大阪高等裁判所 平成21年(ネ)322号 判決 2009年7月31日
控訴人・被控訴人(第一審原告)
X(以下「第一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士
佐藤真理
同
秋本讓二
同
宮尾耕二
同
山﨑靖子
被控訴人・控訴人(第一審被告)
Y1(以下「第一審被告Y1」という。)<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
西川雅偉
主文
一 第一審被告らの各控訴をいずれも棄却する。
二 第一審原告の控訴に基づき、原判決を次の第三項から第六項までのとおり変更する。
三 第一審被告らは、第一審原告に対し、各自三〇七一万三〇九七円及びこれに対する平成一二年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 第一審原告のその余の各請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を第一審被告らの負担とし、その余を第一審原告の負担とする。
六 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者双方の控訴の趣旨
一 第一審原告の控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 第一審被告らは、第一審原告に対し、連帯して一億〇四五一万九三〇一円及びこれに対する平成一二年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。
(4) 上記(2)につき仮執行宣言
二 第一審被告らの控訴の趣旨
(1) 原判決中、第一審被告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分に係る第一審原告の各請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。
第二事案の概要(特に明示しない限り、略記は原判決のそれに従う。)
一 本件は、亡A(以下「A」という。)の運転する原動機付自転車(以下「A車両」という。)と第一審被告Y1の運転する普通貨物自動車(以下「第一審被告車両」という。)とが衝突してAが死亡した交通事故に関し、Aの母である第一審原告が、第一審被告Y1及びその使用者である第一審被告会社に対し、Aに係る損害の賠償を求めた事案である。
第一審原告は、Aが、第一審被告Y1及び第一審被告会社に対し、自動車損害賠償保障法三条本文に基づく損害賠償請求権又は民法七〇九条(第一審被告Y1関係)、七一五条(第一審被告会社関係)に基づく損害賠償請求権を取得し、これを第一審原告が相続により取得したと主張し、固有の損害と合わせて第一審被告らに対し、一億〇四五一万九三〇一円とこれに対する不法行為の日である平成一二年五月一五日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた。
これに対し第一審被告らは、第一審被告Y1に過失があったことを争ったほか、Aに事故発生について過失があるなどと主張して、第一審原告の請求を全面的に争った。
二 原審は、第一審被告Y1に徐行義務違反の過失があるものの、その他の過失はないとし、他方ではAにも徐行義務違反の過失があるとして、三割の過失相殺をして、第一審原告の請求を、第一審被告らに対し二五三四万二〇一七円とこれに対する不法行為の日である平成一二年五月一五日以降支払済みまでの年五分の遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し、その余の各請求を棄却した。
当事者双方は原判決を不服として控訴して、第一審原告は、原判決を変更して原審以来の請求を認容するよう求め、他方、第一審被告らは、同被告ら敗訴部分を取り消してその部分の請求を棄却するよう求めた。
三 「前提事実」、「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、後記四、五のとおり、「当審における第一審原告の補足主張」及び「当審における第一審被告らの補足主張」を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中「第二 事案の概要」の「二 当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認定できる事実」、「三 争点」及び「四 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
四 当審における第一審原告の補足主張
(1) 第一審被告車両の速度
第一審被告車両の本件事故直前の速度は、少なくとも時速二〇kmであった。
ア 本件事故現場(なお、本件事故現場の道路を「本件道路」という。)には、第一審被告車両によって付けられたタイヤのスリップ痕(以下「本件スリップ痕」ということがある。)が残された。スリップ痕は、時速二〇km以下の速度では、急制動をかけても生じないから、同車両がブレーキをかける直前の速度は、時速二〇kmを超えていた。
イ 第一審被告Y1は、平成一二年九月二〇日及び同年一〇月三〇日に第一審原告と会った際、本件事故現場を時速二〇kmで走行した旨説明した。さらに、同被告は、本件事故の件で警察官の取調べを受けた際には、時速三〇kmで走行したと供述した。
ウ 第一審被告Y1がA車両を発見した時の第一審被告車両の位置から衝突位置までは四・八mであり、同被告がA車両を発見した時のA車両の位置から衝突位置までは六・八mである。すなわち、第一審被告車両が四・八m進行する間に、A車両は六・八m進行したことになる。この距離から割り出した速度比を元に、第一審被告車両の速度を二〇kmと仮定すると、A車両の速度は二八・三四kmとなる。これはB他一名作成の鑑定書及び同人の刑事事件における証言内容(以下、これらを合わせて「B鑑定」という。)の結果とも整合する。
