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大阪高等裁判所 平成21年(行コ)147号 判決 2010年5月27日

主文

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消し部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,補助参加に要した費用は補助参加人の負担とし,その余を10分し,その7を控訴人,その余を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  主文第1,2項と同旨

(2)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,全部被控訴人の負担とする。

2  被控訴人の請求の趣旨

(1)  控訴人は,Aに対し,35万5711円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

(2)  控訴人は,Bに対し,35万5711円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償命令をせよ。

(3)  控訴人は,次の者ら(以下,合わせて「本件各職員」という。)に対し,次の各金員及びこれらに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

ア Cに対し,8万3901円

イ Dに対し,17万0846円

ウ Eに対し,3万1005円

エ Fに対し,2万4547円

オ Gに対し,4万5412円

第2事案の概要

1  本件は,地方公営企業である高槻市水道事業の職員らが,勤務時間中に労働組合のための活動(以下「組合活動」という。)を行うに当たり,職務に専念する義務の免除(以下「職務免除」という。)を受けた上,その免除を受けた期間に対応する給与・地域手当・勤勉手当の支給を受けたことについて,高槻市の住民である被控訴人が,当該支給は違法な支出命令によるものであると主張し,高槻市水道事業の執行機関である控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,高槻市水道事業の管理者の地位にあったAを同号所定の当該職員として,違法な支出命令をする本来的権限を有する者であったことによる不法行為に基づき,支給された上記給与・地域手当・勤勉手当相当額の損害賠償及びその遅延損害金の請求をすることを,同じく総務課長の地位にあって専決により違法な支出命令をして支給を行ったBを同号所定の当該職員として,同額の賠償命令をすることを,支給を受けた本件各職員を同号所定の当該行為に係る相手方として,上記給与・地域手当・勤勉手当相当額の不当利得による返還及びこれに対する利息の支払請求をすることを,それぞれ求めた事案である。

2  原判決は,被控訴人の上記請求のうち,本件各職員に対する利息の支払請求をすることを求める部分を除き,その余の請求をすべて認容した。

これに対し,控訴人は,原判決の上記認容部分の取消しを求めて控訴し,後記のとおり,当審において,仮に被控訴人主張のように違法な支出命令があったとしても,原判決言渡しの後に自主返納があったから高槻市水道事業のそれによる損害はすでに填補されたと主張した。

3  関係法令の定め等,前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1ないし3(原判決2頁17行目から13頁18行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

4  控訴人及び補助参加人の当審における主張

(1)  Aは,組合活動に関する職務専念義務の取扱について,平成18年1月24日付け総務省自治行政局公務員部公務員課長及び総務省自治財政局公営企業課長通知(平成18年総行公第9号,総財公第8号(甲1),以下「本件通知」という。)の内容を知っていたとしても,長年の労使慣行があったから,直ちに独断専行して総務課長を指揮してこの労使慣行を覆したり変更することは管理者として極めて困難ないし不可能な状況にあった。また,管理者としては,明白な瑕疵がない限り補助職員の判断を信頼して決済することが許容されるというべきであり,監査委員からもこの点についての指摘はなかった。

Aに,指揮監督上の義務違反があるとした原判決は失当である。

(2)  Bは,事務決済規程により管理者からその権限に属する事務についての専決権限を付与された総務課長であり,補助職員にすぎず,上司の職務命令に重大明白な瑕疵がない限り,これに従う義務を負う立場にあるのであって,上司たる管理者から長年にわたる慣行を廃止,是正する指示を受け,組合との交渉の途中にあったから,本件承認をしたことにつき過失があるということはできない。

この点の原判決の判断の誤りは明白である。

(自主返納について)

(3)  高槻市水道事業に対し,原判決言渡後の平成22年1月29日,原判決で命じられた本件各職員の本件承認による支出分35万5711円について(当審提出の乙11ないし15),また,同年2月1日,原判決で命じられた同支出分の平成20年5月10日から平成22年1月29日までの年5分の割合による遅延損害金合計3万0698円について(乙16),いずれも,本件各職員から補助参加人を通じて支払(自主返納,以下「本件返納」という。)があった。

(4)  したがって,被控訴人が本件承認による高槻市水道事業の損害として主張する損害はすでに填補されたから,いずれにしても,被控訴人の請求はすべて理由がない。

(5)  訴訟費用についての当審における後記の控訴人の主張は争う。

5  被控訴人の当審における反論

(1)  管理者であるAにおいても,本件通知により,組合活動によって勤務しなかった時間の給与支払が違法であることは十分把握していた。Aに過失があることは明白である。

