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大阪高等裁判所 平成21年(行コ)67号 判決 2009年9月18日

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴人らの申立て

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が,原判決別紙1の「議員名」欄記載の各人に対し,同別紙の各「議員名」欄に対応する「不当利得総額」欄記載の各金額の各不当利得返還請求権の行使を怠る事実がいずれも違法であることを確認する。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,大阪府の住民である控訴人らが,大阪府が平成18年6月から平成19年5月までの間に大阪府議会(以下「府議会」という。)会議又は委員会(以下「会議等」という。)に出席した原判決別紙1及び2の府議会議員(府議会議員であった者も含み,以下「本件議員ら」という。)に対し,大阪府議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき,1日あたり7000円から1万5000円の費用弁償を支給したこと(以下「本件費用弁償」という。)について,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,①主位的に,地方自治法に規定されていない会議等(以下「法定外会議」という。)への出席についても支給している点及び本件費用弁償額が実費を大幅に超えている点で違法であるから,本件費用弁償の支給を受けた本件議員らには,原判決別紙1の各「不当利得総額」欄記載のとおり,法定外会議への出席に係る費用弁償額と地方自治法101条1項の定める会議(以下「本会議」という。)及び同法109条1項,109条の2第1項及び110条1項の定める委員会(以下,「法定委員会」といい,本会議と併せて「法定会議」という。)への出席に係る費用弁償額の少なくとも半額の合計額2280万2000円に相当する不当利得が生じていると主張して,被控訴人が,本件議員らに対し,同別紙記載の各「不当利得総額」欄記載の各金額の各不当利得返還請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認を求め,②予備的に,府議会の会期外の法定外会議への出席は公務とはいえず,費用弁償の対象とはならないから,会期外の法定外会議への出席について支給している点及び本件費用弁償額が実費を大幅に超えている点で違法であるから,本件議員らには,原判決別紙2の各「不当利得総額」欄記載のとおり,府議会の会期中を除く期間の法定外会議への出席に係る費用弁償額とこれを本件費用弁償額から控除した額の少なくとも半額の合計額2262万8000円に相当する不当利得が生じていると主張して,被控訴人が,本件議員らに対し,同別紙記載の各「不当利得総額」欄記載の各金額の各不当利得返還請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認を求めた事案である。

2  原審は,法定外会議は普通地方公共団体の議会の活動を効率的かつ円滑に行うために合理的な必要性があるときは設置することができ,本件で問題とされた11の法定外会議の設置にはいずれも合理的な必要性を肯定することができ,本件議員らは,会期の内外を問わず,合理的な必要性があれば法定外会議を通じて活動することができ,これへの出席は費用弁償の支給事由となる,費用弁償の額の定めは議会の裁量に委ねられ,本件費用弁償の額が議会の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したとはいえない,として控訴人らの請求をいずれも棄却した。

3  法令等の定め及び前提事実

原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 法令等の定め」及び「3 前提事実」欄(原判決別紙1ないし同3を含む。)にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。ただし,4頁別表の住所地3枠中3行目の「四条畷市」を「四條畷市」に,5頁8行目の「議会史編纂委員会」を「議会史編さん委員会」にそれぞれ改める。

4  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「4 争点」及び「5 争点に関する当事者の主張」欄にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。ただし,11頁22行目の「原告」を「控訴人ら」に改める。

(2)  当審における控訴人らの主張の概要は,次のとおりである。

ア 費用弁償制度と報酬の導入

かつて地方議会の議員は名誉職とされ,費用弁償のみ支給され,報酬は支給されていなかったが,昭和21年の第1次地方制度改革によって報酬が支給されるようになり,昭和31年の地方自治法の改正によって定額支給を可能とする特例が認められるとともに,期末手当が支給されるようになり,さらに,平成12年には政務調査費制度が創設されるなど,議員の報酬が格段に充実されてきた過程で,費用弁償の制度はそのまま維持されたのであるから,費用弁償は適切に支給されるべきである。

府議会議員には,月額93万円の報酬,年間4.4か月分の期末手当,月額59万円の政務調査費(会派分を含む。)が支給され,その合計は年間優に2000万円を超える巨額なものである。

