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大阪高等裁判所 平成21年(行コ)88号 判決 2010年5月27日

主文

1  第1審判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記の部分につき,被控訴人らの控訴人に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1審,差戻前の控訴審,上告審及び差戻後の控訴審を通じて被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨と訴訟の経過

本件は,兵庫県西宮市所在の各土地の固定資産税の納税義務者である被控訴人P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び承継前被控訴人亡P6(以下「被控訴人ら」という。)が,それぞれ,その所有する各土地(第1審判決別紙物件目録記載の各土地)につき,西宮市長により決定され土地課税台帳に登録された平成12年度の固定資産課税台帳登録価格を不服として控訴人に対して審査の申出をしたところ,控訴人からこれを棄却する旨の各決定を受けたため,その取消しを求めた事案である。

第1審は,上記目録記載の各土地のうち,市街化区域農地,雑種地及び原野(別表B欄ないしD欄記載の各土地,別表に被上告人とあるのを被控訴人と読み替える。)についての被控訴人らの請求は理由があるとして,上記各決定のうち当該部分に係る決定(以下「本件各決定」という。)を取り消し,その余の請求は理由がないとして棄却する旨の判決をした。控訴人は,これを不服として,第1審判決中控訴人敗訴部分の取消しと被控訴人らの請求の全部棄却を求めて控訴した。

差戻前の控訴審は,第1審判決は相当であるとして,控訴を棄却した。控訴人は,これを不服として,最高裁に上告受理の申立てをした。最高裁第二小法廷は,上告審として受理し,上記控訴審判決のうち上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき本件を当審に差し戻す判決(以下「本件上告審判決」という。)をした。

差戻後の当審での審判の対象は,控訴人の控訴の当否であり,被控訴人らの控訴人に対する請求中第1審判決認容部分が判断の対象となる。

2  前提事実(証拠等を摘示した箇所を除いて,当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により認められるもの。ただし,当審の審理対象部分に関するものに限る。)

(1)  兵庫県知事は,西宮市の全域を含む阪神間都市計画区域につき,昭和45年10月31日付けの都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。)により市街化区域及び市街化調整区域を定め,これによって同市α1町α2地区のうち約38.73haが市街化区域とされた(以下,この区域を「本件区域」という。)。

被控訴人P1,同P2,同P3,同P4,同P5並びに承継前被控訴人亡P6の相続人である被控訴人P7,同P8及び同P9は,別表記載のとおり,同表A欄記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を含む第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件所有各土地」という。)をそれぞれ所有(共有持分を有するものを含む。)している。本件所有各土地は,本件区域内に在り,そのうちの本件各土地の中には,同表B欄ないしD欄記載のとおり,市街化区域農地,原野及び雑種地が含まれている(以下,同表記載の各市街化区域農地,各原野及び各雑種地を順次,「本件各市街化区域農地」,「本件各原野」及び「本件各雑種地」という。)。

(2)  西宮市長は,平成12年2月,平成12年度における本件各土地を含む本件所有各土地の価格を第1審判決別紙評価決定目録1ないし6(枝番を含む。)の価格欄記載のとおり決定し(以下「本件評価決定」という。),西宮市備え付けの土地・家屋課税台帳に上記価格(以下「本件登録価格」という。)を登録した。

被控訴人らは,控訴人に対し,平成12年5月10日,本件区域は,都市計画法7条2項に規定されている市街化区域の実体的要件を欠くから,本件都市計画決定は違法であり,これを前提とした本件評価決定も当然に違法であると主張し,本件登録価格を不服として審査の申出を行った(以下「本件審査申出」という。)。

控訴人は,平成13年6月12日,本件都市計画決定の適法性について判断を行う立場になく,本件評価決定は,地方自治法,固定資産評価基準及び西宮市土地評価要領に基づき適正に行われたものであるとして,本件審査申出をいずれも棄却する旨の決定をした(以下「本件審査決定」という。)。

被控訴人らは,平成13年8月13日,本件訴訟を神戸地方裁判所に提起した。

(3)ア  地方税法349条1項は,土地に対して課する基準年度の固定資産税の課税標準を,当該土地の基準年度に係る賦課期日における価格で土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録されたものとすると規定している。同法388条1項は,総務大臣は,固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)を定め,これを告示しなければならないと規定し,同法403条1項は,市町村長は,固定資産評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならないと規定している。また,同法附則19条の2第1項は,昭和47年度以降の各年度に係る賦課期日に所在する市街化区域農地に対して課する固定資産税の課税標準となるべき価格については,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の固定資産税の課税標準とされる価格に比準する価格によって定められるべき旨を規定している。

イ  上記アの地方税法388条1項の規定に基づき定められた固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成12年自治省告示第217号による改正前のもの。以下「評価基準」という。)は,市街化区域農地等の評価について次のとおり定めている。

(ア) 市街化区域農地

市街化区域農地の評価については,沿接する道路の状況,公共施設等の接近の状況その他宅地としての利用上の便等からみて,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の価額を基準として求めた価額から当該市街化区域農地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる造成費に相当する額を控除した価額によってその価額を求める方法による(評価基準第1章第2節の2)。

