大阪高等裁判所 平成21年(ネ)1293号 判決 2009年9月17日
控訴人(第1審原告)
X
同法定代理人親権者母
A
同訴訟代理人弁護士
川原俊明
同
稲永泰士
被控訴人(第1審被告)
株式会社損害保険ジャパン
(以下「被控訴人損保ジャパン」という。)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
阪口春男
同
原戸稲男
被控訴人(第1審被告)
大同生命保険株式会社
(以下「被控訴人大同生命」という。)
同代表者代表取締役
C
同訴訟代理人弁護士
平山三徹
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人損保ジャパンは、控訴人に対し、5000万円及びこれに対する平成19年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人大同生命は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成19年9月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、D(以下「D」という。)の長男である控訴人が保険会社である被控訴人らに対し、被保険者であるDが死亡したので、保険契約に基づき、約定の保険金の支払とこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
原審は、Dの死亡が自殺と推認されるので、本件死亡が「急激かつ偶発的な外来の事故」ないし「不慮の事故」によるものと認めることはできないとして、控訴人の請求をすべて棄却したため、これを不服として控訴人が控訴したものである。
2 前提事実(証拠の記載のないものは当事者間に争いのない事実である。)
(1) 控訴人(平成○年○月○日生まれ)は、D(平成○年○月○日生まれ)と控訴人の法定代理人親権者であるA(以下「A」という。)との間の長男であるが、DとAは、平成18年6月19日、Aを控訴人の親権者と定めて離婚した(甲3)。
(2) Dは、死亡当時、大阪弁護士会に所属する弁護士であり、a法律事務所を経営していたところ(甲17)、平成19年6月26日に死亡した。
その死体検案書(甲10)には、直接死因として轢死との記載があり、「死因の種類」欄には、「自殺」に該当する番号にではなく、「その他及び不詳の外因」に該当する番号に「○」が記載されている。
(3) 被控訴人損保ジャパンは、損害保険業等を主たる業とする株式会社であり、被控訴人大同生命は、生命保険業等を主たる業とする株式会社である。
(4) Dは、被控訴人損保ジャパンの次の保険(傷害特約付き所得補償保険。以下「本件保険1」という。)に加入していた。
ア 傷害保険金 5000万円
イ 保険証券番号 <省略>
ウ 保険期間 平成19年5月1日午後4時から
平成20年5月1日午後4時まで
エ 特約 傷害特約付き
オ 被保険者 D
(5) Dは、被控訴人大同生命の次の保険(災害保障特約付き団体定期保険。以下「本件保険2」という。)に加入していた。
ア 死亡保険金 2000万円
災害保険金 1000万円
イ 保険証券番号 <省略>
ウ 被保険者番号 <省略>
エ 特約 災害保障特約付き
オ 被保険者 D
(6) 控訴人は、平成19年9月、被控訴人大同生命から、上記(5)の死亡保険金2000万円を受領した。
(7) 控訴人は、本件保険1及び2の各保険金の受取人である(弁論の全趣旨)。
(8) 本件保険1の約款には、被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故」により身体に被った傷害に対して保険金(死亡保険金及び後遺障害保険金)を支払う旨の規定(傷害による死亡・後遺障害担保特約条項1条1項)と被保険者の被った傷害が保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失による場合は、保険金を支払わない旨の規定(同特約条項7条1項1号)がある(乙1)。
また、本件保険2の約款には、被保険者が「不慮の事故」による傷害を直接の原因として、その事故の日から起算して180日以内に死亡したときは災害保険金を支払う旨の規定(団体定期保険災害保障特約条項(H2)5条1項1号)及び「対象となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来の事故で、かつ、昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和54年版」によるものとします」との規定(同特約条項別表1)があるほか、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失により死亡した場合は、保険金を支払わない旨の規定(同特約条項14条1項1号)がある(丙2)。
