大阪高等裁判所 平成22年(ネ)1610号 判決 2010年11月19日
控訴人(被告)
西日本電信電話株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
田辺陽一
同
嶋野修司
同
西本良輔
被控訴人(原告)
B
同訴訟代理人弁護士
平山敏也
同
四方久寛
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 訴訟物及び審理経過
(1) 本件は、控訴人に雇用され、平成14年5月からは株式会社N1(以下「N1」という。)に出向し、平成18年7月からは株式会社N2(以下「N2」という。)に出向している被控訴人が、控訴人に対し、控訴人の全社員販売の取組として被控訴人が通常の勤務時間外に控訴人のグループ企業の商品を友人知人に販売したことに要した時間、通常の勤務時間外にWEB学習に従事した時間は、いずれも、被控訴人が従事した労働時間に当たるとして、平成17年5月から平成19年4月までの間に、被控訴人が上記に従事したとする時間及び早朝出勤をして業務に従事したとする時間につき、①時間外手当及び休日手当として382万2320円並びにこれに対する平成19年5月21日からの民法所定の年5%の割合による遅延損害金、②時間外手当及び休日手当に対する付加金として382万2320円並びにこれに対する判決確定の日の翌日から民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお、被控訴人は、原審において、N1及びN2に対しても同様の請求をしており、本件と併合審理されていた。
(2) 原判決は、被控訴人の控訴人に対する請求のうち、早朝出勤は業務上の指示によるものではなく、むしろ被控訴人は健康上の理由から時間外勤務を禁止されていたことから労働時間とは認められないとしたが、被控訴人は、上記に従事したもので、この時間は労働時間に当たると判断し、上記①につき214万3049円及びこれに対する平成19年5月21日からの遅延損害金、上記②につき60万円及びこれに対する判決確定の日の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。なお、被控訴人のN1及びN2に対する各請求については、両者はいずれも被控訴人に対する賃金支払義務を負わないとして棄却した。
これに対して、控訴人のみが原判決中の被控訴人の控訴人に対する請求を認容した部分の取消しを求めて本件控訴を提起した。その結果、被控訴人とN1及びN2の関係では原判決が確定するとともに、当審における審判の対象は、上記に被控訴人が従事したとする時間についての①時間外手当及び休日手当並びに②これらに対する付加金(と各遅延損害金)の控訴人に対する請求のみとなった。
2 前提事実
前提事実は、原判決が「事実及び理由」欄の第2の2(原判決4頁12行目から10頁末行まで)に摘示するとおりであるから、これを引用する。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 当審における争点
ア 全社員販売に従事した時間の労働時間性
イ WEB学習の労働時間性
ウ 時間外労働及び休日労働の有無・時間
(2) 争点に関する当事者の主張
争点に関する当事者の主張は、次のとおり、原判決を補正し、当審における主張を補充するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第3の2ないし4(原判決11頁5行目から17頁8行目まで)に摘示するとおりであるから、これを引用する。なお、略語は、特に注記するほかは、原判決の例による。
(原判決の補正)
原判決16頁21行目を「被控訴人は、原判決別紙1の「始業」欄記載の時刻から、「終業」欄記載の時刻まで労働に従事したから、同「不払い時間(平日)」欄及び「不払い時間(休日)」欄のとおり、」に改める。
(当審における当事者の主張(補充))
ア 被控訴人の主張
(ア) 労働時間とは
労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下にある時間、又は使用者の明示若しくは黙示の指示により業務に従事する時間」であり、これに、「当該時間に行うことが労働契約上の役務の提供として義務付けられていると評価されるか」などといった要件を付加することは理由がない。
したがって、「当該時間」につき、個別に指示が存在する必要性はない。所定の労働時間内には終了し得ないような作業を命ぜられた場合は、明示の指示がなくとも黙示の指示による残業と認められる(大阪地裁平成3年2月26日判決・労働判例586号80頁、東京地裁平成14年9月27日判決・同841号89頁、大阪地裁平成15年4月25日判決・同849号151頁、大阪地裁平成17年10月6日判決・同907号5頁)。
(イ) 全社員販売に従事した時間の労働時間性について
