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大阪高等裁判所 平成21年(ネ)962号 判決 2010年7月13日

訴人・被控訴人(一審原告)

X

訴訟代理人弁護士

三木俊博

脱退控訴人・被控訴人(一審被告)

シティグループ・オーバーシーズ・ホールディングス株式会社

(旧商号・日興コーディアル証券株式会社)

代表者代表取締役

一審被告引受参加人

日興コーディアル証券株式会社

(旧商号・日興コーディアル証券分割準備株式会社)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

板東秀明

名取伸浩ほか

主文

1  一審被告(引受参加人)の控訴に基づき、原判決中、一審被告(引受参加人)敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  一審原告の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じて、一審原告の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨(一審原告)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告(引受参加人)は、一審原告に対し、1495万6118円及びこれに対する平成17年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2控訴の趣旨(一審被告)

主文1、2項同旨

第3事案の概要

1  一審原告は、一審被告を通じて株式の現物取引等を行っていたが、一審被告の従業員の勧誘行為に、適合性原則違反、断定的判断の提供、説明義務違反及び過当取引の勧奨の違法があったとして、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、取引の差損及び弁護士費用の賠償を求めた(遅延損害の起算日は上記取引等が終了した平成16年12月14日の後の日)。

2  原判決は、一審被告の従業員の勧誘に基づいて、一審原告が25株ものNTT株を購入したことについて、同従業員は、一審原告の投資経験、証券取引の知識、理解力、投資意向、財産状況等からして、これが一審原告にとって明らかに過大な危険を有する取引であることを認識したのであるから、一審原告に対し、その取引の危険性を認識しているかどうかを確認し、購入株数が過大であることを指摘して再考を促す等の指導助言義務を信義則上、負っていたのに、同義務を果たさなかったのであり、そのような勧誘行為は、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘する行為と同視することができ、証券取引における適合性の原則から著しく逸脱したものであって、不法行為法上、違法となる(その余の取引の勧誘については、不法行為法上、違法なものとはいえない)と説示し、一審原告に1329万6583円の損害が生じたことを認定した上、一審原告につき7割の過失相殺を行い、一審原告の請求を398万8974円の損害及び弁護士費用39万円の合計437万8974円の損害金及びこれに対する上記遅延損害金の支払を命じる限度で認容した。

3  争いのない事実及び争点は、原判決「事実及び理由」欄「第2 事案の概要」の2及び3(2頁6行目から16頁16行目まで)に記載のとおりである。

なお、当審において、引受参加人が、吸収分割により一審被告の義務を全部承継したことから訴訟引受けを行い、一審被告は訴訟から脱退した。

4  当審における一審原告の主張

(1)  原判決には、①NTT株25株(本件NTT株)を購入する勧誘経過に事実誤認をはらんでいるとともに、②一審原告の投資属性に照らして、過失相殺の割合(7割)があまりにも大きすぎ、当事者間の衡平さを欠いている誤りがあるが、そのような結果を招いたのは、③直接にはNTT株を購入するための勧誘については、単に「指導助言義務違反(再考助言義務)」のみならず「有価証券目論見書交付義務違反(それに基づく説明義務違反)」と「適合性聴取義務違反」ほかが随伴していたものであることを看過したこと(本件NTT株の購入は、一審原告が安全性重視、貯蓄指向であることと合致しないので、一審被告においては、投資意向に変更があるのかを改めて確認する必要があった。なお、一審原告は、本件ドコモ株、本件コナミ株についても、目論見書を受領していない。)、④本件NTT株に加えて、本件ドコモ株2株、本件コナミ株200株を併せると、一審原告の資産(一審被告に預託していた証券資産)の85.2パーセントが株式という「リスク性資産」に偏っており、「適合性原則違反」の状態となっていることを看過していること、⑤本件取引(第1期取引と第2期取引)が、あるいは本件NTT株、本件ドコモ株及び本件コナミ株の各取引が、一連一体として一審原告に対する違法行為を形成していることを看過したことに起因している。