エ 第一審被告車両は、ブレーキをかけた時点から四・八m進んで衝突し、さらに〇・八m進んで停止した。本件事故当時、路面は乾燥していたからその摩擦係数は〇・七であり、仮に、第一審被告Y1が時速二〇kmで進行していたとすると、制動距離は二・二一mとなる。同被告がブレーキペダルに足を乗せて運転していたことからすると、反応時間は〇・四秒であり、空走距離は二・二二mとなるから、停止距離は四・四三mである。第一審被告車両がブレーキをかけてから四・八m進行し、さらにA車両と衝突して、なお、〇・八m進行したことからすれば、同被告は時速二〇km以上の速度で進行したことになる。
オ 本件の刑事事件で大阪高裁は、第一審被告Y1の進行速度を「少なくとも時速約一五km」と認定したが、刑事の判決は訴因に拘束されるのであって「少なくとも」との認定は、同裁判所が一五kmを超える心証を得たことを表している。
(2) 適正進路保持義務違反
第一審被告Y1は、本件道路の状況を熟知していたから、本件事故当時、その現場に対向車両があることは十分予見することができた。同被告は、本件事故直前、駐車車両を避けて走路の右側を通行したが、本件道路の幅員が狭く、本件事故現場の見通しが悪かったことからすると、駐車車両を避けるとしても、その後直ちに左側に進路をとれば、第一審被告車両の右側に一二四cmから一四二cm程度の空間を確保できたのであって、A車両の進路を妨害することにはならなかった。ところが、同被告は対向車はないものと、あるいは坂の下で待ってくれるものと軽信し、漫然と本件事故直前事故現場の道路右側を進行したものであって、同被告は適正な進路を保持する義務に違反して進行し、その結果、道路左から約一三〇cmの位置を進行してきたA車両の進路をふさぎ、同車両を第一審被告車両前面に衝突させたのである。
(3) Aに過失がないことについて
Aは、ヘルメットを着用した上、自動点灯する原動機付き自転車に乗って、法定速度内の時速約二五kmで、本件道路左側を進行していた。これに対し、第一審被告Y1は、徐行義務に反して時速約二〇kmで、対向車がないものと軽信して、対向車の進路を塞ぐようにして進行した。Aには具体的な義務違反として過失相殺に値する落ち度はない。
(4) 死亡慰謝料
Aは、多くの夢を抱き、社会のルールを身につけ、人格的にも優れた有望な青年であった。第一審被告らは、そのAの命を、営利優先の職業運転行為で奪い、死後も被害者に汚名を着せ続けている。これらの事情からすると、A自身の慰謝料は三五〇〇万円が相当である。
Aは、本件事故当時一八歳で、母親である第一審原告や妹にとって一家の大黒柱といえる存在であった。第一審原告は最愛の息子を突然の事故によって奪われた。病院に救急搬送されてから死去するまでの二週間生命維持装置を付け、意識不明のまま生死の境をさまよった間、第一審原告はひたすら回復を祈り続けた。本件提訴後も、第一審被告Y1の反省のない態度や、第一審被告会社の悪質な態度に接する度に、第一審原告は新たな苦痛を覚えてきた。
(5) 逸失利益の計算に当たって、控除すべき中間利息の利率は、近年の低金利状態にかんがみ年五%ではなく、年三%で算定すべきである。仮に、中間利息を年五%で計算するのであれば、計算方法はホフマン方式を採用すべきである。
五 当審における第一審被告らの補足主張
(1) 分岐点に入った時の第一審被告車両の速度
第一審被告Y1が第一審被告車両を運転して、本件事故前、光陽台に至る道路から俵口町へ至る道路に進入した際の速度は、時速三〇kmをかなり下回って時速二〇km以下であった。これらは当時、同車両に装着されていたタコグラフチャートの解析結果により明らかである。
(2) 第一審被告車両のA車両発見時及び衝突時の各速度
第一審被告Y1が、A車両を発見した時、第一審被告車両は徐行して進行中であった。そして、A車両が第一審被告車両に衝突したのは、同車両が停止した後かあるいは停止と同時であった。
(3) 事故現場実況見分調書及びこれを前提とする第一審被告Y1の供述調書
第一審被告Y1は、第一審原告らに対しても、警察や検察庁での取調べでも当時の速度が時速一五kmであったと供述したことはないし、本件事故当日の実況見分時、第一審被告車両の停止位置と異なった衝突位置を指示したことはない。司法警察員警部補C(以下「C警部補」という。)作成の平成一二年五月一八日付け実況見分調書(乙一。事故現場実況見分調書)の内容は次のとおり不正確で、信用できるものではない。
ア 本件で、第一審被告車両の停止位置は原判決添付別紙図面一(事故現場実況見分調書の図面。以下「別紙図面一」という。)に「⑤」として表示されている場所で、同図面上の位置は現地における停止位置と対応し、正確である。
しかし、同図面には、制動痕が記載され、その終端が第一審被告Y1車両の停止時の後輪タイヤの位置に一致しているように作図されているが、実際に第一審被告車両が停止した時、その後輪は現場にあった制動痕の北端よりもさらに前(北側)にあった。
イ 事故現場実況見分調書には、第一審被告Y1が、A車両との衝突位置を指摘したことが記載されており、C警部補は、刑事事件で証人として、現場で衝突場所とされた位置にチョークで印を付けたと証言したが、その痕跡は本件実況見分調書添付の写真からうかがえないばかりか、本件事故当日第一審被告会社従業員が撮影した本件事故現場の写真(乙一一添付のもの)にも写っていなかった。衝突地点とされる場所(別紙図面一の④)で衝突が起こった旨を第一審被告Y1が供述したものと推測することはできない。また、事故現場実況見分調書の図面には、同被告がA車両を発見した位置が③として記載されているが、その位置は、同被告が時速三〇kmで進行していたことを前提に、C警部補が勝手に想定して記載したものであって、同被告の供述に基づくものではない。
