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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)1163号 判決 2010年12月21日

当事者の表示

別紙当事者目録のとおり

主文

1  控訴人X4の被承継人X3の地位確認請求にかかる訴えは、被承継人の死亡により終了した。

2  控訴人らの当審新請求(ただし、前項の訴訟終了部分を除く。)をいずれも棄却する。

3  本件控訴をいずれも棄却する。

4  原判決主文1項のうち、被承継人X3の地位確認請求を棄却した部分は失効した。

5  控訴人らが当審で追加した訴えに係る訴訟費用及び控訴費用は、いずれも控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴人らが求めた裁判(当審第1回弁論準備手続調書参照)

1  当審における新請求(第1順位請求)

(1)  地位確認請求

控訴人らが、被控訴人に対し、それぞれ労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  賃金請求

ア 被控訴人は、別紙当事者目録に「(甲事件原告)」との記載のある控訴人(以下「甲事件控訴人」という。)らに対し、平成19年4月から5年が経過するまで、毎月20日限り、1か月あたりそれぞれ18万9000円及びこれに対する各当月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

イ 被控訴人は、別紙当事者目録に「(乙事件原告)」との記載のある控訴人(以下「乙事件控訴人」という。控訴人X4を含む。)らに対し、平成20年4月から5年が経過するまで、毎月20日限り、1か月あたりそれぞれ18万9000円及びこれに対する各当月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

(4)  (2)の各項につき仮執行宣言

2  控訴の趣旨(第2、3順位請求)

(1)  原判決を取り消す。

(2)  第2順位請求

ア 地位確認請求

控訴人らが、被控訴人に対し、それぞれ労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

イ 賃金請求

(ア) 被控訴人は、甲事件控訴人らに対し、平成19年4月から本判決確定の日まで、毎月20日限り、1か月あたり、それぞれ、原判決添付の別紙1の請求額欄記載の金員及び同各金員に対する各当月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人は、乙事件控訴人ら(控訴人X4を含む。)に対し、平成20年4月から本判決確定の日まで、毎月20日限り、1か月あたり、それぞれ、原判決添付の別紙2の対応する請求額欄記載の金員(ただし、控訴人X4については同別紙番号20の請求額欄記載の金員)及び同各金員に対する各当月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ウ 損害賠償請求・弁護士費用の請求

(ア) 被控訴人は、甲事件控訴人らに対し、それぞれ70万円及びこれに対する平成19年4月1日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人は、乙事件控訴人ら(控訴人X4を含む。)に対し、それぞれ90万円及びこれに対する平成20年4月1日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。

(3)  第3順位請求

<賃金相当損害金、弁護士費用及び慰謝料請求の内金請求>

ア 被控訴人は、甲事件控訴人らに対し、それぞれ740万4000円(下記参照)及びこれに対する平成19年4月1日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。

①賃金相当損害金680万4000円、②弁護士費用60万円及び③慰謝料500万円の合計1240万4000円の内金740万4000円

イ 被控訴人は、乙事件控訴人ら(控訴人X4を含む。)に対し、それぞれ997万2000円(下記参照)及びこれに対する平成20年4月1日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。

①賃金相当損害金907万2000円、②弁護士費用90万円及び③慰謝料500万円の合計1497万2000円の内金997万2000円

(4)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

(5)  前記(2)イ、ウ及び(3)の各項につき仮執行宣言

第2事案の概要

1  訴訟の経過

(1)  原審における控訴人ら(以下、特に断らない限りは、控訴人X4の関係では被承継人であるX3をいう。)の請求

原審での請求は、被控訴人に雇用されて年齢が60歳に到達した控訴人らが、被控訴人に対し、以下の請求に及んだ事案である(なお、甲事件、乙事件はそれぞれ別個に提起されたが、原審において併合された。)。

ア 主位的請求

(ア) 地位確認請求

被控訴人は高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年雇用安定法」という。)9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じていないから、従業員の定年を60歳と定める被控訴人の就業規則は無効であり、したがって、被控訴人に定年の定めはないこととなるので、60歳に到達した控訴人らは、現在も被控訴人の従業員の地位にあると主張して、雇用契約に基づく従業員としての地位確認を求める請求(前記第1の2(2)ア)。

(イ) 雇用契約に基づく賃金請求

控訴人らが上記(ア)のとおり被控訴人の従業員の地位にあることを前提として、賃金の支払を求める請求。

請求の対象となる賃金は、①甲事件控訴人らについては、平成19年4月から本判決確定の日までであり、各人の請求額(元本)は、原判決添付別紙1の原告名欄に記載の者につき、それぞれ1か月あたり対応する請求額欄記載の金員であり(前記第1の2(2)イ(ア))、②乙事件控訴人らについては、平成20年4月から本判決確定の日までであり、各人の請求額(元本)は、原判決添付別紙2の原告氏名欄に記載の者につき、それぞれ1か月あたり対応する請求額欄記載の金員である(前記第1の2(2)イ(イ))。

(ウ) 損害賠償請求

控訴人らは、上記(ア)のとおり従業員の地位を有するのに、被控訴人が60歳を超えた控訴人らを退職扱いとし、その就労を拒絶することは不法行為に該当すると主張して、弁護士費用相当の損害の賠償を求める請求。各人の請求額は、甲事件控訴人らは各々70万円(前記第1の2(2)ウ(ア))、乙事件控訴人らは各々90万円(前記第1の2(2)ウ(イ))である。

イ 予備的請求

被控訴人が60歳を超えた控訴人らを退職扱いとし、その就労を拒絶することは、高年雇用安定法に違反するから、不法行為又は労働契約上の債務不履行に該当すると主張して、賃金相当損害金及び弁護士費用の損害賠償を求める請求。

各控訴人の請求額(元本)は、甲事件控訴人らは、賃金相当損害金680万4000円、弁護士費用60万円の合計740万4000円(前記第1の2(3)アの記①②)、乙事件控訴人らは、賃金相当損害金907万2000円、弁護士費用90万円の合計997万2000円である(前記第1の2(3)イの記①②)。

(2)  原判決及び当審における訴えの追加的変更

ア 原判決と控訴

原審は、控訴人らの請求を全部棄却したので、控訴人らは控訴した。

イ 訴えの追加的変更等

(ア) キャリアスタッフ制度に基づく請求(第1順位請求)

a 控訴人らは、当審において、被控訴人で実施されていたキャリアスタッフ制度に基づいて、被控訴人の従業員たる地位を有すると主張し、原審以来の請求に優先するものとして、前記第1の1(1)(2)のとおりの請求(地位確認請求及び賃金請求)にかかる訴えを提起した(訴えの追加的変更)。

b 上記追加された訴えにかかる請求は、原審以来の請求に優先する第1順位請求であり、原審における主位的請求は、第1順位請求に基づく控訴人らの従業員としての地位確認請求が認められない場合に備えた第2順位請求、原審における予備的請求は、第2順位請求が認められない場合に備えた第3順位請求とされた。

(イ) 第3順位請求について損害の追加主張

a 控訴人らは、上記第3順位請求(原審の予備的請求、前記(1)イ)にかかる損害に関し、賃金相当損害金、弁護士費用の主張(前記第1の2(3)ア・イの各記①②)に加え、新たに各自500万円の慰謝料の損害を被った旨主張(前記第1の2(3)ア・イの各記③)を追加した。控訴人らは同主張の追加によっても請求を拡張せず、第3順位請求は一部請求となった。

b 控訴人らは、従前、被控訴人が60歳を超えた控訴人らを退職扱いとし、その就労を拒絶することは、高年雇用安定法に違反するから、不法行為又は労働契約上の債務不履行に該当すると主張していた(前記(1)イ)。

しかるところ、控訴人らは、当審において、上記aのとおり慰謝料を新たに損害と主張するに際し、被控訴人においては平成14年までキャリアスタッフ制度が実施されており、健康上支障がない限り定年後も希望すれば65歳まで雇用契約が更新される扱いであったのに、被控訴人は、高年雇用安定法が定める高年齢者雇用確保措置を講じないことにより、控訴人らの定年後の雇用の機会を奪ったと主張するに至った。

第3順位請求にかかる控訴人らの従前の主張は、高年雇用安定法違反が直ちに不法行為又は債務不履行の効果を生ずるという、いわゆる高年雇用安定法の私法的効力に依存する主張であったのに対し、上記当審における主張は、必ずしも高年雇用安定法の私法的効力に依存しない主張であるから、訴訟物を別個にする新請求と解する余地がある。しかし、控訴人ら自身は、上記当審における主張を原審以来の予備的請求(当審第3順位請求)と同一の訴訟物に関し請求原因たる損害の事実を追加して主張したものと明言しているので、当裁判所もこれに倣って事実を整理した。

ただし、第3順位請求の判断に当たっては、控訴人らの上記当審における主張に沿って、高年雇用安定法の私法的効力に依存せずに、被控訴人に不法行為責任又は債務不履行責任が生ずるかどうかについても検討を加えることとする。

c 上記主張追加後の第3順位請求の請求内訳及び請求額は、甲事件控訴人らに関しては、賃金相当損害金680万4000円、弁護士費用60万円及び慰謝料500万円の合計1240万4000円のうち金740万4000円(前記第1の2(3)ア)、乙事件控訴人らに関しては、賃金相当損害金907万2000円、弁護士費用90万円及び慰謝料500万円の合計1497万2000円のうち997万2000円(前記第1の2(3)イ)である。

ウ 被控訴人の答弁等

被控訴人は、控訴人らが当審で追加した請求(上記イ(ア))について、請求棄却を求め、当審で追加した慰謝料の主張(上記イ(イ))を争い、控訴人らの控訴(前記ア)について、控訴棄却を求めた。

(3)  まとめ

以上のとおり、①第1順位請求は、控訴人らがキャリアスタッフ制度に基づいて従業員としての地位を有することを前提とした地位確認請求及び賃金支払請求、②第2順位請求は、被控訴人の高年雇用安定法9条1項違反により、被控訴人の60歳定年制は無効となり、控訴人らがなお従業員としての地位を有することを前提とした地位確認請求、賃金支払請求及び不法行為に基づく損害賠償請求(弁護士費用請求)、③第3順位請求は、被控訴人が控訴人らの従業員としての地位を否認することは、高年雇用安定法違反の不法行為又は労働契約上の債務不履行であること等を前提とする損害賠償請求(賃金相当損害金、弁護士費用、慰謝料請求)である。

