大阪高等裁判所 平成21年(ネ)924号 判決 2009年10月16日
破産者株式会社a破産管財人
控訴人
Y
被控訴人
X株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
太田真美
主文
1 原裁判を取り消す。
2 本件訴えを却下する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1(1) 本件は、破産者株式会社a(以下「破産会社」という。)の委託を受けて、破産会社の従業員9名に対し、破産手続開始決定の前月である平成19年7月分の給料計237万7280円を立替払いした被控訴人が、弁済による代位(民法501条)によって、従業員が破産会社に対して有する給料債権を原債権として取得したとして、上記原債権に基づき、破産会社の破産管財人である控訴人に対し、237万7280円及びこれに対する上記弁済の日である平成19年8月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、第三者が給料の立替払いをした場合には、労働者保護の観点から給料債権を財団債権とした破産法の趣旨が達成されることから、原債権は、特段の事情のない限り財団債権に当たらないが、本件においては、被控訴人が取得した原債権には、財団債権としての優先的な効力を付与すべき特段の事情があるとして、被控訴人の請求を認容した。控訴人は、これを不服として控訴した。
2 前提事実
(1) 被控訴人は、日用雑貨品等の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 破産会社は、新聞販売事業等を業とする株式会社であり、平成19年8月9日、大阪地方裁判所堺支部に破産手続開始の申立てをした。
(3) 大阪地方裁判所堺支部は、平成19年8月29日午後5時、破産会社に対し破産手続開始決定を行い、控訴人を破産管財人に選任した。
(4) 被控訴人は、平成20年4月1日、控訴人に対し、破産規則50条1項に基づき、同年3月31日付け財団債権の申出書(《証拠省略》)を提出し、次の債権を財団債権として有する旨申し出た。
被控訴人は、破産会社の委託に基づき、破産会社の従業員9名に対し、破産開始決定の前月の給料237万7280円を第三者として立替払いしたことにより、破産会社に対し、立替払契約に基づく求償権237万7280円を取得した。同求償権は、原債権である給料債権と同じく財団債権の性質を有する。
(5) 控訴人は、平成20年4月18日、被控訴人の財団債権の申出に対し、異議を述べた。
3 争点及び当事者の主張
(1) 被控訴人は、平成19年8月21日、破産会社の従業員9名に対し同年7月分の給料を立替払いしたか。
【被控訴人の主張】
被控訴人は、破産手続開始決定前の平成19年8月21日、破産会社代表取締役B(以下「B」という。)の懇請を受けて、破産会社の従業員9名に対し、原判決別紙支払い給料一覧表記載のとおり、従業員らが破産会社に対して有する同年7月分の給料債権合計237万7280円を弁済した。
【控訴人の主張】
破産会社が破産手続開始申立書類として提出した債権者一覧表は、被控訴人が本件控訴で主張する債権について、債権者の氏名がA(被控訴人代表取締役。以下「A」という。)、債権の種類が借入金、債権額が237万7280円と記載されており、破産申立代理人が破産裁判所及び控訴人に提出した上申書にも、上記債権をAからの借入金とする記載がある。よって、上記債権は、A個人の破産会社に対する貸付金債権にすぎない。
(2) 仮に立替払いが認められる場合、被控訴人は、従業員らが破産会社に対して有する給料債権を代位により取得したか。
【被控訴人の主張】
ア 法定代位(民法500条)
被控訴人は、破産会社との間の立替払契約の履行として、従業員らに対し平成19年7月分の給与を第三者として弁済した者であり、「弁済をするについて正当な利益を有する者」(民法500条)又はこれに準ずる者に当たる。したがって、被控訴人は、弁済による代位(民法501条)によって、従業員9名が破産会社に対して有する237万7280円の給料債権(以下「本件原債権」という。)を原債権として取得した。
イ 承諾による任意代位(民法499条1項)
仮に被控訴人が「弁済をするについて正当な利益を有する者」に当たらないとしても、被控訴人は、破産会社の委任を受けて従業員らに給料債権を弁済した以上、弁済による代位についても、債権者(従業員ら)及び債務者(破産会社)の承諾を得ており、任意代位(民法499条1項)によって本件原債権を取得したものといえる。
