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大阪高等裁判所 平成21年(う)241号 判決 2009年10月23日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大深忠延、同奥村徹、同壇俊光、同正木幸博、同柴崎祥仁(主任)、同園田寿及び同小坂梨緑菜連名作成の控訴趣意書並びに同柴崎祥仁作成の控訴趣意補充書に各記載のとおりである(なお、主任弁護人は、控訴趣意書中、「第一 総論」の「三 訴訟手続違背」の項に「刑事訴訟法三七八条四号所定の違法が存在する」との部分を「刑事訴訟法三七八条三号所定の違法が存在する」と訂正した)。

各論旨に対する判断の前提となるべき、原判決の(罪となるべき事実)は以下のとおりである(別紙は省略する。なお、被告人Y1は原審の共同被告人である)。

「被告人Y1は、平成一五年から「○○○」と称するインターネット上のホームページを開設し、大阪市<以下省略>の当時の被告人Y1方において、同ホームページを管理運営していたものであるが、被告人両名は、不特定多数のインターネット利用者に児童ポルノ画像の閲覧が可能な状態を設定しようと企て、共謀の上、同一九年一月二五日ころから同年三月一日ころまでの間、Aが名古屋市<以下省略>所在のa株式会社内に設置されたサーバーコンピュータの記憶装置であるハードディスクに開設したインターネット上の掲示板に、衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した児童ポルノ画像データ二画像分を記憶、蔵置させていたことを利用して、上記ホームページ「○○○」上に、別紙一覧表番号一記載の文字列を記載した上、「漢字は英単語に、カタカナはそのまま英語に、漢数字は普通の数字に直してください。」と付記することによって、同児童ポルノ画像データ二画像分の所在を特定する別紙一覧表番号二記載の識別番号(URL)を同ホームページ上に明らかにし、不特定多数のインターネット利用者が同識別番号をインターネット上に入力し、電話回線等を使用してインターネットに接続すれば、直ちに上記児童ポルノ画像の閲覧が可能な状況を設定し、もって児童ポルノを公然と陳列したものである。」

第一不告不理原則違反の主張について

論旨は、要するに、起訴状の公訴事実は、起訴状別紙一覧表記載の文字列(識別番号(URL)、以下「本件URL」という)を上記ホームページ上に掲載したことのみを実行行為としているのに、原判決は、本件URLの「bbs」の部分を「(ビービーエス)」と改変したものの掲載に加え、「漢字は英単語に、カタカナはそのまま英語に、漢数字は普通の数字に直してください」という付記をした行為も併せて実行行為と認定しているところ、このような付記行為は本件公訴事実に記載されておらず、訴因に含まれていないのであるから、これを認定した原判決は審判の請求を受けない事件について判決をしたものであって、原判決には刑訴法三七八条三号の違法がある、というのである。

しかし、所論のいう付記行為が本件公訴事実に含まれていないのに、原判決がこれを追加的に認定したことは所論指摘のとおりであるが、本件公訴事実における児童ポルノ公然陳列の犯罪行為は、要するに、被告人らが、本件公訴事実記載の日時場所において、本件URLを上記ホームページ上に掲示し、不特定多数のインターネット利用者が本件URLを入力してインターネットに接続をすれば直ちに当該児童ポルノ画像の閲覧が可能な状況を設定したというものであるところ、原判決も本件公訴事実と同一の事実を認定するとともに、所論のいう付記行為によって、本件URLを上記ホームページ上に明らかにした行為の手段、方法をより具体的に認定したにすぎないのであるから、そのことをもって、原判決が審判の請求を受けない事件について判決をしたことになる道理はなく、所論は採用の限りでない。

