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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)2455号 判決 2010年2月26日

<一部仮名>

控訴人兼附帯被控訴人(被告)

信用組合関西興銀

代表者代表清算人

訴訟代理人弁護士

石井教文

桐山昌己

被控訴人兼附帯控訴人(原告)

X

訴訟代理人弁護士

裵薫

金奉植

郷原章裕

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は被告の、附帯控訴費用は原告の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の申立て

1  被告(控訴の趣旨)

(1)  原判決中、被告敗訴部分を取り消す。

(2)  原告の請求をいずれも棄却する。

2  原告(附帯控訴の趣旨)

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成12年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金銭を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、平成12年12月に破綻した被告に1000万円を出資した原告が、上記出資をした同年3月31日の時点で、既に被告は実質的な債務超過の状態にあり早晩破綻のおそれがあることを被告役員らにおいて認識し又は容易に認識し得たにもかかわらず、これを告げずに出資勧誘をしたとして、不法行為(主位的請求)ないし債務不履行(第1次予備的請求)に基づき上記出資金相当の損害金の支払を求め、また、原告には実際と異なる自己資本比率を前提に出資契約を締結した点で錯誤があったとして、不当利得に基づき上記出資金相当の金銭の返還(第2次予備的請求)を求めた事案である。

これに対し、被告は原告の請求をいずれも争うとともに、そのうち主位的請求について3年の短期消滅時効(民法724条)を援用したところ、原審は、原告の主位的請求につき、被告の説明義務違反による不法行為責任を認めた上、これによる損害賠償請求権は時効により消滅しているとしたが、第1次予備的請求に基づき被告の債務不履行責任を認め、これによる損害賠償請求権に基づいて原告の請求を認容(遅延損害金に関しては訴状送達の日の翌日である平成20年11月11日から起算する限度でのみ認容)したため、被告が敗訴部分の取消しを求めて控訴を提起し、原告も主位的請求が認められるべきであるとし、上記遅延損害金の起算日につき附帯控訴した。

2  本件における争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1及び2に記載のとおりである。

(被告の主張)

(1) 控訴理由

ア 本件出資の時点で既に被告が実質的な債務超過の状態にあったとの認定は、「実質的な債務超過」の意味するところが明確でない上、その認定根拠を公正なる会計慣行(旧商法32条2項参照)である企業会計原則とは異なる当局(近畿財務局)検査の資産査定基準に置く上、各年度の当局検査や金融整理管財人等の時点の異なる査定結果を組み合わせて、出資時点における被告の財務内容を推認する不合理なものであって、失当である。

イ 契約締結の交渉過程における説明義務違反について、実際に契約が締結された場合に当該契約における信義則上の付随義務違反としての債務不履行責任が生ずると考えることは、未だ契約関係が成立していない時点で、後に成立した契約に基づく債務不履行責任を認める背理を犯すことになる上、その説明内容が当該契約の履行に影響を及ぼす場合にはそれが契約内容を構成するものと解する余地があるとしても、本件におけるように、その説明内容が当該契約の履行にかかわらない場合には、交渉過程における説明義務違反によって不当な契約を締結させたこと自体を損害と構成するほかはなく、その場合には当該契約に係る債務不履行責任を基礎付けることはできない(契約を締結させたことが契約上の債務不履行であるということは、逆にいえば「締結された契約に基づく義務として、当該契約を締結しない義務を負う」ということになり、契約それ自体が自らを違法と評価していることになる。)。また、原告の債権は、一般の法人に対するものであれば、清算手続で除斥の対象とされ、又は債権届出期間を徒過したものとして失権すべきところ、たまたま被告が金融機関であったために、その破綻処理に公的資金が導入されることから、消滅時効期間が経過するまでは権利行使が可能となったもので、あえて長期の権利行使を保障すべき法律構成を採用すべき合理性はない。

以上いずれの点からしても、上記義務違反をもって債務不履行責任と解する余地はない。

(2) 附帯控訴理由に対する反論

加害者が不法行為を構成することを知ったというためには、被害者の現実の事実認識をもとに、通常人の判断を基準とした法的評価によれば当該加害行為が違法であると評価され得る場合をいい、現実に被害者自身が当該加害行為が違法であるとの法的評価を有することまで要しない。

(原告の主張)