全社員販売は、任意の取組ではなく、使用者の指揮命令下で行われていた。このことは、全社員販売が控訴人の利潤を得るための活動であったこと、全社員販売を従業員らが行うのは、雇用関係が存在すればこそであって、営利企業の営利活動に無償で協力するいわばボランティアがあるとはいえないこと、控訴人において1人当たり年間100万円の売上が目標として設定されていたこと、C課長が平成15年度実行計画において、全社員販売の個人販売額月締め報告や販売会議への参加を求め、個人目標100万円を設定していたこと、評価の参考資料となるチャレンジシートへの記入はD課長も求めていたこと、C課長に至っては、チャレンジシートにおいて、全社員販売の目標達成を指示したり、目標の達成状況を評価したりしていたこと、平成17年度西日本ITオペレーションセンタ(第1回)販売会議においても、販売事例の紹介がされていたところ、全従業員への周知徹底まで指示されていたこと、従業員は自身でカードを購入し換金したり、借金してまで全社員販売を行うことが危惧される状況であったことに照らして、明らかである。
控訴人は、業務時間外に全社員販売活動を行うように命じているのであるから、それに必要な時間が労働時間とされるのは当然のことである。
全社員販売を業務だと理解していなければ、わざわざ自腹を切ってまで成績を残そうとする従業員などいない。
(ウ) WEB学習に従事した時間の労働時間性について
WEB学習が任意の取組ではなく、使用者の指揮命令下で行われていた。このことは、リンク系の業務を本務としていた被控訴人についても、ノード系の業務に従事することもあったこと、控訴人はIP通信を重視するようになっており、被控訴人は将来のためにこれに関する知識を身につける必要性があったこと、WEB学習の教材は、一般性、汎用性を有する知識に留まらず、市販の書籍では勉強できない内容や、控訴人固有の仕様で作られた設備に関するもの等も含まれており、控訴人の業務との関連性が密接であるといえること、C課長の作成した平成15年度実行計画には、IP系資格取得の推進が掲げられており、被控訴人は名指しでBレベル資格以上を取得するよう求められていたこと、チャレンジシートにおいて、C課長がノード系の取扱を参考にした業務改善を求めたり、WEB学習によるスキルアップ(特にIP系に関するもの)を明示的に求めていたこと、D課長も、チャレンジシートに通信教育等による自己啓発を記載するよう求めており、WEB学習への取組を求めていること、被控訴人の受講したWEB学習は、いずれもノード系に関するものや、IPに関するものや、業務性の認められる全社員販売で必要になるサービス知識等業務に密接関連するものであること、N1は、平成16年度において、IP系ないしIT系新資格の取得が低調であるとして、平成17年度にIP系ないしIT系スキル向上に向けた育成を計画していたこと、WEB学習の状況は、社内のシステムで把握されていたこと等に照らして、明らかである。
WEB学習を行わなければ、従業員はD評価を受けて給料を減額されてしまうのであって、控訴人は、自己啓発に取り組んだ結果が仕事で発揮されたその成果を評価するのではなく、WEB学習の取組の有無自体をチャレンジシートに記載させて、評価している。
(エ) 時間外労働及び休日労働の有無・時間(被控訴人ノートの信用性)について
被控訴人は、WEB学習に従事した時間を、それとわかるように、日付の下に「WBT17:30~18:05」と具体的に記載している(書証略)。そして、被控訴人は、昼休み等に、出来事から1日と空けずに記録していたことから、その正確性には疑いがない。また、訴訟提起に当たって書き込んだ部分というのは、既になされている記載から合理的に推認できる時間である。
イ 控訴人の主張
(ア) 労働時間とは
最高裁平成19年10月19日第二小法廷判決(民集61巻7号2555頁)は、「労基法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間(以下「不活動時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるというべきである(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁。)」とした上で、「不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないと評価することができる。」と判示している。
したがって、労働時間に該当するか否かは、①明示又は黙示の指示に基づく業務であったこととともに、②それが使用者の指揮命令下において当該時間に行うことが労働契約上の役務の提供として義務付けられていると評価されることが必要である。全社員販売及びWEB学習というのは、使用者の指揮命令の及ばない場所で、労働者が何らの拘束も伴わない自由時間を利用して行う任意の活動であって、それが業務に密接しているものであったとしても、その活動時間はおよそ労働時間ではない。本人の主観的意図がどうであれ、客観的にみて役務の提供が義務付けられているとは評価できないからである。