なお、本件は破産会社が債務を負う場合であるが、破産管財人である控訴人は、破産会社の債務を引き継ぐだけであり、民法499条2項が準用する民法467条2項の「第三者」に該当しないから、同項の対抗要件は必要ではない。
【控訴人の主張】
ア 被控訴人は、民法500条の「弁済をするについて正当な利益を有する者」又は、これに準ずる者に当たらない。
イ 被控訴人は、民法499条1項による任意代位を主張するが、同条2項が準用する民法467条2項の第三者対抗要件を具備していない。破産管財人には、破産財団に対する差押債権者と類似の法律上の地位が認められており、民法467条2項の「第三者」に該当する。
(3) 仮に被控訴人が弁済による代位によって本件原債権を取得した場合、被控訴人は本件原債権を財団債権として行使することができるか。
【被控訴人の主張】
ア 本件原債権は、「破産手続開始前3月間の給料債権」であるから財団債権(破産法149条1項)に当たり、被控訴人は、控訴人に対し、破産手続によることなく支払を求めることができる。
控訴人は、被控訴人が求償権である破産債権の範囲に限って原債権を行使し得るにすぎないと主張するが、民法501条1項前段にいう「範囲」とは、文言からして量的なものを指し、財団債権が破産債権という質的な範囲で限定されることを意味するものではない。
イ 仮に第三者が弁済による代位によって取得した原債権は、特段の事情がない限り原則として財団債権に当たらないとしても、本件には、原債権に財団債権としての優先的効力を付与すべき特段の事情がある。
(ア) 被控訴人が立替払いをしなければ、破産手続開始時点で、給料債権237万7280円が財団債権として残ったはずであるから、本件債権を財団債権として扱っても破産債権者への配当原資に変わりなく、被控訴人を格別に優遇したことにはならない。かえって、本件債権が破産債権として扱われた場合には、破産会社の懇請に応じた被控訴人の犠牲において破産法の趣旨が達成され、被控訴人が他の債権者より不利益に扱われたことになり、債権者平等の原則に反する。
(イ) 本件は、次のとおり極めて異例な場合であり、原債権を財団債権として扱うべき特段の事情がある場合としても、破産管財業務に影響を及ぼすことはない。
① 破産会社では、破産開始決定を待てないほど幹部社員に対する7月分給料の支払が切迫していた。
② Bは、毎日必ず配達されるという「新聞の信用」の維持を最重要としていた。
③ 破産会社は、被控訴人という、立替払いを懇請できるような取引先を持っていた。
④ 破産申立代理人弁護士E(以下「E弁護士」という。)は、被控訴人取締役会長C(以下「C」という。)から立替払いの可否を尋ねられたとき、禁止するだけでその理由を説明しなかった。
⑤ CがF税理士法人事務所の公認会計士に問い合わせたところ、同公認会計士は、給料は優先権があるので、立て替えても大丈夫であると2度にわたり回答した。
【控訴人の主張】
ア 弁済者は、弁済による代位によって、求償権と債権者の有していた原債権とを取得するが、求償権と原債権とは別個の債権であり、代位者が原債権を行使できるのは、「自己の権利に基づいて求償をすることができる範囲」、すなわち求償権の範囲に限られる(民法501条1項)。被控訴人の求償権は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権として破産債権に当たり(破産法2条5号)、被控訴人が代位の結果、本件原債権を行使することができるとしても、求償権すなわち破産債権の範囲で代位できるにすぎない。
イ 破産法149条1項は、労働債権のうち「破産手続開始前3月間」の給料の請求権を財団債権とし、当該給料請求権の帰属主体を「破産者の使用人」と限定しており、弁済による代位の結果、原債権たる給料請求権の帰属主体が「破産者の使用人」から被控訴人に変更した場合には、もはや同条項の適用はない。同条項は、本来は破産債権(破産法2条5号)にすぎない労働債権でも、同条項の要件を満たすものに限り財団債権としての優先性を付与し、もって、創設的かつ例外的に、同条項の要件に該当する限度において、破産者の使用人を保護する趣旨であり、破産者の使用人でない被控訴人を保護の対象としていない。よって、原債権たる給料債権が弁済による代位によって第三者に帰属した場合には、財団債権としての性質を有しない。
