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大阪高等裁判所 平成21年(行コ)169号 判決 2010年8月27日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,Aに対し,206億6630万7530円及びこのうち原判決別表1「各団体への補助金等支出内訳(平成19年度)」及び原判決別表2「各団体への補助金等支出内訳(平成20年度)」の「支出金額」欄記載の各金額に対する「支払日」欄記載の各日からそれぞれの支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求をせよ。

3  被控訴人は,原判決別表1「各団体への補助金等支出内訳(平成19年度)」及び原判決別表2「各団体への補助金等支出内訳(平成20年度)」の「団体名」欄記載の各団体に対し,「支出金額」欄記載の各金額及びそれぞれに対する「支払日」欄記載の各日からそれぞれの支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求をせよ。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は,神戸市の住民である控訴人らが,神戸市がした同市職員派遣先団体に対する平成19年度及び平成20年度の派遣職員人件費に充てる補助金及び委託料(以下,補助金及び委託料を併せて「補助金等」ということがある。)の支出は,公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(平成12年法律第50号。以下「派遣法」という。)6条2項の手続によることなくされた脱法行為として違法であり,公益上必要がある場合の補助金支出を認めた地方自治法(以下「地自法」という。)232条の2によっても正当化されないなどとして,被控訴人に対し,各支出当時に神戸市長の地位にあったAに対して上記補助金等に相当する金員及びこれに対する遅延損害金について損害賠償請求することを求めるとともに,同補助金等を受領した各派遣先団体に対して同補助金等に相当する金員について不当利得返還請求すること及びこれに対する法定利息の支払を請求することを求めた住民訴訟(地自法242条の2第1項4号)である。

(2)  原審は,控訴人らの請求のうち,平成19年9月15日以前の公金の支出に係る損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを被控訴人に対して求める訴えを却下し,その余の請求を棄却したので,これを不服とする控訴人らが控訴したものである。

2  前提事実

(1)  当事者等

ア 控訴人(選定当事者)ら(以下「控訴人ら」という。)及び選定者らは,いずれも神戸市内に住所を有する者である。

イ 被控訴人は,神戸市の執行機関たるその長である。

(2)  公金の支出

神戸市は,平成19,20年度において,原判決別表1「各団体への補助金等支出内訳(平成19年度)」及び原判決別表2「各団体への補助金等支出内訳(平成20年度)」の「団体名」欄記載の各団体(以下「本件各団体」という。)に対し,「支払日」欄記載の各年月日に,「支出金額」欄記載の各金額に相当する金員を補助金又は委託料として支出した(上記別表1及び別表2の「証拠等」欄記載の各証拠等。以下「本件公金支出」という。)。

(3)  監査請求

ア 控訴人ら及び選定者らは,平成20年9月16日,同月18日及び同月22日,神戸市監査委員に対して,神戸市が平成19年度及び平成20年度に財団法人Bなど外郭団体(同監査委員らは,これを本件各団体を指すと理解した。)に対し,派遣職員人件費相当額を補助金又は委託料として支出したこと又は支出しようとしていることは,地方公共団体が給与を負担する第三セクターへの職員派遣を原則として禁止し,職員を派遣する場合は派遣先が給与を負担する旨定めた派遣法の脱法行為であり,上記補助金等には地自法232条の2の公益性はなく違法であるから,本件各団体は受領した補助金又は委託料に相当する金員及び受領時からの年5分の利息を返還すべきであり,支出命令権者である神戸市長の地位にある者は,上記補助金又は委託料のうち本件各団体から返還されない額については神戸市に損害賠償すべきであり,平成20年度に支出予定の補助金又は委託料については支出すべきでないなどと主張して,かかる趣旨に沿った適切な措置を講ずることを求めて,住民監査請求を行った(甲1,2。以下「本件監査請求」という。)。

イ 神戸市監査委員らは,本件監査請求に対し,平成20年11月13日付けの監査結果において,委託料については監査の対象とせず,派遣職員人件費相当額を含む補助金の支出は違法な公金の支出とはいえず,措置の必要性を認めない旨判断し,控訴人らは,同月14日,同監査結果を受領した(甲1。弁論の全趣旨)。

(4)  訴えの提起

控訴人らは,平成20年12月11日,平成19年度の本件各団体に対する補助金又は委託料のうち派遣職員人件費相当額の支払請求をA及び本件各団体に対してすること及び本件各団体に対する平成20年度の上記相当額の補助金又は委託料の支出の差止めを求めて本件訴えを提起した(本件訴訟記録上明らかである。)。

(5)  権利放棄に係る条例の制定等

神戸市議会は,被控訴人(A)の提案を受けて,平成21年2月26日,「公益的法人等への職員の派遣等に関する条例の一部を改正する条例」の条例案を可決した(平成21年2月26日神戸市条例第28号。以下「本件改正条例」という。)。