(イ) 宅地

a 宅地の評価は,各筆の宅地について評点数を付設し,当該評点数を評点1点当たりの価額に乗じて各筆の宅地の価額を求める方法による。各筆の宅地の評点数は,市町村の宅地の状況に応じ,主として市街地的形態を形成する地域における宅地については,市街地宅地評価法によって,主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地については,その他の宅地評価法によって,それぞれ付設する。ただし,市町村の宅地の状況に応じ必要があるときは,主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地についても,市街地宅地評価法によって各筆の宅地の評点数を付設することができる(評価基準第1章第3節)。

b 市街地宅地評価法

宅地を商業地区,住宅地区,工業地区,観光地区等に区分し,各地区について,その状況が相当に相違する地区ごとに,その主要な街路に沿接する宅地のうちから奥行,間口,形状等の状況が当該地域において標準的なものと認められる標準宅地を選定する。

標準宅地について,売買実例価額から正常な条件の下での価額を求め,この価額から適正な時価を求め,その単位地積当たりの適正な時価に基づいて当該標準宅地の沿接する主要な街路についての路線価を付設し,主要な街路以外のその他の街路については,近傍の主要な街路の路線価を基礎とし,主要な街路に沿接する標準宅地とその他の街路に沿接する宅地との間における宅地利用上の便等の相違を総合的に考慮して,その単位地積当たりの路線価を付設する。

各筆の宅地の評点数は,その沿接する路線価を基礎とし,各宅地の状況に従って所定の補正を加える方式(画地計算法)を適用して決定し,各筆の宅地の価額は,この評点数に評点1点当たりの価額を乗じて算出する。

c その他の宅地評価法

状況類似地区ごとに標準宅地を選定し,選定された標準宅地について,売買実例価額から評定する適正な時価に基づいて評点数を付設し,標準宅地の評点数に比準して,状況類似地区内の各筆の宅地の評点数を付設する。

(ウ) 原野,雑種地

原野,雑種地の評価については,その売買実例から評定する適正な時価によってその価額を求める方法によるが,市町村内に原野又は雑種地の売買実例価額がない場合には,原野又は雑種地の位置,その利用状況等を考慮し,付近の土地の価額に比準してその価額を求める方法(以下,後者の方法を「近傍地比準方式」という。)による(評価基準第1章第9節,第10節一)。

ウ  西宮市は,評価基準に基づいて土地を評価するための評価事務の要領として西宮市土地評価要領(以下「評価要領」という。)を定め,評価基準及び評価要領に基づいて土地の評価を行うこととしている。評価要領は,市街化区域農地の評価について前記イ(ア)と同様の評価方法を定めるとともに具体的な造成費相当額を定め,宅地の評価については,各筆の宅地の評点数は市街地宅地評価法によって付設する旨定めている。また,本件各土地が所在する地区の市街化区域内の原野及び雑種地の評価については,付近の宅地の単価に造成費相当比準率及び地積をそれぞれ乗じてその価格を求める旨を定めている。

(4)  西宮市長は,本件各土地の平成12年1月1日における価格を,それぞれ,以下の算定方法により第1審判決別紙評価決定目録中の本件各所有土地に係る各価格欄記載のとおり決定し,土地課税台帳に登録した。

ア 本件各市街化区域農地の価格の算定方法

西宮市長は,評価基準及び評価要領に基づき,市街地宅地評価法により本件区域内の宅地(西宮市α1町α3×又は同町α4××所在の宅地)を標準宅地として選定し,各街路に路線価を付設しこれを基礎として画地計算法を適用した上,評価要領所定の造成費相当額の評点数を控除して当該市街化区域農地の評点数を付設し,この評点数に評点1点当たりの価額(1円)を乗じて,本件各市街化区域農地の価格をそれぞれ算出した(甲8の2,10~12の各2)。

イ 本件各原野及び本件各雑種地の価格の算定方法

西宮市長は,評価要領に基づき,市街地宅地評価法により本件区域内の宅地(上記アの宅地に同じ。ただし,本件各原野については,西宮市α1町α3×所在の宅地のみ。)を標準宅地として選定し各街路に路線価を付設しこれを基礎として画地計算法を適用した上,評価要領所定の造成費相当比準率を乗じて当該原野又は雑種地の評点数(1m²当たりのもの)を求め,これに地積を乗じて当該原野又は雑種地の評点数を付設し,この評点数に評点1点当たりの価額(1円)を乗じて,本件各原野及び本件各雑種地の価格をそれぞれ算出した。

3  争点と当事者の主張

被控訴人らの差戻後の当審における主張を次のとおり付加補充するほかは,第1審判決11頁6行目から同19頁2行目までのとおりであるから,同部分を引用する。

(1)  市街化区域の要件は,都市計画法7条2項(平成12年法律第73号による改正前のもの),同法施行令8条1,2号(平成12年6月7日政令第312号による改正前のもの),同法施行規則8条1,2号(平成12年11月20日建設省令第41号による改正前のもの)に具体的に規定されているところ,差戻前の控訴審判決が本件区域の実態について詳細に認定したとおり,本件区域は上記法令の要件を満たしておらず,本件都市計画決定により本件区域を市街化区域としたことは,市街化区域の実質的ないし実体的要件を全く欠く違法な決定であることは明白である。そうであるとすれば,本件区域が市街化区域であることを前提として,地方税法附則19条の2,評価基準第1章第2節の2を適用して宅地並み評価をすることは許されず,農地については,その原則的評価方法を定めた評価基準第1章第2節一,二によって評価しなければならず,原野については,評価要領第2章第7節によって農地介在農家として,雑種地については,評価要領第2章第8節により農地介在雑種地として評価しなければならない。そうすると,西宮市長が本件各土地を市街化区域の土地として評価した本件登録価格が適正な時価を大きく上回ることは明らかである。

