大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成22年(ネ)1658号 判決 2010年9月16日

住所<省略>

控訴人(被告)

SMBCフレンド証券株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

鈴木信一

松富しほ里

出田浩一

住所<省略>

被控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴人の控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消部分に係る被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要(略記は,原判決のそれに従う。)

1  本件の要旨

本件は,証券会社である控訴人に委託して株式や投資信託の取引を行った被控訴人が,平成17年12月1日以降の取引(以下「本件取引」という。)について,控訴人の担当者らにより,①適合性原則違反,②過当取引,③一任売買,④仕切拒否の各違法行為が行われ,これによって被控訴人は合計2696万4363円の損害(取引損2451万4363円,弁護士費用245万円)を被ったと主張して,控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,前記損害2696万4356円及びこれに対する不法行為後である平成19年3月23日以降の民法所定の年5分の遅延損害金を請求した事案である。

これに対して控訴人は,控訴人の担当者らに被控訴人主張の各違法行為があったことを否認し,被控訴人の請求を強く争った。

原審裁判所は,控訴人の担当者らが著しく過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘した点で不法行為が成立するとし,これによる損害(取引損)を2451万4363円と認定した上で,被控訴人にも損害の発生及び増大に過失があるとして7割の過失相殺をして,被控訴人の請求を,損害合計805万4308円(取引損735万4308円,弁護士費用70万円)及びこれに対する平成19年3月23日から支払済みまでの民法所定の年5分の遅延損害金の限度で認容し,その余を棄却した。そこで,控訴人がこれを不服として本件控訴を提起し,敗訴部分を取り消してその部分の請求を棄却するよう求めた。

2  「前提事実」,「争点及び争点に対する当事者の主張」は,次の(1),(2)のように原判決を訂正し,後記3のように「当審における控訴人の主張」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 前提事実」,「第3 争点及び争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁24行目の「昭和54年2月8日」を「昭和54年2月28日」に改める。

(2)  原判決3頁2行目の「昭和54年2月28日」を「昭和54年2月26日」に改める。

3  当審における控訴人の主張

(1)  総論

原判決は,一任売買や仕切拒否に関する被控訴人の主張を退ける一方,本件取引は,その特性や被控訴人の取引経験や知識,投資意向,勧誘態様に照らして,「当該投資者にとって著しく過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘した」ものであるから,注意義務違反が認められ,不法行為法上の違法性を帯びると判断した。

しかし,「当該投資者にとって著しく過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘した」とする原判決の判断には,以下のとおり事実認定の誤りがあるから,取り消されるべきである。

(2)  顧客の投資経験,知識,判断能力について

ア 原判決は,平成17年12月1日から平成19年1月5日までの取引(本件取引)を一括りにして,本件取引が始まる前までに被控訴人が行った証券取引の内容から,同人の証券投資に関する知識や経験の多寡を判断し,これを適合性原則違反の有無の判断の基礎としている。

イ 原判決は,本件取引を次の3期に区分している。

平成17年12月1日から1か月間程度は,単一の銘柄の株式を買い付け,これを短期で売り付けるということを繰り返し(以下「第1期」という。),平成18年1月中旬ころからは,複数の銘柄を同時に保有した上で売買を繰り返すようになり,その保有期間も比較的長期のものと短期間のものが混在するようになった(以下「第2期」という。)。平成18年2月以降は信用取引が開始され,信用取引と現物取引が混在した状態で売買が繰り返された(以下「第3期」という。)。

ウ この区分によれば,被控訴人は,第1期の間に,川崎重工株式,新日鉱ホールディング株式,ソフトバンク株式,三井不動産株式の取引で利益を上げる一方で,小松製作所株式の取引で損失を計上する経験を経ており,そして第2期における取引経験を踏まえて,第3期の取引に移行し信用取引を開始するに至っているのであるから,この段階では,「原告が売買差益の獲得を目的として行った取引経験は,三菱自動車株の取引のみであった」などと断ずることは到底できない。