本件改正条例附則5項は,「(不当利得返還義務等の免除)」との見出しが付され,「第1審における事件番号が神戸地方裁判所の平成▲年(行ウ)第▲号,平成▲年(行ウ)第▲号又は平成▲年(行ウ)第▲号である訴訟における請求に係る不当利得返還請求権及び損害賠償請求権(これらに係る遅延利息を含む。以下同じ。)その他平成14年4月1日から平成21年3月31日までの間に係る派遣先団体から派遣職員に支給された給与の原資となった本市から派遣先団体への補助金,委託料その他の支出に係る派遣先団体又は職員に対する本市の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権は,放棄する。」と規定する。

本件改正条例は,平成21年2月26日,被控訴人によって公布され,本件改正条例附則5項は,同年6月1日から施行された(同附則1項2号)。

(以上,甲96,99,乙2)

(6)  訴えの変更

控訴人らは,平成21年8月26日の原審第4回口頭弁論期日において,平成20年度の本件各団体への補助金等の支出の差止めを求める訴えを,平成19年度と同様に,各支出当時に神戸市長の地位にあったAに対して派遣職員人件費相当額を含む同補助金等に相当する金員及びこれに対する遅延損害金について損害賠償請求することを求め,補助金等を受領した本件各団体に対して同補助金等に相当する金員について不当利得返還請求すること及びこれに対する法定利息の支払を請求することを求める訴えに交換的に変更した(本件訴訟記録上明らかである。)。

3  争点

(1)  平成19年9月5日以前になされた本件公金支出に係る支出決定及び支出命令に関する監査請求期間遵守の有無

(2)  本件公金支出の違法性

(3)  本件公金支出当時の神戸市長(A)の責任の有無

(4)  本件改正条例による不当利得返還請求権及び損害賠償請求権の放棄の成否ないし本件訴えの利益の消滅の有無

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(平成19年9月15日以前になされた本件公金支出に係る支出決定及び支出命令に関する監査請求期間遵守の有無)

[控訴人らの主張]

平成19年度の本件各団体への補助金等の支出等は,年度末(平成20年3月末)に情報公開請求しても,「すべてを開示するには時間がかかる」というのがこれまでの神戸市当局の主張であったし,平成19年度の支出等は平成20年3月以降もなされることや,開示を求めても1,2か月かかることから,平成19年度分の上記支出等のすべてについて監査請求期間を遵守することは現実に不可能を強いるものである。控訴人らは,平成20年7月18日付で情報公開を求めざるを得ず,その開示を8月28日に受けて,その結果を知ってから66日以内の平成20年9月16日に監査請求を申し立てているのであるから,平成19年9月15日以前になされた本件公金支出に係る支出決定及び支出命令に関する監査請求期間徒過には正当理由があり,相当な期間内に監査請求を行ったものというべきである。

[被控訴人の主張]

控訴人らは,これまでも平成16,17年度の補助金を対象とする住民訴訟(第1審の事件番号が神戸地方裁判所平成▲年(行ウ)第▲号)を平成18年4月5日に,神戸市の20の外郭団体に対する派遣職員の人件費に関する平成17,18年度の補助金及び委託料を対象とする住民訴訟(第1審の事件番号が神戸地方裁判所平成▲年(行ウ)第▲号)を平成18年6月29日に,それぞれ提起してきており,これらの補助金等が当該年度の途中において随時支出されていること,当該年度に係るすべての補助金等について履行の届出及びその検査を経て支出が完了するのはおおむね翌年度の5月であること(地自法235条の5)を十分に知っていたのであるから,控訴人らは適時適切に公文書公開請求を行うことができたはずであり,そうであれば監査請求の期間を徒過することはなかったものである。

それにもかかわらず,公文書公開請求が遅れたため,本件支出を平成20年8月28日まで知り得なかったという控訴人らの主張は失当である。

(2)  争点(2)(本件公金支出の違法性)

[控訴人らの主張]

ア 神戸市の職員派遣先団体に支出された補助金又は委託料に派遣職員の人件費を含めることは,派遣法6条1項,2項の規制を潜脱するものであるから,本件における補助金及び委託料の支出は違法である。

すなわち,地方公共団体が派遣職員に対して給与を支給するためには,①派遣職員が派遣先団体において従事する業務が地方公共団体の委託を受けて行う業務,地方公共団体と共同して行う業務若しくは地方公共団体の事務若しくは事業を補完し若しくは支援すると認められる業務であって,その実施により地方公共団体の事務若しくは事業の効率的若しくは効果的な実施が図られると認められるものであること,又はこれらの業務が派遣先団体の主たる業務であること,②条例で定めること,の派遣法6条2項所定の2要件を要するが,本件公金支出は,この2要件を充たしていない。

そして,派遣法の要件を満たさない以上は,地方公共団体の職員として地方公共団体の事務を行っていない職員に,当該地方公共団体の職員としての給与を支給することは,ノーワークノーペイの原則に違反し,違法である。