(イ) 全社員販売に従事した時間の労働時間性について
全社員販売は、就業時間外の任意の時間、任意の場所で、任意の方法により、控訴人の販売するN’グループ企業の関連商品等を販売して少しでも会社の売り上げに寄与してもらいたいという取組である。もちろん、任意の協力であるから、販売活動という役務が義務付けられているものではない。全社員販売は、達成されたことにより副賞が与えられることはあっても、達成できなかったからといって、不利益はない。年間100万円の売上目標を掲げてはいるものの、あくまで目標であってノルマではない。現に全社員販売を行わない者も、売上げが100万円に達しない者もおり、やるかやらないか、どの程度やるかは従業員個々の自主判断に委ねられているのであって、そのようなものが、業務上の指示たり得ない。
また、場所的にも時間的にも会社の指揮命令が及ばない、控訴人の全く知らない販売活動を行っている時間を労働時間ということはできない。
(ウ) WEB学習に従事した時間の労働時間性について
WEB学習は、会社が勧めている自己啓発の手段の一つであって、会社は自習のスキルアップ教材としてインターネット上に教材を公開しているだけであって、時間を指定し、場所を指定し、本人の自由を拘束して教育を施しているわけではない。
被控訴人は、寮の自室に機器がないことから、上長に申し出て、その許可を得て、会社の機器を利用していただけである。被控訴人は腎疾患に罹患しており、健康管理区分「要観察C」で残業が禁止されている。そのため、上長は、被控訴人が会社に居残って、WEB学習をすることは健康管理上問題であると難色を示したが、被控訴人は、WEB学習を行っていれば、D評価をされることはないとの独自の思いこみから、上長の説得に応じず、自身の要望を押し通したものである。
なお、WEB学習は現に業績評価には反映されていないし、WEB学習を行わなくとも、D評価にならないことは明らかな事実である。
甲8(書証略)は、「内容の一例」を「参考に」示しているにすぎず、D課長がチャレンジシートに通信教育等による自己啓発を記載するよう求めたものではないし、甲7の1ないし3(書証略)のどこを見ても、C課長が目標の達成を評価したとは読み取れない。そもそも、チャレンジシートは、業務指示をするためのものでもなければ、ここに記載した目標の達成度をもって評価が行われるものでもなく、あくまで評価に当たっての参考ツール、コミュニケーションツールにすぎず、提出しなくても不利益はない。
また、資格取得に向けた学習の一手段としてWEB学習を提供していたことは確かであるが、資格取得とWEB学習は別物であるから、資格取得を計画して要求したとしてもWEB学習を指示したことにはならない。
(エ) 時間外労働及び休日労働の有無・時間(被控訴人ノートの信用性)について
被控訴人がノート(書証略)に記載した時間はあくまで出退時刻にすぎず(書証略)、WEB学習の開始終了時刻ではないこと、ノートの記載はその都度ではなく、昼休み等にまとめて記載されたこと、WEB学習に関する記載は本文の記載を避けるようにノートの左端に詰めて行われていて、後から書き加えられたと考えざるを得ないこと、全社員販売に関する記載は、当該日時から2年以上経過した訴訟提起に当たって記載されたものであることからすると、ノートの記載には信用性がなく、このようなノートの記載で、時間外労働時間・休日労働時間を算定することはできない。
第3 当裁判所の判断
1 前提となる事実関係
前提となる事実関係は、原判決を次のとおり補正するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の第4「当裁判所の判断」の1(18頁4行目から32頁17行目まで)に判示するとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決18頁10行目「乙2」の次に「ないし4」を、23頁19行目の「乙10」の前に「甲4、」をそれぞれ加える。
(2) 原判決29頁12行目の「・ 副賞の考え方」を次のとおり訂正する。
「・ N’グループ商品の副賞の考え方
① 半期毎の最低獲得ポイントを設定し(15000ポイント)、最低獲得ポイントを上回ったポイントに対し副賞(ギフト券)を贈呈する。
② 副賞の上限は10万円とする。
・ その他の商品の副賞の考え方」
(3) 原判決31頁4行目から10行目までを次のとおり訂正する。
「(22) 全社員販売の商品受渡し・代金収受(証拠略)
全社員販売は、従業員が販売手続全般を受け持つことなく、販売情報取次システムに情報を投入すると、後の商品説明・商品の手配・代金徴収は、担当部門が実施するといったシステムがあったが、当該従業員が上記システムを利用せず、自ら、友人・知人に納品する場合には、その商品は、午後2時ないし午後3時ころ、社内の会議室で、販売推進員の役にある者が手渡しで配布していた。
