大阪高等裁判所 平成21年(行コ)32号 判決 2010年4月27日
主文
1 原判決中、滋賀県選挙管理委員会委員長に対する原判決別紙目録記載の月額報酬の支払の差止めを命ずる部分を取り消す。
2 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 控訴人のその余の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを26分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略称は原則として原判決のそれによる。)
本件は、滋賀県の住民である被控訴人が、滋賀県労働委員会、滋賀県収用委員会及び滋賀県選挙管理委員会の各委員(会長、委員長を含む。本件委員ら)に報酬を月額で支給する旨を定めている「滋賀県特別職の職員の給与等に関する条例」(本件条例)の規定(1条、4条。本件規定)が、地方自治法(法)203条の2第2項等に違反し無効であると主張して、滋賀県知事である控訴人に対し、各委員への月額報酬の支出の差止めを求めた事案である。すなわち、法203条の2第2項は、その本文において委員会の委員などの非常勤職員の報酬は勤務日数に応じて支給する旨を定め、そのただし書において、条例で特別の定めをした場合はこの限りでないとしているところ、被控訴人は、本件委員らについては、その勤務の実態に照らせば、法203条の2第2項ただし書によって条例で特別な定めをすることができる場合に当たらないから、本件規定は法203条の2第2項に違反し無効であると主張した。
これに対し控訴人は、本件規定は、法203条の2第2項ただし書により条例で特別な定めをしたものであり、同項ただし書により許容された場合に当たるから、同条2項に違反せず無効ではないと主張して、被控訴人の主張を全面的に争った。
原審裁判所は、被控訴人の主張を認め、本件委員らの勤務の実態に照らし本件規定は法203条の2第2項に違反し無効であるとして、支出の差止めを命じたので、控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。
1 「前提事実」、「争点及び争点に関する当事者の主張」は、次の(1)から(10)までのように原判決について付加訂正をし、後記2、3のように控訴人の当審における主張及び被控訴人の当審における主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の2、「第3 争点及びこれに関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁8、9行目の「労働委員会、収用委員会及び選挙管理委員会の各委員(以下「本件委員ら」という。)」を「労働委員会、収用委員会及び選挙管理委員会(以下この3委員会を併せて「本件各委員会」ということがある。)の各委員(収用委員会の会長、選挙管理委員会の委員長を含む。以下「本件委員ら」という。)」に改める。
(2) 原判決2頁13行目の次に改行して次のように加える。
「(なお、労働委員会の委員及び収用委員会の委員は、常勤とし得るが〔労働組合法19条の12第6項、19条の3第6項、土地収用法52条7項〕、滋賀県においては全員が非常勤である。)」
(3) 原判決4頁10行目の「月額報酬を支給する旨」の次に「(以下この方式を「月額報酬制」という。)」を加える。
(4) 原判決4頁12行目の「本件口頭弁論終結時において」を「当審の口頭弁論終結時において」に改める。
(5) 原判決4頁21行目から23行目までを次のように改める。
「本件訴訟の争点は、本件規定に基づく本件委員らに対する月額報酬の支給(以下「本件公金支出」という。)の差止めの可否であるが、より具体的には、本件規定の定める本件委員らに関する月額報酬制が、法203条の2第2項ただし書によって条例で特別の定めをすることができる場合に該当して適法かどうかという点にある。
これら争点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。」
(6) 原判決9頁22行目の「労組法」の次に「19条の12第6項、」を加える。
(7) 原判決6頁19行目、7頁1行目、同9行目、同14行目、9頁2行目、11頁4行目、12頁15行目、14頁10行目の各「月額等報酬制」を「月額報酬制」に改める。
(8) 原判決13頁10行目の「法」の次に「193条、」を加える。
(9) 原判決13頁13行目の「法」の次に「182条5項、」を加える。
(10) 原判決13頁16、17行目の「241条2項」を「241条2号」に改める。
2 控訴人の当審における主張(法203条の2第2項ただし書の趣旨)
(1) 法203条の2第2項ただし書の趣旨
ア 法203条の2第2項ただし書(以下「本件ただし書」ということがある。)による特別な定めをどのような場合に行うかは、地方議会の判断にゆだねるとするのが、同ただし書の趣旨であって、その判断に当たって、非常勤の職員について、どのような要素を考慮して「特別の定め」を置くものとするかは、各地方議会の自律的判断にゆだねられており、非常勤の職員について、勤務の実態がほとんど常勤の職員と異ならない場合でない限り、特別の定めをすることができないということはない。
非常勤職員の報酬が勤務実績に対する反対給付の性格を有することは、支払方法とは別の問題である。日額であろうと月額であろうと報酬そのものの性格は変わらない。本件ただし書は、控訴人の主張するように生活給の支給を可能にする規定ではなく、条例で非常勤職員の報酬を月額で支払うことができるとする規定なのである。
条例で特別の定めを置くことができるのが、勤務の実態がほとんど常勤の職員と異ならない場合に限られるとする根拠は存しない。法203条の2第2項本文の原則規定が存することと、例外を定める場合に制限があるか否かあるいはどのような場合に例外の設定が可能であるかとは、別個の問題であって、非常勤の職員に対する報酬が勤務日数に応じて支払うのが原則となるということから、当然に常勤職員と同視し得る勤務実態がある場合にのみ、月額支給ができるということにはならない。
各地方公共団体は、業務の繁忙度等による勤務実態のみでなく、各委員の業務・職務の種類・内容や特性、権限の範囲・内容や性質、当該委員が負うことになる職責や制限の内容や範囲、さらには、各自治体における財政の状況、適性を備えた人材の確保の必要性などの多様な要素を勘案した上、その自立的な判断の下に、条例による特別な定めによって、勤務日数によらない報酬の支給が可能というべきである。
イ 立法過程からの考察
昭和31年の地方自治法改正の際、当初、政府は改正法203条2項につき本文(現在の法203条の2第2項本文)のみを改正案として提出したが、審議の過程で議員修正案としてただし書が加えられた。そのただし書は「常勤にできない委員に対しては、その業務の繁忙度等から、勤務実態が常勤の職員と異ならないといえる場合に限り、条例で特別の定めをすることができる。」などと、条例の定めを限定する趣旨で提案されたものではない。審議の経過において、「特別の定め」による例外が行われる対象として念頭に置かれ議論されたのはもっぱら執行機関である委員会の委員についてであり、これらの委員が法律に別異の規定がない限り非常勤であることは、当時既に規定されていた(昭和27年法律第306号で定められた。)ところであって、昭和31年改正はこれを前提に審議されたのである。
特別の定めがどのような場合にされると想定されるかについても、審議当時言及され、確かに事務の繁閑も挙げられたが、それに限られるとする趣旨であるとする発言はなく、むしろそのような要素も含めて、各委員の報酬をどのように定めるのかの判断は、あくまで地方自治体に任せる旨が説明され、それらを前提にただし書を加えた修正案が採決されたのである。
要するに、法203条の2第2項は、法案を提出した政府が「地方における行政委員会たる委員会の各委員を含め、非常勤の職員については、すべて国の委員会の委員と同様に『勤務日数に基づいて定める』ことを条例制定の際の義務づけとした上で(日額としての)金額の設定については各自治体の自立的判断を認める。」という趣旨のもとに提案したのに対し、国会において、上記の枠組みが否定され「日額とするかそれ以外の支給方法とするかをも含めて各自治体の判断に任せる。」こととしてただし書が加えられ可決されたのである。
ウ 自治庁の通達について
「地方自治法の一部を改正する法律及び地方自治法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理に関する法律の施行に関する件」(昭和31年8月18日自乙行発第24号各都道府県知事あて自治庁次長通知)において、昭和31年改正による地方自治法203条ないし204条の2の改正について、同203条2項の規定は、非常勤職員に対する報酬が、勤務に対する反対給付としての性格を有することにかんがみ、当該報酬の額は具体的な勤務量、すなわち、勤務日数に応じて支給されるべき旨の原則を明らかにしたものであるが、ただし、非常勤職員の勤務の態様は多岐にわたっているので、特別の事情のあるものについては、この原則の例外を定めることができる。」とするものである。特別の定めをすることができる例外について「非常勤の職員の勤務実態が常勤の職員と異ならない場合」に限られるとするものではない。法律の制定に関与した自治省が、現実に給与・報酬に関する事務の取扱いに当たる地方公共団体にあてて行った通知においても、控訴人の主張するような限定された内容は何も述べられていない。
上記通知に先立つ横浜市の「日額とすべきか、月額とすべきかの判断の具体的基準をご指示願いたい。」との照会に対し、自治庁は、「報酬を日額をもって定めるか月額をもって定めるかは、その者の職務内容及び勤務態様等を考慮して具体的実情に応じ自主的に判断すべきものである。」と回答した。繁忙度はひとつの要素であるが、職務内容やその他の要素も考慮して具体的実情に応じ自主的に判断すればよいとされたのである。
なお、後記のとおり、国は滋賀県が本件各委員会の委員につき滋賀県が条例で報酬を月額で支給することを前提として相応する地方交付税を交付している。
エ 「特別の定め」を行う場合の条例制定権の制限について
「特別の定め」を行い得るのが「特別な事情がある場合」であるとしても、当該非常勤職員の職務における様々な性質のうち、どのような点を「特別な事情」ととらえて「特別の定め」を行うこととするかという判断そのものが、法律により当該地方公共団体にゆだねられているのであり、当該判断(条例の制定)について司法がこれに立ち入って無効とすることができるものではない。
仮にそうでないとしても、地方公共団体の条例制定権が憲法上の権能として認められていることにかんがみると、当該判断が一見して明白に不合理と認められるような場合でない限り、当該条例が違法・無効とされるものではない。
