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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)3221号 判決 2010年5月12日

控訴人(第1審原告) 甲野太郎

被控訴人(第1審被告) 乙山花子

上記訴訟代理人弁護士 田中彰寿

同 大脇美保

同 小笠原伸児

同 日下部和弘

同 田中茂

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,2億7802万4255円及びこれに対する平成18年8月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,破産宣告を受けた控訴人が,破産手続の廃止決定により復権したとして京都弁護士会を経由して日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に弁護士名簿への登録請求をしたところ,被控訴人が,京都弁護士会の資格審査会において,資格審査会の会長として,控訴人が復権していないことを理由に上記登録請求の進達を拒絶した議決に関与するとともに,京都弁護士会の会長として,上記議決に基づいて控訴人の上記登録請求の進達を拒絶する旨の京都弁護士会の決定に関与したことは違法である旨主張し,被控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,合計2億7802万4255円(過去の逸失利益として8229万2288円,将来の逸失利益として1億6573万1967円,慰謝料として3000万円)及びこれに対する上記決定がなされた日の翌日である平成18年8月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

1  前提事実(証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。)

(1)控訴人(昭和14年8月*日生)は,昭和45年4月7日,司法修習を終了し,同年5月1日,日弁連の弁護士名簿に登録され,大阪弁護士会に弁護士として入会をしたが,控訴人からの登録取消請求により,平成10年12月5日,弁護士名簿の登録が取り消された。

(2)控訴人は,平成10年12月11日,住信保証株式会社から債権者申立てによる破産申立てを受け(大阪地方裁判所平成10年(フ)第6907号。なお,同事件は,その後,神戸地方裁判所尼崎支部に移送された[同支部平成11年(フ)第150号]。),平成11年8月10日午前10時,神戸地方裁判所尼崎支部において破産宣告を受けたところ,これを不服として即時抗告等を重ねたが,いずれも退けられ,控訴人に対する破産宣告は,平成12年2月4日に確定した。

(3)その後,上記破産事件は,神戸地方裁判所に回付され(同庁平成15年(フ)第1371号),破産手続が行われたものの,神戸地方裁判所は,平成15年11月21日,破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないことを理由として,平成16年法律第75号による廃止前の破産法(以下「旧破産法」という。)353条による破産廃止の決定をし,同決定は,同年12月23日に確定した。

(4)控訴人は,平成15年5月21日,神戸地方裁判所に対し,免責の申立てをしたが(同庁平成15年(モ)第11328号),神戸地方裁判所は,平成16年1月5日,控訴人の免責を許可しない旨の決定をし,その後,同決定は同年8月18日に確定した(甲12の2)。

(5)控訴人は,平成17年5月30日,神戸地方裁判所に対し,復権の申立てをしたが(同庁平成17年(モ)第2016号),神戸地方裁判所は,上記申立てを却下する旨の決定をした(甲12の2)。

(6)控訴人は,日弁連に弁護士名簿登録請求をすべく,平成18年5月24日付けで,京都弁護士会に対し,日弁連宛ての弁護士名簿登録請求書(甲10)を提出した。

(7)被控訴人を会長とする京都弁護士会資格審査会は,平成18年8月28日,控訴人は弁護士法7条5号にいう弁護士の欠格事由である「破産者であって復権を得ない者」に該当するとして,控訴人による弁護士名簿登録請求の進達を拒絶する旨の議決をし,また,被控訴人を会長とする京都弁護士会は,同月29日,上記議決に基づき,控訴人による上記登録請求の進達を拒絶する旨の決定をした(甲12の1・2)。

2  本件の争点

(1)被控訴人の行為を個人責任の対象とすることの可否【争点1】

(被控訴人の主張)

ア 弁護士会が行う資格審査手続は,国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使」であり,その審査権の行使にかかわる機関として設置された資格審査会の会長は,同条の「公権力の行使に当たる公務員」に該当する。

イ 国家賠償法上の賠償責任が問題となる場合,国又は公共団体が被害者に対して賠償の責に任じ,公務員個人はその責任を負わないから,被控訴人は,個人として損害賠償責任を負わない。

(控訴人の主張)

ア 被控訴人は,そもそも公務員ではないから,国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使に当たる公務員」に該当しない。

