大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成21年(ネ)1885号 判決 2011年2月25日

住所<省略>

控訴人・被控訴人(原告)

X(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

津久井進

塩川茂

武田純

中園江里人

井上伸

足立友季世

酒井浩

住所<省略>

控訴人・被控訴人(被告)

大起産業株式会社

同代表者代表取締役

A(以下「1審被告会社」という。)

住所<省略>

控訴人・被控訴人(被告)

Y1(以下「1審被告Y1」という。)

住所<省略>

被控訴人(被告)

Y2(以下「1審被告Y2」という。)

住所<省略>

控訴人・被控訴人(被告)

Y3(以下「1審被告Y3」という。)

上記4名訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

1  1審原告の1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3に対する各控訴に基づき,原判決主文第1項及び第2項中の上記1審被告ら3名に関する部分を次の(1),(2)のように変更する。

(1)  1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3は,1審原告に対し,連帯して999万1880円及びこれに対する平成19年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告の1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3に対するその余の各請求をいずれも棄却する。

2  1審原告の1審被告Y2に対する控訴を棄却する。

3  1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3の各控訴をいずれも棄却する。

4  1審原告と1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を1審原告の負担とし,その余を上記1審被告ら3名の負担とし,1審原告と1審被告Y2との間に生じた訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。

5  この判決は,第1項(1)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告の控訴の趣旨

(1)  原判決を次の(2)以下のように変更する。

(2)  1審被告らは,1審原告に対し,連帯して1582万7820円及びこれに対する平成19年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも1審被告らの負担とする。

(4)  (2)につき仮執行宣言

2  1審被告ら(1審被告Y2を除く。)の控訴の趣旨

(1)  原判決中1審被告ら(1審被告Y2を除く。)の敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の1審被告ら(1審被告Y2を除く。)に対する請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。

第2事案の概要(略称は,特記しない限り,原判決の用法による。)

1  要旨

(1)  本件は,1審原告が,平成18年9月29日から平成19年3月5日までの間に1審被告会社に委託して行った原判決別紙建玉分析表記載の商品先物取引(本件取引)において,1審被告会社の当時の大阪支店支店長であった1審被告Y1並びに従業員であった1審被告Y2及び1審被告Y3は,適合性原則違反,説明義務違反,新規委託者保護義務違反に該当する勧誘行為や断定的判断の提供,実質的一任の下での1審原告の利益を犠牲にした手数料稼ぎを目的とする無意味な取引等を行い,これらは債務不履行や不法行為を構成するなどと主張し,1審被告会社に対しては債務不履行又は民法715条による使用者責任に基づき,その余の1審被告ら(1審被告従業員ら)に対しては同法709条,719条による共同不法行為に基づき,本件取引により生じた1審原告の損失1348万7820円,慰謝料100万円及び弁護士費用134万円の合計1582万7820円並びにこれに対する平成19年3月5日(本件取引の最終日)以降の年5分の遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

(2)  原審裁判所は,1審被告Y2に不法行為が成立することを否定して,1審被告Y2に対する請求を棄却し,また,1審被告Y1及び1審被告Y3には,平成19年2月20日以降の取引について適合性原則違反の違法な勧誘行為があり,1審被告Y3には,手仕舞い拒否の違法行為があったなどとして,1審被告ら(1審被告Y2を除く。)に対する請求について,87万7810円及び平成19年3月5日以降の年5分の遅延損害金の連帯支払を求める限度で,一部認容した。

(3)  そこで,1審原告及び1審被告ら(1審被告Y2を除く。)が,各自の敗訴部分を不服として,本件各控訴を提起した。

2  前提事実,争点,争点に対する当事者の主張

(1)  次のア~オのように削除訂正するとともに,後記(2)のように,差玉向かいの説明義務違反等に関する1審原告の当審における追加主張及びこれに対する1審被告らの認否,反論を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の1~3のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決3頁12行目の「平成25年8月11日」を「昭和25年8月11日」に改める。

イ 5頁5~8行目を削る。

ウ 11頁19行目の「前記原告の主張ア(ア)」を「前記1審原告の主張ア(イ)」に改める。

エ 12頁8行目の「商品取引未経験者」を「商品先物取引未経験者」に改める。

オ 18頁2行目の「前記被告の主張ア(ア)」を「前記1審被告らの主張ア(イ)」に改める。

(2)  差玉向かいの説明義務違反等について

(1審原告の当審における追加主張)

1審被告会社は,東京穀物商品取引所Non-GMO大豆(以下「N大豆」という。)について,1審原告がN大豆の取引を行っていた平成18年12月7日から平成19年3月5日までの期間中,1審被告会社の顧客からの委託に基づく売付けと買付けの数量に差がある場合には,その差と同数か,ほぼ同数の対当する自己玉を建て,いわゆる差玉向かいを行っていた。

商品取引員が行う差玉向かいには,商品取引員において,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするため,故意に,委託者に対し投資判断を誤らせるような情報を提供する危険が内在するなどの問題があり,商品取引員が差玉向かいを行っているということは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することのできない影響を与える。したがって,1審被告会社は,N大豆の商品先物取引を受託する前に,1審原告に対し,その取引について差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負い,取引期間中も,1審原告において,どの程度の頻度で,自らの委託玉が1審被告会社の自己玉と対当する結果となっているのかを確認することができるように,自己玉を建てる都度,その自己玉に対当する委託玉を建てた1審原告に対し,その委託玉が1審被告会社の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負っていた。それにもかかわらず,1審被告らは,上記説明や通知を一切行わなかったものであり,1審被告らには,説明義務違反及び通知義務違反がある。

上記のような説明義務や通知義務が果たされていれば,1審原告はN大豆の取引は行わなかったし,これらの義務違反は,新規委託者保護義務違反,適合性原則違反等に係る1審被告従業員らの違法な勧誘行為やその他の違法行為と一体となって,本件取引の違法性を基礎付けるものである。したがって,差玉向かいに係る説明義務違反と本件取引により1審原告の被った損害との間にも因果関係がある。

(上記1審原告の追加主張に対する1審被告らの認否,反論)

本件におけるN大豆について1審被告会社が行っていた差玉向かいは,恒常的なものではないし,1審被告会社は取引所の場勘定が大きく偏ることによるリスクヘッジを主たる目的として行ったものであり,委託者の利益を害することを目的とするものではない。

また,1審被告会社によるN大豆の差玉向かいについて,1審被告らに,1審原告に対する説明義務はあったとしても,通知義務まではない。

さらに,1審被告らにN大豆の差玉向かいについての説明義務違反があったとしても,本件取引は,商品先物取引に関する理解,経験のある1審原告が,自らの判断と責任において行ったものであるし,上記のとおり,差玉向かいは場勘ヘッジの目的をもって機械的に行われたものであるから,その目的などの説明を受ければ,1審被告らの提供する情報一般の信用性に対する1審原告の評価が低下することはなく,1審原告は取引を継続したであろうから,上記義務違反とN大豆に係る取引を含む本件取引による損失との間に因果関係はない。

第3当裁判所の判断

1  事実経過等について

前記前提事実に加え,証拠(甲A1~4〔枝番号を含む。〕,13,14,23,乙1~37〔枝番号を含む。〕,39,40,証人C,1審原告本人,1審被告Y3本人,1審被告Y2本人,1審被告Y1本人〔各証人尋問及び本人尋問はいずれも原審で行われたものである。以下で引用する証人の証言及び本人の供述についても同様である。〕,後記各説示部分で掲げる証拠)及び弁論の全趣旨によれば,次の(1)以下の事実が認められる。