3 当事者の主張
(1) 控訴人
ア Dは、平成19年6月26日午後8時20分ころ、兵庫県尼崎市<以下省略>所在の西日本旅客鉄道株式会社立花駅(以下「立花駅」という。)3番ホームから転落し、走行中の鉄道車両(以下「本件車両」という。)と衝突して轢死するという事故により死亡(以下「本件死亡」という。)した。
イ Dの本件死亡について、被控訴人らが、免責事由であるDの故意又は重過失による事故であることを主張、立証する責任を負い、控訴人は、保険事故発生の偶発性についての主張立証責任を負わないと解すべきである。その理由は以下のとおりである。
第1に、本件保険1及び2の約款において、保険金支払要件である傷害の定義として、「急激かつ偶然の外来の事故」、「不慮の事故」などと定め、保険金請求者側にその主張立証責任があるかのような条項を定める一方で、保険契約者及び被保険者の故意、重過失による傷害の場合などを保険者の免責事由と定めている。これらの条項は、相矛盾する条項であり、保険契約者らは、保険金請求者と保険者のいずれが事故の偶然性について主張立証責任を負うのか約款の文言を比較対照したのみでは直ちに判別できない。今日まで長期間にわたり、このような保険契約者にとって容易に判別できない相矛盾する約款の条項を放置してきた保険者側の責任は重く、本件保険1及び2の約款のうち、保険金支払要件について定めた「急激かつ偶然な外来の」、「不慮の事故」の部分は、いずれも信義則ないし消費者契約法10条により無効であるから、保険者である被控訴人らに、免責事由である保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失による事故であることを主張、立証する責任があり、控訴人は、Dの本件死亡事故発生の偶然性について主張立証責任を負わない。
第2に、被控訴人らが援用する二つの最高裁平成13年4月20日第二小法廷判決は、最高裁平成16年12月13日第二小法廷判決及び平成19年7月6日第二小法廷判決によって、変更されたものというべきであるから、この点からも傷害事故の偶然性についての主張立証責任は保険者側が負うべきである。
ウ Dは、同日の午後7時から7時30分ころまで、大阪市中央区にあるa法律事務所で仕事をし、その後JR神戸線で立花駅に向かい、交通事故の事故現場を視察した後、帰宅のため、再度立花駅から自宅のある大阪方面に向かう普通電車を待つため、3番ホームにいたところ、何らかの事故又は第三者による故意・過失により(何者かに突き落とされたという可能性もある。)、同ホームから転落したものと考えられる。
エ a法律事務所の経営状態は良好であり、Dは、Aと協議離婚しているが、その原因は、Dが別の女性と内縁関係にあったことによるものであるから、Dには自殺する動機がない。また、Dは、本件死亡の当日も普段と変わらない様子で仕事をしており、Dが自殺するとは到底考えられない。
オ したがって、被控訴人損保ジャパンは、控訴人に対し、傷害保険金5000万円を支払う義務があり、また、被控訴人大同生命は、控訴人に対し、災害保険金1000万円を支払う義務がある。
(2) 被控訴人損保ジャパン
ア 商法には、損害保険と生命保険に関する規定はあるが、傷害保険に関する規定がないため、傷害保険契約に関する解釈は、専ら当事者間の合意、すなわち、保険約款に委ねられていると解されるところ、本件保険1の約款には、被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故」により身体に被った傷害に対して保険金(死亡保険金及び後遺障害保険金)を支払う旨の規定(傷害による死亡・後遺障害担保特約条項1条1項)があるから、本件保険1において、保険金を請求する者は、当該事故が「急激かつ偶然な外来の事故」であることまで主張・立証しなければならない。
イ 本件車両の運転士の目撃証言(丙3)によれば、Dは、自らの意思でホーム上から線路内に進入したものであって、本件死亡は、事故によるものではなく、自殺によるものといわざるを得ない。すなわち、現場の状況からすれば、ホームにいる旅客が通常の注意を払っていれば、接近してくる本件車両の存在を予見することができるから、そのような状況において、あえてホームの線路脇の位置に接近し、誤って線路内に転落することは考え難い。また、Dの自宅は大阪市内にあるところ、Dが本件死亡の当日、なぜ立花駅にいたのかは不明であり、疲労や飲酒等により、転倒の危険性のある身体状況にあったことは確認されていない。さらに、自殺を意図する者の内心の心理は様々であり、突発的な自殺もある反面、計画的な場合でも、周囲に気付かれないように平静を装っていた可能性も否定することはできない。したがって、本件死亡が「急激かつ偶然な外来の事故」によるものということはできない。
