大阪高等裁判所 平成21年(ネ)690号 判決 2009年7月16日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
戸谷茂樹
同
岸本由起子
被控訴人
学校法人関西外国語大学
同代表者理事長
B
同訴訟代理人弁護士
門間進
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対して、605万2300円及びこれに対する平成19年5月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、控訴人が不当な昇格差別を受け、遅くとも平成5年4月1日までには教授に昇格していたはずであるにもかかわらず、不当に長らく助教授(現在の呼称は准教授)に留め置かれたことにより、民法709条に基づき、①被侵害利益である教授昇格請求権が侵害され、教授に昇格していれば本来支払われるべき賃金が支払われず、実際の支払額との差額相当の損害を被ったとして、そのうち平成16年6月25日支給分から平成19年5月25日支給分までの給与及び賞与等の差額相当の損害金505万2300円と、②被控訴人の昇格差別により多大の精神的苦痛を余儀なくされたとして慰謝料50万円と、③本件訴訟のための弁護士費用の負担を余儀なくされたとして弁護士費用相当損害金50万円の、合計605万2300万円及びこれに対する最終支払日の翌日と主張する平成19年5月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は、控訴人の被控訴人に対する請求は理由がないとして棄却したので、これを不服とする控訴人が控訴した。
【以下、原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「2 前提事実」、「第3 争点に関する当事者の主張」(なお、時機に後れた攻撃防御方法として主張の却下を求める申立てについての裁判所の判断部分を含む)の部分を引用した上で、当審において、内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載する。ただし、それ以外の字句の訂正、部分的加除については、特に指摘しない】
2 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる)
(1) 当事者等
ア 控訴人(書証省略)
控訴人は、昭和48年3月、a大学理学研究科物理学専攻博士課程を修了して理学博士の学位を取得し、b大学非常勤講師、大阪府立c工業高等学校教諭を経て、昭和55年4月、被控訴人に助教授として採用され、現在に至る者である。学校教育法92条の改正に伴い、平成19年4月1日、「助教授」の呼称が「准教授」に改められたことに伴い、控訴人は、准教授となった。
控訴人は、被控訴人においては、物理学と数学を教授してきた。
控訴人は、日本物理学会等に所属し、会員として活動している。
控訴人は、関西外国語学園教職員組合(後の「関西外国語大学教職員組合)において、昭和56年12月から昭和63年11月までの間、3期にわたって執行委員の地位にあった。また、同組合において、平成4年12月から平成9年11月までの間、7期にわたって会計監査の地位にあった。
また、控訴人は、関西外国語大学教員組合において、結成当初の平成9年12月から平成11年11月までの間、副執行委員長及び会計主任の地位にあったほか、平成11年4月から同年11月までの間、当時の執行委員長の定年退職に伴い、執行委員長代行の地位にあった。控訴人は、平成11年以降同組合の解散まで、同組合において、執行委員長の地位にあった。
この外、控訴人は、平成12年8月、大阪地区私立大学教職員組合連合に個人の資格で加入した。
イ 被控訴人(書証省略)
被控訴人は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に基づき、学校を設置することを目的とする学校法人であり、関西外国語大学、関西外国語大学大学院、関西外国語大学短期大学部を設置している。
関西外国語大学には、外国語学部、国際言語学部、留学生別科その他研究所やセンターがある。
関西外国語大学大学院には、外国語学研究科がある。
関西外国語大学短期大学部には、英米語学科、国際コミュニケーション学科がある。
被控訴人は、大阪府枚方市内に、中宮キャンパス、穂谷キャンパス、片鉾キャンパスを構え、平成18年5月現在、学部等定員1万1660名、在籍学生数1万3673名を擁し、教員総数は500名程度である。そのうち、再採用教員(定年後に再雇用された教員であることにつき書証(省略))が12名、特任教員(校務の分掌を免除される教員であることにつき書証(省略))が115名、招聘教員(外国人教員)は61名である。
ウ C(以下「被控訴人前代表者」という)
昭和55年9月から被控訴人の代表者理事長兼学長の地位にあった者である(書証省略)。平成19年4月、被控訴人に総長制が導入されたことに伴い、理事長兼総長となった。
平成20年10月25日、理事長の地位を退任した。
エ 関西外国語学園教職員組合又は関西外国語大学教職員組合(以下「旧教職員組合」という。書証(省略)、控訴人本人)