(2)  本件NTT株25株購入勧誘における説明義務違反

ア 証券会社にあっては、投資勧誘に当たり、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、投資目的等に照らして、投資家に対して当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき信義則上の注意義務があり、これに違反して投資勧誘に及んだときは、具体的な状況によっては勧誘行為が違法となる。

CとD課長については、本件NTT株の購入を勧誘するについて、そのリスクの質と量(程度・範囲)に関する説明義務違反があったというべきである。

イ 証券会社において、取引の勧誘にあたって説明義務が履行されたというためには、投資家の知識経験、投資意向(目的)、資産状況等を踏まえた上で、証券内容及びリスクの内容と程度を明確にして、投資家が正しい理解を形成するに足りる方法と程度の説明が実質的に尽くされたことが必要である。

本件では、原判決の認定した一審原告の知識経験、投資意向(目的)、資産状況を踏まえて、一審被告は、目論見書を一審原告に交付した上、その内容を頁を繰りつつ、NTTという企業の既往業績・将来見通しを分かりやすく説明し、リスクの内容と程度については、NTT株の価格変動が安値の37.5万円から高値の318万円と「大きな変動幅」で動く株式であることを株価チャートを用いるなどして具体的に紹介し、とりわけ25株もの大量購入であるという固有事情に関連して、個人投資家は一般的には1から5株程度を購入すること、それを25株も大量に購入する場合には投資リスクが25倍に昂進することに言及するなど(投資においては、その有利性が片面的に強調されがちであって、そのためリスク面が忘れられがちとなることから、リスク面が併せて強調される必要があるとともに、実感を伴って理解されるために、株価変動と株数の2つの変数を用いて具体的数値を例示的にあげた説明が必要である。)、分かりやすく具体例を挙げて注意を喚起するべきであった。

しかるに、一審被告の従業員は、そのような説明をしていないので、上記説明義務違反があるというべきである。

(3)  消費者保護条例違反

ア 一審原告と取引をした一審被告の営業所は大阪府にあるところ、大阪府消費者保護条例は「消費者に対して著しく不利益をもたらす不当な内容の契約を締結させる行為」を禁止しており、その行為の一つとして「消費者にとって不当に過大な量の商品及び役務又は不当に長期にわたる商品及び役務等の購入を内容とする契約を締結させる行為」を掲げている。

また、一審原告の居住する滋賀県においては、滋賀県消費生活条例が「消費者に対して著しく不利益をもたらす不当な内容の契約を締結させる行為」を禁止しているが、その行為の一つとして「消費者の財産状況または社会通念に照らし、不当に過大な量の、または不当に長期にわたって供給される商品等の購入を内容とする契約を締結させること」を掲げている。

一審被告が一審原告に本件NTT株を購入させたことは、一審原告の財産状況及び社会通念に照らして不当に過大な数量であり、過量販売として各条例における不当な取引行為に該当し、不法行為にも該当するというべきである。

イ また、証券投資における過量販売については、日本証券業協会の公正慣習規則においても、「顧客カード等により知り得た投資資金の額その他の事項に照らし過当な数量の有価証券の売買その他の取引等の勧誘を行うこと」が禁止行為とされ(従業員規則7条3項7号)、「顧客の投資経験、投資目的、資力等を十分に把握し、顧客の意向と実情に適合した投資勧誘を行うように務めなければならない」とも定められている(投資勧誘規則3条2項)。したがって、一審被告の従業員の行為はこれらにも違背することから、不法行為に該当する。

5  第1期取引と第2期取引の全体を通じての適合性原則違反

(1)  原判決も認めるとおり、本件NTT株の購入勧誘は、明らかに適合性原則に反する。

本件NTT株の購入については、当初からCが25株の購入を持ちかけたとはいえないが、購入する株数を自主的に判断することのできない一審原告に対し、25株を示唆したことは推認することができるから、CやD課長において積極的に25株の購入を勧誘するに等しい行為ということができる。