なお、賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)7条に基づいて、独立行政法人労働者健康福祉機構(以下「機構」という。)が労働者に未払給料の立替払いをしたことにより代位取得した給料債権においては、原債権の財団債権の性格をそのまま承継することが社会政策的に制度化されており(租税特別措置法29条の6)、本件の場合と同一に論じることはできない。
ウ 破産法は、別途に明文をもって除外する以外は、破産開始決定前の原因に基づいて生じた債権を一律一挙に破産債権とすることにより債権者間の公平平等を実現することを旨としており、「特段の事情」のある場合に財団債権とするような解釈はとり得ない。仮にそのような解釈に立った場合、総債権者の公平平等な配当的満足の実現のために破産管財業務を遂行する破産管財人が「特段の事情」という実質的な判断を迫られることとなり、業務遂行の多大な支障となる。
仮に「特段の事情」がある場合に例外的扱いをすることを法解釈上認める余地があるとしても、本件においては、被控訴人に他の破産債権者よりも優先的な取扱いを受け得る事情はなく、本件原債権に財団債権としての優先的効力を付与すべき特段の事情があるとはいえない。
第3争点に対する判断
1 異議に至るまでの事実経過
上記第2の2の事実に、証拠(《省略》、証人B、同D、同C)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 破産会社は、新聞販売店4店舗を経営していたが、平成19年7月20日ころ(以下、特に記載のない限り平成19年を指す。)、従業員の給料の支払を済ませた時点で、多額の債務超過のため、翌8月分の各金融機関への返済及び買掛金債務の支払が不可能となることが判明した。そこで、破産会社代表取締役のBは、破産会社の破産手続開始申立てを検討し、長年付き合いのある被控訴人取締役会長のCに対し、弁護士と税理士の紹介を依頼した。被控訴人は、約20年間にわたり新聞購読者に配布する販促品を破産会社に納品してきた同社の取引先であるが、販売契約自体は大阪読売新聞本社と締結し、代金支払も読売本社から受けていたため、破産会社の破産により直接影響を受けることはなかった。
(2) 破産会社は、従業員の給料を毎月25日締めで計算し、アルバイト従業員36名には翌月11日、正社員(管理職9名、一般従業員7名)16名には翌月16日に給与を支払っていたものであり、申立準備段階の7月時点では、7月分の売掛金をすべて回収できれば、全従業員に同月分の給料を支払うことができる見込みであった。そこで、Bは、7月21日ころ、各販売店の正副店長5名を集め、破産会社が破産手続開始申立てをすること、7月分の給料は売掛金を回収すれば全員支払えることを説明した。破産会社は、7月31日まで新聞配達事業を行い、8月1日以降、事業を親会社の株式会社bに引き継いだ後、8月9日、会社債務の保証人であったB夫妻及びD(統括店長兼経理担当。以下「D」という。)夫妻の4名の個人破産と共に、大阪地方裁判所堺支部に破産手続開始申立てをした。
(3) Bは、8月10日、破産会社従業員を集め、7月分の給料について、「少し遅れるけど、必ず支払えるから心配するな。給料はアルバイトは8月16日、正社員は同月20日に支払う。」と伝えた。Dは、8月10日以降、破産会社の取引先に対し、7月分の売掛金を破産申立代理人のE弁護士名義の銀行口座に振り込んでほしいと依頼したが、大口の売掛先である株式会社朝日オリコミ大阪(以下「朝日オリコミ」という。)と株式会社新広社(以下「新広社」という。)は、申立代理人口座への支払に慎重な態度を示し、本来の支払期日である8月中旬の売掛金支払を留保した。このため、破産会社は、その他の売掛先から回収した売掛金を原資として、8月16日、アルバイト従業員36名に対し、7月分の給料合計263万0967円(所得税源泉徴収分等差引後)を支払った。
