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大阪高等裁判所 平成21年(ラ)194号 決定 2009年5月11日

主文

1  原決定を取り消す。

2  京都地方裁判所平成20年(ワ)第3465号株主名簿書換等請求事件について,抗告人が被告を補助するために訴訟に参加することを許可する。

3  補助参加の申出に対する異議の申立て及び抗告の申立てによって生じた費用は,相手方の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨,理由及び相手方の反論

抗告人は,主文同旨の決定を求めた。その抗告の理由は,別紙「即時抗告申立書」(写し)及び「抗告理由補充書」(写し)記載のとおりである。

相手方の反論は,別紙「即時抗告に対する意見書」(写し)記載のとおりである。

第2事案の概要

1  本件の本案事件は,相手方が,本案被告との間で株式の贈与契約(以下「本件贈与契約」という。)を締結したとして,これに基づき,本案被告に対し,株式会社C(いわゆる閉鎖会社であり,株券不発行会社)の普通株式につき株式譲渡承認請求手続及びこれを停止条件とする株主名簿書換請求手続を,株式会社D(株券発行会社)の普通株式につき株券引渡しをそれぞれ求めた事案である(なお,以下,上記二つの会社を併せて「訴外会社等」,それらの上記株式を併せて「本件株式」という。)。

2  本案被告(大正15年7月9日生)は,長男相手方(昭和22年1月18日生)及び二男抗告人(昭和24年4月1日生)の母親である。本案被告の推定相続人は,相手方及び抗告人の2名である。

本案被告は,アルツハイマー型痴呆の末期症状を示し知的能力が高度に障害されている状態にあるとの鑑定の結果に基づき,平成19年4月19日,後見開始の審判を受け,E弁護士がその成年後見人に選任された。

3  本案事件において,相手方は,平成17年8月3日ころ,本案被告との間で,本案被告の所有する訴外会社等の全株式である本件株式を相手方に贈与するとの本件贈与契約を締結した旨主張するのに対し,抗告人は,本案被告が,同年6月14日,本案被告の所有する財産全部を抗告人に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした旨主張する。

4  株式会社Cは,各種デザイン及び商品企画等を業とする資本金3億6400万円の会社であり,相手方はその代表取締役,抗告人は取締役である。同社の発行済株式総数のうち,相手方及びその家族の保有する株式が36.87パーセント,抗告人及びその家族の保有する株式が30.79パーセントであり,本件贈与契約の対象とされている株式は11.96パーセントである。

株式会社Dは,不動産の賃貸及び管理等を業とする資本金2200万円の会社であり,相手方及び抗告人はいずれもその取締役である。同社の発行済株式総数のうち,相手方及びその家族の保有する株式が44.10パーセント,抗告人及びその家族の保有する株式が38.25パーセントであり,本件贈与契約の対象とされている株式は17.64パーセントである。

5  本案事件の第1回口頭弁論期日において,本案被告成年後見人は,本案被告は,平成17年当時の状況を供述できない状態にあることから,本案被告の権利擁護のため,今後,贈与の事実及び贈与の際の本案被告の意思能力について争う予定である旨陳述し,同期日後に,抗告人に対し訴訟告知をした。同訴訟告知書には,本件訴訟は訴外会社等の経営等をめぐる相手方と抗告人との紛争の一環であるから,本件訴訟の真の解決のためには実質的な紛争当事者である抗告人に訴訟遂行を委ねなければならないし,また,抗告人は,本件贈与契約がされたとされる平成17年当時,本案被告との間で頻繁に行き来があり,本件贈与契約の事実及び本案被告の意思能力についてもよりよく主張立証をし得る旨の記載がある。抗告人が,本案訴訟の第2回口頭弁論期日前に,本案被告のために補助参加を申し出たところ,相手方はこれに対し異議を述べた。

6  原決定は,本件遺言の効力発生前には抗告人は本件株式に対して権利を有するものではなく,本件贈与契約によって,抗告人が本件遺言により取得する遺産が減少し,あるいは訴外会社等における相手方の持株比率が増加するとしても,これらは本案被告の財産処分の結果として事実上影響を受けるにすぎないから,本案被告法定代理人よりも抗告人の方が本件贈与契約締結当時の事情や本案被告の意思能力をよく知り得る立場にあったとしても,抗告人に補助参加を許すべき利害関係があるとはいえないとして,上記補助参加申出を却下した。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,抗告人の本件補助参加の申出を許可すべきであると判断するものであり,その理由は,次のとおりである。

2  民事訴訟法42条所定の補助参加が認められるのは,専ら訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ,単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は補助参加は許されない(最高裁判所昭和39年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事71号271頁参照)。そして,法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁判所平成12年(許)第17号同13年1月30日第一小法廷決定・民集55巻1号30頁参照)。