(1)  1審原告の経歴,資産等

ア 1審原告は,昭和42年○月○日生(本件取引の当時39歳)で,平成3年にc大学を卒業した後,d株式会社に就職し,コンピュータソフトの出荷前検査部門で勤務していたが,平成12年に同社を退職し,個別指導の学習塾のフランチャイズチェーン「学習塾i」を経営する株式会社jとの間でフランチャイズ契約を締結した上,f市内のビルの1室を賃借して学習塾及びパソコン教室「a教室」を開校し,本件取引開始当時は,その個人経営者兼講師として稼働していた。

a教室の授業時間は,おおむね,学習塾が月曜から金曜の午後4時から午後10時,土曜の午前10時から午後0時,パソコン教室が月曜から水曜,金曜の午前10時から午後3時(昼休み1時間をはさむ。),土曜の午後1時から午後4時,日曜の午前10時から午後3時までであった。そして,毎日午前9時から午前10時までの間(ただし,パソコン教室のない木曜日は午後3時から午後4時までの間)は,1審原告は,授業の準備に時間を費やしていた。

イ 1審原告は,本件取引開始当時,a教室の経営により,年収500万円程度を得ていた。なお,平成16年のa教室の経営状況は,売上げが750万円余りあったものの,経費が売上げを上回り,140万円弱の赤字であり,当時アルバイトを2人雇っていた。

1審原告の本件取引開始当時の資産は,預貯金等の流動資産700万円,株式100万円,外国為替証拠金取引の証拠金100万円,生命保険解約返戻金110万円程度であった。

1審原告は,3歳の時から住むf市の市営住宅に居住し,実母と二人で暮らしていた。

ウ 1審原告は,平成2年ころから,株主優待制度を期待して,東宝や洋服の青山などの株式の現物取引を継続して行っていたほか,平成18年4月ころから,長期保有し金利差益を得る目的で外国為替証拠金取引を行っていたが,後記(2)のとおりサンワード貿易において取引を開始するまで,商品先物取引を行ったことはなかった。

エ (事実認定に関する補足説明)

なお,後記(3)エのとおり1審原告が本件取引の開始に当たり1審被告会社に提出した口座開設申込書(乙12)には,税込年収額欄に「1000万円」,流動資産額欄に「4500万円」と記載され,また,後記(4)オのとおり1審原告が1審被告会社に提出した投資可能資金額増額申出書(乙39)には,g信用金庫に2500万円を有している旨の記載がある。しかし,1審原告は,本件取引に係る委託証拠金に充てるために,平成18年12月5日にジャックスカードから40万円,オリックス・クレジット株式会社から50万円を,同月7日に株式会社クレディセゾンから100万円を,同月12日に株式会社武富士から50万円,シンキ株式会社から50万円,日本生命保険相互会社から100万0105円を,同月13日に同社から10万7737円をそれぞれ借り入れている(甲A5ないし10,1審原告本人,弁論の全趣旨)。上記申込書に記載されているような年収や流動資産を有しているのであれば,委託証拠金を払い込むために多数の金融機関等から借金をし,その借入先としていわゆるサラ金にまで手を出すとは通常考え難い。加えて,1審原告の住居が市営住宅であること,1審原告の経営するa教室も,ビルの1室を借りて行うフランチャイズチェーンの1つにすぎないもので,本件取引の開始当時,開設から7年程度しか経ておらず,平成16年時点では赤字を計上し,アルバイトも2人を雇う程度の小規模零細なものであったことなどをも併せ考慮すると,上記各記載は,1審原告の収入,資産状況を正確に反映したものとは認められず,それらの記載が,前記イの1審原告の年収額や資産状況についての認定を左右するものではない。

(2)  サンワード貿易における商品先物取引

ア 1審原告は,平成14年9月ころ,サンワード貿易株式会社の外務員から勧誘を受け,同月17日,同社に委託証拠金100万円を預託して,東京穀物トウモロコシ10枚を買い建て,商品先物取引を開始した。

イ 上記アのトウモロコシの値段が下がったことを受け,同月25日,委託証拠金50万円を追加入金して関西商品トウモロコシ10枚を売り建て,同年10月4日,同建玉を仕切って12万9000円の利益を出した。1審原告は,同月8日,上記利益のうち10万円を委託証拠金に入金し,東京穀物トウモロコシ6枚を買い建てたが,トウモロコシの値段が下がり続けたため,同月15日,上記建玉の仕切りにより,13万7580円の損を出すこととなった。1審原告は,同日,委託証拠金40万8580円を入金し,うち10万8580円を上記帳尻損に充てるとともに,関西商品トウモロコシ18枚を売り建て,同年11月8日に上記建玉を仕切り,60万9300円の利益を出した。

その後もトウモロコシの値段は下落傾向にあったため,1審原告が最初に買い建てた東京穀物トウモロコシは値洗い損の状態が続くこととなった。1審原告は,同年11月8日に関西商品トウモロコシを仕切った際の上記利益のうち60万円を同日及び同月11日の2回に分けて委託証拠金に入金し,上記東京穀物トウモロコシの追証に充て,上記建玉を持ち続けた。しかし,上記東京穀物トウモロコシの値段は回復せず,平成15年7月7日及び同月14日に各30万円を入金して上記建玉の追証に充てることとなり,同月15日,上記建玉を仕切り,300万0300円の損を出し,委託証拠金から10万9000円の返戻を受けてサンワード貿易での取引を手仕舞いした。なお,上記東京穀物トウモロコシの限月は同年9月であった。

ウ 上記取引における1審原告の委託証拠金入金額(利乗せ分を除く。)は合計250万8580円であり,手仕舞い時の返戻額は10万9000円であったことから,1審原告は,サンワード貿易での取引により,合計239万9580円の損失を被ることとなった。

(3)  本件取引開始に至る経緯

ア 1審被告Y2は,平成18年9月ころ,1審原告に電話をかけて商品先物取引の勧誘を試みたところ,1審原告から話を聞いてもよいとの返答を得た。1審被告Y2は,同月12日,a教室を訪問し,1審原告に対し,1審被告会社では,相関関係の強い商品間における価格差の拡大・縮小を捉えて売買する取引であるハイブリッド取引を特に勧めていると告げた上,ハイブリッド取引に関し,同じような動きをする2銘柄を選んで売建玉と買建玉を同時に持つことになるため,暴騰や暴落があっても追証がかかりにくいこと,売り時,買い時の判断には1審被告会社が独自に開発したコンピュータプログラムを利用し,標準偏差等を用いて適切な取引時期を割り出すことなどを説明した。1審被告Y2は,1審原告に対し,ハイブリッド取引に関するパンフレット(乙15の1)や「商品先物取引は証拠金取引であり,投下資本の十数倍以上の額の取引をするものであるため,投下資金以上の損失が生じることがあります。(後略)」などと記載された紙片(乙15の2)などを交付した。

イ 1審被告Y2は,平成18年9月13日及び同月20日,a教室を訪問してハイブリッド取引等について説明を行い,上記のいずれかの訪問時に,1審原告から,数年前に商品先物取引をして数百万円の損失を被った経験があると聞かされた。

