大阪高等裁判所 平成22年(う)916号 判決 2011年2月24日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,検察官大島忠郁作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人河上元康作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用するが,検察官の論旨は,本件犯行の諸情状,特に本件は,本件と同様の強盗殺人事件を敢行した13日後に敢行しているという異常性,特異性に照らせば,被告人に対しては,極刑をもって臨むほかないのに,原判決は,被告人のために斟酌するに値しない事情を殊更に有利な情状として挙げ,あえて死刑の選択を回避したものであって,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は著しく軽きに失して不当である,というものである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
被告人は,成人して以降,昭和57年から平成10年までの間に,窃盗,住居侵入,常習累犯窃盗の各事犯で6回服役し,前刑を平成12年1月に仮出所した後,更生保護施設で知り合った甲野花子(現姓は乙川。以下,通称名の「A」という。)と婚姻し,同年11月九州から大阪に出てきて,塗装店に勤務して二人で生活していた。しかし,Aはアルコール依存症でほぼ毎日酒を飲み,口論が絶えず,被告人がAを殴ったりすることなどを繰り返し,平成13年5月には別居し,同年6月には離婚したが,その後も会ったり連絡を取ったりなどしていた。
被告人は,A名義で借金するなどしてAと生活しており,同女との離婚に際しては,A名義で借りていた住居の家賃等についても被告人が支払う旨を約束していた。しかし,被告人は,同年7月初旬,それまで働いていた塗装店を辞めて無収入となって金銭に窮し,A名義の借金や同女と約束した家賃等の支払も滞るようになった。被告人は,同年8月ころから,家電製品やカメラや腕時計等の家財道具を質入れして生活するようになり,窮乏状態は一層深まった。
そのような中で,被告人は,借金等の清算に必要な100万円ほどの現金を手に入れたいと考えるようになり,そのためには,相当の現金があると思われる商店に侵入して現金を奪うしかないと考えるに至り,同月15日,大阪市北区の天神橋筋商店街にある紳士服店「B屋」に侵入した上,当時84歳の男性店主に対し,角材様のものでその頭部等を多数回殴打し,両手足を電気コードで縛り,頭部にビニール袋を被せ,さらしや電気コードを首に巻き付けて強く圧迫するなどし,同人を窒息死させて殺害した後,現金約43万円とキャッシュカードを強奪するという強盗殺人事件(以下「B屋事件」という。なお,B屋事件の裁判においては,奪った現金は約3万円となっており,これが確定しているが,本件捜査のなかで被告人はズボンのポケットから40万円ぐらいの現金が入った財布も奪った旨自認しており,本件控訴趣意とも関連しているので,ここでは現金約43万円としている。)を起こすに至った。
しかし,被告人は,必要とした100万円に届かない現金しか奪うことができず,奪ったキャッシュカードで現金を引き出そうとしたがこれも失敗し,また,奪った現金も,Aとの遊興費等に費消するなどしたことから,更に金員を奪う必要性があり,B屋事件の数日後には,また商店に侵入して現金を強奪しようと考えるようになり,以前買物をした際に高齢の女性だけしかいない様子であり,薬局をしていてかなりの現金があるのではないかと推測していた本件の被害店舗に侵入して現金を強奪しようと考えた。そして,被告人は,同月25日ころから毎晩のように被害店舗前まで行っては実行の機会を窺っていたものの,なかなか踏ん切りがつかずに実行できなかったが,同月28日夜,被害店舗に赴いたところ,店を閉めようとしていた被害者を見かけたことから,原判示の本件犯行に及ぶに至った。