条例制定権は法令に反しない限り認められるものであるが、本件ただし書の規定自体に明示されていない制限を受けると解すべきいわれはない(被控訴人の主張するような制限があるのであれば、ただし書を付加するにあたりこれを明示することは可能であったが、そのような明示はされなかった。)。
法1条の2は「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」として特に地方公共団体の自主性をうたっており、また、法2条13項は「地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、及び運用するようにしなければならない。」と定めているところである。控訴人の法203条の2第2項の解釈は上記各規定の趣旨に反する。
(2) 各委員の職責について
本件各委員会は、不断に行使される行政権の一部を担当する執行機関であり、これらの委員の職務は、単に勤務日に労働を提供するという性質のものではなく、極めて多様な権限を有し、その職責は重大であり、しかも委員に課せられる各種制限と共に任期中不断にその職責を負っている。また、各委員においては、取扱事件等は申立件数に左右されるとしても、申立て等には常に備えているのであって、いわば潜在的待機状態というべき制限がある。これらの職責、制限は勤務日数の多寡によって評価しきれないし、評価すべきものでもない。付属機関の委員などは、行政委員会の委員のように常時権限を有し、責任を負っているわけではないことから、滋賀県においてもすべて報酬は日額により定められている。
各委員の職責や任期中の各種制限を顧みることなく「業務の繁忙度からして常勤と同様といい得る勤務の実態」があるか否かという基準のみをもって本件規定が法203条の2第2項に反するか否かを判断すべきではない。滋賀県議会は、これらの行政委員会委員の職務の内容、職務上の義務及び地位等にかんがみ、各委員の報酬を月額によるものと定めているのであって、これが違法とされる理由はない。
(3) 滋賀県の行政委員会委員の報酬の定め、改定について
滋賀県の特別職の職員のうち、議会議員の報酬及び知事、副知事の給与については、これらを審議する諮問委員会としての報酬審議会が設置され、その意見を経て報酬についての条例案が提出される。行政委員会委員を含む非常勤特別職の職員については、同審議会の意見を経た内容を踏まえ、自治省の資料にかかる数値や他府県における報酬額の状況、また前回の改定時と比較し、各委員の職務の内容・実情に大きな変化があるか否かを総合的に勘案して行政委員会の委員らに係る報酬額の改定案が滋賀県の人事課において検討作成される。報酬は、具体的に上記三役における改定率から乖離しないこと、人口、財政規模の類似する他の地方公共団体との間で大きく違わない範囲で、前回改定時と比較して、法令等により各委員の職務の内容が追加された場合や、事案増加による負担等が認められる場合に、見直され改定される。滋賀県の行政委員会委員の月額報酬基準は、全国の水準からしても裁量の範囲を超えるものではない。
現行の報酬条例に基づく月額報酬額による各委員会委員への年間の報酬総額は、労働委員会が3532万8000円、収用委員会が1725万6000円、選挙管理委員会が998万4000円であるが、これらに対し、国は、委員の報酬を月額制とすることを前提とした地方交付税の算定基準に基づき地方交付税を交付している(その額は、平成18年度では労働委員会につき2844万円、収用委員会につき1318万8000円、選挙管理委員会につき753万6000円であった。)。
3 被控訴人の当審における主張
本訴訟の法律上の争点は、法203条の2第2項ただし書によって、非常勤の職員について条例で月額報酬を支給するために、「常勤の職員と同じ勤務実態にある」という特別の事情を必要とするか否かである。
(1) 法108条の5第5項は「行政委員は非常勤とする。」と定めているのであり、憲法94条が法律の範囲内で条例を定めることができるとした趣旨からすると、法203条の2第2項ただし書の特別の定めをすることができるのは「特別の事情がある場合」に限られると解するほかない。
(2) 常勤職員に対する給料と異なり、非常勤職員に対しては生活給を支給する必要がないのであるから、月額制とする実質的根拠は存しない。法203条の2第2項本文は、報酬の日数払の原則を規定することにより、非常勤の委員に対する報酬が常勤職員の生活給のような性格を有するものではなく、純粋に勤務に対する反対給付として支給されるものであることを明らかにするものである。控訴人は、地方自治体が本件ただし書に基づき特別の定めを行うには特段の制限はないか、仮にあるとしても地方自治体は広範な裁量権を有すると主張するが、そのように解したのでは、法203条の2第2項本文は全く意味を持たないことになる。
控訴人は、委員が「潜在的待機状態」にあることをもって、月額制に合理性があると主張するが、潜在的待機というのは、たとえば「年末年始の休みにも自宅にいることを命じられ、海外に行けない」という状態をいうのであって「ファクシミリや電話がある、事務局が打ち合わせに来る」程度の状態を「潜在的待機状態」などとはいえない。
(3) 昭和31年改正の際、本件ただし書を付加修正するにつき、提案者を代表して説明した鈴木直人衆議院議員は、同提案が「改正案の根本に触れるものは一つもないのでありまして」と説明し(昭和31年5月15日衆議院地方行政委員会)、その後参議院の地方行政委員会においても、「非常勤職員に対する日割り計算という原則は堅持するが、勤務の実情等特別の事情がある場合においては、特に条例をもって規定することにより勤務日数によらないで月額または年額によって報酬を支給することができる」、「非常勤に対する報酬を日割計算とするという原則は堅持するが、勤務の実情等特別の事情がある場合においては、特に条例をもって規定することにより勤務日数によらないで月額または年額によって報酬を支給することができるものとし、地方公共団体が特定の職員について実情によって特別の取扱いをできるようにされたのであります。」と説明し、さらに「203条の政府案を見まするというと、原則は破らなくてもいいのではないか……それらの委員会の現状を見ますというと、選挙管理委員会におきましては性格も相当違いますし、また勤務状態も、委員長その他ほとんど毎日出られまして、事務をしておられるという所もあるのでございます。もちろん全国の例をとりますと、そうでない所もございますが、そういうような、各地方団体の実情に即しまして、地方団体自身が月給制でやった方がよろしい、あるいは日当的な手当をやるにしても、その日、その日に支給しなくて、それを月に合計をして計算して、日給制にするようなことをやっておる所もございますし、それぞれの地方公共団体の自主的なやり方にまかせていくことが、現実に即した地方団体の運営であろう、こう考えまして、例外を設けたわけでございます。」と説明した(昭和31年5月21日参議院地方行政委員会)。
以上のとおり、審議の経過をみても、国会では、ただし書を付加する修正案が提案された後も、特別の事情がある場合に、条例で例外を定めることができるとしたのであって、地方自治体に無限定に特別の定めをする権限を与えたものではない。
(4) 控訴人の引用する昭和31年の自治庁次長通知にも、「本改正は、非常勤職員に対する報酬が、勤務に対する反対給付たる性格を有することにかんがみ、当該報酬の額は具体的な勤務量すなわち勤務日数に応じて支給されるべき旨の原則を明らかにしたものであること。ただし、非常勤職員の勤務の態様は多岐にわたっているので、特別の事情のあるものについては、右原則の例外を定めることができるものであること。したがって、本改正を機会に非常勤職員等の従来の給与上の取り扱いについて再検討を行うようにされたいこと。」と明記されている。同通知にも、特別の事情の有無にかかわらず、条例で一律に月額制にすることまで裁量にゆだねるなどとは明記されておらず、かえって、従来の委員等の報酬を月額で支払っていた取扱いを見直し、特別の事情があるものにつきこれを認めるよう求めるものである。
第3当裁判所の判断
1 公務員の常勤職員及び非常勤職員の給与等に関する法令の規定は、原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の1の説示のとおりであるから、これを引用する。
2 国及び地方公共団体の委員等の非常勤職員及び一般職職員の報酬・給与に関する法令の変遷
本件訴訟の争点を決する上で前提となる本件ただし書の意味内容を確定するためには、委員等の非常勤職員の特質、公務員法上の位置付け、他の職員との異同等を踏まえてこれを検討する必要がある。そこで、このような観点から、標記の事項について以下において検討する。
(1) 国家公務員における委員等の非常勤職員の給与等に関する法令の変遷
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 国家公務員法施行前においては、委員、顧問、参与等の地位に就くことは、国家公務員として任用されることではなく、単にその名称に表徴される特定範囲の国の事務を委嘱されることであると理解されていたため、これらの者に対しては、給与でない謝金としての委員手当等が支払われていた。また、官吏以外の雇傭人は、機関の長との間の私契約に基づくものとされ、その給与は、機関の長の裁量により適宜決定されていた。
昭和23年1月から適用された戦後最初の統一的給与法である「政府職員の新給與実施に関する法律(昭和23年法律第46号。以下「新給与実施法」という。)においても、当初は非常勤職員の給与についてはその定めがなく、従前の取扱いがそのまま踏襲されていた。
イ ところが昭和23年7月1日に施行された国家公務員法(昭和22年法律第120号)が、顧問、参与、委員を含めて非常勤職員も一般職の国家公務員であることを明確化したことに伴い、新給与実施法が改正(昭和23年法律第265号)された。
改正後の新給与実施法28条では、委員、顧問、参与の職にある者又は人事院の指定するこれらに準ずる職にある者で常勤を要しない職員については、勤務1日につき1000円を超えない範囲内において、各庁の長が新給与実施本部長の承認を得てその給与を支給することができ、これらの職員には他のいかなる給与も支給しないこととされた。同条は、その後昭和25年に制定された「一般職の職員の給与に関する法律」(給与法)に引き継がれ、今日に及んでいる。なお、平成18年4月以降1日の手当は、前記のとおり(引用した原判決17頁)3万5300円を超えない範囲内とされている。
