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大阪高等裁判所 平成22年(ネ)1476号 判決 2010年10月12日

控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。)

X

同訴訟代理人弁護士

中嶋弘

控訴人兼被控訴人(以下「一審被告野村證券」という。)

野村證券株式会社

同代表者代表執行役

控訴人兼被控訴人(以下「一審被告Y2」という。)

Y2

被控訴人(以下「一審被告Y3」という。)

Y3

控訴人兼被控訴人(以下「一審被告Y4」という。)

Y4

上記4名訴訟代理人弁護士

高坂敬三

同訴訟復代理人弁護士

深坂俊司

主文

1  原判決主文第2項及び同3項中の一審被告野村證券、一審被告Y2、一審被告Y4に関する部分を取り消す。

2  一審原告の一審被告野村證券、一審被告Y2及び一審被告Y4に対する請求をいずれも棄却する。

3  一審被告野村證券のその余の控訴を棄却する。

4  一審原告の控訴を棄却する。

5  一審原告と一審被告野村證券との間における訴訟費用は、1審、2審を通じて、一審原告に生じた費用の5分の4を一審被告野村證券の負担とし、その余は各自の負担とし、一審原告と一審被告Y2及び一審被告Y4との間における訴訟費用は、1審、2審を通じて一審原告の負担とし、一審原告と一審被告Y3との間における控訴費用は一審原告の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決主文第2、第3項を次のとおり変更する。

(2)  一審被告野村證券、一審被告Y2、一審被告Y3及び一審被告Y4は、一審原告に対し、連帯して1155万6258円及びうち1105万円に対する平成19年3月22日から、うち50万6258円に対する平成21年12月3日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  一審被告ら

(1)  原判決中、一審被告ら敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告は、一審被告野村證券に対し、4272万2741円及びこれに対する平成19年4月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  一審原告の請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

1  本件は、一審被告野村證券が、一審原告に対し、仕組債を5000万円で売買する契約(以下、仕組債を「本件仕組債」、売買契約を「本件契約」という。)が成立したとして、売買残代金4272万2741円(5000万円に一審原告のMRF及び預り金合計727万7259円を充当した後の残額)並びにこれに対する買付約定書記載の支払期限の翌日である平成19年4月18日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め、これに対し、一審原告が、本件契約の成立及び効力を争うとともに、その勧誘が適合性の原則に著しく反するなどとして、一審被告野村證券に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき、一審被告野村證券の従業員であるその余の一審被告らに対しては共同不法行為に基づき、連帯して損害賠償金1155万6258円(①上記充当額のうち仕組債の利子を除く50万6258円、②慰謝料605万円、③弁護士費用500万円)及びうち1105万円(②、③)に対する不法行為の日である平成19年3月22日から、うち50万6258円(①)に対する最後の充当日である平成21年12月3日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

2  原審は、一審原告の意思表示は本件仕組債のリスクについての錯誤に基づくものであるとして、一審被告野村證券の売買残代金の請求を認めず、一審被告Y2及び一審被告Y4は説明義務に反して本件契約を締結させたことが不法行為に当たるとして、両名及び一審被告野村證券(使用者責任)に対し、売買代金に充当された一審原告の配当金合計50万6258円及び弁護士費用相当額10万円並びにうち10万円に対する不法行為の日である平成19年3月22日から、うち50万6258円に対する最後の充当日である平成21年12月3日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた。

一審被告野村證券、一審被告Y2及び一審被告Y4は、原判決を不服として控訴し、一審原告も、控訴した。なお、一審原告は、当審において、損害額の内訳について、慰謝料の請求額を1000万円から605万円に、弁護士費用相当額を105万円から500万円に変更した。

3  前提となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正するほか、原判決「第2 事案の概要」の1、2に記載のとおりであるから、これを引用する。

16頁10行目「最高裁平成17年7月4日判決」を「最高裁平成17年7月14日判決」と改める。

4  当審における当事者の補充的主張

(1)  一審被告ら

ア 本件仕組債の商品特性について

原判決は、本件仕組債を店頭デリバティブ取引を組み込んだ仕組債であるとして極めて特殊な商品であるかのように誤解しているが、資金の運用を行うのはノムラ・ヨーロッパファイナンスNV社であって、一審原告は社債に表示されたところに従いクーポン(利息)を受け取るだけであり、デリバティブ取引のリスクを負担するわけではない。発行時に決めた条件に従って金利や償還金を受け取る点では、一般の社債と異ならない。実際に、いわゆる仕組債は、多くの証券会社から発行され、市場に出回り、広く一般投資家にも浸透している。

