大阪高等裁判所 平成22年(う)398号 判決 2011年5月31日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
検察官の控訴趣意は,検察官大島忠郁作成の控訴趣意書(検察官は,その主張中で「証人尋問を却下した原審の判断は審判に必要な証拠の取調べを行なわなかった違法が存する」としている点は量刑不当を基礎付ける一事情として主張する旨述べた。)及び検察官田中嘉寿子作成の控訴趣意補充書に,これに対する答弁は,主任弁護人小坂弁久,弁護人鈴木一郎,同井原誠也共同作成の答弁書に,被告人の控訴趣意は,主任弁護人小坂井久,弁護人鈴木一郎,同井原誠也共同作成の控訴趣意書(主任弁護人は,事実誤認の主張中で「理由不備」として指摘している点はいずれも事実誤認の一事情として主張し,量刑不当の主張中で「不告不理」として指摘している点は量刑不当を基礎付ける一事情として主張する旨述べた。),控訴趣意補充書(その1),控訴趣意補充書(その2)に各記載のとおりである(各弁論を含む。)から,これらを引用する。
検察官の論旨は,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は著しく軽きに失して不当である,というものであり,弁護人の論旨は,原判決の理由不備,訴訟手続の法令違反,事実誤認,量刑不当の各主張である。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第1原判示第2のA(以下,「A」ともいう。)に対する殺人及び傷害について
1 Aに対する殺人に関する弁護人の所論の要旨
(1) 理由不備の主張
原判決は,原判示の【犯罪事実】第2の2のAに対する殺人について,その実行行為として,「・・・衰弱していた・・・Aに対し・・・下着姿にさせ」,「B(以下,「B」ともいう。)に命じて,その身体を手で突き飛ばさせて,(a港)岸壁上から水深約2,3メートルの海中に転落させた上」,「溺れないように岸壁につかまろうとする同人の身体を,・・・竹竿様のもので数回突き,Aが岸壁につかまるのを阻止し」,「さらに,同人に,被告人が沖に向かい投げるなどしたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどして」,「約20分間にわたり海中にとどまらせ,・・・Aを疲労により自力遊泳を困難にさせて溺れさせ」,「よって,・・・同人を海水の吸引による窒息によって死亡させ」たものであると記載しているが,以上の諸点は,いずれも定型的にみて,殺人の実行行為性を充たす行為とはいい難く,殺人罪の構成要件の実行行為を記載しておらず,この点で原判決には理由不備がある。
(2) 事実誤認の主張
ア)殺人の実行行為性について
①原判決は,被告人がAを支配していたとするが,そのようなことはない。
a)Aは,死亡前,Bと行動を共にしていた。C(以下,「C」ともいう。)及びD(以下,「D」ともいう。)もそれぞれ一人で働きに行っている。そもそもAは被告人とは別のアパートに住んでいた。Aは母親方に行くこともできていた。CやDらも和歌山県に住む親族方を訪れるなどしている。A,B,C及びDが被告人からの暴力などによって支配されていたとすれば,被告人から暴力を受け始めた時に,被告人から逃げることもできた。実際,B,C及びDは,本件事件後に被告人から逃げている。また,Aらは母親ら親族と会った際に被告人からの暴力を訴えることもできた。このように,被告人がAを支配していたことと矛盾する事実が存在する。
b)原判決は,Aが精神的に被告人から支配されていて,遊泳中に休憩を取ることができなかったというが,そのようなことはなかった。すなわち,原判決は,被告人やBが監視する中でも,Aが岸壁に掴まろうとしていたと説示するとともに,他方,Aが精神的に被告人に支配され,勝手に休憩を取ることができない精神状態にあったともいうが,Aは竹竿で突かれるような中でも岸壁に掴まろうとする精神状態,すなわち,被告人の意に反した行動を取ることができる状態にあったと説示しており,明らかに矛盾している。
c)Aが引き上げられたのは岸壁のすぐ近くであり,その周辺には,船が岸壁に接岸する際に船と岸壁が衝突しないようにするためのものと思われる柱状の突起物があり,また,同様の目的で古タイヤが岸壁につり下げられており,近くにはボートもあり,Aは,泳いでいた際に,前記柱状のものや古タイヤに掴まったり,近くのボートまで泳いで行ってそれに掴まって休憩できた。そのような場所である岸壁の近くで泳いでいたのであり,休憩できる機会と場所のある状態で泳いでいたことは殺人の実行行為性を否定する事実であり,また,AはBらの監視がなくなると,被告人の意に反して岸壁に近寄って来ていたのであるから,Aに被告人の精神的支配は及んでいない。
②Aの泳力は相当向上していた。
Aは,当初は泳ぎは不得手であったが,被告人,C,Dらと共に砂浜の海岸で遊泳を初め,また,本件現場近辺の漁港で遊泳を繰り返している。本件当日も,約20分間,足の着かない場所で泳いでおり,Aの泳力は低くなかった。このようなAを泳がせたとしても,同人の生命に対する危険性があったとはいえない。
③Aは衰弱していなかった。
Aは,Bらの監視がなくなると,岸壁に近寄って来て,被告人の意に反した行動を取っており,精神的に追い詰められておらず,精神面での衰弱はなかった。Aが傷を負っていたとしても,寝込むようなものではなく,通常の生活が送れる程度であり,衰弱というべき状態ではない。Aは,精神的肉体的に衰弱しておらず,仮に衰弱していたとしても,その程度は大きくなく,遊泳させること自体が直ちに生命に危険を及ぼすものではなかった。
④ボールを取って来るように命じる行為は危険でない。
Aは,ボールを取りに行くように命じられる前から泳ぎ続けていたのであり,そのようなAに泳いでボールを取りに行かせたとしても,単に遊泳を続けさせるのと同じであり,格別,生命に対する危険性を増す行為ではない。
⑤海水温17度ないし18度での遊泳は格別危険な行為ではない。
平成14年5月10日は,本件現場に近い和歌山県<以下省略>では海開きがされている時期であり,水温18度は海開きをする時期の水温とほとんど差がない。海水温17度ないし18度の海で泳ぐこと自体,生命に対する危険はない。
⑥Aは,泳ぎやすい姿で,また,安全な状態で泳いでいた。
Aは,準備運動をし,泳ぎやすい下着姿になっていたのであり,これは危険性を増す事実ではなく,下着姿にさせることを「犯罪事実」として判示した原判決は,社会常識に反する。また,BはAが見えなくなるとすぐに海に飛び込んで引き上げ,人工呼吸をしている。このような態度からすると,Bに,Aを殺害する積極的な意識があったとは考えられず,遊泳するAに監視がついていたことは,Aに異変があった際にすぐに助けに行けるという意味で,むしろ安全であったと評価すべきであり,監視を死の危険性に結びつけて説示する原判決は誤りである。また,Aは,本件以前にも,何度も足が着かない海などで泳いでいたが,短いときで5分,長いときで1時間程度であり,本件当日の遊泳も,それ以前の遊泳と変化のないものであり,これを殺人の実行行為とみることはできない。
⑦小括
原判決がAに対する殺人の実行行為として指摘する事実は,いずれも生命侵害への危険性を有するものではなく,そのような事実を集めても殺人の実行行為とはいえない。
イ)殺意の認定について
本件遊泳行為には,死の高度の危険性がなく,これを認識していたとしても殺意があるとはいえない。
まる2
①Bは,捜査段階では,取調官の強い誘導等により,殺意を認める旨の調書が作成されているが,本心は,殺意がなかったというものであり,これは録画されている取調べ状況からも認められるし(原審弁54,56),弁護士に相談する前に同人が作成した「嘆願書」にも殺意がなかったことを明示しており,共犯とされているBに殺意は認められない。
②被告人には,Aを殺害する動機がない。すなわち,Aの失業保険金を引き出して費消していたのはBである可能性が高く,Aの失業保険金の給付期間終了が間近に迫ったことをもって,殺害の動機であるとする原判決の認定は不合理である。また,被告人は短期間に複数回の旅行に行っており,湯村温泉に行った以外の費用は被告人が負担しているのであって,被告人がAの失業保険金を搾取しており,その給付期間の残日数が少なくなっていたのであれば,余計な支出は控えたはずであり,複数回旅行に行ったという事実は,Aの失業保険金を搾取していたとされる被告人の行動とは矛盾する。
③Bと被告人との間でA殺害の共謀を基礎付ける事実はなく,被告人が海にいるAを棒でつついたりする行為につき,Bは,Aを「おちょくる」とか「嫌がらせ」という程度の認識しかなく,また,Aを常時見張っていたものでもなく,これを殺人の共謀とみることはできない。
ウ)原審証人Bの公判供述,同Cの公判供述,同Dの公判供述の各信用性について
①原判決は,B,C及びDの原審各公判供述の信用性について,「証拠上認定できる事実と符合しながら合理的に説明している」,「約7年前の出来事であるにも関わらず,数多くのエピソードやその時期等について,概ね符合した供述をしており,互いに信用性を高めあっている」などと説示するが,捜査機関は,収集した資料に合致するように供述を誘導し,また,いずれかの者の供述に他の者の供述が合致するように供述の摺り合わせを行なっているのであるから,各供述が一致するのは当然である。他方,捜査機関が前記3名の供述を誘導していったことは,被告人がC及びDの頭部を座椅子で殴って両名が頭部に怪我をした時期の変遷から推認できる。すなわち,C及びDは,捜査段階では,被告人から頭部を殴打されて怪我をした時期は,平成14年1月ころの,湯村温泉に旅行に行く前であり,頭部の怪我が治らない状態で湯村温泉に行った旨それぞれ供述していたが,両名が病院で治療を受けたのが実際には同年2月16日であったことが明らかになると,原審公判では,頭部に怪我をしたのは同月中旬であったといずれも変遷しているのであり,これは,捜査機関が入手したb病院の診療録の日付という客観的事実に合致するように供述を変遷させたものである。要するに,原判決のように,単純に,一致した供述をしているから信用できるとか,証拠上認定できる事実と合致しているから信用できるなどとすることはできないのである。
②不合理な供述について
Bの供述についての根本的疑問は自首をした経緯である。すなわち,捜査機関は,遅くとも平成19年8月9日時点でBについて把握をしていたところ,Bは,それから半年が経過した平成20年2月5日に自首しており,その理由として,被告人が逮捕されたことで恐怖や不安が緩和されたからであると供述している。しかし,6年間も連絡を取っていなかった母親の安否を確認するため友人に連絡して被告人の逮捕を聞かされたなどというのは,母親の安否を友人に尋ねるというのが不自然であるし,たまたま連絡したら被告人が逮捕されていたというのも不自然であり,Bが自首するまでの間において,捜査機関とBとの間で接触があったことを窺わせる。