本件は,被告人が,平成13年8月28日午後9時ころ,現金を強奪する目的で,当時84歳の被害女性が経営する大阪市旭区所在の被害店舗に,客を装って侵入した上,被害者に話しかけたり,商品を見るふりをしたりなどしながら,外から内部が見えないようにするため,出入口シャッターを閉めるとともに,被害者を縛ったりするための物を探し,そのような被告人の様子を見て,身の危険を感じて奥の居住部分に逃げ出した被害者を追いかけて捕まえ,大声を上げる被害者に対し,その口を手で塞ぎ,キッチンタオルを口の中に押し込み,その身体を掴んで畳の上に押し倒したが,被害者がなおも激しく抵抗することから,被害者を殺害して現金を強奪しようと決意し,その首を両手で数分以上にわたって強く絞め続け,被害者を窒息死させて殺害し,その死体を浴槽に入れてふたをして隠した上,店舗や奥の居住部分,2階の居住部分を物色し,店舗内のレジスターから現金約7万円のほか,商品であるビタミン剤5点(販売価格合計8240円ないし8440円)を強取した,という強盗殺人の事犯である。
所論は,(1)本件の量刑事情として,ア)本件犯行は,B屋事件の経験を踏まえ,そのわずか13日後に敢行された連続強盗殺人の一環であり,B屋事件と手口が酷似するだけでなく,同事件に比し,一層大胆かつ巧妙,卑劣で,計画性も高くなるなど,被告人の犯罪性向が深化していること,イ)被告人は,強盗殺人事件に発展することがあり得ることをも未必的に想定して本件犯行に及び,実際に現場で確定的殺意を生じて被害者を殺害するや,その後,執拗に物色し,金品強取の目的を遂げたものであって,本件殺人は,起こるべくして起こったものであること,ウ)殺害の態様は,極めて強固な確定的殺意に基づく執拗で残虐なものであって,B屋事件以上に冷酷であること,エ)犯行の動機は,逃走資金や更なる遊興費欲しさであって,B屋事件以上に,利欲的で身勝手極まりないものであること,オ)被害結果は,余りに重大であること,カ)遺族の処罰感情は峻烈であって,極刑を望んでいること,キ)被告人は,その犯罪性向及び反社会的性格からして矯正不可能であること,ク)高齢者を狙った卑劣な犯行であり,B屋事件に引き続いて繰り返した強盗殺人であるという意味においても,社会的影響が大きいことなどを指摘した上で,(2)原判決の量刑判断は,①殺害について,「凶器を事前に準備していないなど,事前の計画性は窺われず,強盗の現場でとっさに生じた殺意に基づく犯行である」ことを強調した点,②犯行態様について,「刃物等の凶器は一切用いられておらず,殊更に残虐な方法をとったとまでは言い難いものがある」とした点,③被告人に「特段の粗暴犯の犯罪傾向が窺われなかった」ことを有利な事情として強調した点,④強盗殺人を繰り返したことにつき,「B屋事件の罪の重さを公的な形で自覚させられる機会もないまま,半ば自暴自棄のような気持ちから安易に同様の行為を繰り返してしまった」として,「同種の重大犯罪について前科を有する場合と一線を画すべき」とした点,⑤反省しようとする姿勢が窺われることを理由として,被告人の生命軽視の資質,犯罪傾向の根深さ,更生が不可能であることに疑問を呈した点,⑥被害者1名の強盗殺人事案で死刑が確定している10件の事例と比較した上,本件が死刑を選択すべき類型でないと判断した点,以上の各点に誤りがあり,類似事案との罪刑の均衡等も考慮すれば,本件は,死刑をもって臨むほかない事案である,というのである。
そこで,先ず,所論が量刑事情として指摘している点について検討し,その後に,所論が原判決の量刑判断が誤っているとして指摘している点について検討することとする。
所論は,(1)のア),ウ)及びエ)において,B屋事件の13日後に被告人が本件犯行に及んだことに関連して,本件では,被告人の犯罪性向が深化し,犯行動機がB屋事件以上に利欲的で身勝手極まりないものであり,犯行態様がB屋事件以上に冷酷である旨を指摘している。本件は,わずか2週間ほどの間に連続して犯された同種の強盗殺人事件の後のほうに引き起こされた事件であるから,最初の事件であるB屋事件との比較において「更に犯した。」という意味で一般的にみてより悪質であると評価することは可能であろう。しかし,犯行の動機や態様の悪質さの深まりの程度は,各犯行に至った経緯や手段方法を具体的に考察した上で評価すべきであるところ,いずれも金員欲しさに侵入強盗に及んだものであり,100万円ほどの現金を手に入れたいと思っていたところ,一回でそれ程の金員を入手できず,更に強盗をして現金を手に入れようとしたものであって,B屋事件及び本件の各犯行に至った経緯に特段の違いがあるわけではない。