大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成21年(行コ)26号 判決 2009年7月08日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  (主位的請求)

奈良市長が控訴人に対し平成19年8月21日付けでした廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)19条の5第1項の規定に基づく措置命令が無効であることを確認する。

2  (予備的請求)

上記措置命令の取消請求を却下した原判決を取り消し,同措置命令を取り消す。

第2事案の概要

1  控訴人は,平成17年9月25日から平成19年1月22日までの間,有限会社A(旧商号・有限会社B)に工場長として勤務していた(甲21,22,乙17)。Aは,廃油の再生加工業等を目的とする会社であり,廃油処理の過程で排出される硫酸ピッチ等の産業廃棄物の処理を処理業者にすべて委託せず,これをドラム缶に詰めて奈良市内の土地に放置していた(乙6ないし17。枝番を含む。)。

控訴人は,平成19年8月21日付けで奈良市長から廃棄物処理法19条の5第1項の規定に基づく措置命令(甲1。本件措置命令)を受け,平成20年5月7日付けで奈良市長から同法19条の8第5項,行政代執行法5条の規定に基づく撤去費用の納付命令(甲2。本件納付命令)を受けたため,これらの処分の取消しを求める本訴を提起した。

原審は,本訴のうち本件措置命令の取消しを求める部分は出訴期間の経過後に提起されたもので,出訴期間の徒過につき正当な理由(行政事件訴訟法14条1項ただし書)がないから不適法であるとしてこれを却下し,本件納付命令の取消しを求める部分については訴えの利益は認められるものの,控訴人が本件納付命令自体の違法性の主張をしないため,その主張自体が失当で理由がないとしてこれを棄却した。

控訴人は,原判決のうち本件措置命令の取消しの訴えを却下した部分についてのみ控訴を提起し,当審において,本件措置命令の無効確認の訴え(行政事件訴訟法36条)を追加して同命令の無効確認請求を主位的請求とし,取消請求を予備的請求とする旨の訴えの変更をした。

2  前提事実は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の2に記載のとおりである。

3  争点及び当事者の主張は,次のとおりである。

(1)  主位的請求(本件措置命令の無効確認請求)の関係

ア 訴えの追加的変更の可否

(ア) 被控訴人の主張

第1審判決が訴え却下判決の場合における控訴審の審判の対象は,原則として訴え却下の当否に限られ,控訴審が第1審判決を相当と認めるときは控訴を棄却し,その判断を不当として第1審判決を取り消す場合には,原則として自ら請求の当否の審理に入ることなく事件を第1審に差し戻さなければならない(民事訴訟法307条)。この点,最高裁判所平成5年12月2日第1小法廷判決(判例時報1486号69頁)は,養親子関係存在確認の訴えを却下した第1審判決に対する控訴審で,控訴人(第1審原告)が予備的に離縁無効確認の訴えを追加する旨の訴えの変更を申し立てた事案につき,第1審裁判所が当事者双方の申請に係る証拠のすべてを取り調べるなどして事実関係についての審理を遂げており,被控訴人(第1審被告)が控訴審における訴え変更の申立てについて特に異議を述べていないなどの事情が認められる場合には,訴え変更の申立てを許すことによって被控訴人(第1審被告)の審級の利益を害することがなく,訴訟手続を遅滞させるおそれもないとして,訴え却下の第1審判決に対する控訴審における訴えの変更を許容している。本件の場合,第1審では事実関係についての審理が全く行われておらず,被控訴人は控訴人の当審における訴えの追加的変更に異議があるから,訴えの追加的変更は許されない。

(イ) 控訴人の主張

控訴人は,原審の段階から,控訴人がAに就職する前から硫酸ピッチ等が存在したこと,控訴人がAの一従業員にすぎず,就職後に新たに排出された硫酸ピッチ等は被控訴人の指導の下で適切に処理していたため,控訴人は廃棄物処理法19条の5第1項にいう「処分者等」には当たらない旨を主張しており,当審で全く新しい主張をしているわけではないから,被控訴人の主張は失当である。

イ 無効確認の訴えの適否

(ア) 控訴人の主張

行政処分の無効確認請求の訴えの原告適格(訴えの利益)は,①当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者,②その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求める法律上の利益を有する者で,当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに認められる(行政事件訴訟法36条)ところ,控訴人は,本件措置命令に続く本件納付命令により損害を受けるおそれがあるから,①の場合に該当するし,本件措置命令の無効が確認されることにより,本件納付命令の無効も確認できることになるから,②の場合にも該当する。