(2)  しかるに,本件上告審判決は,市街化区域内の農地,原野及び雑種地は宅地化の需要が生じやすい区域に在り,本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映されることに照らせば,本件区域全体の市街化の程度,見込みのみをもって直ちに,本件区域内市街化区域農地,原野及び雑種地が一般的に宅地に準じた価格で取引される状況にないということはできず,評価基準及び評価要領所定の評価方法によって,その価格を適切に判定することのできない特別の事情があるということはできないと判示している。

本件上告審判決は,「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映する」こと及び「市街化区域農地は宅地化の需要が生じやすい区域にある」との一般的経験則を掲げるが,これが本件区域内の土地について成り立っているか否かについては全く審理されていないから,差戻後の裁判所を拘束するものではなく,上記の点については審理の対象とされるべきである。

(3)  本件上告審判決は,西宮市長が,実体を満たしているかどうかはともかく,形式上は市街化区域と都市計画決定されている本件区域内の宅地を標準地として選定し,評価基準等の定めている評価方法によって価格を算定していることを主要な根拠として,その標準地の価格によって算定された価格を本件区域全体に及ぼした結果,上記のような論旨に至ったものと推察される。

しかし,上記標準地は,いずれも主要地方道α5線及びそれと交差するα6線,あるいはそれの近くに接する旧道沿いの宅地で,本件区域の2割足らずの部分に在り,α2集落の人家はおおむねこの部分に集中している。この部分は,本件区域のうちでは,ごくわずかな例外的部分である。それに対し,その余の本件区域の大部分は,α7山の砂防地区に在り,山麓部分は宅地造成規制地区に指定されており,本件区域の山頂部分に設けられた2箇所の砂防堰堤に防護された急峻な傾斜地の棚田,雑種地,原野及び雑木林であって,土砂崩れ(土石流),山崩れの危険の高い区域である。このように,本件区域全体としては,市街地を形成していないことはもとより,「おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域となることが見込まれている土地」とはおよそ無縁の土地である。本件区域内の農地の転用事例も,昭和45年に本件区域が市街化区域と都市計画決定されてから今日までの35年余の間にわずかに13例で,それも,上記平坦部分の主要地方道沿いに集中しており,それ以外の部分の転用,開発行為はない。したがって,上記標準地として選定された宅地は,本件区域内のほとんどの農地とはその状況に類似性がない。したがって,それを基礎とした価格は,適正な時価とはいえない。本件原野及び雑種地についても同様である。

(4)  本件区域は,山腹に位置する「ひとで」のような不整形な地形で,しかも起伏の激しい山腹の高低差100mに及ぶ傾斜地であり,土砂崩れの危険性も高い区域である。この区域に縦横に道路を開設するなどして市街地の形態を整えた上で上下水道等最小限の都市施設を整備することは物理的,技術的に不可能であるか,可能であるとしても莫大な工事費を要することになり,結局市街化を図ることは不可能というべきであるから,本件区域の土地が宅地としての潜在的価値を有することはない。市街化区域としての評価基準によっては適切な価格算定のできない特別な事情がある。

(5)  本件区域の地域別の検討等

ア 本件区域は,本件区域をほぼ東西に通じ,東はα8山頂に向かい,西はα9方面に向かう旧道(以下「本件旧道」という。甲56)を境にして,南側の山頂寄りの部分(以下「山頂側地域」という。)と,北側の山裾側の比較的平坦な部分(以下「山裾側地域」という。)とでは,全くその状況を異にしている。

山裾側地域は,本件旧道から更にいくつもの旧道が分岐し,それらの旧道に沿接して人家が集中しており,本件都市計画決定後今日まで約35年間に13例というわずかに存する農地の宅地転用,売買の事例もこの地域に集中している。

他方,山頂側地域は,おおむね南の山頂側に向かって棚田が広がり,その南側は樹木に覆われた山林となっており,その急峻な山林となった土地の一部までが市街化区域に指定されている。そして,山頂側地域のうち,α10川の両岸部分の多くが生産緑地地区であり,α10川東側の階段状農地部分については市街化区域に決定された昭和45年以来一件も宅地転用事例がない。ことからして,市街化区域の実態を欠いていることは明らかである。このことは,山頂側地域が市街化の見込みないし可能性が全くないことを示すものである。山頂側地域に関しては,本件上告審判決のいう「本件区域内の市街化の程度は,本件区域内の宅地の価格にも反映される」という経験則が妥当しない地域であるということができるから,本件区域を市街化区域として評価基準を適用して適正な時価を算定することのできない特別の事情がある。

イ 山頂側地域のうち,山頂寄り部分の土地に所在する個々の土地については,急峻な山岳地帯や崖地にあるなど,到底宅地化を見込めない土地があり,これらは,市街化区域としてした評価基準所定の評価方法によること自体に違法がなくても,その評価は適正な時価を超えるものとなることは明らかであって,このような場合には,当該土地の価格を適切に算定できない特別の事情があるということができる(詳細は被控訴人ら第25,第27準備書面参照)。