ウ 1審被告会社の従業員のCが,平成18年9月25日,骨折した1審被告Y2に代わって,a教室を訪問した。

Cは,1審原告に対し,1審被告Y2の勧誘状況を尋ねたところ,1審原告は,ハイブリッド取引の勧誘を受けている,1審被告Y2はハイブリッド取引について追証がかからないようなことを言っていたと述べた。そこで,Cが,ハイブリッド取引は追証がかかりにくいが絶対に追証がかからないわけではないと話すと,1審原告は,それは分かっている,以前に追証で大変な目にあったことがあるなどと述べた。Cは,1審原告に対し,原油とガソリンの価格差チャート等を示して現況の説明をし,1審原告から,同月28日の再訪問時にハイブリッド取引をするかどうかの返事をするとの約束を取り付けた。1審原告は,サンワード貿易での取引によって約240万円の損失を被り,追証の支払に苦しんだ経験があったことから,先物取引に不安感を抱いていたが,1審被告Y2等から,ハイブリッド取引がコンピュータプログラムを利用し,追証もかかりにくく,リスクの比較的低い取引である旨の説明を受け,1審被告会社でハイブリッド取引を行うこととした。

エ Cが平成18年9月28日にa教室を訪問したところ,1審原告はガソリンと原油各2枚のハイブリッド取引をしてみると述べた。

そこで,Cは,1審原告に対し,「相場が逆に動いたとき」と題する書面(乙5。相場が客の建玉と反対の方向に動いた場合の対処方法を説明したもの)及び「受託業務管理規則の重要なポイント,商品先物取引の重要なポイント」と題する書面(乙6。同書面には,「商品先物取引(ハイブリッド取引も含む。)は投機です。」などと記載されていた。)を示し,所々に線を引くなどしながらその記載内容を簡単に説明した。

また,Cは,1審原告に対し,「商品先物取引 委託のガイド」(乙3の1・2。同ガイド上,商品先物取引の危険性や商品取引員の禁止行為などの商品先物取引に関する重要事項については,太字のゴシック体により,かつ,周囲が赤線で囲まれ注意が喚起されていた。)の記載内容について簡単に説明した上でこれを交付し,「『委託のガイド』アンケート」(乙4),「お取引の口座開設申込書」と題する書面(乙12。同書面の末尾には「私は,『受託契約準則』並びに『商品先物取引-委託のガイド』について説明・交付を受け,その内容についても充分理解したうえで,私の責任と判断において,上記の内容に基づき,貴社に商品先物取引の委託口座の開設を申し込みます。」との記載があり,その次に作成年月日と委託者の氏名を記入する欄がある。以下「本件口座開設申込書」という。)等に記入するよう依頼した。

1審原告は,上記アンケート中の「取引の仕組みや基礎知識について」,「商品先物取引の危険性について」,「投資可能資金額及び保護措置額について」,「当社が定める委託手数料について」等の各項目につき,いずれも「理解している」にそれぞれチェックマークを付け,その末尾に住所及び氏名を記載した。また,1審原告は,本件口座開設申込書中の税込年収額欄に「1000万円」,流動資産額欄に「4500万円」,投資可能資金額欄に「1000万円」,取引のご経験欄に「商品先物取引 2004年7月~2005年7月,1年間,300万円」,「株式現物取引 1990年5月~,16年間,500万円」,「外国為替証拠金取引 2006年4月~,5か月,200万円」などと記入した上,末尾に署名押印した。

オ 平成18年9月28日,1審被告会社の大阪支店管理部の統括管理責任者を務めていた1審被告Y1は,上記エのとおり1審原告から徴収された各書面及び1審原告の顧客カード(乙14)をチェックした上で,1審原告につき,商品先物取引に関する適合性があると判断し,1審原告の投資可能資金額を1000万円と設定することにした。

カ Cは,平成18年9月29日,a教室を訪問し,「約諾書・通知書」(乙1。なお,約諾書部分には,「私は貴社に対し,商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」旨が記載されていた。)に署名押印を受けてこれを徴収し,同日午前9時35分ころ,1審原告から,委託証拠金45万円の預託を受けて東工ガソリン2枚の買建玉及び東工原油2枚の売建玉を受注し(これらは,1審被告会社の推奨するハイブリッド取引に係るものであった。),本件取引が開始された。

キ (事実認定に関する補足説明)

なお,1審原告は,Cは,本件委託契約を締結するに際し,委託のガイドや「相場が逆に動いたとき」等の書面の内容を説明せず,商品先物取引の仕組みやリスクについても全く説明を行わなかった旨主張する。しかし,1審原告の上記供述は,「相場が逆に動いたとき」(乙5)及び「受託業務管理規則の重要なポイント,商品先物取引の重要なポイント」(乙6)の所々に線が引かれるなど,説明が行われた痕跡があること並びに上記各書面及び「『委託のガイド』アンケート」(乙4)末尾に説明を受けて理解した旨の記載及び1審原告の署名があることと矛盾し,直ちに採用することはできない。他に,1審原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

また,1審原告は,本件口座開設申込書を記載する際に,年収は500万円,流動資産は700万円,先物取引経験は3年前(2003年)まで約1年間であると述べたにもかかわらず,Cは,1審原告に指示して,年収は1000万円,流動資産は1500万円,先物取引経験は2004年7月から2005年7月までと事実に反する記載をさせた旨主張し,本人尋問において,上記主張に沿う供述をする。しかし,その主張,供述内容は,不自然であり,直ちに採用することができない。

(4)  本件取引の推移等について

ア 1審原告は,平成18年10月4日,1審被告会社の当時の従業員であったGから電話で建玉を勧められ,135万円を追加入金し,原油15枚の売り建てた。上記取引は,ハイブリッド取引ではなく,通常の商品先物取引であった。

イ 平成18年10月5日以降,1審原告について1審被告Y3が担当することとなったところ,1審原告は,同日,1審被告Y3から,原油の値段が上がりつつあるとして買建玉を勧められてガソリンの買建玉をし,同月10日,上記建玉を仕切って92万5500円の益を出し,同日上記益金全額を委託証拠金に入金した。

以後,1審原告は,1審被告Y3の勧誘により原判決別紙建玉分析表のとおり取引を続けた。

また,各取引日の取引終了時点の残建玉総数,値洗い損益(各取引日の残建玉を,当該取引日の終値で通算した仮定の損益金。手数料は含まないもの),差引損益額(当該取引日に行った取引によって生じた損益の金額),差引損益累計(当該取引日までに発生した損益の累計額),預入委託金計(当該取引日までに預け入れている委託金の合計額。1審原告が現金で出入金したものに,損益金からの振替分を加減したもの),預入現金額(1審原告が預け入れ,又は,払戻しを受けた現金の額),預入現金計(当該取引日までに1審原告が出入金した現金の累計額),仮想仕切額(当該取引日の残建玉を,同日の終値で仕切った場合の仮定の損益金額),仮税込手数料(当該取引日の残建玉をすべて仕切った場合の消費税を含む仮定の手数料),仮想実仕切額(仮装仕切額から仮税込手数料を控除した金額),実質損益金額(当該取引日までの差引損益累計額に,同日の値洗額と仮税込手数料を加減したもの。既発生の損益に含み益,含み損を加えた同日時点の実質的な損益金額)は,別紙損益の推移表のとおりである。

なお,建玉の仕切りによって生じた利益について,1審原告は,平成18年12月22日に44万円,平成19年2月1日に93万8500円の返金を受けたものの,それ以外の1000万円以上の利益は,すべて委託証拠金に組み込まれた。

ウ 1審被告Y3は,平成18年10月11日午後6時30分ころ,a教室を訪問し,1審原告に同日午後3時35分現在の残高照合書(建玉の状況,値洗損益金,本証拠金の各内訳と合計額等の明細が記載されていた。)を交付し,上記残高照合書控え(乙16の1)に1審原告の記名を受けた。