昭和44年1月、被控訴人に勤務する教職員らにより結成された労働組合である。当時の被控訴人の名称に沿って、「関西外国語学園教職員組合」と呼称していた。
昭和45年2月、被控訴人とユニオンショップ協定を締結した。
昭和56年6月、Dほか11名が旧教職員組合を脱退した。
昭和57年8月、ユニオンショップ協定が失効し、オープンショップ制に移行した。
平成2年ころまでには、ほとんどの者が脱退し、平成3年には、教員が約6名、職員が約19名程度の構成員となった。
平成4年4月、被控訴人の名称が「学校法人関西外国語学園」から「学校法人関西外国語大学」に変更されたことに伴い、名称を「関西外国語大学教職員組合」と変更した。
オ 関西外国語大学教員組合(以下「教員組合」という)
平成9年12月、控訴人等4名の被控訴人に勤務する教員により結成された労働組合である。
平成19年9月、新しく結成された関西外国語大学21世紀教職員組合に合流して、解散した(書証省略)。
カ 関西外国語大学21世紀教職員組合(書証省略)
平成19年9月に新たに結成された労働組合である。教員組合を吸収した。
キ 大阪私学教職員組合(書証省略)
控訴人が平成12年8月、加入した労働組合である。平成18年10月当時、教員組合の直接の上部団体であった。また、平成19年9月28日当時、関西外国語大学21世紀教職員組合の上部団体であった。
ク 本件訴えの提起(顕著な事実)
控訴人は、平成19年6月22日、本件訴えを提起した。
(2) 講座制ではないこと(証人E(以下「E」という)、控訴人本人)
被控訴人にあっては、いわゆる講座制は採用されておらず、各講座の専任の教授がいて、当該専任教授が退任しない限り、助教授ないし准教授が教授になることができないという仕組みはない。
(3) 被控訴人における教授の選考方法
なお、助教授ないし准教授から教授への地位の変更の法的性質につき、後述のとおり争いがあるところ、争いがあることを留保しつつ、以下、特に区別せず「昇格」、「昇任」又は「任用」の用語を用いることとする。
ア 理事会における大綱の決定(証拠省略)
被控訴人の理事で構成される理事会は(書証省略)、毎年5月ころ、定年退職者や退職予定者等を考慮して、次年度の教員人事の大綱を決定する。この大綱においては、具体的な人数までは定められず、教育内容の充実等を考え、例えば教職英語教育関係の教員の充実を図る等、どの方面の教員の充実を図りたいかといった抽象的な内容が定められ、その具体化は、学長に委託される。学校法人関西外国語大学教員任用・昇任手続に関する内規(書証省略)2条及び3条は、理事会が具体的な候補者を挙げて、学長に審査を委託する旨を定めているが、実際には、具体的人選を行っておらず、後述のとおり教員人事委員会で具体的な候補者をリストアップして審査している(書証省略)。
理事会には、理事長である学長も出席しているので、大綱の内容は、自ずと被控訴人前代表者も知るところとなる。
イ 教員人事委員会への諮問
学長は、理事会から委託を受けた教員人事の大綱の具体化について、教員人事委員会に諮問する(書証省略)。助教授ないし准教授から教授への昇任及び講師から助教授ないし准教授への昇任についての人数粋はないが、毎年、合計で5、6名が昇任している(証人E)。
教員人事委員会は、学長が委員長となり、学長の推薦に基づき教授会の構成員の中から理事長が委嘱した委員により構成される(学校法人関西外国語大学教員人事委員会内規(書証省略)2条、3条1項)。本件で問題とされている期間については、結果的に、被控訴人前代表者及び同人が委嘱した委員によって構成されることとなった。もっとも、この委員は、実際には、博士課程後期指導教授(被控訴人において「D丸号」と呼ばれる)の中から7名委嘱されていたが、委員の氏名等は公表されていない(証拠省略)。
教員人事委員会は、候補者の中から、関西外国語大学教員選考規程(書証省略)所定の基準を満たす者全員をリストアップする。教員人事委員会の事務は、被控訴人の人事部が中心になって担当しており、実際のリストアップ作業は、教員人事委員会の事務方としての被控訴人の人事部が行う(証人E)。このリストには、形式的に基準を満たした者全員が登載される(証拠省略)。被控訴人の助教授ないし准教授の地位にある者については、教授になるに当たり、満6年以上助教授ないし准教授の経験があることが要件とされているところ(関西外国語大学教員選考規程(書証省略)3条3項、附則1条)、実際には、満6年以上助教授の地位にある者全員が自動的にリストアップされていた(証人E)。
教員人事委員会は、リストアップされた者を個別具体的に審査して、教授に相応しい適任者を検討する。その際は、リストアップされた者全員を網羅的に検討するのではなく、委員が適宜にピックアップして検討する(証人E)。
この結果は学長に報告することとされているが(書証省略)、実際には、学長が教員人事委員会の委員長を兼ねているので、自ずと学長の知るところとなる。
ウ 教授会への審査要求
学長は、教員人事委員会が適任者とした者について、教授会に対し、審査要求をする(関西外国語大学教員資格審査委員会規程(書証省略)2条1項)。
エ 教員資格審査委員会における審査