また、D課長は、25株の購入を申し込んだと聞いたとき、投資意向が変わったのかと思ったというのであるから、速やかにそのことを明確にする必要があり、その旨の手続をとるべきであったのに、Cのいうことを鵜呑みにして受注に了解を与えた。

(2)  本件取引は、第1期取引(本件NTT株、本件ドコモ株及び本件コナミ株の取引)においては本件NTT株の購入に見られる大量購入(集中投資)、第2期取引(日産株の取引以後)においては短期頻繁(回転)売買(過当取引)及びリスクの高い外国株投資信託3銘柄を含む株式投信の乗り換えに特徴づけられるが、本件取引全体としてリスクの極めて高い投資内容となっている。一審原告の意向と知識経験、投資意向、資産状況などの諸属性に鑑みると、本件取引全体が一審原告にとって過大な危険を伴う取引であったことが明らかである。そして、本件取引全体においても、Cから積極的に勧誘したものであり、全体として適合性原則違反に該当して不法行為を構成する。

6  新規委託者(投資者)保護義務違反

本件NTT株25株の購入勧誘は、新規委託者保護義務に違反している点で、不法行為又は債務不履行に該当するものである。

すなわち、商品先物取引では、同取引の知識経験がない者(新規委託者)を勧誘してこれに参加させた場合は、少なくとも開始当初3か月間は、取引員において、新規委託者が取引の具体的売買方法やそれに伴って生じる経済的損益の具体的様相について、実感をもって体験できるように取り計らい、実体験のなさから多額にのぼる不測の損害を被らないように、勧誘受託する取引数量・金額を少量少額に抑制することが必要であるとするものであり、取引員がこれに違反して新規委託者に大量多額の売買取引を勧誘してこれを受注した場合には、損害賠償の責任を負うとするものである。

その法理は商品取引に止まらず、証券取引にも妥当するものであるところ、一審原告の職歴・生活歴、資産状況、投資経験、投資意向からして、一審原告は、株式投資に関する知識経験はなく、大量多額の株式投資を行う必要も意向もない者であって、一審被告においては、一審原告にNTT株の購入を勧誘するに際しては、通常の個人投資家が購入するのと同様に、1ないし5株の範囲内で受注するべきであった。それにもかかわらず、25株の取引を行わせ、多額の損害を与えたのであるから、一審被告は一審原告に対し、上記法理により、一審原告の被った損害を賠償する責任がある。

7  資産運用における資産配分(ポートフォリオ)

一審原告は、第1期取引の当初、2372万5000円を投じて本件NTT株を購入しているが、これは一審被告に対する預託金総額3723万円の約64パーセントを占めるものであり、一審原告のリスク許容度を著しく超えるリスク性資産(投資性資産)に偏った集中投資となっていて、一審原告の資産配分(ポートフォリオ)を崩す結果となっているが、これは「安全指向型」で適正なポートフォリオのもとに金融商品を保有していた一審原告が本件NTT株を購入するに当たり、一審被告が、投資意向を株式投資に参加する「投資型」に移行するかどうかを聴取する義務(適合性聴取義務)を怠った結果である。

また、CやD課長は、仮に一審原告自らがNTT株を25株購入すると言い出したとしても、一審原告がCの情報提供を吟味してどの程度をリスク資産の株式に投資するのが望ましいかを判断することができずに、集中投資しようとしていることが分かっていたのであるから、株式売買の「誤発注」に比肩しうる場合として、一審原告には当該取引はふさわしくなく、1株や2株の取引に止めておくべきであると告げるなどして、数量・金額・割合を少なくするよう再考・指導・助言する義務があったのに、これを怠ったというべきである(日本証券業協会による「投資勧誘に際してのチェックポイント」参照)。