ウ 第一審被告Y1の司法警察員、検察官に対する各供述調書は、いずれもC警部補の実況見分調書が正確に作成されたことを前提としているが、その前提が誤っている以上、これらの調書等に証拠価値はない。
(4) 本件事故現場の制動痕について
本件事故現場にあった制動痕は、第一審被告車両によって付けられたものではない。したがって、その制動痕の長さ等をもとに、同車両が本件事故当時停止していたか否かや同車両の本件事故直前の速度等を推測することはできず、これに基づいて、同車両が本件事故時停止していなかったとか、本件事故直前の速度が時速一五kmないし二〇kmであったといった第一審原告の主張には根拠がない。制動痕が同被告車両のものでない理由は以下のとおりである。
ア 第一審被告車両の停止位置の後輪の位置と制動痕北端には三七cmのずれがあった。
C警部補は、本件事故現場の実況見分時、別紙図面一の(ア)電柱から制動痕北端S3点まで、一・九mしかないのに、二・三mと誤って計測し、(イ)S4点から第一審被告車両の停車位置の左前角までの距離を三・五〇五mと誤って計測した。この間違いの結果、事故現場実況見分調書では、第一審被告車両の停止位置の後輪接地点が制動痕の終端となる図面が作成された。C警部補は、同車両の速度につき、時速三〇kmという予断を持っており、その想定に沿って、図面に同車両の位置を記載した結果、虚偽の内容の記載となったものであって、その内容を信用することはできない。
しかし、別紙図面一の⑤の位置に第一審被告車両が停止したことは事実であるから、本件で刑事第一審判決が認定したとおり、制動痕は、約三七cm南にあったことになる。すなわち、第一審被告車両が停止した時、後輪は制動痕より三七cm北の位置に接地していたのであって、制動痕がつくほどの急制動をかけていながら、その急制動の途中で制動痕がつかなくなり、制動痕がつかなくなってから四〇cm近くも同車両が移動し停止することはあり得ない。そうすると、別紙図面一に記載された本件事故現場にあった制動痕は、第一審被告車両が付けたものではないことになる。
イ 証人Dの原審の証言、同人作成の自動車事故工学解析書、意見書(乙一四、二六。以下、これらを合わせて「D鑑定」という。)も、本件事故現場にあった制動痕が第一審被告車両によって付けられたものではないことを明らかにするものである。
ウ B鑑定には、事故現場実況見分調書の記載内容、本件事故現場の制動痕の長さ等を根拠に、衝突前の第一審被告車両の速度を算出した旨、衝突後も第一審被告車両が移動した旨の記載があり、証人Eの原審の証言、その作成の鑑定書(以下、これらを合わせて「E鑑定」という。)の内容も同趣旨であるが、制動痕が同車両によって付けられたものでない以上、これらの推測は無意味であり、上記鑑定書等の記載はいずれもその内容を信用することができない。
第三当裁判所の判断
一 前提となる事実関係
前提となる事実関係は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「一前提となる事実関係」に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決一二頁一六行目の「垣根」の次に「(生垣。以下同じ。)」を加える。
(2) 原判決一二頁二二行目の「ある上、」の次に「高い位置にある第一審被告車両の運転席からは」を加える。
(3) 原判決一三頁一〇行目の「その左前輪付近には」を「その左前輪の前付近には」に改める。
(4) 原判決一三頁一四行目の「その後方には」を「停止している第一審被告車両の下になっている後部部分には」に改める。
(5) 原判決一四頁二六行目から一五頁一行目にかけての「本件事故現場の坂に入るところの速度は時速三〇キロメートルであり」を「上記①の地点で右側に寄り走行しようとした時の速度は三〇km位出ていたと思うが」に改める。
二 本件事故の態様
(1) 前記認定事実及び《証拠省略》によると、本件事故の態様として、以下の事実を認めることができる。
ア 第一審被告Y1は、平成七年八月に第一審被告会社生駒支店に就職し、本件事故まで五年近く自動車での小荷物配達の仕事に従事してきた。第一審被告Y1の配達の範囲は、奈良県生駒市内の西松ケ丘、北新町、谷田町、東松ケ丘、光陽台などであったが、本件事故の約二年前から、本件道路を含む範囲を担当していた関係で、本件事故現場付近の道路の状況をよく知っていた。
イ 第一審被告Y1は、五月一五日午前七時ころ生駒市小明町の第一審被告会社事務所に出勤し、午前八時過ぎころに配達用小荷物八五個(重量約二〇〇キログラム)を積載して第一審被告車両で同事務所を出発し、一八箇所に配達をした後、同市北新町所在のマンション前路上から西に向けて走行した。そして、第一審被告Y1は、時速約三〇km程度からだんだん速度を落として前記の分岐点から本件道路に入り、その地点でギアを三速から二速にしてブレーキペダルに足を乗せた状態で、下り坂で見通しの悪い右カーブの本件道路を進行した。
ウ 本件道路に入った後、第一審被告Y1は、別紙図面一記載の①地点のあたりで、file_3.jpg地点に駐車車両が車体の一部を本件道路にはみ出していることに気づいて進路を右よりに変更し、②地点のあたりで乙のカーブミラーを確認したが、当時本件道路を対向して接近していたA車両を認識することはできなかった。同被告は、本件道路下り坂でのこのようなカーブミラーの見え方も含めた見通し状況を、よく知っていた。