ウ 戦後の初期において、上記の委員等以外の非常勤職員の大半を占める者は、日々雇用される職員であり、その大部分は公共事業に雇用される職員であった。この公共事業関係職員の給与については、「政府に対する不正手段による支拂請求の防止等に関する法律(昭和22年法律第171号。以下「不正防止法」という。)の規定による一般職種別賃金が適用されていた。前記の改正後の新給与実施法は、初めて非常勤職員の給与についての規定を置いたが、公共事業関係職員については、実情を考慮して不正防止法に基づいて給与を支給するとされ、後述の給与法の改正後もその措置が続き、やがて同職員自身が消滅した。
エ 昭和24年5月31日に、人事院規則8―7(非常勤職員の任用)、8―8(臨時職員制度の廃止)及び15―4(非常勤職員の勤務時間及び休暇)等が施行されて、国家公務員における非常勤職員制度が整備された。
これらは、常勤職員と非常勤職員との区別を明確にし、非常勤職員の範囲を不当に拡張することを防ぐことを目的とするものであった(その後、各人事院規則はそれぞれ改正を経て現在に引き継がれている。)。
オ 昭和25年に至り、非常勤職員の給与についても統一的に給与法に一元化されるべきであるとの考慮から、給与法が改正され(昭和25年法律第299号)、現行法(22条2項)と同様に、委員等以外の「常勤を要しない職員については、各庁の長は、常勤の職員の給與との権衡を考慮し、予算の範囲内で」給与を支給するものと定められた。これ以降は、これらの非常勤職員については、一般的には常勤職員の給与との均衡を考慮した日給又は時間給の形で給与が支給されてきている。
カ 給与法22条は、非常勤職員の給与について、委員、顧問、参与等(同条1項)とこれら以外の非常勤の職員(同条2項)とに分けて規定している。その趣旨は、非常勤の職員には、委員、顧問、参与等のように本来の職業を持ちながらその傍ら公務に参画する形の職員と、臨時的又はパートタイム的にせよ実質的に国に雇用される形のその他の非常勤の職員との2種類があり、その性格の違いに応じて、給与上の取扱いも自ずから異なったものとして考えていくのが適当であるとの考慮に出たものであるとされている。
そして、非常勤の委員、顧問、参与等に対する報酬に関する給与法22条1項の規定の趣旨内容は、いわばその学識、経験等を拝借するという委員等の職務及び勤務の特殊性に照らすと、それに対する報酬は、給与というよりは本質的にはむしろ謝金に近い性格のものと考えるのが適当であり、そして処遇の仕方は、その勤務時間を基礎に金額を評価するのではなく、委員会等への出席1回(すなわち勤務1日)につきいくらという形での手当で処遇していくことが最も適当であると考えられることに基づくものであるとされている。
(2) 地方公共団体の委員等の非常勤職員及び一般職職員の報酬・給与に関する法令の変遷等
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 地方自治法(昭和22年法律第67号)は、制定当初、普通地方公共団体の職務を執行する者のうち、報酬を支給される者と給料を支給される者とを分けて規定した。報酬を支給される者は、その議会の議員、選挙管理委員、議会の議員の中から選任された監査委員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人であり(制定当初の法203条1項)、給料を支給される者は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる職員(専門委員を除く。)、学識経験を有する者の中から選任された監査委員、議会の書記長及び書記、選挙管理委員会の書記並びに監査委員の事務を補助する書記であった(同法204条1項)。
これらの報酬と費用弁償の額、給料と旅費の額及びその支給方法は、条例で定めることとされた(同法203条3項、204条2項)。
イ 昭和25年12月に制定された地方公務員法(昭和25年法律第261号)は、地方公務員の職を、同法の適用を受けない特別職とそれ以外で同法の適用を受ける一般職とに分け(同法3条、4条)、「法令又は條例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程により設けられた委員及び委員会(審議会その他これに準ずるものを含む。)の構成員の職で臨時又は非常勤のもの」(同法3条3項2号)、「臨時又は非常勤の顧問、参與及びこれらの者に準ずる者の職」(同法3条3項3号)を特別職に属する職として規定した。
また、地方公務員法は、一般職の職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める旨(同法24条6項)を、職員の給与は、給与に関する条例に基づいて支給されなければならず、これに基づかずにはいかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない旨(同法25条1項)を規定した。非常勤職員の給与に関しては、勤務条件の特別な職の1つとして、これらについての給与の調整に関する事項は条例で定めるものとされた(同項5号)。
ウ 地方自治法は、当初から執行機関の構成について多元主義をとり、選挙管理委員会、監査委員を知事、市町村長から独立した執行機関(いわゆる行政委員会ないし行政委員)として設置した。その後教育委員会法により教育委員会が設置されたほか、行政委員会の制度には変遷があったが、昭和27年法律第306号による地方自治法の一部改正(以下「昭和27年改正」という。)により、地方自治法上、以下のとおり執行機関として各種委員会又は委員を置くこととされた。
普通地方公共団体に置かなければならない委員会(同改正後の180条の4)として、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会又は人事委員会を置かない普通地方公共団体にあっては公平委員会、農業委員会が、都道府県に置かなければならない委員会及び委員として、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会、監査委員がそれぞれ規定されて設置され、そのほかに都道府県公安委員会が設置された。
これらの委員の勤務形態に関しては、昭和27年改正後の地方自治法180条の4第5項で、「普通地方公共団体の委員会の委員又は委員は、法律に特別の定があるものを除く外、非常勤とする。」とされ、同改正後の196条3項に「監査委員で学識経験を有する者の中から選任されるものは、これを常勤とすることができる。」と規定された。
併せて、非常勤の委員等の報酬については、「普通地方公共団体は、その議会の議員、委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員に対して、報酬を支給しなければならない」(同改正後の203条1項)とされた。
上記と異なり、常勤の職員については、「普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない(同204条1項)。」とされた。
エ 昭和31年法律第147号による地方自治法の一部改正(以下「昭和31年改正」という。)により、地方自治法203条2項に「前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。但し、条例で特別の定をした場合は、この限りでない。」、同条4項に「普通地方公共団体は、条例で、その議会の議員に対し、期末手当を支給することができる。」との規定がそれぞれ加えられるなど、同条2項以下の規定が改められた。また、同改正後の204条2項として、「普通地方公共団体は、条例で、前項の職員に対し、扶養手当、勤務地手当、特殊勤務手当、時間外勤務手当、宿日直手当、夜間勤務手当、休日勤務手当、管理職手当、期末手当、勤勉手当、寒冷地手当、石炭手当、薪炭手当又は退職手当を支給することができる。」との規定が追加され、同条3項の規定が現行の法204条3項のとおりに改められ、同法204条の2として、「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基く条例に基かずには、これを第203条第1項の職員及び前条第1項の職員に支給することができない。」との規定が追加された。
このように、本件で問題になる現行の法203条の2第2項(同改正後の203条2項)の規定は、昭和31年改正によって新設されたものである。
上記の203条関連の昭和31年改正の趣旨目的については、以下のとおり説明されている。
地方公務員法の制定後、同法の適用を受ける一般職の職員については、その給与は、同法24条6項及び25条1項の規定により条例で定めるものとされたが、特別職の職員については、この規定が適用されず、報酬等は条例で定めることとされていても(上記イ参照)、条例に基づかない他の給与を支給することはあえて違法とはいえない状態であった。また、条例を制定して職員に給与を支給する場合も、いかなる種類の給与をどれだけ、どのような方法で支給しても、適不適の問題はともかく、違法の問題は生じなかった。したがって、地方公共団体ごとの給与体系はきわめて区々であり、種々雑多な給与の支給がされ、その間に全く統一がないのみならず、給与の公明性を欠くという欠陥は否定できず、不明朗な支給や、不当な増額が行われる例も決して少なくなかった。そこで昭和31年改正により、給与体系を整備し、国家公務員に対する給与を基準としてある程度給与の統一性を保たせると共に、給与はすべて法律又はこれに基づく条例にその根拠を置くことを要するものとして、その明朗化・公正化を図ったものであった。
オ 地方自治法の昭和31年改正を受け、所管の自治庁次長から各都道府県知事あてに発せられた「地方自治法の一部を改正する法律及び地方自治法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理に関する法律の施行に関する件(通知)」と題する通知(昭和31年8月18日自乙行発第24号各都道府県知事あて自治庁次長通知。〔証拠省略〕)は、昭和31年改正の趣旨が十分達成され新制度による地方自治の運営に遺漏のないよう配慮を願いたいとして、留意してほしい事項を挙げている。同通知の挙げる同改正による地方自治法203条及び204条の2に関する留意事項の概要は、次のとおりである(読みやすいように、適宜言葉遣い、送りがな等を改めた。)。
「 地方公共団体の非常勤の職員で議会の議員以外の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給することを原則とし、特に条例をもって例外を規定することは差し支えないものとされたこと(203条3項)。本改正は、非常勤職員に対する報酬が、勤務に対する反対給付としての性格を有することにかんがみ、当該報酬の額は具体的な勤務量、すなわち、勤務日数に応じて支給されるべき旨の原則を明らかにしたものであること。ただし、非常勤職員の勤務の態様は多岐にわたっているので、特別の事情のあるものについては、この原則の例外を定めることができるものであること。したがって、本改正を機会に非常勤職員等の従来の給与上の取扱いについて再検討を行うようにされたいこと。なお、別紙(省略)の条例準則はその場合の参考にされたいこと。議会の議員を除外したことは、国会議員との権衡を考慮したものであり、従来どおり議会の議員については特に法律上の原則を設けなかったものであること。