第4当裁判所の判断

1  一審原告が本件取引を開始、継続した経緯等については、原判決が「事実及び理由」欄「第3 当裁判所の判断」の1(16頁18行目から24頁8行目まで)に認定するとおりである。

2  本件取引の勧誘における債務不履行又は不法行為

(1)  適合性の原則違反について

ア 証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となる(最高裁判所平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。

イ ところで、株式の現物取引は株式を現実に購入又は売却するものであるから、株式の取得価格とその後の売却価格との差が利益又は損失となることは自明の理である。そして、株式の発行体である株式会社が経営に行き詰まれば、それを保有する投資家はその投資額の全部を失うが、それ以上の損失を受けることがないことも、一般人の周知の事柄である。したがって、株式の現物取引は、その仕組み自体がレバレッジのかかる商品先物取引などに比較して単純であり、わずかの値動きで予想外の損失を被るようなことはなく、また、いつでも売却することが可能であり、「損切り」などでリスクをある程度はコントロールすることができるから、それ自体、リスクが過大であるとはいえない。

また、株価の変動の要因については、市場リスクのほか、発行体の個別リスクがあるのは当然であるが、上場企業の中でもとりわけ大企業にあっては、その経済的又は社会的活動等がマスコミ等により報道される機会も多いことから、その投資の判断が一般人であっても容易である面があるといえる。

ウ そして、1で認定した事実によると、一審原告は、本件取引を開始した当時、庶務を中心とした業務に従事することが長かったとはいえ、東証一部上場の企業であるa社を定年により退職し、もっぱら年金収入により生計を立てていた者であり、持ち家があり、従業員持株制度により保有していた同会社の株式2000株を、退職後に姪の勤務していた一審被告を通じて売却するなどして、少なくとも約3769万円の預貯金を保有していたこと、一審被告の従業員であるCは、自己の担当する顧客全員に対しオリックス債の購入を勧誘する中で、一審原告に対してもこれを勧誘したところ、一審原告は自らの判断で、オリックス債500万円、中期国債ファンド(中国ファンド)3223万円を上記預貯金から代金を支弁して購入したこと(その後、中国ファンドの500万円分を解約してシティグループ債を購入した。)、ついで、Cは、同様に一審原告に対し、政府の保有するNTT株の売出し(第6次)及び公募が行われることを案内し、NTTは誰でも知っている大企業ではあるが、株価が下がっているので割安感があり、今後値上がりする可能性のある有望な株式であることなどを説明したこと、これに対し、一審原告は、Cに対し、中国ファンドを全て解約した解約金をもって購入することのできる株数を尋ね、Cにおいて28株を購入することができると回答したのに対し、自らすすんで25株を購入する旨を同人に伝えたこと、Cはこれに応じて同注文を執行し、一審原告は、海外旅行のために保留した350万円分を除いて、中国ファンドを全て解約し、2372万5000円の代金で本件NTT株を購入したことが認められる。

エ 上記事実によると、本件NTT株の購入は、一審原告がCの説明に基づいて自らの自由な判断のもとに株数を決定して行ったものであり、この間にC(あるいはD課長)において、勧誘の方法、態様に違法な点(執拗な勧誘の継続、顧客の狙い撃ちなど)があったとは認められない。

そして、Cにおいて行ったNTTやNTT株に関する説明についても、客観的事実に反したり、知れている事実を告げなかった点があるとは認めることができない。一審原告は、NTT株が価格変動率(振れ幅)が大きいことから、リスクも大きいことを主張するようであるが、NTTの上場直後からの長期間における変動率のみをもって、以後の株価の動向を予測することはできず、他にCやD課長においてNTT株の値下がりが今後も継続することが確実視されていたのに、これを一審原告に伝えなかったという事情も認められないから、一審原告の上記主張は、Cらによる勧誘行為の違法を基礎づける事情とはなり得ない。

