大阪高等裁判所 平成21年(ネ)2942号 判決 2010年4月09日
控訴人
破産者カーチェンジA1TR株式会社破産管財人 X
被控訴人
株式会社りそな銀行
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
関聖
竹内直久
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、851万1900円及びこれに対する平成20年7月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
(4) (2)、(3)につき仮執行宣言
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は、破産会社の破産管財人である控訴人が、銀行である被控訴人に対し、破産会社が被控訴人から購入した投資信託について、解約の意思表示を行ったとして解約金の支払を求めた事件である。
原判決は被控訴人の相殺の抗弁を認めて控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴した。
2 事案の概要は、当審における当事者の補充主張を後記3のとおり追加するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第2の1ないし3として摘示するとおりであるから、これを引用する。
3 当審における当事者の補充主張
(控訴人の補充主張)
(1) 破産法67条2項の相殺が許される場合
最高裁平成17年1月17日第二小法廷判決(民集59巻1号1頁)(以下「17年最判」という。)は、破産宣告後に破産者に対する債務の期限が到来し又は停止条件が成就した場合について、特段の事情のない限りとの限定付きで相殺を認めた。この特段の事情としては相殺権の濫用が考えられるが、具体的には、相殺期待の合理性が認められるかどうかが問題になると論じられている。
そして、積立保険の解約返戻金や信用金庫の持分払戻し請求権などについて合理性が認められているが、名古屋高裁平成12年4月27日判決(判例タイムズ1071号256頁)(以下「12年名古屋高判」という。)は、建物の賃貸人による違約金請求権を自働債権とする相殺について、合理的な期待の範囲を認定して、その限度でのみ認める判断をした。
(2) 投資信託解約金の性格
破産法上の相殺制度の基本は、破産手続がなければ最終的には相殺による決済が見込めたのに、破産手続が開始したことで、破産財団に属する債権についてはその全額の履行が求められ、他方、破産債権者の債権については破産手続による割合的弁済に甘んじなければならないという、破産債権者が持つ不平等感を解消し、両債権の相殺による名目額での清算を許容するものである。したがって、「破産手続がなければ最終的には相殺による決済が見込めた」ことが前提となるが、本件で問題になっているのは銀行が販売した投資信託の解約金であって、これは以下に述べるように、合理的な相殺期待の対象であることに争いがない銀行預金とは全く異なる。
(ア) まず、投資信託契約の販売会社(本件での被控訴人)は、信託契約の当事者の立場に立つものではない。販売会社は投資信託の委託会社(受益証券を発行して集めた資金の運用指図を受託銀行に対して行う者)と契約して、受益証券の募集・売出し、解約・買取りの取扱いや収益分配金や償還金の支払いを代行する者にすぎない。このような単なる取次的立場にすぎない販売会社が、投資信託取引と直接関係のない自己の貸付債権について、投資信託の解約金について、相殺の合理的期待を有するとは考え難い。
(イ) このことは、銀行取引約定書上の取扱いにおいても現れている。
a 任意処分条項の適用がないこと
破産会社と被控訴人間で締結された銀行取引約定書(《証拠省略》)には、いわゆる任意処分条項として、破産会社に債務不履行があった場合に被控訴人が法定の手続によらずに担保を取立て、処分することができるとの規定(4条1項)及び被控訴人がその占有している破産会社の動産、手形その他の有価証券についても同様であるとの規定(同条3項)が存する。
しかし、この任意処分条項が銀行の販売に係る投資信託についても適用があるか否かは、金融機関向けの解説書においてすら、消極的な記載がされている。
b 差引計算の適用もないこと
銀行取引約定書の7条には、被控訴人が、破産会社の被控訴人に対する債務と破産会社の被控訴人に対する預金その他の債権といつでも相殺し、又は払戻し、解約、処分のうえ、その取得金をもって債務の弁済に充当することができる(差引計算)との定めが存在する。しかし、被控訴人の投資信託約款・規定集によっても、投資信託の解約金について、これが差引計算の対象になるとの記載はなく、かえって、投資信託取引約款5条には、「この取引にかかる解約代金、買取代金、収益分配金および償還金等については、他に別段の定めがない限り、当該金額より所定の手数料および諸費用等を差し引いたうえ、指定預金口座に入金します。」との定めがあり、貸付債権等との相殺は記載されていない。