普通地方公共団体の議会の議員が会議に出席することに対して費用弁償を受給することは,報酬の二重の受領になり,その額も過大であるとして市民から多くの批判があり,大阪府を含め,多くの自治体で費用弁償の制度が廃止されたが,廃止されたからといって議員の活動には影響が出ていない。

イ 法定外会議出席に係る費用弁償の違法性

(ア) 法が法定外会議を許容していないことは原審でも主張したとおりであるが,法令の根拠なしに議会が内部組織に関する基本事項について自ら決定する自律権を有することはなく,憲法92条の法定主義の要請を受け,地方自治法は89条ないし123条において普通地方公共団体の議会について規定し,平成20年法律第69号による改正(以下「本件改正」という。)前は,地方自治法109条1項,109条の2第1項及び110条1項による常任委員会,議会運営委員会及び特別委員会のみ設置できることとされていたのであるから,法定外会議は,法令に根拠なく設置された事実上の組織でしかあり得ない。したがって,府議会議員が事実上の組織である法定外会議に出席したとしても,法的根拠に基づく職務とはいえないから,費用弁償を支給すべきではないことは,学説,行政実例及び判例に示されているところである。

(イ) また,法定外会議は一般に公開されず,そこでの決定事項が公表されることがなく,議事の運営について会議規則の適用もなく,発言も自由で何らの制約もないから,このような場で実質的な審議が行われると,法定会議が形骸化するおそれがある。例えば,法定会議である議会運営委員会の議題のすべてが法定外会議である議会運営委員会理事会に諮られているが,議会運営委員会理事会にかけられた議題のうち議会運営委員会に諮られていない議題が多くみられ,会議の時間も,議会運営委員会は議会運営委員会理事会のそれの半分以下と短い。このように,実質的な審議はすべて議会運営委員会理事会でなされ,議会運営委員会はそれを追認するか,議論が残っているものは議会運営委員会では議題にもされないなど,法定外会議が実質的な審理の機能を司り,法定会議がこれにお墨付きを与えるだけの形骸化したものになっている。これは,政務調査委員会においても同様であり,実質的な決定は法定外会議でなされていた。

他方,平成18年6月15日から平成19年5月29日までの間に府議会で開催された160件の会議のうち,15分以内に終わったものが41件あり,そのうち法定外会議が36件含まれ,2時間を超える会議47件のうち法定外会議は2件に止まるなど,法定外会議で実質的な審議がなされているともいえない。

(ウ) そして,本件改正は,普通地方公共団体の議会の議員の活動環境を極めて狭く設定している現行制度を,地方分権時代にふさわしい議員活動が展開できるようにするために,議員の職務活動領域を拡げたのであるから,本件改正前の議員としての活動範囲は,基本的には会期内の法定会議における活動に限られるとして非常に狭く解釈すべきであったもので,この点でも,原判決は本件改正の経緯を正しく理解していない。

ウ 本件費用弁償のうち会期外の法定外会議への出席に係る支給

仮に,法定外会議への出席が普通地方公共団体の議会の議員の職務であるとしても,法定外会議は議会の内部組織の一つであり,閉会中は議会の一切の活動能力が失われるため,その内部組織である法定外会議もその効力を発せず,法定外会議は事実上の会議に過ぎないから,その出席に係る費用弁償が支給できないことは,学説や多くの行政実例でも明らかである。本件が対象としている期間において,法定会議において閉会中の継続審査を議決したのは健康福祉常任委員会のみであり,それ以外の法定会議ではこのような継続審査の議決はしていない。なお,法定委員会において毎会議において継続調査の議決をしているところ,控訴人らはこの議決が会期外の審査を有効ならしめるものではないと考えるが,仮に被控訴人がそのような効果を期待しているとしても,ほぼ10年来同様な項目について議決しているのであって,特定の事件についての付議とはいえず,継続審査の要件を満たしていない。

したがって,本件費用弁償のうち,会期外の法定外会議への出席に係る支給は,本件議員らが法律上の原因なく取得したものであるから,不当利得に当たる。

エ 法定外会議出席に係る費用弁償支給についての条例上の根拠

本件条例4条3項は,府議会議員が①招集に応じ,若しくは②委員会に出席するため又は③その他公務のため,管内を旅行したときは,費用弁償を支給することとしているところ,上記②が法定委員会を指すことは明らかであり,上記②が上記③と並立する別個の事由として規定していることからすれば,上記③に法定外会議出席に係る費用弁償を含まないものと解すべきであるから,法定外会議出席に係る費用弁償の支給には,条例上の根拠を欠いている。

