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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)1234号 判決 2009年11月27日

控訴人(原告)

X1

控訴人(原告)

X2

控訴人(原告)

X3

控訴人(原告)

X4

控訴人(原告)

X5

控訴人(原告)

X6

控訴人(原告)

X7

控訴人ら訴訟代理人弁護士

在間秀和

平方かおる

村本純子

井上健策

被控訴人(被告)

西日本電信電話株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

高坂敬三

夏住要一郎

田辺陽一

嶋野修司

加賀美有人

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人X1及び同X3に対し各722万6138円,控訴人X2に対し651万9092円及びこれらに対する平成19年5月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人X4,同X5,同X6及び同X7に対し各946万1514円及びこれらに対する平成20年5月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  控訴人らは,いずれも被控訴人に雇用されていた者であるが,被控訴人において,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年雇用安定法)9条1項が定める措置を講じないで,控訴人らを満60歳をもって定年退職させたことが,定年後の継続的雇用を確保すべき義務に違反し,少数労働組合の組合員である控訴人らに対する報復的意図があったなどと主張して,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,控訴人らが継続勤務したときに得られるべき賃金相当額及び弁護士費用(各50万円)の支払を求めた(遅延損害金の起算日は各訴状送達の日の翌日)。

2  原判決は,高年雇用安定法9条には私法的効力はなく,被控訴人が導入した3種類の雇用形態等は同条1項2号の継続雇用制度の趣旨に沿うものであり,被控訴人において控訴人らが期待する継続雇用制度を採用しなかったことが控訴人らに対する雇用上の義務違反に該当したり,あるいは控訴人を定年後も継続雇用しなかったことが控訴人らに対する報復に当たるということもできないと説示して,控訴人らの請求をいずれも棄却した。

3  前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」欄「第2 事案の概要」の2ないし4(3頁17行目から26頁25行目まで)に記載のとおりであるので,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人らの請求は理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」欄「第3 当裁判所の判断」の1及び2(27頁1行目から44頁9行目まで。ただし,38頁21行目から22行目にかけての「再雇用に関する就業規則を制定して」を「現に後に制定された再雇用に関する就業規則において就業規則上の明文化もされたように」と訂正する。)に説示するとおりであるので,これを引用する。

2  当審における控訴人らの主張について

(1)  高年雇用安定法9条の私法的効力

ア 控訴人らは,当審においても,高年雇用安定法9条について私法的効力を認めるべきであるとし,①同条は雇用生活と年金生活との間に空白期間が生じないようにしたものであり,その意味では高年齢者の生存権を保障する重要な意味のある労働条件規整であるから,憲法27条2項に基礎を置く規定であること,②同条の規定する65歳までの雇用確保措置は,平成2年から平成16年までにわたり,段階的に努力義務から法的義務とされたが,65歳までの雇用延長という政策目的実現のためには,本来は定年の廃止や定年年齢の65歳までの引き上げを義務づけることが望ましいところ,一挙にその措置を講じるのが困難であるため,雇用継続制度という柔軟な選択肢を用意したのであり,それを理由に私法的効力を否定することはできず,緩やかな措置も行わないで60歳定年を維持して労働者を60歳で退職させる事業主の態度は,緩やかな措置が用意されていない場合に比して,より非難されるべきであること,③公法的性格を有する法律においても,私法的強行性が認められるものは多数存在するし,社会政策誘導立法ないし政策実現型立法であることも,私法的効力を否定する理由とはならないこと,④同法に努力義務が多いという点は,同法8条が私法的効力を有するという点に異論が認められない以上,同法9条の私法的効力を否定する理由とはならないし,義務規定に違反した場合の措置が厚生労働大臣による助言,指導,勧告という緩やかな措置に止まっていて,罰則のないことも,私法的効力の存否には論理的な関係がないこと,⑤同法には,労基法13条のような明文規定がないが,同条は私法的効力を確認した規定であることは解釈に争いがないから,高年雇用安定法に同様の規定がないからといって私法的効力を否定することはできないし,補充的効力が明記されていないときでもそれを認めることに合理性があり,立法者意思と矛盾しないと解されるときは,労基法13条の類推解釈などにより補充的効果を認めるべきであること,⑥高年雇用安定法8条は,同法9条が努力義務でなくなった後も,定年年齢を65歳まで引き上げていないとの点も,同法に私法的効力がないことの理由とはならないこと,⑦「高年雇用違反の私法的効果」について,これを明確に否定するのは「厚労省Q&A」のみであり,学説は何らかの形で私法的効果を肯定していること,⑧雇用継続制度が導入されていないときは,定年年齢の引き上げか,定年制の廃止が行われるべきであり,そうであれば給付義務の内容が不確定であるということにはならないこと,⑨65歳までの雇用継続,確保は世界的趨勢となっていて,わが国においても高年雇用安定法が改正を重ねた結果,現在の9条に改正され,基本的に65歳までの雇用継続が法的義務とされたことは,このような社会的状況に基づいていることから,その法的義務をことさらに緩やかに解して,経営者の企業利益を優先し,高年齢労働者の労働権,生存権をないがしろにすることは許されず,同法9条の解釈に当たっても,雇用確保措置を行わない事業主に対して何らの私的責任を追及することもできないのであれば同条は空文化してしまうことを指摘し,原判決の結論は憲法13条,27条1項に違反すると主張する。