c このような取引約定書の記載にもかかわらず、貸付金と投資信託の解約金との相殺を認めることは、銀行取引約款についての作成者不利の原則(約款の内容が曖昧なときは、作成者である銀行に不利に解釈される。)、制限解釈の原則(免責規定など銀行に有利な内容の規定は制限的に解釈される。)、合理的解釈の原則(銀行の権利の確保や免責の主張については合理的な範囲に制限して解釈される。)、客観的解釈の原則(個別具体的な利用者の意思や事情から離れて解釈される。)等の各原則や銀行法施行規則13条の5の1項、2項により、銀行は、投資信託などの非預金商品については、顧客の知識、経験、財産の状況を踏まえて、顧客に対して、書面の交付その他適切な方法により、預金等との誤認を防止するための説明をしなければならないことになっていることを忘れた不当なものである。
(ウ) 回収の期待
前記のように、任意処分条項、差引計算の適用がない結果、被控訴人は投資信託について自ら解約して権利を実現することはできないのであるから、これを目的とした回収を期待することは本来できないはずである。確かに、破産手続が開始され、破産管財人が選任されれば、投資信託の解約金については現実化することになるが、破産事件の大半を占める同時廃止事件や法的整理に至らない多くの事件においては、解約がなされずに終わることになり、金融機関は解約金からの回収が図れないのである。それにもかかわらず、たまたま破産管財人が選任された場合に限って現実化する解約金について金融機関が回収の期待を有するとは到底考えられない。
(被控訴人の反論)
(1) 12年名古屋高判について
控訴人は、破産債権者の相殺の合理的期待が認められなかった例として、12年名古屋高判を挙げる。しかし、同判決は、破産宣告後に条件が成就した敷金返還債務及び期限が到来した建設協力金返還債務を受働債権とする相殺を認めた例であって、違約金条項のうち損害以上の利得を得る結果となる部分について適用を制限したのにとどまる。本件の相殺は、期日の到来した貸付債権の回収を目的とするものであって、必要以上の利得を得るものではないから、同判決の理は本件には妥当しない。
(2) 投資信託と預金の違いについて
控訴人は、投資信託と預金が異なることを理由に、投資信託の解約金を受働債権とする相殺に合理的期待は認められない旨主張する。これは、合理的期待を認めた裁判例(17年最判の原審である広島高裁岡山支部平成13年2月8日判決及び福岡地裁平成8年5月17日判決)が積立保険の満期返戻金について預金類似の性質を持つことを合理的期待の根拠の一つとして挙げていることから、その判決の理論が及ばないと主張する趣旨と解される。しかし、問題は相殺について合理的な期待が認められるか否かであって、預金に類似するかは一つの判断要素にすぎない。
そこで、当審における販売会社の立場について検討するのに、まず、販売会社は信託契約を前提としてその取次をするのにとどまり、契約の一方当事者である預金契約における銀行の立場とは異なる。しかし、投資信託における販売会社は、口座管理機関として、振替制度前は有価証券である受益証券を管理し、振替制度によって受益証券が発行されなくなった後も、振替口座簿によって受益権を管理する立場にあり、販売会社の管理する振替口座簿振替の手続がなされない限り受益権の譲渡は認められず、受益者からの一部解約請求も振替口座簿に基づく受益権の行使としてなされる必要があるのであるから、有価証券を占有しているのと同様に、換価に至るまで受益権を実質的に支配・管理しているといえ、販売を取り次ぐだけではない。
(3) 回収の確実性
ア 任意処分条項の適用
銀行取引約定書中の任意処分条項が、銀行が販売した投資信託に対して適用があるか否かについては、裁判例は確立していないことは事実である。しかし、本件は控訴人により解約請求がなされた事案であり、投資信託はその性質上、将来換価されること、したがって解約請求等がなされることが確実であるから、相殺に対する合理的期待が認められることになるのであって、任意処分条項の適用の有無とは別の問題である。解約権の有無が合理的期待の判断基準でないことは17年最判から明らかである。
なお、被控訴人は控訴人との交渉過程で当初商事留置権の主張をしていたが、その主張を取りやめて解約の手続を行ったのは、商事留置権の主張をする必要がなくなったからであって、商事留置権の主張が誤りであると認めたものではない。そして、最高裁平成10年7月14日第三小法廷判決(民集52巻5号1261頁)の趣旨に照らせば、銀行が販売した投資信託についても銀行による任意処分が認められると解する余地がある。
イ 差引計算の適用
控訴人は、銀行取引約定書や投資信託取引約款等に投資信託の償還金や解約金を差引計算の対象とするとの明文の規定がないことを理由に、貸付金と投資信託の償還金・解約金との相殺は予定されていない旨主張する。しかし、差引計算に関する銀行取引約定書7条1項の規定は、「甲(取引先)の預金その他の債権」が差引計算の対象であると明示されていて、被控訴人が販売した投資信託の償還金・解約金は、この甲の被控訴人に対する債権に当たることは明らかである。このように解することは取引先にとって曖昧・不利益で恣意的なものでないこともいうまでもない。投資信託取引約款等は投資信託に関することのみを規定しているものであって、前記の差引計算に関する規定を排除するものではない。
