大阪高等裁判所 平成22年(ネ)1639号 判決 2010年11月18日
住所<省略>
亡Y1訴訟承継人
控訴人
Y2
住所<省略>
同
控訴人
Y3
上記2名訴訟代理人弁護士
大森孝参
住所<省略>
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
斎藤英樹
同訴訟復代理人弁護士
松本洋介
主文
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
第2被控訴人の請求
控訴人Y2及び同Y3は,被控訴人に対し,各自779万2827円及びこれに対する平成16年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第3事案の概要
1 本件は,インカムベストフォレックス株式会社(現在の商号「SEAMEX株式会社」。以下「訴外会社」という。)との間で外国為替保証金取引を行っていた被控訴人が,(1)控訴人ら及びA(以下「A」という。)及びB(以下「B」という。)に対し,控訴人らの被相続人であるY1,A及びBが共謀の上,被控訴人に無断で為替取引(以下「本件デイトレード」という。)を行って損失を発生させ,保証金相当額の損害を被らせたと主張して,不法行為(民法709条,719条1項前段)に基づく損害賠償を求め,さらに,(2)控訴人ら及びAに対し,①取締役であったY1及びAが顧客保護のための適法な営業体制を構築する職務執行上の義務を怠ったためにBが上記無断売買を行った,又は,②Y1及びAが顧客からの預かり金を会社の固有資産とは分別管理する義務を怠ったことにより,保証金が返還されなくなったと主張して,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)266条の3第1項に基づく損害賠償を求めた事案である。
原審は,A及びBの不法行為責任,Y1の取締役の責任に基づく損害賠償責任を認め,A及びBについては,連帯して,未返済の保証金相当額である1558万5654円及び不法行為の日の後の日である平成16年11月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を,控訴人らについては,それぞれ779万2827円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年5月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を,それぞれ認めたところ,控訴人らがこれを不服として控訴した(なお,A及びBに対する判決は確定している。)。
2 前提となる事実,本件の争点及びこれに対する当事者の主張は,原判決「第2 事案の概要」の2,3に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における当事者の補充的主張
(1) 控訴人ら
ア 代表取締役ないし取締役の地位について
原判決は,Y1が,平成16年6月18日に取締役を退任し,同年9月30日に代表取締役を辞任した後,平成17年6月23日まで,新しい取締役及び代表取締役が選任されず,取締役の員数が欠け,代表取締役が欠けていたことから,その間,Y1が訴外会社の取締役及び代表取締役としての権利義務を有していたとする。しかしながら,平成16年9月30日以降,Aは,訴外会社から役員報酬を得て,業務執行を行う単独の代表取締役であった。にもかかわらず,平成17年7月1日,改正金融先物取引業法の施行によって,外国為替証拠金取引業者も登録申請することが義務付けられ,自己資本比率の規制や預かり証拠金の分離保管が義務付けられたことから,Aは,役員責任の追及を回避するために,平成16年6月18日に退任した旨の不実の登記をしたのである。したがって,Y1が代表取締役としての権利義務を有したものではない。
イ 任務懈怠について
(ア) 原判決は,本件を含む8件の損害賠償請求訴訟が起こされたことから,適正な業務体制が構築されていなかったとするが,外国為替保証金取引は,少ない証拠金で大きな額の為替取引をすることができる取引であり,リスクの説明を受けても,大きく損失が生じると,訴訟が提起されることが少なくなく,その全てが不適正な取引であったということではないから,訴訟が起こされたからと言って,適正な業務体制が構築されていなかったことにはならない。
(イ) Y1は,Aに対し,勧誘対象者は保証金取引を行う知識能力がある者に限ることや,リスクを十分に説明することや,無断売買,包括一任売買,断定的判断の提供をしてはいけないこと,預かり保証金は分別保管することなどを申し渡していた。事実,平成16年9月30日までは苦情や紛議は生じていなかった。Aは,Y1から不適切売買をしないよう再三指示を受けていたにもかかわらず,あえて,本件デイトレードを実行させたのであるから,Y1はこれを回避することはできず,取締役の任務懈怠について重大な過失があるとはいえない。
(2) 被控訴人
ア 代表取締役ないし取締役の地位について
控訴人らは,Aが自らの役員責任を回避するため,平成16年6月18日に遡って不実の退任登記を作出したと主張するが,同日に遡って,取締役の退任登記をしたのは,Aのみではなく,Y1,Cについても同様であり,むしろ,Y1が指示した可能性が高い(Y1が取締役としての権利義務を有していたことを控訴人らも否定していない。)。したがって,A,C,Y1が平成16年6月18日に役員を退任した事実はなく,本件デイトレード当時,取締役としての権利義務を有していた。