Cは,a)平成13年7月末ころ以降,被告人から暴行を受けていたというが,スーパーマーケットやパン屋で従業員や客に気付かれることなく働いていたこと,顔を手でガードしていたというのに,繰り返し顔を殴られていたと供述したり,親指を目に突っ込んでぐりぐりされたという矛盾した供述をしていること,b)cハイツからdマンションに引っ越す際に実家に行って祖父と会っているが,暴行を受けていることを祖父に話していないし,祖父もCの傷に気付いていないこと,祖父に被告人から暴行されていることを言わなかったのは,被告人から脅されて家族に危害を加えられるかもしれなかったので言える状況でなかったというが,Cが被告人のもとから平成14年6月に逃げた際,実家に連絡しておらず,実家に連絡したのは平成16年3月になってからであり,2年近くも実家に連絡しなかったのはC自身が実家の家族に危害を加えられると思っていなかったからにほかならないこと,c)頭部に怪我をした後に湯村温泉に旅行したというが,そうであれば,入浴などの際にBの元妻や他の温泉客に身体にたくさんの傷があることが分かるはずであるが,そのような立証はされていないことからすると,Cが被告人から受けた傷害は平成14年2月16日ころの座椅子で頭部を殴られた際のものだけであり,自らがひどい暴力を被告人から受けていたかのように虚偽の供述をしているものである。また,d)Cは,捜査段階では,Aが死亡した後,被告人がBに対し,Aの実家に行って,Aを殺しましたと言え,ほんで警察に自首せいよ,などとも言って,C及びDと一緒にBをAの実家近くまで連れて行った旨供述していたのが,原審公判では,被告人はBが警察に行くことを心配していたという供述に変わり,前記捜査段階供述については,被告人がBに対して自首せよとは言っていないと供述を変遷させていることなどから,Cの原審公判供述は信用できない。
Dは,a)E(以下,「E」ともいう。)が失業保険金を持って逃げた後,失業保険金を受け取る日か,その手続の日か,Eがハローワークに行くと思われる日にハローワークで待ち伏せしていたと供述するが,Eが逃げた後にいつEがハローワークに行くのか分かるはずがなく,不合理な供述である,b)被告人から暴行を振るわれていたはずの時期に湯村温泉に行っているが,同行したBの元妻や他の温泉客らからDの身体にあるはずの傷の存在を指摘されておらず,この点も不合理である,c)Dは,Cから風邪で寝込んでいる被告人を見に行ってくれと言われてcハイツに行っておきながら,被告人方に行くとは思っていなかったなどと供述するのは不自然である,また,d)Dは,被告人と神戸に食事に行き,腕時計や現金を受け取っており,その後,被告人とDが自然な形で男女の関係になったとしても不思議ではなく,被告人に無理矢理性行為を強いられた旨をいう点も不合理である。
エ)Aの死因について
Aの遺体は6年以上土中に埋められて白骨化が進んでおり,遺体内に臓器などが全く残存せず,死因特定のための十分な資料はない。本件当時のAは外傷が多くあり,その治療もされず,蜂窩織炎に罹患していた可能性が高く,これにより敗血症を来して心筋梗塞(心不全)により死亡した可能性や突然死の可能性があり,Aの死因を溺死と認定することはできない。
2 Aに対する傷害行為に関する訴訟手続の法令違反の主張の要旨
Aに対する傷害は約4か月間にわたり,多数回の暴行を加えたことにより原判示の各傷害を負わせたというものであるが,それを包括一罪と評価することはできず,原審は,訴因の特定なくして審理を進めたものである。Aに対する新旧訴因は,訴因の記載自体から,あるいは,証拠調べが進んだ結果,当該犯罪結果が被告人により犯されたことが論理的に明らかである場合や犯罪の性質上その回数等が重要な意味を有さない場合には該当せず,訴因の変更によっても訴因の補正は不可能であり,原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。
3 判断
以上の各主張を踏まえて検討する。
(1) 殺人に関する理由不備及び事実誤認の各主張について
原判決が,Aに対する殺人について認定した事実は,おおむね,次のとおりである。すなわち,被告人は,平成13年10月下旬ころから,大阪府阪南市所在のe荘f号室(以下,「e荘」という。)に,A(当時32歳)を住まわせ,同人に対し支給された退職金及び失業保険金も自ら管理・費消する一方,さしたる理由もないのに,些細なことを口実にして,同人に対する暴行,脅迫といった虐待行為を日常的に繰り返し,同人を自己の指示に従わせるなど自らの支配下に置いていたものであるが,平成14年3月ころから,同人の失業保険金の給付終了が間近に迫っており,近々同人から金銭を搾取することができなくなることを認識し,同人を支配下に置くことによる金銭面での利用価値がなくなることを認識する一方で,それまでの虐待行為の発覚を恐れ,同人を解放することもできないでいたため,同人のことを疎ましく思い,更には,自分にそのような煩わしい感情を抱かせるAに対し苛立ちを募らせていき,同人の生命に全く関心を寄せないばかりか,同人の生命の危険を高める虐待行為を繰り返していたところ,Bと共謀の上,同年5月10日ころ,大阪府泉南郡<以下省略>所在の通称「a港」岸壁において,被告人による虐待行為により負傷するなどして肉体的にも精神的にも衰弱していたAに対し,同人が被告人に支配され,被告人の命令に逆らうことが著しく困難であることを認識しつつ,Aを下着姿にさせ,海中に転落させて相当時間遊泳させれば同人が溺死する危険が高いことを認識しながら,あえて,Bに命じてAの身体を手で突き飛ばさせて同人を同岸壁上から水深約2,3メートルの海中に転落させた上,溺れないように岸壁に掴まろうとする同人の身体を,被告人及び被告人に命じられたBが竹竿様のもので数回突き,Aが岸壁に掴まるのを阻止し,さらに,同人に,被告人が沖に向かって投げるなどしたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどして,約20分間にわたり海中にとどまらせ,Aを疲労により自力遊泳を困難にさせて溺れさせ,よって,そのころ,同所において,同人を海水の吸引による窒息によって死亡させた,というものである。
原判決が,共犯者である原審証人B,目撃者である原審証人C及び同Dの各公判供述の信用性を肯定し,被告人の原審公判供述の信用性を否定して,その掲げる関係証拠によって,原判示の【犯罪事実】の第2の2として,前記事実を認定したのは正当であり,【事実認定の補足説明】の第1の2ないし7で説示するところも相当として是認することができ,当審における事実取調べの結果によっても,この判断は動かない。所論に鑑み,以下付言することとするが,Aに関する殺人及びそれに至るまでの経緯に関する事実認定は,主に,B,C及びDの原審各公判供述の信用性如何に左右されるところがあるので,先ず,この3名の原審各公判供述の信用性について検討することとし,その後に所論の各主張について判断することとする。
ア)B,C及びDの原審公判における各供述の信用性について
所論は,前記1(2)ウ)のとおり主張するのである。しかし,それらの主張には賛同できない。すなわち,
所論①は,捜査機関は,収集した資料に合致するように各人の供述を誘導し,また,いずれかの者の供述に他の者の供述が合致するように供述の摺り合わせを行なっているのであるから,各供述が一致するのは当然である,というのである。しかし,前記3名は,同じ事柄を同じ時期に経験しているのであるから,それぞれが記憶している事柄を正直に供述したのであれば,それがおおむね符合するのは当然であり,各人の供述が主要な事実について一致しているからといって,捜査機関が各人の供述を誘導したとか,各人の供述の摺り合わせを行なったりしたとかということにはならない。
所論は,捜査機関が前記3名の供述を誘導していったことは,被告人がC及びDの頭部を座椅子で殴って両名が頭部に怪我をした時期の変遷から推認できる,というのである。しかし,前記3名とも,原審公判で,湯村温泉に旅行に行ったのは平成14年2月であると供述しているところ,C及びDは頭に怪我をした後に湯村温泉に旅行に行ったと供述しており,頭に怪我をした時期が平成14年1月であるのか同年2月であるのかはともかくとして,頭に怪我をした時期と湯村温泉に旅行した時期の順序が捜査段階での供述と公判段階での供述で逆転しているわけではなく,その前後関係については一貫している。C及びDは,捜査段階において,それぞれが記憶しているとおりにその前後関係を供述していたものと認められ,頭を怪我したことについての具体的な時期が当初明確ではなく,病院に行った時期から記憶を喚起したとしても何ら不自然不合理ではない。弁護人は,湯村温泉への旅行の時期が平成14年1月15日及び16日であることを前提としているが,それが事実であるとする確かな資料はない。
次に,所論②は前記3名の各供述は不合理であるというのである。しかし,この所論にも賛同できない。すなわち,
Bの供述に関し,所論は,自首した経緯が不可解であり,捜査機関は,Bの所在について遅くとも平成19年8月9日時点で把握しており,Bが自首するまでの間において,捜査機関とBとの間で接触があったことを窺わせると主張し,その根拠として被告人が捜査段階での取調べ時に記載した被疑者ノートの記載を指摘している。しかし,平成19年8月9日の被疑者ノートの記載は,「とそうやのやつ Bやろう Bうめたんか」と取調べの警察官から尋ねられ,被告人が「ちがうじぶんでやった事はせきにん取りますといってどっかいった」と答えた,というものであり,この警察官の質問からすると,その当時,警察では,被告人がBを殺して埋めたのではないかという疑いを抱いていたことが窺われるのであり,その時点では,捜査機関は,Bの生死を知らず,その所在も把握しておらず,被告人がBを殺害して埋めたのではないかとみていたものと考えられる。被告人が逮捕されたことで恐怖や不安が緩和されたから自首したというBの供述が不自然であるとはいえない。
次に,Cの供述に関し,所論が指摘するa)の点は,Cは,顔をガードしていたのに目をぐりぐりされたとは供述していないし,働き始めてから顔に人目に付くような怪我をしたと供述しているわけでもない。b)の点は逃げた後に実家に連絡しなかったとしても不合理ではない。すなわち,実家に連絡すると家族からその居場所を教えるように言われて知らせざるを得ないことになり,被告人が実家の家族を脅してCの居場所を知る恐れがあるのであり,ほとぼりが覚めるまでの間実家と連絡を取らなかったことがあながち不自然不合理であるとはいえない。c)の点は,目立つ傷が頭部だけであるというのであれば,それが不自然とはいえないし,湯村温泉への旅行は平成14年2月末だというのであり,頭部の受傷は同年2月中旬であるから,2週間ほど経っており,また治療も受けていたからさほど目立たない状態になっていたとも考えられる。d)の点は,捜査段階供述は,被告人がBに対してAの事件はBだけがやったのであって被告人は関係がないと言えというものであり,原審公判供述は,Bが警察に行って被告人がA殺害の首謀者であると本当のことを言われるのを心配していた趣旨と解されるし,「自首せよ」と言っていないとの言も,自首して真実を警察に話せと言っていないという趣旨と解されるのであって,不合理な供述ではない。
さらに,Dの供述に関し,所論が指摘するa)の点は,Eがハローワークに行く日が分からないのはそのとおりであるが,失業保険金の支給日は決まっているから,その日に待伏せしようとの話が出ても不思議ではなく,場所がなぜハローワークであるのか分からないが,待伏せした場所がそこであったからそう供述しているだけであるとも思われ,その供述が必ずしも不自然不合理であるとはいえない。b)の点は,頭部以外は傷や痣が残らなかったとしても不合理ではない。c)の点は,Cから風邪で寝込んでいる被告人を見に行ってくれと言われてcハイツに行っておきながら,被告人方に行くとは思っていなかったと供述するのが不自然であるというのは,そのように思われるが,枝葉な些細な点に関するものであり,Dの供述全体の信用性に疑いを入れるものとはいえない。d)の点は「俺の女になれ」と言われて断わると,被告人を中心として撮影されている組関係の写真を見せられ,更に刃物と薬を見せられたというのであり,自然に男女の関係になったなどとは到底考えられない。
以上のとおりであって,B,C及びDの原審公判における各供述のそれぞれの核心部分は十分信用することができ,これに反する被告人の供述は到底信用することができない。
