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大阪高等裁判所 平成21年(行コ)154号 判決 2010年8月24日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、別表1の「落札者(相手方)」欄記載の下記落札者(相手方)に対し、下記の各金員を請求せよ。

ア  a 66万1500円

イ  b 11万5500円

ウ  c1ことc 37万9365円

エ  d1ことd 9万9750円

オ  e1ことe 12万9150円

カ  f 98万1600円

キ  g 130万2000円

ク  h 63万円

ケ  i 174万5100円

コ  j 68万2500円

サ  k 67万2000円

(2)  控訴人らのその余の請求に係る訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は、第1・2審を通じてこれを5分し、その1を控訴人らの負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、別表1の番号1ないし24の「落札者(相手方)」欄記載の各相手方(主文1(1)のアないしサ記載の11業者)に対し、同表の「損害額」欄記載の各金員を請求せよ。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は、奈良県の住民である控訴人らが、奈良県宇陀土木事務所の発注に係る測量・調査委託事業の各指名競争入札において、入札業者間で談合が行われたために競争が阻害され、奈良県が少なくとも落札額の20%相当額の損害を被ったと主張して、被控訴人に対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、上記各入札に係る各落札業者(主文1項(1)のアないしサ記載の合計11業者)に対して、上記損害額の損害賠償を請求するよう求めた住民訴訟である。

被控訴人は、上記各入札において、談合が行われた事実は認めるものの、奈良県の損害額は、落札額の10%相当額であり、同額は既に請求済みであるなどと主張して争った。

(2)  原審は、奈良県の損害額は落札額の10%相当額であり、同額については既に全額請求済みであることを理由に控訴人らの請求をいずれも棄却した。

控訴人らは、原判決の取消しと自己の請求認容を求めて控訴した。

なお、本件訴訟の第1審原告は、控訴人ら6名を含めて13名であったが、そのうち、控訴人らのみが控訴したところ、複数の住民が共同訴訟人として提起した住民訴訟において、共同訴訟人の一部の者が上訴すれば、それによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶが、上訴をしなかった共同訴訟人は、上訴人にはならないと解するのが相当であるから(最高裁判所平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁参照)、本件訴訟の控訴人は実際に控訴した控訴人らのみである。

2  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾の括弧内掲記の証拠等により容易に認められる。

(1)  控訴人らの地位

控訴人らは、いずれも肩書住所地に居住する奈良県の住民である。

(2)  奈良県実施の測量・調査事業における入札の実施と請負契約の締結

奈良県は、宇陀土木事務所管内の別表1の番号1ないし24に係る「事業名(測量委託名・路線名)」欄記載の各測量・調査事業(以下、一括していう場合は「本件各事業」といい、個別にいう場合は、同表の番号に従い、「本件事業1」「本件事業2」などという。)につき、その委託のために指名競争入札(以下「本件各入札」という。)を実施したところ、それぞれ、同表の「落札額」欄記載の各金額で同表の「落札者(相手方)」欄記載の各業者(以下「相手方」という。)(主文1(1)のアないしサ記載の11業者)が落札した。

そして、奈良県は、各相手方との間において、同表の「最終契約金額」欄記載の各金額で、それぞれ請負契約(以下「本件各請負契約」という。)を締結した。

(3)  奈良県による相手方への請負代金の支払

本件各事業はいずれも完了し、奈良県は、各相手方に対し、その請負代金として、別表1の「最終契約金額」欄記載の各金員を全額支払った(〔証拠省略〕)。

ただし、本件事業17については、請負代金346万5000円のうち243万5000円が未払であったが、後記の奈良県の損害賠償請求権と対当額において相殺された(〔証拠省略〕)。

(4)  本件各入札における談合の事実

ア 各相手方は、本件各入札の全てにおいて、他の入札参加業者と共に、受注機会の均等化と高値落札による利益の確保を図る目的で談合(以下「本件談合」という。)を行った結果、別表1の「落札額」欄記載の金額で落札した。

イ 本件各入札のうち、本件事業9ないし13の5件の入札に関しては、元県職員がjの代表取締役に事前に各測量委託業務の予定価格を教示し、上記代表取締役がかねてより指名業者間で落札業者となることが協定されていた業者に当該価格を教示したことにより、競売入札妨害(偽計)の罪に問われ、平成20年5月23日までに、元県職員及び上記代表取締役の有罪判決が確定している。

ウ 本件各入札のうち、上記イを除く19件の事業の入札に関しては、奈良県土木部公正入札調査委員会が平成20年9月10日に調査を開始し、本件各入札の各相手方らから聞取りを行った結果、10社が談合の事実を認め、残る1社は「記憶にない」という回答であった。

(以上につき、〔証拠省略〕)

(5)  各相手方の奈良県に対する不法行為責任

談合により業者が共同して最低入札価格を決めることは、入札によって発注される商品又は役務の取引に関する競争を制限するものであって、公共入札の制度の実質を失わしめるものであるから、一定の取引分野における競争を制限することになる。よって、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)3条に反し違法であって、不法行為を構成する。

したがって、各相手方は、不法行為による損害賠償として、本件談合により、奈良県が被った損害を賠償する責任がある。

(6)  本件各請負契約における損害賠償額に関する定め

本件各請負契約は、共通の内容の請負契約書の書式を使用して締結されているが、そのうち、本件に関連する条項(以下「本件条項20条」などという。)は、以下のとおりである。

ア 20条

1項 奈良県は、相手方がこの契約に関し次の各号のいずれかに該当するときは、契約を解除することができる。

(1)  相手方に対し、独占禁止法48条4項、53条の3、54条又は54条の2の規定による審決(54条3項の規定による審決で同条1項に規定する行為に該当する事実がなかったと認める場合にするものを除く。)がなされ、当該審決が確定したとき。