オ 本件費用弁償の額の不当性

(ア) 仮に,原判決が説示するとおり,費用弁償に日当が含まれるとしても,国家公務員の旅費に関する法律(以下「旅費法」という。)6条6項所定の日当は,旅行中の昼食代を含む諸費用に充てられるものと解されるところ,その額は同法別表第1の1に定められていて,指定職の職務にある者の日額が3000円であるため,ここから昼食代を1000円として控除すると,日当として認められる相当額はせいぜい2000円である。

(イ) 原判決は,タクシーを利用した場合の交通費をも償うことができる程度の額とすることも直ちに不合理であるとはいえない旨説示するところ,自宅等から議場への移動に限れば敢えてタクシーを利用しなければならない理由はないし,本件が対象とする期間中の会議はいずれも予定されていたもので突発的なものでなく,公共の交通機関を利用できる時間帯に開催されているのであって,タクシー利用を通常の状態とする費用弁償の額を認めたのは,明らかに府議会の裁量の範囲を超えたものである。費用弁償を定額で支給するのは,実費額に比較して多いときにも,少ないときにも一定の範囲で許容する趣旨であるから,まれにタクシーを利用することが考えられるとしても,これを前提に費用弁償の額を定める理由とはならない。

(ウ) 費用弁償の標準的な額は,公共交通機関を利用した費用と,一日1000円程度の雑費を加えたものとするのが相当であり,日当やタクシー代を含めて標準的な額を定めるのは相当ではない。

仮に,旅費法で定める3000円から昼食代1000円を控除した2000円を原判決にいう日当に相当するものとして標準的な費用弁償の額を定め,これと本件条例で定めた費用弁償額を比較すると,費用弁償額は平均で2.9倍,最小で2.3倍,最大で3.8倍にもなり,府議会の裁量の範囲を逸脱して違法である。したがって,本件議員らへの本件費用弁償のうち半分は不当利得になる。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も控訴人らの請求を棄却すべきものと判断するところ,その理由は,次のとおり訂正し,次項に当審における控訴人らの主張についての判断を補足するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  22頁14行目の「その裁量により」を「法律の許容する範囲内で」に改める。

(2)  22頁16行目の「もっとも,」を削除する。

(3)  26頁5行目及び同頁10行目の各「旧地自法」をいずれも「地方自治法」に改める。

(4)  27頁19行目の「議会史偏さん委員会」を「議会史編さん委員会」に改める。

2  当審における控訴人らの主張について,次のとおり補足する。

(1)  まず,法定外会議を設けることができるか否かについて検討する。

憲法は,地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定めるとし(92条),地方公共団体には,法律の定めるところにより,その議事機関として議会を設置すると定める(93条1項)。地方自治法は,憲法のこの規定を受けて,その第二編第六章に,議会についての詳細を定めるとともに,本件改正前には,普通地方公共団体は,常任委員会,議会運営委員会及び特別委員会の各委員会を設けることができるとし,かつ,各委員会の委員の構成,選任,委員会の所管事項,その審査・調査手続等を定め,委員会に関し必要な事項を条例に委任している(109条ないし111条)。憲法は,地方公共団体の組織及び運営に関する事項については法定主義をとり,本件改正前の地方自治法は委員会としては上記3種類の委員会のみを認めるに過ぎないから,これらの委員会に代わるような議案の審査及び調査を行う委員会を法律の根拠なく設けることはできないというべきである。