エ 第一審被告Y1は、本件道路では、進路前方から坂を上ってくる車両からはカーブミラーの見通しがよく、対向車の側で坂の下(同被告進行前方)で下り車両を待ってくれることが多いことを経験的に知っていたため、本件事故直前も、同被告は、対向車はないもの、あるいは第一審被告車両を待ってくれるものと考えて更に進行した。
オ ところが、別紙図面一記載の③地点に至った際、第一審被告Y1は約一一・三m先のfile_4.jpg地点を対向して進行してくるA車両を発見し、危険を感じて急制動の措置をとったが、④地点でA車両と衝突し、⑤地点で第一審被告車両は停止した。A車両は、第一審被告車両の左前部分に衝突した。
③地点付近における第一審被告車両の位置は、前記のfile_5.jpg付近の駐車車両の横を通り過ぎようとするあたりであった。また、このあたりの道幅は、約三・五mで、第一審被告車両の前面部分で、進行方向左側は道路側端から約一・一m空いており、進行方向右側は道路側端から約〇・六m空いている状態であった(前記のとおり、第一審被告車両の幅は一・八mであった。)。
また、③地点付近の第一審被告車両の速度は時速約一五kmであった。
(2) 上記の認定のうち、特に第一審被告車両及びA車両の速度について説示を補足する。
ア 双方の主張
第一審被告らは、本件道路が下り坂で、しかもその先が右にカーブしており、見通しが悪かったことから、第一審被告Y1は第一審被告車両の速度を時速約一〇km以下に落とし徐行して進行していたと主張し、第一審被告Y1人も原審本人尋問でこれに沿う供述をしている。
これに対し、第一審原告は、「当審における第一審原告の補足主張」の(1)に記載した理由により、第一審被告車両の本件事故直前の速度は少なくとも時速二〇kmであったと主張している。
当裁判所は、上記(1)のオで説示するとおり、③地点付近の第一審被告車両の速度は時速約一五kmであったが、急制動をかけたことにより、衝突直前の同車両の速度は時速約一一kmから一一・五km以上、他方、衝突直前のA車両の速度は、時速約二四kmから二八・七km以下であったと認定する。以下において、このような認定をした理由を述べる。
イ 第一審被告Y1の認識について
前に認定したとおり、第一審被告Y1は、本件事故後の平成一二年七月一七日から一一月八日までの間に行われた警察官の取調べや第一審原告との面談において、時速三〇km以上は出ていないとか、あるいは下り坂に入るまでの速度は時速三〇km程度であり、坂に入るとすぐ時速二〇kmに落とし、また、カーブのところでは速度を五キロ落とすなどと説明していたものの、時速一〇km以下に落として進行したといった趣旨の説明をしていた事実は認められない。
他方、第一審被告Y1は、平成一四年二月一二日の検察官の取調べにおいては、事故直前の速度は時速一五kmくらいになるはずであると供述して、その旨を録取した調書に任意で署名指印している。時速一五kmという速度は、第一審被告Y1が分岐点から狭く見通しの悪いかなりの下り坂である本件道路に入り、その地点でギアを三速から二速にしてブレーキペダルに足を乗せた状態で進行したという、本件道路の状況や経過とも符合するものであり、また、第一審被告会社が平成一四年三月一八日に国土交通大臣あてに提出した自動車事故報告書において、本件事故時の被告車両の速度について時速一五kmくらいであったと報告したことにも合致するものである。F作成の陳述書には、この自動車事故報告書は、本件事故直後第一審被告Y1から聞いた内容やその報告書に基づいて記載したが、それらはバイクを発見した時の速度が時速一五kmであったとの内容のものではなく、検察官の主張を前提として事故報告をするのが適切であると判断し、起訴状を元に作成したとの記載がある。しかし、《証拠省略》によると、第一審被告会社生駒支店は、第一審被告Y1に、警察官や検察官から受けた取調べの状況を報告させていたことが認められるのであって、同報告書における本件事故時の第一審被告車両の進行速度の記載は、当時の第一審被告Y1の第一審被告会社への報告に基づいてされたものと推認するのが合理的である。
以上の事実によれば、捜査段階において、第一審被告Y1は、供述内容に動揺はあるものの、最終的には、本件事故現場付近での進行速度を時速一五km程度と認識・判断していたものと認めることができる。
ウ 本件スリップ痕について(第一審被告車両によるものか否か)
(ア) 《証拠省略》によると、本件事故直後の実況見分で、臨場したC警部補らの警察官が、本件事故現場における第一審被告車両の停止位置(これは、事故当時の停止位置のままであった。)を道路のアスファルト面上に印を付けた後、同車両を移動させたところ、本件スリップ痕がその下から見つかったこと、そこで、C警部補が、道路面上の印に基づき、同車両の停止位置の左前部分から左スリップ痕の終点(北端)までの距離を測り、さらに同車両の左前角から左後輪の接地点までの距離を測ったところ、二つの距離は一致したこと、本件スリップ痕の東西方向(本件道路進行方向に対する垂直方向)の位置も、第一審被告車両の車輪の位置と一致する状況であったことから、C警部補は本件スリップ痕が第一審被告車両によるものと判断したことが認められる。この事実によれば、本件スリップ痕は、第一審被告車両によって付けられたものと認めるのが相当である。
(イ) 第一審被告らは、別紙図面一の⑤と表示された停車位置が、本件事故直後の停止位置として正確であることを前提に、概略以下のように主張して、本件スリップ痕が第一審被告車両によるものであることを争っている。すなわち、別紙図面一上は第一審被告車両の停止時の後輪の位置がスリップ痕の終端と一致するように作図されているが、実際には、左側スリップ痕の始点(S3)の位置は、電柱から一・九mの位置にあったのに、C警部補はこれを誤って電柱から二・三mの位置にあったものとして作図した。しかし、本件スリップ痕は全体として約三七cm南側にあったのであり、したがって、本件事故現場で停止した際第一審被告車両の後輪はスリップ痕終端(北端)より北側約三七cmの位置にあった、というのである。