上記のように、当該従業員が納品した場合は、その代金集金も当該従業員が行っており、集金した代金を勤務時間中、販売推進員の役にある者に現金で手渡ししていた。
(23) カードの購入(証拠略)
従業員の中には、割引のある○モバイラーズチェックなどを自身で購入し、自身の携帯電話料金の引き落としや買い物・飲食に利用し、全社員販売の実績としている者もあった。」
(4) 原判決31頁11行目の「原告本人」の次に「、証人D課長」を加え、12行目の「平成19年4月まで」を「平成18年6月まで」に訂正し、15行目の末尾に、改行の上、「なお、平成18年7月から平成19年4月までの間の全社員販売の売上はゼロであるが、被控訴人の評価は、この期間もC評価であった。」を加える。
2 全社員販売に従事した時間の労働時間性並びに時間外労働及び休日労働の有無・時間(当審における争点ア、ウ)について
(1) 労基法32条の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものである(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。
労働契約(雇用契約)は、労働者が労務に服し、使用者がこれに報酬を支払うことを本質的要素とするものであり(民法623条)、労基法32条の労働時間の概念は、労働契約上の義務の履行としての「労務に服する」時間を規律するものである。そして、「労務に服する」とは、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供することをいう。そうすると、「労務に服する」時間を規律する概念としての労働時間は、使用者の指揮命令に従って労務を提供する時間ということになり、労働者が使用者の指揮命令には至らない指示又は単なる黙認、許容の下に行った労務の提供は、それが使用者の指揮命令に基づかずに行われたものである限りにおいて、労働契約上の義務の履行としてされたものとはいえないというべきである。
(2) 前記認定事実によれば、従業員が、全社員販売として、控訴人のグループ企業の製品、商品を販売することは控訴人の利益になるもので、全社員販売をした際、当該従業員が、販売情報取次システムに情報を投入せずに通常の勤務時間の内外において商品の納品や代金の集金を担当したこともあったのであり、控訴人やグループ企業の内部組織・担当部署にかかわらず、従業員がこのような販売行為を行うこと自体は、結果的に、控訴人のための作業をすることになるともいえる。また、控訴人は、企業内の取組として、従業員に対し、具体的に一人当たり年間100万円の売上目標を設定し、人事評価に向けての参考ツールとして位置付けられているチャレンジシートにもその記載を求め、被控訴人の上司であった歴代課長の中には全社員販売の目標達成を具体的に指示したり、目標の達成状況を評価するコメントをしたことがあったもので、更には、従業員の中には、自己の負担でカードを購入して費消するなどした者も相当数いた事実にも照らすと、従業員にとっては、全社員販売を行うことは使用者の業務命令によるものであるとの認識をもつに至ったとしても致し方ない面もあったと考えられ、本来は、控訴人は、使用者として、それが業務命令であるのかどうかを従業員に対して更に明確にすべきであったもので、業務命令というのであれば、後記のとおりその業務の性質上労働時間の長短の観念になじみ難い性質もあったことから、たとえば、前記の副賞ではなく、その成果に応じた適正な手当を支給するなどの措置をとるべきであったといえる。控訴人は、この点で相当に曖昧な態度をとり続けたものであって、法律上の労使関係の配慮に欠けた不明瞭で不誠実な扱いをしていたものといわざるを得ない。
しかしながら、前記認定事実(原判決引用部分)によれば、全社員販売は、従業員が、控訴人のグループ企業の製品、商品等を、その友人知人等に勧めて販売するものであり、その販売作業は、被控訴人が雇用契約関係で明確に予定されているITオペレーションセンタの前記業務とは別のもので、また、それは、通常の勤務時間外のどの時間においても、自宅その他のどの場所においても、また、どのような方法によって行っても良く、その作業の時間、場所、方法は従業員が任意にこれを決定することができるものであり、従業員がそれに従事した時間があったとしても、それを使用者である控訴人が把握することはそもそも想定されておらず、その間にその従業員が使用者の指揮命令下に置かれていたとみることはできない。また、かような作業の性質上、従業員の日常の私生活上の行為との区別が明確でなく、その意味で、そのような販売作業があるとしても通常の労働時間の長短の観念にはなじみ難い性質のものというべきである。また、被控訴人の上司であったD課長は、人事評価において、その従業員の全社員販売の実績は考慮しないと回答し、現に、被控訴人について、平成18年7月から平成19年4月までの間、被控訴人は全社員販売を行っていなかったが、その間の人事評価がC評価であって、控訴人が、全社員販売の実績を人事評価に影響させる扱いをしていたものとも認めがたい。