イ)信用できるB,C,D及びEの原審公判における各供述等関係証拠によれば,被告人と本件の関係者,すなわち,B,C,D,E及びAとの関係,Aが被告人と知り合った後,死亡するに至るまでの経緯及びその後の状況等に関し,以下の各事実が認められる。
①Bは,平成12年11月ころ,被告人と知り合って交際するようになった後,被告人に暴力団である天成会関係者が出席する忘年会に連れて行かれ,被告人が暴力団幹部らしき人物と親しくしているのを見たり,被告人の弟分と称するFなる人物(以下,「F」という。)から被告人が大勢の暴力団関係者とおぼしき男達の真ん中で座っている写真を見せられたりなどした。被告人とBの間は,遅くとも平成13年2,3月ころには被告人が上位に立つ関係となり,被告人は,Bにクレジットカードを使用して不正にガソリンを買いに行かせるなどしていた。
Cは,平成13年7月ころ,理髪店「g店」の従業員のGという男性と交際しており,二人で同棲するため,大阪府泉佐野市内のアパート「cハイツ」の一室をG名義で借りていた。Cは,Gの紹介で被告人と知り合い,同月28日ころ,被告人は,g店において,Gに暴行を加えた。その際,Cは,Gが被告人から暴力を振るわれるのを止めようとして,自らの腹部をハサミで刺したり,Gを庇うために同人に覆い被さるなどした。その数日後,Cは,被告人によってGと別れさせられ,被告人とCは「cハイツ」で同居するに至り,被告人と無理矢理性交渉を持たされるに至った。
Dは,平成13年8月ころ,被告人が経営していたキャバクラ店の従業員の候補として被告人と知り合い,被告人から「俺の女になれ」などと言われ,断わると,被告人から暴力団らしき男達の真ん中に被告人が写っている写真や刃物等を見せられ,強引に性的関係を持たされた。
被告人,C及びDの3名は,同年9月ころから,cハイツで同居して生活するようになり,その後,同年秋ころ,3人で大阪府阪南市内のマンション「d」に引っ越して継続して同居していた。
Aの弟であるEは,平成13年7月に自己破産して,それまで勤務していた清掃会社を辞めて,新たな仕事先を探していた折りの同年夏ころ,g店で客として来ていた被告人と知り合った。被告人は,当初は優しい態度であったが,途中から態度が変わり,Eを殴るようになり,Eは,g店のマスターから被告人はやくざであると聞かされ,また,被告人から,組関係の写真や名刺,やくざのいろいろな組の名刺を見せられるなどした。Eは,同年9月に支給された退職金40万円及び1回目の失業保険金を被告人に脅し取られ,その後は,スーパーマーケット等で食料品を万引きするなどして生活していた。Eは,被告人からたびたび暴力を振るわれたため,同月27日に受領した失業保険金10万円余りを持って名古屋に逃げた。
Eが被告人のもとから逃げた後,被告人は,Eを探しているとして,Eの兄であるAに連絡し,以後同人と交際を始めた。Aは,Eと同じ清掃会社に勤務していたが,平成13年10月18日に退職した。被告人は,同月下旬ころ,Aを監視するため,被告人が居住していたdマンションの近くである,大阪府阪南市内のアパートe荘にAを居住させ,行動を共にするようになった。
②Aの預金口座には,平成13年10月25日に退職金53万2000円が振り込まれ,同年11月は13万7333円,同年12月は16万7188円,平成14年1月は19万1072円,同年2月は14万3304円,同年3月ないし同年5月はそれぞれ16万7188円の失業保険金が振り込まれており,その振込があった都度キャッシュカードによって毎回ほぼ全額が引き出され,これら金員は被告人が入手していた。Aは,金銭をほとんど持っておらず,日々の生活に必要な食料品を自由に買える状況になかった。e荘の権利金や家賃は被告人が負担しており,食事も主に被告人から提供されたものを食べていた。また,同室には,被告人がクレジットカードを不正に使用して入手したガソリンの入ったポリタンク多数が保管されていた。
③被告人は,気に入らないことがあると,周りの人間に対して理不尽に暴力を振るい,Aに対しては,遅くとも平成13年12月ころ以降は相当苛烈な暴力を振るうなどして虐待していた。その内容は,Aが被告人の命令に逆らったり,意に沿わない行動をとったりした際だけでなく,特に理由もないのに理不尽に因縁を付け,殴る,蹴る,頭部を壁に打ち付ける,目に手指を突っ込んでぐりぐりする,被告人の尿を飲ませる,耳を千切れるほど思い切り強く引っ張る,下半身を自らあるいはBに指示して金属製バットで強打する,ストーブの天板に両手を押し付けて火傷をさせる,火傷して治っていないその手指を更に車のタイヤの下でぐりぐりと轢く,C及びDの面前で自慰行為を強要する,それで射精しなかったら陰茎をライターの火であぶる,火であぶったボールペンの先を肛門に突っ込む,折った割り箸を鼻に押し込んで出血させる,疲れさせて逃げられないように,パック酒を一気に飲ませた上で家の周りを走らせる,食事を十分に与えず,賞味期限切れの肉や魚をあまり焼かずに半生のまま食べさせる,冬から初春の深夜に漁港等に連れて行き,数十分間にわたり泳げないAに海に入らせる,その際,被告人の許可を得ずに勝手に休憩したことに立腹し,その制裁として,足の爪を剥ぐ,悪臭の強いカメムシを口の中に押し込んで無理矢理食べさせる等というものである。その間,その時期や態様等を証拠上明確に認定できるものとして,原判示第2の1-1のとおり,平成14年1月ころから同年2月上旬ころまでの間,多数回にわたり,その両手を点火している石油ストーブの天板に押し付けるなどして,全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染の傷害を負わせ,さらに,原判示第2の1-2のとおり,Bと共謀の上,同年1月ころから同年4月上旬ころまでの間,多数回にわたり,その下半身を金属製バットで強打するなどの暴行を加え,全治不詳の左臀部挫創,左大転子挫創の傷害を負わせるなどした。
④さらに,前記のとおり,平成14年1月ころから同年5月にかけての夜間,Aは泳げなかったにも関わらず,被告人に,B,C及びDと共に漁港等に連れて行かれ,被告人による暴行によって相当重い傷害を負っていたのに,被告人の命令で海の中に入らされ,これを躊躇すると,被告人の指示でBがAを防波堤から海に突き落とすなどし,被告人から継続的に苛烈な虐待を受けていた。
⑤以上のような虐待を継続的に受けた結果,平成14年5月ころには,Aの顔面はどす黒くなって生気がなくなり,身体も痩せて,被告人と知り合ったころと比較すると傍目にも相当痩せたように見え,顔面や両眼が腫れ上がり,左手小指の火傷も悪化したままであり,左足を引きずるようにしてしか歩けず,被告人からの暴力に対しても反応がにぶくなり,肉体的にも精神的にも相当衰弱していた。
⑥Aは,平成14年5月10日午前2時ころ,原判示第2の2のとおり,被告人に,B,C及びDと共に,大阪府泉南郡<以下省略>所在の通称「a港」に連れて行かれ,パンツ1枚の姿にさせられ,被告人から海に入るように言われたが躊躇していると,被告人の指示でBがAを突き飛ばし,岸壁上から水深2,3メートルの海中に転落させられ,溺れないように岸壁に掴まろうとするAの身体を,被告人及び被告人に命じられたBが約3メートルの長さの竹竿様のもので数回突いて,Aが岸壁に掴まろうとするのを阻止し,さらに,Aに対し,被告人が海に投げたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどして,約20分間にわたり海中に留まらせ,Aを疲労によって海面上に浮いていることを困難にさせて溺れさせ,Aは海底に沈んだ。
⑦被告人及び被告人から指示されたB,C及びDは,死亡したAを埋めることにし,被告人が遺棄場所として決めた和歌山県東牟婁郡所在の○○の山中に行き,穴を堀り,以前の経験から被告人が知っていた,死体の臭気を消すための石灰を撒いて遺体を埋め,上に小枝や枯れ葉を被せるなどして,発見されないように工作した。
⑧Aが死亡した後,B,C及びDは,被告人からそれまでにも増してひどい暴行を受けるようになった。Bは,死亡前のAの立場に自分がなったように感じ,それまでは,逃げると家族が何をされるか分からないと思って逃げられずにいたが,被告人から自分で爪を剥げと言われてやらされ,タイヤ付きのホイールで頭を強打するなどされたため,平成14年6月初旬ころ,被告人との連絡を断ち,妻子を残して被告人のもとから無我夢中で逃げ出し,車中で生活するに至った。C及びDも,被告人からそれまで以上にひどい暴行を受けるようになり,身の危険を感じて,同月末ころ被告人のもとから逃げた。
⑨Bは,被告人が逮捕されたことを人づてに聞いて,平成20年2月5日,大阪府警に自首し,同年9月5日,大阪府警は,Bを立会人とする実況見分によって,Aの遺体を○○の山中から発見した。
ウ)所論は,理由不備の前提として事実誤認の主張に関し,殺人の実行行為性について,前記1(2)ア)のとおり主張するので検討する。
①被告人がAを支配していたものではないとの①の主張中のa)の点は,所論が指摘するような事実があったからといって,A,B,C及びDが被告人からの暴力や脅迫によって精神的に支配されていないなどとみることは相当でない。被告人は,同人らに対し,自分が暴力団の幹部であることを認識させ,日常的に暴力を振るい,同人らから金員を収奪しており,同人らが被告人のもとから逃げれば,暴力団組織を使って探し出し,以前の暴力にも増してひどい制裁を受けるかも知れないと思わせており,また,家族に対しても暴行等に及ぶかも知れないと思わせていたのであって,同人らは被告人を畏怖していたものと認められ,精神的に支配されていたと評価してよい状況に置かれていたものというべきである。同人らは自分だけなら逃げられるかも知れないが家族に対する報復を恐れたことは十分考えられる。また,完全に逃げきれるというのであれば,逃げることもできるであろうが,後で発見されて更にひどい暴力を受ける可能性を恐れ,逃げたいが逃げられないということも十分あり得る。Aが死亡後に3名が逃げたのは,このままでは自分たちもいつAと同様の目に遭い,生命を落とすに至るかも知れないという現実の身の危険を感じたから逃げたものであり,何ら不自然不合理ではない。b)及びc)の点は,Aが現実に溺れそうになるという緊急事態に陥った際に岸壁に掴まろうとするのは助かりたいという本能的行動であって,日常生活において被告人に精神的に支配されていたことと何ら矛盾するものではないし,Aがかろうじて浮いている位置の近くに掴まるものがあっても,被告人やその指示を受けたBは竹竿様のもので突いて掴まって休憩させないようにしていたのであって,このような行為が重傷を負った身体状況で,しかももともと泳げないAを溺れさせる生命に対する極めて危険な行為であることは明らかである。
②Aの泳力は相当向上していたとの②の点は,もともと泳ぐことのできなかったAが被告人と行動を共にしてから泳ぐことができるようになったとは到底考え難い。被告人は,Aに対する虐待の一環として,平成14年1月の寒い冬のさなかから海に入るよう強要していたものであって,それが泳ぐための練習などとは到底いえない。Aは,犬かきようの状態で何とか溺れることがないようにやっと浮いていることができていたに過ぎず,およそ泳ぐというようなものでないことは,B,C及びDの原審各公判供述から明らかである。Aが,海で少しは浮かんでいることができるようになっていたとしても,この点を取り上げて泳げるようになっていたなどということはできない。Aを温水プールに連れて行って,泳ぐ練習をさせたというが,被告人が供述するだけであり,冬のさなかから海で泳ぐことを命じる被告人がAが泳げるようになるために温水プールに連れて行ったとはおよそ考え難い。