イ 本件公金支出においては,公益上の必要性の判断をすることなく,すべての派遣職員の給与支給の代替としてその人件費相当額を補助金等によって支出しており,本件における補助金等の支出は違法である。

[被控訴人の主張]

ア 地自法232条の2は,「普通地方公共団体は,その公益上必要がある場合においては,寄附又は補助をすることができる。」と規定しているところ,寄附又は補助をする相手方の性質及びその業務の性質の一方又は双方が公益性を有し,当該寄附又は補助の対象とされる経費が当該公益性を実現するために支出されるものである限り,同条で許容された寄附又は補助に該当するものであって,これとは別に個別の補助対象経費の公益性,あるいは寄附又は補助をすること自体の公益性が問題となる余地はない。

イ 委託料とは,神戸市が事務処理をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾した場合に,神戸市が相手方に支払う当該事務を処理するについて要した費用及び報酬のことであり,派遣職員であるか固有職員であるかを問わず,当該事務を処理する職員の給与費相当額が当該事務を処理するために必要な経費であることに変わりないのであるから,その職員の給与費相当額が委託料に含まれるのは当然である。

神戸市は,民間等の専門的な技術や能力を活用し,効率的な市政運営のもとで良好な行政サービスを提供するため,事務事業の委託を実施しており,これらの委託事務の実施主体は神戸市であり,その内容は公共の福祉を実現するところにある。

本件の委託料を受けている本件各団体は,いずれも公共性を有し,神戸市の事務若しくは事業の効率的若しくは効果的な実施を図ることを目的とする事業を行っているものであるから,本件各団体との委託契約は適法であり,本件各団体が派遣職員の給与を支給するにあたり,その財源となる収入に神戸市からの委託料が含まれているからといって,派遣法の趣旨に反するものでない。

(3)  争点(3)(本件公金支出当時の神戸市長の責任の有無)

[控訴人らの主張]

前述したとおり,本件公金支出は派遣法の規定に違反する違法な財務会計行為であって,支出決定及び命令権者である神戸市長には故意があり,仮にそうでないとしても,重大な過失,少なくとも過失がある。

[被控訴人の主張]

巨額の予算を執行する市長が,軽過失によっても住民訴訟により損害賠償義務を負うということになると,積極的な事業あるいは新規の事業を行うことについて,行政が萎縮してしまい,結果的には住民福祉の後退となってしまうおそれがあるし,巨額の損害賠償義務は,市長の給与で賄いきれるわけもなく,その債務は一身専属のものではないこと,地方公共団体の一般職員は,故意又は重過失がなければ,国家賠償法上も(1条2項)損害賠償責任を負わないのに対し,長については,国家賠償法上は故意又は重過失がある場合に限定されるのに,地自法上の免責はなく,軽過失でも損害賠償責任を負うというのでは,権衡を失しているなど,これら諸点を考慮すると,市長の当該地方公共団体に対する賠償責任についても,地自法243条の2第1項後段の規定が適用されるべきであり,故意又は重過失を要件とするのが相当である。

しかるところ,神戸市長個人には,本件公金支出につき過失がなく,仮に過失があるとしても,重過失はないから,何ら損害賠償責任を負うものではない。

(4)  争点(4)(本件改正条例による不当利得返還請求権及び損害賠償請求権の放棄の成否ないし本件訴えの利益の消滅の有無)

[被控訴人の主張]

ア 仮に被控訴人が,本件の請求に係るA及び本件各団体に対する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権(その遅延利息を含む。以下,これらの各請求権を総称して「本件請求権」という。)を有するとしても,本件請求権は,以下に述べるとおり,本件改正条例によってすべて消滅し,本件訴えの利益も消滅した。

イ(ア) 本件改正条例附則5項は,まず,「第1審における事件番号が神戸地方裁判所の…平成▲年(行ウ)第▲号である訴訟における請求に係る不当利得返還請求権及び損害賠償請求権(これらに係る遅延利息を含む。…)…は,放棄する。」と定めているから,本件改正条例によって本件訴訟の当初の請求に係る本件請求権は消滅した。

(イ) 次に,変更後の訴えである平成20年度予算に係る本件請求権については,本件改正条例附則5項に規定する「平成14年4月1日から平成21年3月31日までの間に係る派遣先団体から派遣職員に支給された給与の原資となった本市から派遣先団体への補助金,委託料その他の支出に係る派遣先団体又は職員に対する本市の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権」に含まれており,同項の規定により放棄されていることは明らかである。

同項は,平成21年3月31日までに給与が支給されている限り,その原資となった補助金等である以上,その支出時期を問わず(ただし,同項の施行日である同年6月1日より前に支出されたものに限られる。),その支出に係る神戸市の派遣先団体等に対する不当利得返還請求権等を一律に放棄する旨規定するものである。