(2)  公正取引委員会が相手方に対し独占禁止法48条の2第1項の規定による課徴金の納付の命令をし、その命令が同条6項の規定により確定した審決とみなされたとき。

(3)  相手方(相手方が法人の場合にあっては、その役員又はその使用人)が、刑法96条の3又は198条の罪を犯し、刑に処せられたとき。

イ 23条(損害賠償の予定)

1項 相手方は、20条1項各号のいずれかに該当するときは、業務の完了の前後を問わず、又は奈良県が契約を解除するか否かを問わず、損害賠償金として、請負代金額の10分の1に相当する金額を奈良県に支払わなければならない。ただし、同項1号、2号又は3号に該当する場合において、審決の対象となる行為が昭和57年6月18日公正取引委員会告示15号(不公正な取引方法)6項に該当する行為である場合その他奈良県が特に認める場合は、この限りでない。

2項 1項の規定による損害賠償金は、奈良県に生じた実際の損害額が同項に規定する損害賠償金の額を超える場合は、その超える額につきなお請求をすることを妨げるものではない。同項の規定により相手方が損害賠償金を支払った後に、実際の損害額が同項に規定する損害賠償金の額を超えることが明らかとなった場合においても、同様とする。

(7) 控訴人らによる住民監査請求と監査結果

ア 第1審原告らを含む奈良県の住民らは、平成20年8月29日、奈良県監査委員に対し、本件各入札につき、談合によって公正な競争入札が行われなかったため奈良県が損害を被ったとして、奈良県知事が本件各入札の落札者らに対し損害賠償請求権を行使することを求めて監査請求をした。

イ 奈良県監査委員は、平成20年10月27日、本件各入札のすべてについて談合が行われていたと推認されると認定したが、うち、本件事業17と本件事業24の2件については、請負代金の支払が完了しておらず損害が発生していないことを理由として、その余の22件については、奈良県が各相手方に対して請負代金額の10%を損害額として損害賠償請求を行ったことを理由として、上記の監査請求を棄却し、上記監査結果は、翌28日、第1審原告らに送達された。

(8) 奈良県による各相手方に対する損害賠償請求と各相手方の支払

ア 奈良県は、平成20年10月9日(本訴提起前)、各相手方(主文1項(1)のアないしサ記載の11業者)に対し、本件各事業(平成19年度)のほか、宇陀土木事務所管内の平成17年度及び平成18年度の測量・調査事業に関して談合の事実が認められたとして、本件条項23条1項に従い、各請負代金額の10分の1に相当する金額につき損害賠償請求を行った(〔証拠省略〕)。

これに対し、各相手方のうちの8業者は、本訴提起後、奈良県との間で、奈良県が請求する金額を分割で支払う旨の覚書を交わした(〔証拠省略〕)。

イ 各相手方11業者の平成22年5月末日現在での支払状況は、別表2「宇陀談合(測量)業者別損害賠償金支払状況一覧表」記載のとおりである(〔証拠省略〕)。

(9) 本件訴訟の提起

第1審原告らは、平成20年11月25日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

3  用語の説明

(1)  予定価格

国や地方公共団体が契約を締結する際に、契約担当者等が競争入札や随意契約に付する事項の価格について、その契約金額を決定する基準としてあらかじめ作成しなければならない見込価格をいう(予算決算及び会計令79条、99条の5)。

競争入札では、落札額は予定価格の制限を超えることができない(会計法29条の6、地方自治法234条3項)。

業務担当部局の者が積算基準や各種価格資料(価格調査月刊誌、業者見積、公共工事設計労務単価等)に基づいて積算を行い、契約担当官等が積算額に基づいて予定価格を決定するが、通常は、積算額が予定価格であることが多く、奈良県においても同様である。

(2)  最低制限価格

発注する工事・業務の品質確保の観点から最低限必要となる金額を見積もった価格をいう(地方自治法施行令167条の10第2項、167条の13)。

これを下回る入札では、品質の確保が図れず、下請・労務・資材へのしわ寄せが生じるため不適当として失格となる。当該事業における工事原価と当該事業の落札業者が企業として存続するための最低限の利益を確保した金額をもって設定されるが、現在、奈良県では予定価格の70%ないし90%の範囲で算出されている。奈良県の算出方法は、平成21年4月3日付け国土交通省大臣官房通達により、国土交通省所管の発注部局で改正施行されたものと同様であり、また、中央公共工事契約制度連絡協議会で各自治体用にモデルパターンとして提示されている算出方法とも同様である。

(3)  落札率

落札額を予定価格で除して100を乗じた額である。

4  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  奈良県による各請負代金額の10%を超える損害賠償請求の可否(本件条項23条1項と同条2項の意義)(争点(1))

〔被控訴人〕

本件条項23条1項の規定は、民法420条1項の損害賠償額の予定の約定であるから、奈良県は、各請負代金額の10%を超える損害賠償請求をすることはできないし、裁判所も、奈良県の被った損害額が各請負代金額の20%であると判断しても、各請負代金額の10%を超える損害賠償請求をすることを命じることはできない。

本件条項23条2項は、1項の例外を定めるものであるが、本件条項23条2項が適用されるのは、談合行為により契約が解除等された結果、①当初の業務発注金額が低額であって、再度入札手続等に要する費用が契約金額の10%を超過する場合、②談合による契約解除により再度入札手続を行って別の業者と契約したものの、工事の大幅遅延等により、当初の工期による完成を前提にして締結した別の契約を注文者の都合により解除せざるを得なくなり、高額の違約金の支払を余儀なくされる場合など、奈良県に生じた実際の損害額が各請負代金額の10%を超える場合に限られる。談合自体によって奈良県が被った損害額は、談合が行われずに自由で公正な競争により形成されたであろう想定落札金額を前提とした契約金額と実際の落札価格との差額相当分という極めて認定困難な損害額であるが、これを本件条項23条2項の「奈良県に生じた実際の損害額」ということはできないから、これについて、同条項の適用の余地はない。

