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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)2110号 判決 2010年1月29日

控訴人(原告)

村角工業株式会社

訴訟代理人弁護士

村林隆一

井上裕史

訴訟復代理人弁護士

速見禎祥

張泰敦

被控訴人(被告)

株式会社硝英製作所

訴訟代理人弁護士

吉澤敬夫

訴訟代理人弁理士

新井全

岡崎信太郎

補佐人弁理士

野口和孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,6100万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金銭を支払え。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,登録番号第888566号の本件意匠権を有する控訴人が,本件登録意匠に係る物品である医療検査用細胞容器を製造販売等する被控訴人に対し,被告製品が本件登録意匠に類似し,これを製造販売する行為が本件意匠権を侵害すると主張して,不法行為に基づく損害賠償として6100万円及び遅延損害金の支払を求めたものである。

原判決は,被告製品は本件登録意匠に類似せず,被控訴人に本件意匠権侵害はないとして,控訴人の請求を棄却した。

2  前提事実,争点及び争点に係る当事者の主張は,原判決「事実及び理由」第2及び第3に記載のとおりである。

3  争点1(被告製品意匠が本件登録意匠と類似するか)について当事者双方が追加補充した主張

(1)  透孔の構成及び共通点1について

(控訴人)

需要者は薬液等の透過が十分確保できるかを,本件物品における透孔を全体的に眺めて判断するため,透孔の全体的な構成が関心事になる。本件登録意匠では,透孔は,本件物品の大部分を占めているため,需要者が注目する部位となる。かかる透孔の数,形状や大きさ,配列が一体となって想起させる印象が異なれば,需要者は異なる美感を想起する。本件登録意匠の透孔の構成と,被控訴人が公知形態として掲げる乙6及び乙7の意匠の透孔の構成とは,仕切り等の存在により異なっている。僅かな公知文献に基づいて,共通点1にかかる構成を,当然出願時公知と認定すべきでない。したがって,透孔の構成は本件登録意匠の要部であり,共通点1が両意匠の類否判断に与える影響は大きい。

(被控訴人)

乙6及び乙7には小さな正方形のマス目状の透孔が存在し,共通点1のような大きさの透孔を持ち,あるいは仕切りが存在しない容器は昭和40年代から使用され続けている。本件物品の透孔は検体を処理するために薬液等を通過させるためのものであるから,需要者は透孔の具体的配列や総数に特段注目するものではない。

(2)  標本収納部の構成及び共通点2について

(控訴人)

僅かな公知文献に基づいて,標本収納部の構成を,当然出願時公知と認定すべきでない。

(3)  共通点5について

(控訴人)

共通点5の具体的構成は公知ないし周知ではなく,被告脚部は需要者に注視されるものではないため,共通点5の存在により,需要者は,本件登録意匠と被告製品意匠について同一の美感を想起する。

(被控訴人)

容器本体の側面に段差を設ける構成は公知であるから,共通点5の形態によってもたらされる美感の程度は大きくない。

(4)  差異点2について

(控訴人)

被告脚部に新規の機能があるとはいえない。また,被告脚部は極めて微小な突起に過ぎず,被控訴人が被告容器について使用を推奨するバイオベッセルトレーを用いて作成されたパラフィン標本は,容器周縁部まで形成されるのであるから,被告脚部はパラフィン標本に埋没し,需要者に何らの美感を想起させない。さらに,需要者は,本件物品を使用する際,容器本体を上部から眺めることが多く,被告脚部よりも上部に注目する。したがって,差異点2が需要者に対し異なる美感を想起させることはない。

(被控訴人)

被告脚部は,薬液などをスムーズに流通させる機能,及び,パラフィン標本をミクロン単位に切断作業する際,当該標本の水平方向の動きを規制して,容器からの剥離等を防止するという機能を有しており,この機能は需要者に注目されるため,被告脚部は美感に与える影響が大きい。パラフィンは本件物品の周縁部まで到達しないのが通常なので被告脚部は視認される。被告製品意匠は,被告脚部により底面側の形状が環状に配置された凸凹ないし王冠形状として視認されることにより,底面側が直線状であるものと比較して,目立つこととなる。

需要者は,ピンセット等で検体を容器本体内に出し入れしたり,蓋を着脱したり,パラフィンをあふれない程度に注いだりする作業よりも,パラフィン標本をミクロン単位にスライスする手作業のほうにより注意を払うのであるから,その際に視認される容器本体の底面が注目され,脚部が極めて目立つ。また,複数の容器を包埋篭に収納する際にも,脚部は目立つ。

(5)  差異点6について

(控訴人)

蓋の切り欠き部は,微細なものであり特別の機能も有しないため,差異点6は本件物品の使用態様に鑑みれば,需要者が注視しない部位であり,美感の想起には無関係であるため,本件登録意匠と被告製品意匠との類否判断には影響を与えない。

(被控訴人)

差異点6は被告脚部ほどではないが,両意匠の類否判断に全く影響を与えないわけではない。

(6)  差異点1,3~5,7及び8について

(被控訴人)