③Aは衰弱しておらず,仮にそうであったとしても,その程度は大きくなく,遊泳させること自体が直ちに生命に危険を及ぼすものではなかったとの③の点は,Aは,重篤な怪我を左臀部,左大腿部及び手指等に負っており,左足を引きずってのろのろとしか歩けない状態であった上,それまでの虐待によって精神的肉体的に疲弊していたことは明らかであって,衰弱していたという原判決の判断は正当である。
④ボールを取って来るように命じる行為や海水温17度ないし18度での遊泳は格別危険な行為ではないとの④及び⑤の点は,それ自体を捉えればそのようにいえなくはないが,重傷を負って衰弱しているAを海に入れるという行為そのものが虐待行為の一環であり,かつ,そのような状態のAに前認定のような行為を強いることは,かろうじて浮いているに過ぎないAが溺れて死亡するに至る恐れは相当高いのであり,生命に対する危険があることは明らかである。
⑤Aを下着姿にさせることを「犯罪事実」の一部とし,Aを監視していたことを死の危険性に結びつけて説示する原判決は誤りであるとの⑥の点は,原判決は,殺人の実行行為を記載するについて,パンツ1枚になったというAの状態を客観的事実として認定したに過ぎず,これを殺人の実行行為であるとしているのではなく,本件に至るまでの虐待の事実経過を前提として,事実自体を記載したに過ぎない。また,監視は,Aが岸壁に掴まろうとするのを竹竿様のもので突くなどしてこれを阻止するためであり,Aに何かあった場合に救助するためではない。BにAを積極的に殺害する意思がなかったのはそうであろうが,被告人の意識とはまったく異なるものとみてよい。それ以前の海でのAの状態と本件でのそれが同じであったとしても,前記のような重傷を負った衰弱状態で,その意に反して足の着かない海に入ることを強要し,しかも休憩もさせずに何かに掴まることさえ許さない状況下での原判示の行為を殺人の実行行為とみて何ら不自然不合理ではない。
⑥以上のとおりであって,殺人の実行行為性に関する各所論は,いずれも失当である。
エ)所論は,事実誤認の主張に関し,殺意の点について,前記1(2)イ)で,本件遊泳行為には,死の高度の危険性がなく,これを認識していたとしても殺意があるとはいえない旨主張するので検討する。
①Bに殺意がなかったとの①の点は,Bに積極的な殺意はなかったものと認められるけれども,Bは,本件に至るまでのAに対する前記のような虐待行為によって当時のAが相当衰弱した状態にあったことを十分認識した上で,被告人に命じられたとはいえ,溺れないようにかろうじて浮いているAが岸壁に近寄ろうとするのを竹竿様のもので突いている。そのような状況からすれば,Aがそのうち溺れる状況になることは十分認識していたものと認められ,Bに殺人の未必的故意があることは優に認定できる。
②被告人にはAを殺害する動機がないとの②の点のうち,Aの失業保険金を引き出して費消していたのはBである可能性が高いとの点は,Bがこれを否定して被告人がAの失業保険金を管理していた旨を述べているほか,C及びDも原審公判で同様に供述している上,Aの母親であるHの供述によれば,退職金について,AはYさん(被告人のこと)に渡さなあかんねんと言っていたこと,AがBと家に来て「失業保険のお金を下ろしてくる」という話をしていたが,Aは下ろしたお金は「Yさんに渡す」と言っていたことが認められる(原審甲178,弁57)のであって,被告人がAの退職金を入手したほか,同人の失業保険金も管理し費消していたことに疑いを入れる余地はない。また,旅行に行くなどの余計な支出は控えたはずだという点も,湯村温泉への旅行費用はBが負担したものであるし,しかも,ほかの者は旅館で宿泊しているのに,Aは駐車場の車内で寝るように強要されたのであり,被告人はAのために何の費用も支出していない。なお,Eが被告人のもとから逃げた後の平成13年10月ころ,竜神温泉に旅行に行ったことが認められるところ,この時はAも旅館の一室に宿泊しているが,そのころは被告人のAに対する暴力が本格化していないし,その費用は,被告人が自認するところによっても,Eから旅行費用として入手していた10万円をそれに充てたことが認められ,被告人自身がその周囲の者のために自分自身の金員を支出したものとは認められない。所論は,複数回旅行に行き,その費用を被告人が負担したかのように主張するが,B,C及びDは,いずれも原審公判で,平成13年10月ころの竜神温泉への旅行と平成14年2月ころの湯村温泉への旅行以外に別の機会にほかの場所に旅行に行ったという記憶は定かでないと述べており,竜神温泉と湯村温泉への旅行以外にそれと同程度の旅行に行ったという状況は窺われない。また,被告人は,平成14年3月ころには,B,C及びDらの前で,Aのことについて,「もうこいつ,どっか行ってくれたらいいのに」とか,「どっか行ってくれへんかな」とか(Bの原審公判供述),電話で誰かと話している時に「どっか遠くで死んでくれたらいいのに」とか,直接Aに対し「お前なんか死んだらいいのに」とか,「おらんようになったらいいのに」とか(Dの原審公判供述),「ほんまおれへんようになったらええのに」とか,「死んでくれ」とか(Cの原審公判供述)言っていたことが認められるのであって,そのころから,近い将来に失業保険金を搾取できなくなることを見込んで,Aを近くに置いておくことが煩わしくなり,失業保険金をAから取れなくなる時期にはAが死亡することを期待していたものと認められ,被告人にA殺害の動機はあるといえる。
③Bと被告人との間でA殺害の共謀を基礎付ける事実はないとの③の点は,それまでの経緯を十分認識した上で,その当時の現場の状況からすれば,Bと被告人との間に,そのそれぞれの殺意に関する積極性の程度は異なるものの,A殺害の暗黙の共謀があったことは優に認定できる。
オ)さらに,所論は,事実誤認の主張に関し,前記1(2)エ)で,Aの死因について,Aは多数の外傷により蜂窩織炎に罹患して敗血症を来して心筋梗塞(心不全)により死亡した可能性や突然死の可能性があり,Aの死因を溺死と認定することはできないというのである。しかし,原判決もいうように,Aが溺れて海底に沈んだという状況からみて溺死したことが濃厚である上,Aの遺体は6年以上の間土中に埋められていたことから,その臓器が腐敗して残存しておらず,明確な根拠で溺死であることを医学的に証明することは困難であるが,原審証人I医師の鑑定書及び公判供述によれば,Aの遺体の右胸腔肺尖内側及び左下葉内側に通常では見られない大きさの好気性真菌塊が存在し,その内部から海洋性プランクトンが発見されたこと,原審証人J医師の鑑定書及び公判供述,原審証人Kの公判供述によれば,遺体遺棄現場付近3か所から採取した土砂からは海洋性プランクトンは発見されなかったこと,前記遺体内に繁殖していた好気性真菌塊内部の海洋性プランクトンとAが溺れた付近の海水中の海洋性プランクトンが同様のものであり,遺体内の海洋性プランクトンはAが溺れた際に吸引した海水に由来する可能性が高いこと等から客観的にも裏付けられている。死因が不明であるという原審証人Lの意見書や公判供述を検討しても,この判断は左右されない。また,仮に,死因が溺死でなく,心不全や突然死であったとしても,重傷を負って衰弱した状態のAを足の立たない海中に約20分間に及んで無理に居させた被告人らの行為とAの死亡との間に因果関係があることは明らかである。この所論も失当である。
カ)以上のとおりであって,弁護人の前記各主張はいずれも失当である。その他所論に鑑み,更に記録を調査して検討しても,原判決に所論のいうよな事実誤認はなく,原判決が殺人の実行行為として前記のとおり記載している点に理由不備はない。したがって,理由不備及び事実誤認をいう各論旨はいずれも理由がない。
(2) 傷害に関する訴訟手続の法令違反の主張について
所論は,Aに対する約4か月間にわたる多数回の暴行による傷害を包括一罪と評価することはできない,というのである。しかし,被害者が1名であり,被害法益が1個であること,検察官は,求釈明に応じて,医療機関による治療の時期及び傷害結果を明示して,それらの傷害の原因たるべき行為の時期及び場所を証拠に基づきできるだけ特定しており,一連の同種暴行とそれによる傷害結果との対応がほぼ特定されていること,各暴行の動機は,憂さ晴らしや面白半分からという共通したものであること,暴行場所は被害者方あるいはその近辺であって近接した場所におけるものであること,同種の暴行を繰り返していること,当該暴行期間内の暴行すべてが審判の対象になっており,審判の対象となっていないその他の期間における暴行と区別されていること等からすれば,Aに対する約4か月間にわたる多数回の暴行による原判示の傷害結果は包括一罪と評価することができるのであり,訴因の変更を許可した原審の訴訟手続にも何ら法令違反はない。所論は失当であり,訴訟手続の法令違反をいう論旨も理由がない。
第2原判示第8のM(以下,「M」ともいう。)に対する傷害致死について
1 弁護人の訴訟手続の法令違反の主張の要旨
原審は,Nの検察官調書(原審甲7)を刑事訴訟法321条1項2号後段により採用したが,Nの原審公判供述と捜査段階の供述に相反性はなく,また,捜査段階供述に特信性もなく,同条項の要件を充たしていないから,原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。
2 弁護人の事実誤認の主張の要旨
(1) 実行行為について
ア)Nの供述では,被告人が傷害致死の原因となる暴行を加えたものとは認められない。
イ)Oの供述は信用できない。
①Pの原審公判供述と矛盾している。
Pは,Mが死亡した時点で同人が居住していたhマンション303号室に携帯電話はなかったと供述しており,Mが死亡する直前に携帯電話をMに投げて,時刻を見てもらうとMは6時だと答えたとするOの原審公判供述は信用できない。
Pは,Oは交通量の多い道路を横断したり,死体遺棄の際に目が見えていなければできないような行動をしていた旨供述しており,目が見えていなかったというOの原審公判供述は信用できない。
Pの供述によれば,OはPに対し,Mの死亡を確認した際の状況について「起きたら死んどった」と言ったのみであるのに,その後,Oは,被告人らが帰った後,Mはうめき声を続けていたが,そのうちに聞こえなくなり寝たと思って自分も寝た,風呂に入る前に邪魔になったのでMに声をかけると反応がなかったとPに伝えたことになるが,このように変遷させたのは,被告人による暴行後,Mは朝方まで唸っていて,被告人の暴行がM死亡の原因であるとする必要があったためである。
②供述自体が不自然不合理である。
尋常でないほど唸り声をあげていたMをそのまま放置して寝たというのは不自然である。朝起きると,Mはまだ唸っていたというのに,「起きてるか」と聞き,携帯電話を投げて時間を聞き,さらに,風呂はどうするのかと聞いたとも供述するが,極めて不自然である。
③虚偽供述の動機がある。
Oは,MがOに対しぞんざいな態度を取ることから,死亡する前から暴行を加えているが,被告人の指示で暴行を加えていたと供述して被告人に責任を転嫁するなど,虚偽供述をする動機がある。
ウ)Q(以下,「Q」という。)の原審公判供述について
Qの原審公判供述では,hマンション303号室での各人の位置が,その場にいた他の者の供述と齟齬していて根本的誤りがあり,Qは,部屋の玄関付近にいて,見えていない部屋の奥での出来事を推測してさも見ていたかのように供述しているに過ぎず,その供述は信用できない。
Qは,平成19年5月31日付けの警察官調書では,被告人がどのような暴力を振るったかは見ていませんと供述し,また,弁護人がQから聞き取りをしたメモ(原審弁45)にも被告人が暴力を振るうのを見たという記載がなく,被告人による暴力を見たというQの供述は,その根幹部分で変遷しており信用できない。
(2) 死因について