一般投資家にとって必要な情報は、当該商品が株式か、社債か、投資信託か、ワラントかといった商品の性質そのものと、どういった場合に利益が得られ、どういった場合に損をするか、その得られる利益の可能性や程度、期待に反した場合のデメリット、どの位の期間で償還されるかといったことに尽き、価格変動の詳細な仕組みなどは関心はない。

本件仕組債は、最低単位が5000万円であるから、一審原告も、得られる利息の高さやその上限を考えて投資するに値するかを考えたはずであるし、償還期間に資金が必要となった場合の途中売却の可能性、早期償還となった場合のリスク等を当然考えていたはずである。

イ 一審原告の属性について

一審原告は、不動産業を営んでいると主張しているが、実際に事業を行っていた様子はなく、その約1億円以上の金融資産の原資は不明であり、一審原告がお客様カードに年収3000万円以上と記載した根拠も不明である。

また、一審原告には、自らを大手客として売り込み、有利な商品を案内して欲しいという思惑が窺えるのであって、そのような人物が、本件仕組債の内容を、誤解したまま買い付けるはずがない。

しかも、一審原告は、リスクがあることは承知していると話したり、礼状を出したりしていながら、他方で、一旦決めた契約を後刻覆すようなポーズを再三とっており、これらは、一審原告独特のカモフラージュと見るほかなく、およそ、一審原告の供述は信用できない。

ウ 錯誤無効について

原判決は、一審被告Y4の「15パーセントで10年間であれば150パーセントになりますね。」の発言を取り上げているが、まさに言葉尻を捉えた言いがかりでしかない。一審被告Y4は、これに続けて「ただ、今回の証券については、29パーセントの累積で償還を迎えることになります。」と説明しており、本件仕組債について、15パーセントの利息が10年間支払われるものであるなどとは一言も言っていない。そのことは、バージョン1(甲4)に明記されている。

また、原判決は、一審被告Y4の「株式は上がったり下がったりするので一つくらいこういうものを持っておくのもいいのではないか。」との言葉によって、一審原告に、本件仕組債が元本毀損リスクがないと誤信させたとしているが、この点も言いがかりである。一審原告が元本毀損リスクがあることを理解していたことは、為替の状況によっては、損をしてでも本件仕組債を売却したい意向を有していることからも明らかである。

(2)  一審原告

ア 本件仕組債の特性について

本件仕組債は、為替連動型仕組債のうち、FXターン債と呼ばれるものであり、最初の半年ないし1年は高クーポンが確保され、その後は円高が進まない限りは高クーポンが得られるとされるため、一見有利であり、リスクが小さいと誤解されやすい。

しかし、本件仕組債は、市場に流通することはなく、一審被告野村證券に買い取ってもらう以外に換価手段はなく、言い値で買いたたかれてしまう可能性が高い。また、円高になると、金利がゼロになり、30年間償還されることなく、為替連動型であることから、元本償還額も為替相場の影響を受ける(本件では、発行体が米ドル・豪ドルの下落に賭け、投資家が下落しないことに賭けていることになる。)。さらに、仕組債の高クーポンはオプション料を原資とするが、ここから、証券会社は、組成や販売に関する手数料を差し引くから、顧客が得るクーポンはリスクに見合ったオプション料を下回る。また、社債の発行体の30年後の信用リスクを把握することも困難である。

このように、本件仕組債は、リスクとリターンの組み合わせが複雑難解な、新規の証券であるため、その仕組みを理解できなければリスクを理解することもできず、自己責任を問うことはできない。

イ 一審原告の属性について

一審被告らは、一審原告が経営していた株式会社a(以下「a社」という。)に実体がない旨主張するが、同社は、土地を購入して建て売り住宅を建築するなどの事業を行い、決算書も預金通帳も提出している。

また、一審被告らは、一審原告が「後刻覆すようなポーズをとっている」などと主張するが、一審原告は、一審被告Y3から説明を受けた以降、一貫して苦情を述べ、売買を拒否している(甲29)。