不告不理原則違反をいう論旨は理由がない。

第二事実誤認の主張について

論旨は、やや判然としないが、①原判決は、被告人らが本件URLの「bbs」の部分を「(ビービーエス)」と改変したもの及び「漢字は英単語に、カタカナはそのまま英語に、漢数字は普通の数字に直してください。」との付記を原判示のホームページ上に記載したことをもって、被告人らが本件URLを明らかにしたと認定しているが、「(ビービーエス)」を上記付記に従って変更しても、「(bbs)」となって括弧(の符号)が残り、本件URLにはならないのであるから、被告人は本件URLを明らかにする行為をしていない、②原判決は、不特定多数のインターネット利用者が本件URLをインターネット上に入力し、電話回線を使用してインターネットに接続すれば、直ちに上記児童ポルノ画像の閲覧が可能な状況を設定した旨認定するが、「URLをインターネット上に入力する」というような操作は情報処理技術の常識からみてあり得ず、被告人らがこのような操作が可能な状態を設定したことはないのであるから、上記各事実認定をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、まず①については、上記ホームページの閲覧者において、上記付記に従って「ビービーエス」の部分を変更した上、括弧(の符号)を除去する必要があることは、特にその旨の説明がなくても容易に分かることであるから、被告人らの行為が上記児童ポルノに係る本件URLを明らかにしたといえることに疑問を容れるには至らないし、②についても、原判決がいう「URLをインターネット上に入力する」ということの意味が「ウェブブラウザのアドレス欄にURLを入力して実行キーを押す」などというものであることは明らかであり(このことは、原審での「起訴状に対する弁護人の意見」において、当審弁護人でもある柴崎弁護人らが起訴状の「本件URLをインターネット上に入力する」旨の部分に関して述べているところからも明らかである)、要するに、この点についての原判決の表現が不正確であるというにすぎないのであるから、上記いずれの点においても、原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認は存しないのであって、所論は採用できない。

事実誤認をいう論旨は理由がない。

第三法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ処罰法」という)七条四項の「公然陳列」には、単に児童ポルノに係るURL(インターネット上に存在する情報資源の場所を指し示す、「http://」などで始まる、アルファベットや数字、記号等からなる記述)を明らかにする行為は含まれないし、当然、URLですらない文字列を公開する行為は含まれないのであるから、そのような行為について児童ポルノ公然陳列罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、記録を調査するなどして検討する。

一  被告人らは、共犯者Y1がインターネット上に開設したホームページ(正しくはウェブページというべきであるから、以下そのようにいう)に、第三者であるAが他のウェブページに掲載して公然陳列した児童ポルノ(原判示の二個の児童ポルノ画像に係る電磁的記録が記録されたハードディスクのことであるが、以下、当該児童ポルノの画像がパソコンの画面上に表示されたものを含めて「本件児童ポルノ」という)のURLを、その「bbs」の部分を「(ビービーエス)」と改変した上で掲載したものである。

そこで、本件においては、他人がウェブページに掲載した児童ポルノのURLを明らかにする情報を他のウェブページに掲載する行為が児童ポルノの公然陳列に該当するか、該当するとすれば、それはいかなる場合かが問題となる。

二  まず、児童ポルノそのものではないが、刑法一七五条にいうわいせつ物を「公然と陳列した」とは、その物のわいせつな内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいう(最高裁判所第三小法廷平成一三年七月一六日決定・刑集五五巻五号三一七頁参照)ところ、このような「公然陳列」の定義は、児童ポルノ処罰法七条四項にいう児童ポルノを公然と陳列した場合についても妥当すると解される。

三  原判決は、「「公然と陳列した」とは、児童ポルノ画像の内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいうと解される」として、被告人らの行為が、本件児童ポルノ画像をそのような状態に置いたといえるかについて検討し、まず、「閲覧者において、簡易な操作で容易に画像を閲覧することが可能であれば、「認識できる状態に置いた」といえ、この簡易性の判断にあたっては、閲覧者に必要とされる作業の個数及びその作業自体の容易性を総合して決すべきであると解される」とした上で、本件における閲覧者の操作は簡易なものであるといえ、閲覧者の行為を要すること自体は、被告人らの行為が「公然と陳列した」ということを妨げない旨説示している。