(4)  手続の承継

乙事件の控訴人であったX3は、平成22年7月24日に死亡し、同人の相続人らは、本件訴訟の訴訟物に関し、X3が有した権利義務の一切を控訴人X4が取得することに異議なく同意し、控訴人X4は本件訴訟手続を承継した(弁論の全趣旨)。

2  前提事実(証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)

(1)  次の(2)で原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の2(同7頁4行目から同15頁7行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決7頁20行目の「約99%」を「98.9%」と改める。

イ 同8頁11行目の「同年4月1日」を「平成11年4月1日」と改める。

ウ 同10頁10行目の「同月4日」を「平成14年1月4日」と改める。

エ 同11頁5行目の「同様の」を「類似の」と改める。

オ 同13行目の「基本としたものであり」を「参考としたものであり」と改める。

カ 同18行目の「廃止された」の次に「(ただし、控訴人らは、当審において、上記キャリアスタッフ制度の廃止が無効であると主張し、控訴人らが同制度に基づき被控訴人の従業員の地位にあることの確認、及びこれに基づく賃金支払の請求をするに至った。)」を加える。

3  争点

本件の争点は、次のとおりである。

(1)  控訴人らは、キャリアスタッフ制度により、現在も被控訴人の従業員の地位を有するか。

(2)  被控訴人は、高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたか。

(3)  被控訴人の高年雇用安定法9条1項違反により、被控訴人の60歳定年制は無効となり、定年の定めはないこととなって、控訴人らは現在も被控訴人の従業員であることになるか。

(4)  被控訴人の高年雇用安定法9条1項違反により、被控訴人が控訴人らに対する不法行為又は労働契約上の債務不履行をしたといえるか。

また、被控訴人が、控訴人らの雇用の機会を違法に奪ったといえるか(当審新主張に関する争点)。

(5)  控訴人らの従業員たる地位が肯定された場合、控訴人らが毎月受領し得る賃金額。また、被控訴人の不法行為又は労働契約上の債務不履行が肯定される場合、控訴人らがこれによって被った損害。

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(控訴人らは、キャリアスタッフ制度により、現在も被控訴人の従業員の地位を有するか)

(控訴人ら)

ア キャリアスタッフ制度の内容

キャリアスタッフ制度は、被控訴人を定年退職した従業員でキャリアスタッフを希望する者を対象者として、健康に問題がある者などを除き全員が雇用されるというものである。

イ キャリアスタッフ制度の存在

被控訴人は、「『キャリアスタッフに関する了解事項』の一部を改正する了解事項」(書証省略)をもってキャリアスタッフ就業規則(書証省略)を廃止したかのように主張するが、同了解事項は、あくまでもキャリアスタッフに関する了解事項(書証省略)を、平成14年4月30日をもって廃止することを了解したものにすぎないのであって、キャリアスタッフ就業規則を廃止する効力を有するものではない。

就業規則を廃止するには、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合の意見を聴き、その意見を記した書面を添付して労働基準監督署に届け出て、そのことを所定の方法により労働者に周知させなければならないが(労働基準法89条、90条1項、同2項、106条)、被控訴人は上記労働組合から聴取した意見を記した書面を提出したことはなく、どのような手続によりこれを廃止したのかも不明である。

以上によれば、キャリアスタッフ制度は、現在も存在している。

ウ キャリアスタッフ制度廃止の無効

(ア) 労働条件の不利益変更

a キャリアスタッフ制度は、被控訴人がキャリアスタッフ就業規則を制定して、会社の制度として設けたものであり、同規則は、所定の年齢に達する全ての従業員に対して、雇用の継続や賃金労働条件にかかわる選択肢の一つとして提示されたものである。したがって、キャリアスタッフ制度が就業規則に記載された労働条件の一つであり、同規則の廃止は労働条件の不利益変更に当たる。

b 被控訴人は上記aを争うが、キャリアスタッフ制度は被控訴人において制度として存在し、控訴人らを含む従業員もその適用を期待していたのであるから、キャリアスタッフ制度を一方的に廃止することは、法律の要求しない領域においてゼロの状態から新たな制度を作るかどうかという問題とは異なるのであり、被控訴人の主張は理由がない。

(イ) 合理性の欠如

被控訴人がキャリアスタッフ制度の廃止に伴って導入した退職再雇用制度(本件制度)が高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当しないことは、争点(2)についての控訴人らの主張のとおりであり、キャリアスタッフ制度の廃止に合理性はない。

(ウ) まとめ

上記(ア)(イ)によれば、キャリアスタッフ制度の廃止は無効である。

(被控訴人)

ア キャリアスタッフ制度の内容

平成14年5月に廃止されたキャリアスタッフ制度は、毎年3月末日をもって定年退職する者に(被控訴人においては、3月末の年度末に一斉定年を迎える制度を採っている。)、希望すれば再雇用の機会を与える制度である。具体的には、年度末で定年を迎える退職予定者に、予めキャリアスタッフとしての再雇用条件や勤務地、業務内容等を示して募集案内を行い、これに応募してきた者に対し、その希望を斟酌しつつ採用の可否、配属先、業務内容等を決定するものである。したがって、労働条件は定年退職前のものと異なることになるのは当然であるし、勤務場所、業務内容も異なる場合があるし、応募したとしても一定の条件に該当した場合には採用されないこともある。

このように、従前のキャリアスタッフ制度は本人からの応募行為と会社の採用決定という手続を経るものであり、被控訴人には採用の自由が留保されていた。控訴人らは定年退職に際してキャリアスタッフへの申し込み(応募)をしていないし、被控訴人が控訴人らをキャリアスタッフとして採用した事実もない。したがって、キャリアスタッフ制度が有効に存続しているとしても、それだけで当然に控訴人らがキャリアスタッフとしての従業員の地位を取得するものではない。

イ キャリアスタッフ制度の廃止に至る経緯等

キャリアスタッフ制度の廃止は被控訴人の構造改革の一環として行われたものであり、その構造改革の必要性、これに至った経緯等は、上記2で引用した原判決が前提事実(3)(4)(原判決9頁15行目から12頁6行目まで)で認定したとおりである。

キャリアスタッフ制度の廃止については、控訴人らが属する通信労組に対し、退職・再雇用制度と一連のものとして5回にわたり提案を行っており、これについては、通信労組もその組合員である控訴人らも十分認識していた。構造改革を巡る通信労組との団体交渉においてもキャリアスタッフ制度の廃止に論議が及ぶことはなかったし、通信労組からキャリアスタッフ制度の廃止に関する要求書が出されたのは1回のみであり、その要求書に対する会社回答に関する団体交渉においても、通信労組はキャリアスタッフ制度の廃止について言及すらしなかった。平成14年4月30日のキャリアスタッフ制度の廃止以後、通信労組から廃止についての異議や抗議を受けたことはない。

ちなみに、被控訴人の企業内組合として組織率98.9%に及ぶY社労働組合との間では、平成14年2月15日、キャリアスタッフ制度の廃止について合意に達しているし、制度の廃止に伴う社員への周知については、「構造改革の実施に伴う雇用形態・処遇体系の多様化の実施について」(書証省略)により行うとともに、「アウトソーシング会社移行時の労働条件の概要」(書証省略)を用いて雇用形態選択者に対して説明することにより、これを行っている。

控訴人らはキャリアスタッフ就業規則の廃止手続を論難するが、被控訴人は、対象となるキャリアスタッフそのものが存在しなくなり、制度を存置しておく必要がないことから、この廃止を決定したのである。上記規則の廃止については社内周知に止め、労働基準監督署に対する廃止の届けはしていないが、このことが同規則廃止の効力を左右するものではない。

ウ キャリアスタッフ制度廃止の有効性

(ア) 労働条件の不利益変更の問題ではない

a いわゆる労働条件の不利益変更の問題は、就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、あるいは労働者に不利益な労働条件を課すことの是非の問題なのであるから、そこでいう労働条件は、労働基準法15条ないしは同法89条にいう賃金、労働時間、その他就業規則によって既に個別の労働条件になっている労働条件にほかならない。控訴人らが問題とするキャリアスタッフ制度は、定年退職後の再雇用制度であるから上記労働条件に該当するものではない。

定年退職後の従業員を再雇用する制度を設けるか否かは会社の雇用政策の問題であり、専ら経営判断の世界であって、基本的には会社の置かれた状況の下で、裁量の範囲で自由になし得るものである。

b キャリアスタッフ就業規則は、1年契約の下に採用されたキャリアスタッフの人たちに適用される就業規則であり、それ以上のものではない。控訴人らは、これまでキャリアスタッフ制度の就業規則の適用を受けていなかったのであるから、同制度に関する既得の権利を有していなかったのである。したがって、その廃止により、控訴人らに関して不利益変更の問題が生ずる余地はない。

(イ) 合理性の存在

キャリアスタッフ制度の廃止は被控訴人の構造改革の一環であって、構造改革によって導入された退職再雇用制度(本件制度)により子会社に再雇用された者には、当該子会社で65歳まで勤務できるスキームが用意されているのであるから、従業員にとっての実質的な不利益は存在しない。

(ウ) まとめ

上記(ア)(イ)によれば、キャリアスタッフ制度の廃止には合理性があり、同制度は有効に廃止された。

(2)  争点(2)(被控訴人は、高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたか)

(被控訴人)

ア 主張の大要

被控訴人は、平成14年5月、地域会社において65歳までの雇用を実現できる退職・再雇用の途(「繰延型」及び「一時金型」)と、現状のまま60歳の定年まで被控訴人において勤務することができる「60歳満了型」を社員の自由意思により選択させる雇用形態選択制度(本件制度)を導入した。

本件制度で定められた繰延型・一時金型(なお、平成18年の雇用形態及び処遇体系等の再選択の機会には「退職・再雇用型」と位置付けられたが、以下においては上記名称にかかわらず「再雇用型」と総称する。)による継続雇用は、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当するから、被控訴人は同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じたといえる。