ウ 上記のとおり、現場の状況からすれば、容易に線路内に転落することは考えられないところ、仮にそうであるとすれば、Dには重大な過失があるから、被控訴人損保ジャパンは、本件保険1の上記約款により免責される。
エ 本件保険1の約款には、被控訴人損保ジャパンが、特別な事情により、保険金の請求手続が完了した日から30日以内に必要な調査を終えることができないときは、その調査を終えた後に、遅滞なく保険金を支払う旨の規定(25条2項)があるところ、被控訴人損保ジャパンは、Dの死因等について調査中であるから、保険金支払義務の期限は到来していない。
(3) 被控訴人大同生命
ア 生命保険契約に付加された災害割増特約における災害死亡保険金の支払事由を不慮の事故による死亡とする約款に基づき、保険者に対して災害死亡保険金の支払を請求する者は、発生した事故が偶発的な事故であることについて主張立証すべき責任を負う(最高裁平成13年4月20日第二小法廷判決・民集55巻3号682頁参照)。すなわち、生命保険契約においては、死亡保険金につき、被保険者の死亡という事実のみを保険事故発生の要件としているのに対し、特約としての災害割増特約に基づく災害死亡保険金に関しては、約款の「不慮の事故」、すなわち、「急激かつ偶発的な外来の事故」による被保険者の死亡という一連の事実全体を支払要件として定めている。
イ 本件死亡は、急激かつ偶発的な外来の事故によるものではなく、Dの自殺によるものである。すなわち、本件車両の運転士の説明によれば、Dがホームの中程から線路内に走り込んだというのであり、過失による転落等と考える余地はなく、成人男子が、ホームから軽々に線路内に転落するとは考え難く、危険を回避する放送もされていたのであるから、その行為は故意によるものといわざるを得ない。また、自殺者の心理は複雑であり、身内や周囲の人間にとっても容易に知り得るものではなく、自殺者のすべてが身の回りの整理をして自殺するわけでもない。
ウ 仮に、本件死亡がDの自殺でないとしても、上記のとおり、Dには線路内に転落したことにつき重大な過失があるから、被控訴人大同生命は、本件保険2の上記約款により免責される。
4 争点
(1) 事故発生の偶然性についての主張立証責任
(2) 本件死亡の偶然性
第3判断
1 争点(1)(事故発生の偶然性についての主張立証責任)について
(1) 上記前提事実のとおり、Dは、被控訴人損保ジャパンの傷害特約付き所得補償保険(本件保険1)と被控訴人大同生命の災害保障特約付き団体定期保険(本件保険2)にそれぞれ加入していたところ、平成19年6月26日、立花駅において本件車両に轢かれて死亡した(「本件死亡事故」)。
(2) 控訴人は、被控訴人らに免責事由である保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失による事故であることを主張立証する責任があり、控訴人は事故発生の偶然性について主張立証責任を負わないと主張するので、検討する。
ア 本件保険1について
商法には、損害保険と生命保険に関する規定はあるが、傷害保険に関する規定がないので、傷害保険契約に関する解釈は、専ら当事者間の合意、すなわち、保険約款に委ねられていると解される。そして、本件保険1に適用される保険約款(以下「本件約款1」という。)には、被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故」により身体に被った傷害に対して保険金(死亡保険金及び後遺障害保険金)を支払うこと及び被保険者の故意、自殺行為によって生じた損害に対しては保険金を支払わないことがそれぞれ定められているところ、本件約款1に基づき、保険者に対して死亡保険金の支払を請求する者は、発生した事故が偶然な事故であることについて主張、立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。なぜなら、本件約款1中の死亡保険金の支払事由は、急激かつ偶然な外来の事故とされているのであるから、発生した事故が偶然な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであるのみならず、そのように解さなければ、保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果、保険制度の健全性を阻害し、ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからである。本件約款1のうち、被保険者の故意等によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の定めは、保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり、被保険者の故意等によって生じた傷害であることの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである。(最高裁判所平成13年4月20日第二小法廷判決・判例時報1751号171頁参照)