ウ 錯誤無効について

本件仕組債は、上記のとおり、新規かつ複雑難解な仕組みを有しているため、本件契約の顧客の意思表示は、単に「NEF#12444」などという符号だけで特定するものではなく、上記のようなリスクとリターンを有している証券を売買するという内容の意思表示がなされなければならない。

ところが、一審被告らは、本件仕組債について、極めて有利な商品であり、富裕層にとってはハイリターンの魅力ある商品であると主張し(一審被告ら準備書面(5))、本件仕組債を勧誘した一審被告Y2も、リスクを重視せず、早期償還が確実であると認識しており、一審被告Y4とともに、安定した収入が得られる債券であるとして一審原告を勧誘した。そのため、一審原告は、本件仕組債が安全な金融商品であると誤信した。一審原告は、本来のリスクを知っていれば、決して本件仕組債を購入していなかったのであるから、一審原告の意思表示には要素の錯誤があり、本件契約は無効である。

エ 損害について

一審被告野村證券は一審原告に対し、4272万2741円の売買代金請求訴訟を提起し、一審原告は、これに応訴しなければならなかった。本件は、新規の複雑な証券である仕組債について、勧誘の違法性等が争われる事件であり、弁護士の関与なしに応訴することは不可能である。これらを考慮すれば、弁護士費用としての500万円は相当である。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、本件仕組債の本件契約は、錯誤により無効であり、一審被告野村證券の売買残代金の請求は認められないと判断するが、一審原告による不法行為に基づく損害賠償請求については、損害を認めることはできず、理由がないと判断する。

その理由は、次のとおり補正するほか、原判決「第3 争点に対する判断」の1ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  32頁3行目「甲1ないし6」を「甲1ないし7」と改める。

(2)  32頁5行目「94」の次に「、120ないし126」を加える。

(3)  32頁9行目「a社」の次に「は、金融機関から借りるなどして、土地を購入し、建て売り住宅を建築・販売するなどの事業を行い、そ」を加える。

(4)  36頁20行目「原告に対し、」の次に「日本が高齢化社会となり労働生産性が低下するなどの理由から、円安ドル高方向に向かうことを具体的に説明し、」を加える。

(5)  40頁18行目末尾に続き改行して、次のとおり加える。

「(7) 平成19年3月23日午後6時ころ、一審被告Y2及び一審被告Y4は、a社を訪れ、一審原告と面談した。その際、一審被告Y4は、円安傾向に進むことを繰り返し詳細に説明し、これに対し、一審原告は、一審被告野村證券が倒産した場合についてのリスクは聞いたが、それ以外のリスクについては何も聞いておらず、そのことを初めに言ってくれていたら、損失が出てもかまわない、そこを分かって欲しい、何年もお金が戻ってこないのは困るから止めさせて欲しい、ただ、儲けたいので、野村證券との付き合いは続けたいと述べ、同月30日付けの消印の手紙で、今後も付き合いを続けることを希望する旨の手紙を送付している。」

(6)  42頁22行目「最高裁平成17年7月4日判決」を「最高裁平成17年7月14日判決」と改める。

2  補足説明

(1)  本件仕組債の商品特性について

一審被告らは、本件仕組債が、一般の社債と同様、発行時に決めた条件に従って金利や償還金を受け取る債券であり、広く一般投資家に浸透しており、デリバティブ取引を組み込んだ特殊な商品ではない旨主張する。

確かに、本件仕組債は、発行時の条件に従って、金利や償還金を受領する債券ではあるが、その利子は、当初1年間は年率15.30パーセントと確定しているものの、2年目以降は、対米ドル円相場から101.50米ドルを控除した額又は対豪ドル円相場から78.70豪ドルを控除した額の小さい方を基準に利子が支払われ、当該利払日の利子を含む利子の累積額が額面の29.00パーセントを超える場合には、当該利払日において元本5000万円が円貨で早期償還されること(ただし、支払クーポンの累積額が額面の29.00パーセントに達しない場合もある。)、早期償還の条件を満たさないまま30年目の利払日を迎える場合には、発行体の選択により、62万5000米ドル又は100万豪ドルが償還されることが予定されている。