エ このように,被控訴人は取引経験を積みながら相場状況に合わせて順次その取引態様を変えているから,このような事情も考慮に入れた上で適合性原則違反の有無を判断すべきであって,上記のような個別的な背景事情を捨象し本件取引を一括りにして,本件取引が開始される前までの被控訴人の取引経験のみをもって適合性原則違反の有無を判断すべきではない。

(3)  被控訴人の投資意向について

ア 原判決は,被控訴人は本件取引開始時においても短期に頻繁な取引を行う意向を有していなかったと認定している。原判決のこの認定は,投資家側からの取引の申出や指示等が無ければ積極的な投資意向があるとはいえないとの前提に立つものといえるが,その前提自体に誤りがある。

イ 積極的投資意向とは,有価証券を売買して売買差益を獲得することによって資産を増やすという意向をいうのであって,投資家が積極的に売買の申出をしたなどの言動に対する評価をいうものではない。本件では,被控訴人が売買の勧誘を拒んだ事情もないから,投資家から申出や指示がなかったとの事情のみから,本件取引当時の投資意向が短期かつ積極的なものではなかったとの結論を導くことはできない。

ウ 本件取引は,第1期,第2期及び第3期と順次変遷しているのであるから,このような取引態様の変遷が被控訴人の投資意向に沿うものであったか否かが重要である。

(ア) 第1期前の被控訴人の投資意向

被控訴人は,本件取引を開始する前である平成17年10月24日に自発的に三菱自動車工業株式を買い付けている。この買付けは,当初からキャピタルゲイン獲得を目的としたものであり,しかも被控訴人は,相当以前から三菱自動車工業株式の株価を新聞等でチェックし,同株価が従来の株価動向から判断して安い位置にあると考えて買い付けたものである。このように,被控訴人は,同株式買付けの相当前から,従来の「貯蓄代わり」の株式保有から脱してキャピタルゲイン獲得という投資目的を有するようになっていたのである。

(イ) 信用取引の開始まで(第3期に入る前)の被控訴人の投資意向

被控訴人は,平成17年10月から平成18年1月までの4か月間に,損失を合わせても,株式取引によって約347万円の累計利益を得た。

当時東証一部市場は活況を呈し,平成18年4月から6月までの3か月間を除き,株式相場全体が上昇傾向にあった。信用取引開始前に,キャピタルゲインを得る取引方法について被控訴人から苦情等は一切なかったから,被控訴人はこの間の取引により短期的かつ積極的な株式売買を行うという投資意向を有するに至っていたのである。

(ウ) まとめ

以上のとおり,被控訴人は,第1期前までに「貯蓄代わり」という消極的投資意向から脱却し,第1期の取引経験を経て第2期に至るまでには,より積極的な投資意向を有するようになったのである。

(4)  勧誘態様について

ア 原判決は,個別の取引の勧誘は屋外での立ち話をする程度で,被控訴人は担当者らが持参した資料を受領しておらず,電話による勧誘についても,その大半が十数秒から数分の短時間の通話によるものであったとしている。そして,そのような勧誘態様は,被控訴人の取引経験や知識等にかんがみると甚だ不十分で,著しく過大な危険を伴う取引に被控訴人を引き込む態様のものであって,到底被控訴人による自由かつ責任ある判断を担保する態様であったとはいえないとしている。しかし,以下にみるように,このような判断は不当である。

イ 本件取引は,単純な株式の売買である。したがって,株価の動きや取引量など取引市場の動向を判断材料とすることが重視される。担当者らは,全体的な経済動向,株価の推移,推奨する銘柄の業績について資料を持参して説明し,損切りのための売却であれば,損失額等を説明して勧誘したのであって,これらの説明事項は,複雑なものではないから,屋外(玄関先であった。)での立ったままの説明(時間は30分以上であった。)であっても,被控訴人が株式取引の投資判断をするについて格別の支障を来すものではなかった。