イ 本件保険2について
本件保険2に適用される保険約款(以下「本件約款2」という。)によれば、主契約及び定期保険特約における死亡保険金の支払事由は被保険者が保険期間中に死亡したときであるとされているが、災害保障特約における災害死亡保険金の支払事由は不慮の事故を直接の原因として、その事故の日から180日以内に死亡したときであるとされ、さらに不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故で、かつ昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目のうち上記約款の別表1に掲げられたものをいうとされている。また、本件約款2によれば、被保険者の故意により上記災害保障特約における災害死亡保険金の支払事由に該当したときは災害死亡保険金を支払わない場合に当たるとされている。そして、本件約款2に基づき、保険者に対して災害保障特約における災害死亡保険金の支払を請求する者は、発生した事故が偶発的な事故であることについて主張、立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。なぜなら、本件約款1の場合と同様に、本件約款2中の災害保障特約に基づく災害死亡保険金の支払事由は、不慮の事故とされているのであるから、発生した事故が偶発的な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであるのみならず、そのように解さなければ、保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果、保険制度の健全性を阻害し、ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからである。本件約款2のうち、被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したときは災害死亡保険金を支払わない旨の定めについても、災害死亡保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり、被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したことの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである。(最高裁判所平成13年4月20日第二小法廷判決・民集55巻3号682頁参照)。
ウ 以上によれば、本件死亡事故が偶発的な事故であることについては、保険金請求者である控訴人に主張立証責任があるものというべきである。
エ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、本件保険約款1、2において、保険金支払要件である傷害の定義として、「急激かつ偶然の外来の事故」、「不慮の事故」などと定め、保険金請求者側にその主張立証責任があるかのような条項を定める一方で、保険契約者及び被保険者の故意、重過失による傷害の場合などを保険者の免責事由と定めており、相矛盾する条項となっているため、保険契約者にとって、事故の偶然性の主張立証責任の所在を容易に判別できないところ、このような相矛盾する約款の条項を長年放置してきた保険者側の責任は重く、本件約款1、2のうち、保険金支払要件について定めた「急激かつ外来の」、「不慮の事故」の部分は、いずれも信義則ないし消費者契約法10条により無効であるから、保険者である被控訴人らに、免責事由である保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失による事故であることを主張、立証する責任があり、控訴人は、Dの本件死亡事故の偶然性について主張立証責任を負わない旨を主張している。そして、控訴人の上記主張が、前記二つの平成13年4月20日の最高裁判決(以下「平成13年最高裁判決」という。)における補足意見が約款改訂を求めていることに依拠していることは明らかである。しかしながら、控訴人が指摘する本件約款1、2における事故の偶発性に関する主張立証責任の問題は、平成13年最高裁判決によってひとまず決着がついたのであるから、もはや保険契約者にとって事故の偶然性の主張立証責任の所在を容易に判別できない状況にあるとはいえないこと、上記補足意見が求める約款改訂は、主張立証責任の所在を約款上明確にさせる趣旨であり、そこにいう改訂の具体的内容は、同補足意見があくまで法廷意見に賛成の立場を前提とするものである以上、保険事故が偶発的なものであったことについて保険金請求者が主張立証責任を負うことを約款の文言上明確化するものであると解すべきであること、疑義のない約款条項の作成が容易にできるものであるかは疑問であることなどを総合勘案するならば、保険者側である被控訴人らが、控訴人の指摘にかかる本件約款1、2の条項を改訂してこなかったからといって、そのことから、本件約款1、2のうち保険金支払要件について定めた「急激かつ偶然の」、「不慮の事故」の部分が信義則ないし消費者契約法10条により無効をきたすものであると解することはできない。よって、この点に関する控訴人の主張は、その前提を欠き採用することができない。