オ 一審原告は、年金生活者で、かつ身体障害者であって、老後の生活の安定のためには、退職金を中心に目減りを防いで資産保全が図られればよいと考えており、社債投資も株式投資も初心者であるから、あえてリスクをとってリターンをねらう必要はなかったのに、保有していた中国ファンドの多くを本件NTT株の取得に充てたのは、一審原告の意思に反するものであると主張する。

しかしながら、一審原告は、a社の株式を売却するに当たっては、価格動向を自ら観察しながら、値上りしたのを見計らって売却したというのであるから、株式の価格を決定する要素やリスクについてある程度は学習し、知識や理解力をつけていたものというべきであること、一審原告においては、本件NTT株を購入したころ、中国人の女性と婚姻する予定があり、同人のために治療費を送金しなければならないという事情があった(原審原告本人)ことから、資金の需要がなかったとはいえないこと、一審原告の視力障害は、同人がNTT株の株価を毎日確認し、それをカレンダーに書き留めていてたこと(証拠《省略》、原審証人E)に照らして、事理を判断するについてほとんど支障となっていないといえること、一審原告は、本件NTT株の購入に当たり、中国ファンドのうち海外旅行のための費用を残して、NTT株25株の購入を決定し(CやDがその株数の購入を勧めたりしたものではない。)、公募株が割り当てられることを期待していたこと、一審原告は、本件NTT株を購入した後、その価格を毎日記録していたのであり、単に資産株として保有するというのではなく、積極的に値上がり益を追求する意図があったとみてとれることからすると、一審原告は、本件NTT株を購入するに当たっては、それを一審被告従業員が問い質すまでもなく、それまでの投資に対する安全性を重視する指向をやや変化させたことが明らかであり、本件NTT株の購入は自己の自由な意思に基づく判断で購入したものというべきであって、依存性が強い性格から一審被告の暗示や誘導に乗せられて、証券取引の知識、経験がないまま、自己の意思に沿わない取引をしたことを述べるような一審原告の主張は理由がない。

カ したがって、本件NTT株の購入が「明らかに過大な危険を伴う取引」であり、その勧誘が適合性の原則に違反するとは認めがたい。

(2)  説明義務違反について

ア 一審原告は、証券会社が顧客に株式の購入を勧めるに当たっては、その生活状況や資産、投資経験や目的に照らして、取引の危険性について的確な認識を形成する情報を提供する注意義務(説明義務)があるのに、これを怠った違法があると主張する。

イ しかしながら、株式の現物取引における取引の仕組みや損得の発生の機序、市場リスクについては、一般人においてあまねく知るところであることは、上記説示のとおりであるから、かかる事項について、本来、証券会社としては顧客に説明する義務はない。また、株式の発行体の個別リスクについては、同株式は東証一部上場の企業であり、価格の下落や低迷があったとしても、その回復が困難視されていた事情は見当たらず、一般に投資家や証券会社においては値上がりが期待されていたのであり、本件NTT株の取引が、数量・金額とも大きいものであっても、特定の株式を大量に購入した一事をもって過大な危険を伴う取引をしたとはいいがたい。

ウ また、一審原告において、具体的損得の計算は容易であり、1株あたりの損得額を想定すれば、これを25倍すれば25株についての損得額を自ずと算出することができるのであるから、証券会社においてそのような計算を顧客に示すまでの義務はない。

エ さらに、原審証人Cの証言によると、一審被告から一審原告に対し、NTT株(及びドコモ株、コナミ株)の目論見書を送付していることが認められるところであるし、一審被告の従業員からその内容を逐一説明する義務があるとは考えられない(株価チャートを示すなどして説明する義務があるともいえない。)。

(3)  再考・指導・助言義務について

ア 一審原告は、本件NTT株の購入により、一審原告の金融資産のうち、リスクの高い金融商品が64パーセントを占めるようになり(本件ドコモ株及びコナミ株を含めると85パーセントにもなる。)、一審原告にふさわしかったポートフォリオが著しく偏ったものとなることが明らかであったから、一審被告においては、一審原告にその購入数を適正なものにまで減少させるよう再考、指導、助言する義務があるのに、これを怠ったと主張する。