原判決は,被告人がMに対し,平成18年12月24日午前2時ころに暴行を加えた結果,同人は同日午前6時ころに死亡した旨認定し,R医師の鑑定及び原審各公判供述等から,Mは同月23日午後11時ころから同月24日午前7時より数時間前までの間に外傷性胃粘膜裂傷が生じ,消化管出血・失血により死亡したと判示するところ,Mが外傷性胃粘膜裂傷に伴う出血で死亡したことは明らかであるが,Mの死に至る経過については,R医師の鑑定,S医師及びT医師の各原審公判供述でも明確となっておらず,この点に関するR医師の原審公判供述は信用できない。すなわち,Mの外傷性胃粘膜裂傷は,胃粘膜に約4センチメートル及び4.5センチメートルの二条の裂傷があり,T医師の原審公判供述によれば,その状態では激痛が生じ,お腹を伸ばすことは不可能であり,そのような症状のまま2時間もいることは考えられないとしており,S医師の原審公判供述によれば,そのような胃粘膜裂傷は激痛を伴い,それを緩和するには麻酔などを使用しなければなならないとしているところ,原判決の説示に従えば,Mは平成18年12月24日午前2時から同日午前6時ころまでの4時間,外傷性胃粘膜裂傷による激痛が続いていたことになる。しかし,この説示は,2時間ももたないというT医師の前記供述に反する。また,Oの原審公判供述によれば,被告人がMに対し同日午前2時ころに暴行を加えた後,午前6時ころまでの4時間そのままの状況にあり,これも前記T医師の供述に反する。Mの死亡時期が,原判示のとおり,平成18年12月24日午前6時ころであったとすれば,Mが外傷性胃粘膜裂傷を負ったのは,せいぜいその2時間前とならざるを得ない。そうすると,Mは,同人が死亡するせいぜい2時間前,被告人とは無関係に,Mの他にはOしかいない部屋の中で外傷性胃粘膜裂傷を負ったことになり,被告人が行なったとされる暴行によってMに外傷性胃粘膜裂傷が生じたことは立証されていない。
3 判断
(1) 訴訟手続の法令違反の主張について
所論は,原審がNの検察官調書(原審甲7)を刑事訴訟法321条1項2号後段により採用した点で訴訟手続の法令違反がある,というのである。しかし,この点に関し,原判決が【事実認定の補足説明】の項の第2の5(1)で説示するところは,相当として是認することができる。すなわち,Nは,検察官調書では,被告人がMの布団を引っ張ってMを仰向けにさせた後,3回程度,その胴体の腹辺りを踏みつけるような形で蹴っていた旨供述するのに反し,原審公判供述では,寝ていたMに対し,被告人が足を上から下に下ろす動作をしたようにも思うが,それがどこに当たったかは分からない旨供述しているのであって,Nの検察官調書における供述と原審公判供述との間に,被告人が踏み下ろした足がMの腹部辺りに当たったか否かという点に関し実質的に異なっていること,また,Nの原審公判供述における態度は,暴力団の幹部である被告人の面前で被告人に明確に不利益になる供述を回避しようとする姿勢が顕著であるのに反し,検察官調書の記載については,N自身,検察官から特に供述を押し付けられたことはなく,内容に不満のあるところは「95点まで直してもらった」と述べているのであって,Nの検察官調書の記載には特信状況も認められる。所論は失当であり,論旨は理由がない。
(2) 事実誤認の主張について
事実誤認をいう所論についても,原判決が,Nの検察官調書における供述,原審証人O及びQの原審各公判供述の信用性を肯定し,被告人の原審公判供述の信用性を否定して,その掲げる関係証拠によって,原判示の【犯罪事実】の第8として,Mに対する傷害致死の事実を認定したのは正当であり,【事実認定の補足説明】の第2の2ないし6で説示するところも相当として是認することができ,当審における事実取調べの結果によっても,この判断は動かない。所論に鑑み,以下付言する。
ア)実行行為について
前記所論中,Nの供述では,被告人が傷害致死の原因となる暴行を加えたものとは認められないとの前記第2の2(1)ア)の点は,Nの原審公判供述によっても,被告人が寝ていたMを蹴って起こし,その後,足を上から下に下ろす動作を寝ていたMの側でしたというのであり,検察官調書では,それがMの腹部付近に踏みつけるような形で当たったというのであるから,被告人が寝ていたMの腹部に対し2,3回程度踏みつけるように暴行を加えたものと認められる。この点に関し,被告人は,原審公判で,Mを踏みつけたことはなく,寝ていたMの側で地団駄を2回踏んだことがあると供述しているが,自分の気に入らないことがあると,Mに限らず周囲の誰彼に対してでも短絡的に手ひどい暴力を振るっていた被告人が,その時に限り,側で地団駄を踏んだだけであるというのはおよそ考え難く,到底信用できない。
次に,Oの供述が信用できないとする前記第2の2(1)イ)のうち,Pの原審公判供述と矛盾しているとの①の点につき,携帯電話がなかったとの点は,Oの原審公判供述によれば,その携帯電話は電話機としては使えず,時間を見るだけの携帯電話であったというのであるから,Oが携帯電話を使用していなかったことからPは携帯電話はなかったと供述している可能性があり,携帯電話をMの方に投げたことに関するOの原審公判供述が不合理であるとはいえない。また,Oが当時目が見えなかったとする点については,Oの原審公判供述によれば,平成18年12月末ころは夜はほとんど見えないというものであり,当時全く見えないという趣旨ではなく,事件当時と同じくらいの見え方になったのはその半月から1か月前であるというのであり,その時は近くは見えていた,まったく見えなくなったのは事件の2か月後くらいである,というのであるから,この点を捉えてOの原審公判供述に信用性がないとはいえない。また,Mの死亡を確認した際の状況についての供述が変遷しているとの点は,当初はPに対して具体的な状況を言わなかったに過ぎず,格別不自然な変遷であるともいえない。供述内容が不自然不合理であるという②の点も,格別不自然不合理であるとはいえない。さらに,Oには被告人に責任を転嫁するなど虚偽供述をする動機があるとの③の点も,そういう可能性がまったくないわけではないことを考慮して,Oの原審公判供述と被告人の原審公判供述とを対比して検討しても,Oの原審公判供述の信用性に疑問を入れる事情は窺われない。
さらに,Qの供述が信用できないとする前記第2の2(1)ウ)については,原判決が【事実認定の補足説明】の第2の5(3)で説示するとおり,被告人が仰向けのMに対し,足を2,30センチくらいあげてMの胸から尻辺りの間に踏み下ろす動作をし,Mがうめき声を上げるのを2回くらい見聞きしたという原審証人Qの原審公判供述は十分信用することができる。
イ)死因について
所論は,Mが外傷性胃粘膜裂傷に伴う出血で死亡したことは明らかであるが,Mの外傷性胃粘膜裂傷は,胃粘膜に約4センチメートル及び4.5センチメートルの二条の裂傷があり,その状態では激痛が生じ2時間ももたないから,Mが平成18年12月24日午前6時ころ死亡したとすると,その死亡の原因となった暴行が,同日午前2時ころに被告人が加えたものであるとの立証はされていない,というのである。
T医師及びS医師の原審各公判供述によれば,胃粘膜に約4センチメートル及び4.5センチメートルの二条の裂傷がある状態では激痛が生じ,そのような状態のまま2時間もいることは考えられないというのである。T医師は,原審公判で,前記のような胃粘膜裂傷があれば,意識を失って2時間ももたないとの趣旨の供述をしているが,同医師がMを診察した死亡前日の同月23日夜の時点で胃粘膜裂傷がその前に生じていたとすれば,それに整合するような症状は診察時には現れていなかったという趣旨の供述をするなかで,仮定の質問に対して返答したものであって,その2時間ももたないとの趣旨が具体的にどのような意味内容を有するのかはさほど明確ではない。また,S医師は,原審公判で,前記のような胃粘膜裂傷があれば,激痛があると供述しているが,前記のような胃粘膜裂傷が発生してから意識を失うまでの時間がどの程度であるとか,死亡するに至るまでの時間がどの程度であるとかは供述しておらず,前記胃粘膜裂傷は,死亡するまでの何時間かの間に発生した旨の供述をしており,被告人がMに対し,死亡の原因となる暴行を平成18年12月24日午前2時ころに加え,Mが同日午前6時ころに死亡したとの原判決の認定と矛盾するものではない。
また,Oの原審公判供述によれば,Oは,意識を失ったMの腹部を人口呼吸をするつもりで上から何度か押した旨を供述しているところ,T医師及びS医師の原審各公判供述によれば,それによって既に発生していた胃粘膜裂傷の小さな傷が広がる可能性がある旨供述しており,被告人が暴行を加えた直後に前記のような大きさの裂傷がすぐに生じたかどうかは明らかでなく,解剖時に見られた前記大きさの二条の裂傷が被告人の暴行直後に発生したかどうかも明らかではなく,これを前提とする所論は採用の限りでない。
ウ)以上によれば,事実誤認の論旨も理由がない。
第3原判示第6のOに対する傷害について
1 弁護人の事実誤認の主張の要旨
(1) 原判決は,Oの本件についての供述は,暴行経過・態様が具体的・特徴的であるなどと評価するが,Oが暴行されたのは,車の止め方が原因なのか,雨の日の傘のさし方が原因なのか,曖昧であり,記憶の混同が推認され,スプレー缶での暴行は本件に限ったものではなく,被告人のほかU及びMによってもなされており,特徴的なものではない。そうすると,本件についてのOの原審公判供述は,別の日の事柄と勘違いしている可能性があり得る。
(2) U(以下,「U」ともいう。)がOに対して暴行を加えた可能性がある。すなわち,Uは,ズボンの陰部付近にオイルをかけて火を付けるというファイアーの刑を考案した人物であり,被告人の指示なくしてOに対し積極的に暴行を加えていた疑いがある。また,Oが被告人からスプレー缶による本件暴行を受けたという供述は,i店の閉店時期との関係で矛盾しており,その時期は特定できていない。
2 判断
この所論についても,原判決が,原審証人Oの原審公判供述の信用性を肯定し,被告人の原審公判供述の信用性を否定して,その掲げる関係証拠によって,原判示の【犯罪事実】の第6として,Oに対する傷害の事実を認定したのは正当であり,【事実認定の補足説明】の第3で説示するところも相当として是認することができ,当審における事実取調べの結果によっても,この判断は動かない。
所論に鑑み,以下付言するが,暴行の時期の点は,被害の翌日である平成18年7月18日にOが左耳介皮下血腫の傷害を負っていたことが認められる診断書(原審甲74)によって客観的に裏付けられており,i店の閉店時期との関係で矛盾するという点は,i店を経営していた原審証人Uの原審公判供述によれば,Uがi店の経営を辞めたのは同年6月ころであると認められるものの,店舗自体はまだ存在していた時期でもあり,OがUが経営しているi店をいつ辞めたかについて正確な時期を知らなかったとしても,その公判供述の基本的な信用性を左右するものではない。
いずれの所論も失当であり,事実誤認をいう論旨は理由がない。
第4原判示第7のUに対する傷害について
1 弁護人の訴訟手続の法令違反の主張の要旨
Uに対する傷害は,約1か月間にわたり,多数回の暴行を加えたことにより原判示の傷害を負わせたというものであるが,被害者こそ同一人であるが,動機の共通性,意思の継続性,行為日時の近接性・連続性,行為場所の同一性・近接性,行為態様の類似性及び行為から生じた結果の一体性等の包括一罪と評価すべき要件を欠いており,それを包括一罪と評価することはできず,原審は,訴因の特定なくして審理を進めたものである。Uに対する新旧訴因は,訴因の記載自体から,あるいは,証拠調べが進んだ結果,当該犯罪結果が被告人により犯されたことが論理的に明らかである場合や犯罪の性質上その回数等が重要な意味を有さない場合には該当せず,訴因の変更によっても訴因の補正は不可能であり,原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。
2 弁護人の事実誤認の主張の要旨