ウ 住民訴訟制度を設けるか否か,設けるとしてその内容をどのようにするかは立法政策の問題であり,現行制度は,地方公共団体の執行機関又はその職員の違法な財務会計行為を是正することを目的として,4つの訴訟類型を定めているのであって,議会の議決の是正を目的として定められたものではなく,議会の行為は住民訴訟の対象とはなっていない。したがって,住民訴訟の対象となっている(あるいはなった)権利の放棄が議会に諮られた場合,その権利放棄の可否は,もっぱら住民の代表である議会の良識ある合理的判断に委ねられているのであり,議会の議決について「公益上の必要その他合理的理由」を要件とすべき実定法上の根拠はない。

すなわち,住民訴訟は住民一人でも提起できるのであり,これを提起するについて「公益上の必要その他合理的理由」は必要とされておらず,その提起は偶発的なものであるから,住民訴訟が提起されたことにより,議会の議決権が「公益上の必要その他合理的理由」によって制限されるべき理由はない。そもそも,住民訴訟においては当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の存否が審理されるのに対し,議会においては当該権利を行使することの適否について,政治的・政策的判断がなされるのであって,適法な手続によって審議,議決されたものである以上,議会の自主性や自律権は尊重されるべきである。

エ 本件については,神戸市長個人が私的に領得した金員についての損害賠償請求権を放棄するものではないし,また,神戸市において実質的に損害はなく,神戸市議会の損害賠償請求権等の放棄の議決が,権限濫用となることはない。

本件訴訟において問題とされているのは,派遣法6条2項の規定に従うことなく,補助事業又は委託事業の対象経費の中に派遣職員の人件費相当分が含まれていたことであり,本件改正条例は,このような取り扱いが平成21年1月20日の大阪高裁判決(当庁平成▲年(行コ)第▲号)で違法と判断されたことを受けて,派遣法6条2項の規定に従い,上記派遣職員に対して直接給与を支給するために制定されたものである。

本件改正条例が平成21年2月26日に公布され,平成14年4月1日に遡及して適用された結果,平成14年4月1日以降の給与は神戸市が遡及して支給し,それぞれの該当職員が派遣先からそれまでに受領していた給与相当額を派遣先に返還し,神戸市は派遣先に交付していた補助金又は委託料中の該当職員の給与相当額を派遣先から返還を受けるべきところ,これを実施するための煩瑣な事務手続やそれに要する時間と経費,事実上の困難さ等を考慮して,本件改正条例が遡及適用される期間の給与については,派遣先から支給された給与を神戸市から支給されたものと同視して,上記のような現金の出し入れをせずに済ませるための法的処理として,派遣先に交付していた補助金又は委託料中の該当職員の給与相当額を派遣先から返還を受ける権利を放棄する旨が定められたものである。

したがって,上記の権利放棄によって,神戸市が不利益を被ることはないし,神戸市議会の本件請求権の放棄の議決が権限濫用となることはない。

オ また,議会が権利の放棄の議決をした場合は,執行機関による特段の意思表示は要しないし,仮に議決のみによって権利放棄の効果が発生しないと解したとしても,権利放棄を定めた条例の公布及び施行によりその放棄の効果が発生していることは明らかである。

カ 以上のとおり,上記議決により本件請求権は消滅したので,本訴の訴えの利益は消滅したというべきである。

[控訴人らの主張]

ア 本件公金支出は,派遣法6条や地自法232条の2に違反するものであり,本件請求権は,それについての判決が確定した日から60日以内に損害賠償金等が支払われないときはそれらを請求する訴訟を提起しなければならない(地自法242条の3第2項参照)ものであるから,地自法96条1項10号の「法律…に特別な定めがある場合」に該当し,かかる権利の放棄は議会が議決することができる事項ではなく,同議決があったとしても,本件請求権は消滅することはない。

イ 地自法14条1項は,「普通地方公共団体は,法令に違反しない限りにおいて…,条例を制定することができる。」と定める。

本件の場合,派遣法6条,地自法232条の2,地方公務員法24条1項という法律違反する本件公金支出により,神戸市に損害賠償請求権又は不当利得返還請求権が生じるのであるから,本件改正条例附則5項は法令違反であり,無効である。

ウ 確定判決によって義務を課された市長が,それにもかかわらず債権放棄の提案を議会にしたことは,その事務を誠実に管理,執行する義務(地自法138条の2)及び債権の保全,取立ての義務(地自法240条2項)を果たさず,公正,適切な債権管理を逸脱し,放棄の制度を濫用したものである。

エ 議会は,およそ公益性のない権利放棄はできない。住民訴訟における裁判所の判断を無にし,あるいは住民の訴訟遂行を阻害する目的での議決には公益性は認められない。本件改正条例の議決は,住民訴訟の遂行を阻害する目的でなされた議決であり,公益性は認められず,その効力はない。