教授会は、審査のために、互選で5名の教員資格審査委員会の委員を学長に推薦し、学長は、委員を委嘱することとされている(関西外国語大学教員資格審査委員会規程(書証省略)3条)。なお、教授会の互選による推薦に従って、常に委員が委嘱されているかについては、争いがある。
教員資格審査委員会において、教員人事委員会が適任者とした者の任用又は昇任の是非が審査され、その結果が学長に報告される(前記規程6条1項)。
オ 教授会の承認
学長は、教員資格審査委員会の審査結果を教授会に報告し、教授会は、教授の候補者の任用又は昇任について、承認するかどうかを検討する(前記規程6条2項)。これは、通常、毎年12月から年末年始をまたぐ2月にかけて行われる(書証省略)。
外国語学部の教授会は、原則として、学長が招集し、その議長となる(関西外国語大学外国語学部教授会規程(書証省略)4条1項本文)。
なお、資格審査委員会や、その審査結果を受けた教授会の承認に、法的拘束力はない(書証省略)。
カ 理事会への報告
教授会の審査結果は、学長を介して、理事会に報告される(学校法人関西外国語大学教員任用・昇任手続に関する内規(書証省略)5条)。理事会では、この報告に基づき、任用又は昇任する者を最終決定する(証人E)。
キ 理事長の発令
理事長は、学長からの教授会審査報告により、任用・昇任を発令する(学校法人関西外国語大学教員任用・昇任手続に関する内規(書証省略)6条)。これは、通常、新学年が始まる4月1日付けとなる(書証省略)。
(4) 学校法人関西外国語大学給与規程(書証省略)抜粋
2条(給与の種類)
1項 本規程に定める給与とは、基本給、諸手当、及び賞与をいう。
2項 基本給とは、基本給及び第二基本給をいい、正規の勤務時間に対する報酬であって第3項の諸手当及び第4項の賞与を除いたものをいう。
3項 諸手当とは、調整手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、増坦手当、超過勤務手当、日直手当、カウンセラー手当及び役職手当をいう。
4項 賞与とは、夏期、年末、その他臨時に支給される給与をいう。
3条(給与の計算期間)
1項 本規程に定める基本給、及び超過勤務手当と日直手当を除く諸手当の計算期間は月初めから月末までとする。
2項 省略
4条(給与の支給日)
1項 基本給及び諸手当の支給日は毎月25日とする。以下省略。
2項 夏期賞与は6月、年末賞与は12月、その他臨時に支給される賞与については、その都度定める月中に支給する。
3項 省略
第3争点に関する当事者の主張
1 本件の争点は、①教授昇格請求権ないしその期待権の存否、②助教授ないし准教授としての勤務経験が8年程度あれば教授に昇格するという労使慣行の存否、③控訴人を教授に昇格又は昇任させなかった判断の当否、④控訴人の得べかりし賃金額である。
2 教授昇格請求権ないしその期待権の存否について
(1) 控訴人の主張
助教授ないし准教授から教授への地位の変更は、被控訴人の教員としての地位、すなわち被控訴人の労働者としての地位を継続したまま上位の職位に地位を変更する「昇格」である。教授への地位の変更は、新規採用ではない。
助教授ないし准教授の地位にあった控訴人には、就業規則やこれに準ずる規定に基づく公正な処遇として教授に「昇格」する請求権、すなわち教授昇格請求権が存する。
仮に請求権としてこれを構成することが困難であるとしても、控訴人には、少なくとも昇格を期待する権利が発生している。
これを前提として、控訴人は、①労働基準法3条(均等待遇)に反し、また②労働組合嫌悪の不当労働行為意思を以て、③被控訴人前代表者の個人的好みによる差別という公序良俗に反する事由で教授に昇格することを妨げられてきたものであり、教授昇格請求権ないしその期待権が侵害されたものである。
仮に、教授への昇格が新規採用であるとしても、これは労働組合法7条1号違反であり、不法行為が成立する。
(2) 被控訴人の主張
助教授ないし准教授から教授への地位の変更は、新たな資格の教員への採用、すなわち新規採用である。
教授への地位の変更は、助教授ないし准教授としての労働契約の労働条件ではない。そのような法令や就業規則は、存しない。
したがって、教授昇格請求権なるものは存しない。
また、誰を教授とするかは、被控訴人の自由裁量である。労働組合法7条1号が禁止するいわゆる黄犬契約を控訴人に対して提示したこともないから、不法行為は成立しない。さらにまた、教授への昇格又は新規採用への適用又は趣旨の類推適用はできない。
さらに、教授昇格への期待権も存しない。
ところで、①労働基準法3条(均等待遇)は、労働者の「国籍」、「信条」、「社会的身分」を理由とする差別的取扱を禁止しているところ、控訴人については、これらの理由に基づく差別的取扱をしていない。また、②労働組合嫌悪の不当労働行為意思は存在しない。なお、平成18年4月以降、教員組合は、他の構成員の退職により構成員が控訴人のみとなっており、労働組合法上の労働組合ではない。さらに、③被控訴人前代表者の個人的好みによる差別は存しない。
3 助教授ないし准教授としての勤務経験が8年程度あれば教授に昇格ないし昇任するという労使慣行の存否について
(1) 控訴人の主張