昭和31年改正による204条2項の規定は、同204条の2の新設と相まって、地方公共団体が常勤の職員に対して支給することができる手当の種類を限定列挙したものであり、その趣旨は、地方公共団体における給与体系について国との均衡を保持することにより地方公共団体における給与体系の公明化と適正化を図ろうとするものであること。これにより、従来地方公共団体が条例に基づき又は単に予算措置のみを講じて支給していた諸手当中同項に列挙された種類以外のものは、今後一切支給することができないこと。
昭和31年改正による同法204条の2の規定は、同法203条及び204条関係の改正と相まって、地方公共団体の給与体系の整備を図り、その公明適正化を期したものであること。同法204条の2の新設により、地方公共団体が職員に支給する給与その他の給付は法律上の根拠を必要とし、法律に規定された種類についてのみ認められることになったこと。それ以外の一切の給与その他の給付の支給は禁止されるものであること。」
カ 平成20年法律第69号による地方自治法の一部改正(以下「平成20年改正」という。)により、法203条には議会の議員に関する規定だけが残されて現行法の203条各項のとおりに改められ、他方、行政委員会の委員を含むその他の非常勤の職員に関する規定は、現行の法203条の2に規定されることになった。
3 法203条の2第2項、特に同項ただし書の趣旨・意味内容
(1) 本件においては、本件委員らの月額報酬制を定める本件条例中の本件規定が法203条の2第2項ただし書(昭和31年改正による法203条2項ただし書と同じ)の規定に基づき制定されているから、本件規定が本件ただし書により許容された範囲内のものであるかどうかが最大の争点である。そうすると、本件ただし書の趣旨や意味内容をどう解するかが重要な点であるところ、この点については、同条項の文理や本文・ただし書の関係等を前提に、委員等の非常勤職員の特質、その公務員法上の位置付け、他の職員との異同、それらを踏まえた同条項の趣旨目的、立法の経緯等の諸事情を総合考慮した上で、その意味内容を条理に従って合理的に解釈すべきものである。そして、本件訴訟は、現時点に立って今後の本件委員らへの月額報酬の支出の差止めを求めるものであるから、法203条の2第2項ただし書の意味内容についても、現時点における合理的解釈を検討すべきものである。
(2) 法203条の2第2項は、その本文で「前項の職員に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。」とし、ただし書で「ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。」と規定している。しかし、このただし書には、実体的な要件は規定されていない。
控訴人は、このただし書に限定を付して解する根拠はなく、どのような場合に、どのような事情を考慮して特別の定めを設けるかについては、地方公共団体に広範な裁量が付与されており、原則として司法が立ち入ることができず、少なくとも一見明白に不合理な場合でない限り当該条例が違法ということはできないと主張している。確かに、本件ただし書には実体的要件が規定されていないから、本件ただし書によって条例で特別な定めをするためには特別な事情が必要であるというような実体的要件が存在すると解釈することには困難が伴う。そして、この点からすると、本件ただし書によって条例で特別な定めをするかどうか、するとしてどのような定めをするかは、議会の裁量にゆだねられている面があることも当然と思われる(立法の経過に照らしても、そのようにいうことができる。)。
しかし、反面では、控訴人の主張を突き詰めれば、条例で月額報酬制等を規定しさえすればそれだけでそれは適法であるということになりかねないといえる。本件ただし書に対するそのような解釈は、法文における原則(本文)と例外(ただし書)という基本的な約束事項にそぐわない面があるといえるし、実質的にみても、そのような解釈によって、本文で規定されている日額報酬制の原則は意味をなさなくなり、本文におけるこの原則と矛盾抵触する結果になるおそれが生ずるといえる。
のみならず、法203条の2第2項本文にいう「前項の職員」とは、同条1項所定の普通地方公共団体の委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)を指すものであるが、ここに規定された非常勤職員は、執行機関としての委員会の委員から単純労働を提供する非常勤職員までを含む幅広いものである(国の関係でいえば、給与法22条1項の定める委員、顧問、参与等と、同条2項の定めるそれ以外の非常勤の職員の双方を含んでいる。)から、これらすべての非常勤職員について何の制約もなく条例で月額報酬制をとることができると解することも相当ではない。例えば、単純労働を提供する非常勤職員に月額報酬制をとるとすれば、その勤務の性質上直ちに違法になる可能性が高いし、後記のように、立法者もそこまでは全く想定していないものと考えられる。
(3) そこで次に、この点を、委員等の非常勤職員の特質、その公務員法上の位置付け、常勤の職員等に対する報酬制度との比較や、それらを踏まえた法203条の2第2項の趣旨目的、さらには同条項が初めて規定された昭和31年改正の経過の観点からみてみる。
ア 前示のとおり、地方自治法は、各職員の勤務に対して、その議会の議員に対しては議員報酬を、非常勤の職員に対しては報酬を、常勤の職員に対しては給料をそれぞれ支給しなければならないとしている。そして、この基本的な枠組みは、昭和31年改正以後そのまま維持されて今日に至っている。
議会の議員については、歳費の制度がとられている国会議員との権衡が考慮され、これに対する報酬を日額、月額、年額のいずれで支給するかは普通地方公共団体の自主的な裁量的判断にゆだねることとし、特に法律上の原則は設けなかったものと解される。
次に、常勤の一般職職員の給与は「その職務と責任に応ずるものでなければならない。」(地方公務員法24条1項)とされて、貢献度に応じて給与が決定されるとする職務給の原則が確立している。その上で、生活給の考え方等も踏まえ、「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定めなければならない。」(同法24条3項)との均衡の原則が立てられている。そして、常勤の一般職職員は、勤務に要する時間が普通の労働者と同程度であり、職務専念義務(地方公務員法35条)、営利事業への従事制限(同法38条)等もあることから、生活を公務員としての勤務による給与に依存している。地方公務員について「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」(地方公務員法24条6項)こととされているが、ほとんどの地方公共団体は一般職の給与を月額で支給する旨の条例を定めており、滋賀県もその例に漏れない(〔証拠省略〕)。その趣旨目的は、勤務日数の多寡によって収入が変動する日額制ではなく、毎月一定の日に定額の給与を支払うこととして職員の生活の安定を図ることにあるものと解される。
これに対し、非常勤の職員は、労働可能な時間のほとんどを公務に充てるものではなく、その生活を必ずしも地方公共団体からの報酬に依存するものではないことが前提となっているから、地方自治法は、勤務の反対給付である報酬は、勤務日数の多寡(勤務量)に応じて支給するのが相当としたものと解される。この点は、委員会の委員等においては更に顕著であって、本件各委員会の委員には、おおむね別に本業を有し生計の手段を確立している者が就任することが予定されており、安定した報酬を支給する必要はないということになる。
また、現行の法203条の2第2項の規定は地方自治法の昭和31年改正によって新設されたものであった(改正当時は203条2項)が、改正前の203条について改正が企図された趣旨目的は、給与体系が区々で公明性にも欠けていた当時の地方公務員の非常勤職員への報酬について、国家公務員の給与・報酬を基準として統一性を持たせ、給与・報酬はすべて法律又はこれに基づく条例にその根拠を置くことを要するものとすることにあった。そして、国家公務員の非常勤の委員等については、その学識、経験等を拝借するという職務及び勤務の特殊性に照らし、それに対する報酬は、本質的には謝金に近い性格のもので、勤務時間ではなく、委員会等への出席1回(すなわち勤務1日)に対する手当で処遇していくことが最も適当であると考えられ、このような制度が確立していたことから、地方公務員についても同様の前提で改正案が国会に提案され、本件ただし書が付加されたものの改正法203条2項(現行の法203条の2第2項)が成立したものであったと認めることができる。
以上のような、議員や常勤の一般職職員の給与・報酬との比較や、地方自治法の昭和31年改正において新設された203条2項(現行の法203条の2第2項)の上記の趣旨目的に照らすと、本件ただし書については、非常勤の委員等には勤務日数(勤務量)に応じた報酬を支給するとの同項本文の規定が委員等の報酬に関する原則を定める規定であることと矛盾抵触しない解釈や運用がされるべきである。
イ 次に、昭和31年改正による法203条2項(現行の法203条の2第2項)が新設された地方自治法の上記改正の経過をみてみる。法は立法者の意思から独立したより客観的な存在であって、立法時の議論に拘束力があるわけではないが、立法者の意思ないし立法の経過は、法解釈に当たっての重要な参考資料といえるから、以下において改正の経過についてみてみることにする。
(ア) 前示のとおり、委員等の非常勤職員に対する報酬に関する昭和31年改正は、地方公務員の報酬、給与の規定を整備し、国家公務員のそれと統一的なものとするとともに、その明朗化・公正化を図ることとを目的として行われたものである。また、〔証拠省略〕によれば、同改正においては、非常勤職員の報酬を原則として勤務量に応じて支給するとすることによって、行政経費の節減の効果を得ることも期待されており、現に、自治庁においては、現実の各種委員会の勤務日数を調査し、月額報酬制から日額報酬制に変わった場合にどの程度の経費節減になるのかを試算していたことが認められる(〔証拠省略〕)。