本件改正条例による権利放棄は住民訴訟の趣旨に反する。

オ 議会による権利放棄の議決がなされたとしても,執行機関による行為を待たずに,権利放棄の効果が生じることはないというべきである。

カ 本件改正条例に関する議会の審議において,神戸市の副市長は,①各外郭団体において補助金,委託料を派遣職員の給与の財源とすることは違法ではない,②上告が棄却された場合には,その時点で派遣職員の給与相当額を含む補助金が執行できなくなり,派遣職員に給与を支給することができない,③外郭団体に対して直ちに莫大な額の不当利得返還請求をすると,外郭団体で行われている多くの公益性のある事業を実施することが困難になるなどと,多くの虚偽の説明を行った。しかしながら,①については,これまでの判決で損害賠償請求や不当利得返還請求が認容されていること,②については,派遣職員を外郭団体から引き上げて,本来の職場に戻して,市の仕事をしてもらえば,給与は支給できること,③については,神戸市の訴訟代理人が平成21年度の改正条例に記名がない多くの団体に市から現在も派遣職員が行っているが,彼らの給与は外郭団体に余剰金があるからそれで賄うと述べたもので,プロパーの職員の数倍もの高給を派遣職員に支払う余分な余剰金があるなら,不当利得返還請求の額も十分払えるはずであるし,今後もプロパーの職員を増やし公益的な事業を実施できることから,それらが虚偽の説明であることは明らかである。

神戸市当局は,議会に対してその判断を誤らせるような虚偽又は不当な説明をしたものである。

キ 地方公共団体(議会)が損害賠償請求権を放棄したからといって,財務会計上の行為等の違法性についての裁判所の審査を受ける権利までも消滅すると考える必要はない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(平成19年9月15日以前になされた本件公金支出に係る支出決定及び支出命令に関する監査請求期間遵守の有無)について

(1)  住民訴訟は,その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について適法と認められる監査請求をした場合において,提起することができるものである(地自法242条の2第1項)ところ,監査請求は,その対象とする財務会計上の行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは,正当な理由のない限り,これをすることができない(地自法242条2項)。

(2)  そして,本件監査請求は,平成20年9月16日以後になされたものであるから,平成19年9月15日以前の本件公金支出に係る支出決定及び支出命令を対象とする監査請求は,監査請求期間を徒過したものであり,不適法であるといわざるを得ない。

もっとも,本件訴えのうち特に請求の相手方を本件各団体とする義務付け請求については,本件公金支出に係る支出決定及び支出命令が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としていると解される余地があるが,当該監査請求については,上記怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。

けだし,地自法242条2項の規定により,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ,当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず,監査請求の対象を当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば,法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである(最高裁昭和57年(行ツ)第164号昭和62年2月20日第2小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。

この点,控訴人らは,本件公金支出は年度内には執行が完了しないことや,情報公開に時間がかかることなどから,控訴人らが神戸市から公文書の公開を得た平成20年8月28日までは,監査請求を行う基礎となるべき平成19年度の本件公金支出の具体的な内容をすべて知ることができなかったことを理由に,平成20年9月16日までに監査請求ができなかったことには正当事由があると主張する。

しかし,証拠(甲133)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人らの多くは,本件公金支出と同様の平成16年度から18年度の補助金の交付についても,本件と同様の住民訴訟を提起しているのであるから,その経緯に照らし,平成19年度分であっても,本件公金支出がいつ行われ,それに関するどのような公文書が存し,神戸市等の情報公開実施機関が当該情報を公開するまでにどの程度の期間を要するのかを知悉していると認められるのであって,平成19年9月15日以前になされた本件公金支出に関して,情報公開手続に1,2か月を要するとしても,その期間を見込んで,監査請求期間内に監査請求を行うことができるように情報公開手続を取ることは現実に可能であったと認められ,本件公金支出が平成19年の年度内に全てが行われないことや,情報公開手続に時間を要することは,控訴人らの監査請求期間徒過の正当事由とはならないというべきである。

そのほか,上記期間の本件公金支出について,地自法242条2項所定の期間内に監査請求をすることができなかった正当な理由があることを認めるに足りる証拠はないから,控訴人らの主張は採用することができない。

(3)  したがって,本件訴えのうち,平成19年9月15日以前になされた本件公金支出に係る支出決定及び支出命令に係る損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを被控訴人に対して求める訴えは,適法な監査請求を経ておらず,不適法であるというべきである。

2  争点(4)(本件改正条例による不当利得返還請求権及び損害賠償請求権の放棄の成否ないし本件訴えの利益の消滅の有無)について

(1)  まず,被控訴人は,本件訴えについては,本件請求権が本件改正条例により消滅したから,訴えの利益が消滅した旨主張するが,地自法242条の2第1項4号に基づき義務付けを求められた請求権の存否は本案の問題であるから,仮に訴え提起後に当該請求権が消滅しても訴えの利益は失われないというべきである。