また,金員を得るために被害者を殺害するという各犯行態様はいずれも悪質であって,殺害方法だけを比較すれば,持ち込んだ角材様の物で頭部等を多数回殴打し,両手足を電気コードで緊縛するなどし,頭にビニール袋を覆い被せ,頸部を強く絞めつけるなどし,窒息死させているなど,B屋事件の方が残虐ともいえるものであり,犯行前後の行動(そのうちの死体を浴槽に隠したことは本件の方が悪質である。),物色の程度,奪ったものなどを総合的全体的にみて,いずれがより悪質であるともいえず,本件の態様がB屋事件より一層悪質であるとはいえない。また,被告人の犯罪性向については,両事件の間に,その犯罪性向の深化に一定の影響を及ぼすような事情があったのであれば格別,そのような事情のない本件では,わずか13日間で被告人の基本的な犯罪性向がそれほどの深まりをみせるとは考えられず,金員欲しさのためには強盗殺人にも及ぶという被告人の犯罪性向は,被告人がもともと有していたものということができ,B屋事件の場合と比較して被告人の犯罪性向が深化したために本件が引き起こされたというよりは,B屋事件も本件も,被告人が本来有していた残酷な犯罪性向が具体的に発現したものとみるべきである。手口が一層大胆かつ巧妙化したとの主張も,捉え方の問題であり,場当り的に状況に応じて違った行動をしたに過ぎず,被害者を緊縛する紐などはポケットに入れて行けば見つかることもないと思われるのに,それすらしないことは相手が老人であるから何とかなると思っていたとしても場当り的で計画のなさを示している。検察官は,そうでないと言いつつ,B屋事件があって,本件があったということを強く意識し,これに関連づけて適正な量刑を求めているように思われる。確かに,B屋事件と本件とが,仮に同時に審判されるとすれば,連続した強盗殺人2件という極めて悪質で重大な事犯であるから,仮定の話であるが極刑が選択される可能性があることは否定できない。しかし,B屋事件は既に審判を経ており,被告人は,B屋事件において,無期懲役刑を言い渡され,その裁判は確定し,その刑の執行もなされている。被告人は,連続した強盗殺人2件を犯しているが,そのうちの1件はすでに確定裁判を経ているのであるから,強盗殺人2件を同時に審判する場合の量刑と本件での量刑とを同列に扱うことができないのは明らかである。この点につき,原判決は,【量刑の理由】の「3 本件量刑におけるB屋事件の位置付け等」の項において,「無期懲役刑の確定裁判を経たB屋事件を本件との併合罪関係から評価し直し,統一刑としての死刑を念頭に置いて,本件につき死刑を選択するというような思考方法を採ることは許されないというべきである」とした上で,本件量刑において,B屋事件を全く考慮できないとするものではなく,本件量刑に当たり,B屋事件を全く捨象して量刑せよというのは不自然・理不尽な要求であって,二重処罰の禁止を定める憲法39条もそこまで禁止しているものではないとして,「その事実(B屋事件)を,被告人の性格・経歴や,本件犯行の動機・目的・方法等の情状を推知するための資料として考慮する」ことは当然許されるものと解し,「4 量刑上特に考慮した事情」の項で各種の量刑要素を検討している(「統一刑」という言い方は,併合罪につき処断刑を割り出した際に使われるものではあるが,その統一刑に基づいて言い渡された刑あるいは言い渡すことが予定される刑という意味で用いることもあながち間違いともいえず,ここでは後者として使用する。)のであるが,原判決のこの考え方は,当裁判所も相当として首肯することができる(「本件量刑におけるB屋事件の位置付け等」の記載において,傍論部分ではあるが,有期刑の余罪処罰に関する部分について統一刑を想定して既処罰分を控除して余罪の刑を定めるかのようにいう部分は必ずしもそうともいえない。確定裁判があるにもかかわらず余罪を起訴する場合は,通常,余罪を改めて起訴する必要性がある場合であり,その必要性や事案の重要性などによって統一刑を必ずしも想定しない場合もあり,また,確定裁判の事案の内容と余罪とを比較し,その事情により既処罰分を大きく考慮する場合もあれば,それほど考慮しない場合もあるのが実務である。この部分の原判示は一面的であり賛同し難い。)。他方,そのような評価を超えて,本件量刑に当たり,B屋事件をも加えて,これを量刑評価しているとみられることのないように,本件事件のみの量刑評価をすべきこともいうをまたない。B屋事件は既に処罰されたものであるから,その余罪である本件そのものの量刑をB屋事件とは別途に評価して量刑すべきものであり,それができていなければ二重に処罰した違法性を帯びるものと考える。
