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大阪高等裁判所 平成21年(ラ)294号 決定 2009年5月14日

抗告人

株式会社X

代表者代表取締役

甲野太郎

代理人弁護士

上甲悌二

松村圭祐

主文

本件執行抗告を棄却する。

理由

1  経過等

(1)原決定別紙物件目録記載2の建物は,鉄骨造地上4階建で,1階ないし3階に各3室,4階に1室の合計10室で構成された共同住宅(ワンルームマンション。名称「Aマンション」。本件建物)であり,同目録記載1の土地(本件土地)はその敷地である。

(2)債権者Yの申立てにより,平成20年12月1日,本件土地建物及び隣接する不動産(いずれも債務者兼所有者は丙山一郎)につき担保不動産収益執行開始決定がなされ,D執行官が管理人に選任された。

(3)申立債権者は,平成20年12月5日までに,抗告人に対し本件担保収益執行手続に関する一切の件を委託し,抗告人はこれを受託した。

(4)平成20年12月19日,D執行官は,C不動産株式会社を管理業務の補助者として使用することの許可決定を受けた。

(5)平成21年1月9日,D執行官は執行裁判所に対し,本件建物の状況について,概要,次のとおり報告し,「賃料収入を得られる可能性は非常に低く,新規募集のためのリフォーム費用も捻出できる可能性はないと思われる。」とした。

①  入居者は4階部分のほか,201号室のみである。4階部分は,債務者兼所有者の二男が居住しており賃料の支払はなく,201号室の賃料支払は滞りがちであり,平成20年8月分以降の賃料が支払われていない。

②  空室の状況は概ね添付写真のとおりであり,空室の中には,天井部分が破られた状態になっている部屋(102号室),1年ほど前から賃借人が荷物を置いたまま行方不明になっており,ドアに連絡を求める張り紙がしてある部屋(303号室)がある。

(6)平成21年2月13日,執行裁判所は,本件建物について,今後,管理人において収取し得る収益が,配当前に控除される費用を上回る合理的な見込みはないと認められ,配当等に充てるべき金銭が生ずる見込みがない,と判断して,本件建物の担保不動産収益執行手続を取り消すとの決定をした(原決定)。

2  抗告の趣旨及び理由

執行抗告状及び執行抗告理由書に記載のとおりであり,理由の要旨は,次のとおりである。

(1)収益執行は,平成15年の民事執行法改正により創設された制度であり,立法趣旨は,不動産の賃料に対し,抵当権に基づく物上代位権を行使されると,所有者は不動産について興味を失い適切な管理をしないために不動産が荒れ,また,これに不動産市況の停滞が加わると,不動産を売却するよりも収益から債権を回収した方が有利であるという場合が出てくることから,不動産の管理をしながら,賃料等の収益から優先弁済を受けるという一般的な制度の創設の必要があるというものである。昨今の経済環境,不動産市況を考慮すると,不動産売却による被担保債権の回収が必ずしも充分なものとなり得ないことから,抵当権者の権利行使の方法として,賃料債権に対する物上代位ではなく,収益執行制度を用いて,担保不動産の収益状況を改善させ,収益からの被担保債権の回収を図りたいという要請は強い。かかる立法趣旨及び要請からすれば,従前の管理が充分でなかった結果として,そのままでは収益の収受が不可能又は収益が著しく低額な不動産に対しても,収益執行は,実効性あるものとして運用されるべきである。

(2)収益執行手続における当該不動産をある程度の額の収益の収受が可能な状態にまで回復させるために実施する修繕の費用等(イニシャルコスト)は,「配当等に充てるべき金銭」から優先的に債権者に配当されるべき「執行費用」(民事執行法107条2項)に該当し,「配当等に充てるべき金銭」算出のため収益から控除すべき「不動産に対して課される租税その他の公課及び管理人の報酬その他の必要な費用」(同法106条1項)には該当しないと解すべきである。

執行費用とは,「強制執行の費用で必要なもの」(同法42条1項)をいうが,収益執行手続におけるイニシャルコストも管理人が収益行為につき支出した費用であり,民事訴訟費用等に関する法律2条15号に該当し,条文上も,執行費用と解釈することは可能である。