よって,この点に関する上記被控訴人の主張は採用できない。

(2)ア  本件改正条例附則5項は,神戸市の行う私法上の請求権放棄の意思表示(民法519条にいう免除)を条例の形式で行うものであり,法規の性質を有しないと解されるが,私法上の請求権放棄は相手方に対する意思表示という単独行為によって,その法律効果が発生するものであるところ,条例も一定の範囲で一方的に権利義務を設定,制約する内容を含むことができ,公布及び施行という手段によってその効果が発生するものであるから,条例において権利放棄を行うことは,条例や権利放棄(債務免除)の意思表示の性質には矛盾しないと考えられるうえ,地自法96条1項は,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること。」(10号)を,「条例を設け又は改廃すること。」(1号)とともに,普通地方公共団体の議会の議決事項として規定しており,法令や条例の定めがある場合を除いて,広く一般的に地方公共団体の権利の放棄については,執行機関である地方公共団体の長ではなく議会の議決によるべきものとしていることからすると,地方公共団体が,条例の形式で特定の私法上の請求権を放棄し,又は一定の種類に属する私法上の請求権を一括して放棄することは可能であると解される。

そして,地自法96条1項10号が,権利放棄を議会の議決事項としたのは,住民意思をその代表者を通じて直接反映させるとともに,執行機関の専断を排除する趣旨を含むものであるから,議会の議決以外に執行機関の執行行為を要するものではないし,ましてや本件においては,条例の形式で権利の放棄が議決されているのであるから,当該条例の公布及び施行により,当該条例の効力発生に伴って,権利放棄の効果も当然に発生するものというべきである。

この点,控訴人らは,議会による権利放棄がなされたとしても,執行機関による行為を待たずに権利放棄の効果が生じることはないと主張するが,上述のとおり,本来執行機関の執行行為を要しないのみならず,本件の権利放棄は条例の形式で行われた意思表示であって,市長による条例の公布及び施行によって,その効果が生じていると解されるから,控訴人らの主張は採用できない。

イ  そして,本件請求権のうち平成19年度における補助金又は委託料の支出に係る不当利得返還請求権及び損害賠償請求権並びにこれらの遅延損害金請求権等は,本件改正条例附則5項の「第1審における事件番号が神戸地方裁判所の…平成▲年(行ウ)第▲号である訴訟における請求に係る不当利得返還請求権及び損害賠償請求権(これらに係る遅延利息を含む。…)」に該当し,また,本件請求権のうち平成20年度における上記同様の損害賠償請求権等は,同項の「その他平成14年4月1日から平成21年3月31日までの間に係る派遣先団体から派遣職員に支給された給与の原資となった本市から派遣先団体への補助金,委託料…の支出に係る派遣先団体又は職員に対する本市の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権」に該当する(平成20年度予算における本件公金支出のうち平成21年4月1日以降に支出決定,支出命令又は現実の支出がなされているものであっても,平成20年度,すなわち平成20年3月31日までに派遣職員に支給された給与の原資<支給後の補填の趣旨であるものも含む。>となっている限り,施行日である平成21年6月1日より前に支出されたものであれば,上記対象に含まれると解される。)ものであることは明らかである。

ウ  したがって,仮に,本件公金支出が違法であったことにより,神戸市が本件請求権を取得したとしても,本件改正条例の制定,公布及び施行によって,同市はこれを放棄したものというべきである。

(3)ア  控訴人らは,派遣法6条,地自法232条の2又は地自法242条の3第2項の各規定が存在することが,地自法96条1項10号の「法律…に特別な定めがある場合」に該当し,これらの規定にかかわる本件請求権については,議会で放棄の議決を行うことはできない旨主張する。

しかしながら,まず,地自法96条1項10号の「法律…に特別な定めがある場合」とは,地自法243条の2第3項の規定により監査委員が賠償責任があると決定した場合における議会の同意を得て行う職員賠償責任の免除(同条8項)などのように,その権利放棄の手続が法律等により別途定められているために,当該権利放棄について改めて議決を要しない場合をいうものと解され,逆に議会の議決によっても権利の放棄ができない場合をいうものとは解されない。

次に,地自法242条の3第2項は,同法242条の2第1項4号請求の判決に基づき,地方公共団体の長に,損害賠償請求等を行うべきことが義務づけられた場合に,長が当該損害賠償請求権等を目的とする訴訟を提起すべき期間等を定めたものであって,議会が当該請求権放棄を議決することを禁止した規定であるとは解されない。けだし,地自法242条の2第1項4号請求の判決の主文で命ぜられるのは請求又は賠償命令をすることのみであり,同判決に基づく地方公共団体の義務として地自法が規定しているものも請求,賠償命令,訴えの提起までであって,判決の取得まで義務づけられているわけではないから,議会の議決によって,上記損害賠償請求権等を放棄することは当然認められるものというべきである。