次に,所論(1)で検察官が他に指摘している諸点を検討する。検察官は,(1)のイ)において,被告人が強盗殺人事件に発展することがあり得ることをも未必的に想定して本件犯行に及び,現場で確定的殺意を生じて被害者を殺害し,その後,物色して金品強取の目的を遂げており,本件殺人は起こるべくして起こったものである,と主張しているところ,殺人の点については,確定的ではあるが強盗の現場でとっさに生じた殺意に基づく犯行であって事前の計画性は認められないものの,被告人は,B屋事件を起こした経験を有しているのであるから,強盗に入った店舗で家人が大声を上げるなどした場合には殺害に及ぶこともあり得ないことではないとの事情認識をもっていた,その意味では,検察官がいうように,強盗殺人事件に発展することがあり得ることをも未必的に想定して本件犯行に及んだものであり,本件殺人は起こるべくして起こったものであるとの評価も可能である。さらに,被害結果が重大であるというオ)の点,遺族の処罰感情は峻烈であって極刑を望んでいるというカ)の点,高齢者を狙った卑劣な犯行であり,社会的影響が大きいというク)の点は,いずれも肯認することができる。なお,被告人は矯正不可能であるとするキ)の点は後に検討する。
検察官の所論(2)について検討する。原判決が殺害について事前の計画性がないことを強調した点が誤っているという①の点は,原判決は,侵入強盗については十分な計画性が認められるとした上で,殺害行為については事前の計画性は窺われないと指摘しているところ,その認定は相当であり,原判決の説示に照らしても,殺害について事前の計画性がないことをことさらに強調しているわけではない。次に,原判決が犯行態様について刃物等の凶器は一切用いられておらず殊更に残虐な方法をとったとまでは言い難いものがあるとした点は重大な誤りであるという②の点は,刃物を用いた場合とそうでない場合とでは,一般的にみて刃物を用いたほうが残虐であり悪質であると評価されるのが通常であり,原判決は,殺害については事前の計画性は認められない旨を指摘する一方,殺害態様については,「被告人は,被害者の首を数分以上にわたって両手で絞めつけて被害者を殺害しており,その犯行態様は,強固な確定的殺意に基づいた執拗かつ冷酷なものといわなければならない」と説示しているのであって,原判決の前記指摘が誤りであるとする所論には賛同できない。また,原判決が被告人に「特段の粗暴犯の犯罪傾向が窺われなかった」ことを有利な事情として強調した点が誤っているという③の点は,原判決は,本件当時までの被告人の窃盗等の懲役前科4犯及び常習累犯窃盗の懲役前科2犯を有して長期間の服役を繰り返していることの他,傷害の略式罰金前科1犯を有していることを指摘しつつ,「粗暴犯の犯罪傾向はほとんど窺われず,前件に及ぶまでは,故意に人を死なせた前科が1件もなく,かつ,粗暴犯の懲役前科も全くなかったことは指摘しておかねばならない」と説示しているのであって,被告人の前科からみて粗暴犯の犯罪傾向がほとんど窺われないとした点が誤っているとはいえない。検察官は,所論③のなかで,「原判決は,前件のB屋事件について,被告人の人格や更生可能性などの観点から情状として考慮するという,当然なすべきことをなさず,粗暴犯の犯罪傾向,ひいてはこれに基づく更生可能性について,あえて同事件を判断の基礎から除外していると言わざるを得ない」とも主張している。しかし,原判決は,前記のとおり,B屋事件を,被告人の性格・経歴や,本件犯行の動機・目的・方法等の情状を推知するための資料として考慮することは当然許されるものと解した上で,【量刑の理由】の「4 量刑上特に考慮した事情」の項の「(1)犯行に至る経緯・動機」のイとして,「本件犯行の経緯として,何より重視されなければならないのは,被告人が,本件犯行のわずか13日前に紳士服店に侵入して店主を殺害した上,現金及びキャッシュカードを強奪するという強盗殺人の犯行に及んでいるという点である。」