第3当裁判所の判断

1  本件区域の現状について

証拠(甲15,16,17の1~5,18,23,24,25の1・2,28~30,32,46,47,48の1・2,52,59)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認定できる。

(1)  本件区域は,西宮市の北部,α8山系の北側の斜面山腹にあり,他の市街地から離れた飛び地の市街化区域である。本件区域の形状は山の尾根の部分をできるだけ避けるようにした不整形であるが,それでも土地の起伏は高低差約100mに及ぶ凹凸の激しい地域である。本件区域の面積は約38.73haである。

(2)  本件区域には,南北に主要地方道α5線が,東西に主要地方道α6線が走り,本件区域の中央部分(α11交差点)で両道路が交差し,α5線は,α12有料道路に接続している。

本件区域において,建物の多くは二つの主要地方道及びこれに近い旧道の比較的平坦な部分に集まっており,建物の連たんしている地域は本件区域の約2割である。

本件区域のその他の部分は,おおむね農地,雑種地,原野及び山林(雑木林)で,農家住宅等が点在するにとどまり,本件区域全体として市街地を形成していない。なお,農地の相当部分が生産緑地である。

(3)  西宮市全体及びα1町全体の人口は,昭和35年以降おおむね増加傾向にあるといえるが,本件区域を含むα2地区の人口は昭和60年をピークとして,その後漸減傾向にある。すなわち,α2地区(面積約916ha)の人口及び世帯数は,昭和40年以降増加傾向にあり(昭和40年の人口は669人,昭和45年の人口は679人である。),特に昭和45年から昭和55年にかけて増加したが,その後,核家族化に伴い世帯数こそ増えたものの,人口は昭和60年に856人に達した後は減少傾向に転じ,平成16年の人口は739人にとどまっている。

既に昭和46年ごろには旧来からあった幼稚園が園児が少なくなったという理由でα13に統廃合され,また本件区域内にあるP10小学校は,児童数減少のため平成22年3月限り閉校と決定されている。

また,平成12年の西宮市全体の人口密度は44.47人(1ha当たり)であるのに対し,平成14年12月時点の本件区域内の人家の数は88戸,人口は290人,人口密度は7.49人(1ha当たり)にとどまる。

(4)  昭和48年から数回にわたって撮影された航空写真によれば,平成2年3月に撮影されたものでは,α5線の工事が行われている様子が認められ,平成8年3月に撮影されたものでは,完成したα5線の北部の沿線に若干建物の増加が見られるが,α5線沿線の一部を除いては,本件都市計画決定がなされた昭和45年以来,本件区域の状況が大きく変わった様子は見られない。

(5)  昭和46年3月6日に行われた西宮市議会3月定例会議事日程によれば,この日から見て過去5年間にα2ではたった3戸しか家が増えていないことが指摘された上,α2の市街化区域について質問がされ,助役が,最初市当局は,この地域を市街化区域にすることは若干無理がある,10年間で市街化するということについて無理があるのではないかという点もいろいろ考えて,都市計画審議委員会にも説明したが,地元から市街化区域にして欲しいという陳情がなされ,同委員会でも地元の意向を忖度して市街化区域として認めようということになったと答弁した(甲23)。

(6)  本件区域内の市街化区域農地,原野又は雑種地が宅地への転用を前提として又は宅地に準ずる価格で取引された事例として控訴人が指摘するものは,本件都市計画決定から約35年間で13例にとどまり,その大半が主要地方道α5線沿いに所在する土地に係るものである。

2  本件区域の市街化区域としての実態について

(1)  本件区域は,昭和45年10月31日付けの本件都市計画決定により市街化区域とされたものであるところ,前記第2の2の前提事実によれば,市街化区域農地,原野及び雑種地のいずれかである本件各土地は,市街化区域に所在することにより,固定資産評価基準による価格の評価方法に影響が生じるものと認められる。しかるところ,被控訴人らは,本件区域は本来市街化調整区域になるべき区域であり,市街化区域としての実態がないのに,市街化区域とされていることによって,本件各土地が不当に高く評価されている旨主張する(争点1)。

(2)  そこで,本件区域が市街化区域指定の実態を有しているかを検討する。

都市計画法7条2項は,「市街化区域は,すでに市街地を形成している区域及びおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域とする。」と定めている。同法施行令8条1号(平成12年6月7日政令第312号による改正前のもの)は,区域区分に関し必要な技術的基準を定めているが,その1号は,「すでに市街地を形成している区域として市街化区域に定める土地の区域は,相当の人口及び人口密度を有する市街地その他の既成市街地として国土交通省令で定めるもの並びにこれに接続して現に市街化しつつある土地の区域とすること。」と規定し,上記の「国土交通省令で定める」土地の区域に関し,同法施行規則8条(平成12年11月20日建設省令第41号による改正前のもの)が規定している。

まず,前記1認定の事実によれば,本件区域が本件評価決定の基準日である平成12年1月1日当時既に市街地を形成している区域といえないことは明らかである。すなわち,平成12年1月1日時点における人口密度が,同法施行規則8条1号が既成市街地の条件として定める「人口密度が1ha当たり40人以上であること」には程遠く,かかる要件を満たさないことは明らかであるから,同法施行令8条1号の要件を満たさないことも明らかであって,「すでに市街地を形成している区域」には該当しない。また,本件区域に接続する既成市街地は存在しないから,本件区域は,同法施行規則8条2号の要件を満たさず,また,同法施行令8条1号後段の「これに接続して現に市街化しつつある土地の区域」にも該当しない。