また,1審被告Y3は,1審原告に,「お取引きについてのアンケート」(乙7)への記入を依頼した。1審原告は,商品先物取引にリスクがあり,証拠金以上の損失が生じる可能性もあること,取引枚数等が多くなればその分手数料も多くなることなどにつき,いずれも「知っている」と回答し,取引判断や売買の注文を1審原告自身の判断で行っているかどうか,値動きの確認は毎日しているかどうか,その場合どのような手段で確認をしているかにつき,「はい」,「ネット」と回答し,損益の計算等を毎日行っているかにつき「だいたいしています。」と回答した。

エ 1審原告は,平成18年10月18日,灯油の建玉の一部を仕切って113万7400円の益を出し,同日,上記益金全額を委託証拠金に入金してガソリン12枚を買い建て,さらに,同月20日,委託証拠金155万7100円を入金し,ガソリン20枚を買い建てた。同日における1審原告の値洗いは27万1000円の益であり,実質損益金額も200万円程度の益となっている状態であった。

オ 1審原告の委託証拠金額は,平成18年10月23日時点で814万5000円であったところ,1審被告Y1は,そのころ,1審被告Y3から,1審原告から投資可能資金額増額の要望が出ていると聞き,同日午後5時15分ころ,適合性審査のためa教室を訪問し,本件口座開設申込書に記載されていた流動資産額4500万円の内訳等について尋ね,1審原告から,上記流動資産は株式,外貨預金,定期預金,外国為替証拠金取引等であると聞き,投資可能資金額増額に特に問題はないとの認識を持った。そこで,1審被告Y3は,同月26日,a教室を訪問し,1審原告の直筆で「私,Xは平成18年10月26日現在大起産業(株)との取引に於いて当初投資可能資金額を1000万円としましたが,大起産業(株)に預託している資金以外に,g信用金庫に2500万円有しています。同時に利益金¥2,062,900も使い取引をしたいので投資可能資金額を3000万円に変更することを申出致します。」と記載された投資可能資金額増額申出書(乙39。以下「本件投資可能資金額増額申出書」という。)を受領し,1審被告会社に持ち帰り,1審被告会社は同月31日,1審原告の投資可能資金額を3000万円に引き上げることにした。

カ 1審原告は,平成18年10月30日,灯油及び原油各19枚の建玉(ハイブリッド取引)をした。同日時点で,売玉41枚,買玉41枚が建てられており,取引銘柄は,原油,ガソリン,灯油の3種類であった。

キ 1審原告は,平成18年11月28日,1審被告Y3から,取引で利益が出ている,他の銘柄で良い値動きをしているものがあるなどとして取引銘柄の拡大を勧められ,これに応じることにし,同日,ガソリン,原油,灯油の残建玉を仕切って生じた74万5300円の益金全額を委託証拠金に入金し,白金(売り)及びゴム(買い)各25枚のハイブリッド取引を建て,さらに,同月29日,N大豆30枚及びコーン6枚のハイブリッド取引を建てた。これにより,同日時点で,売玉70枚,買玉94枚が建てられ,取引銘柄も,原油,ガソリン,灯油,白金,ゴム,N大豆,コーンの7種類になった。

なお,本件取引に係る値洗い損益は,平成18年11月15日までは,損の状態と益の状態が交互に生じていたが,同月16日以降は,取引終了まで,一貫して損の状態が続いた。

ク 1審被告Y3は,平成18年11月末ないし同年12月初めころ,1審原告から,建玉をするに際し,必要証拠金の振込手続が間に合わない可能性があるとの話を聞いて,1審原告に対し,必要証拠金の入金を取引翌日の正午まで猶予することが可能であると話し,1審原告に「取引本証拠金(委託本証拠金の場合にも準用)の預託の猶予に関する申出書」(乙40)に記入してもらい,これを受領した。

ケ 1審原告は,平成18年12月6日,白金(売り)及びゴム(買い)各50枚を建て(ハイブリッド取引),この建玉により,721万6100円の証拠金不足が生じることとなった。1審被告Y3は,同日午後5時半ころ,a教室を訪問し,残高照合書に1審原告の記名を受け,上記証拠金不足を指摘して,翌日正午までに上記不足証拠金を入金するよう1審原告に依頼した。

コ 1審原告は,平成18年12月7日,N大豆及びコーンの建玉を仕切り,必要証拠金額を減少させるとともに,上記仕切りによって生じた益金21万6060円及び現金90万円を委託証拠金に入金したが,前日に生じた証拠金不足をすべて解消するには至らなかった。そこで,1審原告は,同月8日午前9時から10時にかけて,白金,ゴム及び灯油の建玉を仕切り,必要証拠金額を減少させるとともに,上記仕切りによって生じた益金15万0500円を委託証拠金に入金し,これにより同月6日に生じた証拠金不足を解消した上で,N大豆40枚大豆及びコーン8枚の建玉をした。

サ 1審被告Y1は,平成18年12月8日,a教室を訪問し,建玉の仕切りによって証拠金不足が取引上解消しても,上記不足証拠金が未収証拠金として会計上残るため,取引を継続するためにはこれを入金してもらう必要があるなどと述べ,上記未収証拠金の入金を1審原告に求めた。前記(1)エの1審原告の借金は,このころの委託証拠金を調達するために行われたものであった。

シ 平成18年12月22日,ゴムの値段が上がったことから,建てていたゴムの売玉の値洗い損が500万円以上にまで拡大し,損益状況が大きく悪化することになった。実質損益金額も,前日の21日までは,取引開始当初など一時的にマイナスを記録することもあったが,利益を上げる状態(最高は平成18年11月13日時点の664万5200円)が続いていた。しかし,同月22日以降取引の終了まで,一貫してマイナスの状態が続き,同月28日には実質損金額は1000万円を超えた。

ス 1審原告は,平成19年1月4日から同年2月16日ころまでにかけて,灯油,原油,ガソリン,白金,金,N大豆等の取引を行い,値洗いは400万円から800万円程度の損が続き,実質損金額は,600万円から1100万円程度の状態が続いた。

セ 1審原告は,平成19年2月20日,N大豆100枚を売り建て,これにより,143万5385円の不足証拠金が生じたため,1審被告Y1は,同日午後3時ころ,a教室を訪問し,1審原告に対し,上記不足証拠金の入金を求めるとともに,損失を取り戻すために取引を拡大してはどうかと話した。その後も,1審原告は,N大豆,白金,パラジウム,ガソリン,原油などの取引を続け,実質損金額は1000万円を超える状態が続いた。

ソ 1審原告は,平成19年3月5日午前,1審被告Y3に電話を架け,入金未了の不足証拠金の入金について話をし,その中で,「ちょっと計算したんですけど,とても無理なんで,今日で手仕舞いってできないんですか。」と尋ねたところ,1審被告Y3は,未収証拠金を入金してもらわないと困る,1審原告の保有建玉のうち,N大豆(両建て)及び白金・パラジウム(ハイブリッド取引)について,益となっている玉は落ちるが損となっている玉はストップで落ちないかもしれない,その場合,損益状況が一層悪くなることになる,手仕舞いした上で,残った証拠金で未収証拠金を決済することも無理であるなどと述べて,1審原告の仕切り要求に応じなかった。