イ 原判決の引用等

再雇用型による継続雇用が高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当すると解すべき理由は、次のウで当審における被控訴人の主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の4(2)「(被告)」(原判決27頁末行から33頁18行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決31頁24行目の「約99%」を「98.9%」と改める。

ウ 当審における被控訴人の主張

(ア) 本件制度に対する控訴人らの批判

控訴人らは、本件制度の下で再雇用型を選んだ場合には、60歳満了型を選んだ場合と比較して著しく労働条件が低下するなどとして、再雇用型を批判する。しかし、控訴人らは、再雇用型を選ばなかったのであるから、このような批判は被控訴人の労務政策を非難するものにすぎず失当である。

(イ) 控訴人らの批判に理由がないこと

a 念のため、控訴人らの批判に理由がないことを明らかにするに、そもそも労働条件の切り下げになるか否かは変更される労働条件の全ての要素を総合的に判断して決めるべきであり、控訴人らのように賃金総額の比較だけを取り上げて決めるべきではない。

b 勤務地について、再雇用型選択者は構造改革によってアウトソーシング会社に切り出された業務とともにアウトソーシング会社に再雇用されるのであるから、基本的には、退職前に就労していた職場で従来どおりの業務に従事することができる。これに対し、60歳満了型選択者は、それまで従事していた業務がアウトソーシング会社に切り出された結果、被控訴人に残されることとなった業務に従事することとなるが、平成14年の構造改革時に関しては、その主な業務はいわゆるソリューション業務であり、いきおい大阪、名古屋といった大都市圏に集中し、従来の業務や勤務場所を離れざるを得なくなる場合が少なくない。このことは、雇用形態の選択に当たり、賃金水準と同様に極めて重要な要素である。

c 賃金額について、再雇用型選択者の受領する賃金総額が60歳満了型選択者の受領する賃金総額より少なくなることがあることは否定しない。控訴人らはこの差額を159万円と主張するが、そもそも総額で8000万円前後になる両者の賃金総額を比較することは、その後の再雇用先での能力の発揮度による昇格昇給の違いや、契約社員となった後の勤務条件によって異なることもあるから、一概にこれを比較することは困難である。

再雇用型選択者は50歳で被控訴人を退職するので、その時点で被控訴人からの退職金を得ることができるとともに、再雇用先で60歳の定年を迎えると、再雇用先においても再雇用先での継続勤務に対する退職金を得ることができる。50歳で退職した場合の退職金の額は、再雇用先での退職金を加算しても、60歳の定年まで勤続した場合の退職金より低額ではあるが、50歳時点で退職金として一定のまとまった金銭を得られることは現実問題として十分に魅力的なことであるし、再雇用先でも60歳で退職金を得られることは、資金の活用方法やライフプランの選択肢が広がることになる。また、時間の経過を考慮すると、50歳で受領した退職金を10年間運用することも可能なのであるから、159万円の差額が生ずるからといって、これを著しい労働条件の切り下げとするのは正しい評価ではない。

d 控訴人らは、雇用形態の選択の際に、被控訴人が従業員に対して再雇用型を選択するよう強要、脅しを行い、その自由な意思に基づく選択の機会を保障しなかったと主張するが、被控訴人がそのような強要、脅しを行った事実はない。

のみならず、再雇用型が高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当することは前記のとおりであり、継続雇用制度を選択することを強要することが継続雇用制度を義務付けた高年雇用安定法9条に違反するなどというのは論理矛盾であり、主張自体失当である。

(控訴人ら)

ア 主張の大要

再雇用型は高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当しない。したがって、被控訴人が同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じたとはいえない。

イ 原判決の引用等

再雇用型が高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当しないと解すべき理由は、次のウで当審における控訴人らの主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の4(2)「(原告ら)」(原判決22頁3行目から同27頁24行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決24頁3行目の「47条」を「48条」と、同行の「会社の業務の」を「会社の業務上の」と、同4行目の「48条」を「49条1項」とそれぞれ改める。

ウ 当審における控訴人らの主張

(ア) 再雇用型の労働条件は著しい労働条件の切り下げに当たり、高年雇用安定法の趣旨に反すること

高年雇用安定法は、同法9条1項2号の継続雇用制度にいかなる内容が含まれるべきかについて明記していないが、その制度の内容が65歳までの安定した雇用を実質的に確保するという同法9条の趣旨を没却するようなものである場合には、同法9条に違反することにより、あるいは公序良俗に反するものとして、その効力を否定される。

本件制度における再雇用型とは、被控訴人を50歳で退職し、関連子会社に再雇用され、従前より賃金水準が20ないし30%ダウンすることを同意した従業員のみが、被控訴人の関連子会社で継続して雇用されるというものである。再雇用型選択者が受領する賃金総額は、その労働期間が60歳満了型選択者の労働期間より5年も長いにもかかわらず、60歳満了型選択者が受領する賃金総額より159万円少ない(書証省略)。このような労働条件の切り下げを、多少の不利益などと矮小化することは許されない。

再雇用型選択者は、早期に退職金を受領することにより、ローンの支払や子供の教育費用に充てることができるという被控訴人の指摘する事実を考慮しても、総賃金額の減少という労働条件の切り下げの事実は補填されない。

(イ) 再雇用型の選択が労働者の自由な意思に基づいてされていないこと

被控訴人は、本件制度の導入に当たり、組合員となりうる者の98.9%で組織されるY社労働組合との間で合意ができていること、平成14年の構造改革当時、選択対象者の98.4%の者が再雇用型を選択したことをもって、本件制度が高年安定法の趣旨に合致した継続雇用制度に該当すると主張する。

ところで、再雇用型を選択すれば、60歳満了型を選択するより5年間も多く働くことになるにもかかわらず、総賃金額は159万円も下回ることからすると、合理的な判断力を有する従業員であれば60歳満了型を選択するはずである。それにもかかわらず、98.4%の対象従業員が再雇用型を選択したというのであれば、その選択には自由な意思に基づく合理的判断の形成を妨げる外的要因が存在したと考えるのが自然である。

本件制度では、従業員が再雇用型を選択しなかった場合には、当該従業員は異職種遠距離配転があり得る60歳満了型を選択したとみなされる。被控訴人においては、従来から、入社後同じ職種の業務を同じ職場で行っており、異職種遠距離配転は従業員の同意がない限り実施されることがなかった。しかるに、被控訴人は、いわゆる構造改革により、再雇用型を選択しない従業員は60歳満了型を選択したものとみなし、異職種遠距離配転を命ずるデメリットを強制するという脅しにより、再雇用型の選択を強要したのである。

(3)  争点(3)(控訴人らは現在も被控訴人の従業員の地位にあるか)

(控訴人ら)

ア 主張の大要

高年雇用安定法には私法的効力があり、同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない事業主は、希望する従業員全員を65歳まで雇用する義務を負う。

被控訴人が上記高年齢者雇用確保措置を講じていないことは争点(2)のとおりであるから、被控訴人の60歳定年制は無効であり、したがって、控訴人らは現在も被控訴人の従業員の地位にある。

イ 原判決の引用

高年雇用安定法の私法的効力に関する主張は、原判決の「事実及び理由」の第2の4(1)「(原告ら)」のア(原判決15頁24行目から同18頁末行まで)の、定年制の無効に関する主張は、同イ(ア)(原判決19頁2行目から同11行目まで)及び同(3)「(原告ら)」のうち原判決33頁22行目から同34頁5行目までの部分のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人)

ア 主張の大要

高年雇用安定法は9条1項の高年齢者雇用確保措置をあくまでも公法上の義務にとどめており、同法に私法的効力はない。したがって、控訴人らの主張は理由がない。

イ 原判決の引用

高年雇用安定法の私法的効力に関する主張は、原判決の「事実及び理由」の第2の4(1)「(被告)」のア(原判決19頁23行目から同21頁19行目まで)の、定年制の無効に関する主張は、同(3)「(被告)」のうち原判決34頁23行目から同35頁2行目までの部分のとおりであるから、これを引用する。

(4)  争点(4)(被控訴人が高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じないことが、控訴人らに対する不法行為又は労働契約上の債務不履行となるか)

(控訴人ら)

ア 主張の大要

高年雇用安定法には私法的効力があり、同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない事業主は、従業員に対して不法行為責任又は労働契約上の債務不履行責任がある。

被控訴人が上記高年齢者雇用確保措置を講じていないことは争点(2)のとおりであるから、被控訴人は、控訴人らに対する不法行為責任又は債務不履行責任を免れない。

イ 原判決の引用

高年雇用安定法の私法的効力に関する主張は、前記(3)(控訴人ら)イで原判決を引用したとおりであり、不法行為及び債務不履行の成立に関する主張は、次のウで当審での控訴人らの主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の4(1)(原告ら)のイ(イ)(原判決19頁12行目から同20行目まで)及び同(5)(原告ら)のア(原判決35頁25行目から36頁5行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

ウ 当審における控訴人らの主張

被控訴人のキャリアスタッフ制度においては、従業員は、希望すれば健康上問題がない限り65歳まで雇用契約が更新されるとされていたから、甲事件控訴人らは63歳まで、乙事件控訴人らは64歳まで継続して雇用される高度の蓋然性を有していた。しかるに、被控訴人は、高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じなかったので、甲事件控訴人らは63歳まで、乙事件控訴人らは64歳まで継続して雇用される権利を違法に侵害された。

(被控訴人)

ア 主張の大要

高年雇用安定法には私法的効力はなく、同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない事業主が、そのことにより従業員に対して不法行為責任又は労働契約上の債務不履行責任を負うことはない。

イ 原判決の引用

高年雇用安定法の私法的効力に関する主張は、前記(3)(被控訴人)イで原判決を引用したとおりであり、不法行為及び債務不履行の成立に関する主張は、原判決の「事実及び理由」の第2の4(1)(被告)のイ(原判決21頁20行目から同22行目まで)及び同(5)(被告)のうち原判決37頁3行目から同6行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

ウ 当審における控訴人らの主張に対する認否

争う。

(5)  争点(5)(賃金額・損害額)について

(控訴人ら)