(1) 控訴理由に対する反論

被告の控訴理由は、いずれも争う。

(2) 附帯控訴理由

民法724条の短期(3年)消滅時効の趣旨は、被害者が侵害の発生及び加害者を現実に認識しながらその後3年経過しても依然として提訴しないという場合には、もはや被害者から損害の回復を求めない意思がうかがわれ、加害者がこれを信頼したとしても、その信頼は正当なものとして保護に値するという点にあるから(最高裁平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)、債権の行使が抽象的に可能になったことをもって、債権者の現実の認識や行使可能性を問わずにその時点(客観的起算点)から時効期間を進行させるのでなく、債権者が侵害の発生及び加害者を認識し、現実に債権を行使することができるはずの時点(主観的起算点)から時効期間を進行させるのが相当である。原告は、被告の破綻に係る新聞報道の内容をよく認識していたわけではなく、他方で出資者らの提訴について被告が全面的に争っていることも報道されていたのであるから、金融機関の財務等に何らの知識も有しない原告において、財務情報等の被告に係る詳細な事情を知り得たはずもなく、破綻報道に接した時等の被告主張の時点に被告の勧誘行為の違法性を現実に認識することはできなかった。

したがって、主位的請求に係る不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅していないから、本件においては主位的請求が認容されるべきであり、遅延損害金についても不法行為(本件出資)の日から起算されるべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、原告の請求は、第1次予備的請求のうち原判決主文1項の限度でのみ理由があると判断する。

その理由は、当審における当事者の主張等に対する判断を次の2のとおり付加し、3のとおり債務不履行に基づく損害賠償(争点(2))についての判断を改めるほかは、原判決「事実及び理由」第3の1~3及び5と同様である。

2  原告の主位的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)についての付加判断

(1)  被告の控訴理由アについて

被告は、本件出資の時点で既に被告が実質的な債務超過の状態にあったとの認定は、「実質的な債務超過」の意味するところが明確とはいえず、その認定根拠を企業会計原則とは異なる当局検査の資産査定基準に置く上、時点の異なる査定結果を組み合わせて出資時点における被告の財務内容を推認する不合理なものであって失当である旨主張するが、実質的な債務超過の状態とは、含み損や引当額等を考慮すれば債務超過とみられる等、破綻に至る客観的可能性の高い状態であることを意味する。また、その認定に当たって企業会計原則とは異なる資産査定基準に基づく近畿財務局による検査の結果を斟酌する点を問題としている点も、本件出資契約に至る過程における被告の説明義務違反の有無が問われている本件においては、本件出資の時点で被告が破綻に至る客観的可能性の高い状態にあったか否かが問題となるのである。したがって、近畿財務局による検査で用いられた資産査定基準が企業会計原則と異なるものであったとしても、その査定基準が被告の破綻に至る可能性を計る基準として相当でないと認めるに足りる主張立証のない限り、これによる検査結果を被告が破綻に至る客観的可能性を推認する資料として用いたとしても不合理とはいえないところ、本件においてその点の主張立証がなされているものとはいえない。さらに時点の異なる査定結果を組み合わせて出資時点における被告の財務内容を推認するのが不合理であるとする点も、一定の時点における破綻に至る客観的可能性は、当該時点のそれを端的に示す資料のない限り、これに連続する時点における査定結果等の事情を総合的に斟酌してこれを推認するしかないのであるから、それらが異なる時点におけるものであったとしても、そのことのみで推認が不合理となるものではない(かえって、平成10年3月期決算以降に導入された自己査定制度下での自己査定は、実情に反して債務者をより優良な区分に振り分ける等の様々な操作を施したものであった等、引用に係る原判決認定の事情に照らせば、平成11年検査についても近畿財務局の厳しい検査結果が出ることが十分予測できる状況にあったものということができる。)から、上記被告の主張はいずれも採用できない。

(2)  原告の附帯控訴理由について

原告は、破綻報道に接した時等の被告主張の時点には原告が被告の勧誘行為の違法性を現実的に認識することはできなかった旨主張するが、加害者が不法行為を構成することを知ったというためには、被害者の現実の事実認識をもとに、通常人の判断を基準とした法的評価によれば当該加害行為が違法であると評価され得る場合をいい、被害者自身が当該加害行為が違法であるとの法的評価を有することまで要しないと解されるところ(最高裁第一小法廷昭和44年11月27日判決・民集23巻11号2265頁参照)、本件においても、平成13年6月ころから、順次、本件と同種の事案について出資者から被告に対する訴訟が提起され(《証拠省略》。枝番含む)、平成17年2月22日にはそのうちの1件について説明義務違反に基づく被告の不法行為責任を肯定する1審判決が言渡され、主要各紙(《証拠省略》。枝番含む。なお証拠《省略》が原告の購読紙である毎日新聞)等で報道されているのであるから、遅くともそのころまでには、本件における加害者及び損害の発生のみならず、被告の行為が不法行為を構成し得ることについても訴訟提起が可能な程度にまで明らかになっていたものというべきである。