(4) E弁護士は、8月17日、朝日オリコミ及び新広社との間で、7月分の売掛金(朝日オリコミ110万円、新広社170万円)を同弁護士に支払うよう交渉したがいずれも決裂し、上記2社の債権は、管財人が就任後に回収するのもやむを得ないとの結論に至った。上記2社から売掛金が回収できない場合、破産会社は、当初予定の8月20日に一般従業員7名の給料を支払うことは可能であるが、管理職9名に対する支払は不可能となることが予測された。他方、Bは、そのころ、社長室に現れた従業員5名から、給料は本当に支払われるのかと尋ねられ、Dから、従業員の給料が払われないと仕事をしないと言っていると伝えられたことから、給料がこれ以上遅配すれば新聞の欠配が起こるのではないかと懸念し、8月18日、商品サンプルを持参した被控訴人代表者Aに対し、「給料は優先債権であり、決して迷惑はかけないので、Xが従業員の給料約250万円を立替払いするようC会長に頼んでもらえないか。」と懇請した。
(5) Aは、8月18日夕刻、Bの懇請をCに伝えたところ、Cは、8月19日、Bに対し、ほぼ了解した旨返事した上、翌日に正式な返事をする旨述べた。Cは、8月20日朝、F税理士法人事務所に電話で立替払いの可否を相談し、公認会計士から「給料は優先権があるので、立て替えても大丈夫である。」との説明を受けた。Cは、同日午後、B夫妻及びD夫妻と共にE弁護士の事務所を訪れ、E弁護士から、大口債権者2件の売掛金は破産手続開始決定後に管財人が回収すること、破産手続開始決定前に支払えなかった給料は、開始決定後に管財人が売掛金を回収して支払うこと、労働債権は優先的に支払われることを説明された。Cは、上記説明後、Bらを退出させてE弁護士と2人になり、同弁護士に「残りの従業員の給料を支払えないと配達ができず大変なことになるので、立て替えてもよいですか。」と尋ねた。E弁護士は、「勝手なことをしてはいけない。私は許可しない。給料は管財人が支払えばよいことだ。」と怒った。しかし、Cは、F税理士法人事務所に再度電話して意見を聞き、給料は優先権があるので立て替えても大丈夫という返事を受けたことから、同日、最終的に、Bに対し、被控訴人が破産会社の従業員の給料を立て替えると回答した。
(6) 破産会社は、8月21日午前中、一般従業員7名に対し、7月分の給料合計139万4465円(所得税源泉徴収分等差引後)を支払った。Cは、同日夕刻、被控訴人の出資に係る金銭を破産会社に持参し、Dが、上記金員の中から、Cの立会いの下で、破産会社管理職従業員9名に対し、7月分の給料計237万7280円(源泉所得税等差引後)を手渡した。その際、Cは、従業員らに対し、給料は被控訴人が立て替えたものであると説明し、従業員らは全員礼を述べて給料を受領した。また、Cは、Dに対し、予めE弁護士が売掛金が回収できれば全部支払える見込みで従業員の数だけDに交付していた「株式会社a代理人弁護士E」宛の受領証用紙を用いるように促し、従業員9名は、それぞれ同受領証に署名押印した。
(7) 大阪地方裁判所堺支部は、8月29日午後5時、破産会社に対し破産手続開始決定を行い、控訴人が破産管財人に選任された。E弁護士は、破産裁判所に対し、237万7280円をA個人からの借入金とする債権者一覧表を提出し、以後12月5日まで、破産裁判所及び控訴人に対し、上記債権について、Aが給料を立替払いしたこと、Aからの借入金であることを記載した上申書により、Aに対する優先的な支払を求めたが、控訴人は応じなかった。被控訴人は、平成20年4月1日、控訴人に対し、破産規則50条に基づき、同年3月31日付け財団債権の申出書を提出し、上記債権がAの債権であるという従前の上申は誤りで、被控訴人が立替払いしたことによる求償権であることが判明したと申し出たが、控訴人は、同年4月18日、異議を述べた。
2 争点(1)(被控訴人は、平成19年8月21日、破産会社の従業員9名に対し同年7月分の給与を立替払いしたか)について
上記1で認定した事実によれば、被控訴人は、破産会社代表者のBから立替払いの委託を受けて、破産会社従業員9名が破産会社に対して有する7月分の給料債権計237万7280円を第三者として弁済したことが認められる。
確かに、被控訴人が破産申立てに当たり提出した債権者一覧表(《証拠省略》)には、本件債権をAの貸付金とする記載があり、E弁護士、A、B及びCが破産手続中で破産裁判所及び控訴人に提出した上申書(《証拠省略》)にも、本件債権をAの貸付金又は立替金とする記載がある。しかし、立替払いに至る経緯に関する証人B、同D及び同Cの各証書及び各陳述書(《証拠省略》)は、事実関係においてはいずれも一致しており、その内容にも特に不自然な点は認められないから、信用することができ、破産手続中で提出された上申書との内容の齟齬は、むしろ関係者の知識不足や破産手続中で正確な事情聴取がされなかったことにより生じたものと推認される。したがって、前掲各証拠中、本件債権をAの貸付金とする旨の部分は採用することができず、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
