大阪高等裁判所 平成21年(ネ)3108号 判決 2010年4月23日
控訴人兼附帯被控訴人
株式会社 阿波銀行(以下「控訴人」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
浅岡建三
同
藤川謙
被控訴人兼附帯控訴人
破産者株式会社a破産管財人X(以下「被控訴人」という。)
破産管財人代理
小谷隆幸
同
嶋野修司
主文
一 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、被控訴人に対し、金一一八九万五四九五円及び内金一八三万〇九九〇円に対する平成二〇年一〇月二一日から、内金一〇〇六万四五〇五円に対する平成二一年三月一八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
四 この判決の一(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 被控訴人の附帯控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は、被控訴人に対し、金一一八九万五四九五円及び内金三一二万九三九九円に対する平成二〇年九月二〇日から、内金五五〇万〇〇〇五円に対する同年一〇月二〇日から、内金二四三万三一二六円に対する同月三一日から、内金八三万二九六五円に対する同年一一月二〇日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人の本件控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。
(5) (2)につき仮執行宣言
第二事案の概要
略称については、原則として原判決に準ずる。
一 本件は、後に破産したa社に対して債務名義を有していた控訴人が、債権差押命令によって差し押さえた債権の第三債務者から取立権の行使により取得した約束手形又は為替手形について、a社に対して民事再生手続開始決定(本件開始決定)がなされた後に手形金を受領したこと等が不当利得に当たるとして、再生手続廃止後破産したa社の破産管財人である被控訴人が、控訴人に対し、受領した手形金等及び受領の日から支払済みまで商事法定利率による利息の支払を求めた事件である。
原判決は、控訴人が第三債務者から受領した手形の手形金等を本件開始決定後に受領したことが不当利得に当たることを認めて、不当利得金の返還請求を認容したが、附帯請求については、控訴人は悪意の受益者とまではいえず、また不当利得金返還請求権は商取引によって生じたものとはいえないなどとして、催告の翌日からの年五分の割合による遅延損害金の限度で認容したので、控訴人が請求棄却を求めて控訴し、被控訴人が附帯請求につき附帯控訴した。
二 事案の概要は、引用に係る原判決部分を次のとおり補正し、当審における当事者の補充主張を後記三のとおり追加するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第二の一ないし三として摘示するとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
原判決五頁下から五行目の「返還するよう求め、」の後に、「同文書は同日控訴人に到達した。」を加える。
三 当審における当事者の補充主張
(控訴人の補充主張)
(1) 取立ての完了について
ア 金員の支払を請求された債務者が手形を振り出した場合に、それが「支払のために」振り出されたか、それとも「支払に代えて」振り出されたかは、当事者の意思により判断されるべきである。
本件各手形が被差押債権の支払のために振り出されたものとすれば、本件開始決定に伴い、被差押債権の行使は許されないから、第三債務者らは原因関係欠缺の抗弁を主張し得るはずであるが、何らの異議もなく控訴人に対して手形金を支払っている。また、本件各手形は、a社宛てに振り出されたものではなく、受取人はいずれも控訴人である。これらの点を考慮すれば、第三債務者らは控訴人の取立てに応じてa社に対する買掛金の支払債務を消滅させ、これに代えて約束手形の振出し若しくは為替手形の引受けをなしたと解すべきである。民事執行法一五五条二項はこのような取立方法を認めているというべきである。
また、取立権の行使は、現金による現実の支払に限られるわけではなく、経済的にこれと同視し得る給付があれば認められるものであり、第三債務者からの手形の交付でも足りるというべきである。
イ 仮に、本件各手形が支払に代えて振り出されたものではないとしても、手形自体は適法に振り出されたもので、かつ振出人や引受人はa社ではないから、本件開始決定にかかわらず、手形の支払は適法で、控訴人は本件各手形に基づき手形金の支払を受けたのにすぎない。したがって、不当利得は成立しない。
(2) 悪意の受益者について
ア 控訴人は、債権差押手続に基づき、取立権を取得した上、第三債務者らと交渉して、本件各手形を取得し、あるいは振り込みにより支払を受けたものであって、法律上正当な原因に基づき本件受領金員を取得したものであり、仮にこれが本件訴訟の結果不当利得と判断されたとしても、本件受領金員取得の段階では控訴人にはそのような認識はないから、悪意の受益者に当たらない。
イ 被控訴人は、金融機関である控訴人は年六分の割合による運用益を上げることができる旨主張するが、昨今の低金利時代にあっては銀行といえども年六分以上の運用益を上げることは不可能である。