そのほか,派遣法6条,地自法232条の2に違反する公金支出によって生じた損害賠償請求権や不当利得返還請求権の権利放棄について,地自法その他の法律又は条例に特別な定めがあるとは認められない。

よって,控訴人らの上記主張は採用できない。

イ  控訴人らは,普通地方公共団体は,法令に違反しない限りにおいて,条例を制定することができるところ,派遣法6条,地自法232条の2,地方公務員法24条1項に違反する本件公金支出により,神戸市に損害賠償請求権又は不当利得返還請求権が生じるのであるから,本件改正条例附則5項は法令違反であり,無効であるとも主張する。

しかしながら,地自法96条1項10号は,放棄できる債権の種類,発生原因等を制限していないし,派遣法6条,地自法232条の2,地方公務員法24条1項は,地方公共団体の長による上記各規定違反行為によって発生した損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を,当該普通地方公共団体が放棄することを禁止する旨を明定しておらず,上記各規定が放棄を禁ずる趣旨と解することもできない。

なお,地方自治法施行令171条の7第3項は,地自法96条1項10号にいう債権放棄について議会の議決を要しない「政令上の特別な定め」に該当するが,同施行令171条の7は,同条1項又は2項に該当する場合以外に議会の議決を得て171条の6第4号所定の債権等を放棄することを禁止する趣旨とは解されないし,他に,本件請求権の放棄を禁ずる趣旨の法令の規定は見出せない。

したがって,上記各請求権の放棄を内容とする条例を制定すること自体が派遣法6条,地自法96条1項10号,232条の2及び地方公務員法24条1項又はその他の法令に違反すると解することはできないというべきである。

よって,控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ  控訴人らは,確定判決によって義務を課された神戸市長が,それにもかかわらず債権放棄の提案を議会にしたことは,その事務を誠実に管理,執行する義務(地自法138条の2)及び債権の保全,取立ての義務(地自法240条2項)を果たさず,公正,適切な債権管理を逸脱し,放棄の制度を濫用したものであると主張するが,本件に関する確定判決は存しないから,控訴人らの主張は前提を欠き,この点においてすでに失当である。

この点を措くとしても,地自法138条の2は,普通地方公共団体の執行機関がその任務を遂行していく上での当然の心構えを明らかにしたものであり,同法240条2項は,普通地方公共団体の長の債権管理に関する基本規定を定めたものであって,長の権限の範囲を画する規定ではないと解すべきである。したがって,普通地方公共団体の長がこれらの条文に違反して条例案を提案したというべき場合があったとしても,直ちに長の有する条例提案権の範囲を逸脱した無効な提案であるとはいえず,議会が当該条例案を議決しこれに基づく条例が公布,施行された場合,条例制定過程での手続的瑕疵により当該条例が当然に無効となると解することはできない。のみならず,後記オの認定説示のとおり,神戸市長において,本件請求権の放棄の提案を議会にするに当り,その権限を濫用して違法又は不当な動機・目的により権利放棄を内容とする条例案を提案し,議会に対してその判断を誤らせるような虚偽又は不当な説明をし,その結果,当該条例案を議決せしめたものとは認められないから,本件改正条例の制定,公布及び施行は有効であり,したがって,本件請求権は有効に放棄されたものというべきである。

エ  控訴人らは,議会は,およそ公益性のない権利放棄はできないところ,本件改正条例の議決は,住民訴訟における裁判所の判断を無にし,あるいは住民の訴訟遂行を阻害する目的でなされた議決であるから,公益性はないと主張する。

しかし,住民訴訟は,地方公共団体の執行機関又は職員による財務会計上の違法な行為又は怠る事実が当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害することにかんがみ,住民が提訴して,自らの手により違法の防止又は是正をし,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであるが,他方,住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることが妨げられる理由はない(住民訴訟が一審で勝訴し,控訴審で係属中,あるいはさらに勝訴判決が確定した後においても,勝訴判決に係る権利について,議決により放棄することを妨げられる理由はない。)。

すなわち,住民訴訟の対象となった個別的請求権の放棄の可否は,住民の代表である議会の良識ある合理的判断に委ねられているという他はないのであって,議会の議決が有効か否かを判断するにつき,控訴人らの主張する「公益上の必要性」なる概念をいれる余地はないというべきである。

のみならず,地自法96条1項10号には,「公益上の必要がある場合においては」との同法232条の2と同旨の文言が規定されておらず,他に権利放棄につき同法232条の2と同様の要件を定めた規定は存在しないこと,債務者に宥恕すべき事情が存する場合など積極的な公益上の必要性までは肯定できないものの,なお債権の一部放棄を許すことが不当とはいえないこともあると考えられること(公益上の必要性を上記有効要件としながら,このような場合も要件が充足されるとするのは,「公益上の必要性」の概念を著しく抽象化し,その要件としての存在意義を乏しくする。)など,寄附及び補助金と権利放棄とでは同一に論じられない面があることも併せ考えると,上記控訴人らの主張はたやすく採用することができない。