捜査機関は,当初,UをOに対する傷害事件の証人として出廷させ,その後,1年も経てから,U自身を被害者とする本件起訴に至った。捜査機関のかかる措置は,被告人に重罰を科そうとする意図を推認させる。また,Uは,当初,被告人と対等の関係にあり,O及びMに対し暴行しており,OやMから恨みを買っていた。したがって,Uには,捜査機関の意図に乗り,M及びOの暴行を被告人に帰責せんとする虚偽の供述をする可能性がある。
3 判断
(1) 訴訟手続の法令違反をいう所論は,Uに対する約1か月間にわたる多数回の暴行による傷害を包括一罪と評価することはできない,というのである。しかし,被害者が1名であり,被害法益が1個であること,検察官は,求釈明に応じて,医療機関による治療の時期及び傷害結果を明示して,それらの傷害の原因たるべき行為の時期及び場所を証拠に基づきできるだけ特定しており,一連の同種暴行とそれによる傷害結果との対応がほぼ特定されていること,各暴行の動機は,憂さ晴らしや面白半分からという共通したものであること,暴行場所は当時の被告人方住居と暴力団天成会事務所との間を往復する自動車内,当時の被告人方住居付近に駐車中の自動車内及びその付近路上等であり,ある程度近接した場所におけるものであること,同種の暴行を繰り返していること,当該暴行期間内の暴行すべてが審判の対象になっており,審判の対象となっていないその他の期間における暴行と区別されていること等からすれば,Uに対する約1か月間にわたる多数回の暴行による原判示の傷害結果は包括一罪と評価することができるのであり,訴因の変更を許可した原審の訴訟手続にも何ら法令違反はない。所論は失当であり,論旨は理由がない。
(2) 事実誤認をいう点も,原判決が,被害者である原審証人Uの公判供述の信用性を肯定し,被告人の原審公判供述の信用性を否定して,その掲げる関係証拠によって,原判示の【犯罪事実】の第7として,Uに対する傷害の事実を認定したのは正当であり,所論の点を考慮して記録を検討し,Uの原審公判供述の信用性を吟味しても,原判決が【事実認定の補足説明】の第4の3で説示するところは相当として是認することができる。これに反する被告人の供述,すなわち,被告人は,Uに暴行を加えておらず,そのような暴行を加えたのは共犯者3名であり,被告人は何の指示もしていない旨の供述は到底信用できない。この点の論旨も理由がない。
第5量刑不当の各主張について
1 検察官の所論は,本件は,被告人が2名の男性の生命を奪い,6名もの男女に傷害を負わせたという事案であるところ,本件一連の犯行の諸情状に照らすと,被告人に対しては極刑をもって臨むほかないのに,原判決は,被告人のために斟酌するに値しない事情を殊更に有利な情状としてあえて死刑を回避したものであって不当である,というのである。個別の主張は以下のとおりである。
(1) 「殺人の被害者は1名であるという事情」を強調した点の誤り
被害者の生命は,数に置き換えて評価し得るものではなく,殺人の被害者が1名で死刑が確定した事件が14件に上っていることからしても,被害者の数が絶対的基準ではない。14件のうち殺人等の同種前科がないものは8件あり,それらは強盗殺人,身代金目的,保険金詐取目的の殺人,強姦の犯行を隠蔽等するための殺人であって,物欲を実現させるために,あるいは性的欲望の赴くままの強姦の犯行を隠蔽等するために被害者の生命を奪い去るという自己中心的な動機や強固な殺意が死刑を選択させたものであり,利得目的がある場合に限って罪責が重大となるものではない。本件のA殺害の犯行動機は,自己の嗜虐癖を満たすためにAの身体に凌辱の限りを尽くして虐待し,見るも無惨な傷害を加えた上,その財産を収奪し尽くし,金銭搾取等の利用価値が失われた後,自己のこれまでの虐待行為の発覚を恐れて殺害し,犯行隠蔽のため死体を遺棄したものであり,ここには,物欲のための生命の蹂躙や性的欲望の対象とした後の犯行隠蔽等のための生命蹂躙と比肩すべき,物欲や支配欲を満たした後の犯行隠蔽のための生命蹂躙が認められるし,それのみならず,強度の人権蹂躙による欲望充足行為である嗜虐的欲望の実現のための生命蹂躙も認められる。このように従来極刑が求められてきた被害者1名の事案と比べて,その動機の悪辣さは同程度あるいはそれ以上であって,むしろ自己の嗜虐的欲望を充足するために被害者の生命を弄んで殺害したという反規範的な人格態度は,これらの事案に勝るものである。また,本件においては,被告人の犯行により生命を奪われたのは,殺害されたAのみでなく,罪名こそ傷害致死罪であるが,Mも被告人による度重なる虐待行為の挙げ句,故意の犯罪行為により死亡させられている。結局,被告人は,2名の尊い人命を奪っており,この厳然たる事実は,前記8件の事例より悪質と評価されるべきである。しかし,原判決は,これらの点を全く考慮せず,「殺人の被害者は1名であるという事情」を強調して死刑選択を回避しており,誤った判断をしており,不当である。
(2) Aの殺害について,「確固たる殺意に基づく犯行であるとか,計画的に殺害行為を遂げたとまでは評価できない」ことを強調した点の誤り
Aに対する殺人の動機についてみるに,被告人は,犯行の数か月前から,金銭的な利用価値がなくなり,虐待の限りを尽くしたために精神的にも変調を来して反応が鈍くなり,嗜虐の対象としても面白味を失ったAを疎ましく思いながら,かといって,それまでの虐待行為の発覚を恐れてAを解放することもできず,解放に向けた治療等をしないまま,Aに対し,苛烈な虐待行為を繰り返しつつ,「お前なんか死んだらいいのに」,「もうお前ほんま死んでくれよ」などと何回も発言し,殺意を強固にしていった。言わばいつAを殺害しても構わないという継続的な意思の下にAが逃亡しないように監視し,殺害の時期を自由に選ぶことができた。しかも,Aと同様に支配下に置いていたB,C及びDを自己の手足としていつでも動かすことができたから,A殺害という犯行を実行に移し,これを実現することがいつでも可能かつ確実な状態であった。したがって,わざわざ事前に詳細な計画を策定したり,その計画をBらに告げて予め準備をさせるなどしておく必要など全くなかった。そして,一旦殺害すれは,過去の死体遺棄の経験を踏まえて,Aの死体を土中に埋めて犯罪を隠蔽することは容易であり,またBらを手足同様に使えることも併せ考えれば,その犯跡隠蔽はなおさら容易かつ確実であった。以上のとおり,Aに対する殺人は,被告人に,犯罪遂行意思の強固さ,犯罪実行及び犯罪結果実現の確実性,犯跡隠蔽の確実性が優に認められるのであり,周到な計画に基づく他事例と比較して,死刑を回避すべき事情とは到底いい得ない。
(3) 「殊更残忍な殺害方法を用いたり,何らかの目的のために強い殺意を持って連続的に人を殺害するような事案とは,いささか犯情を異にする面がある」とした点の誤り
本件の一連の犯行態様は,極めて執拗で,際立った残虐性を伴っており,特に,Aに対する殺害に至る一連の虐待行為は,Aにとっては正に生き地獄というべきものであって,常軌を逸する執拗性,残虐性が認められる。殺害当日の被告人は,それまでの虐待によって衰弱したAを漁港岸壁から突き落として長時間の遊泳を強要し,その間棒を用いてAを絶対に岸壁に近寄らせず,休ませず,ボールを追わせて乏しい体力を消耗させ,泳力のある健常者でも休憩を要するような約25分もの間,Aを遊泳させ続けてAが溺死する危険性の高い状況に殊更陥れて溺死させたものである。言わば,人が確実に息絶えるのを確認するまで道具を使って首を絞め続けるのと同様の強固で継続的な殺意に基づくものである。しかも,その態様は,Aを徐々に苦しめ恐怖の淵に追い込み,どれほど苦しくても絶対に陸に揚げてもらえず,被告人を怖がるBらには助けも求められず,冷たい海でこのまま溺死するほかないという絶望の中で,息苦しく,疲労困憊の末,体力が尽きて水没して溺死するという最も苦痛に満ちた悲惨な最期を遂げさせたものである。その死に至る過程の絶望の深さ,苦痛の長さと酷さという点で,その残虐性が表面に現れないものの,短時間で痛みを感じる暇もなく死に至るような,残虐性が外見上は露になっている他の殺害方法よりも遥かに残虐非道な方法というほかない。
また,Mに対する傷害致死も,そこに至るまでの苛烈な虐待に加え,これにより満身創痍で仰臥するMの腹部等を土足で踏み付けるなどするというものであって,これによりMが死亡する危険性の高い極めて執拗かつ残忍な犯行である。さらに,U,O,そして4名の女性被害者に対する傷害についても,弱い立場にある者に対する被告人の執拗性,残虐性が顕著に認められる。
本件一連の犯行においては,際立った執拗性,残虐性が認められることはもとより,殺人罪及び傷害致死罪という罪種は違えど長期間の虐待を加えた挙げ句,結果的に2名の人命を奪い,死に至るまでに被害者に与えた苦痛等が甚大であり,他の6名に対しても虐待行為の一環として傷害を負わせたものであり,被告人の反規範性,反社会性,犯罪性向の根深さも際立っており,更生可能性,矯正可能性も皆無である。原判決の前記指摘は,本件を皮相的に捉え,事柄の表層のみで罪責を判断しようとする極めて安易な発想に基づくものであり,不当である。
(4) 被告人には,「平成3年に確定した業務上過失傷害罪による執行猶予付き前科(禁錮1年,3年間執行猶予)以外に前科がな」く,「他人の生命を侵害するような重大な犯罪を起こし,矯正教育を受けた後に,再び同様の犯罪を犯した場合と比較して,非難の程度には差異がある」とした点の誤り
本件のごとき凶悪重大事案においては,犯行動機,犯行態様,結果の重大性,遺族の被害感情等がその量刑を決める際の重要な要素である。同種前科等が存しないことをもって,殺人の犯罪性向が顕著ではないと決め付け,死刑判決を躊躇する理由とするのであれば,同種前科等のない殺人の被害者1名の事案については,いかに犯行態様が悪質な事案であっても,死刑を回避する帰結となりかねないが,それでは,刑法が殺人罪において死刑を法定刑として定めている趣旨を没却することになり,遺族はもとより国民感情にも反する上,その後の犠牲者を待って死刑に処すがごときもので,一般予防の見地からも不当である。原判決は,他人の生命を侵害するような重大犯罪によって矯正教育を受けた者との差異を強調するが,自ら進んで犯行を明らかにしたことにより,あるいは犯跡隠蔽が不十分だったことで事件が発覚したことにより,矯正教育を受けた者に比して,徹底した犯跡隠蔽行為を行なって処罰を免れた被告人に対する非難の程度が低いはずはなく,むしろ逆に高いというべきである。原判決の前記判断は失当である。
(5) 「被告人に対する破産手続開始決定が確定し,2億数千万円の破産財団が形成されたことにより,今後,破産手続を通じて損害賠償が少なくとも一部は果たされるという事情」が認められることを死刑回避の理由とした点の誤り
被告人側から破産手続に対し異議等が繰り返されており,被告人には,遺族に対する謝罪意思あるいは任意の損害補填意思があるとはいえない。本件では,被告人が任意に被害弁償を行なったのではなく,あくまでも破産手続において被害弁償が俎上に乗ったにすぎない。これらの事情を過大に評価することが当を得ないことはもちろん,被告人の刑事責任を殊更軽減すべき正当な理由になると評価することもできないことは明らかであり,極刑を回避する事情とはなり得ない。
遺族や被害者らが負った心身の傷は,金銭で贖えるようなものではなく,AやMの命は戻らず,Oの視力は回復せず,Uの耳は繋がることはなく,女性らの恐怖は癒えることがない。B,C,Dは,被告人から受けた虐待によって心身ともに傷ついたのみならず,被告人に支配されてA殺害に加担させられたことで,一生「Aを殺してしまった」という罪悪感に苦しんでいる。何ら嗜虐癖のない同人らを共犯者に巻き込んだ被告人の責任は決して軽視し得るものではなく,被告人は,逆に同人らに自己の刑事責任を転嫁して恥じることがない。このような被告人の態度に鑑みれば,被告人の財産から幾ばくかの賠償がなされたことを過大に評価すべきでないことは明らかである。