もっとも,上記法的地位又は法的利益の有無を含め,補助参加の利益が存するか否かは,訴訟当事者から異議が出された場合に限り調査されるものであり(民事訴訟法44条1項),訴訟当事者が異議を述べることなく,参加人とともに又は参加人に対して弁論等をすれば,訴訟当事者は異議権を失うとされている(同条2項)。補助参加の許否につきかかる規律がなされているのは,そもそも参加人が自己の又は自己に対する請求について審判を求める者ではなく,判決の名宛人ともならないことから,その参加の許否を職権で調査したり,あるいはいつまでも争わせたりする意義に乏しいためである。他方,参加人は,専ら,他人間の訴訟の結果の影響を受けて自己が不利益を被ることを回避するため,すなわち参加人自身の利益のために自己の名と費用で訴訟に関与する者であるから,現行法は,訴訟当事者から異議が出されたとしても,上記のような補助参加の利益さえあれば補助参加を認めることとして,参加人に訴訟関与の機会を保障しているということができる。そうすると,参加人に必要とされる上記法的地位又は法的利益の有無を判断するに当たっては,上記のような参加人の地位及び参加の許否に関する現行法の規律をも斟酌して,参加人が他人間の訴訟に関与するに値する正当な地位又は利益を有するか否かが検討されなければならないと解される。

3  本件において,抗告人は,遺留分を有する本案被告の推定相続人であるとともに,本案被告からすべての財産を相続させる旨の遺言を受けた者である旨主張するところ,確かに,推定相続人は,将来相続開始の際,被相続人の権利義務を包括的に承継すべき期待権を有するにすぎず,また,本件遺言が遺産分割方法の指定を定めたものか包括遺贈を定めたものかは措くとして,かかる遺言が存したとしても,遺言者である本案被告の生存中は,本件遺言によって抗告人は何らの権利をも取得しないものである(最高裁判所昭和30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁,最高裁判所昭和31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。しかし,遺留分を有する推定相続人の地位も,一定の欠格事由又は廃除事由がない限り,みだりに剥奪されないという限度において法的な評価がされているものといえるし,遺言については,遺言者に撤回の自由が認められているものの,遺言者が死亡までの間に遺言を撤回し,あるいは遺贈の場合に受遺者が先に死亡しない限り,遺言者の死亡と同時に確定的にその効力が生じ,その効力については強い法的保護が与えられる。そして,本案被告と相手方との本件贈与契約が有効に締結されたとすれば,本件株式は本案被告の遺産の範囲から逸出するとともに,本件遺言も本件株式に関する部分については撤回されたとみなされることになるから,抗告人は,本件贈与契約の成否及び有効性につき重大な利害関係を有する者といえるのであって,抗告人の主張する上記地位が全くの事実上のものであるということはできない。

4  しかも,本件においては,訴訟当事者である本案被告は,アルツハイマー型痴呆により平成19年4月19日に後見開始の審判を受けており,法定代理人成年後見人によらなければ訴訟行為をすることができないし,本件贈与契約が締結されたとされる当時の事情も自ら供述することができない状況にある。同成年後見人であるE弁護士は,本件贈与契約の成否及び有効性を争う意向であるところ,同弁護士も,本件訴訟の真の解決のためには実質的な紛争当事者である抗告人に訴訟遂行を委ねなければならないし,また,本件贈与契約の成否及び本案被告の意思能力についても抗告人がよりよく主張立証をし得る旨主張している。他方,抗告人が本案事件の訴訟に補助参加しないまま本案訴訟の判決が確定した場合には,抗告人は,本案被告の包括承継人として,もはや本件贈与契約の成否又は有効性を争う余地はなくなることになる。

5  そうすると,本件贈与契約の成否及び有効性をめぐる実質的な紛争当事者は,正に抗告人であるともいい得るのであって,抗告人が本案事件の訴訟に関与することは,同訴訟の訴訟資料を充実させ,ひいては真相の究明に資するものと認められるところ,本件紛争の実態にかんがみれば,抗告人には,単に本案訴訟の証人として証言させるだけでなく,抗告人自身の利益を守るために本案訴訟で弁論する機会を与えることが,公平の理念に照らし,むしろ相当であると認められる。

したがって,以上のような本件事情の下においては,抗告人が本案訴訟の結果につき単に事実上の利害関係を有するにすぎないとすることは相当でなく,抗告人は,本案訴訟に補助参加人として関与するに足りる法的利益を有するものと認めるのが相当である。

6  以上によれば,抗告人の本件補助参加申出は,理由があるからこれを許可すべきであり,これを却下した原決定は取消しを免れない。

よって,原決定を取り消すこととして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 渡部佳寿子)

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