次に,前記1認定の事実によれば,昭和46年当時の助役が,市議会において,本件区域を市街化区域とするか検討する際に,市当局としては,当初10年間で市街化するということについて無理があるのではないかと考えていたと述べていること,本件区域は,本件都市計画決定において,「おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」として市街化区域と定められたはずであるが(既成市街地に当たると認定されたとは考えられない。),結果的には平成12年までの間に,優先的かつ計画的に市街化が図られたとはいい難いこと,α5線沿線で建築物が多少増加してきたほかは目立った市街化の様子はないこと,α2地区では昭和60年以降人口が漸減傾向にあること,農地の相当部分が生産緑地であることが認められ,これらからすると,「おおむね十年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」に該当するのかについては疑問を禁じ得ないといわねばならない。しかし,他方,証拠(甲15,20,33,42,49)及び弁論の全趣旨によれば,平成3年3月25日にα12有料道路が開通し,本件区域は,西宮市街地から自動車で20分程度で行き来できるようになったこと,α12有料道路の降り口から本件区域に至る道路(α14道路)途中の南側は宅地造成され住宅街となっている部分があること,昭和45年以降に西洋料理P11や料亭P12が開店していること,本件区域よりも更に北方にあるα15インターからα16方面の道路沿いには幾つもの団地(α17,α18,α19,α20,α21など)が形成されていることが認められるところ,これらに,昭和46年3月1日に行われた第131回(定例)兵庫県議会会議録(第5日)(甲22)において,西宮市α1町α2地区の市街化区域の線引きについて,当該区域が市街化区域の要件を満たしていると考えているのかという質問がなされたのに対して,土木部長が,α2地区を市街化区域に設定したのは,県道α22線及び県道α23線の各幹線道路の接点に当たる交通の要衝であり,地形的自然的な条件を勘案の上,農業サイドと調整をとって,飛び地的な最小限度の範囲を市街化区域として,今後西宮市北部の開発の拠点としたかったこと,地元からの強い要請があったことなどを答弁していることが認められることをも併せ考慮すると,本件区域についても西宮市のベッドタウンとして将来的には開発が進む可能性もなくはないものと推認される。これに,α11交差点は,α24,α16,α15インター,西宮市街を結ぶ交通の要衝ともいえる中間地点に位置し,その発展が遅れているものの魅力的な位置関係にあるということができることなどをも加味すると,将来の見通しの問題であって不確定要素を多分に含むものであるとはいえ,本件評価決定当時,「おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」に該当しなかったとまではいい難い。

以上を総合すれば,本件区域は,平成12年1月1日当時において,市街化区域としての実質を全く欠いていたものとまではいえないと解するのが相当である。

(3)  被控訴人らは,本件区域を市街化区域とする本件都市計画決定は違法であり,その違法性は本件評価決定に承継され,本件評価決定の違法事由として上記の本件都市計画決定の違法を主張することができる旨主張する(争点2,3)。しかしながら,被控訴人らが主張するように,本件評価決定の違法事由として本件区域を市街化区域とした本件都市計画決定の違法を主張することができるとしても,前記(2)で認定,判断したところに照らせば,本件都市計画決定において本件区域を市街化区域としたことが,市街化区域の実体的要件を欠いた違法なものとまで断じることはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。

3  そこで,以下,本件区域を市街化区域としてした評価基準の適用について誤りがあるか否かを検討することとする。

(1)  市街化区域における評価基準の適用について

ア 本件各市街化区域農地について

市街化区域は,都市計画区域のうち,既に市街地を形成している区域又はおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域として,都市計画に市街化調整区域との区分が定められた区域とされている(都市計画法(平成12年法律第73号による改正前のもの)7条1項,都市計画法7条2項)。市街化区域については,都市計画において用途地域を定め,都市施設のうち少なくとも道路,公園及び下水道を定めるものとされている(都市計画法(上記改正前のもの)13条1項2号,6号)ほか,市街地開発事業を施行することができることとされる(同項7号,8号)など,都市計画法上優先的かつ計画的に市街化を図るための諸施策が講じられることとされている。特に,宅地造成等の開発行為については,市街化調整区域における開発行為が市街化の抑制の見地から規制を受けるのに対し(同法29条,33条及び34条),市街化区域においては,政令所定の規模未満の規模の開発行為は同法29条1項の開発許可を受けることなく行うことができ(同項1号),開発許可を受けることを要するものについても市街地として最低限度必要な水準を確保するために設けられた基準に適合すれば許可すべきものとされ(同法33条),市街化調整区域における開発行為に比べ,その規制の程度は緩やかなものとされている。

市街化区域農地は,都市計画上,上記のように位置付けられている市街化区域に在って,農地法4条1項又は5条1項の許可を受けることを要せず,あらかじめ農業委員会に届け出ることによって,農地以外のものに転用し又はそのために同法3条1項本文所定の権利を設定し若しくは移転することができるものとされている農地であるから(同法4条1項5号,5条1項3号),宅地化の需要が生じやすい区域に在り,かつ,宅地への転用が容易な農地であり,取引される場合には宅地に転用される可能性が高く,その意味で,宅地としての潜在的価値を有する農地ということができる。そして,このことは,正常な条件の下に成立する市街化区域農地の取引において前提とされることが通常であるから,その客観的な交換価値を算定する上で必ず考慮されなければならない要素というべきである。