被告製品意匠の容器本体に存する短辺部の切り欠き部(差異点1)及び開口端面の階段状部(差異点4)は,薬液の流通を円滑にするという新規な形態なので,需要者に注目される。蓋を密閉したり蓋を開けたりする作業に注目する場合は,差異点5,7及び8も類否判断に与える影響が少なくない。

(7)  全体的な美感

(控訴人)

容器本体の短辺部の逆凹字状の形状は,本件登録意匠出願以前には見られないものであり,容器本体をミクロトームに設置した際に,需要者の視覚に強調されるのであり,薄切作業時やアダプターにセットするときやパラフィンを付着させた後容器をトレーから取り出すときなどにも需要者に認識され,この形状は需要者に対し,新規で強烈な美感を想起させる。

蓋の開閉具合は具体的な係合に左右されるから,需要者は具体的な係合具合にかかる構成にも注目するのであるが,容器本体の短辺部の逆凹字状の形状と共通点4から,容器本体に蓋を係合させた場合においても,新規で強烈な美感を想起させる。

さらに,共通点1は要部であり,これと共通点2により,上記共通点3ないし5が想起する類似性をますます強調する。したがって,本件登録意匠と被告製品意匠は,その構成を全体的に眺めた場合,需要者に対し,同一の美感を強く想起させる。

これに対し,差異点2は,その大きさや部位に鑑みると需要者が想起する美感にほとんど影響しない。

よって,両意匠は需要者に同一の美感を与えるものである。

(被控訴人)

容器本体をミクロトームに設置する場合,容器本体の短辺部は隠れるか全体は視認されない状態になり,かつ,差異点1のために,被告製品意匠の逆凹字状の形状は需要者の視覚に強調されるとはいえない。被告脚部は薄切り作業の際に視認される。

被告製品意匠は,容器本体の短辺部に切り欠き部を有するため,蓋の突起と係合する段差は目立たず,むしろ,溶液入出孔がよく視認される。また,差異点2及び差異点7が存し,蓋の突起と係合される段差は一般的な構成であり,需要者は蓋の開閉具合を確認する以上に具体的な係合に係る構成についてまで注目しない。したがって,容器本体に蓋を係合させた場合に,本件登録意匠と被告製品意匠は同一の形状を示し,この点で本件登録意匠が,需要者に対し,新規で強烈な美感を想起させるとはいえない。

共通点1・2は平面視の形態,共通点3・5は側面視の形態,共通点4は蓋の形態であって,これらには有機的なつながりはない。本件登録意匠は単に各部位の機能を追求して作られた容器に過ぎず,全体的まとまり感があるとしても,周知な形態と同じ全体的まとまり感であって,本件登録意匠独自の美感ではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人が当審において追加補充した主張を考慮しても,控訴人の被控訴人に対する本件請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおり追加のうえ,原判決「事実及び理由」第4の1に記載のとおりである。

2  原判決20頁25行目と26行目の間に,「これに対し,控訴人は,僅かな公知文献に基づいて当然出願時公知と認定すべきでないと主張する。しかし,これら公知文献は,公開実用新案公報や特許公報等であり,公表された後も適宜参照しうるものであるうえ,控訴人はこれら文献が公表後意匠として当業者に参照されなかった特段の事情等を主張立証するものでもない。控訴人の主張は採用できない。」を挿入する。

3  原判決21頁4行目と5行目の間に,「これに対し,控訴人は,乙6及び乙7の意匠は,仕切り等の存在により透孔の構成が本件登録意匠とは異なっているため,本件登録意匠はこれらとは異なる美感を想起させること,需要者は薬液等の透過が十分確保できる程度の大きさ・数である透孔であるかを確認すれば,必然的に各透孔が一体となって想起する美感にも注意を払う,と主張する。しかし,乙6及び乙7の意匠と同じとはいえなくても,本件物品において底面に多数の透孔を設ける構成は周知であったし,その透孔を略四角形とすること,及び,本件登録意匠における透孔の数は配列が乙6及び乙7の公知意匠における透孔の数や配列と比べ特に異なる印象を与えるものでもないから,構成自体が需要者の注意を特段に惹くとはいえず,その美感に需要者が特段の注意を払うとはいえない。」を挿入する。

4  原判決21頁15行目と16行目の間に,「これに対し,控訴人は,僅かな公知文献に基づいて当然出願時公知と認定すべきでないと主張する。しかし,これら公知文献は,公開実用新案公報や特許公報等であり,公表された後も適宜参照しうるものであるうえ,控訴人はこれら文献が公表後意匠として当業者に参照されなかった特段の事情等を主張立証するものでもない。控訴人の主張は採用できない。」を挿入する。

5  原判決23頁8行目と9行目の間に,「控訴人は,透孔の構成も要部であると主張するが,前示のとおり,透孔の構成には需要者が特段の注意を払うとはいえないので,控訴人の主張は採用できない。」を挿入する。

