大阪高等裁判所 平成21年(ネ)1165号 判決 2009年9月11日
控訴人(第一審原告)
株式会社X
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
辻本希世士
同
笠鳥智敬
同
松田さとみ
被控訴人(第一審被告)
株式会社 損害保険ジャパン
上記代表者代表取締役
B
上記訴訟代理人弁護士
阪口春男
同
原戸稲男
同
林和宏
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 原判決主文第一項中「平成一九年一一月一一日」とあるのを「平成一九年一〇月一一日」と更正する。
三 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、六六〇五万四一三八円及びこれに対する平成一九年三月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
(1) 本件は、被控訴人との間で賠償責任保険契約を締結した控訴人が、株式会社a(以下「a社」という。)から委託を受けて光拡散フィルムの片面(S面)上に塗料によるコーティング加工をした際に、ドクター刃の金属片が同コーティング部分に混入する事故(以下「本件事故」という。また、金属片が混入した光拡散フィルムを「本件保護マット」といい、a社から供給された光拡散フィルムを「本件基本マット」という。)が発生したのを、上記保険契約に定める保険事故に当たるとして、被控訴人に対し、上記保険契約に基づき、上記第一の請求に係る保険金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、控訴人の行う仕事の目的物は光拡散フィルム全体(本件基本マットのS面上の塗料によるコーティング加工をしたもの)というべきであるから、仕事の目的物自体に係る損害は保険契約に基づくてん補の対象とならないが、本件保護マットにより輝度上昇レンズに生じた損傷による損害についてはてん補の対象となるとして、二一五万二七五三円及びこれに対する附帯請求(平成一九年一一月一一日〔平成一九年一〇月一一日の誤記と認める。〕から支払済みまで年六分の割合による金員)の範囲で、その請求を認容した。
(3) 控訴人は、上記判断とそれに基づく認容額を不服とし、原判決敗訴部分の取消しと、請求の全部認容を求めて、控訴した。
二 前提事実及び争点と当事者の主張
当審で、次のように主張を付加するほかは、原判決二頁七行目から同九頁一九行目までのとおりであるから、同部分を引用する(なお、原判決六頁一九行目の「本件保護マット」を「本件基本マット」に訂正する。)。
(1) 生産物特約条項二条にいう「仕事の目的物」の解釈如何。
〔控訴人〕
生産物責任保険は、自己の仕事により、拡大して他の財物に損害を及ぼした場合に、その拡大損害部分をてん補するという性質の保険であるから、「仕事の目的物」の解釈においても、その性質に即した解釈をすべきである。控訴人は、a社から支給を受けた本件基本マットの片面(S面)に塗料を塗布するというコーティング作業をする際に、塗布面に金属片を混入させたものであるが、控訴人が本件基本マットの所有権を一旦取得するわけでもないことからすると、その作業過程において他者(a社)の所有する財物(本件基本マット)を損壊したものといえるのであり、まさにその損害をてん補するための保険である。したがって、S面におけるコーティング部分が「仕事の目的物」と解釈されるべきである。
仮に、仕事の目的物が、光拡散フィルム全体(本件基本マットのS面上に塗料によるコーティング加工をしたもの)と解釈されるときには、控訴人は、同フィルム全体を製造しようが、そのS面等の一部の加工をしようが、すべてフィルム全体を製造した場合に認められる拡大損害についてしか保険金を受領できないという不合理を生じる。また、確かに、控訴人のするコーティング加工により、塗料は本件基本マットに付着し、物理的・機能的に一体となるが、その控訴人の仕事の結果によって控訴人の仕事内容を、本件基本マット部分にまで拡張してしまうことは不合理である。
〔被控訴人〕
生産物特約条項二条にいう「仕事の目的物」は、本件保護マット(光拡散フィルム全体)を指すことは、当事者の合意内容としての保険証券の記載上からも、「物」の一個性の判断において、物理的・機能的一体性が決定的な要因とされていることからも明らかである。
また、本件では、S面におけるコーティング部分の不良は、本件保護マット(光拡散フィルム全体)の損害であり、仕事の目的物自体の損害であるから、不良完成品不担保条項の有無にかかわらず、被控訴人は免責される。
(2) 遅延損害金の起算点について
〔控訴人〕