地方税法附則19条の2第1項は,上記のことなどから,市街化区域農地の適正な時価は,一般に,これに状況が類似する宅地の適正な時価に準じた水準にあるとの理解に基づいて,課税の公平及び市街化区域における宅地の供給の促進の見地から,市街化区域農地に対して課する固定資産税の課税標準となるべき価格については,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の固定資産税の課税標準とされる価格に比準する価格によって定められるべき旨を規定していると解される。評価基準所定の市街化区域農地の評価方法は,上記規定に従うものであり,市街化区域農地の適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものということができる。また,前記前提事実によれば,評価要領は,評価基準の定めを具体化するものとして一般的な合理性があるということができる。

上記の事情は,本件区域内の市街化区域農地にも妥当し,また,本件区域内の市街化の程度は,本件区域内の宅地の価格にも反映されると考えられる。

そうすると,西宮市長が決定した本件各市街化区域農地の前記各価格は,評価基準及び評価要領に従って決定されたものと認められる場合には,それらの定める評価方法によっては本件各市街化区域農地の価格を適切に算定することのできない特別の事情の存しない限り,その適正な時価であると推認するのが相当である。

イ 本件各原野及び本件各雑種地について

評価基準所定の近傍地比準方式は,市町村内に原野又は雑種地の売買実例価額がない場合における原野又は雑種地の適正な時価を算定する方式として,一般的な合理性があるということができる。市街化区域に在る原野及び雑種地は,上記アのように宅地化の需要が生じやすい区域に在る上に,宅地への転用については市街化区域農地のように農地法による規制を受けることもなく,宅地への転用が容易であり,宅地に転用される可能性が高い土地であるということができる。そして,本件区域内の原野及び雑種地についても上記事情が妥当し,本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格に反映されると考えられる。

そうすると,西宮市長が決定した本件各原野及び本件各雑種地の前記各価格は,評価基準及び評価要領に従って決定されたものと認められる場合には,それらの定める評価方法によっては本件各原野及び本件各雑種地の価格を適切に算定することのできない特別の事情の存しない限り,その適正な時価であると推認するのが相当である。

(以上の説示につき本件上告審判決理由参照)

(2)  上記(1)で説示したところによれば,本件評価決定の違法性を判断するに当たっては,① 西宮市長が決定した本件各土地の価格が評価基準及び評価要領の定めに従って算出されたかどうかという点,及び② 評価基準及び評価要領所定の評価方法によっては当該土地の価格を適正に算定することのできない特別の事情があるか否かという点を検討することとなる(本件上告審判決理由参照)。

まず,①については,前記前提事実(第2の2(3)(4))のとおり,固定資産評価基準,評価要領に従って算出されたものであることが認められ,この点に違法はない。

次に,②について,被控訴人らは,本件区域が市街化区域の実態を有さず,本件区域に市街化区域内の農地等の評価方法を定めた評価基準等の規定を適用して価格を算定すると適正な時価を上回ることになるからその限度で本件評価決定は違法となる旨を一貫して主張し,それが本件上告審判決のいう特別の事情に当たると差戻後の当審において主張するものである(以下,被控訴人らの主張に合わせて,「市街化区域農地」と表示して検討するが,「原野,雑種地」においても同様である。)。

しかしながら,上記(1)で説示したところと前記第2の1で認定したところによれば,市街化区域農地は宅地としての潜在的価値を有する農地ということができ,このことは,正常な条件の下に成立する市街化区域農地の取引において前提とされることが通常であるから,その客観的な交換価値を算定する上で必ず考慮されなければならないし,また,本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映されることに照らせば,本件区域の実態だけでもってして上記特別の事情があるとすることはできないといわねばならない。

そこで,被控訴人らは,本件上告審判決が前提とする「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映する」こと及び「市街化区域農地は宅地化の需要が生じやすい区域にある」との一般的経験則が本件区域内の土地については成り立っていない,そしてそのことが上記の特別の事情に該当する旨を主張し,本件区域を二分し,またより個別具体的に本件各土地を見て,上記一般経験則が当てはまらない特別の事情が存すると論じるので,以下検討する。

(3)  本件地域を東西に通じる旧道を境にして南北に二分し,そのそれぞれの地域について市街化区域とした評価基準の適用について被控訴人らは,差戻後の当審において,本件地域を東西に通じる本件旧道(甲56)を境にしてその南側に当たる山頂側地域と北側に当たる山裾側地域に二分し,とりわけ山頂側地域については,市街化区域の実態を有しないから,市街化区域として宅地並評価をした評価基準適用が違法である旨主張するので,これについて検討する。