(2)  管理者から総務課長に対し,長年にわたる慣行を廃止,是正する指示がされていたことは知らない。しかし,そうであれば,総務課長は,管理者から組合活動によって勤務しなかった時間の給与支払が違法であることを明白に指摘されていたことになる。また,大阪市において平成17年に労働組合のやみ専従問題が発覚して給与の返還まで実施される運びとなり,総務省も,平成18年1月に本件通知を発して給与支払の違法性を再度指摘していた。このような状況の下で,総務課長が本件承認をしたことが違法であったことは明白であり,Bには少なくとも重過失がある。

(本件返納について)

(3)  控訴人及び補助参加人の当審における主張(3)の自主返納の事実は否認し,同(4)の主張は争う。乙第11ないし16号証の公文書としての成立の真正は争わないが,納付書氏名の各欄にある者の記載が各人の意思に基づいて署名されたものであるという点については,その成立を争う。

(4)  仮に本件各職員から本件返納がされたとしても,控訴人は,原判決が執行機関である控訴人に返還請求することを命じた給与返還請求権は存在しないと主張して被控訴人の請求を争っており,そうであれば控訴人の自主返還による金員は債務の弁済ではなく,寄附に当たる。

(5)  仮に被控訴人の請求が理由がないことになる場合であっても,控訴人において,本件返納を損害賠償又は不当利得の返還として受領したのであれば,本来,控訴人は本件控訴を取り下げるべきであり,無駄な訴訟活動を強いられた被控訴人に訴訟費用を負担させる理由は全くないから,訴訟費用については,第1,2審を通じてすべて控訴人の負担とすべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,被控訴人の本件請求のうち,控訴人に対し,Aに遅延損害金を含む損害賠償請求をすることを求める部分並びに本件各職員にそれぞれ不当利得の返還金の支払請求をすることを求める部分は,本件返納がされるまでは理由があったが,本件返納によって高槻市水道事業の損害が填補されたから理由がなくなったものであり,Bに賠償命令をすることを求める部分及び本件各職員に利息の支払の請求を求める部分は,そもそも理由がなく,結局,被控訴人の本件請求は,いずれも理由がないものと判断する。

その理由は,後記2においてBの責任について,3において本件返納について判断するほか,原判決「事実及び理由」欄第3「争点に対する判断」の1ないし3(原判決13頁20行目から23頁15行目まで)に認定,説示するとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり補正する。

(原判決の補正)

(1) 原判決16頁16行目「用件」を「要件」に改める。

(2) 原判決19頁4行目冒頭から同20頁4行目「そうすると,」までを,次のとおり改める。

「前記のとおり,総務課長のBが行った本件承認は,地方公営企業法38条2項の趣旨に反して違法である以上,更に,Bは,本件承認をするとともに,同時に,本件各職員に対して職務免除を与えた期間につき,公営企業職員給与条例16条1項に基づく減額をすることなく,所定の給与・地域手当・勤勉手当について支出命令をしたものであり,同支出命令もまた同様に地方公営企業法38条2項の趣旨に反して違法なものであるといわざるを得ない。すなわち,前記認定事実によれば,」

(3) 原判決20頁5行目「給与」の次に「・地域手当」を加える。

2  Bの賠償責任について

Bが総務課長として本件承認及びこれに係る支出命令をしたことが違法であることは前記のとおりであり,すでに,昭和43年10月15日付けの旧自治省通知(自治公一第35号行政局長通知,甲1参照),平成18年1月24日付けの本件通知においても,労働組合法7条3号ただし書に規定する協議又は交渉を除いた勤務時間中の組合活動については原則として無給とすべきものであることが示されていたから,Bも,本件承認及びそれに係る支出命令をするに当たって,この点について問題意識をもち,管理者に意見具申をし,管理者とともに前記のような労使慣行を改めるべき措置をとるべきであったものであり,管理者からその指示を受けていたのであれば尚更そのような措置が求められたものというべきである。