また、被控訴人は、本件不当利得返還請求が控訴人の行った商取引に基づく貸金債権取立の巻き戻しであるとして、商法五一四条の適用ないし準用を主張する。確かに、債務不履行解除や合意解除の場合は、解除された契約の巻き戻しという面は否定できないが、これは解除が契約の巻き戻しであるからであって、本件は解除ではない。仮に被控訴人の主張するように、控訴人の本件受領金員の受領が不当利得に当たるとしても、それは、控訴人の行為がそのように評価されるというにすぎず、不当利得返還請求権は法律の規定によって発生するものであって、控訴人の上記主張は理由がない。
(被控訴人の補充主張)
(1) 取立ての完了について
ア 既存債権の決済のために手形が交付された場合に、既存債権が消滅するかどうかは当事者の意思によるが、意思が明白でない場合には、消滅しないと推定され、既存債権の消滅を主張するものは、推定を覆す事情につき立証責任を負う。本件各手形の場合には、第三債務者らに対するa社の債務は履行済みであり、第三債務者らはa社に対して何らの抗弁を有していないから、本件開始決定があったことで第三債務者らが原因関係欠缺の抗弁を主張できるはずがなく、第三債務者らがこのような抗弁を主張しなかったことが「支払に代えて」交付されたことの根拠となるものではない。
そもそも、控訴人は債権差押命令に基づく取立権を有するにすぎず、被差押債権について処分権を有しないから、第三債務者との間に支払に代えて手形を受領することにより被差押債権の弁済を受けたものとする代物弁済の合意をすることはできないのであって、控訴人の主張はこの意味でも失当である。
控訴人は、現金以外の、経済的に現金と同視し得るものによる支払もあり得るから本件各手形の受領により取立権の行使は完了したものである旨主張する。金銭債権においては、特段の事情のない限り、金銭以外に、銀行の自己宛小切手や銀行の支払保証のある小切手も弁済の提供に当たると解されているが(最高裁昭和三七年九月二一日第二小法廷判決・民集一六巻九号二〇四一頁)、銀行の自己宛小切手等のように取引界において通常現金と同様に取り扱われているものについては格別、第三債務者らの手形は現金と同視すべきものとして弁済に当たるものでなく、取立権の行使は完了していないのであって、上記主張は理由がない。
イ 控訴人は、手形が有効であるから控訴人の手形金収受は「法律上の原因なく」利得を得たものではない旨主張する。しかし、被控訴人は手形が無効であるなどと主張するものではない。再生手続開始決定がなされた場合、再生債権に基づく強制執行等の手続は中止すべきところ、控訴人が行った本件各手形に基づく手形金授受は被差押債権の取立てであり、法律上許されないことを行ったものであるから、これが「法律上の原因なく」利得を得たことになると主張しているものである。
(2) 悪意の受益者について
ア 悪意の受益者とは、法律上の原因のないことを知りながら利得した者をいうところ、本件では、金融機関である控訴人が、民事再生法三九条一項に反する態様で手形金の取立てを行っているのであり、特段の事情のない限り、控訴人は「法律上の原因のないことを知りながら利得をした者」と推定されるべきである。
イ 控訴人は、破産会社との商取引によって生じた貸金債権に基づいて債務名義を取得し、その執行として本件差押命令を得て、被差押債権を差押え、その支払のために手形の振り出し等を受け、本件開始決定後にその手形金を受領した。本件は、この手形金取立てについて不当利得返還請求をするものであり、控訴人の行った貸金債権の取立ての巻き戻しというべきものである。そうすると、巻き戻しについても商取引によって生じたものとして取り扱うのが公平の観念に合致する。
また、商法五一四条が年六分の利率を商事法定利率と定めたのは、商人が一般人に比べてより資金の必要性が高く、履行遅滞があった場合に被る損失も大きいからとされるが、本件において控訴人による利得があった当時、破産会社は民事再生手続中であり、資金の必要性が通常より高い状況にあったことからも商事法定利率を適用すべき場合であるということができる。
第三当裁判所の判断
一 判断の大要
当裁判所も、控訴人には、第三債務者から被差押債権の弁済に代えて手形等を受領することや支払の猶予をする権限はなく、したがって、控訴人の本件受領金員の受領は、いずれも本件開始決定以後の取立行為に基づくものとして不当利得に当たるから、その返還義務を負い、手形金の受領については悪意の受益者とまでいうことはできないものの、訴外b社からの受領金については悪意の受益者に当たると認められ、悪意の受益者と認められる場合の利率は年五分と解すべきであるから、附帯請求に関する附帯控訴につき一部のみ理由があり、控訴は理由がないと判断する。その理由は、後記二のとおり付加訂正するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第三において説示するとおりであるから、これを引用する。
二 原判決の付加訂正
(1) 原判決一〇頁六行目から同頁文末までを次のように改める。
「確かに、控訴人が主張するように、第三債務者らは、a社宛てではなく、控訴人宛てに約束手形を振り出し、又は受取人を控訴人とした為替手形を引き受け、かつ、手形の交付に伴って、控訴人から送付された本件差押命令の弁済金として手形の額面記載の金額を受領したとの領収書を異議なく受領していることが認められる。これによれば、控訴人において、本件各手形を「支払に代えて」受領し、これでもって取立行為は完了したと認識することも全く理由がないわけではない。