次に、原判決は、「児童ポルノ画像は、Aにより、すでに、インターネット上の掲示板に蔵置されており、他のホームページからのリンクを辿ったり、検索エンジンによって検索したりして閲覧することが可能であったと考えられることから、被告人らの行為は、認識可能性を新たに設定したとはいえないのではないかが問題となる」とした上で、本件児童ポルノ画像の掲載された掲示板にホームページのリンクを辿って辿りつくのは必ずしも容易でなく、検索エンジンから上記Aの掲示板を発見することも容易であったとはみられないことや、本件改変URLの記載は、より多くのインターネット利用者が本件児童ポルノ画像を閲覧することを誘引するものであったことを指摘して、「被告人Y1の行為は、いわば、本件児童ポルノ画像を閲覧する道筋を増やすものであり、本件児童ポルノ画像の認識可能性を新たに設定したものといえる」と説示している。

さらに、原判決は、「被告人らは、本件児童ポルノ画像のデータを改変したり削除したりするなどの影響を及ぼしうる地位にはなく、そのURLを改変した文字列等をホームページに記載したのみであるから、被告人Y1の行為は、ホームページの所在場所を紹介したに過ぎず、不特定又は多数の者が認識できる状態に置いたことにはならないのではないかが問題となる」とした上で、児童ポルノ画像を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くにあたり、自ら児童ポルノ画像を支配していることは、必ずしもその不可欠の要素とは解されないが、「公然と陳列した」というもともとの語義を考慮すれば、あらゆる認識可能性の設定行為が当然に「公然と陳列した」にあたるということはできず、そのようにいうには、被告人の行為と、児童ポルノ画像との間に、自ら児童ポルノ画像を掲示板に記憶、蔵置したのと同様の直接性、密接性、自動性が必要であると解されるところ、本件においては、それらの要件が充足されているなどとして、結局、被告人Y1の行為は、児童ポルノ画像を不特定又は多数の者が認識できる状態に置いたといえる旨説示している。

四  所論は、被告人らは、本件児童ポルノの内容が掲載されたウェブページのURLを推測させる文字列を自己のウェブページに掲載しただけであり、いわば犯罪の行われている場所を教えたにすぎず、このような行為は、児童ポルノが保存されたハードディスクの「陳列」、つまり「(人に見せるために)物品を並べる」という言葉の解釈から考えられる行為とあまりにかけ離れており、このような行為をもって児童ポルノの公然陳列とすることは、条文とかけ離れた構成要件を創設し、または、罪刑法定主義の観点から許されない類推解釈を行っていることにほかならない旨主張する。

また、所論は、児童ポルノそのものについてではないが、学説上、わいせつ画像が掲載されたウェブページへのハイパーリンク(文書内に埋め込まれた、他の文書や画像などの位置情報であり、マウスでクリックすると関連付けられたリンク先にジャンプすることができるもの)を設定する行為については公然陳列に該当しないという見解や、ハイパーリンクを設定する行為のうち一定のものについて公然陳列に該当するという見解があるが、ハイパーリンクを設定しないでそのウェブページのURLを他のウェブページ上で明らかにする行為について公然陳列に該当するとの見解は見当たらないところ、原判決の判断は、これらの学説の状況を踏まえない不当なものである旨主張する。

そして、所論は、ハイパーリンクを設定する行為のうち一定のものについて公然陳列に該当するという見解のうち、ある見解は、「わいせつ情報への認識可能性の設定」という「陳列」の定義とその日常用語的理解のギャップを埋めるためには、行為とわいせつ情報との密接性が要求されるべきであるなどとして、「密接性」を要件としており、また、他の見解は、ハイパーリンクが、そのわいせつ画像に直接つながる場合と、その後、何回かの行為の介入がなければ閲覧可能な状態にならない場合があるが、前者の場合のみが公然陳列に該当するというべきであるなどとして、「自動性」「直接性」を要件とする(ここで、「自動性」とは、ハイパーリンクによりクリック一つでわいせつ画像につながる場合でなければならないなどとするものであり、「直接性」とは、ハイパーリンクがわいせつ画像に直接つながる場合でなければならないなどとするものであると解される)ところ、原判決は、上記各見解に依拠していると思われるが、これらの要件の意味するところを正しく理解せず、したがって、それらの要件を正しく検討していないのであって、本件においてはそれらの要件も充足されているとはいえない旨主張する。