と説示し,その後の経過からみて,被告人に悔悟の情はおよそ汲み取ることができないとした上で,本件につき,「このように人の命の犠牲の下に金品を奪う行為(B屋事件)に出ていながら,被告人が,わずかな期間でまたも同様の行為に出ていることは,甚だしく人倫に悖る所業であって,人の命を余りにも軽んじている酷薄な振る舞いであると断ぜざるを得ない。」と説示しており,原判決が,B屋事件から推知される被告人の犯罪傾向や更生可能性等の諸点を本件での情状として考慮していることは明らかであって,被告人の犯罪傾向やこれに基づく更生可能性について,原判決がB屋事件を判断の基礎から除外しているとの前記所論は失当である。次に,原判決が本件につき「同種の重大犯罪について前科を有する場合と一線を画すべきものがある」とした点が誤っているという④の点は,同種の重大犯罪について刑事責任を問われて服役を経て矯正の機会が与えられた経験を有する場合とそうでない場合とでは,同種犯罪に対する責任非難は当然前者のほうが重くなるというべきであるし,将来の更生可能性の判断についても,前者のほうがより更生可能性が乏しいとの評価になるのも当然であると思われ,「一線を画すべきものがある」という表現が適切であるか否かはさておき,前者の場合と後者の場合とで,その科すべき刑事責任の質や量に異なるものがあること自体は原判決のいうとおりであって,その点が誤っているという検察官の所論は採用できない。さらに,原判決が,反省しようとする姿勢が窺われることを理由として,被告人の生命軽視の資質,犯罪傾向の根深さ,更生が不可能であることに疑問を呈した点が誤っているという⑤の点は,原判決は,不十分な点があるとはいえ,被告人が一応自己の刑事責任と向き合い,反省しようとする姿勢が窺われることを指摘しているところ,被告人は,原審公判で,自分がB屋事件及び本件の犯人であること自体は認めているものの,各犯行態様等につきほとんど記憶していない旨を述べて自己保身の供述に終始しており,そのような供述態度からは真摯な反省の情が乏しいとの評価が可能である。しかし,場合によっては死刑になるかもしれない者の心情としては,そのような供述になるのも一面ではやむを得ないものとみることができる。他方,被告人は,捜査段階においては,当初は本件についても否認を貫こうと考えていたものの,取調官との応接のなかで,被害者や遺族あるいは自身の両親の心情などにつき種々思い悩んだ末,正直に話せば,みんなが楽になる,自分が人間らしくならなければあかんと思うようになった旨を供述し,踏ん切りをつけて覚えていることはきちんと話そうという気持ちになり,B屋事件及び本件について,各犯行に至った経緯,各犯行状況やその後の状況等についてもある程度具体的に供述するに至っている。そのような捜査段階での供述態度につき,原判決は,本件や前件に向き合うようになっていたと評価し,慰謝の措置としては甚だ不十分ではあるものの,謝罪文を作成した上,本件及び前件の被害者に対して慰謝の言葉を述べている点をも指摘し,それらの点は一定の反省態度を表すものと適切に評価しなければならない,としているが,おおむね相当な説示であると考えられる。そうすると,その説示を前提として,原判決が,「検察官が主張するように,被告人の『生命軽視の資質,及び,短絡的かつ粗暴な人格態度は顕著であり,犯罪傾向は根深く』,『もはや更生は不可能であって,再度の無期懲役を科して矯正教育を施すことは無意味』であると評価することには直ちに賛同できないものがある。」としている点も不合理な判断であるとはいえない。さらに,原判決が,被害者1名の強盗殺人事案で死刑が確定している10件の事例と比較した上,本件が死刑を選択すべき類型でないと判断した点も誤っているという⑥の点は,所論を踏まえて検討しても,原判決が,前記10件の事例を検討した上,本件は,未だそれらの事例に匹敵するまでに人命軽視の人格態度が著しく,被告人に全く更生の余地がない事案であると断ずることはできないとしているのは相当として是認できる。