3 争点(2)(仮に立替払いが認められる場合、被控訴人は、従業員らが破産会社に対して有する給料債権を代位により取得したか)について
(1) 上記1で認定した事実によれば、被控訴人は、弁済をしなければ債権者から執行を受け、又は自分の権利が価値を失う地位にある者ではないから、民法500条にいう「弁済をするについて正当な利益を有する者」に当たるものとはいえない。
しかしながら、被控訴人は、破産会社との委任又は準委任契約に基づき、債務者である破産会社のために給料債権について弁済をした者であるから、委任事務処理費用の償還請求権(民法650条)として求償権を取得し(以下「本件求償権」という。)、弁済と同時に、債権者である上記従業員らの承諾を得て、債権者に代位をすることができる(民法499条1項)。そして、上記1で認定した事実によれば、破産会社の従業員9名は、8月21日、それぞれ被控訴人による立替払いであることの説明を受けた上で給料を受領し、受領証(破産申立代理人E弁護士宛の用紙であるが、上記給料受領の経緯によれば、実際は被控訴人に宛てた受領証であったものと認められる。)に署名押印することにより、異議なく弁済を受領したものと認められるから、同時に、給料債権が被控訴人に移転することも承諾したとみるのが相当である。
以上によれば、被控訴人は、弁済による代位(民法501条)によって、従業員9名が破産会社に対して有する給料請求権を原債権として取得したものといえる。また、被控訴人が破産会社の依頼によって立替払いをした以上、破産会社は、原債権の移転をも承諾したというべきであり、被控訴人は、債務者である破産会社に対して、任意代位の効果(原債権の移転)を対抗することができる。
(2) 控訴人は、被控訴人が任意代位における第三者対抗要件(民法499条2項、467条2項)を欠いている以上、債権者の地位の移転を控訴人に対抗し得ないと主張する。
しかしながら、第三者とは、債権の二重譲受人や差押債権者のように、譲渡された債権そのものについて譲受人と両立し得ない法律的地位を取得した者をいうところ、破産手続開始決定によって、破産財団に属する財産の管理処分権は破産管財人に専属するが(破産法78条1項)、破産者が破産手続開始前から負担する債務については、破産手続開始決定によって破産管財人が新たな法律的地位を取得したものとはいえない。したがって、控訴人は、民法467条2項にいう「第三者」に該当せず、被控訴人は、第三者対抗要件を具備することなく、原債権の移転を控訴人に対抗することができる。
4 争点(3)(仮に被控訴人が弁済による代位によって本件原債権を取得した場合、被控訴人は本件原債権を財団債権として行使することができるか)について
(1) 本件求償権は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であるから、破産債権(破産法2条5項)に当たる。これに対し、被控訴人が弁済による代位によって取得した本件原債権は、「破産手続開始前3月間の破産者の使用人の給料の請求権」といえる。そこで、「破産者の使用人」でない被控訴人が、本件原債権を弁済による代位によって取得した場合であっても、これを財団債権(同法149条1項)として破産手続によることなく行使し得るかどうかについて、以下検討する。
(2) 破産法149条1項が、破産者の使用人の未払給料請求権及び退職手当請求権の一部を財団債権とした趣旨は、労働債権の中でも、破産手続開始直前の労働の対価に相当する部分は、労働者の当面の生活維持のために必要不可欠であり、破産開始後直ちに確実な弁済を受けることが望ましいと考えられるところにあると解される。このように、同法149条1項所定の使用人の給料請求権は、労働債権の保護という政策的配慮に基づき創設的に付与された財団債権であるが、第三者が破産手続開始前の使用人の給料を立替払いした場合には、労働者保護の必要性という上記政策目的は既に達成されていることになる。この場合に、労働者でない第三者が弁済による代位によって取得した原債権をも財団債権として扱うことは、本来は総債権者のための共益費用という財団債権の性質を有しないにもかかわらず、政策的見地から財団債権とされた債権を、当該政策目的を超えて、総破産債権者らの負担において保護することに他ならないというべきである。