そうすると、対米ドル及び対豪ドルの両方の関係で円安傾向が続く場合には、本件仕組債は、2年ないし数年のうちに早期償還され、これを購入した顧客は、元本を円貨で満額受け取れることに加え、高率の利子を受け取ることができることになるが(この場合、一審被告野村證券の関連会社である発行体はリスクを負担する。)、他方、対米ドル又は対豪ドルのいずれかの関係で円高傾向が続く場合には、当初1年間は高率の利息を受け取ることができるが、その後、最長30年間償還されず、わずかな利子を受け取れるだけで長期間資金を拘束され、しかも、30年後の償還額は外貨で算出されることから、為替相場及び金利水準によって、大幅な元本毀損のリスクが生じうる(この場合、一審被告野村證券の関連会社である発行体は有利に資金調達ができるという利益を得る。)。さらに、本件仕組債について、市場取引は想定されないため、本件仕組債を途中で売却する場合には、期待収益によって算出される理論値より更に買い叩かれるリスクがある。

以上によれば、本件仕組債は、為替相場や金利水準によるリスクを回避するために開発された金融派生商品であり、本件仕組債を購入した者は、それによって、為替相場や金利水準によるリスクを負担する(逆の場合には、限界の設定されたリターンを得る)ことになるが、通常の社債と異なり、市場での売却が著しく困難であるため、購入者は、償還期限までの為替相場及び金利相場の変動状況、さらに、発行会社や保証会社の存続可能性を見越して、本件仕組債に組み込まれた償還条件や利子の条件が有利であるか否かの判断を要することになる。それでも、償還期限がそれほど長期でない場合には、損失の限度が元本額に限定されることも相まって、その判断は、通常の投資判断とさほど違いはないといえるが、本件仕組債は、償還期限が30年後とあまりに遠い将来であり、しかも、その購入代金が5000万円と高額であるため、上記の判断を相応にすることは、個人の一般投資家にとって、著しく困難であるというほかない。

(2)  一審原告の属性について

一審被告らは、①一審原告は、実際に不動産事業を行っていた様子はなく、約1億円以上の金融資産の原資は不明である、②一審原告がお客様カードに年収3000万円以上と記載した根拠も不明である、③有利な商品を案内して欲しいという思惑を持っていた一審原告が、本件仕組債の内容を、誤解したまま買い付けるはずがない、④一審原告は、リスクを承知しながら、一旦決めた契約を後刻覆すようなポーズを再三とっており、一審原告の供述は信用できないと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、一審原告が経営するa社は土地を購入して、分譲、建て売り住宅を販売するなどしており、a社名義の口座からの金員の引き出しの状況を考慮すれば、一審原告の金融資産(投資信託)の原資がa社からの借入又は返済金であったと認められる。また、お客様カードに記載された一審原告の年収については、一審原告に、本件契約が締結された平成19年3月当時、a社からの年間480万円の報酬以外に収入があったと認めるに足りる証拠はなく、しかも、一審原告は、より有利な株式を紹介してもらおうという意図があったことからすれば、過大な収入があることを示してより有利な株式等を紹介してもらう意図であったと認められるが、そのことから直ちに、複雑な内容の本件仕組債のリスクとメリットについて理解力や判断力を有していたということはいえない。

さらに、一審原告は、確かに、買付約定書に署名し、一審被告野村證券との取引を続ける意思があると述べ、礼状も送付しているが、一審被告Y4から今後、円安が進むことを詳細に説明されても、本件仕組債が思っていた商品と異なっているからキャンセルを希望するという態度自体は一貫していることからすれば、買付約定書に署名等をしたのは、一審被告Y3や一審被告Y4から、既に電話で契約済みであってキャンセルできないと説得されたことが原因であると認めるのが相当である。したがって、本件契約成立時に、一審原告が本件仕組債の元本毀損リスクを認識していたとか、キャンセルの申し出がポーズであるということはできない。

(3)  錯誤無効について

一審被告らは、当審においても、①一審被告Y4は、「今回の証券については、29パーセントの累積で償還を迎えることになる」と説明しており、本件仕組債の利息が15パーセントで10年間支払われるものであるなどとは言っていない、そのことは、バージョン1にも明記されている、②一審原告は、本件仕組債には元本毀損リスクがあることを理解していたと主張する。