そうすると、本訴が提起された平成20年10月29日の時点で既にそれらの時点から3年が経過していたことは明らかであるから、原告の附帯控訴理由は採用することができない。

3  原告の第1次予備的請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)についての当裁判所の判断(被告の控訴理由イについての判断を含む)

(1)  当裁判所も、原判決と同様、原告の第1次予備的請求は理由があると判断する。その理由は次のとおりである。

本件出資契約は、出資金の払戻しの保証がされず、被告が破綻すれば出資金相当額の損害が発生することが明白である点で、出資者にとって危険性の高い契約であったということができ、そのような本件出資契約の性質上、出資を勧誘する被告としては、信義則に基づき、本件出資契約に付随して、勧誘当時における被告の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど、出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報について、勧誘の相手方である原告に対し、損害を与えないように適切に説明すべき義務を負っていたというべきである。そして、被告においてこのような説明義務に違反したといえることは、原判決「事実及び理由」第3の2で説示のとおりである。そして、上記説明義務違反は、契約締結前とはいえ、その成立過程において本件出資契約を締結するか否かや契約条件等にかかる意思決定のための情報の提供という本件出資契約自体と密接な関係にある点についての義務違反であって、被告につき、本件出資契約の付随的義務違反として債務不履行責任を生ぜしめるものである。

この点に関し、被告は、上記義務は契約締結前に認められる義務であるから、それに違反した場合に不法行為を構成することはあっても、債務不履行を構成することはあり得ない旨主張し、法的根拠として、B教授の鑑定意見書(《証拠省略》)を提出する。その理由とするところは、契約関係が成立していない時点で後に成立した契約に基づく債務不履行責任を認めることは背理である、その説明内容が契約成立に向けてのもので、当該契約の履行にかかわらない場合には、交渉過程における説明義務違反によって不当な契約を締結させたこと自体を損害と構成するほかはなく、その場合には交渉過程における当該契約に係る債務不履行責任を基礎付けることはできない、原告の債権は、一般の法人に対するものであれば、清算手続で除斥の対象とされ、又は債権届出期間を徒過したものとして失権すべきところ、たまたま被告が金融機関であったため、その破綻処理に公的資金が導入されることから、消滅時効期間が経過するまでは権利行使が可能となったもので、あえて長期の権利行使を保障すべき法律構成を採用すべき合理性はないなどというにある。

まず、B教授の鑑定意見の要旨は、「契約交渉段階での説明義務違反を理由とする損害賠償責任は、契約が締結されていない段階での行為義務違反を理由とする損害賠償責任なのであるから、不法行為責任としての性質を有するものと見るべきである。わが国では、ドイツと違い、これを契約責任として処理しなければならないような不法行為法上の欠缺(不法行為構成要件の狭隘さ等)が存在するわけではないし、消滅時効の短さを回避するために契約責任構成に逃避するという処理は、ドイツですら行われていない(かえって、2001年の法改正で、消滅時効を3年に統一したほどである)。そして、わが国の多数の裁判例、この分野における通説並びに立法実務もまた、この場合を、不法行為責任として処理してきている。」というものであって、不法行為責任が認められる場合に契約(債務不履行)責任が排除されるべきか否か、排除されるべき場合の理由について、必ずしも明確でないように思われる。

そして、契約締結前といっても、締結のごく直前の場合もあり、また、契約締結といっても、交渉の流れからみて、事実認定として契約書署名の瞬間をもって成立となるというように単純に割り切れる場合に限られるものではないことに留意すべきである。また、契約上の義務は履行義務に尽きるものではなく、本件におけるように、その内容が当該契約の履行にかかわらない場合であっても、この場合に要求される義務は、被告主張のような「契約を締結しない義務」ではなく、契約の締結に向けての適切な情報を提供すべき義務である。