〔控訴人ら〕

本件条項23条1項と同条2項を併せてみると、本件条項23条1項によって、請負代金額の10%が損害賠償額の予定として定められているものの、発注者の奈良県としては、実際の損害額が請負代金額の10%を超える場合には、本件条項23条2項によって、当該金額の請求を行うことは何ら妨げられない。その意味で、本件条項23条は、請負代金額の10%に当たる金額を損害賠償の最低ラインとして定めているにすぎず、同金額が賠償の上限を画しているわけではない。

民法420条1項が規定する、損害賠償額の予定は、通常は、賠償額の上限下限の両方を拘束するものと理解されているが、通常の趣旨とは異なる内容の契約をすることは可能であり、そのような契約をした場合にはその契約に従うべきものであるから、上記のような文理解釈をすることは差し支えない。

(2)  本件談合による奈良県の損害額(争点(2))

〔控訴人ら〕

以下の事情からすると、本件談合によって奈良県が被った損害額は、少なくとも落札額の20%を下回ることはない。

ア 本件談合発覚前の宇陀土木事務所管内における測量業務の落札率は、97%を超えていたが、宇陀土木事務所管内における本件談合発覚後の平成20年2月29日から同年8月28日までに実施された15件の測量業務の入札における落札率は、最低で24.7%、最高でも71.1%で、平均51.6%まで下落しているから、その差である45.4%が損害である。これを控え目に見て、その7割が損害額だとしても、31.78%になる。

なお、ダンピング、すなわち、不当廉売とは、正当な理由がないのに、商品・役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品・役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあることをいうが、本件談合発覚後、宇陀土木事務所管内の測量業務の入札において、ダンピングが行われていたとする根拠はない。

イ 宇陀土木事務所管内における平成20年9月以降の同年10月15日から平成21年2月18日までに実施された22件の測量業務の入札における落札額は、全て最低制限価格と同額であるが、その平均落札率は69.5%である。したがって、本件談合前の落札率97%との差は、27.5%になる。

さらに、宇陀土木事務所管内における平成21年3月以降の同年6月12日から同年11月5日までに実施された16件の測量業務の落札額も全て最低制限価格と同額であるが、その平均落札率は70.3%であり、やはり本件談合前の落札率より20%以上低い。

なお、落札価格が最低制限価格と同額であるからといって、それが公正な競争を通じて形成されるべき市場価格を下回っているとする根拠はない。また、被控訴人が主張している最低制限価格の見直しは、測量業務とは事情の異なる建設工事に関するものであるから、参考にならない。

ウ 奈良県では、本件談合を契機として、入札制度の改革が行われ、平成20年6月1日からは、測量、設計業務及び全ての建設工事について、予定価格、低入札調査基準価格及び最低制限価格を事前公表するようになった。

このような談合対策が講じられた後の平成21年6月1日以降の奈良県下各土木事務所発注にかかる測量業務の平均落札率は、予定価格の69%であるから、やはり本件談合前の落札率97%との差は、28%となる。

エ 被控訴人主張の本件談合が行われていた平成19年5月30日から平成20年1月22日までの間の奈良県下の宇陀土木事務所以外の6土木事務所における測量業務117件の平均落札率92.1%は、落札率が異常に高く、談合行為の存在が強く疑われるから、比較の対象とはならない。また、これは落札率が50%に満たない入札17件を赤字入札として恣意的に除外したものであり、これも含めると、その平均落札率は84.9%になる。

オ 北海道では、入札において、談合等があった場合の損害賠償の予定額を平成19年6月1日から契約額の20%相当額とし、奈良県においても、平成20年4月1日以降は、同様に契約額の20%相当額に改めた。

〔被控訴人〕

ア 本件談合によって奈良県が被った損害額が落札額の20%以上であることは否認する。

イ 本件談合によって奈良県が被った損害を算定する方法としては、談合が行われていた、平成19年5月30日から平成20年1月22日までの間における宇陀土木事務所管内の測量業務の落札率と、同じ時期において正常な入札がされていた宇陀土木事務所以外の土木事務所管内の測量業務の落札率とを比較するという方法により行うのが相当であり、さらに、ダンピングでの応札は公共工事の品質確保の観点から適正な入札額とはいえないことから、これらは算定の基礎から除くことが相当である。

そして、平成19年5月30日から平成20年1月22日までの間の宇陀土木事務所以外の6土木事務所における全ての測量業務(ただし、落札率が50%に満たない赤字受注と考えられる17件を除く。)117件の平均落札率は92.1%であり、同時期の談合が行われていた宇陀土木事務所管内における平均落札率は97.6%であるから、その差はおよそ5.5%になる。

ウ 控訴人らは、宇陀土木事務所管内における本件談合発覚後の平成20年2月29日から同年8月28日までに実施された15件の測量業務の入札における平均落札率が51.6%であることを主張の根拠にしているが、本件談合発覚後の宇陀土木事務所発注の測量業務の入札においては、他の土木事務所管内の業者が多数参入し、採算度外視の低価格入札(ダンピング)が頻発することになった時期であり、平均落札率は、適正な施工確保が困難と判断される価額であり、現在の最低制限価格制度の下で判断すれば、それを下回り失格と判断されるものであるから、公共事業における適正な価額とはいえず、この時期の平均落札率をもって損害算定の資料とすることは著しく妥当性を欠く。