ア 第1順位請求にかかる賃金の主張

控訴人らは、キャリアスタッフとして被控訴人に勤務することにより、少なくとも月額18万9000円の賃金を得ることができるから、平成19年4月から5年が経過するまで(甲事件控訴人ら)、平成20年4月から5年が経過するまで(乙事件控訴人ら)、毎月20日限り、同額の賃金を請求することができる。

イ 第2順位請求にかかる賃金、損害の主張

(ア) 賃金

甲事件控訴人らは、被控訴人によって退職扱いとされた日の直近3か月において、原判決添付別紙1の原告名欄に記載の者ごとに給与額(平成19年)1月分、2月分、3月分欄記載の給与を得ており、その3か月平均は請求額欄記載のとおりである。よって、甲事件控訴人らは、平成19年4月から本判決確定の日まで、毎月20日限り、1か月あたりそれぞれ上記請求額欄記載の金額の賃金請求権を有する。

乙事件控訴人らは、被控訴人によって退職扱いとされた日の直近3か月において、原判決添付別紙2の原告氏名欄に記載の者ごとに直近3カ月の平均支給額の1月分、2月分、3月分欄記載の給与を得ており、その3か月平均は請求額欄記載のとおりである。よって、乙事件控訴人らは、平成20年4月から本判決確定の日まで、毎月20日限り、1か月あたりそれぞれ上記請求額欄記載の金額の賃金請求権を有する。

(イ) 不法行為に基づく損害(弁護士費用)

被控訴人が控訴人らの従業員としての地位を否認することは違法であり、控訴人らに対する不法行為に当たる。

このため、控訴人らは弁護士に依頼して本訴を追行せざるを得なかったが、そのために要した弁護士費用は被控訴人の上記不法行為と相当因果関係がある控訴人らの損害である。その額は、甲事件控訴人らはそれぞれ70万円、乙事件控訴人らはそれぞれ90万円である。

ウ 第3順位請求にかかる損害の主張

(ア) 賃金相当損害金

被控訴人が高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じないことにより、甲事件控訴人らは定年退職の日から3年間、乙事件控訴人らは定年退職の日から4年間、少なくとも被控訴人の子会社で採用されている継続雇用制度の賃金である年間226万8000円の損害を被った。

すなわち、甲事件控訴人らの賃金相当損害金はそれぞれ680万4000円を下らず、乙事件控訴人らの賃金相当損害金はそれぞれ907万2000円を下らない。

(イ) 弁護士費用

本訴に要する弁護士費用の額は、甲事件控訴人らはそれぞれ60万円、乙事件控訴人らはそれぞれ90万円である。

(ウ) 慰謝料

前記(4)の控訴人らの主張ウの行為により、控訴人らが被った精神的苦痛を金銭に評価すれば、それぞれ500万円を下らない。

(エ) 小括

以上によれば、被控訴人の不法行為又は債務不履行により、甲事件控訴人らは、それぞれ賃金相当損害金680万4000円、弁護士費用60万円及び慰謝料500万円の合計1240万4000円の損害を被った。甲事件控訴人らは、それぞれ本訴において、うち金740万4000円を請求する。

また、乙事件控訴人らは、それぞれ賃金相当損害金907万2000円、弁護士費用90万円及び慰謝料500万円の合計1497万2000円の損害を被った。乙事件控訴人らは、それぞれ本訴において、うち997万2000円を請求する。

(被控訴人)

いずれも争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  概要(原判決の引用)

次の(2)のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の1(原判決37頁8行目から同45頁7行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決40頁25行目の「定めた」の次に「(4条の3)」を加える。

イ 同41頁10行目の「上記キで記載した4条の2」を「上記クで記載した4条の2」と改める。

ウ 同25・26行目の「今後の高年齢者雇用対策に関する研究会」を「今後の高年者雇用対策に関する研究会」と改める。

2  争点(1)(キャリアスタッフ制度に基づく従業員としての地位)の検討

(1)  キャリアスタッフ制度の概要等

キャリアスタッフ制度の概要は、前記前提事実において引用した原判決が認定するとおりである(原判決8頁2行目から同9頁14行目まで)。そして、上記認定事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア キャリアスタッフ制度は、年金支給開始年齢の引き上げの動向、定年退職した後も働きたいという社員ニーズ、経営環境の変化及び高年齢者の雇用に対する社会的要請等に対応することを目的としたものであり、被控訴人を定年退職した社員(出向者が会社に復帰して定年退職する場合を含む。)又は被控訴人からグループ会社に転籍し定年退職した社員について、上記の目的に基づき期間を定めて被控訴人に再雇用する制度である(臨時雇として被控訴人に再雇用する場合を除く。)。

イ 被控訴人は、キャリアスタッフの採用に当たり、予め対象社員等(定年退職前の社員等)に対し、再雇用意向把握調書を作成させて、再雇用の希望の有無、希望する場合は希望する勤務先、業務、就業パターン等を把握していた。一方、キャリアスタッフに応募する社員等には、応募時に、再雇用の希望を有する旨、希望する勤務先、業務、就業パターン等を記載した再雇用応募用紙を被控訴人に提出させていた。

そして、被控訴人は、会社の募集する業務、勤務場所において勤務可能で、健康に問題がない者をキャリアスタッフとして選考し、業務上の必要性、本人の希望等を総合的に勘案して、具体的業務内容、勤務場所、就業パターンを決定してキャリアスタッフを採用していた。

被控訴人は、キャリアスタッフとしての採用内定者にはキャリアスタッフ内定通知書を交付した上、正式に採用する際にキャリアスタッフ雇用通知書を交付し、不採用とした者には不採用通知書を交付していた。

ウ したがって、キャリアスタッフとして採用される場合の労働条件は、定年退職前の労働条件と異なることになるのは当然であり、勤務場所、業務内容も異なる場合もあるし、退職前の社員等がキャリアスタッフに応募したとしても、被控訴人が希望する条件に該当しない場合には採用されないこともあった。

このように、キャリアスタッフ制度は、定年退職前の社員等からのキャリアスタッフへの応募行為と、被控訴人のキャリアスタッフへの採用決定という手続を経るものであり、あくまでも、被控訴人には、キャリアスタッフに応募してきた定年退職前の社員等について、キャリアスタッフとして再雇用するか否かについて、採用の自由が留保されていたものである。

すなわち、キャリアスタッフ制度は、定年退職前の社員等がキャリアスタッフとしての再雇用を希望すれば、誰でもが希望どおりの職場で従前どおりの労働条件で、定年退職後もそのまま働き続けられる制度ではなかったのである。

(2)  キャリアスタッフとしての地位

以上によれば、キャリアスタッフ制度とは、60歳の定年退職直前の社員等であって、引き続き被控訴人に再雇用されることを希望する者が、被控訴人に対してキャリアスタッフとしての再雇用を申し込み、被控訴人は、会社の募集する業務、勤務場所において勤務可能で、健康に問題がない者を選考し、業務上の必要性、本人の希望等を総合的に勘案してこれをキャリアスタッフとして採用することを決定し、これにより当該社員等と被控訴人との間の雇用関係を改めて創設する制度である。同制度の下においては、60歳に到達して被控訴人を定年退職した社員等が、当然に引き続きキャリアスタッフとして被控訴人の従業員としての地位を取得するものではない。

本件において、控訴人らが、60歳定年退職直前は勿論のこと、定年に到達してからも、被控訴人に対し、キャリアスタッフとしての再雇用を申し込んだ事実又は被控訴人が控訴人らをキャリアスタッフとして採用した事実はいずれも認められない(控訴人らも、これらの事実を主張しているものではない。)。したがって、キャリアスタッフ制度の廃止の効力の如何、あるいはキャリアスタッフ就業規則の廃止の効力の如何にかかわらず、控訴人らがキャリアスタッフとして雇用された事実は認められないというほかない。

よって、控訴人らが、キャリアスタッフとして、被控訴人の従業員の地位にあると認めることはできない。

3  争点(2)(被控訴人は、高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じたか。)の検討

(1)  はじめに

高年雇用安定法9条1項は、65歳未満の定年の定めをしている事業主は高年齢者雇用確保措置を講じなければならないと定めるところ、その高年齢者雇用確保措置とは、①当該定年の引き上げ(同項1号)、②継続雇用制度の導入(同項2号)、③当該定年の廃止(同項3号)のいずれかである。

被控訴人における定年の定めは60歳であるから(前提事実で引用した原判決8頁12~14行目まで)、被控訴人は高年雇用安定法9条1項がいう事業主に当たるものであるところ、被控訴人は上記①③のいずれの措置も講じていない(争いがない)。

被控訴人がいわゆる構造改革に伴い導入した雇用形態選択制度たる本件制度においては、再雇用型(繰延型・一時金型)という雇用形態が準備されていたが、これは平成15年3月31日の時点において51歳以上である者が平成14年4月30日に被控訴人を退職し、同年5月1日に地域会社に再雇用され、60歳定年制により60歳まで勤務した後、それ以降は最長65歳までキャリアスタッフ制度類似の枠組み(雇用終了日及び更新を含む。)で契約社員として地域会社に再雇用される制度である(前記前提事実で引用した原判決10頁6行目~12頁6行目まで)。

被控訴人はこの再雇用型を上記②の継続雇用制度たる高年齢者雇用確保措置に該当すると主張するのに対し、控訴人らはこれを否認するので、以下に検討する。

(2)  高年雇用安定法が定める継続雇用制度の制度枠組み

前記1で原判決を引用して認定した高年雇用安定法の制定及び改正経緯を踏まえると、同法9条の趣旨は、高年齢者の60歳以後の安定した雇用を確保するための措置を講じることによって、年金支給開始年齢までの間における高年齢者の雇用を確保するとともに、高年齢者が意欲と能力のある限り年齢に関わりなく働くことを可能とする労働環境を実現することにあると解される。

ところで、同法9条の改正の基礎となった平成16年建議の内容や同条の改正経緯、同条1項が同項各号の措置に伴う労働契約の内容等についてまでは規定していないこと、同条2項が事業主と労働組合等との協定により継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることを許容していることを踏まえると、同条は、上記の趣旨に反しない限り、各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解するのが相当であり、また、同条で定める雇用確保措置によって確保されるべき雇用の形態は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用であることを要せず、同希望や事業主の実情等を踏まえた常用雇用や短時間勤務、隔日勤務等の多様な雇用形態を含むと解するのが相当である。