(3) また、そもそも弁済による代位の制度(民法501条)は、代位弁済者の債務者に対する求償権を確保するために、弁済によって消滅するはずの原債権及び担保権を法の規定によって代位弁済者に移転させ、代位弁済者が求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度である。このとき、求償権と原債権とは別異の債権であるが、代位弁済者に移転した原債権及びその担保権は、求償権を確保することを目的として存在する附従的な性質を有し、求償権が消滅したときはこれによって当然に消滅し、その行使は求償権の存する限度によって制約されるなど、求償権の存在や債権額と離れ、独立してその行使が認められるものではない。そうすると、原債権によって確保されるべき求償権が破産債権(破産法2条5項)にすぎず、破産手続によらなければ行使することができない権利である以上、求償権に対し附従性を有する原債権についても、求償権の限度でのみ効力を認めれば足りることとなるから、第三者が弁済による代位によって取得した原債権たる労働債権は財団債権ではなく、一般の破産債権として取り扱われるものと解するのが相当である。
(4) なお、上記のように解すると、機構が賃確法7条に基づいて未払給料及び未払退職手当の立替払いをした場合に、機構が代位取得した原債権のうち破産手続開始決定3月前の給料に対する部分が、実務上財団債権として扱われていることとの対比が問題になるが、機構の立替払いは、事業主が破産開始の決定を受けた場合において、未払賃金に係る債務のうち政令で定めるものを当該事業主に代わって弁済する(賃確法7条)という破産手続開始決定後の立替払いであり、これを本件のような破産手続開始前の立替払いと同列に考えることはできない。
また、仮に賃確法7条の立替払いについて、発生原因事実のうち主たるものが破産手続開始前に備わっていたとみる余地があるとしても、ある債権が破産法上の財団債権に当たるか否かは、総債権者の満足の最大化と利害関係人の権利の公平な実現という破産法の趣旨に照らし、他の破産債権者全体との関係において債権者平等原則の例外を認めるべきかという観点から判断すべきところ、賃確法7条の立替払いは、事業活動に著しい支障を生じたことにより賃金の支払を受けることが困難になった労働者に対する保護措置(賃確法1条)として行われるもので、破産法149条1項と同じく労働債権の保護を目的としており、かつ、上記立替払い等を行うことにより労働者の福祉の増進に寄与することを目的として独立行政法人労働者健康福祉機構法に基づき機構が設立されているのであり、機構の資本金は政府からの出資によるものであること(同法5条)などによれば、他の破産債権者との関係でも、回収を図るべき公益的な要請があるといえる。また、機構から立替払いを受けた未払賃金は税務上は退職給与とされ(租税特別措置法29条の6)、所得税還付申告の対象となるのであり、必ずしも元の給料債権と同一の性格を持ったままであるとはいえない。
以上によれば、賃確法7条に基づく立替払いにより機構が代位取得した原債権の一部を実務上財団債権とする扱いが行われていることをもって、本件において同様の解釈を採らなければならないとする理由はない。上記1で認定した事実によれば、被控訴人は、法律解釈の専門家である破産申立代理人弁護士に立替払いの可否を事前に相談し、これを禁止されたにもかかわらず、敢えて破産手続開始決定前に立替払いをした第三者であり、仮に立替払いが錯誤に基づくものであったとしても、表意者に重大な過失がある場合として、被控訴人と破産会社との委任契約の錯誤無効を主張することはできないものというべきであり、このような債権者を他の破産債権者の犠牲において保護する必要があるとも解されない。
5 よって、被控訴人が、代位弁済により取得した原債権たる給料債権は、破産法149条1項の財団債権ではなく、求償権である一般の破産債権に当たるものと解すべきである。そうすると、本件原債権は、破産手続によらずにこれを行使することはできず(同法100条1項)、本件原債権について破産管財人である控訴人を相手に被控訴人が給付の訴えを提起することはできないものというべきである。
第4結論
以上によれば、本件訴えは不適法であるからこれを却下すべきであり、これと異なる原判決は相当でない。
よって、原判決を取り消し、本件訴えを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 塚本伊平 阿多麻子)