ア 控訴人は、保険金を請求する意思があるからこそ「生産物賠償責任保険事故通知書」を送付するのであるから、同書面が被控訴人に到達した平成一九年三月九日をもって保険金請求の意思が被控訴人に到達したものと解すべきである。
イ また、本件保険契約に適用される普通保険約款は、請求から三〇日を経過しないと保険金の支払期限が到来しないとするが、同約款はあくまで被控訴人が適正に保険金を支払う場面で適用されるものであって、本件のように、保険金支払義務者に保険金支払意思のないような場面では適用されるべきではない。
〔被控訴人〕
ア 控訴人の主張アについて
生産物賠償責任保険事故通知書は、単に事故があったという事実を被控訴人に報告しただけの文書であり、保険金請求があったと見る余地はない。
イ 控訴人の主張イについて
保険金の支払に当たっては、それに先立って、保険会社において損害の範囲の確定、損害額の評価、免責事由の有無等について調査する必要があるという保険制度に内在する手続上の必要性から、その調査のために必要な一定期間内は保険会社が保険金支払について遅滞の責めを負わないとされている。したがって、本件において被控訴人が調査し、損害についての免責事由に該当するかの判断をしたことによって同約款の条項が適用されないということにはならない。
第三当裁判所の判断
一 本件事故による本件保護マット自体の損害のてん補に係る生産物特約条項二条による免責の成否(争点(1)ア)について
(1) 本件保険契約に適用される生産物特約条項二条は、「生産物又は仕事の瑕疵に基づく生産物又は仕事の目的物の損壊それ自体の賠償責任を負担することによって被保険者が被る損害については、てん補しない」旨定める(前提事実(2)キ(ア))。
本件事故が上記免責事由に該当するかを検討するに、まず、本件加工委託契約は、控訴人が本件基本マットのS面上に塗料によるコーティングを施すという加工作業を目的としており、その法的性質は請負契約であると解されるところ、本件事故は、上記加工作業中にドクター刃の金属片が同コーティング部分に混入したというものであるから、上記生産物特約条項二条にいう「仕事の瑕疵」に該当することは明らかである。
そして、同条にいう「仕事の目的物」とは、仕事の内容が加工作業の場合においては、当該加工作業の対象とする物を指す(ビル建築工事が仕事であれば、完成し引き渡されたビルが仕事の目的物、ビルの給排水管の修理が仕事であれば、給排水管が仕事の目的物)と解すべきであるから、前提事実(3)ア及びイ(原判決四頁五行目から二三行目)のとおりの本件加工委託契約の内容及び控訴人が行う加工作業の内容(控訴人が、a社から供給される本件基本マットのS面に、a社から支給される塗料でコーティング加工し、液晶パネルに使用される表面保護フィルムマットとして完成する。)を併せ考えれば、a社から供給された本件基本マットに塗料によるコーティングを施された本件保護マット(光拡散フィルム全体)をもって、本件における控訴人の仕事の目的物というべきである。
そうすると、本件で、控訴人は、a社から、本件事故により本件保護マットを受注先に納入できなくなったことによる損害六三九〇万一三八五円を請求され、これを支払ったものである(前提事実(5))が、上記のとおり、当該損害は、あくまで本件保護マット自体の損害であり、本件保険契約に適用される生産物特約条項二条に該当するから、被控訴人は、控訴人が上記損害の賠償責任を負担することにより被った損害について、てん補義務を免れることとなる。
(2) この点、控訴人は、控訴人が行うべき仕事は保護フィルムマットの製造過程の一部であるS面のコーティングだけであるから、本件における「仕事の目的物」は、本件保護マット全体ではなく、光拡散フィルムのS面上のコーティング対象部分のみである旨主張する。
しかしながら、① 本件保険契約において、保険証券に記載された「生産物又は仕事」は「表面保護フィルムマット等製造」とされており(前提事実(2)オ)、本件保険契約締結に当たって、本件基本マットのS面上のコーティング加工に限定したような事情も認められないこと、② 控訴人が行う本件基本マットのS面上のコーティング加工によって初めて、光拡散フィルムは表面保護マットとしての機能を有するものとなるのであって、コーティングされたS面とその余の部分(本件基本マット)は、物理的にはもとより、機能的にも一体のものであること、③ そして、控訴人が本件基本マットのS面上にコーティング加工した表面保護マットは、輝度上昇レンズに貼り合わされて液晶パネルが製造されるものであり、表面保護マット全体が液晶パネルの一部品として使用されること(前提事実(3)ウ)からすれば、上記説示のとおり、控訴人が行う仕事の目的物は、光拡散フィルム全体(本件保護マット)というべきであり、控訴人の上記主張は失当であり、採用できない。