オ  なお,控訴人らは,本件改正条例による本件請求権の放棄は,公益性や住民訴訟の趣旨に反するなどとして,議決権の濫用を主張するようであるので,念のため付加判断する。

証拠(甲99,135,乙14,15)及び弁論の全趣旨によれば,本件改正条例は,これまでに控訴人らの多くが原告として提起した本件訴訟と同旨の住民訴訟において,神戸市の外郭団体に対する派遣職員の給与相当額を含んだ補助金等の支出が派遣法の趣旨に反する違法な公金支出に該当するという判決がなされたこと(当庁平成21年1月20日付。平成▲年(行コ)第▲号,第▲号)を踏まえて,本件公金支出に,派遣職員の給与相当分が含まれていたことについて,派遣法6条2項の規定に沿うように,派遣法施行時点(平成14年4月1日)に遡って,本件公金支出の相手方の法人を派遣法6条2項の派遣先団体に含める形に条例の定めを整えたものであり,これによれば,それらの法人がいずれも派遣法の規定に沿った公益法人等であることが議会で追認されたものと認められる。そして,本件改正条例8条の2によって,神戸市は,本件公金支出の相手方(C株式会社を除く)を条例に規定することによって,本件公金支出の相手方が,派遣法6条2項に基づき直接給与を支給することができる派遣職員に係る派遣団体とされることから,既に補助金等によって神戸市から派遣職員の給与相当が支払われている部分について,神戸市から派遣職員に対して直接給与を支給することに振り替えることの代替措置として,本件改正条例の附則4条において,適用期間(派遣法施行時から本件公金支出が行われたときまでを指すと解される。)においては,派遣先団体から給与の支給を受けた派遣職員に対して神戸市から遡及して給与の支給を行わないこととする一方で,派遣先団体に対して不当利得返還請求権を行使せず,同附則5条において,本件請求権等を放棄する旨を定めたものであるから,神戸市が一方的に本件公金支出の相手方に対する不当利得返還請求権を放棄したものではなく,当該相手方への派遣職員に対する神戸市の給与支払債務も免れる措置が講じられているものであることが認められる。

(なお,C株式会社は,本件改正条例によって,派遣法10条1項の特定法人として認められ,その業務の公益性が確認されていることからすると,補助金等の支出にも,その公益性が認められ,地方自治法232条の2の要件を満たすものと解される。なお,補助金等に派遣職員の給与が含まれているとしても,派遣職員は,派遣法10条1項が遡及的に適用されていることからすると,いわゆる退職派遣の形式であって,法的には地方公務員の地位を喪失していると認められるので,上記補助金等の支出については,地方公務員法24条1項違反や派遣法潜脱の問題は生じない。)

以上によれば,本件請求権の放棄を含む本件改正条例の議決は,本件に先行した住民訴訟の結果を踏まえて,その訴訟における裁判所の判断を尊重する形で,従来派遣法上疑義のあった神戸市の外郭団体に対する派遣職員の給与相当額を含んだ補助金等の扱いを是正するとの趣旨及び目的により行われたものと認めるのが相当であって,本件における控訴人らの訴訟追行を阻害する目的でなされたものとは認められない。

そのほか,本件の全証拠によっても,不当利得返還請求権の相手方を不当に優遇し,神戸市の財政に過大な負担を与えるようなものとは認められないから,本件改正条例の議決は議決権の濫用にはあたらず,本件改正条例の効力を否定すべき根拠はないというべきである。

さらに,控訴人らは,本件改正条例の議決にあたって,議会の審理を誤らせる虚偽の説明が神戸市当局からなされた旨をるる主張するが,いずれも独自の見解であり,また,本件の全証拠によっても,上記議決にあたって,神戸市当局から虚偽の説明がなされ,その結果,議会の議決が一方的な情報のみに基づいてなされたとは認められない。

カ  控訴人らは,地方公共団体(議会)が損害賠償請求権を放棄したからといって,財務会計上の行為等の違法性についての裁判所の審査を受ける権利までも消滅すると考える必要はないと主張する。その趣旨は必ずしも定かでないが,地自法242条の2第1項4号に基づく義務付け請求の対象となる請求権が実体法的に消滅している場合には,同義務付け請求を棄却するほかないことは明らかであり,そのことは,控訴人らのいう財務会計上の行為の違法性等について裁判所の審査を受ける権利を住民が有するとしても変わらない。

(4)  以上によれば,仮に神戸市が本件請求権を有していたとしても,本件請求権は本件改正条例附則5項の制定により,すべて放棄され消滅したというべきであるから,控訴人らの本件請求権行使の義務付けを求める請求は,いずれも理由がないというべきである。

3  よって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 大西忠重 裁判官 中村昭子)

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