イ しかしながら,高年雇用安定法9条に私法的効力のないことは,原判決(33頁13行目から36頁1行目まで)のとおりであり,同法の性格・構造・文理・違反の制裁の規定,法改正の経緯及び立法者の意思,並びに私法的効力の違反の効果が不確定であることからして,控訴人ら主張のような解釈は採用することができず,当該解釈が上記憲法の条項に違反することもなく,したがって,控訴人らが被控訴人の定めた本件制度,あるいはキャリアスタッフ制度の廃止を無効として,継続雇用されるべき地位にあったことを被控訴人に主張することはできないというべきである。

(2)  本件制度の高年雇用安定法との適合性及び雇用条件の不利益変更

ア 控訴人らは,原判決が,被控訴人の構造改革に伴う雇用形態選択制度(本件制度)を定めたことについて,これが高年雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度に該当するという判断を誤りとし,本件制度を導入してキャリアスタッフ制度を廃止したことが就業規則の不利益変更に当たると主張する。

イ 確かに,本件制度においては,従業員が60歳を超えて就業を継続するためには,被控訴人の定年年齢の10年も前に,「繰延型」,「一時金型」の雇用形態を選択しなければならないが,そのためには51歳の時点で被控訴人を退職し,地域会社に転籍して1年更新の不安定な条件で再雇用され,遠隔地への配転は免れるものの,20から30パーセントの減給を甘受することになるのであり,また,「60歳満了型」を選択した者については,従前のキャリアスタッフ制度が廃止されたことにより,以後の再雇用の道が絶たれることになるなど,被控訴人の従業員に少なからず不利益を与えることは控訴人らの主張するとおりである。

そして,控訴人らは,継続雇用制度は,「現に雇用している55歳以上の者(高年雇用安定法2条1項,同法施行規則1条)が希望するとき」にその者を継続雇用する制度でなければならないのに,本件制度では当該年齢より以前に雇用形態の選択を強いられること,継続雇用制度は現に雇用している会社に引き続いて雇用されることを前提としているのに,本件制度では転籍が行われること,継続雇用制度は65歳まで雇用の継続が確実でなければならないのに,本件制度では転籍先で1年更新の不安定な雇用を余儀なくされること,継続雇用制度においては合理的に思考する労働者の少なくとも相当数が実質的に自由な意思で継続雇用を選択するであろうといえるものでなければならないのに,本件制度は従業員の自由な意思が反映されるものではないことを指摘し,本件制度は高年雇用安定法の趣旨に適合しないと主張する。

ウ しかしながら,本件制度が高年雇用安定法に適合しないとはいえないことは原判決(36頁5行目から42頁4行目まで。ただし,前記訂正ずみのもの。)の説示するとおりである(なお,仮にこれが適合しないとしても,同法9条については私法的効力がないことは前記のとおりであるから,その適合しないことだけを理由に本件制度が無効であるとして,従前のキャリアスタッフ制度の適用を求め,あるいは60歳以降においても従業員の地位があると主張し,雇用が継続されなかったことを理由に債務不履行や不法行為に基づき損害賠償を求めることは認められないというべきである。)。

そして,NTTの民営化や電気通信事業の民間への開放,その結果としての競争の激化と大幅な赤字の計上,高齢者の増加と少子化,年金の支給年齢の引き上げを要因とする雇用延長の要請などの社会的,経済的環境のもとに,NTTの労働組合員の99パーセントを擁するNTT労組の同意を得て(かつ少数組合とも交渉を経て),本件制度が導入された(キャリアスタッフ制度は廃止された)という経緯からして,これがNTTの従業員に就業規則等の不利益をもたらすとしても,その不利益変更にはその法的規範性を是認するだけの合理性があるというべきである。

エ また,控訴人らは,被控訴人において,平成18年の改正後の高年雇用安定法9条2項における協定があったのは,同法が義務づけた「継続雇用制度」についてであって,被控訴人が平成14年に導入した構造改革としての雇用形態選択制度(本件制度)ではないから,平成14年の本件制度の導入前に,NTT労組と被控訴人とが協議していたとしても,上記改正後の同法が導入した「雇用継続制度」についての協議があったことにはならないと主張するが,本件制度の実施についても被控訴人とNTT労組との合意があったことは控訴人らも認めるところであり,本件制度の導入やキャリアスタッフ制度の廃止について,控訴人らやその所属する本件合同労組の同意がないことを理由に,控訴人らに対してその効力がないという主張は失当である。

カ さらに,控訴人らは,構造改革による雇用形態の選択や,その後の再選択においてはキャリアスタッフ制度を廃止することから,被控訴人に残る労働者はもはや60歳以降は雇用されないので,本件制度が高年雇用安定法の趣旨に添わないものであることを説明すべきであったし,控訴人らにおいて,「60歳満了型」を選択したことはないので,従業員の同意があったとはいえないと主張する。しかしながら,本件合同労組に所属する控訴人らにおいて,雇用形態の選択・再選択の際に,「60歳満了型」を選択すれば,もはや他の雇用形態を選択することができないことを了知することができなかったということはあり得ないというべきであり,控訴人らの上記主張は失当である。

キ なお,控訴人らは,控訴人X1及び同X2が,雇用保険における失業保険給付について,労働局雇用保険審査官から,解雇等による離職の場合において60歳以上の労働者が最大限受給される期間である240日の支給を認められたことを主張するが,同事実によって,厚生労働省当局が本件制度の違法性を認めたことにはならない。

3  よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 菊池徹 裁判官 前原栄智)

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