことにつき相当な理由があるとはいえず,故意や責任が阻却されることはないとした原判決には,所論がいうような事実誤認や法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
第2控訴趣意中,訴訟手続の法令違反(公訴権濫用)の主張について
論旨は,本件の起訴は憲法に反する不平等で差別的なもので,公訴権を濫用したものであるから,違法無効であり,原審は公訴棄却の判決をすべきであるのに,被告人につき有罪判決をした原審の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,原審が本件につき刑訴法338条4号を適用せず,被告人に対して有罪の判決をしたことは正当であり,また,その事実認定の補足説明の項の第4の括弧書きにおいて,所論とほぼ同旨の原審弁護人の主張に対し,本件では検察官の訴追裁量権の逸脱として公訴の提起を無効ならしめるような事情は認められないと説示して,同主張を排斥するところも,相当として是認できる。
所論は,平成17年以後,被告会社と同様に,貸金業者から債権を譲り受けて回収していた貸金業者が他にも存し,上記h社やd社は業績拡大や成長を遂げていたのに,暴力団との関係がないのに摘発されたのは被告会社が初めてであり,しかも,上記d社は,被告会社の比ではない大規模な債権買取りの事業を行った上,取立行為の違反までしていたのに,起訴されることもなく,取立行為の違反による60日間の業務停止にとどめられており,その不公平は著しい,と主張する。
しかし,検察官は,公訴を提起するかどうかについて広範な裁量権を有し,その逸脱が公訴提起を無効ならしめるのは,公訴の提起自体が職務犯罪を構成する場合のような,極限的な場合に限られるというべきである。そして,所論がいう,同様の行為を行っていた他業者との間での不公平の問題についても,公訴権の発動については,証拠収集の難易のほか,事案の軽重・情状など,諸般の事情を考慮しなければならないものであるから,審判の対象となっていない他の被疑事件について,公訴権発動の可否や当否を軽々に論じることはできない。しかも,本件においては,上記のように大阪府の貸金業対策課から調査依頼を受けた大阪弁護士会が,平成18年6月に本件を告発し,所要の捜査がなされた上で,平成20年12月に被告会社及び被告人が起訴されたという一連の経過において,関係当局等が被告人や被告会社を特に狙い打ちにしたというような事情は全く見当たらない。そうすると,本件につき,検察官の訴追裁量権の逸脱として,公訴の提起を無効ならしめるような事情はなく,公訴を棄却すべき場合には当たらず,所論は採用できない。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。