タ 1審被告会社は,同日,1審原告から委任を受けた弁護士から手仕舞いの指示を受け,1審原告の保有建玉すべてを仕切り,本件取引は終了した。

チ 本件取引につき,1審被告会社は,1審原告に対し,取引の都度,売買報告書及び売買計算書(乙10〔枝番号を含む。〕)を送付し,かつ,毎月末に残高照合通知書(乙11〔枝番号を含む。〕)を送付していた上,1審被告Y3は,毎月数回程度,a教室を訪問して残高照合書を1審原告に交付し,その控え(乙16〔枝番号を含む。〕)に1審原告の記名を受けていた。1審原告から,これらの書面の記載内容に関し,異議又は苦情が述べられたことはなかった。また,1審原告は,本件取引期間中,毎朝,パソコン端末でインターネットを閲覧するなどして,保有銘柄の値動き状況等を確認していた。

ツ (事実認定に関する補足説明)

なお,1審原告は,平成18年10月26日ころ,1審被告Y1及び1審被告Y3に本件口座開設申込書の流動資産額欄を1500万円から4500万円に書き換えさせられた上,g信用金庫に2500万円の資産があるかのような事実に反する記載をした本件投資可能資金額増額申出書を作成させられた旨主張し,本人尋問において,上記主張に沿う供述をする。

しかし,1審原告の上記供述内容は,それ自体不自然である上,本件口座開設申込書の原本は,取引開始後,1審被告会社の本店に保管され,大阪支店に勤務する1審被告Y3らが本件口座開設申込書の原本を持ち出すことは不可能であるとされていること(証人C,1審被告Y3本人),本件口座開設申込書の体裁上,上記書換えの事実がうかがわれるような痕跡は見当たらないことに照らし,直ちに採用することができない。他に,上記主張を認めるに足りる証拠はない。

2  争点(1)(1審被告らの債務不履行又は不法行為の成否)について

(1)  適合性原則違反について

ア 商品先物取引業者は,委託契約上も,条理上も,顧客の知識,理解力,経験,財産の状況,顧客の指向する投資傾向等に照らして不適当と認められる先物取引の勧誘を行って投資者の保護に欠けることとならないよう業務を営むことが求められる(適合性の原則)。

イ これを本件についてみると,まず,前記認定のとおり,1審原告は,大学を卒業して,ソフトウェア会社に勤務した経験を有し,本件取引の当時39歳であり,学習塾を経営していたほか,年収は500万円であり,本件取引開始当時,少なくとも,流動資産として700万円を有し,本件取引に先立ってサンワード貿易において行った商品先物取引により損失を被った経験もあった。そして,本件取引の勧誘に当たっては,サンワード貿易での経験に懲りていた1審原告は,当初直ちに勧誘に応じたわけではなく,1審被告会社の勧誘担当者による5回目の訪問で漸く取引開始を承諾したものであり,取引の開始に相当慎重な姿勢を示し,しかも,ハイブリッド取引が通常の先物取引に比較してリスクが低いものであるとの説明を信じ,取引を開始するようになったものであって,先物取引を開始する上でも,危険性の高い取引ではなく,より手堅い取引を望む意向を示していたものと認められる。実際,ハイブリッド取引は,その取引手法,取引の性質等に照らし,通常の先物取引に比べ,急激な値動きに対応することが可能であり,比較的リスクの低い取引であったと認められる(乙15の1,弁論の全趣旨)。なお,1審原告は,株式取引や外国為替証拠金取引の経験も有するが,前者については,株主優待制度を期待して行った現物取引であり,後者についても,短期売買による転売利益を得る目的ではなく,長期保有し金利差益を得る目的で行われたものであって,それらの経験が,独自の仕組みを有しより投機性の高い商品先物取引を行う上で格別有益なものであったとは認め難いし,それらの経験があることをもって,1審原告の投資傾向が投機性の高いものであったと評価することもできない。

以上のような1審原告の年齢,学歴及び職歴,資産・収入状況,さらには先物取引の経験に照らせば,商品先物取引の仕組みについて理解する能力を有し,その危険性も認識していたものというべきであり,商品先物取引に関する知識,理解力,資産状況,指向する投資傾向等のいずれの点をみても,1審原告は,先物取引を行うこと自体について適合性に欠けるところはなく,1審原告を商品先物取引の中でも比較的リスクの低いハイブリッド取引に勧誘すること自体が適合性原則に反し,許されないものとみることはできない(なお,本件口座開設申込書や本件投資可能資金額増額申出書に記載されたような収入・資産状況を前提とすれば,上記適合性はより容易に肯定される。)。

ウ もっとも,前記認定のとおり,サンワード貿易における取引は,本件取引の3年以上も前に行われたものであり,その取引内容も,取引開始後2か月の間に,東京穀物トウモロコシ10枚の買い建て,関西商品トウモロコシ10枚の売り建て及び同建玉の仕切り,東京穀物トウモロコシ6枚の買い建て及び同建玉の仕切り,関西トウモロコシ18枚の売り建て及びその仕切りを行ったにとどまり,その後は,最初に買い建てた東京穀物トウモロコシ10枚について値洗い損の状態が続く中で追証を払いながら持ち続け,取引開始から約10か月後の平成15年7月15日に漸くこれを仕切って,240万円弱の損を出したというものである。建玉の回数はわずか4回にとどまり,その枚数もトウモロコシの買い16枚,売り28枚と少ない。このような取引経験は,商品先物取引の基本的な仕組みや危険性を理解する上では役立ったとしても,およそ,商品先物取引に習熟し,独自の相場観,取引手法等を体得する上では極めて不十分なものであったといわざるを得ない。

しかも,1審原告は,学習塾及びパソコン教室の経営者兼講師として稼働する傍ら,本件取引を行っていたものであり,平日の取引所が開かれている時間帯は,上記各教室の授業時間等に重なっており,時々刻々変動する相場を踏まえ相場の動向について主体的に判断し,1審被告側に取引の具体的指示を出すことができるような状況にはなかったものと推認される。日々1審原告と接触していた1審被告Y3においても,1審原告に独自の判断で取引を主導する能力,時間がなかったことを十分に認識していたものと認められる。

エ 取引の規模

ところが,本件取引は,取引回数が,仕切り回数は275回,新規建玉と仕切りをそれぞれ別に数えた場合には441回に上る。取引銘柄も全部で11種類に及び,限月違いも考慮に入れると,取引の対象商品の種類は23種類に及んでいる。

本件取引の取引期間は,平成18年9月29日から平成19年3月5日までの約5か月余り(合計158日間。これを30日で除すると,約5.2か月)である。この間の月当たりの平均取引回数は,仕切り回数が月52.8回(=275÷5.2。小数点第2位以下切り捨て。以下,回数の計算について同じ。),売買回数が月84.8回(=441÷5.2)である。前記期間の現実の営業日の日数(104日)を前提として,1営業日当たりの取引回数をみると,仕切り回数は2.6回(=275÷104),売買回数は4.2回(=441÷104)である。本件取引がすべて成行きによるものであり,注文が数回に分けて成立することが多かったこと(乙18~28〔枝番号を含む。〕)を考慮しても,かなりの回数にわたる取引がされていることは否めない。

総取引枚数を見ても4854枚であり,1営業日当たり46.6枚(=4854÷104)であって,それ自体相当な数に上る。

平成15年度の統計によれば,平成16年2月末日時点での1委託者当たりの平均建玉数が36枚,平均委託証拠金額は420万円であり,平成16年度の統計によれば,ある一時点での1委託者当たりの平均建玉数が28枚,平均委託証拠金額は417万円であるところ(甲B15,弁論の全趣旨),本件取引においては,委託証拠金は最大時(平成18年12月20日の取引終了時点)が3104万0370円であり,平成15年度統計や平成16年度統計に示された上記平均値の約7.4倍に及ぶ。また,建玉数は最大時(平成19年1月24日の取引終了時点)861枚であり,平成15年度統計に示された上記平均値の約24倍,平成16年度統計に示された上記平均値の約31倍に及んでいる。上記各統計で示された平均値と比較しても,委託証拠金額,建玉数ともに,相当な規模に及んでいるものということができる。