被控訴人には、助教授ないし准教授としての勤務経験が8年程度あれば教授に昇格するという労使慣行がある。すなわち、被控訴人は、①所定年数(関西外国語大学教員選考規程(書証省略)附則1条において6年と定めている)以上助教授ないし准教授の経験がある者であって著書、論文、学会報告等により教育研究上の業績が顕著であると認められる者を教授への昇格基準を満たしている者とし、また、②博士の学位を有し、且つ大学教育に関し経験又は識見を有する者を教授への昇格基準を満たしている者としている。そして、③被控訴人において、助教授ないし准教授から教授への昇任までの平均期間は8.2年であり、④博士号を取得している助教授ないし准教授の教授への昇任期間は約6年であるし、⑤助手の場合は最短で35歳、講師の場合は最短で45歳、准教授の場合は最短で53歳で昇給が頭打ちになることからすると、ある職務上の地位を一定期間継続して勤めれば昇格ないし昇任があることを自ずと予定していると認められるので、助教授ないし准教授としての勤務経験が8年程度あれば教授に昇格ないし昇任するという規程ないし労使慣行がある。
准教授のまま退職した者の中に、在職年数27年、19年の者もいる。しかし、彼らは、組合員であるため、差別的な扱いを受けたものである。
教員の昇任は、資格として名誉が伴うというにとどまらず、経済的にも大きな格差が伴うから、教員への昇任が、被控訴人の全くの自由裁量であるなどということはあり得ない。被控訴人は、教員に対し、公正な業績評価をし、均等に待遇する義務がある。
(2) 被控訴人の主張
控訴人の主張は、否認ないし争う。
被控訴人には、「選考」の規程はあっても、控訴人のいう「昇任」のそれはない。
被控訴人において、教員の昇任者は、学外からの採用者と全く同一の審査・選考手続を経て、昇任の資格を得ることができる。したがって、採用する場合と同様、昇任させるか否かは、採用権者・昇任権者の自由裁量である。いわゆる年功序列的な昇任に関する、就業規則などの規定や労使慣行は一切存在しない。
4 控訴人を教授に昇格又は昇任させなかった判断の当否について
(1) 控訴人の主張
ア 控訴人は、①博士号を有し、②助教授又は准教授として平成5年当時、既に8年程度以上勤務していたものである。
また、控訴人は、大学の発展を願い、積極的に行動してきたものであり(書証省略)、論文の発表においても、業績は十分である。物理学、数学の指導についても、情熱と工夫を持って取り組み、教育的成果をあげてきた。
以上によれば、控訴人は、当然に教授に昇格又は昇任するだけの要件を具備していたものである。
前記3(1)に付加して述べると、被控訴人においては、准教授の在職年数が6年未満であるのに、教授になった者が12人いる。1年の者、18年の者は各1人であり、昇任時期の大きな山は6~12年である。とりわけ、控訴人と同じ、助教授ないし准教授採用時に博士の学位を取得していた者は、そのほとんどが遅くとも在職9年経過時までに教授に就任している。しかるに、控訴人だけが、助教授ないし准教授の地位に29年間も留め置かれたことは、極めて異常であり、被控訴人が控訴人を差別していることは明らかである。
イ なお、被控訴人が、原審で提出した平成20年11月7日付被告最終準備書面6頁以下で「第3.原告個人の概況」として主張するものは、時機に後れた攻撃防御方法の提出であるから却下されるべきである。
ウ 被控訴人は、教授への昇任は「採用」である、との主張しかしていない。
そうすると、昇任が「採用」ではないと判断されるのであれば、そのことだけをもって、控訴人の主張が認められるべきである。
(2) 被控訴人の主張
控訴人には、学生をいかに指導して育て盛り立てていくか、それを通じて自己の勤務する大学をいかに立派な大学に発展させていくかの精神が全く見受けられない。
控訴人の研究業績としては、論文しかないが、その論文にしても、研究業績として評価し得るものはない。
控訴人の担当する物理学や数学は、他の自然科学の講義に比較して、その履修者は少ない。
以上によれば、控訴人は、当然に教授に昇格又は昇任するだけの要件を具備していたとはいえない。
被控訴人が、控訴人を、組合員であるとの理由で差別したことはない。
(3) 被控訴人の主張が時機に後れた攻撃防御方法の提出であるかについての補足説明
ア 当事者の主張等の過程
(ア) 被控訴人は、平成20年8月22日に実施された原審第8回口頭弁論に至るまで、控訴人の業績や能力に関する具体的事実について、控訴人の主張に対する認否以上の具体的主張は行っていなかった。
(イ) 控訴人は、平成20年9月4日に実施された原審進行協議手続期日において、被控訴人に対する求釈明を平成20年9月8日までに行う予定である旨述べた。
(ウ) 被控訴人は、同進行協議手続期日において、甲1(省略)記載の控訴人作成の論文についての専門家の意見を提出する予定である旨述べた。
(エ) 控訴人は、平成20年11月14日に実施された原審第9回口頭弁論期日において、同年9月5日付け求釈明書を陳述した。同求釈明書には、「昭和61年から現在までの各人事委員会において行われた、控訴人の全人格的評価にかかわる議事の内容を明らかにされたい。」との記載がある。