(イ) 〔証拠省略〕によれば、当初、昭和31年改正法の203条2項本文(現行の法203条の2第2項本文)のみの改正案が政府から提出されたが、これに反発した地方の行政委員会関係者の参考人陳述(衆議院地方行政委員会の審議において、全国人事委員会連合会代表や都道府県選挙管理委員会連合会代表が改正案に反対の意見を述べた。)や多くの反対の陳情などを受けた与党(自由民主党)議員が、衆議院地方行政委員会の審議において本件ただし書を付加する修正案を提出し、これが両議院で可決成立するに至ったという経過であったことが認められる。
修正案の取りまとめに当たったと思われる鈴木直人衆議院議員が、参議院地方行政委員会で述べたところ(〔証拠省略〕)によれば、修正案作成に至る経過は次のようなものであったと認められる。
すなわち、最初は改正案の203条2項を削除することを考えたが、修正案の幅が広くなりすぎるので、この方法はやめ、次に、政府提出改正案の203条2項の適用を除外される職員を議会の議員のほかに行政委員会の委員に広げることを考えたが、現在日給制の委員まで月給制にするようなことになり、まずいということになった。しからば、選挙管理委員会、人事委員会など2、3のものだけを除外するということにすると、他の委員会との関係でまずい。結局本件ただし書を付加して、地方公共団体が従来の慣習等に基づいてやるのが時宜に即していると判断した、というのである(〔証拠省略〕)。鈴木議員のこれらの説明によれば、修正案提出者が実際に意図していたところは、月額報酬制をとるのが妥当だと思われる選挙管理委員会や人事委員会など一部の委員会について実際に月額報酬制をとることができるようにしたいというものであったと理解される。
鈴木議員は、衆議院における修正案の可決後の参議院地方行政委員会において、次のように修正案の趣旨説明を行っている。すなわち、鈴木議員は、この修正案は「非常勤職員に対する報酬を日割計算とするという原則は堅持するが、勤務の実情等特別の事情がある場合においては、特に条例をもって規定することにより勤務日数によらないで月額または年額によって報酬を決することができるものとし、地方公共団体が特定の職員について実情によって特別の扱いをできるように」したものであるとして、修正案の趣旨を明快、簡潔に述べており(〔証拠省略〕)、この説明が本件ただし書の趣旨を端的に表現したものと解することができる。もっとも、鈴木議員は衆議院地方行政委員会における修正案の説明やその他の発言では、このようなまとまった明快な説明をしていない。
しかし、鈴木議員は、衆議院地方行政委員会及び参議院地方行政委員会の各審議において随所で上記の修正案の趣旨説明に符合する発言をしているし(そのほか、地方公共団体の自主的な判断による旨の発言も随所でしている。)、鈴木議員の参議院地方行政委員会での上記説明は、政府提出案の修正をした衆議院を代表して参議院の上記委員会の審議の冒頭で行われた趣旨説明という公式性の強いものであったから、これが、今までの審議の経過及び結果を踏まえて鈴木議員がまとめた修正案の趣旨のエッセンスであったと認めるのが相当である。
(ウ) なお、衆議院地方行政委員会の審議における全国人事委員会連合会代表や都道府県選挙管理委員会連合会代表の改正案に対する反対の意見は、大要、両委員会の委員、特に委員長が常勤に近い勤務状況であること、日額報酬制イコール日当制で、日当制は「ニコヨン」を連想させるという良くないイメージがあって、両委員会の担当する職務の重要性にふさわしくないし、感情的にも同意できない、という趣旨のものであったと認められる(〔証拠省略〕)。しかし、その後の審議の経過をみると、修正案においては日額報酬制のイメージの悪さという点は顧慮されなかったと認めることができる。
また、全国知事会代表は、日当制にした場合に委員会が従来と同様の機能を発揮できるかという議員の質問に対し、今回の改正案は国の制度と調和をとろうとしたものと思われるが、日当制度の下で足が出るということになると、仕事の能率に関係するので、実費弁償を活用して調和をとっていく途があるだろうと考えている旨を答えている(〔証拠省略〕)。
さらに、本件ただし書によって政府の改正案が目指していた経費節減の効果がなくなるのではないかという点について、議員からは、1つ月額制になれば全部月額制になってしまうというような批判的な意見もあった(〔証拠省略〕)。
(エ) 結局、本件ただし書は議員立法であり、条文作成に十分な検討の余裕がなかったこともあってか、修正案提出者の実際の意図ないし修正案の趣旨目的と条文の文言自体とが適切に符合しておらず、様々な議論が交わされた結果、参議院地方行政委員会の審議の冒頭において鈴木直人衆議院議員によって本件ただし書の趣旨の的確な要約が述べられたにもかかわらず、その趣旨について国会審議を通じて関係者が明確な共通認識を持つことができなかった可能性があるということができる。
ウ ところで、自治庁は昭和31年改正法成立直後の同年8月に、「地方自治法の一部を改正する法律及び地方自治法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理に関する法律の施行に関する件(通知)」により、都道府県知事に対し、本件ただし書の趣旨ついて「非常勤職員の勤務の態様は多岐にわたっているので、特別の事情のあるものについては、この原則の例外を定めることができるものである」との通知をしている。この通知は、参議院地方行政委員会審議の冒頭における鈴木直人衆議院議員による本件ただし書の趣旨の説明に基づくものと推認される。しかるに、証拠(〔証拠省略〕)と弁論の全趣旨によれば、自治庁がそのように通知を出したにもかかわらず、ほとんどの地方公共団体において各種行政委員会の委員について月額報酬制が採用されて今日に至っているものと認められる。
そして、この間に、この点を所管する自治庁、自治省等が上記の通知に沿った指導などを各都道府県等にしたような事情は本件証拠上うかがうことができない。
このように現在に至るまで広く委員会の委員について月額報酬制がとられているのは、行政委員会の委員らの反発や反対の陳情を受けて議員立法により本件ただし書が付加されたという経緯、付加された本件ただし書が実体的要件を掲げておらず、また国会審議においてもその意味内容について明確な共通認識が得られていなかった可能性のあること、そして、自治庁も上記通知を出したものの、実際に条例で特別な定めをするかどうかは各地方公共団体が自主的に判断すべきとしていたこと(〔証拠省略〕)などが影響しているのではないかと推測される。
そうだとすれば、各地方公共団体がこれまで各種委員について月額報酬制をとってきたことには、それなりの経緯と理由があったということになる。
(4) 法203条の2第2項の趣旨・意味内容のまとめ
ア そこで、上述した諸点を併せ考えると、法203条の2第2項(昭和31年改正後の法203条2項)は、同条1項所定の非常勤職員に対する報酬はその勤務日数(勤務量)に応じて支給するとの同条2項本文の原則は堅持しつつ、そのただし書において、各地方公共団体の議会が制定する条例をもって特別な定めをすることができることを認めたものであるところ、本件ただし書に実体的な要件は規定されていないから、原則的には、本件ただし書によって条例で特別の定めをするかどうかは議会の裁量にゆだねられていると解するのが相当である。しかし、昭和31年改正によって本件ただし書を付加した趣旨は、当時繁忙とされていた選挙管理委員会や人事委員会等の執行機関である委員会の委員について、その勤務の実情等特別な事情のある場合においては、特に条例をもって規定することにより、特定の職員について勤務日数によらず月額又は年額等によって報酬を支給することができるようにしたというものであったと認められるから、本件ただし書を適用して条例で特別な定めをするかどうかは、地方公共団体の議会が、本件ただし書の趣旨目的を踏まえて、対象となる非常勤職員の職務内容及び勤務態様等の具体的事情を考慮し、月額報酬制等をとるのを相当とするような特別な事情があるかどうかを判断して、裁量によりこれを決するものということになる。
イ ところで、どのような場合が「特別な事情がある場合」に該当するのかを考えるに、この点は個別の実情にもよるが、少なくとも次の①から④までのような場合はこれに該当すると考えられる。すなわち、①当該非常勤職員の役所における勤務量が常勤の職員に比肩し得るあるいは準ずる場合、②役所における勤務量が必ずしも多くはない場合でも、役所外の職務執行や、役所の内外での勤務に備えての待機等が多いなど事実上の拘束があって、月額で報酬を支払うのが相当と考えられる場合、③勤務量を認識することが困難で、日額報酬制をとるのが不相当と判断され、月額報酬制をとらざるを得ない場合、④その他勤務や地方の実情に照らし、この原則によらずに月額報酬制を必要とする特別な事情がある場合(後記4(2)ウに述べるような、職責が極めて重大で、そのこと又はその他の事情により任期中の委員の生活に対し大きな制約が生じる場合は、この④の場合に該当すると解される。)などが考えられる。
もっとも、勤務の実情を前提とした平均的な1か月の勤務日数によって報酬月額を算定しているような場合や、報酬月額がそれに準ずるような金額である場合などは別であり、このような場合はむしろ実質的には日額報酬制の1変形と評価されるから、本件では考慮の外に置き、当該報酬月額が月額による報酬に相応する額である場合について検討を進めることにする。
4 本件条例中の本件規定の適法違法の判断基準
(1) 既に述べたように、委員等の非常勤職員について本件ただし書によって条例で特別の定めをするかどうかは、地方公共団体の議会が、上記3(4)アで述べたような裁量的判断をすることによって決するものと解される。
そして、前示のとおり、全国のほとんどの地方公共団体が各種委員について月額報酬制を半世紀以上継続して採用してきており、その点にはそれなりの経緯と理由があったと考えられる。
しかし、当時から既に半世紀以上を経た今日では、多くの地方公共団体において財政的困難に直面し、首長等が法や条例で規定されている給与を一部カットする非常措置をとったり、職員の給与に減額措置をとるような状況に立ち至っていることは周知の事実である。また、一般にも、より適正、公正、透明で、説明可能な行政運営が強く求められる社会状況になっており、このような状況の下では、被控訴人が援用する法2条14項及び地方財政法4条などをもより強く意識する必要がある。
そこで、現時点においては、非常勤の本件委員らについて月額報酬制を採用している本件規定に係る議会の判断が裁量の範囲を逸脱して違法でないかどうかは、このような社会情勢の大きな変化を前提としつつ、当該職務の内容・性質や勤務態様、地方の実情等に照らし、法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則によらずに月額報酬制をとるのを相当とするような特別な事情があるかどうかを検討し、もって本件規定が同条項本文の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっているかどうか、そしてそのような状態が相当期間内に是正されていないといえるかどうかによってこれを決すべきものと考える。そして、それらが肯定される場合には、本件規定は、裁量の範囲を逸脱したものとして、法203条の2第2項に違反し違法、無効というべきである。