(6) 罪刑の均衡についても,近似の裁判例における類似事案と比較し,本件において死刑を選択することが,均衡を失するものではない。
2 弁護人の所論は,原判決は,傷害の女性被害者につき,性的関係の強要があったことが認められるとして不利な情状としているが,これは起訴されていない事実をも実質的に処罰するもので不当である,などというのである。
3 判断
(1) 本件は,被告人が,①平成13年1月4日ころ,当時20歳の女性に対し,右大腿部等を足蹴にするなどの暴行を加え,約10日間の加療を要する右下肢打撲皮下血腫等の傷害を負わせた(原判示第1),②同年10月下旬ころから大阪府阪南市のe荘にA(当時32歳)を居住させ,同人に対し支給された退職金及び失業保険金を管理し費消する一方,同人に対し,暴行,脅迫という虐待行為を日常的に繰り返し,同人を自己の支配下に置き,ア)平成14年1月ころから同年2月上旬ころまでの間,同人に対し,多数回にわたり,その両手を点火している石油ストーブの天板上に押しつけるなどの暴行を加え,同人に全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染の傷害を負わせた(原判示第2の1-1),イ)Bと共謀の上,同年1月ころから同年4月上旬ころまでの間,Aに対し,多数回にわたり,その下半身を金属製バットで殴打するなどの暴行を加え,同人に全治不詳の左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせた(原判示第2の1-2),ウ)同年3月ころから,同人の失業保険金の給付終了が迫り,近々同人から金銭を搾取することができなくなることを認識し,同人を支配下に置くことによる金銭面での利用価値がなくなることを認識する一方で,それまでの虐待行為の発覚を恐れて解放することもできず,同人のことを疎ましく思い,更には,自分にそのような煩わしい感情を抱かせるAに対して苛立ちを募らせていき,同人の生命に全く関心を寄せず,同人の生命の危険を高める虐待行為を繰り返していたところ,Bと共謀の上,同年5月10日ころ,大阪府泉南郡<以下省略>所在の通称「a港」岸壁において,虐待により負傷するなどして肉体的にも精神的にも衰弱していたAに対し,同人が被告人に支配され,被告人の命令に逆らうことが著しく困難であることを認識しつつ,下着姿にさせ,海中に転落させて相当時間遊泳させれば同人が溺死する危険が高いことを認識しながら,Bに命じてAを突き飛ばさせて同人を水深約2,3メートルの海中に転落させた上,溺れないように岸壁に掴まろうとする同人の身体を被告人及び被告人に命じられたBが竹竿様のもので数回突いてこれを阻止し,さらに,被告人が沖に向かって投げるなどしたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどして,約20分間にわたり,同人を海中にとどまらせ,疲労により自力遊泳を困難にさせて溺れさせ,同人を海水の吸引による窒息によって死亡させた(原判示第2の2),③平成17年6月8日午後8時15分ころ,大阪府高石市付近から堺市付近に至る道路を走行中の普通乗用自動車内で,当時18歳の被害女性に対し,手拳あるいは平手でその顔面を数回殴打し,清涼飲料水の缶でその右手甲を数回殴打する暴行を加え,同人に加療約3週間の顔面打撲,鼻骨骨折及び右手打撲の傷害を負わせた(原判示第3),④前記③の日時ころ,前記同車内で,当時22歳の被害女性に対し,手拳あるいは平手でその顔面を数回殴打する暴行を加え,同人に全治約7日間の顔面打撲及び結膜出血の傷害を負わせた(原判示第4),⑤平成17年10月12日ころ,当時23歳の被害女性に対し,その頭部を手拳で数回殴打し,腰部等を数回足蹴にするなどの暴行を加え,同人に加療約7日間の頭部打撲,左腰部打撲等の傷害を負わせた(原判示第5),⑥平成18年7月17日ころ,堺市の路上に駐車中の普通乗用自動車内で,O(当時48歳)に対し,その左耳をスプレー缶で十数回殴打する暴行を加え,同人に加療約2週間の左耳介皮下血腫の傷害を負わせた(原判示第6),⑦かねてU(当時45歳)に自己の自動車の運転をさせていたが,共犯者3名と共謀の上,平成18年9月中旬ころから同年10月18日ころまでの間,大阪市西成区と堺市との間を走行中の普通乗用自動車内,駐車中の同車内及びその付近路上等で,Uに対し,頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打し,下半身に燃料をかけてライターで点火して燃上させ,頭部を足蹴にし,顔面をプラスチック製角材で殴打するなどの暴行を多数回にわたり繰り返し,同人に約4か月間の入院加療を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせた(原判示第7),⑧平成18年12月24日午前2時ころ,大阪市西成区のhマンション303号室で,M(当時34歳)に対し,その腹部等を数回足蹴にする暴行を加え,同人に外傷性胃粘膜裂傷の傷害を負わせ,同日午前6時ころ,同人を前記傷害に基づく消化管出血により死亡させた(原判示第8),⑨共犯者4名と共謀の上,Mの死体を遺棄しようと企て,平成18年12月25日午前1時ころ,前記死体を前記場所から運び出し,車でその死体を同所から和歌山県東牟婁郡所在の雑木林まで運搬し,同日午後10時ころ,被告人らが掘った深さ約98センチメートルの穴に死体を入れた上,土砂等をかぶせて埋没させて死体を遺棄した(原判示第9),という殺人,傷害致死,傷害,死体遺棄の各事犯である。
(2) 原判決の判断が誤っているとして指摘している検察官の前記各主張について検討した後,弁護人の主張について検討する。
①検察官の(1)の主張について
原判決のこの点に関する説示をみてみるに,原判決は,殺人の被害者が1名であることを事実として指摘しているが,それのみを強調して判断しているわけではない。ただ,原判決も引用しているが,最高裁も「死刑は生命を奪い去る冷厳な極刑であり,まことにやむを得ない場合における究極の刑罰であることにかんがみると,その適用は慎重に行わなければならず,犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の処罰感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合にのみ,その選択が許されるものである。」と解されるのであり,殺害された被害者の数が重要な要素になっており,殺人の被害者が一人である場合は,より慎重な考慮を要することは否定できないことであり,その趣旨を述べているに過ぎない。また,本件は,前記のとおり他に傷害致死事件や傷害事件も併合されており,併合事件全体の刑を決めるものであるが,死刑が法定刑に含まれているのは殺人事件のみであり,これがどのような事件であるかが死刑選択を決める上で最も重要な要素になるものと考えられるものである。その死刑が法定されている殺人事件の被害者が一人に過ぎないことを量刑評価上重要視せざるを得ないことと言わなければならない。検察官は,前記のとおり,本件のAに対する殺人には,物欲や支配欲を満たした後の犯行隠蔽のための生命蹂躙が認められることのみならず,強度の人権蹂躙によって自己の嗜虐的欲望を充足するために被害者の生命を弄んで殺害したという反規範的な人格態度からする生命蹂躙も認められ,極刑に処せられた従来の事案と比べても,その動機の悪辣さは同程度あるいはそれ以上であり,罪名こそ傷害致死であるが,Mも被告人による度重なる虐待行為の挙げ句,故意の犯罪行為により死亡させられており,被告人は,2名の人命を奪っており,この事実は,被害者1名の場合に死刑を選択された事例より悪質と評価されるべきであると主張しているところ,原判決は,その【量刑の理由】の2の「Aに対する傷害,殺人事件について」の項で,被告人は,Aを平成13年10月ころから同人の衣食住を支配し,その中で凄惨な虐待行為を日常的に加え,その挙げ句に殺害したもので,極めて冷酷で非情であること,自己の憂さ晴らしや力の誇示,さらに,虐待行為そのものを楽しむため,又は他人を支配する満足感を得るために,残虐非道な行為を続けたものであって,犯行動機は極めて悪辣であること,虐待行為の苛烈さを増進させ,ついには生命を弄ぶかのように殺害に及んでおり,被告人の心情には,他人に対する慈しみ,思いやりや共感といった人間的感情の片鱗すら窺うことができないこと,死体を山中に遺棄することを主導し,自己の犯行の重大性を認識して後悔する気持ちや良心の呵責などは到底見て取れないことなどを指摘した上で,【量刑の理由】の5において,本件各犯行の発端からの経過を指摘した上で,「被告人が,わずか5年程度の間に,多くの人を傷付け,更には罪名こそ違え2名の尊い命を奪っていることは,極めて重大である。」と説示し,また,「本件犯行全体を通じてみたとき,被告人の人格の異常なまでの嗜虐性,支配欲,冷酷さには慄然とせざるをえず,その根深さも際立っている。」,「その態度からは,重大な罪を犯したことを真摯に受け止め,遅まきながらも反省の気持ちを示しているとは到底評価できず,むしろ被害者を侮辱し,遺族の感情を逆撫でする言動をして平然としている。」,「人として本来備わっているべき人間性を欠いているのではないかと疑われ,犯罪性向の深まりも極めて顕著である。」と説示し,さらに,同7において,「確かに本件では2名の尊い命が失われており,人一人の命の価値はそれ自体まさに尊貴であって,差異がないことは当然である。しかし,被告人に対する責任非難という観点から見た場合,殺人と傷害致死とを同一視することは,刑法が殺人罪と傷害致死罪との間に歴然とした法定刑の違いを定めていることからしても困難である。」と説示しているのである。そのような説示からすると,原判決は,被告人の他人に対する異常な支配欲や自己の気に入らないことがあると理不尽かつ短絡的に苛烈な暴行に及ぶ身勝手な態度や他人を痛めつけることに快感を感じる非人間的で嗜虐的な性向等を適切に指摘した上で,被告人に対する責任非難という観点からは,殺人罪と傷害致死罪とには歴然とした違いがあるとしているのであって,被告人の行為によって,貴重な生命が奪われた被害者が2名いることを前提として,そのうちの殺人の被害者が1名であることを事実として指摘しているに過ぎず,これを強調し過ぎているものとはいえない。検察官の主張には必ずしも賛同できない。また,検察官がいうように被害者が一人の事案でも死刑に処せられた例があることはそのとおりであるが,その事例は,強盗殺人や身代金目的の誘拐,さらには強姦等のわいせつ行為とその犯跡を隠滅するための殺人など極めて悪質な犯情のもので被害者には特段の落ち度もなくまた他の一般人も同様の被害に遭いかねない,その意味で一般予防的な刑罰の適用の必要性が極めて高い場合であり,殺害意思についても確定的な事例であると思われるものであるなど特別の事情がある事案である。ところで,本件殺人事件については,後記のとおり悪質な事例であることは否定できない。しかし,本件殺人は,金員を得るために確定的な殺害の意思を持って犯行に及んだ場合ではなく,また,被害者もそれなりの判断能力がありながら簡単ではないものの意を決すれば被告人の元から逃げ出す機会がなかった訳ではないのに逃げ出さず,度重なる暴力を受けながら被害を避ける手立てもとっていない。これらの事情からすれば,殺害の被害者が一人の事案としては直ちに死刑に結びつく事案ともいえず,殺人の被害者が一人である他の死刑事案と同様に考えることはできない。所論は,採用できない。
②検察官の(2)の主張について