(オ) 被控訴人は、同口頭弁論期日において、平成20年9月12日付け被告準備書面(Ⅵ)を陳述した。同準備書面には、「任用すべきか否か、昇任させるべきか否か、即ち新たな地位を取得せしめるか否かの判断は、判断者の全くの自由裁量であって、何ものにも拘束されない、いわゆる「採用の自由」であって、その判断事由の内容は開示されるべき性格のものではない。」との記載がある。なお、同準備書面は、甲1(省略)記載の控訴人作成の論文についての専門家の意見を記載した乙14(省略)とともに、同年9月12日、控訴人代理人が受領している。
(カ) 被控訴人は、同口頭弁論期日において、「第3.原告個人の概況」と題する項を含む平成20年11月7日付け被控訴人最終準備書面(控訴人代理人は、同月7日に受領している)を陳述した。
(キ) 控訴人は、同口頭弁論期日において、平成20年11月10日付け準備書面(5)を陳述した。同準備書面には、上記「第3.原告個人の概況」の主張が時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨の申立てがある。なお、同期日当日、平成20年11月7日付け被告最終準備書面について、事実関係において看過できない点を指摘した控訴人作成の平成20年11月14日付け陳述書(3)(書証省略)の取調が行われた。
イ 裁判所の判断
被控訴人が、原審において平成20年11月7日付け被告最終準備書面の「第3.原告個人の概況」において主張する内容は、事実の主張と、評価の主張や法的主張が混然となったものであるが、事実の主張のほとんどは、従前の主張を敷衍したものであるか、従前の証拠調べの結果に基づくものであり、その限りで審理する以上、却下すべき時機に後れた攻撃防御方法の提出とはいえない。従前の証拠調べの結果に基づかない主張は、乙14(省略)に基づく主張であるところ、原審進行協議手続期日における協議の結果に基づくものであり、却下すべき攻撃防御方法の提出ではない。
5 控訴人の得べかりし賃金額について
(1) 控訴人の主張
控訴人が平成5年4月1日に教授に昇任していたことを前提にすると、平成16年6月25日支給分から平成19年5月25日支給分までの教授としての得べかりし賃金と、実際に控訴人に支給された賃金との差額は、合計505万2300円である。
なお、控訴人の所属する労働組合と被控訴人との間で、賞与ないし年間一時金の計算基礎となる基本給について、毎年妥結したということはない。
(2) 被控訴人の主張
控訴人の主張は、否認ないし争う。
なお、賞与ないし年間一時金については、控訴人の所属する労働組合との間で毎年妥結決定している。年間一時金について妥結するということは、計算基礎である基本給について、労使相互間で了承しているということである。
第4当裁判所の判断
【以下、原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」を引用した上で、当審において、内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載する。ただし、それ以外の字句の訂正、部分的加除については、特に指摘しない】
1 認定事実
かっこ内に摘示した証拠、争いのない事実及び弁論の全趣旨により認定できる事実は、以下のとおりである。
(1) 控訴人の研究歴等(書証省略)
控訴人は、大学院では理論物理学を学び、在籍していた研究室において、某助教授と量子力学に関する共同研究をして、共著の論文3編と単著1編を理論物理学に関する専門誌に発表した。このうち1編が、控訴人の学位論文となっている。
その後、控訴人は、b大学等で非常勤講師を務めた。
控訴人は、昭和50年4月、大阪府立c工業高等学校の理科担当の教諭に就任した。控訴人は、高校教員の傍ら、従前在籍していた研究室での研究を続けた。
控訴人は、昭和55年4月、被控訴人に助教授として採用された。その後も、控訴人は、従前在籍していた研究室で、某教授らと共同研究を続け、素粒子物理学に関する共著の論文5編を理論物理学に関する専門誌に発表した。
その後、控訴人は、別の教授らと共同研究を行い、理論物理学に関する専門誌に共著の論文を1編発表したほか、単行本の一部の執筆を担当した。
さらに、控訴人は、別の研究者らと共同研究を行い、ビアカップの特性とビールの泡発生に関する論文を日本調理科学会誌に発表した。
この外、控訴人は、素粒子物理学に関する単著の論文3編を関西外国語大学研究論集に発表し、大学生の数学の学力等に関する論文2編を関西外国語大学教育研究報告や、関西外国語大学研究論集に発表している。
(2) 控訴人の作成した論文(書証省略)
以上を論文に着目して要約すると、次のとおりとなる。
ア 素粒子物理学又は理論物理学に関する論文は、15編ある。
このうち、単著は3編で、その余12編は共著である。
15編のうち、理論物理学の専門誌に発表されたものは11編、日本調理科学会誌に掲載されたものが1編、その余3編は、被控訴人の学内の研究論集に掲載されたものである。
イ 控訴人が、被控訴人の助教授として採用された昭和55年4月までに発表された論文は、4編であり、いずれも素粒子物理学に関する論文である。
ウ 控訴人が被控訴人に採用された昭和55年4月以降に発表された論文は、13編である。