(3)  控訴人らの主張の検討

ア 地域会社での雇用、保障の不存在

(ア) 控訴人らは、①本件制度の再雇用型は地域会社の従業員を継続雇用するに過ぎない、②地域会社の契約社員制度は、会社の業務上の必要性がある場合に更新されるものであり、労働者が希望した場合に65歳まで雇用することを保障していない等と指摘して、再雇用型は高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度にあたらないと主張する。

(イ) 当裁判所も、原判決と同様、控訴人らの上記(ア)の①②の主張はいずれも理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の2(2)イ(ア)(イ)(原判決49頁8行目から同51頁12行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

a 原判決50頁3行目の「同号が『事業主に対して」を「同1項が『事業主は、」と改める。

b 同20行目の「とはいえず」から同21行目までを「とはいえない。」と改める。

c 同22行目の「原告らの上記第2の4ウの主張について」を「雇用の保障について」と改める。

d 同51頁6・7行目の「キャリアスタッフ制度と同様に」を削り、同9行目の「扱いとなっており」から同11行目までを「扱いとなっていることに照らすと、控訴人らの上記指摘が、本件制度を高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度にあたると解することの妨げとなるものではない。」と改める。

イ 労働条件の切り下げ(賃金等の減少)

(ア) 控訴人らの主張

控訴人らは、再雇用型を選択した従業員が転籍先の地域会社で受領する賃金は、転籍前の賃金から20ないし30%ダウンすること、また、当該従業員が受領する賃金総額は、その労働期間が60歳満了型選択者の労働期間より5年も長いにもかかわらず、60歳満了型選択者が受領する賃金総額より159万円少ないことなどを指摘して、かかる労働条件の低下を伴う再雇用型は、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度にあたらないと主張するので、以下、検討する。

(イ) 再雇用型選択時の賃金等の減少

a 被控訴人が平成18年の雇用選択時に作成した地域会社の月例給与等試算(概算額)調書(書証省略)及び弁論の全趣旨によれば、平成18年9月時点で被控訴人に勤務する従業員が再雇用型を選択して地域水準率が80%の大阪府(大阪市を除く)の地域会社に転籍した場合、月例給与は約2割減少すること、65歳の退職時まで地域会社に勤務した場合の生涯獲得収入額は8596万円であり、これは60歳満了型を選択して60歳まで被控訴人会社に勤務した場合の生涯獲得収入額である8625万円より29万円少なくなるなどとする試算が存在することが認められる。

上記試算においては、再雇用型の選択の場合には月4時間の時間外労働を行うことが予定されているのに対して、60歳満了型の選択の場合はこれが予定されておらず、仮に再雇用型の選択の場合にも時間外労働を予定しないとすれば、当該従業員が再雇用型を選択した場合の生涯獲得収入額は8466万円となり、60歳満了型を選択した場合のそれより159万円少ないことになる。

b 以上は一定の条件を前提とした上での試算であり、昇格・昇進、制度変更、業績評価結果等の条件が変われば、試算結果も異なるものになるであろうことは容易に推認できるものの、上記調書は被控訴人が自ら試算して従業員に交付したものであり、一定の条件下ではあるものの、再雇用型及び60歳満了型を選択した場合の獲得収入モデルとして、信用性が高いと考えられる。

すなわち、本件制度の下で従業員が再雇用型を選択した場合には、60歳満了型を選択した場合と比べて、月例給与は転籍先の地域水準率にもよるが概ね20から30%の減少となり、かつ、労働期間は60歳満了型より5年も長いにもかかわらず、一般的に選択の時から雇用期間の終了までの賃金総額はこれを下回る(なお、1つのモデルケースでは、その減少の額は159万円になる。)ことが認められる。

(ウ) 継続雇用制度における雇用形態

高年雇用安定法9条が規定する高年齢者雇用確保措置の1つである継続雇用制度は、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいうところ(同条1項2号)、同法は当該引き続いて雇用される高年齢者の労働条件については特段の定めを置いていない。

このことからすると、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用においては、高年齢者の60歳以降の安定した雇用を確保するための措置を講じることによって、年金開始年齢までの間における高年齢者の雇用を確保するとともに、高年齢者が意欲と能力のある限り年齢に関わりなく働くことを可能とする労働環境を実現するという、同法9条の趣旨に反しない限り、各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解すべきものであり、上記継続雇用によって確保されるべき雇用の形態は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用であることを要せず、従業員の希望や事業主の実情等を踏まえた多様な雇用形態を含むと解するのが相当である。

(エ) 労働条件の不利益変更を伴う継続雇用の高年雇用安定法適合性

もっとも、上記(ウ)のようにいうとしても、高年雇用安定法の継続雇用制度の下において、賃金の切り下げその他労働条件の不利益変更が行われるときは、その不利益が従業員にとってどれだけ大きなものであっても、それが高年雇用安定法の継続雇用制度であるとの一事をもって、従業員がその不利益を甘受すべきであるといえないことはもちろんである。

この場合に、従業員にとって不当に大きな労働条件の不利益変更を伴う継続雇用制度は、高年雇用安定法9条1項2号が定める継続雇用制度に該当しないというか、高年雇用安定法9条1項2号が定める継続雇用制度に該当するが、従業員は当該労働条件の不利益変更を拒否できるというかは、単に説明の差異にすぎないとも思われるが、上記(ウ)で述べた高年雇用安定法9条の趣旨からすれば、そのような継続雇用制度は高年雇用安定法9条1項2号が定める継続雇用制度に該当しない、というのが素直な解釈というべきである。

労働条件の不利益変更を伴う継続雇用制度であっても、高年雇用安定法の関係では、事業主は自由にその雇用形態を定め得るという考えは、極端にいえば、最低賃金を下回るような賃金で従業員を雇用する制度であっても、高年雇用安定法が定める継続雇用制度であることを否定しないことになりかねないが、このような考え方が不当であることは明らかと思われる。

(オ) 被控訴人の再雇用型の労働条件の評価

a はじめに

控訴人らは上記(イ)で認定した賃金の低下(以下「本件不利益」という。)が不当な労働条件の切り下げであり、かかる不利益変更を伴う再雇用型は高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当しないと主張するので、以下、検討する。

b 本件不利益を課することについての従業員の同意

被控訴人の雇用形態選択制度において、従業員は50歳の時点で60歳満了型又は再雇用型を選択するとされており、再雇用型を選択した従業員に課せられる本件不利益は、従業員の個別の同意に基づく不利益と見えないこともない。

しかし、被控訴人に対しては高年雇用安定法9条1項1号ないし3号の高年齢者雇用確保措置を講ずべきことが義務付けられている一方、被控訴人は、被控訴人の雇用形態選択制度において選択可能な再雇用型が同項2号の継続雇用制度に当たると主張し、このほかの高年齢者雇用確保措置を講じていないことに照らすと、従業員がする再雇用型の選択を、再雇用型の労働条件そのものである本件不利益を課せられることの同意と捉えることはできない。

c 被控訴人の構造改革

前記前提事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人において地域会社への転籍並びに労働条件の低下を伴う再雇用型を導入したのは、平成14年に行った構造改革と密接な関連を有していると認められる。

証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の構造改革の経緯は次のとおりである。

(a) 被控訴人は、昭和60年4月の日本電信電話株式会社法の施行に伴いa公社を前身として発足したa株式会社が、平成11年7月1日の日本電信電話株式会社等に関する法律の施行により再編成されたことに伴い設立された資本金3120億円の株式会社である。

(b) 被控訴人は、上記の設立当初から、被控訴人の営業活動である情報・通信事業について、同業他社との激烈なシェア争いや対抗値下げ等により厳しい経営環境にさらされ、赤字体質から黒字体質への早期転換、固定電話に依拠した従来型の事業構造からインターネットに代表される最先端のIP技術に依拠した事業構造への脱皮が喫緊の課題とされ、平成11年11月には「中期経営改善施策」と題する3ヶ年計画を策定して経営改善に取り組んだ。

上記中期経営改善施策は、固定電話から移動体通信へ、電話からデータ通信へと通信事業の市場構造が急激に変化する中で、通信料低廉化の要望に応えるために情報流通営業の充実を図る一方、新規採用の凍結(平成13年から同15年まで)、グループ会社間の人員再配置等による人件費の削減、設備投資の効率化、その他各種経費の徹底した削減に取り組むことをその内容とするものであった。

(c) このような経営改善施策の実施にもかかわらず、被控訴人の主な収入源である固定電話事業は、携帯電話の急速な普及、電子メール等の普及による音声通話の減少等の理由により、平成8年をピークに固定電話の加入者は減少の一途をたどり、平成13年度事業計画では前年度比105万件の減少(総加入者の約4%減少)を見込むなど、減少傾向に歯止めがかからない状況にあった。

また、平成13年5月のマイラインの導入に伴い、他の事業者の市内電話市場への本格参入が相次ぎ、それまでほぼ100%であった同市場での被控訴人のシェアは78%程度にまで落ち込み、他の事業者との値下げ競争、携帯電話の普及とも相まって、1加入電話回線当たりの通話料も激減の一途をたどった。

加えて、事業者間相互接続の進展に伴い、それまで被控訴人の収益に少なからず寄与していた接続料収入は、平成12年の日米政府間協議の結果長期増分費用方式が導入されたため、大幅な値下げとなった。

(d) その結果、被控訴人の経常利益は、平成11年度は約430億円の赤字、平成12年度は約1058億円の赤字となり、平成13年度の事業計画では平成13年度も840億円の赤字が見込まれ、3期連続の赤字となる見通しであった(最終的には約1740億円の経常赤字であり、当期未処理損失は3962億円に及んだ。)。

被控訴人においては、このような財務状況が続けば、黒字構造への転換はおろか、社員の雇用の確保や企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況に陥るおそれがあり、事業構造そのものを大きく転換させる方策を執る必要があるとの認識から、平成14年5月、従来にない抜本的な経営改善施策の策定・実施に取り組むことになった。これがいわゆる「構造改革」である。