(2) 控訴人の主張について
ア 控訴人は、本件ただし書を特別な事情がある場合に限定して解する根拠はなく、どのような場合に、どのような事情を考慮して特別の定めを設けるかについては、地方公共団体に広範な裁量が付与されており、原則として司法が立ち入ることができず、少なくとも一見明白に不合理な場合でない限り当該条例が違法ということはできないとし、本件委員らが行政を担う職責が重大な執行機関であり、任期中は各種制限や義務を負うことなどから、報酬を勤務量に応じることなく(当該月の勤務日数に関わりなく)特別の定めをもって月額で報酬を支給することができると主張している。
本件ただし書により特別な定めを設けるか否かが議会の裁量に属することはそのとおりと考えるが、その他の点については、以下に述べるように、控訴人の主張を直ちに採用することはできない。
イ まず、控訴人主張のように裁量の幅を極めて広く解した場合には、本文・ただし書の約束事項を逸脱し本文の原則を事実上没却する結果になりかねないことは、上記3(2)において述べたとおりである。実質的に月額報酬制が相当と判断される特別の事情があるかどうかを検討し、もってこのような月額報酬制が法203条の2第2項本文の原則と矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっているかどうか、そのような状態が相当期間内に是正されていないといえるかどうかによって、裁量権行使の適否を決するのが相当である。
ウ 控訴人は、本件委員らの報酬を月額制にすることが許容される根拠として、本件委員らの職責の重大さの点を主張している。
「職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない」(地方公務員法24条1項)との原則は、一般職について規定されたものではあるが、特別職であっても、広い意味ではその報酬が職務に応じたものでなければならないのは同様と解される。
本件委員らが、地方公共団体の準司法機関あるいは行政機関である委員会の構成員として、重要な公的職務を担うものであり、各委員の責任は重く、委員であることによる各種制限、負担もあり、総じてその職責が重大であることは、控訴人の主張のとおりと考えられる。そして、職責が重大であることから、人格識見に優れた人材が求められ、その報酬はそのような人材による勤務に見合った高額なものとなることも当然であろう。しかし、控訴人の主張が、職責が重大であるから直ちに勤務日数にかかわりなく月額報酬に相応した定額の報酬を毎月支給する必要があるという趣旨であれば、直ちには賛成することができない。もともと、非常勤の委員等の勤務に対する報酬は、その学識や経験を職務に生かしてもらうことに対する謝金の性格を有するものと解されており、そのような理解は合理的であるから、勤務日数に応じた報酬という方がその勤務の性格及びその原資が公金であることとに符合しているものといえる。
もっとも、職責が極めて重大で、そのこと自体又はその他の事情により任期中の委員の生活に対し重大な制約が生じるというような場合(例えば、〔証拠省略〕で取り上げられているような場合)には、特別な事情があると解することが可能と考えられる。
しかし、委員であることによる制約が通常の範囲内であるのに、単に職責が重大であることを理由に勤務日数にかかわりなく月額報酬としてそれにふさわしい額を支給する場合には、その報酬は、勤務の対価ではなく、その地位にあることの対価という性格を帯び、法203条の2第2項本文の原則から離れた結果になるとの批判を受けかねないと思われる。
エ また、本件委員らが委員としての仕事をする際には研さんが必要であり、報酬についてはその点も考慮すべきであるとする考え方もある(〔証拠省略〕によれば、月額報酬制をとる都道府県のうちの相当数でこの事情を考慮しているとしていることが認められる。)。
しかし、そもそも、我が国社会におけるすべての仕事において自己研さんは必要であり、多くの人が日々そのような自己研さんに励んでいるものといえるが、社会通念に照らし、そのようなものすべてを報酬算定の基礎にすべきであるとはいえない。
その点はさておくとしても、もともと、本件各委員会の委員には、学識と十分な社会経験を備え、さらに、本件各委員会の扱う事務について、その専門分野での実務的経験を有する者あるいは学術的な研究を積んだ者が任命されるのが通例である。もちろん、そうした場合でも行政委員会の委員としての研さんは必要であるが、その研さんも過去に蓄積した学識、素養があってこそ有効に行い得るものであり、通常は、勤務1回を1日として報酬を算定することで評価し得るものと解される。もっとも、報酬日額制をとる場合に、一般的な自己研さんではなく、例えば委員会の業務について事前の準備等に相当の時間を費やした場合に、それが勤務日数で評価しきれないものについては、そのことを報酬に反映させる方策を考慮する必要がある場合もあろう。
行政委員会の委員の職務内容は法定されており、その内容、職責の重大さ等を前提とした上で、法は、各種行政委員会の委員のうち、常勤とすることができる者を定める一方で、多くの委員を非常勤としている。これは前記のような行政委員会の委員に任命される者の資質に着目し、これを生かして行政権を担うことが期待されるものの、その勤務の多くは非常勤で行うことが可能であり、原則としてそれで足りるとする考えによるものと解される。非常勤の行政委員会の委員につき、勤務の質及び量に相応する報酬を支給する必要はあるものの、その職責の重大さを強調して、勤務量等の実情を度外視して月額報酬制をとることを法が許容しているものとは解されない。
労働委員会の公益委員及び収用委員会の委員は常勤とすることができるものである(労働組合法19条の12第6項、19条の3第6項、土地収用法52条7項)が、滋賀県においてはこれらの委員を含む各種委員会の委員が非常勤の職員とされてきていることは、前述のとおりである。
オ 控訴人は、立法時(昭和31年改正時)の審議会での議論に基づき、控訴人主張のような解釈は立法者によって許容されていると主張している。
しかし、既に述べたように、立法の経緯が控訴人の主張のような解釈を必ずしも支持するものということはできない。
5 本件委員らの勤務の実情について
そこで、本件各委員会の本件委員らの勤務の実情を検討する。
本件委員らの月額報酬は前記第2の1に記載のとおり(原判決別紙目録のとおり)であるが、これを再掲すれば、①労働委員会の会長:22万6000円、公益委員:20万2000円、労働者委員・使用者委員:19万1000円、②収用委員会の会長:22万6000円、委員:20万2000円、③選挙管理委員会の委員長:22万6000円、委員:20万2000円であり、この額は月額による報酬に相応する金額の範囲内のものと認められる。
(1) 滋賀県の労働委員会、収用委員会及び選挙管理委員会が法令上担当する職務及び滋賀県における不当労働行為等の申立件数、権利取得裁決等の申請件数、各委員が職務として出席すべき会議、研究会等の概要は、次のア、イのとおり削除訂正する他は、原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の4の(1)から(3)までの説示のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決35頁13行目の「平成12年」を「平成12年度」に改める。
イ 原判決36頁18行目から24行目までを削る。
(2) 各委員会には、その職務を補助する事務局が設置されている。〔証拠省略〕によれば、その態勢は次のアからウまでのとおりである。
ア 労働委員会
労働委員会には、平成21年4月1日現在、事務官をもって充てられる事務局長以下、次長、副参事、主幹、副主幹、主事各1名合計6名の事務局員が配置されている。
イ 収用委員会
収用委員会には、平成21年4月1日現在、事務官をもって充てられる事務局長、副参事、主幹各1名合計3名の事務局員が配置されている。
ウ 選挙管理委員会
選挙管理委員会には、平成21年4月1日現在、事務官をもって充てられる事務局長以下、事務局次長2名、書記13名、嘱託20名が配置されているほか、選挙管理委員会分室として南部分室ほか5分室があり、それらの分室には、各分室長、分室次長各1名、書記5ないし6名が配置されている。
平成21年8月の衆議院議員総選挙の際には、選挙管理委員会の嘱託が40名に増員されたほか、各分室においても、甲賀分室2名、東近江分室9名、湖北分室7名、高島分室1名、それぞれ嘱託が増員された。
(3) 次に各委員会所属の各委員の平成15年度から平成20年度までの勤務の実情について検討するに、〔証拠省略〕によれば、本件委員らの勤務状況につき以下の事実が認められる(ここでいう「年度」とは、毎年4月1日から翌年3月31日までをいう。なお、上記各証拠のうち〔証拠省略〕以下のものは、当裁判所の求めにより、控訴人が調査の上証拠提出したものである。)。出席回数、勤務実日数の集計方法は、当裁判所が本件について適宜定めたものであり、その内容は、別紙「備考」記載のとおりである。
ア 労働委員会の各委員が、平成15年度から平成20年度までの各年度において、労働委員会総会、公益委員会、不当労働行為審査期日、会議に出席した回数及び各委員についての勤務実日数は、別紙「労働委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりである(別紙「備考」に記載のとおり、同日中に総会と不当労働行為の審査期日への出席等二つ以上の用務があっても、勤務実日数は1日と計上する方法で集計した。以下の委員会の委員についても同様である。)。
イ 収用委員会の各委員が、平成15年度から平成20年度までの各年度において、定例委員会、委員会用務に出席した回数及び委員事務所での用務を処理した回数並びに各委員についての勤務実日数は、別紙「収用委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりである。
ウ 選挙管理委員会の各委員が、平成15年度から平成20年度までの各年度において、定例会、臨時会、選挙用務、各種団体の行事及び県議会に出席した回数及び各委員についての勤務実日数は、別紙「選挙管理委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりである。
6 本件条例中の本件規定の違法性、効力について
(1) 労働委員会について