このうち、11編は、物理学に関する論文であり、そのうち、6編が理論物理学の専門誌に、うち3編が被控訴人の学内誌に、うち1編が単行本に、その余の1編が日本調理科学会誌に発表された。
上記13編のうち、2編は、大学生の数学の学力等に関する論文であり、いずれも被控訴人の学内誌に発表された。
(3) 控訴人の教育活動について
控訴人は、被控訴人において、一般教養科目として(数学については就職試験対策の意義もある)、物理学と数学を教授してきた(書証省略)。
控訴人は、平成元年を除いては、90分講義を年間30回行うことを1コマとして、物理2コマ、数学4コマを毎年教授してきた(証人E、控訴人本人)。
平成20年度の履修実績は、数学を履修した学生が約240名で、そのうち約2割は、途中で履修を放棄した。物理を履修した学生は40数名で、最終的に残ったのは約30人であった(控訴人本人)。
航空会社の採用試験において数学が試験科目に入っている関係で、航空会社の客室乗務員を目指す学生は数学を履修する可能性が高い(証人E)。
控訴人は、数学については、学生に企業、教員、公務員等の採用試験の就職問題をたくさんコピーして、学生に問題を解かせ、黒板で回答させることをしていた(控訴人本人)。
控訴人は、物理については、受講生が極端に減ってきていると感じていた(控訴人本人)。
この外、控訴人は、平成16年度に教育実習委員を担当した(書証省略)。
2 教授昇格請求権ないしその期待権の存否について
(1) 被控訴人の職員就業規則(書証省略)には、昇格・昇任に関する規程がなく、懲戒処分についても(73条)、降格の規程がない。
しかしながら、被控訴人の職員就業規則(書証省略)においては、被控訴人への就職を希望する場合、①自筆履歴書、②写真、③身上調書、④卒業又は卒業見込証明書、⑤学業成績証明書、⑥健康診断書を提出することが求められているところ(15条)、被控訴人は、助教授ないし准教授から教授に地位が変更になる場合、前記①ないし③しか求めず、④ないし⑥については求めていない。その提出時期も、地位の変更と同時又は変更後である(証人E)。
関西外国語大学教員資格審査委員会規程(書証省略)では、教員の「任用」と、「教員の身分を昇格変更」する場合とを並列に並べている(2条1項)。関西外国語大学教員選考規程(書証省略)においても教員の「任用」と「昇任」とを並列に並べている(1条)。学校法人関西外国語大学教員任用・昇任手続に関する内規(書証省略)においても同様である(1条)。
学校法人関西外国語大学教員人事委員会内規(書証省略)においては、教員の「任免」と「昇任」とを並列に並べている(1条)。昭和59年4月23日付け学内報(書証省略)においても、「新任」と「昇任」は区別されている。
被控訴人の発行する昭和45年4月13日付け関西外語通信(書証省略)では、昭和45年3月31日に開催された教授会において、講師1名が昭和44年4月1日に遡って助教授に「昇格」した旨が記載されている。他方、同通信では、「新任教員」を紹介する記事が別枠で設けられている。同様に講師から助教授に「昇格」したとする記事を「新任教員」と区別して掲載する取扱は、昭和46年4月14日付け関西外語通信(書証省略)、昭和47年4月7日付け関西外語通信(書証省略)、昭和48年5月14日付け関西外大通信(書証省略)、昭和60年4月4日付けThe Kansai Gaidai News(関西外大通信の英文表記であると認められる。書証(省略))でも見られる。また、昭和48年5月14日付け関西外大通信(書証省略)では、助教授から教授への「昇格」が新任教員と区別して掲載されている。
さらに、被控訴人においては、教員として「採用」する旨の辞令(甲71(省略)参照)と、助教授に「任命」する旨の辞令(甲72(省略)参照)は、同日付けで別途発令されており、教授に身分が変更される際は、単に「教授に昇任させる」旨の辞令(甲73(省略)参照)が発令されるだけである。退職辞令は発令されていない(証人E)。退職金を精算したりもしない(証人E)。
以上を前提とすると、被控訴人においては、助教授ないし准教授から教授への地位の変更は、新規採用ではなく、被控訴人との間で労働契約上の権利を有する地位を保ったまま、一般企業における職制上の地位を変更するがごとくに職務上の地位を変更するものというべきであり、労働契約上の権利を有する地位には継続性が認められる。
(2) 控訴人は、助教授ないし准教授の地位にあった控訴人には就業規則やこれに準ずる規定に基づく公正な処遇として教授に昇格する請求権が存在すると主張する。
しかしながら、本件全証拠を精査しても、被控所人の就業規則であれ、これに準ずる内部規定等であれ、助教授ないし准教授にあった者が一定の要件を満たした場合に教授に昇格することを定めた規定を見出すことはできない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) もっとも、不法行為における被侵害利益として、少なくとも「教授への昇格の期待権」は、認める余地がある。