しかし、事実は上記(ア)に説示したように認定すべきであって、以下に説示する点とも合わせれば、上記の第一審被告らの主張は採用することができない。
すなわち、《証拠省略》によると、C警部補が本件事故当日本件スリップ痕のうちのS3の位置を計測した際、その電柱からの距離が一・九mであったのにこれを二・三mと誤り、本件実況見分調書の図面に同数値を記載し、その数値を二〇〇分の一の縮尺に合わせて別紙図面一を作成したことは第一審被告ら主張のとおりであると認められる。しかしながら、第一審被告らの主張は、別紙図面一の⑤の位置が正確に現地の各位置関係に対応していることを前提とするものといえるが、C警部補は、⑤の位置についてスリップ痕の位置を計測したのと同じ基準点から二点測量で計測したわけではない。そして、同図面に記載されたすべての事物が正確に現地復元性を持たせて作図されたものであるとは認められないから、同図面上の⑤の位置が現地において第一審被告車両の停止位置であると指示説明があった位置を正確に表示したものということはできない。したがって、第一審被告らの主張は、その推論の前提を欠くということになる。
(ウ) ところで、C警部補は、刑事事件の第一審公判においてこの点について証人として少なくとも四回にわたって尋問されたが、その証言において、スリップ痕の位置の計測に間違いがあったことに関連して証言が混乱し、「スリップ痕の終端の前に第一審被告車両が止まっていた」とか、前記の「現場で停止した第一審被告車両の左前角の位置から左スリップ痕の終点までの距離と第一審被告車両の左前角から後輪の接地点までの距離が一致しなかった」旨を証言するなど、その証言内容は極めて混乱した状況になったものといえる。しかし、C警部補は、現地で本件スリップ痕終端と後輪タイヤの接地点とが一致していなかったことを確認した旨の証言をしたわけではなく、また、⑤の位置を現地の基準点などから測って特定した旨を証言したものでもない。前記の二つの距離が一致するとの結論を否定するように見える証言部分も、スリップ痕の位置の計測に間違いがあるとの趣旨の証言に関連づけてされたものであって、この点の計測の誤りのほかに、他の計測結果等に誤りがあることを根拠をあげて証言するものではない。結局、同証言の全体を通覧すると、同証人は前記スリップ痕のS3の位置と電柱からの距離以外にも計測の誤りがあったことを証言しているものではないと理解される。そうすると、C証言の特に混乱を示す部分も、本件スリップ痕が第一審被告車両によるものであるとの前記認定を覆すものではないというべきである。
(エ) また、第一審被告らは、本件スリップ痕が第一審被告車両によるものではないとの主張に符合する証拠として、D鑑定を援用している。そして、D鑑定の趣旨は、①後輪だけのスリップ痕が残るのは、車両のLSPV装置の働きから考えて極めてまれであること、②本件スリップ痕のうちの右の内側のスリップ痕は外側が濃いから、前輪によるものと判断できること、③別紙図面一の図上計測によるスリップ痕の左右間距離は、明らかに第一審被告車両の軸距(トレッド)と異なっており、本件スリップ痕を第一審被告車両の後輪によるものとみる余地がないことから、本件スリップ痕は別車両によるものと判断される、というものである。
よって検討するに、D鑑定は、LSPV装置を備えた自動車では、前輪のスリップ痕が付かず後輪のスリップ痕だけが付くのは異例であるとするが、スリップ痕がつく要因には様々なもの(空気圧、路面の状況、自動車の荷重・荷重の分布等)があって、D鑑定のように一義的に断定することは相当ではない。本件スリップ痕の濃さの点も、様々な要因によって異なり得るものと考えられるから、D鑑定のように断定することは相当ではない。
また、D鑑定は、別紙図面一記載の本件スリップ痕を図面計測し、その左右間距離を一・五mとしているが、C警部補作成の別紙図面一に記載されたすべての事物が二〇〇分の一の縮尺で正確に記載されているとは認められない。また、当時C警部補が、本件スリップ痕の左右間の距離を計測したかどうか、したとしてどのような計測をしてその結果がどうであったかなども、本件証拠上明らかではない。また、乙第一四号証(一〇頁)によると、第一審被告車両の左内側タイヤの左端から右外側タイヤの右端までの距離は一四三二・五mmであることが認められるところ、事故現場実況見分調書(乙一)の図面(別紙図面一)においては二〇cmが一mmに表示されることからすると、C警部補の作図した同図面の本件スリップ痕の表示内容から軸距との整合性があるかどうかを的確に判断することは困難というべきである。
以上のとおり、D鑑定を援用した第一審被告らの上記主張は、これを採用することはできない。
(オ) 以上によれば、本件スリップ痕は本件事故時における第一審被告車両の急制動によって本件道路上に付けられたものと認めることができる。
エ 衝突場所及び衝突場所と停止場所との関係について
第一審被告車両が停止した位置が、別紙図面一記載の⑤地点付近であったことは、(1)で掲記した証拠により認められるところである上、当事者も争っていない。
ところで、この点に関し、第一審被告らは、本件の衝突は第一審被告車両が停止した後か又は停止と同時に起こったと主張している。
しかし、B鑑定及びE鑑定によると、第一審被告Y1車両の前部に生じた損傷は、衝突時に第一審被告車両が前進していたものとして初めて了解可能であるというのであり、この点については、G鑑定書も結論を同じくしている。