控訴人は、仕事の目的物が、光拡散フィルム全体(本件基本マットのS面上に塗料によるコーティング加工をしたもの)と解釈されるときには、同フィルム全体を製造しようが、そのS面等の一部の加工をしようが、すべてフィルム全体を製造した場合に認められる拡大損害についてしか保険金を受領できないという不合理を生じるなどと主張するが、控訴人の仕事は本件基本マットのS面上に塗料によるコーティング加工をして光拡散フィルムとして製品を完成させるというものであるから、そのような作業であることからするとまさに完成した製品をもって仕事の目的物とするのが当然の解釈であり、控訴人の主張は採用できない。また、控訴人は、控訴人が本件基本マットの所有権を一旦取得したわけでもない旨主張するが、所有権の取得の有無が仕事の目的物の解釈を左右するものではなく(例えば、建物改修の塗装工事)、採用できない。その他控訴人が当審で述べるところは、いずれも上記解釈を左右しない。
(3) 次に、被控訴人の保険約款の特約条項中の生産物特約条項用「不良完成品不担保追加条項(部品・原材料用)」(甲二)は、「生産物または仕事の目的物が他の財物の成分、原材料、部品等、その財物の一部として使用される場合において、被保険者が生産物または仕事の目的物が当該財物自体を損壊したことによる損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補しない」旨定めるものであるが、本件保険契約には上記不良完成品不担保追加条項が付されていない。
控訴人は、同条項が付されていないから、不良完成品である本件保護マットそれ自体に係る損害についても、保険金の支払によるてん補がなされるべきである旨主張する。
確かに、不良完成品不担保追加条項が付されていない場合、一般的には、ある部品メーカーが、自社の部品を使って完成する生産物又は仕事の目的物を当該部品の瑕疵によって損壊したときは、当該部品が一個の生産物又は仕事の目的物となり得るため、当該部品を使った完成品の損壊は、他人の財物の損壊になり得ると解することができる。
しかし、上記不良完成品不担保追加条項にいう「生産物または仕事の目的物」も、生産物賠償責任保険契約の全体を通じて統一的に解釈されるべきところ、前記のとおり、本件保険契約において、「生産物又は仕事」は「表面保護フィルムマット等製造」と明記されていること等からすれば、控訴人が行う仕事の目的物は、光拡散フィルム全体(本件保護マット)というべきであることは、前記(1)(2)のとおりであるし、上記不良完成品不担保追加条項が付されることによって免責されるのは、生産物又は仕事の目的物が他の財物の一部として使用される場合で、生産物又は仕事の目的物によって当該他の財物を損壊した場合であり、本件のように、a社から供給された本件基本マットにa社から支給される塗料でコーティング加工するという場面とは形態を異にするから、本件保険契約に上記不良完成品不担保追加条項が付されていないとしても、仕事の目的物それ自体である光拡散フィルム全体(本件保護マット)のそれ自体に係る損害は、本件保険契約に基づくてん補の対象とならないことは明らかというべきである。なお、控訴人は、不良完成品損害に関する実務で、損害に該当するとされているものとして、原材料としての砂糖に鉄くずが混入し、当該砂糖を使用して製造する菓子が販売できなくなった場合を例として挙げ、本件についても保険金支払されるべきであると主張するが、上記例はまさに仕事の目的物によって当該他の財物を損壊した場合といえるのであり、事例を異にするといわざるを得ない。
(4) そうすると、控訴人の請求のうち、本件事故による本件保護マットそれ自体に係る損害は、生産物特約条項二条が定める「仕事の瑕疵に基づく仕事の目的物の損壊それ自体の賠償責任を負担することによって被保険者が被る損害」に該当するから、被控訴人は、生産物特約条項二条によって、保険金の支払義務を免れるというべきである。
したがって、控訴人の本件請求のうち、本件事故による本件保護マットそれ自体に係る損害について保険金によるてん補を求める部分は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
二 本件保護マットにより生じた輝度上昇レンズの損傷による損害のてん補(争点2)について