ア 労働委員会の会長及び委員の勤務実日数を集計すると、別紙「労働委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりであり、平成15年度から平成20年度まで1年を通じて勤務した会長を除く委員のうち、多い者で1年に42日(1か月当たり3.5日)であり、少ない者は14日(1か月当たり1.16日)にすぎない。1年を通じて勤務した会長を除く委員の勤務実日数の平均は、平成15年度24.14日(1か月当たり2.01日)、同16年度29.42日(1か月当たり2.45日)、同17年度25.16日(1か月当たり2.09日)、同18年度26.07日(1か月当たり2.17日)、同19年度25.92日(1か月当たり2.16日)、同20年度25.78日(1か月当たり2.14日)であり、6か年度の総平均は年間26.10日(1か月当たり2.17日)である。会長の勤務実日数は多い年度で41日(平成18年度)、少ない年度で31日(平成20年度)であり、上記6か年度の平均は34.66日(1か月当たり2.88日)であって、委員全体の平均よりは若干多い。
イ 労働委員会は、不当労働行為の審査、労使紛争のあっせん、調停など準司法的機能を果たすものであり、その職務は受動的で、繁忙度は各事件の申立件数に左右されるものと推測されるが、平成10年以降の不当労働行為審査、労働組合の資格審査、労使紛争のあっせん等の申立件数は原判決の別表1から3までのとおりである。また、〔証拠省略〕によると、滋賀県の集団的労使紛争のあっせん事件は昭和40年代までは年間10件を超える申立てがあったが、昭和50年以降は年間を通じて申立件数はひとけた台にとどまる年が多いことが認められる。原判決別表1から3に照らしても、平成10年以来、労働委員会委員が年間に勤務を要する実質的な日数は、当裁判所の集計した勤務実日数と大きく離れることはないものと推測される。
以上のような勤務の実情は、平成15年度以降ほぼ同一の状態で安定的に継続してきたものであり、今後この状態が大きく変化することをうかがわせる事情も認められない。
ウ 不当労働行為の審査申立てがあった場合、その事前準備、調査、審問、和解等のために別紙「労働委員会の各委員の勤務状況一覧表」に現れた出席期日以外に、適宜、事務局との打ち合わせ、委員間の協議等を要し、そのために実質的に勤務に当たることがあること、当事者の各提出書面の検討や命令書の起案のために、委員会出席時間外に時間を割かれることもあることが認められる(〔証拠省略〕)。したがって、前記勤務状況一覧表に現れた勤務実日数のみが労働委員の勤務の実態のすべてであるということはできない。
エ このように、会長を除く委員の勤務実日数の6か年度における1か月の平均勤務実日数は2.17日であって、おおむね1か月に2日程度、数か月に1度は1か月に3日程度の勤務日数である。会長のそれは1か月2.88日で、1か月に3日弱の勤務日数ということになる。
勤務1日当たりの報酬額を計算してみると、公益委員は9万3087円、労働者委員・経営者委員は8万8018円、会長は7万8472円になる。非常勤の委員に対する国の報酬額の通常の限度額は3万5300円であるから、労働委員会の各委員の1日当たりの報酬額は、上記の順に国の報酬限度額の2.63倍、2.49倍、2.22倍に当たる。
常勤の職員の1か月の勤務日数を19日として(平成22年の土、日、祭日、年末年始を除いた週日は243日〔1か月20、25日〕であり、これから休暇日数を15日みて、1か月の勤務日数を19日とする。)、これに対する会長、委員の勤務日数の割合を計算すると、15.1%、11.4%になる。また、国における非常勤職員の勤務日数の程度は常勤職員の4分の3(75%)以下(14.25日以下)とされており、これとの比較でみても、労働委員会の会長、委員の勤務実日数は非常に少ないといえる。
結局、別紙「労働委員会の各委員の勤務状況一覧表」に現れた出席日数以外にも実質的に勤務を要することがあり得ることを考慮しても(ちなみに、このような実質的に勤務といえるものについても、勤務回数を1日とすることである程度吸収できるものと考えられる。)、上記のような勤務の実情にある労働委員会の会長及び委員について現在の月額報酬制を採用することが相当と考えられる特別な事情に該当する事実があると認めることは困難と思われる。
なお、控訴人は、各地方公共団体は、業務の繁忙度等による勤務実態のみでなく、各委員の業務・職務の種類・内容や特性、権限の範囲・内容や性質、当該委員が負うことになる職責や制限の内容や範囲、さらには、各自治体における財政の状況、適性を備えた人材の確保の必要性などの多様な要素を勘案した上、その自立的な判断の下に、条例による特別な定めによって、勤務日数によらない報酬の支給が可能というべきである旨を主張している。しかし、既に述べたもの以外に、本件証拠上これらの要素に該当する事実で現在の月額報酬制をとるのが相当との判断を基礎づけるに足りる具体的事実を認めることはできない。
オ 以上によれば、労働委員会の会長、委員の勤務実日数を前提にすると、会長及び委員に対する現在の報酬はもはや当該委員の勤務量に対応した反対給付と評価することはできず、法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており、そのような状態が少なくとも平成15年度以降継続し、既に是正のために必要な相当期間が経過していると認めるのが相当である。したがって、労働委員会の会長及び委員の報酬に関する本件条例中の本件規定は、現時点では法203条の2第2項ただし書で許された裁量の範囲を逸脱して違法であり、無効というべきである。
(2) 収用委員会について
ア 収用委員会の会長及び委員の勤務実日数を集計すると、別紙「収用委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりであり、平成15年度から平成20年度まで1年を通じて勤務した委員のうち、多い者で1年に33日(1か月当たり2.75日)であり、少ない者は18日(1か月当たり1.5日)である。会長を除く委員(労働委員会と異なり途中退任者がいる場合、ただちに後任者が選任されるので、途中退任者、途中就任者については両者の出席回数を合わせて1人分に計上した。)の勤務実日数の平均は、平成15年度24.5日(1か月当たり2.04日)、同16年度24.66日(1か月当たり2.05日)、同17年度24.16日(1か月当たり2.01日)、同18年度25.33日(1か月当たり2.11日)、同19年度27日(1か月当たり2.25日)、同20年度25.33日(1か月当たり2.11日)であり、この6か年度の1年当たりの総平均は25.16日(1か月2.09日)である。会長については、1年当たりの総平均は26.66日(1か月2.22日)である。
以上のような勤務の実情は、平成15年度以降ほぼ同一の状態で安定的に継続してきたものであり、今後この状態が大きく変化することをうかがわせる事情も認められない。
イ 収用委員会の繁忙度は裁決の申請件数に左右されるものと推測されるが、平成12年度から同19年度までの権利取得裁決等の申請件数は原判決の別表4のとおりであるから、平成12年度以降、収用委員会の会長及び委員が年間に勤務を要する実質的な日数は、当裁判所の集計した勤務実日数と大きく離れることはないものと推測される。
〔証拠省略〕によれば、裁決の申請については、審理は主として定例会で行われるものの、起業者の申立てについての事前相談に始まり、申請の受理の検討、裁決手続の開始決定、申請書等書類の検討、審理における協議、当事者に対する意見聴取、質問、委員間の事実上の会合、裁決書の起案等、適正に手続きを進めるために定例会に出席する以外にも各委員がその時間を割いて準備、検討、意思決定をしなければならないこと、事件の内には、大規模な収用事件があり、当事者には、委員に反感を持つ者、審理に協力的でない者、法外な補償要求をする者など対応が困難な者がいることも認められる。
もっとも、事件の審査、検討、打合せのために事務局の者や他の委員と協議することなどは勤務に当たるとして報酬を支給することが可能であると考えられ、また、各委員が一人で行う研さんや審理のための準備の時間も必要と認められる。しかし、これを勤務時間として把握することは困難であるし、委員がもともと当該分野の専門知識や経験を有する人材であることからすれば、仮に30分であっても1回(1日)と数える勤務回数(勤務日数)によって包括して評価することで不当な結果になるものとは解されない。
なお、〔証拠省略〕によれば、滋賀県では、平成7年8月17日付けで収用委員会の会長から、委員の報酬を月額報酬制に変更することなどを求める建議書が提出されたこと、建議書では、その理由として、収用・使用裁決事案が近年増加しており、権利取得裁決申請件数が平成4年度3件、平成5年度5件、平成6年度2件(この3か年度の平均は年3.33件)と増加していることが指摘されていたこと、そこで滋賀県では、県特別職報酬等審議会の答申を得て、本件条例を改正して、平成8年4月1日以降収用委員会の会長及び委員の報酬をそれまでの日額報酬制から月額報酬制に変更したことが認められる。しかし、平成12年度から平成19年度までの権利取得裁決申請件数は合計13件であり(原判決別表4)、8か年度の平均は年1.62件となっており、平成3年度から6年度までの件数が繁忙を来すものであったかどうかは別にして、近年はその当時の半分の件数になっているといえる。
ウ このように、平成15年度以降の6か年度における会長を除く委員の1か月の平均勤務実日数は2.09日であって、おおむね1か月に2日程度の勤務日数である。他方、会長の勤務実日数は1か月当たり2.22日で、1か月2日程度、数か月に1回は月3日程度の勤務日数であり、委員のそれと大きな違いはないと評価される。勤務1日当たりの報酬を計算すると、委員が9万6650円、会長が10万1801円になる。これらの金額は、国の基準の上限額3万5300円のそれぞれ2.73倍、2.88倍になる。
常勤の職員の1か月の勤務日数を19日として、これに対する会長、委員の勤務日数の割合を計算すると、11.6%、11.0%になる。また、国における非常勤職員の勤務日数の限度(月14.25日以下)との比較でみても、労働委員会の会長、委員の勤務実日数は極めて少ないといえる。
エ これらの勤務実日数をみる限り、勤務の実情について月額報酬制をとることが相当な特別の事情があるとみることは困難と思われる。
また、本件証拠上、控訴人が主張する裁量の要素で、既に述べたほかに、月額報酬制をとるのが相当との判断を基礎づけるに足りる具体的事実を認めることはできない。