エ 控訴人らは、最低制限価格を公表するようになった時期以降の平均落札率との対比も主張の根拠としている。

しかし、奈良県において最低制限価格を事前公開するようになって以降は、確実に落札者となるためには、最低制限価格と同額で入札することが事実上必須となり、応札者のほとんどが最低制限価格と同額で入札する事態になっていることからすると、最低制限価格を事前に公表することとなってからの平均落札率とそれが公表されていなかった時期における平均落札率とを単純に比較することは相当ではない。

また、平成21年6月12日付けで策定された「平成21年度中小企業者に関する国等の契約の方針」に関する閣議決定(〔証拠省略〕)によれば、ダンピング対策の充実等適正価格による契約の推進のため、地方公共団体における最低制限価格等の見直しを推進するものとされ、これを受けて、各自治体では、最低制限価格を予定価格の90%、もしくはそれに近く設定するように改定されているのであるから、90%を下回る入札はダンピングによる入札として無効であると考えることができ、この点からも、従前の最低制限価格との対比は相当ではない。

第3当裁判所の判断

1  奈良県による各請負代金額の10%を超える損害賠償請求の可否(本件条項23条1項と同条2項の意義)(争点(1))について

(1)  本件条項23条1項の規定の文言は、前記前提事実(6)イのとおりであり、これが損害賠償額の予定の規定(民法420条1項)であることは、その見出しや文言から明らかであるから、この規定しか存在しないのであれば、損害賠償額の予定の性質上、奈良県が談合等によって請負代金額の10%を超える損害を被ったとしても、相手方に対しては、請負代金額の10%相当額の損害賠償しか請求できないのは明らかである。

(2)  しかしながら、本件の場合は、これに加えて本件条項23条2項で、「1項の規定による損害賠償金は、奈良県に生じた実際の損害額が同項に規定する損害賠償金の額を超える場合は、その超える額につきなお請求をすることを妨げるものではない。」旨規定されているのであるから、これを本件条項23条1項と併せて解釈するならば、本件条項23条1項の規定は、損害賠償額の下限の予定を定めた規定といわざるを得ない。すなわち、奈良県が談合等によって、請負代金額の10%未満の損害しか被らなかった場合であっても、相手方は、本件条項23条1項により、請負代金額の10%相当額の支払義務を免れないが、逆に、奈良県が請負代金額の10%を超える損害を被った場合には、本件条項23条2項により、相手方に対し、実際に被った、請負代金額の10%を超える損害の賠償請求が可能であるというべきである。そして、このような合意は、通常の損害賠償額の予定の合意とは異なるものの、契約自由の原則から、法律の規定や公序良俗に反しない限り、有効であることはいうまでもなく、本件条項23条1、2項のような合意が法律の規定や公序良俗に反するものでないことも明らかである。

(3)  これに対し、被控訴人は、談合等の場合の損害は極めて算定困難な特殊なものであるから、本件条項23条2項の「奈良県に生じた実際の損害額」には該当しない旨主張している。

なるほど、後記のとおり、談合が行われた場合に、地方公共団体が被った損害額の算定には種々の困難が伴い、裁判例においても、民訴法248条を適用して算定されている例が多いことは周知の事実である。

しかしながら、それはあくまで損害の算定手法をどのようにするかという問題であって、裁判所が民訴法248条を適用して算定した損害も、「実際の損害額」であることに相違ないのであるから、これを本件条項23条2項の適用除外とする根拠は見出し難い。

したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。

(4)  そうすると、奈良県は、本件談合によって、請負代金額の10%を超える損害を被った場合には、相手方に対し、本件条項23条2項に基づき、その損害賠償を請求できることは明らかである。

2  本件談合による奈良県の損害額(争点(2))について

(1)  一般論

ア 一般に、入札談合が行われた場合に、発注者である地方公共団体が被る損害は、入札参加者間での健全な競争が行われていた場合に形成されたであろう想定落札価格に基づいて締結された請負契約に係る契約金額と、談合の結果、各相手方が落札した落札価格に基づいて締結された実際の請負契約に係る契約金額との差額分であるというべきである。

イ しかしながら、想定落札価格は実在しない価格であり、また、健全な競争入札における落札価格は、当該具体的な事業の種類・規模・場所・内容、入札当時の経済情勢及び各社の財務状況、当該事業以外の事業の数・請負金額、当該事業に係る入札への参加者数、地域性等の多種多様な要因が複雑に絡み合って形成されるものであり、本件各入札における想定落札価格を証拠に基づき具体的に認定することは困難であるといわざるを得ない。

したがって、本件においては、奈良県において損害が生じたことについては認められるものの、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるから、民訴法248条に基づき、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定すべきことになる。

(2)  本件談合による奈良県の損害額の検討

ア はじめに

以上の観点から、本件における損害額を判断する。

まず、前記第2の2「前提事実」(8)ア記載のとおり、奈良県は、宇陀土木事務所管内においては、本件各事業(平成19年度)のみならず、平成17年度及び平成18年度の測量・調査事業に関しても談合の事実が認められたとしているのであるから、想定落札価格を検討するに当たり、宇陀土木事務所管内の本件各事業以前の測量・調査事業の落札額や落札率は証拠価値に乏しいものといわざるを得ない。

そこで、奈良県内の本件談合発覚後の平成20年2月29日以降の測量・調査事業における落札率について検討する。

イ 各種の落札率

(ア) 本件各事業の落札率

別表1によれば、談合が行われた本件各事業の平均落札率は97.7%(小数点以下2桁を四捨五入)であることが認められる。

(イ) 本件談合発覚直後の宇陀土木事務所管内の落札率

弁論の全趣旨(訴状の請求原因6項(2)参照)によれば、宇陀土木事務所管内の測量・調査事業のうち、平成20年2月29日改札の事業8件の落札率は、53.9%、48.8%、48.6%、69.4%、68.4%、67.5%、55.6%、58.2%であり、同年6月9日改札の事業5件の落札率は、38.6%、39.8%、30.6%、29.8%、24.7%であって、その平均落札率は、48.8%(小数点以下2桁を四捨五入)であることが認められる。