もともと契約締結前の信義則については、契約法の分野で論じられてきた経緯があり、我が国の不法行為法が広い範囲にわたって適用されるとはいっても、その損害賠償請求権が基礎とする事実関係において契約責任に基づく損害賠償請求権が観念されるならば、請求権競合となることが前提とされてきたのもこれまでの経緯である。そうだとするならば、契約責任によるものと論じることができる契約締結前の信義則違反に基づく損害賠償請求権が、他方で不法行為に基づく損害賠償請求権として成立するからといって、契約責任に基づく請求権であるとの性質付けを否定し去ることはできないというべきである。確かに、商事債務性を帯びない場合、両者において消滅時効期間が3年と10年と格差が大きいが、これは時効期間についての立法論に由来するまでのことであり、このことをもって、上記のような検討結果を左右するものとするのは相当でない。

法が、債権一般の消滅時効期間を10年としたのに対し、不法行為を原因として発生する債権について特に3年という短期の消滅時効期間を定めた制度的な理由が、同債権が相互に特別の関係のない者の間の一般的な注意義務違反により発生するものである点に存するものと考えられることからすれば、本件の場合は、契約締結前とはいえ、その成立過程にある当事者間における、契約を締結するか否か等を決定する上での情報の提供という契約自体と極めて密接な関係にある点についての注意義務違反にかかるから、上記不法行為に関する制度的な理由は当てはまらないというべきであり、その点からしても、本件においては、契約債権を含む上記債権一般の消滅時効期間の適用を排斥すべき理由に乏しいというべきである。これまで債務不履行責任と不法行為責任とが競合するとされてきた民事裁判の実務における事実関係で法条競合論をいきなり採用するとして時効期間を変更することが民事裁判の解釈上許されないのと同様、これまで両者の責任の関係が必ずしも明らかでなかった契約締結前の当事者間の関係について、不法行為の責任だけがあると断じて、契約責任である債務不履行の責任は論じられないとする見解は、当裁判所として採用することはできない。

本件被告への出資に関する累次の大阪地裁、大阪高裁の判決例には、不法行為責任によっているものがあり、最高裁判例にも契約締結前の過失責任について不法行為責任の損害賠償を認めたものがある(殊に乙14(編集部注:大阪高判平20.4.11上告不受理決定))。これらのうち債務不履行責任が認められないとする裁判例については当裁判所の採用するところではないし、契約締結前の信義則違反に関する最高裁判例も、債務不履行責任が別途成立しうることを否定するものと理解することはできない。

また、被告は、たまたま被告が金融機関であったからといって、その破綻処理のために投入された公的資金を用いて、原告に、被告が一般の法人であった場合よりも長期の権利行使を保障すべき法律構成を採用することの合理性を問題としているが、その点は金融機関の破綻処理制度にかかる観点からの問題であって、その故に本件において契約責任としての構成が許されなくなるものではない。

以上からすると、本件出資契約の締結にあたっての説明義務違反は債務不履行を構成するということができるから、被告は、債務不履行に基づき、原告に対し本件出資金1000万円相当額の損害賠償義務を負うものというべきである(本件出資金につき、原告が何らかの返還を受け又は受けられることを認めるに足りる証拠はない。)。

(2)  なお、信義則ないし過失相殺による賠償額の制限(争点(5))に係る被告の主張について補足するに、本件出資に係る被告の勧誘態様は、被告a支店の支店長が原告経営の会社事務所を訪れ、「将来、興銀は普通銀行に転換する予定です。自己資本比率8%を目指していますが、わずかに足りません。自己資本比率アップのキャンペーンに是非協力してください。最低、500万円はしてください。」などと述べて勧誘したもので、被告の財務状況等を単に告げなかったというより、むしろ被告の経営や財務の実態を秘匿又は誤解させるようなものであったという点で違法性の高いものである上、他方、原告は、被告に定期預金を有していた以外には、上記原告経営の会社を含め、被告との間に格別の取引関係はなかったもので、被告からの勧誘の際、たまたま上記定期預金の満期がきていたことや原告の娘が当時被告に勤務していたこと等の事情からこれに応じることになったものにすぎず、格別の落ち度は認められないから、この点からしても、この点に関する被告の主張は採用することができない。

第4結論

その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、上記の認定、判断を覆すほどのものはなく、以上によれば、原告の請求は原判決主文1項の限度で認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 小野洋一 平井健一郎)

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