のみならず、被控訴人は、全社員販売に従事したという原判決別紙1のとおりの各時間については、被控訴人がその都度記載した被控訴人のノート(書証略)によってこれらが裏付けられていると主張するが、同ノートにおける他の事項に関する記載が比較的詳細なものがあるのに、全社員販売については具体的な状況の記述がないものがほとんどであり、しかも、その所要時間は、被控訴人本人尋問の結果によっても、ノートの該当部分を記載した時にその都度記載したものではなく、後になって本件訴訟の準備のために被控訴人が当時のそれぞれに要する所要時間を推測して記載したものにすぎないというのであり、個々の記載も、例えば、平成17年5月13日(金曜日)の20時30分まで高槻販売カードセールスとなっているが、甲5の1(書証略)の該当箇所には、簡単な記載があるだけで、その具体的な状況の記載はなく、同月21日の甲5の1(書証略)の該当箇所には、高槻でE氏にADSLのセールスを行うと記載されているだけであり、その他の全社員販売に関する各記載についても、上記各ノートの記載から、あるいはその記載と被控訴人の本人尋問の結果によって、本来の販売業務に要した時間を割り出すことは極めて困難というほかない。
このようにみてくると、被控訴人が、全社員販売に従事した時間があったとしても、それは、使用者の指揮命令下にあった時間とまでは言い難く、少なくとも、原判決別紙1で全社員販売に要したとされる各時間が、被控訴人の労働時間であったものと認めるに足りる証拠はないというべきである。
(3) そうすると、被控訴人主張の上記の全社員販売に要した時間が労働時間であるとする被控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないことに帰する。
3 WEB学習に従事した時間の労働時間性(当審における争点イ)について
(1) 前記認定事実(原判決引用部分)によれば、控訴人、N1及びN2は、IP通信を重視するようになっており、従業員の将来のためにこれに関する知識を身につけさせる必要性があったことから、従業員に対してWEB学習等によるスキルアップを推奨していたこと、被控訴人の上司であるC課長も、WEB学習終了程度のBレベル資格以上を取得するよう明示的に求めていたこと、D課長においても、チャレンジシートに通信教育等による自己啓発を記載するよう求めており、WEB学習の状況は、社内のシステムで把握されていたことが認められる。
しかしながら、WEB学習は、パソコンを操作してその作業をすること自体が、控訴人が利潤を得るための業務ではなく、むしろ、控訴人が、各従業員個人個人のスキルアップのための材料や機会を提供し、各従業員がその自主的な意思によって作業をすることによってスキルアップを図るものであるといえる。そのため、単にアクセスする回数を増やしたり時間をかけることに意味があるのではなく、学習効果を上げるところに意味があるのであるから、その成果を測るためには、技能試験等を行うしかないが、控訴人において、そのような試験が行われているわけでもない。使用者からしても、各従業員が意欲をもって、仕事に取り組み、仕事に必要な知識を身につけてくれることは重要であるから、WEB学習を奨励し、目標とすることを求めるものの、その効果は各人の能力や意欲によって左右されるものであるから、WEB学習の量のみを捉えて、従業員の評価をすることに意味はないのであって、WEB学習の推奨は、まさに従業員各人に対し自己研鑽するためのツールを提供して推奨しているにすぎず、これを業務の指示とみることもできないというべきである。
(2) したがって、WEB学習の上記のような性質・内容によれば、これに従事した時間を、労務の提供とみることはできないというべきであり、これを業務の一環として実施するよう業務上の指示がなされていたとも評価できないことから、被控訴人がWEB学習に従事した時間があったとしても、それを控訴人の指揮命令下においてなされた労働時間と認めることができない。
(3) そうすると、WEB学習に従事した時間を労働時間であるとする被控訴人の請求については、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないことに帰する。
4 結語
以上のとおり、上記各請求はいずれも理由がないから、これと結論を異にする原判決中、控訴人敗訴部分を取り消し、同取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第4民事部
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 比嘉一美 裁判官 岡口基一)