しかしながら,前記認定事実によれば,本件承認及びそれに係る支出命令当時,一部の地方公共団体において,有給で職務専念義務を免除している事例があり,本件通知も,それを前提として,速やかにその適性化に取り組むように求めていたものであり,高槻市水道事業部においても,平成10年3月27日,高槻市水道事業と補助参加人との間において,前記のとおりの一定の組合活動については,それぞれ組合の指名する職員が勤務時間中に行うことを認め,当該職員の身分待遇について他の職員と同様にし,不利益な取扱いはしないことを労働基本協約として定めていたもので,これに基づく職務免除に係る運用が行われ,本件承認以前においては,職務免除があった期間の給与も支払う扱いが労使慣行として長期間にわたって継続的にされていたものと推認されること,更に,地方自治法243条の2第1項が,地方公共団体の代表者や地方公営企業の管理者が「過失」がある場合にも違法な財務会計行為による責任を負うのとは区別し,財務会計行為を行う他の職員については,違法な財務会計行為をしたことにより賠償命令の対象となる場合を民法上の原則によらずに特別に「故意又は重過失」がある場合に限定していること(この点につき,最高裁平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁,最高裁第一小法廷判決昭和61年2月27日・民集40巻1号88頁参照),そして総務課長であるBと管理者であるAとの立場の相違をも考慮すると,Bについては,本件承認及びそれに係る支出命令をしたことについて前記のような措置を執るべき義務に違反したとして過失があるとはいえても,重過失があったとまではいえないというべきである。他に同人に重過失があったことを肯認する事情は認められない。

そうすると,被控訴人の請求のうち,Bに対して賠償命令をすることを求める部分は,その余の点を判断するまでもなく理由がないというべきである。

3  控訴人及び補助参加人の当審における主張のうちの本件返納について

(1)  乙第11ないし16号証(いずれも領収印のある公文書自体は成立に争いがない。)及び弁論の全趣旨によれば,平成22年1月29日,本件各職員に支給された給与のうちの本件承認及びそれに係る支出命令によって支給された分の合計額35万5711円が,同年2月1日,それに対する平成20年5月10日から平成22年1月29日までの遅延損害金合計3万0698円が,いずれも,本件各職員から補助参加人を通じて高槻市水道事業に支払われ,高槻市水道事業管理者によって公金に納入する手続がされたこと,これらの手続においては,それぞれ,納入済通知書において,本件各職員ごとに「給与等返還金」と明記されてそれぞれの職務免除を受けた期間分の本件承認による給与・地域手当・勤勉手当の合計金額が明記され,また,「賠償金利息」と明記されて平成20年5月10日から平成22年1月29日までの遅延損害金合計金額が明記されていて,元本弁済日までの遅延損害金も支払われていること,並びにそれぞれの金額が原判決認容額と一致する金額であることが認められる。

(2)  上記事実によれば,違法な本件承認及びそれに係る支出命令によって高槻市水道事業に発生した損害は本件返納によって填補されたことが明らかであって,この観点からは,他の被控訴人の本件請求はすべて理由がないことに帰するというべきである。

(3)  被控訴人は,控訴人が原判決が返還請求することを命じた給与・地域手当・勤勉手当の返還請求権は存在しないと主張して被控訴人の請求を争っているから,本件返納は債務の弁済ではなく寄附であり,高槻市水道事業の損害の填補にはならないとも主張する。

しかし,前記認定事実によれば,本件各職員から補助参加人を通じてされた本件返納は,本件訴訟においては,本件承認及びそれに係る支出命令が違法であることを争うが,仮定的に,それらが違法とされて高槻市水道事業にそれらによる損害が発生したとの判断がされる場合にはその損害の填補をする趣旨で支払われたことは,前記各乙号証及び本件訴訟の経緯を含む弁論の全趣旨に照らして明らかであるから,被控訴人のこの点の主張は採用できない。また,控訴を取り下げるか否かは,訴訟当事者の自由であるから,本件控訴を取り下げるべきとする被控訴人の主張も採用できない。

4  以上によれば,被控訴人の本件請求はすべて理由がないから,これと異なる原判決の控訴人敗訴部分を取り消し,同取消し部分に係る被控訴人の請求を棄却すべきである。

そして,前記認定事実のとおり,本件返納は,原判決が言い渡された後の平成22年1月29日及び同年2月1日にされたものであること,被控訴人の本件請求のうち,Bに賠償命令をすることを求める部分並びに本件各職員に不当利得の利息の支払をすることを求める部分は,いずれも当初から理由がないものであったこと,その他本件訴訟の経緯に照らし,訴訟費用については,第1,2審を通じ,補助参加に要した費用は補助参加人の負担とし,その余を10分し,その7を控訴人,その余を被控訴人の各負担とすることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 八木良一 裁判官 森實将人)

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