五  以上を踏まえて検討する。

(1)  前述のとおり、原判決は、本件児童ポルノは、他のホームページからのリンクを辿ったり、検索エンジンによって検索したりして閲覧することが可能であったと考えられることから、被告人らの行為は、それに対する認識可能性を新たに設定したとはいえないのではないかが問題になるとして、るる検討した上、この点を肯定しているのであるが、その理由として、本件児童ポルノ(画像)の掲載された掲示板をホームページのリンクを辿って辿りつくのは必ずしも容易でなく、検索エンジンから上記Aの掲示板を発見することも容易であったとはみられないことを挙げている点については、客観的に確かな証拠があるのか、疑問がないではない。また、(所論も指摘するとおり)原判決が直接性、自動性、密接性の意義をどのように理解しているのかなどの点については必ずしもよく分からないところがある。

(2)  しかし、問題は、まず「児童ポルノを公然陳列した(その内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置いた)」という言葉の意義をどう理解すべきかである。

確かに、「陳列」ないし「置く」という言葉には、創設的な行為という意味合いが含まれていると考えられるから、児童ポルノの公然陳列についても、その物の児童ポルノとしての内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に初めて設定することを意味するというのが素直な解釈であると考えられる。

しかし、そのことは、他人がいったん公然陳列した児童ポルノを更に公然陳列することがおよそ不可能であるということを意味するわけではない。「陳列」ないし「置く」という言葉が本来意味するところに、そこまで絶対的な意義があるとは解されないからである。ことに、昨今、インターネットを初めとする情報通信手段の発展に伴い、従来よりも児童ポルノを不特定又は多数の者に認識させる行為は容易になり、しかも著しく多くの者に児童ポルノを認識させることが可能になっているのであって、このような状況に即して「公然陳列」の意義を合目的的に解釈することは、もとより相当な法解釈というべきである。

そして、他人がウェブページに掲載した児童ポルノのURLを明らかにする情報を他のウェブページに掲載する行為が、新たな法益侵害の危険性という点と、行為態様の類似性という点からみて、自らウェブページに児童ポルノを掲載したのと同視することができる場合には、そのような行為は、児童ポルノ公然陳列としての実質的な当罰性を備えており、また、それを罰することによって国民の権利を不当に侵害することもないと考えられるのであるから、そのような行為を児童ポルノ公然陳列として処罰することには十分な合理性が認められるというべきである。

(3)  そこでどのような場合がそれに該当するかが問題になる。

まず、新たな法益侵害の危険性という点についてみると、他人がウェブページに掲載した児童ポルノへのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為であっても、あるいは、他人がウェブページに掲載した児童ポルノのURLを他のウェブページに掲載する行為であっても、それらのウェブページの閲覧者が当該児童ポルノを閲覧するのに特に複雑困難な操作を要するものではないと考えられるから、これらの行為は、当該児童ポルノが特定のウェブページに掲載されていることさえ知らなかった不特定多数の者に対してもその存在を知らしめるとともに、その閲覧を容易にするものであって、新たに児童ポルノを不特定多数の者に認識させる危険性において、自らウェブページに児童ポルノを掲載する行為と大きな差はないというべきである。そして、URLに改変が施されているとしても、正しいURLを容易に認識することができるとすれば、これもまた同じということができる。

もっとも、あるウェブページに児童ポルノが掲載されている場合と、他人のウェブページに掲載された児童ポルノへのハイパーリンクが他のウェブページに設定されている場合、同様の児童ポルノのURLが他のウェブページに掲載されている場合、さらには、当該URLが改変されている場合については、その順序に従い、ウェブページの閲覧者が児童ポルノを閲覧するために必要とされる操作が多くなり、閲覧者が当該児童ポルノを閲覧するまでに至る危険性もその分減少すると考えられる。

しかし、そのような場合であっても、当該情報等(上記ハイパーリンク、URL及び改変されたURL等)を掲載する行為又はそれに付随する行為(当該ウェブページだけでなく、それと同じウェブサイトの別のウェブページも含めた、当該情報を掲載するに当たっての具体的な文言やそれらのウェブページの体裁等)によっては、上記危険性が減少しないこともあり得るから、そのような行為を全体としてみて、閲覧者に対して児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するものかどうかという点も、児童ポルノの「公然陳列」に該当するか否かの判断につき重要な要素になると考えられる。