(e) 被控訴人が実施した構造改革は、それまで被控訴人が行ってきた業務を根本的に見直し、業務の大部分を地域ごとに新たに設立する営業系地域会社、設備系地域会社及び共通系地域会社へアウトソーシングするとともに、従来の人事処遇体系を抜本的に見直し、雇用形態・処遇体系の多様化を図るというものであった。

アウトソーシングについては、被控訴人が管轄する西日本地域を16ブロックに分け、各ブロックごとにアウトソーシング業務を受託する地域会社(営業系地域会社、設備系地域会社、共通系地域会社)を設立し、営業系地域会社には利用者からの各種注文受付、商品販売、料金請求業務等を、設備系地域会社には交換機等の設備の運営・保守、ユーザー設備の工事、故障受付等を、共通系地域会社には総務・経理系業務を委託することとした。その上で、これらの営業系地域会社、設備系地域会社を統括するものとして、営業系及び設備系の統括会社をそれぞれ1社設立した。このようなアウトソーシングの結果、被控訴人には、経営戦略、設備計画、営業戦略等の企画・戦略機能と大口ユーザー向けの一部の営業機能のみが残ることとなった。

雇用形態・処遇体系の多様化については、それまで被控訴人においてアウトソーシング対象業務に従事してきた従業員は地域会社に出向させるとともに、賃金水準が比較的高い高齢の従業員には、本人の選択に基づいて、被控訴人を退職して被控訴人より低い給与水準を設定した地域会社に再就職し、定年後も継続して働ける場所を提供するというスキーム(雇用形態選択制度)を構築し、これを実施した。この雇用形態選択制度の概要は、前記前提事実において引用した原判決が認定するとおりである(原判決10頁6行目から同12頁6行目まで)。

d 再雇用型の不利益の具体的評価

(a) 上記認定のとおりの平成11年から同14年にかけて被控訴人が置かれていた経営環境からすれば、被控訴人がそれまで自社で行ってきた業務の大部分を地域ごとに新たに設立する地域会社にアウトソーシングするとともに、従来の人事処遇体系を抜本的に見直し、雇用形態・処遇体系の多様化を図るという「構造改革」を実施することは、被控訴人にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。

一方、雇用形態選択制度のもとでの再雇用型(繰延型・一時金型)を選択した従業員の不利益(本件不利益)は、前記(イ)認定のとおりである。

(b) 被控訴人は、本件不利益について、乙13(省略)(労務時報掲載論文)、乙24(省略)(企業アンケート)に、①継続雇用制度を導入している企業の約80%の企業で、再雇用時の賃金が低下もしくは横ばいとされている(書証省略)、②継続雇用制度による従業員の半数近くは、定年到達時の年収の6、7割程度の賃金で働いている(書証省略)などとする記載があることを指摘し、他の企業で実施されている継続雇用制度と比べても本件不利益の程度が大きいといえない旨主張する。

しかし、上記①②の指摘にかかる従業員の収入の低下は、いずれも従業員が当該企業において定年を迎えた後に再雇用された場合の収入の低下について論じたものであるから、これを定年到達前に退職・再雇用を要求される再雇用型における収入の低下と同一に論ずることはできないというべきであり、被控訴人の上記指摘から再雇用型の下での本件不利益の程度が大きいことを否定することはできない。

(c) しかし、そうであるとしても、被控訴人が構造改革を実施した当時の被控訴人の経営環境は、企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況にあったというべきであること(前記c)、高年雇用安定法が定める継続雇用制度は、当該企業の従業員が定年前に同企業を退職し再雇用されるという内容を否定しているとは解されないこと、再雇用型を選択した従業員の勤務地は一定の府県内に限定され、従業員はその範囲内で選択した勤務地で従前と同様の勤務に従事すること(前提事実で引用した原判決10頁末行から11頁19行目まで)、被控訴人の組合員となり得る者の98.9%を占めるY社労組は、平成13年4月に被控訴人から構造改革の提案を受けてこれを検討し、同年11月30日、その実施に全面的に合意したこと(前記1で引用した原判決42頁23行目から43頁2行目まで)などの事情に照らすと、被控訴人の従業員に課せられる本件不利益については、その必要性や合理性が認められるというべきである。

(カ) まとめ

高年雇用安定法9条が規定する高年齢者雇用確保措置の1つである継続雇用制度によって確保されるべき雇用の形態は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用であることを要せず、従業員の希望や事業主の実情等を踏まえた多様な雇用形態を含むと解すべきことは前記(ウ)のとおりであり、以上に検討した構造改革の必要性に基づく被控訴人の経営方針(構造改革当時の被控訴人の経営環境が企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況であったというべきことは、前記(オ)cのとおりであり、被控訴人の経営方針決定の前提となった認識に誤りがあったとは認められない。)も、上記事業主の実情として、確保されるべき雇用の具体的な形態の決定に当たって考慮することが許される要素というべきである。

そうすると、被控訴人の従業員に課せられる本件不利益は、その必要性や合理性が認められる以上、再雇用型が本件不利益をその内容とするからといって、これが高年雇用安定法の継続雇用制度の趣旨に反するものと認めることは躊躇せざるを得ない。

ウ 選択の時期

(ア) 控訴人らの主張

被控訴人の雇用形態選択制度の下での雇用形態の選択は、従業員が50歳に至ったときに行われるものであるところ、控訴人らは、かかる早い時期に雇用形態の選択を求めることは、その時期が早すぎて高年雇用法9条1項2号の継続雇用制度の趣旨に沿わないとして、再雇用型が高年雇用法9条1項2号の継続雇用制度に該当しないと主張する。

(イ) 検討

a 高年雇用安定法2条1項は、同法でいう高年齢者とは、厚生労働省令で定める年齢以上の者をいうと定め、同法施行規則1条は、その年齢を55歳とすると定めている。そして、同法9条1項2号の継続雇用制度とは、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度、すなわち現に雇用している55歳以上の者が希望するときは、当該の者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいうのであるから、上記継続雇用制度は現に雇用している55歳以上の者の希望に応じるものでなければならないということができる。

b 上記継続雇用制度についての高年雇用安定法の定めからすると、継続雇用制度の運用に当たっては、事業者において、高齢者すなわち55歳以上の者が定年後も引き続いて雇用されることを希望しているか否かを把握することが必要になる。

被控訴人の雇用形態選択制度の下での雇用形態の選択は、従業員に60歳の定年時に退職するか、定年後も引き続いて雇用されるかを選択させるものであるから、従業員の希望を聴取する制度であるとはいえる。しかし、その希望聴取の時期における従業員の年齢は50歳なのであるから、仮にその後は定年後も引き続いて雇用されることについての希望を述べる機会がないというのであれば、高年雇用安定法は継続雇用の希望聴取時期を明文で定めていないとはいえ、上記希望聴取により継続雇用についての高年齢者(55歳以上の者)の希望を聴取したといえるか甚だ疑問があるといわざるを得ない。

現に、乙24(省略)(企業アンケート)によれば、継続雇用制度活用の希望を従業員に確認する年齢を54歳以下と回答した企業は、全回答企業のうち1.8%にすぎないことが認められ、被控訴人の雇用形態選択制度下での継続雇用の希望の聴取時期が、他の企業と比べ隔絶して早いことは明らかである。

まして、被控訴人の雇用形態選択制度においては、50歳で雇用形態の選択ないし継続雇用の希望聴取がされるというに止まらず、再雇用型選択者は、50歳の時点で被控訴人を退職して地域会社に転籍し、直ちに前記イで認定した賃金等の低下を余儀なくされるのであるから、選択の時期が早いことによる従業員の負担は相当程度大きいということができる。

c しかしながら、他方、これまでに認定した事実からすると、被控訴人の雇用形態選択制度成立の経緯及びこれまでの運用の実態については、①元々この制度は被控訴人の構造改革に伴って導入されたこと、②その選択(希望聴取)の第1回は、平成14年1月4日から同月31日までの間に、平成15年3月31日の時点において51歳以上である者を対象として行われたこと、③その後、平成18年1月16日から同年2月10日までの間に、第1回選択で60歳満了型を選択し又は選択したとみなされた者を対象に再選択の機会が与えられたこと(したがって、少なくとも控訴人らに関しては、その選択を求められた時期が早すぎたとはいえない。)(以上につき、前記前提事実で補正の上引用した原判決10頁6行目から14頁1行目まで)、④これらの時期において、被控訴人は企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況にあったこと(前記イ(オ)c)等の事情を指摘することができる。

d そして、被控訴人が置かれていた上記の状況及び第1回選択の4年後に再選択の機会があったという運用の実情を考慮すると、現在の被控訴人の雇用形態選択制度に基づく再雇用型が、高年雇用法9条1項2号の継続雇用制度に該当しないとまではいえない。

(ウ) まとめ

以上のとおり、50歳の時期に継続雇用の希望を聴取する被控訴人の雇用形態選択制度の下での再雇用型は、その後に従業員が継続雇用の希望を述べる機会がないものとすれば、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度の趣旨に合致しないと解する余地が大きい。

しかし、上記制度が被控訴人の企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況下で導入されたものであること、かつ、最初の選択からほぼ4年後の平成18年1月16日から同年2月10日までの間に従業員に再選択の機会を与えたというこれまでの運用の実態に照らすと、上記運用実態を踏まえた現在の再雇用型が、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に合致しないとまではいえない。

エ 選択の際の説明

(ア) 控訴人らの主張

控訴人らは、被控訴人は従業員が雇用選択を行う際にまともな説明をしていない等と指摘して、再雇用型は高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度にあたらないと主張する。

(イ) 検討

高年雇用安定法上、同法と当該事業主が採用している継続雇用制度との関係を具体的に説明すべき義務を明定した規定はないが、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件制度の対象となる従業員に対し、平成14年の雇用形態の選択を求める際、選択内容である雇用形態や処遇の内容(労働条件等)について具体的に説明したと認められ、それ以上に本件制度と同法との関係について、説明をすべき義務があったものとは認められない。