確かに、助教授ないし准教授の地位にある者のうち、何人を教授に任命するかについては、特に十分条件を就業規則等で定めない限り、被控訴人にかなり広範な裁量が認められるべきである。大学においては、教員が最先端の学問の研究や、学生らに対する教育を行うものであることからすると(学校教育法83条1項(改正前の同法52条に相当する)参照)、教授人事を行う際、学問上の評価や教育上の業績の評価を含めて総合的に行わざるを得ず(学校教育法92条6項(改正前の同法58条6項に相当する)参照)、したがって教授会や理事会等において、未だ不確定的で議論の余地のある評価の定まらない学問上の業績や、客観的な指標の得にくい教育上の業績をも評価して教授人事を行うこと、換言すると裁量的な一定の価値判断に基づく評価によって人事を行うことをも法は許容していると見るべきである。これは反面で、何らかの業績を上げた助教授ないし准教授がいたとしても、そのことを以て当然に、あるいは相当の可能性を以て教授に昇格することを期待できるわけではないことを意味する。
したがって、助教授ないし准教授の地位にある者が教授になることを希望しているとしても、これに反して教授に昇格させなかったからといって直ちに被侵害利益の存在が認められ、不法行為を構成することにはなるものではない。そのような希望は、抽象的な期待に留まり、未だ不法行為における被侵害利益として保護するに値しないと見る余地が多分にあるからである。
しかしながら、あらゆる場合に助教授ないし准教授から教授への昇格が被控訴人の完全な自由裁量に服するとまでいうことはできず、学問上ないし教育上極めて顕著な業績があるなどして社会的、客観的に教授への昇格が当然視されるような場合においては、教授への昇格の期待は具体性を有するに至り、それにもかかわらず教授への昇格が行われないときは、上記期待は、不法行為における被侵害利益として保護され、少なくとも損害賠償請求の方法で救済されるべき対象となり得るというべきである。
3 助教授ないし准教授としての勤務経験が8年程度あれば教授に昇格するという労使慣行の存否について
(1) 控訴人作成にかかる専任准教授としての勤務年数分布(2008年3月現在)―1970年度以降に専任准教授に就任した179名―と題する書面(書証省略)によっても、助教授ないし准教授から教授に昇格する年数は1年から18年と様々であり、助教授ないし准教授のまま退職する者の在職年数も1年未満から27年と様々である。
教授に昇任した者の、助教授ないし准教授の平均在職年数が控訴人主張のとおり8.2年であったとしても、そのことだけで、控訴人の主張に係る労使慣行があったとまではいえない。甲54(省略)を見ても、控訴人主張のような昇任時期の分布の「山」は見受けられるものの、なおその時期には相当程度の幅があることが明らかである。
そして、上記の教授、助教授等の者らの、学問上の業績(論文の内容やその社会的評価等)、学生の教育指導上の業績は、在職年数や論文等の数だけで単純ないし機械的に比較、評価できるものではないといえる。
そうすると、一定の年限、助教授ないし准教授の地位にあった者を教授に昇任させる慣行があったとまでは認められない。
(2) この点に関し、控訴人は、長期間、助教授ないし准教授の地位にあった者については、労働組合活動等で被控訴人前代表者ら使用者側の意に沿わない活動をした者が嫌悪され、不当に昇格を妨げられていた例外であり、そのため助教授ないし准教授の在職期間に相当の幅が出ている旨主張する。
確かに、控訴人を含め、組合員の中に、准教授在職期間の長い者が多い傾向があること(書証省略)、さほど目立った数の論文による研究業績があるとはいえないにもかかわらず組合を辞めた後に教授に昇格した者がいないわけではないことが認められ(書証省略)、被控訴人において、組合員であることを理由として、教授就任に関して差別的に扱いがなされたのではないかとの疑いが残らないではない。
しかし、もともと、前記のとおり、助教授ないし准教授の業績評価、その結果としての教授への昇任は、その性質上、在職期間、論文数だけで単純に比較、評価できるものではない。そして、現に、助教授で組合脱退後、教授に昇任することのないまま(約4年後)退職した者もあり、逆に組合員のまま教授に昇任した者もいる(書証省略)一方で、上記のとおり組合脱退後に教授に昇格した者の大部分は、昇格時期は脱退後かなり経過した時期であり、助教授ないし准教授在任期間も控訴人主張に係る平均の8.2年をかなり上回る12年程度となっていること(書証省略)ことも明らかにされている。
したがって、上記の疑いが残っているからといって、いまだ、被控訴人において労働組合活動等を嫌悪した不当な昇格妨害があったとの控訴人主張事実を認定するには足りず、控訴人の前記主張は採用することができない。
4 控訴人を教授に昇格又は昇任させなかった判断の当否について
(1) 控訴人の研究上の業績は、認定事実記載の論文に主に集約されているものと認められる。
このうち、理論物理学の専門誌に発表された論文は、権威ある雑誌に掲載されたものであり、学術的価値がある。しかしながら、引用数が少ない上、引用した者も同じ研究グループに属する者らであり、現時点では学術的な影響力は大きいとは認められないものである(書証省略)。
理論物理学に関する論文で、関西外国語大学研究論集に掲載されたものについては、2人の審査を経て掲載されたものである(書証省略)。もっとも、控訴人自身、専門誌に投稿するまでの内容ではないものの、独創性があるとして、形に残す趣旨で学内誌に掲載を考えたものである(控訴人本人)。