(4)  次に、行為態様の類似性という点についてみると、自らウェブページに児童ポルノを掲載する行為と、他人がウェブページに掲載した児童ポルノへのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為、さらには、そのような児童ポルノのURLを他のウェブページに掲載する行為は、確かに、インターネットの技術的仕組みのみからすれば、それぞれに性質の異なる行為である。しかし、重要なのは、(一定の場合に)インターネットを通じてだれもが簡単に児童ポルノを閲覧できてしまうなどという現象面なのであって、そこにどのような技術的仕組みが用いられているかではない。そして、他人がウェブページに掲載した児童ポルノへのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為や、そのような児童ポルノのURLを他のウェブページに掲載する行為は、インターネットに接続されたパソコン等の簡単な操作(カーソルをモニター上の特定の場所に置いてクリックしたり、ウェブブラウザのアドレス欄に文字列を入力して実行したりすること)によって容易に児童ポルノを閲覧することができるようにする行為ということができるのであるから、上記のような現象面からみれば、そのような行為は、自ら児童ポルノを掲載する行為との間に類似性を有しているということができる。

(5)  所論は、他人がウェブページに掲載した児童ポルノへのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為については、児童ポルノ公然陳列に該当するかどうか議論の対象となり得ても、そのようなハイパーリンクを設定しない行為については、児童ポルノ公然陳列に該当することを法は予定していない旨主張する。

しかし、本件の被告人らもまさにそうであったように、インターネットを通じて児童ポルノを不特定又は多数の者に認識させようとする者らの中には、犯罪として処罰されることを免れるための手段として、ハイパーリンクを設定せず、あるいはURLを一部改変するなどの方策を講じている者がいると考えられるのであって、そのような者らの行為を不可罰とすることが、インターネットを初めとする情報通信手段の健全な発展に資するとは到底いい難い。他人がウェブページに掲載した児童ポルノのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為が児童ポルノ公然陳列に該当しないという見解はもとより、児童ポルノ公然陳列に該当するためにはハイパーリンクの設定を必要不可欠とする見解もまた、児童ポルノ公然陳列の成立範囲を過度に限定的にするものであり、採用することはできないというべきである。

そして、所論のいう直接性、密接性、自動性についてみても、まず、直接性、自動性は、(原判決の理解はともかく、それらをいう学説によれば)要するに、ハイパーリンクの設定を不可欠の要素とするもののようであるから、そのこと自体に照らして相当でない。また、密接性は、前述した行為態様の類似性に解消されるというべきである。

そうすると、本件においてこれらの要件が充足されているかどうかを検討する必要はないということになるから、原判決のその点に関する理解や検討が誤っている旨いう所論は前提を欠いており、採用できないというべきである。

(6)  以上にみたところからすれば、他人がウェブページに掲載した児童ポルノのURLを明らかにする情報を他のウェブページに掲載する行為は、当該ウェブページの閲覧者がその情報を用いれば特段複雑困難な操作を経ることなく当該児童ポルノを閲覧することができ、かつ、その行為又はそれに付随する行為が全体としてその閲覧者に対して当該児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するものである場合には、当該児童ポルノが特定のウェブページに掲載されていることさえ知らなかった不特定多数の者に対しても、その存在を知らしめるとともに、その閲覧を容易にするものであって、新たな法益侵害の危険性という点においても、行為態様の類似性という点においても、自らウェブページに児童ポルノを掲載したのと同視することができるのであるから、児童ポルノ公然陳列に該当するというべきである。