したがって、控訴人らの上記(ア)の主張は採用できない。

オ 自由な意思に基づく選択の機会の保障

(ア) 控訴人らの主張

控訴人らは、再雇用型を選択した従業員は、60歳満了型を選択するより5年間多く働くことになるにもかかわらず、総賃金額は159万円も下回るという不利益が課せられると指摘した上で、①それにもかかわらず、98.4%の対象従業員が再雇用型を選択したというのであれば、その選択には自由な意思に基づく合理的判断の形成を妨げる外的要因が存在したと考えるのが自然である、②再雇用型を選択しない従業員は60歳満了型を選択したものとみなし、異職種遠距離配転を命ずるデメリットを強制するという脅しにより、再雇用型の選択を強要したなどとして、被控訴人の雇用選択制度の下では自由な意思に基づく選択の機会が保障されていないと主張する。

(イ) 検討

確かに、被控訴人の雇用形態選択制度の下では、再雇用型(繰延型・一時金型)を選択した従業員には賃金上の不利益(本件不利益)が課せられる一方、再雇用型を選択しない従業員は60歳満了型を選択されたものとみなされ、異職種遠距離配転を命ぜられる可能性があるから、これを60歳満了型を選択した従業員(再雇用型を選択しないことにより、60歳満了型を選択したとみなされた従業員を含む。)にとっての不利益(デメリット)ということも可能であろう。

しかし、再雇用型については控訴人らが指摘する本件不利益の存在を前提としても、そのことの故に、再雇用型が高年雇用安定法が定める継続雇用制度に該当しないと認めることは躊躇せざるを得ないことは、前記イ(カ)で判示したとおりであるし、60歳満了型を選択した従業員に異職種遠距離配転を命ぜられる可能性があるとはいっても、それが事業主としての権利を濫用するものである場合には、その配転命令は無効とされ、従業員に対する保護が与えられることになるから、従業員がする選択の際に、異職種遠距離配転を命ずるデメリットを強制するという脅しがあったとまでは認め難い。

控訴人らの主張に沿っていえば、被控訴人の従業員らは、再雇用型に伴う本件不利益と60歳満了型に伴う異職種遠距離配転を命ぜられる可能性という不利益とを衡量して雇用形態の選択を行ったと推認されるが、前者の不利益が後者の不利益よりも小さいと判断することは十分にあり得ることであって、前者(再雇用型)を選択した過程に自由な意思に基づく合理的判断の形成を妨げる外的要因が存在したと考えるのが自然であるとまではいえないし、この選択が脅しの結果であるとも認め難い。

したがって、被控訴人の雇用選択制度が従業員の自由な意思に基づく選択の機会を保障していないから、再雇用型が高年雇用安定法にいう継続雇用制度に該当しないという控訴人らの主張も理由がない。

(4)  高年雇用安定法9条2項

ア 高年雇用安定法9条2項の規定

高年雇用安定法9条2項は、「事業主は、当該事業所に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、高年雇用安定法9条1項2号に掲げる措置(継続雇用制度)を講じたものとみなす。」と定めている。

上記規定は、事業主が労働組合等と協議する継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準について、最低限守るべき要件、内容については何も規定しておらず、労使間で企業の実情に応じた継続雇用制度を定めることを認め、その要件、内容については労使の自主的な取り決めに委ねているものである。

イ 本件への適用

(ア) 前提事実

被控訴人の組合員となり得る者の98.9%を占めるY社労組は、平成13年4月、被控訴人から本件制度(雇用形態選択制度やその1形態である再雇用型)の提案を受けて、これを組織内で十分に検討し、同年11月30日、その実施に賛成している(前記(3)イ(オ)d(c))。Y社労組は、当時、被控訴人が企業の安定した経営の継続が危ぶまれる状況に陥るおそれがあることを懸念し、組合員の雇用確保を優先して、本件不利益を含む本件制度の実施に不本意ながら同意したものと思われる。

本件改正による高年雇用安定法9条1項2号、2項は平成18年4月1日から施行されたが、被控訴人は、本件制度(再雇用型)が高年雇用安定法9条1項2号が定める「継続雇用制度」に当たるとの見解に基づき、新たな「継続雇用制度」を定めなかった。Y社労組も、被控訴人の上記見解を是とし、被控訴人に対し、新たな「継続雇用制度」の導入を働きかけなかった(弁論の全趣旨)。

(イ) 検討

被控訴人とY社労組とが、高年雇用安定法9条2項所定の書面による協定を締結した事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、上記(ア)の事実に照らすと、被控訴人の労働者の過半数で組織する労働組合であるY社労組は、本件制度(雇用形態選択制度のもとでの再雇用型)が高年雇用安定法9条1項2号が定める「継続雇用制度」に当たるとの見解に立っているのであるから、この事実は、本件制度が高年雇用安定法9条1項2号が定める「継続雇用制度」に当たるか否かの判断に際しては、重要な事実と評価できる。

(5)  小括

以上によれば、被控訴人が構造改革に伴い導入した雇用形態選択制度たる本件制度において創設した再雇用型(繰延型・一時金型)という雇用形態が、高年雇用安定法9条1項2号にいう継続雇用制度に該当しないという控訴人らの主張は、①選択の時期が早すぎる、②賃金等の減少という指摘以外はいずれも理由がないことが明らかである。

そして、①選択の時期が早すぎるという指摘も、前記(3)ウ(ウ)で検討したとおり、一般論としては理由があると解する余地もあるが、被控訴人の経営環境及びこれまでの運用実態を考慮すると、同指摘が、現時点で直ちに、再雇用型が継続雇用制度に該当しないことの理由になるとまではいえない。

また、②賃金等の減少についての指摘も、前記(3)イで検討したとおり、確かにもっともな面もあるが、被控訴人の従業員に課せられる本件不利益はその必要性や合理性が認められる以上、再雇用型が本件不利益をその内容とするからといって、これが高年雇用安定法の継続雇用制度の趣旨に反するものと認めることも躊躇せざるを得ない(前記(3)イ(カ))。

一方、被控訴人の労働者の過半数で組織する労働組合であるY社労組は、本件制度(雇用形態選択制度のもとでの再雇用型)が高年雇用安定法9条1項2号が定める「継続雇用制度」に当たるとの見解に立っているのであるから、同法9条2項の立法趣旨に照らして、この事実は、本件制度が上記継続雇用制度に当たるか否かの判断に際しては重要な事実と評価できる(前記(4)イ(イ))。

以上の事実を総合すると、本件制度(再雇用型)は上記継続雇用制度に該当するというべきであり、したがって、被控訴人は、高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたものと認められる。

4  争点(3)(控訴人らは現在も被控訴人の従業員の地位にあるか)の検討

(1)  控訴人らの主張

控訴人らは、①被控訴人は、高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じていないこと、②高年雇用安定法には私法的効力があり、同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない事業主は、従業員に対し、希望する従業員全員を65歳まで雇用する義務を負うことになることを前提として、未だ65歳に到達していない控訴人らは、現在も被控訴人の従業員の地位にあると主張する。

しかし、被控訴人は、高年雇用安定法9条1項2号が定める高年齢者雇用確保措置を講じたと認められるのは、前記3で認定判断したとおりであるから、控訴人らの主張は上記①の前提を欠くものであり、本来であれば、上記②についての判断を示す必要はない。

とはいっても、本訴では、上記②の高年雇用安定法9条1項違反の私法的効力についても、原審以来の重要な争点となっていた経過にかんがみ、以下、念のため、上記②の点についても当裁判所の判断を示すこととする。

(2)  判断

ア 控訴人らの主張によれば、高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない事業主は、従業員に対し、希望する従業員全員を65歳まで雇用する義務を負うというのであり、その結果、当該従業員は当該事業主の下で、65歳未満の定年に到達した後も、65歳に到達するまで、それまでと同様の労働条件により雇用されることになる、というのである。

しかし、高年雇用安定法中には、同法9条1項の違反が上記のような法律効果を発生させることを明らかにする条項は全く存在しないのであって、仮に同項の違反がそのような重大な法律効果を発生させるというのなら、これに関する条項が同法中に存在しないなど考えられないことである。

高年雇用安定法10条1項は、厚生労働大臣は、前条第1項の規定に違反している事業主に対し、必要な指導及び助言をすることができると定め、同条2項は、厚生労働大臣は、前項の規定による指導又は助言をした場合において、その事業主がなお前条第1項の規定に違反していると認めるときは、当該事業主に対し、高年齢者雇用確保措置を講ずべきことを勧告することができると定めている。

これらの規定によれば、高年雇用安定法は、同法9条1項に違反する事業主に対し、厚生労働大臣が行う指導、助言及び勧告により違反の是正を図ることを予定していると認められ、当該事業主の下で雇用されている従業員に対して私法上の雇用継続請求権を与えたり、60歳定年制を定めた就業規則を無効としたり、従前の雇用関係が当該従業員が65歳に到達するまで継続するなどの効果を与えたなどとは認め難い。

したがって、高年雇用安定法の解釈についての控訴人らの上記主張は採用できない。

イ 控訴人らは、控訴人らの主張にかかる上記(1)の高年雇用安定法9条1項違反の私法的効力が認められないのなら、法を遵守せず行政の指導にも従わない悪質な事業主ほど雇用責任を免れ、他方で、労働者を困窮生活に陥れるのみならず、事業主による違法行為を助長することにもなりかねず、65歳までの雇用保障を義務化した法の趣旨を没却する等とも主張する。

しかし、特定の法律の実効性を担保するためどのような措置、対策を講ずるのかは、おしなべて立法政策の問題であって、仮に控訴人らが指摘する事情が存在するとしても、そのことの故に、高年雇用安定法9条1項違反について、控訴人らの主張にかかる解釈を採用しなければならなくなるものではない。

ウ よって、控訴人らの前記(1)の主張は採用できない。

5  争点(4)(被控訴人が高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じないことが、控訴人らに対する不法行為又は労働契約上の債務不履行となるか)の検討

(1)  控訴人らの原審以来の主張について

ア 控訴人らは、被控訴人は、高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じていないこと、高年雇用安定法には私法的効力があることを前提として、同法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じない被控訴人が控訴人らの従業員としての地位を否認することは、従業員に対して不法行為責任又は労働契約上の債務不履行責任があると主張する。