ところで,普通地方公共団体の議会は,憲法がその設置を義務付け,住民から直接選出された議員によって構成される議決機関であって,意思決定機関として広範な事項についての議決権を有する(地方自治法96条)ほか,普通地方公共団体の事務処理を適正ならしめるため,その事務の執行状況を監視する(同法98条)など,広範な権能を有している。そして,時代のすうせいとともに,普通地方公共団体の扱う事務はより複雑かつ多様なものになり,地方分権の重要性が強調される近時の状況においては,議会に求められる役割も増大し,その内容は一層複雑かつ多様なものになっている。また,近時の議会の運営については,会派の活動を無視し得ず,その意見集約的機能を活用したり,そのために会派間の連絡調整を行うことは不可欠である。議会が議案を審査し,普通地方公共団体の事務を監視するなどの機能を十分に果たすためには,議会が必要な情報を収集し,事前に自主的な協議又は調整を行う必要性はより大きなものとなっている。そうすると,普通地方公共団体の議会が,議案の実質的な審査や議会の適正かつ効率的な運営等のため,準備的かつ調整的な活動を行う場として,法定外会議を設けることには合理的な必要性が認められ,地方自治をめぐる近時の上記状況にかんがみると,これが地方自治の本旨に反するものでも,憲法や地方自治法の趣旨に反するものでもないというべきである。本件改正は,このような法定外会議を設ける合理的な必要性があることを前提に,これを会議規則の定めるところにより設置することを明らかにしたものというべきである(地方自治法100条12項)。

したがって,普通地方公共団体の議会が,議案の審査又は議会の運営等に関し,協議又は調整を行うための場として法定外会議を設けることができることは,本件改正前であっても同様と解すべきであり,本件法定外会議は,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の第2項4(4)に説示のとおり,いずれもその設置目的及び具体的協議内容にかんがみ,議案の審査又は議会の運営等に関して協議又は調整を行うとの合理的な必要性を認めることができ,法定会議による議案の審査や調査の前段階の準備や調整等を目的として,これに代わるものではないから,いずれも設置が許容される法定外会議ということができる。

(2)  会期外の法定外会議への出席に係る費用弁償

控訴人らは,仮に法定外会議への出席が議員の職務に含まれ,費用弁償の対象になり得るとしても,普通地方公共団体の議会が会期制を採用している以上,会期外の法定外会議への出席は議員としての職務に当たらず,費用弁償は支給できないと主張するので,この点について検討する。

法定外会議の設置が許容される場合があることについては,前記(1)のとおりであって,議案の審査や議会の適正かつ効率的な運営等のために準備的かつ調整的な活動を行うとの設置目的にかんがみると,その活動の場は,会期中に限定されるものではなく,閉会中に活動する合理的な必要性が認められる場合には,それへの出席は議員としての職務に当たり,費用弁償の対象となることも許容されると解される。なるほど,控訴人らが指摘するように,法定委員会における閉会中の継続審査等の在り方について検討を要する余地があるとしても,そのことのため,会期外の法定外会議への出席が議員としての職務に当たらないとはいえない。

(3)  費用弁償の額

控訴人らは,本件費用弁償に日当やタクシー代が含まれ,過大である旨主張するので,この点について検討する。

費用弁償については,あらかじめ支給事由を定め,それに該当するときには,実際に費消した額の多寡にかかわらず,標準的な実費である一定の額を支給する取扱いも許されると解されるところ,いかなる事由を費用弁償の支給事由と定めるか,また,標準的な実費である一定額をいくらとするかは,費用弁償に関する条例を定める当該普通地方公共団体の議会の裁量判断にゆだねられている(最高裁平成2年12月21日第二小法廷判決,民集44巻9号1706頁)。

会期の内外を問わず,法定外会議への出席が議員の職務といえることは前記(1)及び(2)のとおりであるから,本件費用弁償は支給事由を満たす上,交通費のほかに日当の弁償を含むと解されるところ,本件議員らの住所地に応じて段階的に定められている交通費が,鉄道その他の公共の交通機関を利用した場合の費用のみならず,タクシーを利用して移動した場合を償うことができることをもって,これが実費の弁償とはいえないような異常に高い金額を定めたものであるとまではいえないから,本件費用弁償の額が,府議会の裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるとは認められない。

ところで,平成20年7月の臨時府議会において,大阪府議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例の一部が改正され,府議会議員が公務のため府の区域内を旅行したときの費用弁償が廃止され,同年8月1日から施行されたため,以後,府議会議員の委員会出席に係る費用弁償はなされないこととなったが(乙19),これは,府の財政危機打開に向けて府議会として積極的に取り組むという姿勢を示すとの提案理由を付して府議会議員から提案されたもの(乙18)が可決されたのであって,府議会の裁量において費用弁償の支給事由が改正されたものであり,このような改正がされたからといって,従前の本件費用弁償の額が府議会の裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるとはいえない。

3  以上によれば,原判決は相当であり,本件各控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 田中義則 裁判官 永井尚子)

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