D鑑定では、A車両が本件道路を南に向けて右側を進行していたとの前提に立った上で、第一審被告Y1車両が停止していたとしても、上記の損傷が生じうるとしているが、《証拠省略》によれば、Aは事故直前本件道路の左側である別紙図面一のfile_6.jpg付近を進行してきたものと認められるから、D鑑定のこの部分の判断は採用することができない。また、《証拠省略》や第一審被告Y1人尋問の結果中のこの認定に反する部分は、採用することができない。
そうすると、衝突場所は第一審被告車両が停止した⑤地点よりも手前であると認めるのが相当である。前記認定のとおり、第一審被告Y1は、本件事故当日に行われた実況見分において、衝突した場所を別紙図面一の④地点と指示しており、B鑑定によれば、第一審被告車両の衝突直後の速度は時速約一〇・三キロメートルで、A車両と衝突した場合には約〇・七メートル程度移動することが認められ、第一審被告Y1が指示した⑤地点と④地点との距離は〇・八mであるから、衝突の場所は④地点付近であると認定するのが相当である。
オ 本件事故の際の第一審被告車両及びA車両の速度について
(ア) B鑑定、E鑑定について
B鑑定は、本件事故を二台の車両がほぼ正面衝突した場合と考えて、そのような場合の双方の車両の衝突直前の速度を求める際の一般的手法であるエネルギー保存則と運動量保存則による連立方程式を立てた上、①第一審被告車両の質量、②A車両の質量、③第一審被告車両の変形に要したエネルギー、④A車両の変形に要したエネルギー、⑤両車両の衝突直後速度の諸値を求めて連立方程式に代入し、第一審被告車両の衝突直前の速度を時速約一一kmと計算し、A車両のそれを時速約二三kmから約三五kmと計算している。
①から④までの諸値を求める手法は、一般的に承認されているものと認められ、また、⑤の値を求める手法は、スリップ痕の長さに基づいて衝突直後速度を求める際に一般的に承認されているものであるから、得られた衝突直前の両車両の速度の数値も、合理的な範囲内のものと認めることができる。
次にE鑑定は、一般的に認められている運動量保存則と実効衝突速度とによって、両車両の衝突前速度を求める手法に基づき、本件の衝突が第一審被告車両の速度が時速七kmから一〇kmの時に発生したというH作成の鑑定書の結論を妥当なものと判断して採用した上、本件の衝突が①第一審被告車両の制動前の場合と②制動中の場合とに分け、それぞれの場合の衝突速度を計算している。ここでいう「制動」とは、第一審被告車両にブレーキがかかった後、スリップ痕がつき始めた時点以降の時期を指すものと解される。E証人は、原審の証人尋問で、本件車両の前部から後輪中央部までの長さが三・五mであるから、別紙図面一からすると、本件では「制動」前に衝突が生じたと証言したが、別紙図面一は現地復元性のある正確な図面ではないから、同証言にもかかわらず、本件では、衝突がブレーキ痕がつき始める前に生じたか後に生じたか必ずしも明らかでないことを前提に、ある程度の幅を持って速度を認定せざるを得ない。E鑑定では、①の場合の第一審被告車両の衝突直前の速度を時速一一・五km(以下、「時速」との表示を適宜省略する。)、衝突直前のA車両の速度を二四kmと計算し、②の場合として、減速して衝突する直前の第一審車両の速度が七km(②―file_7.jpg)、八km(②―file_8.jpg)、九km(②―file_9.jpg)の各場合について、第一審被告車両の制動前の速度及びA車両の衝突前の速度(A車両については、スリップ痕はなく、急制動をかけていないと認められる。)を、それぞれ、②―file_10.jpg第一審被告車両一一・二km以上、A車両二八・七km以下、②―file_11.jpg第一審被告車両一一km、A車両二七・七km以下、②―file_12.jpg第一審被告車両一一・二km、A車両二六・七kmと計算した。そして、同鑑定は、まとめとして、衝突直前の第一審被告車両及びA車両の速度はそれぞれ時速約一一・五kmから約一一km以上、時速約二四kmから二八・七km以下であったとしている。
なお、同鑑定は、スリップ痕の長さが短い場合には、その前にタイヤはロックしていないが制動がよく効いている状態(区間)があり、この点を考慮する必要があるとして、本件ブレーキ痕の場合で、この区間が〇・二m、〇・四mの各場合には、約一〇%、約二〇%の誤差が生じると計算している。この誤差を考慮すると、時速一一・五kmを前提にすると、それぞれについて制動が効く前の速度は、時速一二・七km、一四kmになるとしている。
以上のように、B鑑定及びE鑑定は、一般に行われている手法によるものであり、その計算の課程にも問題は認められないから、その結論は合理的な範囲内のものと解することができる。
もっとも、B鑑定が結論において、A車両の衝突直前の速度を時速二三kmから三五kmとした点について、B自身は、刑事公判において「三五キロの数値というのは、確率としてはゼロに近い」と証言しているので、この点に注意すべきである。
(イ) G鑑定書について
G鑑定書は、本件スリップ痕の長さを前提に第一審被告車両の制動前の速度を約一〇・三kmと計算し、これが衝突時の速度に近似すると判断し、他方、A車両の衝突速度を運動エネルギーの消費から求めるとして、これを約五〇・一kmと計算している。しかし、《証拠省略》によれば、G鑑定書がA車両の衝突時の速度を算出するに当たって用いた手法(計算式)は一般的なものではなく、かつ、A車両が衝突後に持つ運動エネルギーを表すExは誤りであると指摘されており、この指摘は首肯することができる。ちなみに、スリップ痕をもとに算出された速度は、あくまで第一審被告車両の後輪がスリップ痕を付け始めた時点における速度であって、通常スリップ痕が付く前から車両の制動は始まっており、スリップ痕が付かない程度の制動があり得ることは、B鑑定、E鑑定においても指摘されているところであるから、この点に注意が必要なことはE鑑定の場合と同じである。