前記認定のとおり,1審原告の資産は,本件取引開始当時,預貯金等の流動資産700万円,株式100万円,外国為替証拠金取引の証拠金100万円,生命保険解約返戻金110万円程度にとどまり,その資産状況は,必ずしも高額,大規模な投資に向くようなものではなく,客観的にみれば,その資産状況に照らしても,本件取引の規模が適正なものであったとは認め難い。前記認定のとおり,1審原告は,平成18年12月には,本件取引に係る委託証拠金に充てるため借金をしているのであり,少なくとも,それ以降,取引を拡大することが,1審原告の資産状況に照らし,客観的には不適切であったことが明らかである。

オ 取引拡大の経緯等

取引拡大の経緯をみても,元々,サンワードでの取引経験に懲りてリスクの低い取引を望んでいた1審原告に対し,ハイブリッド取引がその指向に沿うものであることを売り込んで,その取引を勧誘していたにもかかわらず,一番最初の取引こそハイブリット取引であったものの,2回目の平成18年10月4日には,1審被告会社の従業員Gは,上記ハイブリッド取引で建てた商品がよい値動きをしており,利益も出ているから,他の商品も取引してはどうかと勧誘し(1審原告本人,弁論の全趣旨),1審原告から同日午前9時27分に通常の先物取引である東工原油15枚の売り建玉の注文を受け(乙19の2),通常の先物取引を開始させており,その後,ハイブリット取引も何回か行われているものの,本件取引中,通常の先物取引の方が建玉数,約定代金額ともに多数,多額を占めている。そのような取引の勧誘の仕方は,1審原告が当初指向していた投資傾向にも反するものであったといわざるを得ない。しかも,1回目に行ったハイブリッド取引は,平成19年9月29日金曜日の取引当日の終値では1万2000円の値洗い損が生じる状況になっており,その後,上記取引の値洗い損益は,週明けの同年10月2日にはプラス3万4000円に持ち直したものの,翌3日には再びマイナス2万6000円となっており,さらに翌4日にはマイナス4万4500円と悪化している。このような値洗い損益の推移にも照らすと,Gが1審原告に対し平成18年10月4日の取引を勧誘した時点で,1回目のハイブリッド取引がよい値動きをし,利益も出ているような状況であったかは疑問であり,Gは,1審原告に,通常の先物取引を勧誘するため,殊更虚偽の事実を告げた疑いもある。

取引開始当初は,建玉数は,それほど多くはないものの,取引開始から2か月後の平成18年11月29日には,N大豆の買玉30枚,東穀コーンの売玉6枚を建て,同日時点での残建玉数は合計で売玉70枚,買玉94枚となり,1か月前の同年10月30日時点(売玉41枚,買玉41枚)に比べて,取引量がほぼ倍増し,取引銘柄も,同日時点の3種類(原油,ガソリン,灯油)から,原油,ガソリン,灯油,白金,ゴム,N大豆,コーンと7種類に増えている。平成18年12月以降は,ハイブリット取引分も含め,複数の銘柄が重複して取引され,原判決添付の建玉分析表を見ても,一見して取引が錯綜し,取引内容は益々複雑化しており,そのような状態は取引終了時まで続いている。1審原告のように,限られた取引経験しかなく,相場の変動に対応して相場動向を主体的に判断し得る状況にはなかった者が行う取引として,それらが適切なものであったかは大いに疑問である。

カ 取引の具体的内容等

(ア) 原判決別紙建玉分析表のとおり,本件における全取引回数275回のうち,直しは28回,途転は30回,日計りは2回,両建ては40回,不抜けは17回であり,それらの特定売買の数は,合計で117回にも及ぶ。上記特定売買に係る取引中には,複数の特定売買に該当するものがみられ,重複するものを1回として計算すると,特定売買に係る取引回数は87回となり,全取引回数に占める特定売買の比率(特定売買比率)は,約31.6%(=87÷275)と,相当高率である。

特定売買は,相場の変動状況いかんによっては,そのような取引手法を取ることに合理性が認められる余地もあり,これを直ちに違法,不当なものとはいえないとしても,それが無定見に行われる場合には,手数料のみがかさみ,委託会社のみが利益を得て,顧客が一方的に損失を被るおそれが高い。

特に,両建は,既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり,相場の変動により値洗い損が生じた場合に,損失を一時固定して相場の様子をみるために行われる取引手法であり(甲B16,弁論の全趣旨),それが当然に無意味なものとまではいえないとしても,実際上,相場の変動を見極めて売買双方の建玉をそれぞれ適時に仕切り,損失を最小限に抑えること,ましてや利益を出すことは容易でないことは明らかである。取引経験の豊富な顧客が自らの判断でこれを行うことに問題はないとしても,1審原告のような経験も浅く,その稼働状況から相場の変動に応じて主体的に取引のタイミングを判断することが困難な顧客にこれを勧めることが相当であるかは疑問であるといわざるを得ない。

これに対し,1審被告らは,本件取引における両建てを始めとする特定売買の合理性について何らの具体的主張立証もしない。例えば,平成18年12月4日には,新規で白金を売り買い30枚ずつ両建しているが(乙21の7~10),そのような建玉の仕方にどのような合理性があるのか不明であり,1審原告からもその不合理性が指摘されているにもかかわらず,1審被告らの反論反証はない(売玉と買玉とで限月を異にしており,上記両建てがいわゆる鞘取りを目的として行われた可能性もないではないが,その点について,1審被告らからは,何らの主張立証もない。)。また,平成19年1月24日には,N大豆について,前場1節で320枚の買玉及び130枚の売玉が仕切られる一方,150枚の買玉が建てられ,前場2節で175枚の買玉が建てられ,前場3節で125枚の売玉が建てられ,後場1節で100枚の売玉が建てられ,後場2節で20枚の売玉が仕切られている。この取引のうち,前場1節の取引は,130枚の限度で両建て状態にあった売玉と買玉が同時に仕切られる一方,150枚の限度で買玉について直しを行うものであるが,その合理性は明らかでない。上記同時仕切りの対象となった売玉と買玉は限月を異にするが,それらが鞘取りを目的として建てられていたことをうかがわせる証拠はなく,売買双方の建玉を適時に仕切ることを予定して行われたものであったとすれば,上記の同時仕切りは,むしろ不合理であるともいえる。前場1節に続く前場2節以降の取引も,直し,両建に当たるが,その合理性は明らかではない。少なくとも,その取引は,頻回であり,1審原告においてその合理性を理解して行ったかははなはだ疑問である。

(イ) 前示のとおり,取引拡大に伴い,取引内容は複雑化していたものである上,1審原告のような就労状況にある者が,刻々変化する相場状況の中で建玉ごとの損益を適時に認識することは容易ではなく,外務員の情報提供を待たなければならず,値洗い損益も,残高照合通知書の郵送を待たなければならない状況にあったものであって(弁論の全趣旨),前記認定のような取引経験しかない1審原告が,個々の取引の具体的合理性,相当性を理解し,主体的に取引を指示していたものとは認め難い。そもそも,1審原告は,コンピューターを利用して取引のタイミングを見出すハイブリッド取引という1審被告会社側の専門的知識,経験に大きく依存する取引形態を信頼して本件取引に入ったものであり,1審原告が,1審被告らの情報と判断に大きく依拠する素地があったものということができる。