ウ 解約の可能性
控訴人は、破産事件の大半を占める同時廃止の事案では投資信託の解約の可能性がないと主張するが、相当額の投資信託が存在する以上、破産手続上換価されるのが当然で、これと異なる同時廃止事件の存在は何ら参考にはならない。なお、破産手続に至らない場合にも、債権者は差押えをして当該投資信託を解約することができるのであるから、債権者が存在する以上、投資信託は解約されるのがむしろ通常で、本件の投資信託からの回収を見込むのは何ら不合理ではない。
第3当裁判所の判断
1 判断の大要
当裁判所も、被控訴人のなした、貸金債権を自働債権として控訴人が被控訴人に対して有する解約金支払請求権と相当額で相殺するとの相殺権の行使は有効であり、控訴人の請求権は消滅したから、控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、当審における控訴人の補充主張に対する判断を後記2のとおり追加するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第3において説示するとおりであるから、これを引用する。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 控訴人は、投資信託の販売会社は単なる取次にすぎず、自ら投資信託を解約等して換金することもできないから、これに対して相殺の対象として期待すべき相当性はない旨主張する。
しかし、本件契約において、被控訴人は、破産会社の受益権を管理する口座管理機関であり、被控訴人を通してのみ他の口座管理機関への受益権の振替及び信託契約の解約による換金が可能であって、また、解約があった場合に、その解約金は被控訴人の指定預金口座に入金されることが明らかである。したがって、被控訴人の立場は、受益者である破産会社と委託者である日興アセットマネジメント株式会社を取り次いで投資信託の販売を行うことで終了するものではなく、その後も、解約若しくは他の口座管理機関への振替がなされるまで、本件契約に基づく受益権をその管理支配下に置いているということができる。したがって、このような受益者である破産会社と口座管理機関である被控訴人との関係は、信託契約の解約金について、被控訴人の知らない間に処分されることがなく、また、その支払は被控訴人の預金口座を通じての支払となることからして、相殺の対象となると被控訴人が期待することの相当性を首肯させるものというべきである。
(2) また、破産会社と被控訴人との間の銀行取引約定書(《証拠省略》)には、破産会社が被控訴人に対する債務を履行しなかった場合には、被控訴人がその占有している破産会社の動産、手形その他の有価証券について、必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により、当該動産又は有価証券を取立て又は処分の上、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず破産会社の債務の弁済に充当できるとの任意処分に関する規定(4条3項)及び被控訴人が、破産会社の被控訴人に対する債務と破産会社の被控訴人に対する預金その他の債権とをいつでも相殺し、又は払戻し、解約、処分のうえ、その取得金をもって債務の弁済に充当することができるとの差引計算に関する規定(7条1項)が存在することが認められる。これらは、直接被控訴人に対する権利でないものであっても、被控訴人が事実上支配管理しているものについては、事実上の担保として取り扱うことを内容とする約定であって、このような約定の存在は、本件契約に基づく投資信託の解約金についても被控訴人の相殺の対象と期待することが自然であることを示しているというべきである。
(3) 控訴人は、破産事件の大半を占める同時廃止事件の場合や法的整理に至らない場合には、破産管財人が選任されない結果、投資信託も解約されず、したがって金融機関は相殺ができないのに、たまたま破産管財人が選任され解約手続を行ったため、金融機関が相殺できるというのは、不合理な結果を招来するものであって、容認できない旨主張する。しかし、破産者を受益者とする投資信託が存在し、かつ口座管理機関である金融機関が破産者に対して債権を有する場合において、このような破産者が同時廃止となり、自由財産として破産者に管理処分が許される分のほかに、その有する投資信託が換価されずに破産者の下に残ることは、破産者の説明義務や重要財産開示義務、財産隠匿に対する罰則規定等からして、破産制度上容易に考え難いものである。また、投資信託を有する債務者について法的な整理手続が行われない場合であっても、口座管理機関である金融機関が債務名義を取得して投資信託の受益権を差し押え、換価することが考えられるのであって、控訴人の主張は理由がない。
3 結論
以上の次第で、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 富川照雄 山下寛)