よって、G鑑定書のうちのA車両の速度に関する部分は、採用することができない。
(ウ) 第一審被告車両の別紙図面一の③付近での速度及び両車両の衝突直前の速度について
以上によれば、両車両の速度に関する工学的な検討結果は、B鑑定及びE鑑定を採用するのが相当である。
そこで、これら両鑑定の結果に、第一審被告車両については、タイヤがロックしてブレーキ痕が道路に付く前に制動がよく効いている状態(区間)があることを考慮しつつ、捜査段階での第一審被告Y1の速度に関する認識をも総合考慮すると、第一審被告車両が別紙図面一の③地点付近を走行していた際の速度は時速約一五kmであったと認めるのが相当である。そして、同地点で第一審被告Y1はA車を発見して急制動をかけたが間に合わず④地点でA車両と衝突したものであったが、衝突直前の第一審被告車両の速度は時速約一一kmから約一一・五km以上であり、他方、衝突直前のA車両の速度は時速約二四kmから約二八・七km以下であったと認めるのが相当である。
カ 第一審原告の主張について
第一審原告は、「当審における第一審原告の補足主張」の(1)のとおり、第一審被告車両の本件事故直前の速度が時速二〇kmであったと主張している。
しかしながら、まず、スリップ痕が残る要因は様々であるから、時速一五km以下の速度ではスリップ痕が付かないと直ちに断定できるか疑問がある。また、別紙図面一に記載の第一審被告Y1がA車両を発見した時のA車両の位置は、あくまで同被告が第一審被告車両を運転進行中の一瞬の間の出来事に対する感覚的な判断に基づくものであるから、そのような距離関係をもとに第一審被告車両の速度を推測することには自ずと限界がある。
また、第一審被告Y1が第一審原告に対して本件事故現場を時速二〇kmで走行したという趣旨の説明をしたり、警察官の取調べの際に時速三〇kmで走行したと供述したことは、第一審原告の主張のとおりであるが、全体の経過から見て、本件事故現場付近の進行速度は時速約一五kmであったというのが最終的な第一審被告Y1の認識である上、進行速度が二〇km又は三〇kmであったとの同供述を裏付ける的確で客観的な証拠も存在しない。
既に検討したように、第一審被告車両が別紙図面一の③付近を進行している際の速度は時速約一五kmであったと認めるのが相当であり、その他の主張も含め、第一審原告の主張はこの認定を左右しない。
三 各争点に対する判断
(1) 第一審被告Y1の過失の有無について(争点二から五まで)
ア 前記認定のとおり、本件事故直前、第一審被告Y1は、A車両を別紙図面一の③の地点に至ってはじめて発見したものであるが、その原因は、同被告が前方注視を怠っていたからではなく、前記認定のとおり、本件道路の形状が運転者の見通しを妨げるものであり、同所に設置されていたカーブミラーの写り具合も悪かったからであるから、③地点に至るまでに、第一審被告Y1が前方の対向車を発見し得なかったことにつき、同被告に前方の安全確認義務違反の過失があったということはできない。
イ 道路交通法上、自動車の運転者は見とおしのきかない道路のまがりかど等で道路標識等により指定された場所を通行しようとするときには警音器を鳴らす義務を負う(道路交通法五四条一項)ほか、危険を防止するためやむを得ない場合には警音器を鳴らすことができるが、その他の場合には警音器の吹鳴は禁止されている(同条二項)。このように、警音器を鳴らすことがそもそも限定的な場合にのみ認められていることにかんがみれば、自動車の運転者に警音器吹鳴義務が課せられるのは、危険が現実、具体的に認められる状況下で、これを避けるためやむを得ない場合に限られると解すべきである。本件道路が道路標識等により警音器を吹鳴すべき場所に指定されていないことは前記認定のとおりであり、また、第一審被告Y1は、別紙図面一の③地点に至るまでの間にA車両を発見することができなかったのであって、同所に至るまでに第一審被告Y1車両において対向車と衝突するなどの危険が現実的、具体的に認められる状況下にあったとはいい難い。したがって、第一審被告Y1に危険を防止するため警音器を吹鳴する義務があったとは認められない。
ウ 前記認定のとおり、第一審被告Y1は、本件事故直前、第一審被告車両を運転して、本件道路に進入し、勾配が九%から一二%の下り坂で、十数m先では幅員が三・五mに狭まり、対向車とのすれ違いが著しく困難な本件事故現場にさしかかった。本件道路は、一方通行ではなく、現に対向車がある道路であり、同被告はそのことを知っていた。同被告は、本件道路に沿って右にカーブして進行しようとしていたが、進行方向はカーブのため直接見通すことができず、二つあるカーブミラーによっても進路前方の安全確認はできなかった。しかも、当時、別紙図面一file_13.jpg点には、駐車車両が私有地から公道に車体を突き出しており、さらにその手前甲のカーブミラー付近には、子供連れの女性が、第一審被告Y1車両と同方向に歩いていたから、それらを避けるためには右側通行を余儀なくされ、対向車があれば、その進行を妨げることになる状況にあった。
以上の事実関係の下では、自動車運転者としては、通行人及び駐車車両を避けるためとはいえ、安易に右側に寄って進行してはならないのであって、まず、通行人の安全のため、見通しのよいところへ出るまで、その後ろに従って左側を徐行すべきであり、次に、通行人の安全を脅かす危険がなくなり、駐車車両を避けて進行する場合には、できる限り左側を通り、かつ徐行して、直ちに停止できる速度で進行し、駐車車両を通過したら直ちに左側へ進路を戻して進行すべき注意義務を負っていたというべきである。