イニシャルコストが債務者の負担となる(民事執行法42条1項)としても,担保物件の価値が修繕費用相当分増加し,債務者にはそれに応じた利得が発生しているから,仮に予想どおり収益状況が改善しなかったとしても問題はない。

イニシャルコスト相当額が債権者への配当総額から控除され,弁済総額が減少することは,配当を実施するために必要な費用である以上,問題とはならないし,申立債権者が執行費用を回収できないリスクを負うことは当然のことである。

したがって,「配当等に充てるべき金銭」算出のため,収益からイニシャルコストを控除することは許されず,イニシャルコストが多額であることをもって「配当等に充てるべき金銭を生ずる見込みがない」(同法106条2項)と解するのは誤っている。

(3)民事執行法106条2項の「配当等に充てるべき金銭を生ずる見込み」は,上記収益執行の立法趣旨に照らし,同条項の無剰余執行禁止の趣旨に反しない限り,ある程度の長期的展望に立って,その見込みの有無を判定することが許され,例えば,当初のころは空室が多く収益が少ない上,諸費用がかさみ,同法106条1項の各控除をした場合,配当等に充てるべき金銭が生じないが,時間とともに,収支の状況が改善する蓋然性が高い場合は,手続を直ちに取り消すことなく,以後の推移を見定めることも許されるというべきである。

また,収益執行制度は,管理人による適切な管理・修繕等により,物件価値を高めた上で,任意売却や競売につなげるという効果が上がることがある。たしかに,平成15年改正法は,収益執行を担保不動産の換価の前段階として位置づけ,競売に付随した手続(競売付随型)とはせず,収益執行を担保不動産の収益価値に対する独立の担保権実行手続としているが,管理人による適切な管理・修繕等により,物件価値を高めた上で,任意売却や競売につなげるという運用まで否定しているわけではない。このような観点からも,「配当等に充てるべき金銭を生ずる見込み」の有無を,ある程度の長期的展望に立って判定することは許されるべきである。

(4)本件建物は,従前の管理が充分でなかった結果として,そのままでは収益が著しく低額な不動産であるが,以下のとおり,今後,管理人が本件建物を適切に管理すれば,ランニングコスト等を充分に上回る収益を収取することができ,ある程度の長期的展望に立てば,「配当等に充てるべき金銭を生ずる見込み」がないとはいえない。

ア  抗告人は,本件建物の修繕費等相当額の追加予納に応じる意思がある。

抗告人は執行裁判所に対し,本件建物について,収益状況を改善するために先行して必要となる修繕費等相当額については,追加予納を命じられれば,これに応じる意向であり,管理人において新規の賃借人の募集を行って欲しい旨の申出を行っている。

イ  新規賃借人の募集が容易に可能である。

本件建物は,阪急神戸線神崎川駅から徒歩8分,市営バス停三津屋小学校から徒歩1分の住宅街にあり,交通の便がよい。また,すぐ近くには三津屋商店街があり,その周辺には,エルディミツヤというスーパーや,セブンイレブン,ローソン等コンビニもあり,買い物等に便利である。また,近くには,十三信用金庫や淀川三津屋郵便局があり,日常生活には事欠かない一方,三津屋公園という憩いの場もある。このように,本件建物の立地条件はきわめて良好である。

本件建物は,平成5年11月21日新築で,現在築約15年であり,リフォーム等を実施すれば,収益用物件として充分に価値が認められる。

ウ  他物件との比較

抗告人は,本件建物に隣接し,立地条件がほぼ同じBマンションについても,同時に担保不動産収益執行の申立てを行っているが,Bマンションは,築約17年であり,管理が適切になされているとはいえないにもかかわらず空室率は約41%ないし約36%である。今後,適切に管理されれば,本件建物の空室率は優に41%を下回る可能性が高い。

エ  収益と費用の見込み

本件建物の201号室は,月額賃料6万円で賃貸されており,他の部屋についても同程度の賃料での入居者の募集が可能である。

一方,管理人によれば,Bマンションにおいて新規募集を行うためには相当なリフォーム費用(簡易なもので1室約10万円)が必要であると報告されており,本件建物の修繕費等も同程度必要としても,2か月ないし3か月程度で,イニシャルコストを回収することができる。