(イ) 被控訴人の主張

本件措置命令の取消しの訴えが出訴期間の徒過により不適法なものであるとしても,本件納付命令の違法性を主張してその取消しを求める余地はあるから,上記①の場合には該当しない。また,奈良市長は,廃棄物処理法19条の8第1項の規定に基づき,平成20年4月23日から同年7月31日までの間に硫酸ピッチ等の撤去を完了した(乙18の1・2)から,本件措置命令の効果はなくなっており,控訴人に本件措置命令の無効を確認することによって回復すべき法律上の利益はなく,上記②の場合にも該当しない。

ウ 本件措置命令の無効性(違法性及び瑕疵の重大明白性)の有無

(ア) 控訴人の主張

後記(2)イのとおり,控訴人は廃棄物処理法19条の5第1項にいう「処分者等」には当たらないから,本件措置命令は廃棄物処理法の解釈・適用を誤った違法なものであり,被控訴人は調査の過程でそのことを十分認識していたから,その瑕疵は重大で明白である。

(イ) 被控訴人の主張

後記(2)イのとおり,本件措置命令は違法なものではなく,その瑕疵が重大で明白であるともいえない。

(2)  予備的請求(取消請求)の関係

ア 本件措置命令の取消しの訴えの適否

双方の主張は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の3(1)に記載のとおりである。

イ 本件措置命令の違法性

双方の主張は,原判決6頁10行目の末尾に「すなわち,廃棄物処理法19条の5第1項にいう「処分者等」の該当性について指針を示した平成17年8月12日付け環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部産業廃棄物課長の「行政処分の指針について(通知)(乙5)では,不適正処分が法人の業務として行われた場合には,不適正処分を行った個人(従業者・役員)及び法人も「処分者等」に該当するとされ,上記の業務として行われた場合とは,従業者の行為が事業主の本来の業務内容の一部をなす場合のほか,その行為の経過,状況,その行為がもたらす効果,従業者の意思,地位などの諸事情に照らし,その行為が事業主の業務活動の一環として行われたと判断される場合をいうとされているところ,被控訴人が提出した各証拠(乙6ないし17(枝番を含む。))によれば,控訴人が上記指針にいう「不適正処分を行った従業者」に該当し,したがって廃棄物処理法19条の5第1項にいう「処分者等」に該当することは明らかである。」を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の4(1)に記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  主位的請求(無効確認請求)について

一般に,請求の基礎に変更がなく,著しく訴訟手続を遅滞させることにならなければ,控訴審の口頭弁論終結時まで訴えの変更が許される(民事訴訟法143条1項)。このように原則として控訴審でもその口頭弁論終結時まで訴えの変更が許されるのは,新請求について第1審が欠けることになるものの,請求の基礎が同一であることにより,実質的に第1審の審理があったものといえるからである。ところが,本件のように第1審判決が訴え却下判決の場合には,この理は当てはまらない。すなわち,第1審判決が訴え却下判決の場合における控訴審の審判の対象は,原則として訴え却下の当否に限られ(本件では,予備的請求とされた取消請求の訴えの適否がこれに該当する。),控訴審が第1審判決を相当と認めるときは控訴を棄却するにとどまるし,その判断を不当として第1審判決を取り消す場合には,自ら請求の当否について本案判決をすることになれば本案について第1審の審理が欠落し,当事者の審級の利益を害することになるため,原則として自ら請求の当否の審理に入ることなく事件を第1審に差し戻すだけである(同法307条)から,特段の例外的事情のない限り,訴えの変更は相手方の審級の利益を害し,許されないと解すべきである。被控訴人の指摘する平成5年の最高裁判所判決も,この趣旨を当然の前提としつつ,例外的に控訴審で訴えの変更が許される場合を説示したものと解されるところである。

これを本件についてみると,控訴人の指摘するように,本件措置命令の違法性については,被控訴人は原審の当初から出訴期間経過による訴えの不適法を主張していて,上記最高裁判所判決が例外となる場合として挙げたような事情はない。すなわち,前提となる事実関係についての審理は全く行われておらず,被控訴人は控訴人の当審における訴えの追加的変更に対し明示的に異議を述べている。そうすると,控訴人が当審でした訴えの追加的変更を許すことはできない(同法143条4項)。

2  予備的請求(取消請求)について

当裁判所も,本件措置命令の取消しの訴えは出訴期間の経過後に提起されたもので,出訴期間の徒過につき正当な理由(行政事件訴訟法14条1項ただし書)があるとは認められないから,不適法な訴えとしてこれを却下すべきものと判断する。その理由は,原判決7頁12行目の「原告」の前に「名宛人として」を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄の1記載のとおりである。

3  結論

よって,控訴人の当審における主位的請求(無効確認請求)を追加する旨の訴えの変更は許されず(この点は特に本判決主文には掲げない。),原審からの請求である控訴人の予備的請求(取消請求)に係る訴えは不適法であるからこれを却下すべきであり,これと同旨の原判決部分は相当であるから,本件控訴を棄却することとする。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 高橋善久 裁判官 前原栄智)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例