(1) 控訴人は、a社から、その受注先において本件保護マットにより輝度上昇レンズの損傷が生じたことによる損害二一五万二七五三円の補償を要求され、これを支払った(前提事実(5))ところ、《証拠省略》によれば、a社が受注先(計三社)に納入した本件保護マットによって輝度上昇レンズが傷付いたため、受注先一は、輝度上昇レンズ六〇三メートル分(九九万七九六五円相当)の廃棄を、受注先二は輝度上昇レンズを補修するために費用(九四万三七一四円)の支出を、受注先三は、関税(四万三九八三円)を支払って輸入した輝度上昇レンズ合計七七五メートル分(一六万七〇九一円相当)の廃棄をそれぞれ余儀なくされ、a社はこれら受注先の損害に係る賠償責任を負担することになったことが認められ、これによれば、本件保護マットにより生じた輝度上昇レンズの損傷について、控訴人が法律上の賠償責任を負担することによって被った損害は二一五万二七五三円であることが認められる。
この点、被控訴人は、a社に対する控訴人の上記支払は本件加工委託契約上の欠陥品の補償に関する特約に基づいて支払われたものであるから、「法律上の賠償責任を負担することによって被保険者が被る損害」に該当しない旨主張するが、少なくとも、受注先において輝度上昇レンズの損傷が生じたことによる損害に係る上記支払は、同特約に基づくものではなく、法律上の賠償責任の履行としてなされたものであると認めるのが相当であり、被控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 本件保護マットにより生じた輝度上昇レンズの損傷に係る損害は本件事故によるものであり、これについて、賠償責任を負担したことにより控訴人が被った損害二一五万二七五三円については、本件保険契約に基づくてん補の対象となるというべきである。
三 遅延損害金の起算点について
控訴人は、平成一九年三月九日、被控訴人に対し、定型書式で保険金を請求したと主張し、その翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求する。
しかし、控訴人が主張する定型書式は、「生産物賠償責任保険事故通知書」であって、控訴人が平成一九年三月九日付で被控訴人に提出した同通知書(甲八)には「事故発生状況」欄に「X(控訴人)において委託加工時に金属異物が混入し、客先でクレームが発生した」と記載されているだけであり、具体的な瑕疵の内容、生産物特約条項においててん補される拡大損害の内容及びその損害額の記載もないものであるから、その内容からして、被控訴人に対する保険金の請求とは認められない。
したがって、控訴人代理人弁護士を通じて保険金七三〇〇万円の支払を請求した同年九月一〇日(前提事実(6))をもって、被控訴人に対し、本件保険契約に基づく保険金の請求をしたというべきである。
そして、本件保険契約における保険金の支払は、原則として、被保険者から保険金の請求を受けた日から三〇日以内に保険金を支払う旨定められており(前提事実(2)ク(イ))、また、本件において、その期間内に被控訴人において必要な調査を終了できなかったことを認めるに足りる証拠もない以上、本件保険契約に基づきてん補される上記保険金二一五万二七五三円の支払期限は、控訴人が被控訴人に対し、本件保険契約に基づく保険金の請求をした平成一九年九月一〇日から上記約款所定の三〇日の猶予期間を経過した同年一〇月一〇日であると認めるのが相当である。
この点、控訴人は、請求から三〇日を経過しないと保険金の支払期限が到来しないとする本件約款は、本件のように、保険金支払義務者に保険金支払意思のないような場面では適用されるべきではない旨主張するが、保険金の支払に当たっては、それに先立って、保険会社において損害の範囲の確定、損害額の評価、免責事由の有無等について調査する必要があるという保険制度に内在する手続上の必要性から、その調査のために必要な一定期間内は保険会社が保険金支払について遅滞の責めを負わないとされているのであるから、本件の場合にその適用がないということにならない。
したがって、控訴人の遅延損害金の請求は、平成一九年一〇月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による支払を求める限度で理由がある。
四 以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人に対し、二一五万二七五三円及びこれに対する平成一九年一〇月一一日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余については理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし(なお、原判決主文第一項中に「平成一九年一一月一一日」とあるのは「平成一九年一〇月一一日」の誤りであることが原判決の理由自体から明白であるから、民訴法二九七条、二五七条により原判決主文第一項を本判決のとおり更正することとする。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 塚本伊平 山本善彦)