(イ) 控訴人は、火災保険や盗難保険等の損害保険に関する最高裁判決を引用して、控訴人は、本件死亡事故発生の偶然性について主張立証責任を負わないと主張する。
確かに、原告が引用する最高裁判決は、火災保険について、火災保険金の支払を請求する者は、火災発生が偶然のものであることを主張立証すべき責任を負わないものと解すべきであるとしているが、その理由は、商法が火災によって生じた損害はその火災の原因いかんを問わず保険者が填補する責任を負い、保険契約者又は被保険者の悪意又は重大な過失によって生じた損害については保険者は填補責任を負わない旨定めており(商法665条、641条)、火災発生の偶然性いかんを問わず、火災の発生によって損害が生じたことを火災保険金請求権の成立要件とするとともに、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって損害が生じたことを免責事由としたものと解されることなどによるものである(最高裁平成16年12月13日第二小法廷判決・民集58巻9号2419頁参照)。なお、商法629条の定める保険事故の「偶然性」は、保険契約締結の時に、保険事故の発生又は不発生が予測されない(発生するかどうかが不確定である場合だけでなく、発生は確実であるが発生時期が不確定の場合を含む。)という意味であって、事故そのものの偶然性をいうものではないのである。
したがって、上記最高裁判決の事案は、本件保険1及び2の場合とは事案を異にし、本件における前記ア、イ、ウの判断は、控訴人が引用する上記平成16年12月13日の最高裁判決及びこれと同様の事案である盗難保険等の損害保険に関する最高裁判決と抵触するものではないから、控訴人の主張は採用することができず、控訴人は、Dの本件死亡事故発生の偶然性について主張立証責任を負うべきである。
(ウ) また、控訴人は、災害補償共済規約が「被共済者が急激かつ偶然の外来の事故で身体に傷害を受けたこと」を補償費の支払事由と定め、これとは別に「被共済者の疾病によって生じた傷害については補償費を支払わない」との規定を置いている場合、補償費の支払を請求する者は、被共済者の身体の外部からの作用による事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張、立証すれば足り、上記傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものではないことを主張、立証すべき責任を負わないとする最高裁判決(最高裁判所平成19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1955頁参照)により、平成13年最高裁判決が実質的に変更されたとも主張する。
しかしながら、平成19年7月6日最高裁判決の事案は、被共済者が昼食の餅をのどに詰まらせて窒息したというものであり、被共済者が急激かつ偶然の外来の事故で身体に傷害を受けたことが認められる事案であって、上記傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものかが争われたものであるから、同事案が、外部からの作用が存在し、これにより傷害が発生したことについては争いがなく、これと両立する、「その外部からの作用が生じた原因(間接的な原因)が疾病であるか否か」が争われているのに対し、本件保険1及び2の場合において、事故の発生原因が故意によるものか否か、換言すればそもそも外部からの作用が存在したか否かが択一的に争われているのであるから、事案を異にするというべきである。したがって、平成13年最高裁判決が上記平成19年7月6日最高裁判決によって変更されたものとは解されず、この点に関する控訴人の主張も採用することができない。
2 争点(2)(本件死亡の偶然性)について
(1) 被控訴人らはいずれも、本件死亡事故は、Dの自殺によるものであるから、「急激かつ偶然な外来の事故」ないし「不慮の事故」、すなわち、「急激かつ偶発的な外来の事故」には当たらないと主張し、本件死亡の偶然性を争っている。