3  判断

(1)記録によれば,本件建物は,鉄骨造地上4階建,1ないし3階に各3室,4階に1室の合計10室で構成された賃貸共同住宅(ワンルームマンション)であるが,平成21年1月9日の時点で,4階部分に債務者兼所有者の子が無償で居住しているほか,平成20年8月以降賃料を滞納している201号室の入居者があるのみで,他の8室に入居者はなく,空室の中には,天井部分が破られた状態になっている部屋(102号室)や,1年ほど前から賃借人が荷物を置いたまま行方不明になっており,ドアに連絡を求める張り紙がしてある部屋(303号室)があることが認められる。一方,本件建物は,固定資産税及び都市計画税等が年額で27万1264円であるほか,管理のための費用として,管理人補助者に選任した管理会社に対し,業務委託費月額4万0950円(年額49万1400円)のほか,定期清掃(年1回),消防設備法定点検業務費(年2回),受水槽洗浄業務(年1回),雑排水管洗浄業務(年1回)の各費用(年額合計24万3600円)を支払う必要があり,さらに管理人報酬(月額約5万円程度)の支払も必要である。

したがって,本件建物は,現状では,収益性を喪失し,もっぱら費用のみを要する状況にあって,「配当等に充てるべき金銭を生ずる見込みがない」と認めることができる。

(2)抗告人は,本件建物が上記のような現状にあるとしても,本件建物は築約15年の物件で,立地条件は良好であるから,入居者の新規募集ができる程度の相当な補修をし,適切な管理をすれば入居者が増加し,収益性は改善され,相当期間経過後には「配当等に充てる金銭を生ずる見込み」があると主張する。

しかし,かかる抗告人の主張(見込み)は,にわかに採用することができない。

賃貸建物の収益性,空室率は,立地条件と管理状況のみで決まるものではなく,建物全体の構造,各居室の仕様,賃料額,入居者の個性などによっても左右されるところ,記録上,本件建物の現状が,もっぱら管理状況の悪さに起因するものであるかは必ずしも判然としない。抗告人が主張する,立地条件が同等で管理が十分になされているとはいえないとされる本件建物の隣接建物(Bマンション)の入居率が41%ないし36%であるとの点は,むしろ,管理状況以外のところにも本件建物の入居率低迷の原因があることを推測させるものということができ,本件建物の現状が,もっぱら管理状況の悪さに起因するものであることを直ちに裏付けるものではない。また,そもそも抗告人の主張する立地条件の良好さは,駅(特急,急行の停車駅ではない。)から徒歩8分で,スーパーとかコンビニが周辺にあり,地元の信用金庫や郵便局もあり,公園もある,というものにすぎず,それ自体「極めて良好」といえるほどのものではない上,その地域でのワンルームマンションに対する具体的な需要その他の点を捨象した抽象的なものにとどまり,立地条件が新規入居者募集の支障とはならない,という以上のものではない。

また,抗告人が想定する補修の程度も判然としない。仮に,本件建物の各部屋,さらには外壁や共用部分に至るまで建物全体を補修した上,適切な管理がなされれば,設定賃料額にもよるが,本件建物の新規入居者が増加する可能性を相当程度見込むことができようが,こうした補修は,もはや管理人がすることのできる管理行為の範囲を逸脱する(民事執行法95条1項,2項参照)。他方,最小限の補修として各室10万円程度の補修をしたからといって,新規入居者を募集することができるという以上に,新規入居者が増加するとの効果を期待できるかは不明である。

(3)結局,本件建物については,その現状に照らし,収益執行手続における管理人の管理行為の範囲内で,さらに費用を投じて補修をしてみたところで,配当までの期間を相当程度とったとしても,それによって,配当等に充てるべき金銭を生ずる見込みがあると判断できるまでに収益性を回復すると認めることはできない。したがって,本件建物について,民事執行法106条2項に基づき本件収益執行手続を取り消した原決定は相当である。

なお,収益執行は競売に付随した手続ではなく,担保不動産の収益価値に対する競売とは独立した担保権実行手続であるから,物件価値の増加をもって収益執行手続継続の独自の理由とすることはできない。

4  結論

よって,本件執行抗告は理由がないから,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菊池徹 裁判官 鈴木陽一郎 裁判官 前原栄智)

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