(なお、「他人がウェブページに掲載した児童ポルノのURLを明らかにする情報」とは、その情報それ自体によって当該URLが明らかになるものを意味すると解すべきであり、例えば、その情報が「児童ポルノのURLは、・・という書籍の・・頁に掲載されている」などというものである場合には、「児童ポルノのURLを明らかにする情報」とはいえない。一方、他人がウェブページに掲載した児童ポルノへのハイパーリンクを他のウェブページに設定する行為は、その行為又はそれに付随する行為が当該ウェブページの閲覧者に対し当該児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するものである場合には、児童ポルノ公然陳列に該当する。また、「当該児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するもの」かどうかは、形式的にではなく実質的に考えるべきであり、例えば、「見ないでください」などとの付記があるからといって、それだけで直ちに「積極的に誘引するもの」でないということはできない。さらに、ヤフーやグーグルなどの検索エンジンが児童ポルノへのハイパーリンクを設定することがあることについては、そのような児童ポルノへのハイパーリンクは、検索エンジンの利用者が児童ポルノに関連する検索語句を入力して実行することなどによって初めて設定されるものであるから、検索エンジンを開設・運営するなどの行為が児童ポルノ公然陳列の正犯に該当することはなく、幇助に該当するかが問題になるにすぎないが、通常は、上記の積極的な誘引性を欠くと考えられるから、幇助にも該当しない。)

上記のような考え方に対しては、児童ポルノ公然陳列罪の成立範囲が不明確になるという批判が考え得る。しかし、上記にいう操作の容易性や誘引の積極性といった点は、情報通信技術の更なる発展にも即して、社会通念に照らして合理的に判断され得るものであり、このような批判をもって上記の考え方を妥当でないということはできない。そして、このような考え方は、「陳列」ないし「置く」という言葉の意義を十分に踏まえたものであり、所論のいうように、条文とかけ離れた構成要件を創設し、あるいは罪刑法定主義の観点から許されない類推解釈を行って不当に犯罪の成立範囲を拡大することにもならないというべきである。

六  以上を本件についてみると、原判示の「○○○」なるウェブサイトにおいて本件児童ポルノを閲覧するための方法は、「正会員登録のご案内」と題するウェブページを開き、そこに記載された本件URLを改変した文字列について、カタカナと括弧符号からなる「(ビービーエス)」の部分を「bbs」と置き換えた上で、その文字列をURLとしてウェブブラウザのアドレスバーに入力して実行するというもので、それについて特段複雑困難な操作を要しないことは明らかである。さらに、上記「○○○」なるウェブサイトは、児童ポルノを好む者らを主たる対象とするものであり、また、その「正会員の登録についてのご案内」と題するウェブページには、「ROM会員になってくださったお礼に、下記のサイトの画像を「粗品」としてご紹介します。ほとんど洋炉ですいません。あくまでも「粗品」ですので、あまり期待はしないでくださいね。和炉やお祭りなどのお楽しみは『秘密の入口』にて」などと記載されているのであって、それが児童ポルノを好む閲覧者に対して本件児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するものであることも明らかである。

以上のとおり、原判示の被告人らの行為、すなわち、被告人Y1が開設したウェブページに本件児童ポルノのURLを明らかにする情報を掲載した行為は、当該ウェブページの閲覧者がその情報を用いれば特段複雑困難な操作を経ることなく本件児童ポルノを閲覧することができ、かつ、その行為又はそれに付随する行為が全体としてその閲覧者に対して当該児童ポルノの閲覧を積極的に誘引するものということができるのであるから、児童ポルノ公然陳列に該当する。

七  以上のほかに所論が述べるところについても検討したが、これまでに述べたところからすれば、原判決の理論構成やその本件への当てはめを批判する所論の多くは前提を欠くことになり、また、その余の所論には理由がないことが明らかであるから、それらを採用することはできない。原判示の行為が児童ポルノ公然陳列に該当することは明らかであり、原判決はその結論において相当であるから、そこに所論の法令適用の誤りはないというべきである。

法令適用の誤りをいう論旨も理由がない。

第四憲法違反の主張について

論旨は、要するに、被告人らの行為を処罰することは憲法二一条の保障する表現の自由や知る権利を不当に侵害するものであり、またURLはおろかURLともなっていない文字列を明らかにする行為だけで犯罪になるのであれば、過度に広汎な規制となって憲法に違反する旨主張するものと解される。

しかし、児童ポルノの公然陳列を処罰することは表現の自由や知る権利を不当に侵害するものでないことが明らかであり、またURLやURLを改変したものを明らかにする行為だけで犯罪となるものでないことも前記のところから明らかである。

憲法違反をいう論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森岡安廣 裁判官 橋本一 西田時弘)

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