ウ 被控訴人が資料を受領しなかったのは,妻に証券取引のことを秘匿しておきたいという理由からであって,被控訴人は,自ら「自由かつ責任ある判断を担保する説明」を受けることを放棄したものである。かえって,資料を返却したり玄関先で話をしたりしながらも取引を継続していた事実は,証券投資に対する被控訴人の積極性を裏付けるものである。

エ そして,これらの事前協議を踏まえて最終的な発注意思を確認するために行われた電話の通話時間が数十秒から数分間であったとしても,甚だ不十分で著しく過大な危険を伴う取引に被控訴人を引き込む態様のものであったとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の控訴人に対する請求は,原判決が認容したとおり805万4308円(取引損735万4308円,弁護士費用70万円)及びこれに対する平成19年3月23日以降の年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がないものと判断する。その理由は,次の(1)から(10)までのように原判決について付加訂正し,後記2のように当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の1から3までの説示と同一であるから,これを引用する。

(1)  原判決13頁14行目の「昭和54年2月8日」を「昭和54年2月28日」に改める。

(2)  原判決19頁10・11行目の「顧客に」の次に「返済期限を6か月と定めて」を加える。

(3)  原判決19頁11行目の「取引であり」の次に「(乙6)」を加える。

(4)  原判決20頁9行目の「これによれば」から20行目の「考えられる。」までを次のように改める。

「このように,本件取引は,基本的には短期間の取引による利益取得を目的とするものであったが,短期間で利益が得られなかった場合には直ちに損切りをせず,その後比較的長期間保有されることになった株式もあり,その中には信用取引によって買い付けられた株式も含まれていた。そして,その後も短期間の取引による利益取得を目的とする株式取引が継続されたことにより,手数料の負担が増大し,他方では,比較的長期間保有している株式のうち信用取引によるものは6か月以内に決済をする必要があったから,短期間の取引による損益,手数料の負担及びそれ以外の株式の決済に伴う損益を総合勘案した通算損益の予測が次第に困難になっていき,どのような取引をすれば利益が出るのかを判断するには相当程度の株式取引に関する知識・経験を要する状態になっていったと考えられる。」

(5)  原判決20頁23行目の「本件開始」を「本件取引」に改める。

(6)  原判決21頁1行目の「取得し」の次に「,平成14年9月10日に単位未満株を売却した(原審被控訴人,弁論の全趣旨)以外は」を加える。

(7)  原判決22頁15行目の「ものの」の次に「(Bが被控訴人宅を訪問した頻度は不明であり〔原審証人B〕,Cが被控訴人宅を訪問したのは,2週間に1度程度であり,その時間は30分程度であった〔原審証人C〕。)」を加える。

(8)  原判決23頁23行目の「曖昧なものであって」を「その時期や具体的内容が曖昧なものであって」に改める。

(9)  原判決24頁20行目の「不十分な」の次に「態様のものであり,また」を加える。

(10)  原判決24頁23行目冒頭から25行目の「違法となる」までを次のように改める。

「イ したがって,控訴人担当者らが上記のような本件取引を勧誘し実行したことは,前記(1)の注意義務に違反し,著しく過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したものと評価されるから,全体として不法行為法上違法というべきである」

2  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  控訴人の主張(2)(被控訴人の投資経験,知識,判断能力)について

ア 控訴人は,被控訴人は本件取引において取引経験を積みながら相場状況に合わせて順次その取引態様を変えているから,そのような事情も考慮に入れて適合性違反の有無を判断すべきであり,個別的な背景事情を捨象し本件取引を一括りにして,本件取引が開始される前までの被控訴人の取引経験のみをもって適合性原則違反の有無を判断すべきではないと主張する。

イ よって検討するに,引用した原判決が説示するように,被控訴人は,本件取引を開始する前には,三菱自動車株の取引を除き,売買差益の獲得を目的とする取引の経験はなく,三菱自動車株の取引についても,身近な会社について製品情報を元に株価の変動を判断して行ったものであったから,株取引についての知識も経験も乏しかったと認めるのが相当である。

