大阪高等裁判所 平成22年(ネ)1679号 判決 2010年10月21日
控訴人(原告)
X山A子
同訴訟代理人弁護士
藤本久俊
被控訴人(被告)
Y川A子
同訴訟代理人弁護士
石田真美
同
今西雄介
同
内海陽子
同
田中秀雄
同
髙橋敬
同
辰巳裕規
同
前田修
同
増田祐一
同
松山秀樹
同
吉井正明
同
吉田維一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴人の当審における追加請求を棄却する。
三 当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴人の控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。
三 被控訴人は、控訴人に対し、平成二一年一月一日から本件建物の明渡済みまで一か月一二万円の割合による金員を支払え。
四 被控訴人は、控訴人に対し、八〇〇万円及びこれに対する平成二一年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
六 第三項から第五項までについて仮執行宣言
第二事案の概要(略語は、特記しない限り、原判決の用法による。)
一 要旨
(1) 本件は、B(大正一二年生、平成二〇年七月一七日死亡)の一人娘でありBを相続した控訴人が、B所有の本件建物にBと同居していて同人死亡後も同建物に居住している被控訴人に対し、所有権に基づき、本件建物の明渡し及び明渡猶予期限の翌日である平成二一年一月一日以降の一か月一二万円の割合による賃料相当損害金の支払を求めるほか、被控訴人がB死亡の直前の約二週間のうちにB名義の預金口座から預金合計八〇〇万円(本件金員)の払戻しを受けたこと(以下「本件払戻し」という。)について、それがBに無断で行われたものであり、被控訴人には不法行為ないし不当利得が成立する旨を主張して、不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得返還請求として、上記八〇〇万円及び訴状送達の日の翌日である平成二一年三月二九日以降の年五分の遅延損害金の支払を求めた事案である。なお、不当利得返還請求は、当審で追加されたものである。
被控訴人は、Bと被控訴人は、平成一六年ころ、内縁の妻である被控訴人が死亡するまで本件建物を無償で使用できる旨の使用貸借契約(以下「本件使用貸借契約」という。)を黙示的に締結しており、仮に本件使用貸借契約の成立が認められないとしても、建物明渡請求は権利濫用に該当するとし、本件払戻しについてはBから本件払戻しに関する権限や払戻金の取得権限を与えられていた旨を主張して、控訴人の請求を争っている。
(2) 原審裁判所は、本件使用貸借契約の成立を否定する一方、控訴人の建物明渡請求が権利濫用に当たることを認め、本件払戻しについて被控訴人の不法行為の成立を否定して、控訴人の請求をいずれも棄却した。
(3) そこで、これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。
二 「争いのない事実等」、「争点」及び「争点に対する当事者の主張の要旨」
原判決の「事実及び理由」中の第二の二から四までのとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決三頁二行目の「甲一七」の次に「、二四」を加え、同頁一二行目を「(3) 本件払戻しについて被控訴人に不法行為ないし不当利得が成立するか」に、四頁一〇行目を「(3) 争点3(本件払戻しについて被控訴人に不法行為ないし不当利得が成立するか)」に改める。
第三当裁判所の判断
一 Bと被控訴人との関係
当裁判所も、Bと被控訴人とは内縁の関係にあったものと判断する。
その理由は、原判決「事実及び理由」中の第三の一の説示のとおりであるから、これを引用する。
二 争点1(本件使用貸借契約の成否)について
(1) 被控訴人は、Bと被控訴人は、平成一六年ころ、被控訴人が死亡するまで本件建物を無償で使用できる旨の使用貸借契約(本件使用貸借契約)を黙示的に締結した旨主張するので、以下、その主張の当否を検討する。
ア まず、前記認定のとおり、被控訴人は、Bと男女関係を結んだ昭和四〇年ころ以降、平成一六年まで四〇年近くもの長きにわたり、当初Bの愛人、その後内縁の妻として、Bの身の回りの世話をしてきた。しかも、その間、Bの子を二度妊娠したが、Bの要請もあり中絶したという事実があった。
そして、平成一六年当時、被控訴人は、Bから生活費を支給されるほか、格別の収入はなく、この状態は、その後も、Bが死亡するまで変わらなかった。被控訴人がBの厚生年金・遺族厚生年金を受領するようになったのは、B死亡後の平成二一年一〇月からであり、その額も、二か月で三一万九四〇〇円程度(保険料控除後の金額。一か月当たり一五万九七〇〇円程度)であった。