ア 山裾側地域について

被控訴人らの主張によっても,前記1認定程度の地域状況しか窺うことができないところ,前記2(2)のとおり,平成3年3月25日にα12有料道路が開通し,本件区域は,西宮市街地から自動車で20分程度で行き来できるようになったこと,本件区域よりも北にあるα15インターからα16方面の道路沿いには幾つもの団地(α17,α18,α19,α20,α21など)が形成されていることが認められ,西宮市のベッドタウンとして将来的には開発が進む可能性がなくはないものと推認される上,α11交差点は,α24,α16,α15インター,西宮市街を結ぶ交通の要衝ともいえる中間地点に位置し,その発展が遅れているとはいえ,魅力的な位置関係にあるということができることからすると,「本件区域の市街化区域農地は宅地化の需要が生じやすい区域にある」との一般的経験則が妥当しない区域とまではいい難い。また,上記のとおり13件の宅地転用の取引事例があったということは,そのような程度ではあってもその市街化の程度が本件区域内の宅地の価格に反映するということができるのであって,「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映する」との一般的経験則が本件区域に妥当しないということはできない。

他に,「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映する」こと及び「市街化区域農地は宅地化の需要が生じやすい区域にある」との一般的経験則が上記山裾側地域内の土地について成り立っていないとの事実関係を認めるに足りる証拠はない。

イ 山頂側地域について

証拠(甲19の2,50~52,57~59)及び弁論の全趣旨によれば,山頂側地域は,本件区域の中央(α11交差点)よりやや西寄りを南北に流れるα10川の西側にほぼ沿って設置された道路を中心にして民家が存在すること,おおむね南方向の山頂側に向かって標高が上がり,その山腹に棚田が広がり,更にその南側は樹木に覆われた山林となっていること,その山林となった土地の一部までが市街化区域に指定されていること,「西宮市の都市計画に関する基本的な方針」第3章地区別構想(α25地区)の地区概況図(甲19の2の5頁)にもおおむね山裾側地域に当たる部分は既成住宅地とされているのに対し,山頂側地域は田畑が多く残る地区と記載されていること,山頂側地域のうち,α10川の両岸部分に存する農地の多くが生産緑地地区に指定されていること,山頂側地域のうち,α10川の東岸部分の階段状農地については昭和45年の市街化区域決定以降1件も宅地転用の事例がないことが認められる。そして,後記のとおり生産緑地地区の市街化は規制されていることや,昭和40年代以降の高度経済成長や不動産取引ブームの時期を通じて上記の状況であったことにも鑑みると,山頂側地域は山裾側地域よりも里山の風情を強く残したまま存置されてきた地域であり,発展とは縁遠い状況にあるということができる。

しかしながら,山頂側地域が全般的にみれば市街化区域の実態を有していないとしても,その地域の市街化の程度は同地域内の宅地の価格に反映されることに照らせば,本件区域中の山頂側地域だけを取り上げても,上記のような事実関係のもとで,その市街化の程度,見込みのみをもって直ちに,本件区域内の市街化区域農地が一般的に宅地に準じた価格で取引される状況にないということはできない。

この点,被控訴人らは,上記の「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映される」との一般的経験則は山頂側地域には妥当しないとして,山頂側地域東側は昭和45年に本件区域が市街化区域に指定されて以降今日までの間に宅地転用,開発行為の事例は一件もなく,市街化の実現,進行の事蹟が全くないから,市街化の程度が反映される宅地の価格を示す事例が存在しないなどと主張する。しかしながら,前記のとおり,平成3年3月25日にα12有料道路が開通し,本件区域は,西宮市街地から自動車で20分程度で来ることができるようになったこと,また,既に昭和47年に料亭P12が山頂側地域西側に開店していること(甲42)が認められ,これらによれば,山頂側地域についても開発行為は及んでいないということはできないのであって,それは本件区域内の宅地の価格に反映されるべき事象ということができるし,上記の地理的関係にあることは,宅地化の需要が生じやすい区域であるということもできるというべきである。

他に,「本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映する」こと及び「市街化区域農地は宅地化の需要が生じやすい区域にある」との一般的経験則が上記山頂側地域内の土地について成り立っていないとの事実関係を認めるに足りる証拠はない。

(4)  山頂側地域のうち,山頂寄り部分の個別の土地について,市街化区域としてした評価基準適用の誤りについて

ア さらに,被控訴人らは,山頂側地域のうち,山頂寄り部分の個別の各土地について,市街化(宅地化)は見込めないから,市街化区域とした評価基準を適用することについては誤りがある旨縷々主張する。

しかしながら,上記(3)で検討したとおり,本件区域の山頂側地域についても上記各経験則は妥当するのであり,それを個別の土地について見た場合においても基本的に異なるところはないというべきである。

もっとも,個別の土地について検討する場合は次の点が問題になり得る。すなわち,土地の適正な時価の算定は,個々の土地について個別的,具体的に鑑定評価することが最も正確な方法ということになると考えられるからである。しかしながら,地方税法403条1項は,評価方法を総務大臣の定める固定資産評価基準によることとし,もって,大量の固定資産の評価について,各市町村の評価の均衡を確保するとともに,評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消しようとしている。そして,固定資産評価基準は,各筆の土地を個別評価する方法に限らず,むしろ,標準地の適正な時価に基づいて所定の方式に従って評価する方法を幅広く採用しているから,個別的な評価と同様の正確性を有しない場合が生ずることもあり得るのであり,個別の土地価格の厳正な評価とは異なることからすると,基本的には,本件区域内の市街化の程度は本件区域内のそれぞれの土地の価格にも反映されるといえるのであって,そのそれぞれについてその適用に誤りが存するとはいえないというべきである。したがって,被控訴人らの主張が,この点を問題とするものであるとすれば,これも理由がない。