その後被控訴人は,平成17年12月1日から平成19年1月5日まで本件取引を行ったが,インターネットやメールを使うこともできず,日経新聞ではなく毎日新聞を購読していた(原審被控訴人本人)。また,前記のとおり,控訴人担当者らは,被控訴人宅を訪問してはいたものの,Bについてはその頻度は不明であり,Cについても2週間に1回程度であった上,被控訴人が家族に秘して本件取引を行っていた関係で,本件取引に関する資料を受け取っておらず,Cが説明した時間もせいぜい30分程度であった。そして,本件取引における個別の取引の説明や勧誘は電話でされていたが,その時間は数十秒から数分程度であって,被控訴人は,担当者らの本件取引に関する勧誘に対して,ほとんどこれを断ることなくそれに従い,担当者らと被控訴人間で具体的な方針が協議されることもなかったものと認められる。

ウ 以上からすると,被控訴人は,本件取引の期間中,せいぜい新聞の株式欄で株価を確認する程度であり,その他の資料や情報に基づいて自ら今後の株価の動きを予測し,どのように本件取引を進めて行くべきか等について検討したりすることもなく,また,この点について担当者らとともに検討したりしたこともなかったものと認められる。結局,被控訴人は担当者らが勧誘するままにそれに従って本件取引をしていただけであって,本件取引期間中に本件取引前と比較して,株式取引に関する知識や経験が身につき,投資判断能力が向上したものとは認められない。

このように,被控訴人は,本件取引開始当時の知識及び経験の状態のまま取引を継続していたといえるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

(2)  控訴人の主張(3)(被控訴人の投資意向)について

ア 控訴人は,被控訴人は第1期前までに「貯蓄代わり」という消極的投資意向から脱却し,第1期の取引経験を経て第2期に至るまでには,より積極的な投資意向を有するようになったと主張する。

イ しかし,この点についても上記(1)イに説示したとおりであって,被控訴人は,本件取引開始当時にキャピタルゲイン獲得という投資目的を明確に有するに至ってはいなかったものと認めるのが相当である。また,本件取引についても,同様に,被控訴人が担当者らの勧誘に従って行ったもので,取引継続中に短期で利益が出たときにはこれを歓迎したものと認められるものの,自らのニーズと意思に基づいて短期的な売買差益を狙った株式取引を展開したものと評価することはできない。

したがって,被控訴人が本件取引を通じ自らの投資意向をより積極的なものに変化させていったとは認めることができない。

以上から,控訴人の上記主張は理由がない。

(3)  控訴人の主張(4)(勧誘態様)について

ア 控訴人は,控訴人担当者らが被控訴人方を訪問して協議をしたり,電話での説明や勧誘であっても,被控訴人が株式取引の投資判断をするについて格別の支障を来すものではなく,かえってそのような事情は被控訴人の積極性を裏付けるものであると主張する。

イ しかしながら,担当者らの被控訴人に対する勧誘の態様は上記(1)イのとおりであり,被控訴人は頻回に多数の取引をしているにもかかわらず,担当者らの被控訴人方への訪問の頻度は不明(B)ないし多くはなく(C),立ち話であったことも併せると,到底十分な説明や協議を行うことができたとはいえない。また,電話でその説明や勧誘も,その時間はわずかであり,資料も受け取ることもなかったのであるから,被控訴人の株式取引についての知識及び経験を前提にすると,結局控訴人担当者らの勧誘は,十分な説明や協議もなく,著しく過大で危険な取引に被控訴人を引き込む態様のものであったというべきである。

控訴人の上記主張は理由がない。

第4結論

以上の次第で,本訴請求は,被控訴人が控訴人に対し805万4308円(取引損735万4308円,弁護士費用70万円)及びこれに対する平成19年3月23日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その他は理由がない。よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 裁判官 今中秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例