確かに、バージョン1には、クーポンや早期償還についての条件、償還についての定めなど権利内容を確定するための必要事項が記載されているが、このバージョン1のご案内を一読するだけでは、通常の個人投資家が、正確に理解できるとはいえない。例えば、バージョン1には、償還価格が100パーセントとあるから、5000万円全額が返還されると即断してしまうと、償還券面の項目で記載されている発行体が62万5000米ドルないし100万豪ドルのどちらかを選択できることの意味(為替相場による元本毀損リスク)を理解できないままとなってしまう可能性があり、また、クーポンについても、バージョン1には2年目以降29年間、計算式で算出された値のうち低い方が適用されるとあるので、2年目以降29年間にわたってクーポンが支払われるのかと即断してしまうと、早期償還条件の説明の項目で記載されているターゲットレベルの意味(金利水準による元本毀損リスク)を理解できないままになってしまう可能性がある。

しかも、原判決「第3 争点に対する判断」の1、3(2)エのとおり、一審被告Y4及び一審被告Y2は、本件仕組債を勧誘する際に、為替相場が円安ドル高方向に進むことを詳細に説明し、「年15パーセント、10年で150パーセントで回る」と述べて、確定利息の有利さを強調し、「株式は上がったり下がったりするので一つくらいこういうものを持っておくのもいいのではないか。」と述べて、本件仕組債が株式より安定した商品であるかのような誤った情報を提供しており、円安に推移すると予想しその旨述べていた一審原告に対し、逆に、円高に推移した場合のリスクを理解させるに足りる説明をしていたとはいえない。

さらに、本件仕組債は、上記のとおり、リスクとリターンが複雑に組み合わされ、しかも、5000万円と高額であるだけでなく、償還期限が30年先であって、その間の為替相場及び金利水準を予測することが困難であるにもかかわらず、平成19年3月22日の午後、電話で、本件仕組債を購入する旨の意思表示をするまで、一審原告には本件仕組債の内容やリスクを検討するに十分な時間的余裕が与えられなかった。

しかも、同日、夕方、一審原告は、一審被告Y3から、本件仕組債の内容についてファイナルの記載に沿って説明を受けると、認識していた内容と異なると述べてキャンセルを申し出て、その後、一審原告は、一審被告Y4らから、円安ドル高傾向に進むことを説明されても、本件仕組債についてのリスクについて説明がなかったことを一貫して述べている。

これらを総合すれば、一審原告は、本件仕組債を購入する際、本件仕組債の権利内容について錯誤に陥り、そのリスクについて理解しないままであったと認めるのが相当である。そして、その錯誤は、本件仕組債を購入するかどうかを判断する上で、最も、重要な事項についての錯誤であり、しかも、錯誤に陥っていたことは、表示されていたと認められるから、本件仕組債を買い受ける旨の意思表示は、民法95条により無効である。

(4)  反訴請求及び原審第3事件について

一審原告は、本件仕組債を違法に勧誘されて購入契約を締結したため、①一審被告野村證券に預けていたMRF、②一審原告が購入した中国株の配当金を本件仕組債の売買代金に充当されて損害を被ったと主張する。

しかしながら、上記判断のとおり、本件仕組債の売買契約は無効であるから、一審被告野村證券が、その売買代金に①及び②の預かり金等を充当する旨の処理をしても、それは、内部的な処理に過ぎず、充当の効果が生ずることはなく、損害が発生したとはいえない。一審原告は、一審被告野村證券に対し、預かり金の返還を求めうる地位にあるというにとどまる。

次に、一審原告は、本件仕組債についての違法な勧誘によって、精神的苦痛を被ったとして、慰謝料を請求するが、それが認められないのは、原判決「第3 争点に対する判断」の5(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。

また、一審原告は、弁護士費用相当の損害金が発生したと主張するが、上記のとおり、不法行為に基づく財産的損害や慰謝料の損害賠償請求を認めることはできないから、弁護士費用について、賠償請求を認めることはできない。

3  以上によれば、一審原告の反訴請求及び原審第3事件の請求は理由がないから、その限度で、一審被告らの控訴は理由があり、その余の控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 吉田肇 舟橋恭子)

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