6  原判決26頁11行目と12行目の間に,「これに対し,控訴人は,被告脚部は需要者に注目されるものではないため,共通点5の存在により,需要者は,本件登録意匠と被告製品意匠について同一の美感を想起させる,と主張する。しかし,以下に述べるとおり,被告脚部は需要者に注目されるため,共通点5の想起させる美感は被告脚部の有無とあわせて判断すべきである。控訴人の主張は採用できない。」を挿入する。

7  原判決28頁2行目「しかも,」ないし11行目「が窺える。」を「しかも,本件物品を扱う当業者においては,積み重ねられた上下のカセット間に又は並接された隣り同士のカセット間に均一な空間部を形成・維持し,薬液の透過性,拡散性,及び検体との接触性を高め,均一かつ効率的な薬液処理をすることにより検査精度を上げることが技術的課題となっているものと認識されており(乙24),被控訴人も被告脚部にはこの機能があることを需要者に対して強調しており(乙14),被告脚部はその構造上少なくともかかる機能を有するということができ,被控訴人が実施したアンケート結果等(乙20の1~10,乙22の1~3)もこれに沿う。

控訴人は,被告脚部が容器本体の全体に占める割合が全体の1割にも満たず,需要者は本件物品を使用する際その上部により注目するのであるから,被告脚部が被告製品の美感に与える影響は微々たるものである,と主張する。しかし,被告脚部は,本件物品において上述のとおり特段の機能を有するし,その大きさも視認できるに至っているし,本件物品は上部から見る場合もあるが,下から見て使用する作業もあるから,被告脚部はやはり需要者に注目される構成であるといえる。」に変更する。

8  原判決28頁12行目から23行目を,「なお,控訴人は,容器本体底面にパラフィン標本を付着させると,被告脚部はパラフィンに埋もれて見えなくなり,これは被告製品において使用が推奨されているバイオベッセルトレー(乙14)を使用した場合においても同じであると主張する。しかし,当該バイオベッセルトレーは鍔状部を有するし,包埋皿にはさまざまな形状と素材のものがあって,被告製品をこれらとともに用いる場合もあろうと認められるから,被告製品を用いてパラフィン標本を作製した場合に常に被告脚部が埋もれてしまうとはにわかに認めがたく,またパラフィンが周縁部まで到達しないこともあると認められる(乙19の1,乙21)。したがって,被告製品において,パラフィン標本を容器本体底面に付着させても,被告脚部が常にパラフィンに埋もれて見えなくなるとは認められない。そもそも,被告製品を観察するのはパラフィン標本を付着させる際に限らないから,この際の観察による美感のみにより被告脚部に係る差異点2が類否判断に決定的な影響を与えると認めるのは相当でない。」に変更する。

9  控訴人は,差異点6は,本件物品の使用態様に鑑みれば,需要者が注視しない部位であることは明らかであると主張するが,原判決のこの点の説示(30頁4~7行目)は,両意匠が類似しないことを否定する方向のものであるし,当審としても,原判決のこの説示を支持するものである。

10  原判決30頁「ウ まとめ」の判断につき,控訴人は,①容器本体の短辺部の逆凹字状の形状は,本件登録意匠出願以前には見られないものであり,容器本体をミクロトームに設置した際に,需要者の視覚に強調されるのであり,薄切作業時やアダプターにセットするときやパラフィンを付着させた後容器をトレーから取り出すときなどにも需要者に認識され,この形状は需要者に対し,新規で強烈な美感を想起させること,②蓋の開閉具合は具体的な係合に左右されるから,需要者は具体的な係合具合にかかる構成にも注目するのであるが,容器本体の短辺部の逆凹字状の形状と共通点4から,容器本体に蓋を係合させた場合においても,新規で強烈な美感を想起させること,③共通点1は要部であり,これと共通点2により,上記共通点3ないし5が想起する類似性をますます強調することを理由に,本件登録意匠と被告製品意匠は,その構成を全体的に眺めた場合,需要者に対し,同一の美感を強く想起させ,両意匠は需要者に同一の美感を与えるものである,と主張する。

しかし,両意匠の容器本体の短辺部の逆凹字状の形状を観察する場合には,被告脚部が同時に観察される。そして,被告製品意匠は,容器本体のみの場合には逆凹字状に差異点6の切り欠き部と被告脚部があいまって短辺部を側面視したときの輪郭及び陰影がリズミカルな印象を与え,容器本体に蓋を係合させた場合には,逆凹字状に蓋のレ状突起と被告脚部があいまって,短辺部を側面視したときの輪郭及び陰影がやはりリズミカルな印象を与える。これに対し,本件意匠は,切り欠き部や被告脚部を有しないため,短辺部を側面視したときにいくぶんどっしりとした安定感ある印象を受ける。以上のような総体的な印象の違いが認められるのに加え,前述のとおり,控訴人指摘の共通点1は要部とはいえない。したがって,控訴人主張の上記の点は,両意匠を類似のものとすることの裏付けとすることはできない。

第4結論

よって,控訴人の請求は理由がないので,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 久保田浩史 裁判官 片岡早苗)

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