大阪高等裁判所 平成22年(ネ)241号 判決 2010年6月29日
控訴人 甲野太郎
上記訴訟代理人弁護士 大川一夫
同 友弘克幸
同 佐伯良祐
被控訴人 プリマハム株式会社
上記代表者代表取締役 松井鉄也
上記訴訟代理人弁護士 高橋英一
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,573万8900円及びこれに対する平成14年9月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,被控訴人の子会社であるプリマフレッシュサプライ株式会社(以下「フレッシュサプライ社」という。)に出向中,被控訴人から懲戒解雇されたところ,控訴人が被控訴人に対し,上記懲戒解雇は無効であり,仮に有効であるとしても,控訴人に対する退職金不支給処分が権利の濫用により無効であるなどと主張して,退職金573万8900円及びこれに対する退職金の支払期日(退職の日から30日以内)の後である平成14年9月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
(2)原審は,控訴人の請求を棄却したので,控訴人が控訴した。
2 前提となる事実
(1)原判決の引用
次項のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の1項(原判決2頁14行目から同5頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)原判決の補正
ア原判決2頁14行目の「(1) 当事者」を「以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾の括弧内掲記の証拠により認められる。」と改め,改行して,「(1) 当事者」を付加する。
イ 同3頁5行目の「会社」を「被控訴人」と改める。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)原判決の引用
次項のとおり補正し,(3)項のとおり,「当審における主張」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2項(原判決5頁4行目から同14頁15行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)原判決の補正
原判決14頁15行目の「被告は,希望退職者を募集したにすぎず,」を削除する。
(3)当審における当事者の主張
ア 控訴人の主張
(ア)いじめ行為の存在について
控訴人主張のいじめ行為は,平成13年5月ころ,控訴人が所持していたモップが被控訴人従業員の行為によってバラバラにされてしまったという事実から明らかなように,控訴人の非定型精神病の症状である被害念慮によるものではなく,現に存在したものである。
(イ)控訴人が故意に本件懲戒解雇対象行為を行ったものではないことについて
控訴人の本訴における供述によれば,控訴人が商品を公園に持ち出した当時の認識は,「以前犬の糞を公園に埋めたらありんこが一杯来たから,駄目になった商品を公園に置いた」というものであり,全く了解不能な動機であること,労働者が合理的な動機なく,故意に使用者の商品を毀損することは考え難いことなどからすると,当時,控訴人は非定型精神病によって精神に異常を来していたことは明らかである。
(ウ)まとめ
以上のとおり,控訴人は,被控訴人従業員からいじめを受けて非定型精神病に罹患したにもかかわらず,被控訴人はこれに対する適切な措置を講じておらず,また本件懲戒解雇対象行為は,控訴人の非定型精神病の病状が進行したためにされたものであるが,被控訴人は控訴人が非定型精神病に罹患していることを認識していたから,懲戒解雇処分や退職金不支給処分をすることは社会通念上相当とは到底いえない。
イ 被控訴人の主張
(ア)いじめ行為の存在について
控訴人主張のいじめの存在は強く争う。
控訴人は,いじめられているのではなく,日頃から,自分から他人に対してつっかかっていき,同僚との間でいざこざを起こしていたため,同僚らから敬遠され,職場で誰にも相手にされなかったにすぎない。
(イ)控訴人が故意に本件懲戒解雇対象行為を行ったものではないことについて
控訴人は,懲戒解雇対象行為をした当時,全く意味不明の言動をしていたわけではなく,精神病のせいにするのは身勝手である。
第3 当裁判所の判断
1 判断の大要
当裁判所も,原審と同様に,①本件懲戒解雇が控訴人にとって過酷であり,社会通念上相当性を欠くということはできないから,有効である,②本件行為は,控訴人の勤続の功を抹消するに足りる著しく信義に反する行為であり,控訴人に対する退職金不支給は権利の濫用に当たらないと判断するものである。
2 原判決の引用
上記判断の理由は,次項のとおり補正し,4項のとおり,当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3(原判決14頁17行目から同27頁7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 原判決の補正
(1)原判決20頁4行目の「被告には何らの落ち度もないし」を「被控訴人には落ち度は認め難いし」に改める。
(2)同21頁15行目から同16行目の「被害念慮によるものと考えることができるのであって」を「被害念慮による可能性も否定できないのであって」と改める。
(3)同22頁5行目の「被告には何らの落ち度もない」を「被控訴人には落ち度は認め難い」に改める。
(4)同頁9行目の「しかし,」の次に,「前記1(2)認定のとおり,控訴人は,平成9年12月15日に終診となって以降,出向先のフレッシュサプライ社に通常どおりの形態で勤務しており,その後,フレッシュサプライ社や被控訴人に非定型精神病の再発を申告した形跡は窺えないから,」を加える。
(5)同頁12行目の「被告に何らかの落ち度があったということはできない」を「被控訴人に落ち度があったとは認め難い」と改める。
(6)同25頁3行目の「また,」の次に,「平成4年の控訴人の入院の際には,控訴人の妻である甲野花子が控訴人の異常な言動に気づいて控訴人を病院に連れて行ったものであるが,」を加える。
4 当審における控訴人の主張に対する判断
(1)いじめ行為の存在について
控訴人は,控訴人が所持していたモップがバラバラにされたことから,いじめ行為は存在した旨主張している。
しかしながら,仮にモップがバラバラになったことが事実であるとしても,被控訴人の従業員が故意にそのような行為に及んだことを認めるに足りる証拠がない以上,上記の点もいじめ行為の存在の根拠となるものではない。
そして,原判決を引用して詳細に判示したとおり,控訴人の非定型精神病の被害念慮による可能性を否定できるほどのいじめ行為の存在を窺わせる証拠はない。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
(2)控訴人が故意に本件懲戒解雇対象行為を行ったものではないことについて
控訴人は,控訴人本人尋問の内容から,控訴人は,当時,非定型精神病により精神に異常を来していた旨主張している。
しかしながら,控訴人は,被控訴人から懲戒解雇された後の平成17年7月ころに再び非定型精神病で入院し,その後も通院加療を受け,平成19年7月ころには,障害等級3級13号の認定を受けているのであるから,控訴人の本訴における,本件行為の動機についての供述内容が正確なものであるか疑問があるところである。
あるいは,控訴人は,原審で,当初から(訴状6頁3項参照),本件懲戒解雇の無効事由として,「非定型精神病の影響により正常な判断能力を喪失した状態で本件行為を行ったものであり,故意に本件行為を行ったものではない。」と主張していたことから,原審での控訴人本人尋問でも,同主張事実をことさらに強調するために,本件行為の動機について,理解不可能な内容の供述をした可能性も否定することができない。
したがって,控訴人の本人尋問における上記供述内容のみから,控訴人が本件行為当時,是非弁別の判断能力も欠いていたとまで即断できるものではない。
そして,前記2,3で原判決22頁24行目から25頁18行目までを補正の上引用して詳細に認定したとおり,控訴人は,本件行為当時,是非弁別の判断能力を有していたと認めるのが相当である。
5 結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は,その余の点(争点③ないし⑤)について判断するまでもなく理由がなく棄却を免れないから,これと同旨の原判決は相当である。
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 川谷道郎 裁判官 神山隆一)