これらの事情に照らせば,1審原告の供述するとおり,1審原告は,1審被告Y3から勧められるがままに取引に応じていたものであるから,本件取引は,実質的に一任売買に等しい状態にあったものと認めるのが相当である。

なお,前記認定のとおり,1審原告は,平成18年10月11日に1審被告Y3から記入を依頼された「お取引きについてのアンケート」(乙7)において,取引判断や売買の注文を原告自身の判断で行っているかどうか,値動きの確認は毎日しているかどうか,その場合どのような手段で確認をしているかにつき「はい」,「ネット」と回答し,損益の計算等を毎日行っているかにつき「だいたいしています。」と回答しているが,この回答はそれほど取引が複雑化していない取引初期の段階で行われたものであり,上記回答内容が前記認定を左右するものではない。また,1審原告は,毎朝,インターネットを閲覧するなどして,保有銘柄の値動き状況等を確認しているが,それによって得られる情報は,取引が開始される前の前日までの値動きであって,必ずしも十分なものではなく,上記の事情が前記認定を左右するものではない。

(ウ) 前記認定のとおり,本件取引においては,建玉の仕切りによって生じた利益については,平成18年12月22日の44万円,平成19年2月1日の93万8500円だけが1審原告に返金されているにとどまり,その余の1000万円以上が委託証拠金に組み込まれており,仕切り利益の大部分が委託証拠金に組み込まれて取引が拡大されていったものである。その結果,本件取引によって1審被告会社が収受した手数料(消費税を除く。)は,2139万2400円にも及んでいる。本件取引で1審原告が被った損害は,1348万7820円であるが,上記手数料額は,総損失の158.61%(=13,487,820÷21,392,400。以下,この数値を「手数料率」という。)にも上るものであり,非常に高率である。

(エ) 上記のような取引拡大の経緯,特定売買が本件取引に占める割合の高さに加え,その合理性について何らの具体的主張立証もしない1審被告らの応訴態度,本件取引が実質的に一任売買に等しい状態の下で行われたこと,手数料率の高さ等を総合すれば,本件取引の少なからぬものについて手数料稼ぎの意図をもって行われた疑いが生ずるものということができる。

キ 以上のような取引規模,取引拡大の経緯,取引の具体的内容等を総合すれば,本件取引は,1審原告の知識,経験,就労状況,資産状況,当初指向していた投資傾向等に照らし,規模が大きく,かつ,その内容も複雑なものであって,1審原告が行う取引としては適合性を欠いたものというべきである。それにもかかわらず,1審被告Y3は,実質的一任売買と同視し得る状態の下において,適合性原則に違反する取引を勧誘したものと認められる。また,1審被告Y1は,1審被告会社の大阪支店支店長として,1審被告Y3から適宜1審原告の取引に関する知識,経験,適性等を聴取しつつ,1審被告Y3が適合性原則に違反するような取引を勧誘することがないよう監視すべき立場にありながら,自ら取引の拡大を勧めるため,平成18年12月8日及び平成19年2月20日の2度にわたり,a教室を訪れ,1審原告に取引の拡大を勧めたものであり(1審被告Y1,弁論の全趣旨),1審被告Y1にも,適合性原則違反があったものと認められる。

もっとも,1審原告は,前記認定のとおり,上記収入・資産状況にもかかわらず,本件取引の開始に当たり,本件口座開設申込書の税込年収額欄に「1000万円」,流動資産額欄に「4500万円」,投資可能資金額欄に「1000万円」と記載し,その後,平成18年10月26日には,g信用金庫に2500万円の資金を有しており投資可能資金額を3000万円に変更することを申し出る旨の本件投資可能資金額増額申出書を提出している。そうすると,上記各書面の提出を受けた1審被告側において,本件取引の規模が資産状況に照らし不適切であるとの判断に至らなかったとしても,無理からぬ側面があったことは否定できない。しかし,少なくとも,1審原告の取引経験や,就労状況からうかがわれる相場の把握状況に照らし,上記のような規模,内容の取引が1審原告に適合するものではないことを認識し又は認識し得たものということができる。

(2)  断定的判断の提供・説明義務違反について

1審原告は,1審被告Y2が,1審原告に対し,ハイブリッド取引は追証がかからない,年20%の利益が生じることは確実であるなどと発言した旨主張し,1審原告の陳述書(甲A14)には,同旨の記載がある。しかし,1審被告Y2において1審原告が主張するような発言をしたことを基礎付ける客観的証拠はない。また,1審被告Y2が,平成18年9月12日に1審原告に対しハイブリッド取引に関するパンフレットとともに交付した紙片(乙15の2)には「商品先物取引は証拠金取引であり,投下資本の十数倍以上の額の取引をするものであるため,投下資金以上の損失が生じることがあります。(後略)」などと記載され,Cが同月28日に交付した「受託業務管理規則の重要なポイント,商品先物取引の重要なポイント」と題する書面(乙6)にも,「商品先物取引(ハイブリッド取引も含む。)は投機です。」などと記載されていたことのほか,1審原告のサンワード貿易での取引経験,学歴,年齢等にも照らせば,仮に,1審被告Y2において1審原告が主張するような発言をしたとしても,1審原告がその発言を額面どおりに受け取って本件取引の開始を決意したものとは認め難く,違法性を伴うような断定的判断の提供があったものと認めることはできない。他に1審被告Y2に断定的判断の提供と評価される発言があったことを認めるに足りる証拠はない。

また,本件取引経過において,1審被告Y3が1審原告に断定的判断の提供に当たるような発言をした事実も認めるに足りる証拠はない。なお,1審原告は,平成19年3月2日に1審被告Y3が不足証拠金の入金を求めたのに対し,1審原告が難色を示した際,1審被告Y3は,「その分は確実に戻ってくるじゃないですか。」と発言しており,この点で,断定的判断の提供をした旨主張する。確かに,上記会話内容を録音した記録メディア(甲1の1)によれば,1審被告Y3が上記主張の発言をしていることは認められるものの,その趣旨は必ずしも明らかではないし,仮に不足証拠金の入金分が取引で利益を得ることによって確実に返還される旨述べたものであったとしても,1審原告の学歴,年齢や本件取引を含む取引経験等に照らせば,上記発言によって1審原告の判断が不当にゆがめられたものとは到底認められず,違法性を認めるような断定的判断の提供があったものと評価することはできない。

そして,前記認定のとおり,本件取引開始に当たり,1審被告Y2及びCは,商品先物取引に関する一般的説明を行い,委託のガイドの記載内容についても一応の説明を行っている。1審原告が,サンワード貿易での取引経験などから,本件取引の開始に先立ち,商品先物取引の仕組み及び危険性についてある程度の知識を有していたものと認められることからすれば,1審被告Y2らの上記説明は必要かつ十分なものであったとみることができるから,1審被告Y2らに,説明義務違反に当たる事実があったものと認めることはできない。

以上のとおり,1審被告らに,断定的判断の提供又は説明義務違反は認められない。

(3)  新規委託者保護義務違反について

1審被告会社の受託業務管理規則(平成18年当時のもの。甲B22)14条2項は,「商品先物取引の経験(直近の過去3年以内に延べ90日以上の取引経験)がないと判断される委託者については,取引開始から3ケ月間を『商品先物取引未経験者の保護措置期間』と定め,次の各号による保護育成措置を講ずるものとする。(…中略…)(2)当該期間内における取引数量限度額を委託者が申告した投資可能資金額の3分の1までとする。」と規定している。