(ウ) 予定価格、最低制限価格の事前公開後の宇陀土木事務所管内の落札率証拠(〔証拠省略〕)によれば、奈良県において、入札制度の改革が行われ、平成20年6月1日以降に公告・指名した契約案件から、予定価格と最低制限価格の両方を事前公開するようになったこと、宇陀土木事務所管内の測量・調査事業のうち、予定価格と最低制限価格の事前公表以降である平成20年9月以降平成21年11月5日までの間の落札状況は、別表3「2008年(平成20年)9月以降の落札状況」及び別表4「2009年3月以降の落札状況」記載のとおりであり、落札価格は、全て最低制限価格と同額であり、平均落札率は、69.9%(小数点以下2桁を四捨五入)であることが認められる。

(エ) 予定価格、最低制限価格の事前公開後の奈良県下の土木事務所管内(宇陀土木事務所管内を除く)の落札率

証拠(〔証拠省略〕)によれば、平成20年6月1日以降同年9月22日までの間の宇陀土木事務所以外の奈良県下の各土木事務所管内の測量・調査事業の落札状況は、別表5「2008年6月以降の奈良県下各土木事務所発注工事・業務にかかる落札状況について」記載のとおりであり、最低制限価格が事前公表されるようになって以降は、落札価格はほとんど最低制限価格と同額であるが、最低制限価格が公表されるようになって以降の事業(同表の番号4以降)の平均落札率は、70.1%(小数点以下2桁を四捨五入)であることが認められる。

ウ 各種落札率の検討

以上のとおり、①本件談合が発覚して以後の宇陀土木事務所管内の最低制限価格が事前公表される以前の事業の平均落札率と本件各事業の平均落札率との差は、48.9%(97.7%-48.8%)であり、②本件談合が発覚して以後の宇陀土木事務所管内の最低制限価格が事前公表された以降の事業の平均落札率と本件各事業の平均落札率との差は、27.8%(97.7%-69.9%)であり、③本件談合が発覚して以後の宇陀土木事務所を除く奈良県下の各土木事務所管内の最低制限価格が事前公表された以降の事業の平均落札率と本件各事業の平均落札率との差は、27.6%(97.7%-70.1%)であるから、入札価格形成要因の複雑・多様性を考慮しても、奈良県の損害額は、落札額の20%を下回ることはないものと認めるのが相当である。

すなわち、控訴人らが本訴で主張している奈良県の損害額(本件各事業の落札額の20%)は控え目な損害額であり、理由があるものと認めるのが相当である。

(3)  被控訴人主張の検討

ア 本件談合発覚直後の平均落札率はダンピングによるもの

(ア) 被控訴人は、「本件談合発覚直後の宇陀土木事務所発注の測量・調査委託業務の入札には他管内の業者が多数参入し、採算度外視のダンピング入札が頻発した。奈良県は、平成20年6月から最低制限価格制度を導入したが、本件談合発覚直後は最低制限価格制度を導入していなかったので、ダンピング入札により落札率が大幅に下落した。このような談合発覚直後の平均落札率は、公共事業における適正な価額とはいえないものであり、損害認定の資料とすることは著しく妥当性を欠く。」と主張する。

(イ) 確かに、平成20年2月29日改札の事業8件、同年6月9日改札の事業5件の平均落札率48.8%(前記(2)イ(イ))という数値からは、奈良県が、平成20年6月1日以降に公告・指名した契約案件から、予定価格の約70%を制限価格と指定したこと(前記(2)イ(ウ)(エ))に照らせば、採算度外視のダンピング入札も含まれていたことは否定できない。

しかし、前記(2)ウのとおり、当裁判所は、本件談合による奈良県の損害額は、落札額の20%を下回ることはないと認めるのであり、落札額の48.9%(談合が行われた本件各事業の平均落札率97.7%から本件談合発覚直後の平均落札率48.8%を控除した率)と認めるのではなく、48.9%の2分の1未満である20%と認めるのである。

(ウ) したがって、当裁判所が、本件談合による奈良県の損害を認定するに当たり、本件談合発覚直後の平均落札率も検討の対象に加えたからといって、当裁判所が認定する奈良県の損害額、すなわち本件各事業の落札額の20%について、妥当性を欠くものとは認められず、被控訴人の上記(ア)の主張は採用できない。

イ 本件談合当時の宇陀土木事務所以外の平均落札率

(ア) 被控訴人主張

被控訴人は、〔証拠省略〕を引用して、「奈良県下の平成19年5月30日から平成20年1月22日までの間の宇陀土木事務所以外の6土木事務所における全ての測量業務(ただし、落札率が50%に満たない赤字受注と考えられる17件を除く。)117件の平均落札率は92.1%であるから、想定落札価格はこれと同程度である。」と主張する。

(イ) 検討①―落札率が50%に満たない17件を意図的に除外している。

被控訴人が主張する上記手法は、まず落札率が50%に満たない17件を意図的に除外している点で相当ではない。なぜならば、上記受注が全て赤字受注であると断定するに足りる証拠はない上、仮に赤字発注であったとしても、それ自体、自由競争の結果にすぎないのであるから、想定落札価格を検討するに当たって、これを除外する根拠に乏しい。

そして、上記赤字発注分も加えた平均落札率は84.9%となり(控訴人らの控訴理由書9頁上段参照)、平成19年5月30日から平成20年1月22日までの間に、奈良県下の土木事務所では、宇陀土木事務所以外では談合が行われていなかったと仮定しても、上記平均落札率84.9%は、談合が行われた本件各事業の平均落札率97.7%を著しく下回るのである。