イ なお、控訴人は、Bが被控訴人に対し平成一三年だけでも、生活費とは別に合計八〇八万円を贈与しており、被控訴人は十分な財産を形成している旨主張する。そして、控訴人は、Bが利用していた平成一三年の手帳を提出して、同手帳には、被控訴人を示す「A」ないし「A子」の文字と共に、数万円から一〇〇万円の金額等が記載され、その合計が八〇八万円に達している旨指摘する。しかし、控訴人も被控訴人も名は同じ「A子」であり、上記手帳の「A」ないし「A子」が被控訴人を指すものであることを裏付ける的確な証拠はない。また、控訴人によれば、手帳に記載された「A」ないし「A子」には平成一三年一年間で二〇回にわたって合計八〇八万円が渡されていたというのであるから、その「A」ないし「A子」には当時相当の資金を必要とする事情があった可能性があるといえる。当時控訴人は祖父Cの相続税を分納中で、毎年一〇〇〇万円を超える納付をしていたと認められるところ、被控訴人は、祖父の相続に伴う相続税の支払に窮していた控訴人がしばしばBに金員を無心していた旨を主張、供述しているから、上記手帳記載の「A」又は「A子」は控訴人を指す可能性を排除できず、これをもって被控訴人がBから多額の金員の贈与を受けていたことを基礎付ける証拠としては直ちに採用することができない。
ウ このように、被控訴人は平成一六年当時愛人、内縁の妻として四〇年もの長きにわたりBに尽くし、その間妊娠中絶まで経験した反面、十分な経済的基盤も有しない状態であったから、Bが被控訴人の行く末を案じ住処を確保してやりたいと考えることは極めて自然なことであったといえる。現に、前記一の認定(引用する原判決五頁のオ)のとおり、Bは、平成一六年ころ控訴人をわざわざ○○の家に呼び出し、同行したEや被控訴人及び被控訴人の兄夫婦の前で、控訴人に対し、Bにもしものことがあったら、被控訴人に○○の家をやり、そこに死ぬまでそのまま住まわせて、一五〇〇万円を渡してほしい旨申し渡している(以下「本件B申渡し」という。)。被控訴人は、Bから、病床にあった妻Dの面倒を見ることを要請され、昭和五四年ころに数か月間家政婦としてDの身の回りの世話をしたことがあったが、そのころ控訴人は被控訴人がBの愛人であることを知り、以後一貫して、母や自分からBを奪った存在として、被控訴人に対し強い敵意、反感を抱き続けているものと認められる。Bも、そのような控訴人の心情を認識しており、被控訴人の将来を案じて本件B申渡しを行ったものと推認することができる。したがって、本件B申渡しは、少なくとも、昭和五四年七月ころ以降二五年以上もの長きにわたり○○の家に居住してきた被控訴人が本件建物を退去しなければならないような事態に至ることをBが避けたいと考えていたことを示すものと解するのが相当であり、Bが被控訴人を死ぬまで無償で本件建物に住み続けさせる意思を有していたものと優に認めることができる(本件B申渡しは、そのような意思を表示したものと解することもできる。)。
控訴人の夫であるEも、平成二〇年七月九日に被控訴人の長男及び次男と面会した際、Bが被控訴人をかわいく思っていて、○○の家を被控訴人にやりたいと言っていたのを何回も聞いている旨や、自分の死後は被控訴人の行くところがないので死ぬまで○○の家に居させてやってくれとBが言っていた旨を発言しているところである(乙一九の一・二)。Eの上記発言は、控訴人側の人間でさえ、Bの上記のような意思を明確に認識していたことを裏付けている。他方、被控訴人においては、上記のようなBの意向を拒否する理由は全くないと認められる。
そうすると、本件B申渡しのあった平成一六年ころには、Bと被控訴人との間で、黙示的に、被控訴人が死亡するまで本件建物を無償で使用させる旨の本件使用貸借契約が成立していたものと認めるのが相当である。したがって、被控訴人の上記主張は理由がある。
(2) これに対し、控訴人は、本件使用貸借契約の成立を否認し、その理由として、Bが、○○の家を被控訴人に遺贈したり、被控訴人への所有権移転登記手続もせず、本件建物の占有権原に係る契約書等の書面も何ら作成していないことを指摘する。
確かに、本件使用貸借契約を書面化することは行われていないものの、Bと被控訴人とが、内縁関係という極めて親密な関係にあったことからすると、あえて書面化までしないことは十分に考えられるところである。Eの上記発言にも表れているように、Bは上記(1)の意向を控訴人側に何回も伝えており、控訴人もBの意向を認識していたことから、Bが、控訴人との関係でも、被控訴人による死亡までの使用貸借の限りでは、あえて書面化まで必要であると考えていなかったとしても、格別不合理ではない。
また、Bが生前被控訴人に○○の家の登記名義を移転したり、これを遺贈しなかったことは、Bが控訴人にも一人娘として愛情を抱いていたため、被控訴人が死ぬまで本件建物をその住処とすることを承諾する反面、本件建物の所有権までは被控訴人に移転せず、いずれ被控訴人の死亡した段階で控訴人に本件建物の完全な所有権を取得させたいとの意向を有し、Bなりに控訴人と被控訴人との間の○○の家を巡る利害関係を調整した結果であるとみることができる。
したがって、控訴人が指摘する上記の事情が前記(1)の認定を左右するものではない。
(3) 控訴人の本件建物の明渡請求及び賃料相当損害金請求の当否
以上によると、被控訴人は本件建物について本件使用貸借契約に基づく占有権原を有するから、控訴人の被控訴人に対する本件建物の明渡請求及び賃料相当損害金請求は、いずれも理由がない。