しかしながら、民事執行法上の債権差押命令に基づく取立権は、被差押債権の換価のために差押債権者に認められた権利であって、被差押債権の金銭価値の実現が許容されるにすぎず、転付命令と異なり、被差押債権自体が取立権者に移転するわけではないから、被差押債権自体を譲渡し、免除し又はその弁済を猶予するといった行為については、取立目的を超える行為として、これらを行うことはできないものである。被差押債権の支払に代えて手形を受領し、被差押債権については弁済したものとすることは、代物弁済の合意であり、通常、弁済や弁済提供の法的効果がない手形の授受により被差押債権を消滅させる処分行為であって、取立目的を超える行為に当たることは明らかである。控訴人は、取立権の行使は、現金の受領に限らず、代物弁済の受領をすることも含まれると主張するが、上記のとおりであって採用することができない。そうすると、差押債権者である控訴人と第三債務者らとの間において、被差押債権の支払に代えて本件各手形を授受するという代物弁済の合意をしたとしても、その効力は債務者に及ばないものである。したがって、本件各手形が第三債務者らと控訴人との間において、被差押債権の支払のために授受された場合はもちろん、支払に代えて授受された場合であっても、a社に対する関係では、被差押債権は消滅しておらず、控訴人は、本件開始決定後に民事再生法三九条一項に反して、債権差押命令に基づく執行として、第三債務者らから金員の支払を受けたというべきである。
控訴人は、第三債務者らから適法に受領した手形に基づき支払を受けたものであるから、不当利得に当たらない旨主張するが、控訴人は、法律上許されないにもかかわらず、本件開始決定後に債権差押命令に基づく被差押債権の取立として本件各手形金相当額を受領したものであるから、不当利得に当たるものであって、上記主張は失当である。」
(2) 原判決一一頁四行目から九行目までを次のように改める。「この趣旨は必ずしも明確ではないが、控訴人と訴外b社の交渉に基づき、訴外b社に対する被差押債権の弁済として、控訴人が訴外b社に対する債権を取得したとの主張と解される。しかし、前述のとおり、控訴人は取立権者にすぎないから、通常、弁済の法的効果を伴わない第三債務者に対する新債権取得をもって被差押債権を消滅させることはできないのであって、被差押債権はこの合意以後も存続しているものというべきであり、控訴人は本件開始決定後の平成二〇年一〇月二〇日に被差押債権の弁済を受けたことになる。」
(3) 原判決一一頁下から一二行目から同九行目までを削る。
(4) 原判決一二頁四行目末尾に続いて次のとおり付加する。
「前記のとおり、取立権者は被差押債権の処分権を有さないことは明らかであるが、このことから第三債務者らが控訴人に弁済したことについて過失があるとまでいうことは相当ではない。」
(5) 原判決一二頁九行目から同頁文末までを次のように改める。
「 本件受領金員のうち、本件各手形に関するものは、前記のとおり、民事執行法上の取立行為及び手形に関する法的性質に民事再生法三九条一項が関係する複雑な法律問題であって、銀行である控訴人においても、手形の授受により取立行為が完了していると認識することも全く理由がないとはいえず、最終的に不当利得と評価されるにしても、控訴人が正当な権限がないことを認識しながら受領したとまでは認められない。したがって、これらの金員の取得については、控訴人は悪意の受益者とは認められない。
しかし、訴外b社からの平成二〇年一〇月二〇日の一八三万〇九九〇円の受領については、手形等の発行があったわけではなく、被差押債権について支払期限を実質上猶予して、本件開始決定以後に弁済を受けたにすぎないから、控訴人は正当な権限がないことを知りながら受領したと認めるのが相当である。よって、これについては、控訴人は悪意の受益者に当たる。この場合の民法七〇四条本文に基づく利息の割合は、年五分とすべきものと判断する。
前記手形金相当額については、利息の請求は認められないが、同請求は遅延損害金の支払請求の趣旨を含むものと解され、引用・補正に係る「前提となる事実」のとおり、被控訴人が控訴人の代理人に対して平成二一年三月一七日到達した書面により、本件受領金員を直ちに支払うよう請求していると認められるから、前記金額に対して同月一八日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の請求については理由がある。」
(6) 原判決一三頁六行目から八行目を削る。
三 結論
以上の次第で、被控訴人の請求は、不当利得金一一八九万五四九五円並びに内金一八三万〇九九〇円に対する平成二〇年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による利息及び内金一〇〇六万四五〇五円に対する平成二一年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。よって、これと異なる原判決を、本件附帯控訴に基づき変更し、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 富川照雄 山下寛)