オ 以上によれば、収用委員会の会長、委員の勤務実日数を前提にすると、別紙「収用委員会の各委員の勤務状況一覧表」に現れた出席日数以外にも実質的に勤務を要することがあり得ることを考慮しても(ちなみに、このような実質的に勤務といえるものについても、勤務回数を1日とすることである程度吸収できるものと考えられる。)、会長及び委員に対する現在の報酬はもはや当該委員の勤務量に対応した反対給付と評価することはできず、法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則と矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており、そのような状態が少なくとも平成15年度以降継続し、既に是正のために必要な相当期間が経過していると認めるのが相当である。したがって、収用委員会の会長及び委員の報酬に関する本件条例中の本件規定は、現時点では法203条の2第2項ただし書で許された裁量の範囲を逸脱して違法であり、無効というべきである。
(3) 選挙管理委員会について
ア 選挙管理委員会の委員長及び委員の勤務実日数を集計すると、別紙「選挙管理委員会の各委員の勤務状況一覧表」のとおりであり、選挙管理委員会の委員長及び委員については、委員長が県議会への出席の負担があることで、他の委員よりも勤務実日数が多いが、他の委員については、委員長に比較して少なく、平成15年度から同20年度まで、委員のうち、多い者で40日(1か月当たり3.33日)、少ない者で15日(1か月当たり1.25日)である。委員長を除く委員の勤務実日数の平均は、平成15年度33日(1か月当たり2.75日)、平成16年度21日(1か月当たり1.75日)、平成17年度20日(1か月当たり1.66日)、平成18年度22.66日(1か月当たり1.88日)、平成19年度21日(1か月当たり1.75日)、平成20年度19日(1か月当たり1.58日)で、6か年度を平均すると年22.77日、1か月当たり1.89日である(収用委員会と同じく、途中退任者、途中就任者については、両者の出席回数を合わせて1人分に計上した。)。
委員長についても、1年を通じて、多い年で72日(1か月当たり6日)少ない年で46日(1か月当たり3.8日)、平均して年間56.5日(1か月当たり4.70日)である。そして、〔証拠省略〕によって認められる選挙管理委員会や選挙会等(選挙用務)の開催時刻からすると、これらの用務は短いもので1時間、長くて半日程度の拘束のものも存在することが認められる。
以上のような勤務の実情は、平成15年度以降ほぼ同一の状態で安定的に継続してきたものであり、今後この状態が大きく変化することをうかがわせる事情も認められない。
イ 選挙管理委員会は、選挙の効力に関する審査申立てがあれば、審理、裁決しなければならないが、〔証拠省略〕によると、平成元年以降審査の申立てがあった事件は6件(平成元年2件、同4年1件、同5年1件、同7年1件、同15年1件)にすぎない。
前示のとおり、地方自治法の昭和31年改正の際、衆議院地方行政委員会において、都道府県選挙管理委員会連合会代表が、当時の選挙管理委員会の委員、特に委員長の勤務の実情を報告し、改正案に反対意見を述べている。これが昭和31年改正において、政府提出の地方自治法203条2項にただし書を付加する論拠のひとつとなったものと推測されるが、その内容は「現在の選挙の実情を見てみまするときに、全国にわたりまして幾多の違反が出ております。たくさんの違反が出ておる。それを処理するものがご承知のとおり選挙管理委員会であります。そうでありまするから、現在都道府県の選挙管理委員会を初め、市町村の選挙管理委員会でもそうでありまするが、ほとんど委員長は毎日出てこの処理にあたっておる。委員会のごときもその回数がはなはだしきものがある。」というものであった(〔証拠省略〕)。しかし、このような実情は、少なくとも平成元年以降、滋賀県では認められないといえる。
ウ 前示のように、委員長を除く委員のうち1年を通じて勤務した者の年間平均勤務実日数は22.77日(1か月当たり1.89日)である。委員長の勤務実日数は年平均56.5日(1か月当たり4.70日)で、おおむね1か月のうち3週間は週1日の勤務であるが、1週間は週2日程度の勤務という状態といえる。勤務1日当たりの報酬を計算すると、委員が10万6878円、委員長が4万8085円になる。これらの金額は、国の報酬限度額の3.02倍、1.36倍になる。
エ (委員について)
(ア) そこで委員長を除く委員について検討するに、委員の勤務実日数をみる限り、勤務の実情について月額報酬制をとることが相当な特別の事情があるとみることは困難と思われる。
また、本件証拠上、控訴人が主張する裁量の要素で、既に触れたほかに、月額報酬制をとるのが相当との判断を基礎づけるに足りる具体的事実を認めることはできない。
(イ) 以上によれば、選挙管理委員会の委員の勤務実日数を前提にすると、別紙「選挙管理委員会の各委員の勤務状況一覧表」に現れた出席日数以外にも実質的に勤務を要することがあり得ることを考慮しても(ちなみに、このような実質的に勤務といえるものについても、勤務回数を1日とすることである程度吸収できるものと考えられる。)、委員に対する現在の報酬はもはや当該委員の勤務量に対応した反対給付と評価することはできず、法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており、そのような状態が少なくとも平成15年度以降継続し、既に是正のために必要な相当期間が経過していると認めるのが相当である。したがって、選挙管理委員会の委員の報酬に関する本件条例中の本件規定は、現時点では法203条の2第2項ただし書で許された裁量の範囲を逸脱して違法であり、無効というべきである。
なお、〔証拠省略〕(いずれも滋賀県選挙管理委員会委員長の陳述書)では、選挙管理委員会は、地方公務員法6条の規定により自らが任命した職員で構成される事務局を通じ、年間を通じて多数の権限を行使しその責任を負う純然たる行政委員会で、特定の事件ごとに権限を行使する準司法機関である労働委員会や収用委員会と性格を大きく異にするとしている。しかし、それぞれの委員会の権限や機能が異なるのは当然としても、地方自治法上は本件各委員会はいずれも執行機関として地方公共団体に置かれる委員会であって(法180条の4)、報酬の面でも同一に扱われている(法203条の2)から、本件の争点との関係でも同列に扱うのが相当である。
オ (委員長について)
(ア) 次に、選挙管理委員会の委員長については、上記のとおり1か月におおむね5日弱の勤務日数であった。そして1日当たりの金額は、国の報酬限度額を上回るものの、1.36倍程度となっている。また、常勤の職員の勤務日数を19日とした場合に、同委員長の勤務日数の常勤職員のそれに対する割合は24.7%(約4分の1)である。
このような勤務実態については、地方自治法の昭和31年改正の際、修正案の提出者であった鈴木直人衆議院議員が次のように述べているのが注目される。同議員は「多くの委員会の委員は実際は非常勤なんだ、教育委員会にしてもほかの委員会にしても30日間は出ていない、1カ月に1週間くらいしか出ないというような勤務の体制をとっているのだ、そういう場合に勤務日数に応じて報酬をするか、その場合にも月給として報酬を差し上げるかという問題が、終局的には考慮されるべき問題になってくるのじゃないかと思うのです。」と述べている(〔証拠省略〕)。本件の選挙管理委員会の委員長の場合もこのように判断が微妙な範囲内にあるものと思われる。
(イ) 現今の社会状況に照らすと、このような勤務の実情にある選挙管理委員会の委員(委員長)に対し月額で報酬を支払うのは著しく妥当性を欠き到底了解できないとの考え方も多いのではないかと考えられる。しかし、同委員会の委員長の勤務は1か月に1週間程度であってそれなりの負担であり、計算による1日当たりの金額も著しく不合理なものでもないとの判断もあり得るといえる。そこで、当不当ではなく、裁量の範囲を逸脱して違法かどうかという観点からは、同委員長について現在の月額報酬制をとる本件条例中の本件規定が、法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則と矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっているとは直ちに断じ難いというべきである。したがって、本件規定が議会に認められた裁量の範囲を逸脱して違法であると直ちに認定することはできないと解するのが相当である。
(4) まとめ
以上によれば、滋賀県選挙管理委員会委員長を除くその他の本件委員らについて本件規定が採用している月額報酬制は、現時点では法203条の2第2項本文の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており、その状態が少なくとも平成15年度以降継続し、既に是正のために必要な相当期間が経過しているものと認められる。したがって、本件規定は、許された裁量の範囲を逸脱して違法、無効というべきである。
しかし、滋賀県選挙管理委員会委員長については、月額報酬制をとる本件条例中の本件規定が、現時点で法203条の2第2項本文の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっているとは直ちに断じ難く、いまだ議会の裁量の範囲内にとどまっているものというべきである。
なお、被控訴人は、本件条例の本件規定が法2条14項及び地方財政法4条に違反し無効であるとも主張している。しかし、法及び地方財政法のこれらの規定は、地方公共団体が組織を運営し施策を実施していく上での指針ないし基本原則を示したもので、本件規定がこれらの規定との関係で直ちに違法無効になるというものではない。しかし、既に説示したように、昭和31年改正によって当時の法203条2項(現行の法203条の2第2項)が新設された理由の1つに法2条14項及び地方財政法4条が規定するような考え方があったのであり、当裁判所として、現にそのような考慮も踏まえた上で本件規定の適法違法を判断したものである。
7 被控訴人の公金支出差止請求の当否
そうすると、選挙管理委員会委員長を除く本件委員らに対し、法203条の2第2項との関係で違法無効な本件条例中の本件規定に基づき月額で報酬を支払うのは違法ということになる。そして、本件において控訴人からは地方自治法242条の2第6項の事由が存在する旨の主張はされていないから、滋賀県の住民である被控訴人は、控訴人に対し、これらの委員について公金の支出の差止めを請求することができる。
しかし、選挙管理委員会委員長については、本件規定に従って月額報酬を支払うのは違法ではないから、被控訴人の同委員長の月額報酬に関する差止請求は理由がないことになる。
第4結論
以上のとおり、原判決中選挙管理委員会委員長に関する請求を認容した部分は相当でないから、これを取り消した上で、その部分の請求を棄却し、原判決中その他の請求を認容した部分は相当であるから、その部分に対する控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 菊地浩明)
別紙〔省略〕