前記認定のとおり,1審原告は,本件取引開始から約3年2か月前にサンワード貿易での取引を終了した後,商品先物取引を行ったことがなかったものであるから,上記受託業務管理規則にいう商品先物取引未経験者に当たることとなる。そして,前記1(4)オのとおり,本件取引開始から約1か月後である平成18年10月23日ころには,1審原告の取引数量が当初設定されていた投資可能資金額の約8割に達し,同月31日には,投資可能資金額を3000万円に引き上げる措置が執られ,取引が行われたものであり,本件取引は,上記受託業務管理規則に定められている新規委託者保護措置に反するものであると認められる。

しかし,前記認定のとおり,1審原告は,本件取引開始に当たり,1審被告会社に対し,本件口座開設申込書を提出して,平成16年から平成17年までの1年間,商品先物取引を行った経験がある旨自己申告したものである。そして,1審被告従業員らが上記申告が事実に反することを認識すべきであった事情も認めることができないから,1審被告従業員らが,1審原告が新規委託者であると認識しないまま,上記のとおり新規委託者保護措置に反する取引を勧誘したことについて,1審被告従業員らに新規委託者保護義務違反の責任を問うことはできない。

(4)  手仕舞い拒否について

1審原告は,1審原告が平成18年12月ころから取引の縮小を,平成19年1月ころから手仕舞いを要求していたにもかかわらず,1審被告Y3がこれに応じなかった旨主張する。しかし,1審原告が平成18年12月ころから取引の縮小を,平成19年1月ころから手仕舞いを要求していたことを認めるに足りる証拠はない。

他方,前記認定のとおり,平成18年3月5日に1審原告が1審被告Y3と電話で話をした際,1審被告Y3は,1審原告から「今日で手仕舞いってできないんですか。」などと告げられ,明示的に手仕舞いを要求されたにもかかわらず,未収証拠金を入金してもらわないと困る,1審原告の保有建玉のうち,N大豆(両建て)及び白金・パラジウム(ハイブリッド取引)について,益となっている玉は落ちるが損となっている玉はストップで落ちないかもしれない,その場合,損益状況が一層悪くなることになるなどと述べて1審原告からの手仕舞い要求に直ちに応じなかった。しかし,未収証拠金が入金されなくても手仕舞いすることはできるのであり,1審被告Y3が述べる上記各事情は,いずれも,本件取引の手仕舞い自体を不可能とするものではない(1審被告Y3本人,1審被告Y1本人,弁論の全趣旨)。それらの事情を告げられても,1審原告がなお手仕舞いを要求する姿勢を変えなかった以上,1審被告Y3は,1審原告の上記手仕舞い要求に応じるべき義務があったものであり,1審被告Y3の上記対応は,手仕舞いを違法に拒否したものというべきである。

(5)  差玉向かいの説明義務違反等について

1審被告会社は,N大豆について,1審原告がN大豆の取引を行っていた平成18年12月7日から平成19年3月5日までの期間中,1審被告会社の顧客からの委託に基づく売付けと買付けの数量に差がある場合には,その差と同数か,ほぼ同数の対当する自己玉を建てており,いわゆる差玉向かいを行っていたことが認められる(甲A19,20)。

特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者との間で商品先物取引委託契約を締結した場合,商品取引員は,上記委託契約上,商品取引員が差玉向かいを行っている特定の種類の商品先物取引を受託する前に,委託者に対し,その取引について差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負う(最高裁平成20年(受)第802号同21年7月16日第一小法廷判決・民集63巻6号1280頁)。

本件において,1審原告は,専門的知識を有しているものとは認められないから,上記のとおり差玉向かいを行っていた1審被告会社は,1審原告に対し,差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは1審被告会社と1審原告との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負っていたものと認められる。1審被告Y1は,1審被告会社の取締役であるとともに,大阪支店支店長でもあった者であり,1審被告会社による差玉向かいの事実を認識していたものと推認され,自ら上記説明を行い又は1審原告の取引を担当する1審被告Y3に上記説明を行わせるべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠っている(甲A24,弁論の全趣旨)。したがって,1審被告Y1には,差玉向かいについての説明義務違反が認められる。

(6)  まとめ

以上のとおり,1審被告Y3による個々の勧誘行為や1審被告Y1による取引拡大についての勧誘行為は,適合性の原則に違反するほか,1審被告Y3には違法な仕切り拒否が,1審被告Y1には差玉向かいの説明義務違反があり,その態様は社会的相当性を欠くものであって,本件取引に係る勧誘行為等は,全体として違法性を有し,不法行為を構成するものと認められる。これに関与した1審被告Y3及び1審被告Y1は,共同不法行為責任を免れず,1審原告が本件取引によって被った損害について,賠償義務を負う。

そして,1審被告会社は,1審被告Y3及び1審被告Y1の使用者であり,上記不法行為は1審被告会社の事業の執行につき行われたものと認められるから,本件取引によって1審原告が被った損害について,民法715条の使用者責任を負う。

他方,1審被告Y2に不法行為があったものとは認められず,また債務不履行があったものとも認められない。

3  争点(2)(1審原告の損害)について

1審原告が,本件取引により1348万7820円の損失を被ったことは当事者間に争いはなく,この損失は,前記2の1審被告Y3及び1審被告Y1の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

そのほか,1審原告は,本件取引によって多額の損失を被り,消費者金融等に借財を負うなどしたことにより精神的苦痛を被った旨主張するが,前記財産的損失の回復によっても慰謝されない精神的苦痛を被ったことを認めるに足りる証拠はなく,上記主張は採用することができない。

4  過失相殺について

前示のとおり,1審原告は,本件口座開設申込書や本件投資可能資金額増額申出書において,資産状況や収入状況について不正確な記載をし,それが,1審被告Y3及び1審被告Y1において,取引の適合性判断を誤らせる要因となった側面もあることは否定し難い。また,1審原告は,残高照合書や残高照合通知書等により取引の状況を正確に理解することに努めず,それが損失の拡大にもつながったものと認められ(1審原告本人,弁論の全趣旨),その点でも落ち度があったことは否定できない。

このような1審原告の落ち度に対し,1審被告Y3及び1審被告Y1の前記不法行為の態様,特に,適合性原則に違反する本件取引の態様,その他諸般の事情を総合すると,本件においては,損害の公平な分担の見地から,1審原告の過失割合を3分の1とする過失相殺を行い,1審被告らに,上記3の経済的損失1348万7820円のうち899万1880円(=13,487,820×2/3)について,上記2(6)の各責任に基づく損害賠償義務を認めることが相当である。

これに対し,1審原告は,1審被告らが過失相殺を主張していないにもかかわらず,裁判所が過失相殺を認めることは当事者主義に反する旨主張する。しかし,過失相殺は職権によってもこれをなし得るものであり(最高裁昭和39年(オ)第437号同41年6月21日第三小法廷判決・民集20巻5号1078頁),1審原告の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,採用することができない。

5  弁護士費用

本件事案の内容,訴訟の経過,認容損害額等の諸般の事情を考慮し,弁護士費用相当の損害として100万円を認めるのが相当である。そうすると,1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3が賠償すべき損害額は,999万1880円になる。

第4結論

以上によると,1審原告の請求は,1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3に対し999万1880円及びこれに対する平成19年3月5日(本件取引の最終日であり,最終の不法行為の日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが,1審被告Y2に対する請求並びに1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3に対するその余の請求は理由がない。

よって,1審原告の1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3に対する各控訴に基づき,以上と異なる原判決中の上記1審被告ら3名に関する部分を上記の趣旨に従って変更し,1審原告の1審被告Y2に対する控訴及び1審被告会社,1審被告Y1及び1審被告Y3の各控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 裁判官 西田隆裕)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例