イ 弁護士法54条2項が資格審査会の会長及び委員を公務員とみなしているのは,刑罰に関する事項に限られる。

(2)控訴人の復権の有無【争点2】

(控訴人の主張)

ア 破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないことを理由として破産手続が終了した者に対しては,旧破産法において復権を定めた規定がないから,当然に復権する。すなわち,旧破産法366条ノ21第1項1号~4号が適用されるのは破産手続中の破産者のみであって,破産手続の終了によって破産者でなくなった者に適用はない。そして,旧破産法347条,353条及び282条によって破産手続が終了した場合について,旧破産法には復権を定めた規定がなかったから,その場合の破産者は何らの手続を要せずに復権するものである。

イ したがって,控訴人は,平成15年12月23日,旧破産法353条による破産廃止決定が確定したことにより,当然に復権した。

ウ なお,控訴人は,次のとおり,既に復権したとの扱いを受けている。

(ア)破産者は,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)254条ノ2第2号により,取締役の欠格事由とされていたにもかかわらず,控訴人は,平成16年8月30日,株式会社Zの取締役に就任し,その旨の登記を受けることができている(甲6)。

(イ)控訴人は,裁判所の許可なく転居している(甲3)。

(ウ)控訴人は,平成16年7月27日,自らの名で預託金返還請求事件の判決を得て,同判決に基づく強制執行をしている(甲5)。

(被控訴人の主張)

ア 破産者が復権するには,旧破産法366条ノ21第1項各号のいずれかに該当することが必要である。

イ 破産廃止が当然に復権事由となるのは,旧破産法366条ノ21第1項3号の定める同法347条による申立てに基づく破産廃止決定が確定した場合に限られるところ,控訴人の破産廃止は,旧破産法353条によるものであるから,旧破産法上の復権事由に該当するものではない。

第3  当裁判所の判断

1  争点1(被控訴人の行為を個人責任の対象とすることの可否)について

(1)前提事実によれば,被控訴人は,控訴人が日弁連に対して京都弁護士会を経由して弁護士名簿登録請求をするにあたり,京都弁護士会資格審査会の会長として,同資格審査会が,控訴人が弁護士法7条5号にいう弁護士の欠格事由である「破産者であって復権を得ない者」に該当することを理由に上記登録請求の進達を拒絶する旨の議決に関与し,また,京都弁護士会の会長として,同会が,上記議決に基づいて,上記登録請求の進達を拒絶した決定に関与したものである。

(2)弁護士法は,弁護士会による弁護士名簿登録請求の進達拒絶について,次のとおり定めている。

ア 弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし,その使命に基づき,誠実にその職務を行い,社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないものであって(同法1条),当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって,訴訟事件,非訟事件及び審査請求,異議申立て,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とし(同法3条1項),原則として,弁護士又は弁護士法人でない者は,報酬を得る目的で訴訟事件,非訟事件及び審査請求,異議申立て,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い,又はこれらの周旋をすることを業とすることができず(同法72条),その違反については,刑事罰が定められている(同法77条3号)。

イ そして,弁護士の職務が,前記のとおり,司法権の健全な機能維持に不可欠なものであり,社会公共の利益に密接な関係を有することから,弁護士となる資格を有するのは,司法修習生の修習を終えた者など一定の資格を有する者に限られるほか(同法4~6条),「破産者であつて復権を得ない者」などが欠格事由として法定されているところ(同法7条),弁護士となるには,上記資格を有するだけではなく,日弁連に備えた弁護士名簿に登録されなければならず(同法8条),そのためには,入会しようとする弁護士会を経て日弁連に弁護士名簿登録請求をし(同法9条),弁護士会に入会しなければならないものとされている(同法8~11条,36条)。

ウ 弁護士会は,弁護士及び弁護士法人(以下「弁護士等」という。)の使命及び職務にかんがみ,その品位を保持し,弁護士等の事務の改善進歩を図るため,弁護士等の指導,連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり(同法31条),地方裁判所の管轄区域ごとに設立され(同法32条),その代表者である弁護士会の会長は,刑法その他の罰則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされている(同法35条3項)。

エ 日弁連は,全国の弁護士会により設立され,弁護士等の使命及び職務にかんがみ,その品位を保持し,弁護士等の事務の改善進歩を図るため,弁護士等及び弁護士会の指導,連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人である(同法45条)。