(ウ) 検討②―上記17件を加えた落札率84.9%も採用できない

a はじめに

前記第2の2「前提事実」(8)アで認定したとおり、宇陀土木事務所管内においては、本件各事業(平成19年度)のみならず、平成17年度及び平成18年度の測量・調査事業においても談合が行われていたというのに、狭い奈良県下において、同時期に奈良県下の他の6土木事務所管内においては、一切談合が行われず、適正な自由競争が行われていたという仮定のもとで算出された上記平均落札率84.9%自体についても、次のとおりそのまま採用することはできない。

b A公正取引員会委員長の国会答弁

弁論の全趣旨(訴状の請求原因6項(3)参照)によると、A公正取引員会委員長は、平成18年2月22日、第164回国会予算委員会に政府特別補佐人として出席し、「過去に公正取引委員会が取り上げた談合、カルテルの事件を数十件調査して、公正取引委員会の立ち入り前と後で落札率がどのように変わったかをみると、談合については単純平均で18.6%という推計がでてきた。」と答弁している。

上記答弁内容からみても、本件談合当時の奈良県下の他の6土木事務所管内での平均落札率84.9%自体が異常に高い落札率であり、他の6土木事務所管内においても、本件談合当時、宇陀土木事務所管内におけるほどではないにしても、ある程度の談合があったのではないか、との疑惑を抱かざるを得ない。

c 本件談合発覚直後の宇陀土木事務所管内の落札率との対比

宇陀土木事務所管内では、談合が行われた本件各事業(改札日が平成19年5月30日から平成20年1月22日まで)の平均落札率は97.7%であり、談合が発覚した直後の平成20年2月29日改札の測量・調査事業8件、同年6月9日改札の同事業5件の平均落札率は48.8%である(前記(2)イ(ア)(イ))。同じ宇陀土木事務所管内の測量・調査事業であるのに、談合が発覚する前と後とでは平均落札率に48.9%もの差がある。

宇陀土木事務所管内の測量・調査事業について、談合が発覚した直後の平均落札率が48.8%と異常に低かったこと、談合が発覚する前と後とでは平均落札率に48.9%もの差があったことに照らしても、本件談合当時の奈良県下の他の6土木事務所管内での平均落札率84.9%自体が異常に高い落札率であり、奈良県下の他の6土木事務所管内においても、本件談合当時、宇陀土木事務所管内におけるほどではないにしても、ある程度の談合があったのではないか、との疑惑を更に強めざるを得ない。

d 予定価格、最低制限価格の事前公開後の落札率との対比

前記(2)イ(ウ)(エ)のとおり、奈良県において、入札制度の改革が行われ、平成20年6月1日以降に公告・指名した契約案件から、予定価格と最低制限価格の両方を事前公開するようになったが、そのような入札制度の下での奈良県下の7土木事務所管内の測量・調査事業の落札状況は別表3ないし5のとおりであり、その落札価格は最低制限価格とほぼ同額であり、その平均落札率は70%前後である。

上記平均落札率70%前後と比べても、本件談合当時の奈良県下の他の6土木事務所管内での平均落札率84.9%自体が異常に高い落札率であり、奈良県下の他の6土木事務所管内においても、本件談合当時、宇陀土木事務所管内におけるほどではないにしても、ある程度の談合があったのではないか、との疑惑を益々強めざるを得ない。

(エ) まとめ

したがって、本件談合当時の奈良県下の宇陀土木事務所以外の6土木事務所が発注した測量・調査事業の平均落札率が、92.1%(落札率50%未満の17件を除外)、84.9%(落札率50%未満の17件も考慮)であるからといって、当裁判所が前記(2)ウで認定した本件談合による奈良県の損害額、すなわち本件各事業の落札額の20%が妥当性を欠くものとは認められず、被控訴人の上記(ア)の主張も採用できない。

ウ 最低制限価格の事前公表と平均落札率

(ア) 被控訴人は、「最低制限価格を事前公表するようになって以降は、応札者のほとんどが最低制限価格と同額で入札する事態になっていることからすると、最低制限価格を事前に公表することとなってからの平均落札率と、それが公表されていなかった時期における平均落札率とを単純に比較することは相当ではない。」旨主張している。

(イ) なるほど、最低制限価格の意義は、前記第2の3「用語の説明」(2)のとおりであって、地方公共団体が一方的に設定したものであり、最低制限価格を下回る低額での入札があった場合は、一律に失格とするものであるから、本来は、最低制限価格が適正な競争価格に一致することについて、積極的な論拠は乏しい。

しかしながら、最低制限価格での落札の場合は、工事原価に落札業者の最低限の利益を加算して落札するのであるから(前記第2の3(2))、赤字受注とはいえないこと、本件で問題とされている測量・調査事業の場合、建設工事のような固定的な経費の支出は少ないものと考えられ、その意味で建設工事よりも落札率の低い価格での入札が可能であること、現に、奈良県でも、平成21年6月以降も、測量・調査事業について、最低制限価格を予定価格の約70%に設定し、これを少なくとも平成21年11月まで続けていること(別表4参照)、最低制限価格といえども、平成20年6月に最低制限価格が事前公表されるようになって以降、約1年半にわたり、最低制限価格で落札される状況が継続していること(前記(2)イ(ウ)(エ))、本件談合発覚後、最低制限価格が事前公表される以前の入札における平均落札率(48.8%)は、最低制限価格が事前公表されて以降の平均落札率(70%前後)より相当程度低かったこと(前記(2)イ(イ)(ウ)(エ))などからすると、最低制限価格が適正な競争価格と大きく乖離しているとする根拠に乏しく、むしろそれは適正な競争価格に近似しているものと認めるのが相当である。