翻って考えてみるに,所論は,要するに,本件の13日前に被告人がB屋事件を引き起こしていることを指摘し,B屋事件と本件が同時に審判を受けたとすれば,被告人が死刑に処せられる蓋然性が高いことを前提として,本件につき無期懲役を選択した原判決を種々論難していると解されるのであるが,その所論は,B屋事件がすでに審判を経て,同事件について被告人を無期懲役に処する旨の裁判が確定していることをほとんど考慮していないものといってよく,その表現においては,本件の量刑を考慮するについて,B屋事件を情状面で考慮すべきであるとは言いながら,その実質は,原判決もいうように,B屋事件を再度評価して,本件とB屋事件との統一刑を想定して,それとの不均衡をいうものと解される。しかし,そのような姿勢は,やはり,憲法39条が定める二重処罰禁止の趣旨に反するものというべきである。所論は,本件は,B屋事件のわずか13日後に被告人が敢行した連続強盗殺人の一環であり,極めて特異で冷酷非道な犯行であって,その手口がB屋事件と酷似するだけでなく,一層大胆かつ巧妙・卑劣で,計画性も高くなっており,被告人の犯罪性向が深化している点に最大の特徴がある旨主張し,要するに,無期懲役に処せられたB屋事件より被告人の犯罪性向が深化しているのであるから,それに見合った刑罰としては無期懲役よりさらに重い死刑であるべきであるというのである。しかし,B屋事件を引き起こした際の被告人の犯罪性向と本件における被告人の犯罪性向との間にそれほどの径庭がないことは前記のとおりであって,被告人の犯罪性向がB屋事件の場合よりも深化しているから死刑に処すべきであるとする所論は採用できない。また,所論が,類似事案の量刑との均衡の点につき原判決が誤っているとして主張する点は,一旦服役して矯正教育の機会を与えられた場合とB屋事件についてそのような機会を経ないまま同種の本件を敢行した場合とで,その処罰について,矯正教育の機会が与えられたことをさほど重視すべきではないということが前提とされているものと考えざるを得ない。しかし,一度矯正教育の機会を与えられたのに,またもや同種の犯行に及んだという場合は,自らの犯罪性向を指摘され,その自覚の上に更生すべき機会を与えられたのに,それを何ら顧みず自省自戒することなくその犯罪性向を自ら改善しなかったという点に以前にも増して強い責任非難が帰せられるのであって,自己の犯罪性向を指摘されることなく,矯正教育による自省自戒の機会がないまま,同種再犯に及んだ場合の責任非難との間にはやはり相応の差異があるとみるべきことは当然であって,検察官の所論は,矯正教育の効果を軽視する誤った見解というべきである。
なお,被告人は,B屋事件の犯人として逮捕されて取り調べられた際,本件についても容疑者として捜査機関から追及されたが,B屋事件も本件も否認を通した結果,B屋事件だけについて起訴されて無期懲役刑に処せられたという経緯がある。そうすると,被告人は,その当時,本件を正直に話さず頑強に否認したがために両事件が同時に審判されずに死刑を免れたという側面があることも否定できない。しかし,このことを被告人に不利益に扱って本件で死刑に処すべきであるとするのは,被疑者に黙秘権が保障されていることや憲法39条で二重処罰が禁止されていること等に鑑みると,憲法や法律を正しく解釈しようとする態度に欠けるものであり,検察官もそのような主張をしているものではない。被告人が否認した結果,本件がB屋事件と別々に審理されることとなったことは,ありのままに受け入れざるを得ず,これを前提として本件の量刑を検討すべきこととなるのはけだしやむを得ないことなのである。
さらに,当審における被害者遺族の意見陳述の趣旨等にもかんがみ,本件で被告人を無期懲役とした場合の同種再犯のおそれについてみてみるに,弁護人も指摘するように,近年の無期懲役による服役囚の仮釈放の実情からすると,1件の無期懲役刑であっても,被告人の年齢からすると,その平均余命が経過しても仮釈放される見込みは乏しいと思われる上に,被告人の場合は,2件の無期懲役刑に処せられているのであるから,被告人が仮釈放によって社会に出てくる可能性はほとんどないものと考えられる。
以上のとおりであって,検察官の所論を踏まえて検討しても,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が軽すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却し,同法181条3項本文により当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上垣猛 裁判官 佐の哲生 裁判官 三浦隆昭)