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大阪高等裁判所 平成21年(ラ)124号 決定 2009年3月12日

抗告人(原審申立人)

○○児童相談所長 A

事件本人

親権者父

主文

1  原審判を取り消す。

2  抗告人が事件本人を児童養護施設に入所させる期間を平成21年×月×日から更新することを承認する。

3  抗告費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

抗告人は,原審が,平成21年1月23日,抗告人が事件本人を児童養護施設に入所させる期間を更新することの承認を求めた申立てを却下する審判をしたのに対し,これを取り消し,主文第2項と同旨の裁判を求めた。

抗告理由の要旨は,原審は,事件本人親権者父(以下「父」という。)が事件本人を児童福祉施設等に入所させることについての同意書に署名押印したことを理由に,同意入所に切り替えることに大きな支障がないなどと判断したが,これは,これまでの父の精神的不安定な状況や父の翻意の可能性について配慮を欠いた軽率な判断であり,著しく事件本人の福祉を害するおそれを生じさせた,というものである。

第2当裁判所の判断

1  事実関係

次のとおり付加訂正するほかは,原審判2頁2行目から4頁10行目(原審判添付別紙を含む。)までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  2頁11行目の「審判」の次に「(以下「前件審判」という。同年×月×日確定)」を加える。

(2)  3頁1行目の「父からは,」の次に「かつての担当職員や事件本人の入所施設に対する危害の告知等の」を加える。

(3)  3頁21行目冒頭から同頁25行目末尾までを,次のとおり改める。

「そこで,家庭裁判所調査官は,面接の際に父が示した上記意向に基づいて「事件本人の施設入所の同意について」と題する書面(以下「本件同意書」という。)を作成し,同意の理由について,「本件手続の中で,事件本人が児童福祉施設に入所したままで高校に進学したいと希望していると聞きました。そこで,本人の意思を尊重し,本人が高校を卒業するまで,施設に預けようと考えました。」と記載した。

父は,同月×日の家庭裁判所調査官による調査面接の際,本件同意書の氏名欄に署名押印し,日付欄に当日の日付けを記入した。」

(4)  4頁10行目末尾に改行の上,次のとおり加える。

「オ 父は,平成21年×月×日に本件児相の職員と面接した際,事件本人が入所施設から高校に通う希望があることを聞いて養女に出すことにしたなどと述べる一方で,事件本人をライターで叩いたり,千枚通しで足を刺しただけで,暴力や虐待はないのに,事件本人を施設入所させられたとして不満を示し,本件児相に対する危害の告知の可能性を示唆する脅迫的な発言をした。

また,父は,同年×月×日に本件児相の職員と面接した際,事件本人が高校に合格したことを喜ぶ一方で,事件本人に対する暴力については,前同様の説明を繰り返して不満を示し,前同様の脅迫的言辞を述べたり,事件本人が帰って来ないのであれば死ぬ,あるいは,薬物を使用するなどと自暴自棄な発言をするなどした。」

(5)  6頁18行目の「児童養護施設」の次に「(以下「本件施設」という。)」を加える。

(6)  6頁24行目の「平成16年」から同頁25行目末尾までを「そこで,同年×月×日,事件本人につき児童福祉法28条1項1号に基づき施設入所措置の承認を求める前々件が申し立てられ,同月×日,事件本人を児童養護施設に入所させることを承認する旨の審判がなされ,同審判は,平成17年×月×日確定した。」に改める。

(7)  7頁4行目の「施設を」を「本件施設について父に」に改める。

(8)  7頁8行目の「施設」を「本件施設」に改める。

2  以上認定の事実によると,父は,前件審判後,本件児相に頻繁に電話をかけ,数回ではあるが本件児相を訪問し,その際,事件本人の安否を尋ね,事件本人への贈り物を持参する一方で,事件本人の施設入所に対して不満を示し,本件児相の職員等に対する脅迫的な発言をなすことがあり,このような父の対応は原審判後も続き,本件児相の職員に対し,それまでのような脅迫的な発言をしたのに加え,事件本人の引取りをめぐって自暴自棄な発言にも及ぶなど,事件本人の施設入所や引取りをめぐる父の心情は,なお穏やかなものではないというべきである。また,父は,前件審判のころから約6か月間措置入院となり,退院して高齢者住宅に入居した後も他の入居者への暴力等により入居の継続が難しく,平成20年×月中旬ころから任意入院しているところ,今後も投薬の必要があり,退院後に高齢者住宅等に入居することが見込まれるが,日常生活の援助が必要な状態であるなど,その健康状態や生活状況が安定したものとはいえない。他方,事件本人は,父に対して手紙や贈り物をするなど,以前に比べると父に対する心情は緩和しているが,父との同居を希望するまでには至らず,今後も本件施設で生活し,同施設から高校に通うことを希望している。

父は,本件審理を通じて事件本人の上記希望を知り,父なりにこれを了解し,本件同意書に署名押印したものと考えられるが,父の上記心情やこれまでの本件児相への対応,父の健康状態や生活状況等にかんがみると,その同意は必ずしも父の心情を反映するものではなく,父が事件本人の引取りを希望して,同意を翻意する可能性は大きいといえ,なお,本件入所措置は親権者たる父の意に反する場合に当たるというべきである。事件本人には,今後も本件施設での生活を継続し,本件児相の支援を受けながら自立した生活を目指し,他方,その間,父と事件本人との関係修復の試みを重ねる必要がある。

したがって,本件入所措置を継続しなければ事件本人の福祉を著しく害するおそれがあると認められるから,措置の期間を更新するのが相当である。

3  よって,本件抗告は理由があるから,家事審判規則19条2項により原審判を取り消し,審判に代わる裁判をすることとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 白石研二 永井尚子)

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