(ウ) そして、最低制限価格を事前公表するようになって以降の平均落札率70%前後は、談合が行われた本件各事業の平均落札率97.7%(前記(2)イ(ア))よりも27.7%前後も低いということは、本件各事業の落札額が適正な競争価格(最低制限価格に近似している。)よりも20%以上も高かったと認めることができる、有力な証左であるといえる。

(エ) したがって、当裁判所が前記(2)ウで認定した奈良県が本件談合により被った損害額(落札額の20%)は、最低制限価格の事前公表後の平均落札率に照らしても妥当なものであり、被控訴人の上記(ア)の主張も採用できない。

エ 最低制限価格の見直し

被控訴人は、〔証拠省略〕を提出して、近時、最低制限価格の見直しが行われていることを指摘しているが、最低制限価格の見直しが行われているのは建設工事に関してであって、本件のような測量・調査事業について、特に最低制限価格の見直しが行われた形跡はない(奈良県では、別表3ないし5のとおり、少なくとも平成21年11月まで、最低制限価格を予定価格の約70%に設定していた。)から、近時、最低制限価格の見直しが行われているからといって、前記(2)ウの認定判断(奈良県が本件談合により被った損害は落札額の20%である。)を左右するものではない。

3  被控訴人の損害賠償請求及び相手方の支払が本件訴訟に与える影響について

(1)  一般論

住民が地方自治法242条の2第1項4号前段所定の相手方に対する損害賠償代位請求訴訟提起前又は訴訟提起中に、当該地方公共団体が、訴訟外で、上記相手方に対し損害賠償請求を行い、相手方との間で損害賠償金について合意をし、相手方が地方公共団体に対し合意した損害賠償金を支払った場合、上記損害賠償代位請求訴訟はどうなるかが議論されている。当裁判所は、この問題について次のとおり考える。

ア 地方公共団体が、訴訟外で、相手方に対し損害賠償請求を行い、相手方との間で損害賠償金について合意をしても、当該合意には既判力や執行力がなく、また、当該合意では、損害賠償金について譲歩したり、期限の利益が付与されるのが通常であるから、相手方が地方公共団体に対し合意による損害賠償金を支払うまでは、当該合意に達した損害賠償金も含めて、住民は相手方に対し損害賠償を請求することを求める訴訟を提起し、あるいは継続できる。

イ しかし、相手方が地方公共団体に対し合意による損害賠償金を支払えば、当該支払額については、相手方に対し損害賠償を請求することを求める訴訟の訴えの利益がなくなり、裁判所は、残余の請求額について、その当否を判断することになる。

ウ そして、本案の判断に及ぼす影響について見るに、自治体の長が地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟の判決に従ってする請求は、判決確定後60日以内の日を期限として請求し、その期限内に支払がない限り、請求に係る損害賠償又は不当利得返還請求を目的とする訴えを提起する義務(地方自治法242条の3第1、2項)が付着している請求であり、そのような効果の付着しない請求とは別異に考える必要があるし、自治体の長が行った損害賠償等の請求は、行政処分ではなく、公定力のような効力を観念する余地もないから、自治体の長が地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟に先立ってした損害賠償等の請求は、当該訴訟の結論に何らの影響も及ぼさないものと解するのが相当である。

(2)  本件への適用

ア 前記第2の2「前提事実」(8)記載のとおり、奈良県は、本件訴訟提起前に、各相手方(主文1項(1)のアないしサ記載の11業者)に対し、本件各事業(平成19年度)のほか、平成17年度及び平成18年度の測量・調査事業に関し、各請負代金額の10分の1に相当する金額につき損害賠償請求を行い、これに対し、各相手方中の8事業者が、奈良県が請求する損害賠償金額を分割で支払う旨の覚書を交わし、当該覚書を交わさなかった業者も含めた10業者が、別表2のとおり、奈良県から請求された損害賠償金の全部又は一部を奈良県に支払っている。

イ しかしながら、本件訴訟において、控訴人らが求めているのは、本件各事業の落札額の20%相当額の損害賠償請求であって、奈良県が、本件訴訟提起前に、本件各事業の請負代金額の10%相当額の損害賠償請求をし、奈良県と各相手方11業者中の8事業者との間で、本件訴訟提起後に、奈良県が請求する損害賠償金額を分割で支払う旨の覚書を交わしているからといって、控訴人らの請求を分割して訴えの利益を判断するのは妥当ではなく、全体として訴えの利益の有無を判断すべきであり、控訴人らの求めている内容は、既に被控訴人により行われた請求や覚書の締結によってすべて実現しているわけではない以上、全体につき訴えの利益があるというべきである。

もっとも、奈良県と各相手方との間での覚書の締結にとどまらず、本件訴訟の当審における口頭弁論終結時までに、既に各相手方が奈良県に支払った損害賠償金額については、もはや訴えの利益は消滅したといわざるを得ない。

ウ なお、被控訴人が本件訴訟に先立って、各相手方に対し、各請負代金額の10%相当額の損害賠償の請求をしている点は、上記で述べた理由により、本件訴訟の結論に何らの影響も及ぼさないものである。

(3)  各相手方毎の請求認容額

ア はじめに

各相手方の支払状況は、別表2記載のとおりであり、被控訴人は、平成17年から平成19年にかけて入札された複数の事業に関して一括した損害賠償請求をしているため、本件各事業(平成19年度)とそれ以外の事業(平成17年度及び平成18年度)への充当関係が問題になるが、前記のとおり、奈良県は、各相手方11業者に対し、平成17年度及び平成18年度の各事業と平成19年度の本件各事業について一括して損害賠償請求をし、そのうちの相手方8業者は、奈良県との間で、奈良県が請求する損害賠償金額で覚書を交わしているのであるから、損害金の支払については、民法489条の法定充当の規定の趣旨に照らし、年度の古い事業分から順次充当していくのが相当である。