原判決は,【量刑の理由】の6において,「殺人の実行行為の際,被告人がAの殺害に強い意欲を持っていたとはいえず,確固たる殺意に基づく犯行であるとか,計画的に殺害行為を遂げたとまでは評価することができない。」と説示しており,この点を被告人にとって死刑を適用する上においては有利な一事情としているものと認められる。確かに,平成14年5月10日の殺害の実行の場面そのものだけを捉えればそのようにみることはできる。もっとも,その殺害に至る経緯をみれば,被告人は,Aに対し,前認定したように,極めて苛烈な暴行を遅くとも平成14年1月ころ以降殺害に至る直前まで継続して加えているところ,同年3月ころには,近い将来にAに対する失業保険金の支給が終了し,これまでのようにAからそれを搾取することができなくなることを予想し,Aのことについて,「もうこいつ,どっか行ってくれたらいいのに」とか,「どっか行ってくれへんかな」とか,「どっか遠くで死んでくれたらいいのに」とか,直接Aに対し「お前なんか死んだらいいのに」とか言っていたのであって,Aから失業保険金を取れなくなる時期にはAが死亡すればよいとして,その折々には殺意までは認められないものの,苛烈な暴行を加え続け,真冬のころからもともと泳げない上に重傷を負っているAを海に入るように強要するなどしており,最終的に平成14年5月10日に殺害するに至り,言わばなぶり殺しにしたと評価できるのである。確定的で強固な殺意に基づいて一瞬のうちに生命を奪う場合は,その肉体的及び精神的苦痛は短時間であって苦痛を与える時間が少ないという点で,被害者に与える肉体的及び精神的苦痛は,本件のようななぶり殺しの場合よりも軽いと評価する考え方もあり得ることではあろう。しかし,一方で,本件のような場合より有無をいわさず確定的な殺意を持って殺される場合におけるその恐怖や無念さなどの方がより軽いなどと言い得ないのではなかろうか。殺意が確定的な方がより重い刑責を負うべきことはそのとおりであると言わざるを得ないのであり,本件は殺人事件の刑責をどのように評価するかが主たる問題なのであり,平成14年5月10日時点でのAの殺害に際し,被告人が強い意欲を持っていたとはいえないという本件殺人について,これを死刑を適用するか否かの判断において被告人に有利に斟酌したことには相応の理由がある。所論に必ずしも賛同することはできない。
③検察官の(3)の主張について
原判決は,【量刑の理由】の7において,犯行の計画性について,Aに対する殺人及びMに対する傷害致死の各実行行為について,a)周到に計画された上で敢行されたものではなく,むしろ,日々の虐待行為を繰り返した果てに被害者が死亡したという側面がある,b)犯罪の実行行為という点からみれば,被告人は,被害者の生命を奪うことを殊更に意図してそれを実現していったものとはいえない,c)殺人については,被告人にとって被害者の生命を積極的に奪うことは可能な状況であったにもかかわらず,被告人はそのような行為に出たことはなく,犯行の態様そのものが,際立って残酷,残忍なものとまではいえない,d)傷害致死については,死亡の原因となった暴行自体,それまでの数々の虐待行為に比べてとりわけ危険性の高い態様だったとまではいえないとした上で,「本件は,殊更残忍な殺害方法を用いたり,何らかの目的のために強い殺意を持って連続的に人を殺害するような事案とは,いささか犯情を異にする面がある」と説示している。
前記a)及びb)の点は,Mに対する傷害致死についてはそのようにみて相当であり,周到に計画された場合と比較して被告人に有利にみてよいと思われる。また,Aに対する殺人についての前記a)ないしc)の点は,虐待行為の果てに死亡したという側面があること自体は否定できず,殺害行為に限局した時点では生命を奪うことを殊更に意図したとはいえず,殺害自体の犯行態様そのものが際立って残酷,残忍であるともいえないけれども,連続する虐待行為は残酷,残忍であり,悪質であることは否定できない。ただ,被告人の刑責という観点から総合的に考えた場合,被告人に有利に評価できるところがないわけではないことは前記①で判断したとおりである。さらに,前記d)の点は相当である。
そうすると,Aに対する殺人は,計画的に強固な殺意を持って一撃で命を奪うような場合と比較して,相対的なものであるが犯情が軽いということができるのであり,そのことを指摘したことには相応の理由がある。所論は必ずしも採用できない。
④検察官の(4)の主張について
原判決は,【量刑の理由】の6,7において,被告人には,「平成3年に確定した業務上過失傷害罪による執行猶予付き前科(禁錮1年,3年間執行猶予)以外に前科がな」く,「他人の生命を侵害するような重大な犯罪を起こし,矯正教育を受けた後に,再び同様の犯罪を犯した場合と比較して,非難の程度には差異があるといわざるを得ない」と説示しているところ,前者の点は,それを指摘するとともに続いて,「実刑となった前科がないことをことさら有利な情状として強調することはできないともいえる」と説示しているのであって,実刑前科がないことをそれほど有利な情状とみているわけではない。後者の点は,検察官がいうように,たまたま事件が発覚して矯正教育を受けた者に比して,徹底した犯跡隠蔽行為を行なって処罰を免れた被告人に対する非難の程度が低いはずはないともいえるが,これまでに矯正教育を受けていない場合には,矯正教育を受けている場合との比較の問題として,その責任非難の程度に差異があることはそのとおりであって,その説示自体が不当であるとはいえない。この点は,前記最高裁判決の上げている死刑適用の一要素について検討しているものであり,どこまで重視すべきかの問題はあるが,死刑適用の判断に関して検討する際には被告人に有利な一事情となっていることは否定できない。所論は採用できない。
⑤検察官の(5)の主張について
原判決は,【量刑の理由】の6において,「被告人に対する破産手続開始決定が確定し,2億数千万円の破産財団が形成されたことにより,今後,破産手続を通じて損害賠償が少なくとも一部は果たされるといった事情も認められる。」旨の説示をしているところ,その事実自体はそのとおりである。そして,原判決は,それに続いて,【量刑の理由】の7において,量刑について個別的に検討しているが,前記の事情について特には言及しておらず,犯行後の情状の一つとして,そういう事実があることを指摘しているに過ぎないものと考えられ,この点を被告人に格別有利に斟酌しているものではないと解される。検察官の前記主張は,おおむね首肯することができるけれども,原判決は,被告人の財産から一定の賠償がなされる見込みがあることを過大に評価しているものではない。
⑥弁護人の主張について
原判決のこの点に関係する説示は,【量刑の理由】の4において,「被告人は,抵抗できなくなった女性らを意のままに従わせて,虐待的な暴行や脅迫を加え,時には性的関係を強要したことも認められる」としている箇所であるが,原判決がこの点に言及したのは,その後の説示をみれば明らかなように,被告人の日常的な暴力的支配の中で女性らに対する各傷害事件も敢行されたことを示すことにあり,弁護人がいうような,起訴されていない事実を実質的に処罰する趣旨のものとは到底解されない。弁護人の主張は失当である。
(3) 翻って本件の量刑を考えるに,被告人は,各被害者らと知り合った当初はいかにも優しく親切な人物であるかのように振る舞って親近感を抱かせて交際を始め,しばらくすると,自己が暴力団の幹部であることを暗に示した上,些細なことに理不尽に立腹して前認定したような苛烈な暴力を執拗に振るうなどして自己の支配下に置き,被告人のもとから逃げれば家族に対しても同様の暴行脅迫を行う旨を暗に示し,また,金銭を持たせないようにして逃げられないようにし,被害者らのもとに入るはずの退職金や失業保険金,生活保護費あるいはアルバイトによる収入等は全て被告人が管理して自己の用途に費消し,被害者らの自由には使わせず,被害者らを利用して継続的に金銭を搾取するために被害者らを言わば奴隷のように扱うなかで,本件各犯行に及んだものである。女性の被害者4名に対する傷害こそ,起訴されている限度ではさほど苛烈な暴行でないとみられるものの,その余の男性被害者に対しては,さしたる理由はなく,自分の気晴らしのために,言葉にするのも憚られるほど苛烈で凄惨残酷な暴行を執拗に加え,また,被害者らに命じて,それぞれに対しても互いに過酷な暴行を加えさせ,陰湿で卑劣な虐待行為を継続しており,理不尽であること極まりなく,原判決が,被告人の心情には他人に対する慈しみ,思いやりや共感といった人間的感情の片鱗すら窺うことができないというのも,そのとおりである。本件各犯行は,被告人の陰険で狡猾かつ粗暴,冷酷で卑劣な性向が現実に犯罪となって現れたものであり,その犯罪性向の根深さは容易に改善できるものとは思えない。Aに対する傷害及び殺人の各犯行は,人間としての感情がわずかでもあるのであれば,そのような酷い肉体的及び精神的虐待行為を平然と加えることはできないのではないかと思われ,被告人の内心の残忍冷酷さは,原判決もいうように,慄然とせざるを得ない。OやU及びMに対する苛烈で執拗な虐待行為も,このような被告人の根深い犯罪性向の現れといえる。
検察官が被告人を死刑に処すべきであるとして種々主張するところには相応の理由がある部分もあり,本件各犯行動機は身勝手極まりなく酌むべき点はなく,各犯行態様は残酷卑劣でこの点でも極めて悪質であること,結果はいうまでもなく重大であること等のほか,死亡した被害者2名の遺族が峻烈な処罰感情を有して被告人を死刑に処すべき旨を述べ,傷害の被害者らも厳しい処罰を望んでおり,被告人を死刑に処することが考えられないというような事案ではない。本件量刑を決める上での主要な点は,2名の生命が奪われたことにあるが,Mに対するものは,原判決もいうとおり,傷害致死罪であって殺人罪ではなく,これを情状面で殺人罪とほぼ変わらないと評価するのは相当でない。Aに対する殺人行為の悪質さをどのように評価するかについては見解が別れる余地があり,原判決は,殺害の場面においては,計画性がなく,確定的で強固な殺意でもないことを重視したものといえる。しかし,それまでの経緯全体の中でそのような殺害行為に至ったことの悪質性はかなり重いものがあることは相応に評価する必要性があることは検察官が指摘するとおりともいえる。ただ,そのことが直ちに死刑に結びつくほどの事情ともいえない。被告人には殺人事件以外の傷害致死,死体遺棄,傷害の事件もあり,殺人や傷害致死の犯行後に死体を埋めて遺棄するなど犯行後の情状も悪いが,被害者やその遺族には不十分であろうが経済的な面である程度の慰謝の措置が講じられる可能性があり,被害者らとの人間関係のある事件で一般予防の見地から考えた場合でも,またこれら多数の事件そのものの総合的な重大性などを併せ考えても,また,殺害された被害者が1名の事案で死刑が選択された他の事案を考慮に入れて検討しても,被告人を無期懲役刑を超える刑罰で対処しなければならないというほどの事情があるとは必ずしもいえず,被告人自身の人間性に問題があり,更生可能性に大きな疑問がないわけではないが服役経験がなく更生可能性がないともいえず,また,今現在45歳であり,仮釈放の可能性はないわけではないが仮にその年齢になれば人間性に大きな変化があると思われ,これがなければ仮釈放による社会復帰は認めなければいいのであり,これらを総合的に考えると,本件について死刑を選択することが真にやむを得ないと判断するにはなお躊躇せざるを得ないという原判決の最終的判断には相応の理由があり,検察官の所論は,結局,採用の限りでない。
そうすると,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が軽すぎて不当であるとまではいえない。検察官及び弁護人の量刑不当の各論旨はいずれも理由がない。
第6結論
よって,刑事訴訟法396条により本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。