三 争点3(本件払戻しに係る不法行為等の成否)について
(1) 「争いのない事実等」の(5)のとおり、被控訴人はB死亡の直前である平成二〇年七月二日から一四日にかけてBの預金口座から本件金員の払戻しをしたものであった。この点について、被控訴人は、Bは、平成一七年ころ、B名義の預金通帳、届出印鑑及びキャッシュカードをすべて被控訴人に交付し、そのころから入出金の管理を被控訴人に任せ、平成一八年ころから寝込むようになると、被控訴人に対し「金はお前にやるからわしがこの世にいなくなるまでに早くお前の銀行の口座に移せ。娘はわしの死ぬのを待っているからその時に泣いても遅いことくらい頭に入れておけよ。」と繰り返し言っていたが、Bがこんなに早く死亡するとは思ってもみなかったので、本件払戻し以前にはBの預金を被控訴人の口座に移すというようなことはしていなかった旨主張する。そして被控訴人は、原審での本人尋問や陳述書において、上記主張に沿う供述をしている。
本件払戻しは、Bが被控訴人に預けていた預金通帳、届出印鑑及びキャッシュカードに係る各口座からその預金の払戻しを受けたものであるが、上記主張、供述どおりの事実があったとすれば、Bは、本件払戻しに係る上記口座中の金員を被控訴人が払戻しを受け、取得することを承諾していたものと認めることができる。そこで、以下上記主張、供述の信用性を検討する。
(2) 被控訴人は、愛人、内縁の妻として四〇年以上もの長きにわたりBに尽くし、寝たきりになってもその世話をし続けながら、十分な経済的基盤を持っていない状態であったから、平成一八年ころに寝たきりの状態になり自らの死期が迫りつつあることを自覚したBが、自己の死後の被控訴人の生活を案じ、金銭的に何らかの配慮をしようとすることは、むしろ自然な心情と思われる。上記口座の本件払戻し前の平成二〇年六月末現在の残高は、合計一四六二万九一一〇円であるところ、本件B申渡しの際、Bは控訴人に対し、Bにもしものことがあったら被控訴人に一五〇〇万円を渡してほしいと申し渡していることにも照らすと、Bが、上記残高のある口座の金員を被控訴人が払戻しを受けて取得することを承諾していたことは十分に考えられるところである。控訴人の供述によれば、Bの遺産相続額は五〇〇〇万円台であったというのであり、上記口座の残高額は、被控訴人にその取得が認められたところで、控訴人の相続額との対比において格別均衡を失するほどに高額なものでもない。しかも、Bは、控訴人が被控訴人に対し、敵意、反感を抱いていることを十分に承知していたのであり、被控訴人の将来を案じたBが、上記主張、供述のような発言をすることは何ら不自然ではない。
以上によると、被控訴人の上記主張、供述の信用性は高いものということができ、これによれば、被控訴人は、本件払戻しを行い、その払戻金(本件金員)を取得する権限を有していたものと認められる。
(3) これに対し、控訴人は、Bが平成二〇年七月に入院先の病院で意識を回復し、自分のジャケットが病室にあるのに気付いて、まず話したのは、ポケットにある財布の中身であり、ほとんど金が入っていないことに深く落胆し、その後控訴人に対し通帳とキャッシュカードのありかを教え、これを○○の家から取ってくるよう話し続けたものであり、このような事実は、Bには、被控訴人に対し銀行預金を贈与する意思がなかったことを裏付ける旨主張する。そして、控訴人は、Bが控訴人に対して通帳とキャッシュカードのありかを教え、これを○○の家から取ってくるよう話し続けた証拠として、平成二〇年七月一五日に入院先の病室で話をするBを撮影した動画記録(甲二六の一)を提出する。
しかし、上記動画記録によっても、相当に具合が悪そうな状態にあるBが控訴人からの問いかけ等に対しカードか何か物の所在を告げようとしていることがうかがえるにとどまり、その記録から、控訴人主張のような事実までは認められないし、他に、その主張事実を裏付ける客観的証拠はない。また、仮に、その主張事実に符合するような外形的事実があったとしても、甲二六の一の動画撮影がされたのはB死亡の二日前の死期が迫り相当衰えた状態の時であるから、正常な判断力を備えた時期の言動と比較して重きを置くことはできず、このことが前記(1)の認定を直ちに左右するものではない。
したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。
(4) 控訴人の不法行為又は不当利得に基づく請求の当否
以上のとおり、被控訴人は、本件払戻しを行いその払戻金(本件金員)を取得する権限を有していたから、本件払戻しに関し被控訴人に不法行為や不当利得が成立するとは認められない。
よって、控訴人の不法行為及び不当利得に基づく請求は、いずれも理由がない。
第四結論
以上のとおり、控訴人の請求はいずれも理由がない。
よって、控訴人の原審以来の請求をいずれも棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却するとともに、当審における控訴人の追加請求も棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 西田隆裕)