これに対し、控訴人は、a法律事務所の経営状態は良好であり、Dは、Aと協議離婚しているが、その原因は、Dが別の女性と内縁関係にあったことによるものであるから、Dには自殺する動機がなく、また、Dは、本件死亡の当日も普段と変わらない様子で仕事をしており、特に変わったところや、思い詰めたところも見当たらなかったから、Dが自殺するとは到底考えられないと主張する。
(2) 上記前提事実、証拠(甲10、17、甲19の1ないし4、乙2の1ないし18、丙3、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア Dは、本件死亡事故発生当時、大阪弁護士会に所属する弁護士であり、大阪市中央区においてa法律事務所を経営していたところ、平成19年6月26日、午後から広島地方裁判所福山支部の交通事故の裁判に出廷し、夕方には、上記事務所に戻って仕事をしていた。
イ Dは、同日の午後7時ないし7時30分ころ、上記事務所を退所したが、その際、上記事務所に所属していたE弁護士に対し、「先帰るわ」「それじゃあ」などと声をかけたが、普段と特に変わった様子は見受けられなかった。
ウ Dは、同日午後8時14分ころ、立花駅の3番ホームから線路内に走り込み、同ホームに進入してきた姫路発米原行の上り快速電車(本件車両)に轢かれ、死亡した。即死であった。
(3) 上記認定事実によれば、Dは、立花駅の3番ホームから線路内に走り込み自殺したと推認するのが相当であり、Dが、過失によって上記ホームから転落したと認めるに足りる証拠はなく(Dが、疲労や飲酒等により転倒する危険性のある身体状況にあったと認めるに足りる証拠もない。)、また、Dが、何者かによって上記ホームから突き落とされたと認めるに足りる証拠もないから、少なくとも、本件死亡事故が「急激かつ偶然な外来の事故」ないし「不慮の事故」、すなわち、「急激かつ偶発的な外来の事故」によるものと認めることはできない。
(4) 控訴人の主張について
ア 控訴人は、本件車両の運転士は、ともすれば、自己が業務上過失致死罪に問われる可能性があり、自己の罪責を隠滅するために虚偽の供述をする可能性があるから、その供述の信用性は低いと主張する。
しかしながら、丙第3号証及び調査嘱託の結果によれば、本件車両の運転士は、「甲子園口駅を定通し速度約100km/hで惰行運転中、立花駅ホームに差し掛かったときに、ホーム中程から線路内に走り込む男性を約50m手前で発見し、直ちに非常ブレーキを使用するとともに非常気笛吹鳴するも衝撃し、防護無線を発報し現場を約280m行過ぎて停車した」というのであり、その内容は具体的かつ迫真性があって、上記運転士において直ちに非常ブレーキの使用及び非常気笛吹鳴という事故回避のための措置をとっていることがうかがわれるから、同運転士が前方注視を怠っていたとは考え難く、これを認めるに足りる証拠もない。したがって、本件車両の運転士にはなんらの落ち度もなかったのであるから、自己の罪責を隠滅するために虚偽の供述をしなければならないような必要性は認められず、その供述の信用性に疑問を差し挟む余地はないから、控訴人の上記主張は採用することができない。
イ 控訴人は、Dはa法律事務所を退所した後、JR神戸線で立花駅に向かい、交通事故の事故現場を視察し、帰宅のため、再度立花駅から自宅のある大阪方面に向かう普通電車を待つため、3番ホームにいたと主張し、E弁護士作成の陳述書(甲17)には、Dが立花駅付近で発生した交通事故の現場を見に行った可能性があるとの記載があるが、同記載は、いまだ推測の域を出るものではないから、Dが立花駅にいた理由は不明というほかなく、上記主張は採用することができない。
ウ 控訴人は、上記のとおり、Dには自殺する動機がなく、特に変わったところや、思い詰めたところも見当たらなかったから、Dが自殺するとは到底考えられないと主張し、a法律事務所に所属していたE弁護士、同事務職員のF及びA作成の各陳述書(甲17、18、21)にも同旨の記載があるほか、死体検案書(甲10)の「死因の種類」欄には、「自殺」に該当する番号にではなく「その他及び不詳の外因」に該当する番号に「○」が記載されている。
しかしながら、Dの自宅は大阪市内にあるところ、上記のとおり、Dが本件死亡時に立花駅にいた理由は不明というほかなく、自殺を意図する者の内心の心理は様々であって、突発的な自殺もある反面、計画的な場合でも、周囲に気付かれないように平静を装っていた可能性も否定することはできないから、上記各証拠は、いまだ、本件死亡がDの自殺である可能性を否定するものということはできず、控訴人の上記主張は採用することができない。
(5) 以上によれば、控訴人の各保険金請求については、いずれも請求原因事実の証明が十分でないということに帰着する。
3 よって、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 大西忠重 井上博喜)