イ 次に,被控訴人らは,個々の土地については,急峻な山岳地帯や崖地にあるなどの特殊な事情により到底宅地化を見込めない土地があり,これらは,市街化区域としてした評価基準所定の評価方法によること自体に違法がなくても,その評価は適正な時価を超えるものとなることは明らかであって,このような場合には,当該土地の価格を適切に算定できない特別の事情があるということができる旨を主張する。

本件各土地のうち,被控訴人らが具体的に挙示する第1審判決別紙物件目録4の6~8(西宮市α1町α26△番から△△番)の土地について検討する。

証拠(甲44,49,57<写真⑳~<22>>,58<写真⑦~⑩>)及び弁論の全趣旨によれば,同目録4の6~8の土地(区分は宅地介在原野)は,α11交差点の南西方向約4~500m辺りにあり,本件区域のほぼ南端に位置すること,α10川の西側には家屋があるが東側には家屋はなく,同川により分断された東側の山中の土地であること,ここに通じる道の記載がないことが認められる。しかも,証拠(甲55)によれば,上記各土地の北側は,α10川を挟んで両側ともにおおむね生産緑地地区であることが認められ,この生産緑地地区部分が市街化されることは同部分が生産緑地地区である限りはないということができる。そうすると,同目録4の6~8の各土地は,今後の市街化にも相当に疑問を抱かせる土地であるといわざるを得ない。

しかしながら,α11交差点の100mほど西方の地点から南の方向にα10川にほぼ平行して走る道路がありその周辺部分は市街化区域と指定されており,したがって,上記各土地が生産緑地地区によって完全に分断された土地であるとはいえないこと(甲55),上記生産緑地地区より南方に位置する土地部分には,既に料亭P12やα27が開店していること(甲49)が認められ,これらによると本件地区が市街化区域とされたことによって上記各土地に近接する土地にも店舗進出が見られたということができるのであって,宅地化の可能性がないとは考えられない。また,上記各土地にはかつて耕作地(段々畑)であったと考えられる地図上の記載が見られる(生産緑地地区内の段々畑の記載と同様の記載がある。)こと(甲49)や昭和46年5月9日及び昭和55年5月11日の各航空写真にも同土地辺りに段々畑状のものが写っていること(甲17の2,48の1)のほか,甲51の④の写真によっても,同目録4の6~8の土地のある辺りに向けて,農地から里山になだらかに移り変わっていく様子が窺われ,必ずしも峻険な山岳地帯や崖地であるともいえない。これらによれば,上記の地勢等の状況をもって特殊な事情により到底宅地化を見込めない土地であるとはいい難い。他に,上記各土地について,市街化区域としてした評価基準所定の評価方法による評価が適正な時価を超えることを認めるに足りる証拠もない。また,同各土地部分に通じる既存の道路がないとしても,被控訴人らが主張するように地勢的,技術的にその開設が不可能とまでは考えられないし,同事実を認めるに足りる立証もない。

さらに,被控訴人らは,生産緑地地区内農地を避けて宅地を造成すると,本件区域内のところどころに斑点状に宅地が生まれざるを得ず,面的な市街地の造成・開発は不可能である等主張するが,これをもって上記認定説示に影響するとはいえない。

ウ その他,個別の土地について市街化区域とはなり得ない土地であるから市街化区域としてした評価基準所定の評価方法による評価が適正な時価を超えることになる旨を被控訴人らが縷々主張するところは,いずれも市街化区域の実態を欠くという点を主張するものであって,個別に特殊な事情の在する土地であることまで主張するものではないし,同事実を認めるに足りる証拠もない。

4  上記のとおり,本件区域について市街化区域として評価基準を適用することは適法と認められるところ,被控訴人の差戻後の当審における主張中には,評価基準となる標準地の選定が不適切であることを主張する趣旨に受け取られなくもない部分がある。しかし,被控訴人らは,第1審口頭弁論期日において,評価決定の際の標準地の選定が間違っているということについては本件では主張するつもりはないと陳述しているところであるし(平成15年9月2日の第1審第11回口頭弁論調書),本件各土地に関して標準地として選定された宅地(西宮市α1町α3×,同町α4××)が標準地として不適切であることを認めるに足りる証拠もない。

5  また,被控訴人らは,「本件区域は,山腹の『ひとで』のような不整形な地形で,しかも起伏の激しい山腹の高低差100mに及ぶ傾斜地であり,土砂崩れの危険性も高い区域である。この区域に縦横に道路を開設するなどして市街地の形態を整えた上で上下水道等最小限の都市施設を整備することは物理的,技術的に不可能であるか,可能であるとしても莫大な工事費を要することになるから結局市街化を図ることは不可能というべきである。」とも主張するが,物理的,技術的に不可能ないし莫大な工事費を要することについての具体的な立証はなく,上記主張をもって,市街化区域として開発することが不可能であることを「特別の事情」と見ることはできない。

その他,「特別の事情」として検討するに値する被控訴人らの主張立証はない。

6  結論

以上によれば,本件各土地に係る被控訴人らの控訴人に対する請求は,いずれも失当として棄却を免れない。

よって,第1審判決中控訴人の敗訴部分を取り消し,その部分について被控訴人らの控訴人に対する請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 塚本伊平 裁判官 山本善彦)

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