また,Y1は,訴外会社では会長と呼ばれ,役員報酬は,旭興産に対する経営指導料の名目で毎月200万円が支払われており(甲37,原審におけるA尋問調書7頁),Aに対して,顧客管理,従業員管理,和解契約の承認,営業成績の指導など,全般にわたって指示をしており(乙イ55,56),名目的代表取締役ではない。
イ 任務懈怠について
(ア) 訴外会社は,平成15年1月ころから外国為替証拠金取引を始めた会社であり,資本金も3000万円程度,東京本店以外に大阪支店と新大阪支店のみがあり,東京本店は営業社員も僅かであり,小規模な会社である。それが,僅か1,2年の短期間に,8件もの損害賠償請求訴訟が提起されるのは,異常な事態である(訴訟提起以前の紛議は,その何倍もあったと推測される(乙イ55,56)。)。これは,訴外会社が,違法・不当な勧誘行為を行い,適正な業務執行体制が構築されていなかったことの証拠である。
(イ) 控訴人は,Y1が無断売買を黙認・容認するはずがない旨主張するが,Aは,本件デイトレードがY1の指示によるものであると証言している。仮に,Y1が直接指示したのではないとしても,Y1は,Aに対し,顧客の保証金返還を拒絶するような手法を推奨し(このことから,訴外会社が顧客の取引を全量証拠金業者につないでいなかったことは明らかである。),不適切な売買を黙認し容認していた。
第4当裁判所の判断
1 当裁判所も,Y1は,代表取締役ないし取締役として,少なくとも重大な過失により,従業員の不正行為を防止する適正な業務体制を構築する任務を懈怠しており,そのため,被控訴人の承諾を得ることなく本件デイトレードがなされたと判断する。
その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
13頁5行目「甲3」の前に「甲2,」を加える。
2 補足説明
(1) Y1の代表取締役ないし取締役の地位について
控訴人らは,Y1が名目的代表取締役であり,平成16年9月30日に代表取締役を退任し,平成16年6月18日に取締役も退任しており,取締役の責任を負担しないと主張する。
しかしながら,Y1は,平成15年1月ころ,全額出資して,訴外会社を買い取り(弁論の全趣旨),外国為替証拠金取引事業を始め,同月26日に代表取締役に就任し,報酬をY1が関与する旭興産に対する経営指導料の名目で受け取っていたこと(甲37の2,原審におけるA供述),少なくとも同年9月ころから平成16年4月ころにかけて,Aに対し,保証金の返還を回避するように顧客を管理するよう指示していたことなどが認められ,これらによれば,少なくとも,代表取締役を退任する平成16年9月30日まで,Y1は,名目的ではなく,実質的にも代表取締役の地位にあったと認めるのが相当である。
そして,平成16年6月18日にY1が取締役を退任した旨の登記は1年以上経過した平成17年8月12日になされ,同日,Aの取締役退任登記,Cの取締役退任登記がなされているところ,仮に,平成16年6月18日にY1が取締役を退任していたのであれば,以後,代表取締役の地位にとどまることができない(このことはAも同様である。)。そうすると,平成16年6月18日から平成17年6月23日まで取締役の員数が欠け,代表取締役も欠けていたことになる。しかしながら,履歴事項全部証明書上,平成16年9月30日までY1が代表取締役に在任していたことになっており,同年6月18日に取締役を退任したことと矛盾していること,平成16年法律第159号による改正金融先物取引法が平成17年7月1日から施行されることに伴い,外国為替証拠金取引についても規制が強化されたこと,さらに,平成15年12月から平成17年にかけて,訴外会社に対し,被控訴人からの訴えを含む8件の不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟が提起されており,訴外会社役員に対しても責任が追及されるおそれがあったことなどに照らせば,同年8月12日になされた取締役退任登記はいずれも実体を伴わない不実の登記であったと解するのが相当である。
この点に関し,控訴人らは,Aの取締役の退任登記は不実であるが,Y1の退任登記は実体を伴うものである旨主張するが,上記の経緯に照らし,控訴人らの主張は認められない。
よって,Y1は,少なくとも,平成16年9月30日まで訴外会社の実質上の代表取締役であり,その後,亡くなるまで,同社の取締役であったと認められる。
(2) 任務懈怠について
控訴人らは,Y1がAらを通じ,適正な取引をするよう指導していたと主張する。しかしながら,訴外会社に対しては,業務開始から2,3年の間に8件もの不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起され,いずれも,支払額は請求額に及ばないまでも,訴外会社が損害賠償債務を支払う内容で和解をしており,これらによれば,訴外会社においては,適正な業務体制が構築されていなかったことを推認することができる。しかも,Y1は,Aに対し,保証金の返還義務が発生しないように顧客を管理するよう指示しており,少なくとも,重大な過失により,従業員による不正な取引を防止できる業務体制を構築する任務を懈怠していたものと認められる。
3 以上によれば,本件各控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 吉田肇 裁判官 舟橋恭子)