ところが、第一審被告Y1は、前記認定のとおり本件道路では、対向車もあり得ること、しかし見通しがきかないことが分かっていながら、対向車がないもの、あるいは坂の下で待ってくれるものと軽信し、前記甲のカーブミラーのところにいた歩行者、file_14.jpgの駐車車両を避けるため、右側いっぱいに寄り、しかも時速約一五kmで進行した過失により、別紙図面一③の位置でfile_15.jpg地点から対向してくるA車両を認めて急制動をかけたが間に合わず、A車両に自車左前部を衝突させ、Aをその車両もろとも路上に転倒させ、同人に対し、頭部打撲等の傷害を負わせ、脳挫傷により死亡させたものである。このように、第一審被告Y1には、徐行義務違反及び適正進路保持義務違反の過失があったと認められるから、第一審被告Y1は、民法七〇九条に基づき、第一審被告会社は同法七一五条に基づき、それぞれA及び第一審原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
(2) 損害の額について(争点七)
ア 入院費、入院雑費、葬祭料等不祝儀費用について 合計一七九万一一五一円
《証拠省略》によれば、Aの入院費が二八万五一八〇円、入院雑費が二万二四〇〇円、不祝儀費用が一四八万三五七一円であったことが認められる。
イ 逸失利益について 四〇二四万〇七五一円
《証拠省略》によれば、A(昭和○年○月○日生)は、本件事故当時一八歳で、a高専四年在学中の男子であったものであり、二〇歳から稼働し、六七歳まで、平成一二年の高専卒男子の平均賃金である年額四九三万四七〇〇円の収入を得ることができたものと認められる。これをもとに、Aが独身の青年であったことから生活費控除を五〇%とし、中間利息を五%(最高裁判所平成一七年六月一四日第三小法廷判決・民集五九巻五号九八三頁)として、ライプニッツ方式により逸失利益を算定すると、その額は四〇二四万〇七五一円となる。
4,934,700×(1-0.5)×(18.1687-1.8594)=40,240,751
なお、原告は、中間利息を五%とする場合には、ホフマン方式により計算するのが相当であると主張するが、本件においては、ホフマン係数を用いるべき特段の事情はない。
ウ 慰謝料について 合計二八〇〇万円
Aが本件事故当時一八歳で、a高専四年に在学中であったことは前記認定のとおりである。また、《証拠省略》によれば、母である第一審原告は、平成元年に夫(Aの父)と離婚した後、A及びその妹の親権者として同人らを養育してきたものであるほか、本件事故後も、長期間にわたってその真相ないし実体の解明に努力してきたものであることが認められ、Aの死亡により第一審原告の被った苦痛が甚大であったことは容易に推認されるところである。これらの事情その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、Aの死亡による慰謝料は、第一審原告固有の慰謝料を別個考慮することにかんがみ二二〇〇万円とするのが相当であり、第一審原告固有の慰謝料については、これを六〇〇万円とするのが相当である。
エ 小計 七〇〇三万一九〇二円
上記アからウまでの合計金額は七〇〇三万一九〇二円となる。
(3) 過失相殺について(争点六)
Aは、本件事故直前、時速約二四kmから二八・七km程度の速度で進行していたのであるから、同人にも徐行義務違反の過失があったと認められる。本件事故前に第一審被告Y1のとった走行方法に関し、一般には、自動車が歩行者の安全を確保するため、右側対向車線に出て走行することが適切である場合があるけれども、本件では、同被告は対向車両のことを全く念頭に置くことなく、そのような運転をしたものであり、歩行者や駐車車両があったことで、第一審被告Y1の過失割合が相対的に小さくなるとみるのは相当ではない。同被告が、衝突直前に道路右側、Aの進路を完全に塞ぐようにして進行したことが事故の重要な要因となったこと、第一審被告車両は車幅一八〇cmの四輪車であり車両重量が二六一〇kgに及ぶこと、これに対し、A車両は原動機付自転車であった反面、A車両の速度が速く、徐行義務違反の程度が軽いとはいえないこと、そして、本件ではA車両が徐行していれば、急停止することにより本件事故、少なくとも死亡の結果を回避することができた可能性が高かったことなどを考慮すると、本件事故について、Aの過失割合は一五%と認めるのが相当である。前記損害合計額七〇〇三万一九〇二円から一五%を控除するとその金額は五九五二万七一一六円となる。
(4) 既払金について
第一審原告が、自動車損害賠償責任保険から三〇一三万〇四四八円の支払を受けたこと、第一審被告会社からAの葬儀費用等として一四八万三五七一円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、これら既払金を上記損害額から控除すると、その金額は二七九一万三〇九七円となる。
(5) 弁護士費用 二八〇万円
第一審原告が、弁護士である訴訟代理人らに本件訴訟の提起、追行を委任したことは記録上明らかである。本件事案の内容、前記認容額にかんがみると、その費用は二八〇万円をもって相当と認める。
(6) 損害賠償額 三〇七一万三〇九七円
以上によると、第一審被告らが賠償すべき損害の合計額は三〇七一万三〇九七円となる。
第四結論
以上の次第で、第一審原告の各請求は第一審被告らに対し、本件事故により被った損害の賠償として、各自三〇七一万三〇九七円及びこれに対する不法行為の日である平成一二年五月一五日以降支払済みまでの民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の各請求は理由がないというべきである。よって、本件第一審被告らの控訴は理由がないからこれを棄却し、第一審原告の控訴は一部理由があるから、原判決を上記の趣旨に従って変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 坂本倫城 三木昌之)