イ しかしながら、株式がリスクのある資産であるといっても、その銘柄によってリスクの程度はさまざまであり、NTTが東証一部上場の有名な企業であり、業績の低迷から抜け出せないような環境にあったとも認められない以上、一審原告にとって本件NTT株の購入をリスクの高い過大取引であったということはできない(ドコモ及びコナミも同様の有力企業であるから、それを追加して購入したことについても同様である。)。

ウ したがって、一審原告においては、そのリスクを認識しつつ自らの意思で本件NTT株を購入したといえるのであるから、一審被告が、一審原告に対し、本件NTT株の購入について、株数の減少を再考させる指導、助言をしたり、分散投資をするよう指導、助言する義務を負うことはないし、本件NTT株のほか、本件ドコモ株及び本件コナミ株を追加して購入するように勧誘した行為についても、適合性の原則に反したり、一審原告のいう誠実公正義務及び適合性原則遵守義務に違反するとも認めがたい。

エ なお、一審原告がその保有する金融資産のほとんど全部をNTT株等の購入にあてたものであるとしても、そのリスクが上記のように限定されたものである以上、それが適合性の原則から著しく逸脱した証券取引にあたるということはできず、一審原告が主張する再考・指導・助言義務の根拠となるとはいえない。

(4)  消費者保護条例違反について

一審原告は、一審被告の取引勧誘行為が、消費者保護を目的とする大阪府及び滋賀県の各条例や、日本証券業協会の定めた公正慣習規則に違反する行為であると主張するが、条例や業界の定めた規約に違反することがただちに不法行為に該当するとはいいがたいし、上記説示のとおり、一審被告の勧誘において違法、不当な点は見当たらず、一審原告の上記主張は採用することができない。

(5)  新規委託者保護義務違反について

一審原告は、一審被告の取引勧誘行為が新規委託者保護義務に違反すると主張する。しかし、同義務は、商品先物取引における受託義務管理規則に定められているものであり、現物株の取引にそのまま当てはまることはない。商品先物取引は、少額の委託保証金により多額の取引を行うことができる投機性の高い商品であり、複雑な要因により価格が変動して、短期間のうちに巨額の損失が生じるおそれがあって、特別の知識が必要とされるが、相場の変動要因に関する各種の情報を収集、分析、検討して的確な判断を行うことは極めて困難であるために、特にかかる規定を設けたのであり、現物株の取引と商品取引とではその取引の仕組みやリスクも大きく異なることから、上記規定が本件に適用があるとはいいがたい。

(6)  第1期取引と第2期取引との勧誘の一連の違法について

ア 一審原告は、第1期取引(本件NTT株、本件ドコモ株及び本件コナミ株の購入)と、第2期取引(平成14年10月10日に日産株を購入した以後の売買)とは、一連一体の取引であり、一審被告の取引の勧誘については、全体として適合性の原則などに違反する事由があるから、本件取引全部の勧誘に違法性があると主張する。

イ しかし、第1期取引は、本件NTT株などを比較的長期に保有して値上がりを待つという態様のものであるが、第2期取引は第1期取引の損失を回復させるためリスクの比較的高い金融商品を含めて、売買を短期に重ねて利ざやを稼いでゆく態様のものであって、その間の目的と態様が異なるのであるから、一連一体の取引と評価することはできず、第2期取引においては184万円余の利益が上がっているのであるから、不法行為又は債務不履行の責任を問うことはできないのは、原判決(24頁10行目から26頁1行目まで)が説示するとおりであり、一審原告の上記主張は採用することができない。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、一審被告(引受参加人)の控訴に基づき、一審被告(引受参加人)敗訴部分を取り消して、一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 菊池徹 前原栄智)

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