何故ならば、覚書を交わした奈良県及び相手方8事業者双方ともに、分割金については、古い事業分からの支払に順次充当していくのが、覚書締結時点での双方の合理的な意思に合致するし、覚書を交わしていない奈良県及び相手方3事業者についても、各相手方が奈良県に損害賠償金の一部を支払う時点で、古い事業分からの支払に順次充当していくのが、双方の合理的意思に合致すると認められるからである。

殊に、奈良県が覚書を交わしていない相手方3事業者については、損害賠償金の消滅時効が問題となるから、その意味からも、奈良県及び各相手方双方ともに、各相手方が奈良県に損害賠償金の一部を支払う時点で、古い事業分からの支払に順次充当していくのが、双方の合理的意思に合致すると認められる。

イ 各相手方毎の請求認容額

そうすると、各相手方のうち、被控訴人の請求額(平成17年度から平成19年度の請負代金額の1割の損害賠償金)のうち、一部未払額が残存している者については、その残額が本件各事業の各請負代金額の10%以上の場合は、本件各事業(平成19年度)についての損害賠償金の支払はないことになり、このような観点から、各相手方の奈良県に対する既支払額、本訴での請求認容額を検討すると、別表1と別表2によれば、以下のとおりであることが認められる。

(ア) a

同会社は、奈良県に対し、本件事業17及び本件事業22について、合計66万1500円の損害賠償金(請負代金合計の1割)を支払った。

奈良県の損害額は、本件事業17及び本件事業22の損害額の合計132万3000円(落札金額合計の2割)であり、これから既払額合計66万1500円を控除すると、認容額は66万1500円となる。

(イ) b

同会社は、奈良県に対し、本件事業6について、11万5500円の損害賠償金(請負代金の1割)を支払った。

奈良県の損害額は、本件事業6の損害額23万1000円(落札金額の2割)であり、これから既払額11万5500円を控除すると、認容額は11万5500円となる。

(ウ) c1ことc

cは、奈良県に対し、本件事業12、本件事業15及び本件事業20について、合計38万9235円(請負代金合計の1割)の損害賠償金を支払った。

奈良県の損害額は、本件事業12、本件事業15及び本件事業20の損害額の合計76万8600円(落札金額合計の2割)であり、これから既払額合計38万9235円を控除すると、認容額は37万9365円となる。

(エ) d1ことd

dは、奈良県に対し、本件事業5について9万9750円(請負代金の1割)を支払った。

奈良県の損害額は、本件事業5の損害額19万9500円(落札代金の2割)であり、これから既払額9万9750円を控除すると、認容額は9万9750円となる。

(オ) e1ことe

eは、奈良県に対し、本件事業19について12万9150円(請負代金の1割)を支払った。

奈良県の損害額は、本件事業19の損害額25万8300円(落札代金の2割)であり、これから既払額12万9150円を控除すると、認容額は12万9150円となる。

(カ) f

被控訴人は、本件事業11、本件事業13及び本件事業21について、合計53万7600円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日現在の残額が44万4000円であるから、本件各事業についての支払額はその差の9万3600円となる。

奈良県の損害額は、本件事業11、本件事業13及び本件事業21の損害額の合計107万5200円(落札代金合計の2割)であり、これから既払額9万3600円を控除すると、認容額は98万1600円となる。

(キ) g

被控訴人は、本件事業2、本件事業14及び本件事業24について、合計68万0190円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日現在の残額が70万円であるから、本件各事業についての支払額は0円である。

奈良県の損害額は、本件事業2、本件事業14及び本件事業24の損害額の合計130万2000円(落札代金合計の2割)であり、既払額はないから、認容額は同額である。

(ク) h

被控訴人は、本件事業3及び本件事業16について、合計33万9465円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日現在の残額が275万0055円であるから、本件各事業についての支払額は0円である。

奈良県の損害額は、本件事業3及び本件事業16の損害額の合計63万円(落札代金合計の2割)であり、既払額はないから、認容額は同額である。

(ケ) i

被控訴人は、本件事業1、本件事業9、本件事業18及び本件事業23について、合計87万2550円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日までの支払額は0円である。

奈良県の損害額は、本件事業1、本件事業9、本件事業18及び本件事業23の損害額の合計174万5100円(落札代金合計の2割)であり、既払額はないから、認容額は同額である。

(コ) j

被控訴人は、本件事業8及び本件事業10について、合計37万0335円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日現在の残額は335万3975円であるから、本件各事業についての支払額は0円である。

奈良県の損害額は、本件事業8及び本件事業10の損害額の合計68万2500円(落札代金合計の2割)であり、既払額はないから、認容額は同額である。

(サ) k

被控訴人は、本件事業4及び本件事業7について、合計35万4270円(請負代金合計の1割)の支払請求をしているが、平成22年5月末日現在の残額は373万円であるから、本件各事業についての支払額は0円である。

奈良県の損害額は、本件事業4及び本件事業7の損害額の合計67万2000円(落札代金合計の2割)であり、既払額はないから、認容額は同額である。

4  結論

以上によれば、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し、各相手方に、上記3(3)イの(ア)ないし(サ)記載の各金員を請求することを求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余の請求に係る訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから却下を免れない。

よって、これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 川谷道郎 神山隆一)

別表1 [省略]

別表2 宇陀談合(測量)業者別損害賠償金支払状況一覧表 [省略]

別表3 2008年(平成20年)9月以降の落札状況 [省略]

別表4 2009年3月以降の落札状況 [省略]

別表5 2008年6月以降の奈良県下各土木事務所発注工事・業務にかかる落札状況について [省略]

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