オ 弁護士会は,弁護士会の秩序若しくは信用を害するおそれがある者又は,「心身に故障があるとき」等に該当し弁護士の職務を行わせることがその適正を欠くおそれがある者について,資格審査会の議決に基づき,日弁連に弁護士名簿登録請求の進達を拒絶することができる(同法12条1項)。

カ 資格審査会は,各弁護士会及び日弁連にそれぞれ置かれ,その置かれた弁護士会又は日弁連の請求により,登録,登録換及び登録取消の請求に関して必要な審査をするものであり(同法51条),その置かれた弁護士会又は日弁連の会長をもって充てられる会長並びに弁護士,裁判官,検察官及び学識経験のある者の中から会長が委嘱する委員若干人をもって組織され(同法52条1~3項本文),その会長及び委員は,刑法その他の罰則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされている(同法54条2項)。

キ 弁護士名簿登録請求をした者は,弁護士会が上記登録請求の進達を拒絶した場合には,日弁連に対し,行政不服審査法による審査請求をすることができ,日弁連は,上記審査請求については,その資格審査会の議決に基づき,裁決をしなければならない(同法12条,12条の2第1項)。そして,弁護士名簿登録請求をした者が,日弁連の裁決に不服がある場合は,東京高等裁判所に対し,その取消しの訴えを提起することができるものとされている(同法16条)。

(3)このように,弁護士法は,弁護士等が基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とするものであって,その職務が司法権の健全な機能維持に不可欠であり,社会公共の利益に密接な関係を有することから,これらの公益を保護すべく,弁護士等にその職域の独占を認める一方で,その職務遂行の適正を確保するための指導及び監督等について,国の機関の指揮監督を受けない弁護士会及び日弁連の設置を定め,弁護士になろうとする者は,日弁連の弁護士登録を受けた上で弁護士会に入会することを義務付けられているところ,その場合に,弁護士会の資格審査会の議決に基づいて弁護士会から弁護士名簿登録請求の進達を拒絶され,さらに,日弁連の裁決を経ても弁護士名簿登録請求の進達を受けることができなかったときは,東京高等裁判所に対し,上記裁決の取消しの訴えを提起することができるものとされていることからすると,弁護士会の資格審査会が弁護士名簿登録請求の進達を拒絶する旨の議決をすること及び弁護士会がこれを受けて上記登録請求の進達を拒絶する旨の決定をすることは,弁護士会の資格審査会及び弁護士会が,弁護士法によってそれぞれに付与された公の権能を行使するものであり,いずれも広い意味での行政処分に属するものというべきである。

したがって,弁護士会の資格審査会が弁護士名簿登録請求の進達を拒絶する旨の議決をすること及び弁護士会がこれを受けて上記登録請求の進達を拒絶する旨の決定をすることは,いずれも国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使」に該当するものと解するのが相当である。

そして,弁護士会は,弁護士法に基づいて,国の機関の指揮及び監督を受けることなく(同法第3章,第5章,第7章,第8章参照),弁護士等に対する指導及び監督等に関する事務を行う法人であり,弁護士会の資格審査会は,弁護士名簿登録請求の進達拒絶という公権力の行使に関わる機関として弁護士法によって設置されたものであるところ,弁護士会の会長は同会の代表者であり(同法35条1項),また,資格審査会の会長は同資格審査会の会務を総理する者であって(同法54条1項),いずれも刑法その他の罰則の適用については法令により公務に従事する職員とみなされていること(同法35条3項,54条2項)を併せ考えると,被控訴人が弁護士会の会長及び弁護士会の資格審査会の会長として弁護士名簿登録請求の進達拒絶に関与した行為は,国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使にあたる公務員」としての行為に該当するものというべきである。

(4)そうすると,被控訴人が,京都弁護士会の資格審査会の会長として,同会が控訴人からなされた弁護士名簿登録請求の進達を拒絶する旨の議決をしたことに関与した行為のほか,京都弁護士会の会長として,同会が上記議決を受けて上記登録請求の進達を拒絶する旨の決定をしたことに関与した行為が,仮に違法であったとしても,被控訴人が個人として不法行為責任を負うものではない(最高裁昭和30年4月19日民集9巻5号534頁,最高裁昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁各参照)。

2  結論

以上によれば,控訴人の請求は,その余について判断するまでもなく,理由がないことは明らかである。

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 大西忠重 裁判官 井上博喜)

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