イ しかし、被控訴人は高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたと認められることからすると、控訴人らの主張はその前提を欠くものであるばかりか、高年雇用安定法は、従業員に事業主に対する継続雇用の請求権を付与し、又は付与したのと同様の私法的効力を有するものではない(前記4で認定したとおり)ことからすると、事業者が高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じないからといって、そのことから直ちに、被控訴人が控訴人らの従業員としての地位を否認することが不法行為又は債務不履行に当たるものとは解しがたい。

ウ よって、控訴人らの上記アの主張も採用できない。

(2)  控訴人らの当審における主張について

ア 控訴人らの主張

控訴人らは、前記第2の4(4)の控訴人らの主張ウのとおり主張する。

控訴人らは、同主張においても、被控訴人が高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じなかったと主張しているが、この主張は、被控訴人が高年雇用安定法9条1項の高年齢者雇用確保措置を講じないこと自体を違法行為と主張するに止まらず、控訴人らは、その勤務期間中、定年後も引き続きキャリアスタッフとして被控訴人に雇用されるという期待権(高度の蓋然性)を有していたものであるのに、被控訴人は、構造改革に伴う雇用形態選択制度の導入に伴いキャリアスタッフの募集及び採用を停止することにより、60歳定年後も被控訴人に継続雇用されるという控訴人らの上記期待権(高度の蓋然性)を侵害したとして、いわゆる高年雇用安定法の私法的効力の主張に依存することなく、被控訴人が行った期待権(高度の蓋然性)の侵害行為を不法行為又は債務不履行というものと理解することもできる。

そこで、以下においては、控訴人らの当審における主張を上記のとおり解した上で、上記主張についての検討を加える。

イ 検討

(ア) これまでの認定によれば、控訴人らは60歳定年制の下で被控訴人に勤務していたが、被控訴人においては、構造改革が実施される以前には、60歳に到達して被控訴人を定年退職した従業員等であって引き続き被控訴人に再雇用されることを希望する者が、被控訴人に対しキャリアスタッフとしての再雇用を申し込み、被控訴人は、会社の募集する業務、勤務場所において勤務可能で健康に問題がない者を選考し、業務上の必要性、本人の希望等を総合的に勘案してこれをキャリアスタッフとして採用し、これにより当該従業員と被控訴人との間に新たな雇用関係を創設するというキャリアスタッフ制度が存在したこと、被控訴人を定年退職した従業員は、上記キャリアスタッフ制度に基づいて再雇用されることにより、定年後も一定期間、被控訴人の従業員として勤務を続けることができる実情にあったことが認められる(前記2(1))。

しかるところ、被控訴人は、構造改革に伴う雇用選択制度の導入により上記キャリアスタッフ制度を廃止し(ただし、控訴人らが本訴においてその廃止の効果を争っていることは、争点(1)についての控訴人らの主張のとおりである。)、以後キャリアスタッフの募集及び採用を行っていない。

(イ) 上記事実によれば、確かに、キャリアスタッフ制度が運用されていた時期には、被控訴人の従業員のうち相当数の者が定年退職後にキャリアスタッフとして再雇用されていたことが窺われ、定年を間近に控えた者の相当数は、定年後も一定期間、キャリアスタッフとして被控訴人での勤務を続けることができると期待していたであろうことは容易に推認できる。もっとも、雇用形態選択制度において再雇用型の選択をしなかった控訴人らが同様の期待を有していたのかどうかは大きな問題であるが、ここでは、取り敢えず、控訴人らもそのような期待を有していたとして検討を進めることとする。

控訴人らが上記の期待を持っていたとしても、前記2(1)の認定から明らかなとおり、キャリアスタッフ制度は、被控訴人を定年退職した従業員が改めて被控訴人に対して採用の申し込みをし、被控訴人が選考の結果その採用を決するという制度であり、被控訴人には、キャリアスタッフに応募してきた定年退職前の社員等について、キャリアスタッフとして再雇用するか否かについて、採用の自由が留保されていたものであるから、定年退職後のキャリアスタッフとしての採用が定年退職前の従業員の労働契約の内容の一部となっていた訳ではない。

そうすると、控訴人らの上記期待は、被控訴人がキャリアスタッフの募集採用を行っていたことから生まれる事実上の期待にすぎず、またキャリアスタッフとして採用される蓋然性があったとはいっても、それが法的権利又は利益として保護されるものとはいえないし、しかも、被控訴人がキャリアスタッフの募集採用を継続する限りという留保付の蓋然性であったというほかない。このことからすると、被控訴人がキャリアスタッフの募集採用を停止した(被控訴人によれば、キャリアスタッフ制度を廃止した)ことを控訴人らの期待権の侵害ないし継続雇用される権利の侵害とみて、不法行為又は債務不履行に当たるということはできない。

また、仮に、控訴人らが有していた上記蓋然性に基づく期待を法律上の保護に値する期待権と構成することが可能であるとしても、被控訴人が平成14年4月30日にキャリアスタッフ制度を廃止したとしてその募集採用を停止したのは、被控訴人の構造改革に伴う措置であること、被控訴人は、キャリアスタッフに代わる高年齢者の雇用制度として、雇用形態選択制度の下で再雇用型を準備したこと、この再雇用型は、これまでの運用の実態等を前提とすると、高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に当たるというべきことなど、これまでに認定した事実に照らすと、被控訴人が、キャリアスタッフの募集採用を停止した(被控訴人によれば、キャリアスタッフ制度を廃止した)ことにより、控訴人らの上記期待権(又は将来雇用されるであろうという権利)を違法に侵害したと認めることはできない。

(ウ) 以上のとおりであるから、控訴人らの不法行為又は債務不履行に関する当審での主張を前記アのとおり解しても、同主張は理由がない。

6  総括

(1)  第1順位請求について

控訴人らがキャリアスタッフ制度に基づいて従業員としての地位を有するとする控訴人らの主張に理由がないことは、争点(1)の判断で述べたとおりであるから(前記2)、キャリアスタッフとしての地位に基づく従業員としての地位確認及び賃金請求にかかる請求はいずれも理由がない。

(2)  第2順位請求について

被控訴人が高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたことは、争点(2)の判断で述べたとおりであるから(前記3)、これを講じなかったことを前提に、控訴人らがなお被控訴人の従業員の地位にあるとの控訴人らの主張は、前提を欠くものとして採用できない。

また、仮に、被控訴人が高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じなかったとしても、そのことにより、被控訴人の下で雇用されている従業員が私法上の雇用継続請求権を取得したり、60歳定年制を定めた就業規則が無効となったり、当該従業員が65歳に到達するまで従前の雇用関係が継続するなどの効果が生ずるとは認め難いことは、争点(3)の判断で述べたとおりであるから(前記4)、高年雇用安定法により、控訴人らが被控訴人の従業員としての地位を取得したとも認められない。

したがって、控訴人らが被控訴人の従業員としての地位を取得したことを前提とする地位確認請求、賃金支払請求はいずれも理由がなく、控訴人らが被控訴人の従業員としての地位を有すると認められない以上、被控訴人が控訴人らの従業員としての地位を否認することが不法行為に該当するという余地もないから、弁護士費用の損害賠償を求める請求も理由がない。

(3)  第3順位請求について

被控訴人が高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じたことは、争点(2)の判断で述べたとおりであるから(前記3)、これを講じなかったことを前提に、被控訴人の不法行為又は債務不履行をいう控訴人らの主張は、前提を欠くものとして採用できない。また、仮に、被控訴人が高年雇用安定法9条1項が定める高年齢者雇用確保措置を講じなかったとしても、そのことから直ちに、控訴人らが被控訴人に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得すると認められないことは、争点(4)に対する検討(1)(前記5(1))で述べたとおりである。

また、被控訴人の不法行為、債務不履行をいう控訴人らの当審での主張を、被控訴人がキャリアスタッフ制度の募集採用を止め、再雇用型の制度を創設したことをもって、控訴人らの期待権(高度の蓋然性)を侵害したことをいうものと解するとしても、その主張に理由がないことは、争点(4)に対する検討(2)(前記5(2))で述べたとおりである。

したがって、いずれにしても、被控訴人の不法行為又は債務不履行をいう第3順位請求にかかる請求も理由がない。

(4)  乙事件控訴人X3の死亡について

前記第2の1(4)のとおり、乙事件の控訴人X3は死亡し、控訴人X4が当審において乙事件の控訴人X3に係る訴訟手続を承継したが、第1順位請求のうち地位確認請求にかかる労働契約上の地位は一身専属的な権利であり、相続の対象となるものではないから、当該請求にかかる控訴人の地位は承継の対象とならず、当該部分に係る訴訟手続は当然終了した(最高裁判所平成元年9月22日判決・最高裁判所裁判集民事157号645頁)。

また、原判決のうちX3の地位確認請求を棄却した部分は失効し、その余の請求(金銭請求)を棄却した部分は、控訴人X4の承継により、同控訴人(承継人)の請求を棄却する旨の内容に変更されたことになる。

7  結論

以上によれば、争点(5)(賃金額・損害額)の判断をするまでもなく、控訴人らの第1順位請求、第2順位請求及び第3順位請求は、いずれも理由がないから棄却すべきである。

よって、当審で追加された第1順位請求は理由がないので棄却することとするが、このうち、X3の地位確認請求にかかる訴えは上記6(4)前段のとおり終了したものであるから、これを主文において明らかにすることとする(主文1項)。

また、第2順位請求及び第3順位請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却するが、上記6(4)のとおり、X3の地位確認請求を棄却した部分は同人の死亡により失効したから、これを主文において明らかにすることとする(主文4項)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 川谷道郎 裁判官 宮武康)

当事者目録

控訴人(甲事件原告) X1 他10名

控訴人(乙事件原告) X2 他22名

控訴人 亡X3訴訟承継人 X4

控訴人ら訴訟代理人弁護士 河村武信

同 田窪五朗

同 出田健一

同 横山精一

同 城塚健之

同 西晃

同 増田尚

同 中西基

同 井上耕史

同 成見暁子

同 大前治

被控訴人(甲乙事件被告) Y株式会社

上記代表者代表取締役 A

上記訴訟代理人弁護士 高坂敬三

同 夏住要一郎

同 田辺陽一

同 加賀美有人

同 嶋野修司

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