これらの論文は、その客観的、将来的な価値はともかく、あくまでも控訴人の専門分野である理論物理学の学術上の業績であり、他方、本件全証拠によっても、外国語大学である被控訴人の斯界において顕著に積極的な評価がされていることを認めるには足りない。
大学生の数学の学力等に関する論文(書証省略)は、かねてから大学入試において数学の科目を受験しなかった文科系学生の数学の基礎学力の低さが指摘されていたのを踏まえ、控訴人が被控訴人の入試区分と数学の学力の相関関係等についてした調査においても同様の結果が得られ、また、数学の基礎学力が低い学生ほど退学率が高く、せっかく卒業できても数学の基礎学力が極端に低い学生は就職率も低いことが判明したことから、控訴人が被控訴人における数学教授に関する教育上の問題点を見出そうとしてまとめた論文であり、特に新規性があるものではないこと(書証省略)から、むしろ控訴人の教育上の業績において評価されるべき対象である。
(2) 控訴人の教育上の業績については、前記認定のとおり、控訴人は数学教授に関する教育上の問題点について論文を著したほか、数学教授に際し就職に関する学生の需要も考慮して講義を行っていたこと(控訴人本人)など、それ相応の創意と熱意を持って取り組んできたことが認められる。
他方、証拠(証人E、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、学生の受講科目の選択を、控訴人の努力や被控訴人の努力のみで左右できないこと、控訴人の担当していた物理、数学は、履修者が少ない科目であること(自然科学分野では、環境科学、総合科目Ⅲなど、他に履修者がはるかに多い科目が存在する)、控訴人の上記の熱意と努力にもかかわらず、物理の受講生が極端に減ってきていることが認められる。
また、そもそも、外国語大学である被控訴人に入学する学生は、語学、言語学、外国文化等を専攻するといえるのであって、控訴人の有する専門的な学識経験が、学生のニーズ(知識に対する需要)や、その教育・研鑽に応えられる度合いは、必ずしも高くないと理解される。
控訴人は、本人尋問において、文科系の学生であっても科学的思考方法を身につける必要性があること、また、数学は必ずしも理系の学問ではなく、論理学でも使われるようである旨述べている。そのこと自体は正論といえるものの、控訴人の学識経験の高さが、そのまま(物理・数学を専攻するものではなく、それらの高度かつ専門的な知識を求めていない)学生の指導等に貢献する度合いの高さに結びつくとまではいえない。
(3) 以上を総合すれば、確かに控訴人に研究上、教育上一定の業績は認められるものの、外国語大学たる被控訴人において、顕著な業績があったとまで認めるには足りず、他に社会的、客観的に教授への昇格が当然視される場合に該当するとまで認めるに足りる的確な証拠はなく、ひいては控訴人に具体的な教授への昇格の期待権の存在を認めるに足りる証拠はなく、控訴人を教授に昇格させなかった判断について、これが明らかに被控訴人の裁量を逸脱したものであるとまでは認められない。そうすると、被控訴人にあっては、制度上、教員人事について、被控訴人前代表者の意向を強く反映させることが可能な仕組みとなっており、確定した(書証省略)別訴判決(書証省略)において、被控訴人には教員の研究業績を適正に評価するだけの態勢が整っていることを認めるに足りる証拠はなく、教員の評価は、被控訴人の事務局が教員の学会発表や、学術論文、著作等の数を適宜参酌して行っていることが認められる旨指摘され(書証省略)、これの根拠となる別訴での証言も存在しており(書証省略)、被控訴人の体制にいささかの問題が潜んでいる可能性は否定されないが、そうだからといって、被控訴人が控訴人との関係で教授昇任への期待権を不法に侵害したとまでは認められない。
(4) なお、控訴人は、被控訴人が控訴人を教授に昇格させなかったのは、労働基準法3条(均等待遇)に反しており、また、労働組合活動嫌悪の不当労働行為意思をもってした結果であるとも主張している。
しかしながら、甲93、104(省略)において、控訴人との比較で挙げられている教授昇任者は、その大部分が、語学、言語ないしそれと密接に関連する学問領域を専攻する者であり、前記殊に上記(2)において検討したところと対比すると、組合員であることではなく他の一応合理性を肯定することができる理由により、昇任に有意差がついたと理解し得ないでもない。
この点と前記3殊にその(2)において検討した結果を併せると、組合員であることを理由に、教授昇任に関し、被控訴人が控訴人について差別的取扱いをしていたとまでは認められず、上記控訴人の主張は採用することができない。
(5) また、控訴人は、被控訴人前代表者の論文が盗用であるとの問題を提起したことがあること等から、同人が、控訴人を個人的に嫌悪して、教授に昇任させなかった旨の主張をする。
しかし、本件全証拠によってもいまだ同主張を基礎付ける事実を認めるには足りない。
第5結論
以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 亀田廣美 裁判官 高瀬順久)