大阪高等裁判所 平成22年(ネ)3123号 判決 2011年3月25日
控訴人・附帯被控訴人(被告)
Y株式会社(以下「控訴人」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
中川元
被控訴人・附帯控訴人(原告)
X(以下「被控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士
鎌田幸夫
同
谷真介
同
中村里香
主文
1 被控訴人の附帯控訴及び被控訴人の当審における請求の拡張に基づき,原判決主文第4項を次のように変更する。
控訴人は,被控訴人に対し,平成21年2月から本判決確定まで,毎月末日限り月額19万9293円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の控訴及び被控訴人のその余の附帯控訴をいずれも棄卸する。
3 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを4分し,その3を控訴人の負担とし,その1を被控訴人の負担とする。
4 この判決の第1項の後段部分は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴人の控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人の附帯控訴の趣旨
(1) 原判決を次の(2)以下のように変更する。
(2) 被控訴人が,控訴人との間で労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(3) (賃金請求)
ア 主位的請求
控訴人は,被控訴人に対し,平成21年2月から本判決確定まで,毎月末日限り月額25万8891円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 予備的請求
控訴人は,被控訴人に対し,平成21年2月から本判決確定まで,毎月末日限り月額19万9293円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は第1,2審とも控訴人の負担とする。
(5) (3),(4)について仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件の要旨及び訴訟の経過等(略称・略語は,特記しないがぎり原判決の用法に従う。)
(1) 要旨
本件は,従前控訴人に雇用されていて定年を迎えた被控訴人が,控訴人の継続雇用制度によって継続雇用されたと主張して,控訴人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,賃金請求として,主位的に,嘱託雇用契約終了後である平成21年2月以降毎月末日限り月額25万8891円及びこれらに対する支払期日の翌日以降の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,予備的に,月額19万9293円及び同様の遅延損害金の支払を求める事案である(ただし,賃金請求に係る遅延損害金請求は,当審において追加された請求である。)。
控訴人は,平成16年法律103号による改正後の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)に基づいて控訴人が制定した「高年齢者継続雇用規程」(継続雇用規程)の定める継続雇用の基準を被控訴人が満たさないから継続雇用をしなかったと主張して,被控訴人の請求を争った。
(2) 原判決の判断
原審裁判所は,被控訴人が継続雇用規程に定める再雇用の基準を満たすものの,同基準によると被控訴人の再雇用契約における月額給料は19万9293円であると認め,被控訴人の訴えのうち,労働契約上の地位にあることの確認を求める請求を認容し,賃金請求については,判決確定後の賃金支払を求める部分の訴えは却下し,判決確定までの主位的請求を棄却し,判決確定までの予備的請求を認容した。
(3) 控訴人の控訴及び被控訴人の附帯控訴
控訴人は原判決の敗訴部分を不服として控訴し,被控訴人も敗訴部分の取消しを求めて附帯控訴した。そして被控訴人は,賃金請求について遅延損害金の請求を追加した。しかし,被控訴人は判決確定後の賃金請求に係る訴えを却下された部分については不服を申し立てていないので,この部分は当審における審判の対象にはならない。
2 「前提となる事実関係」,「争点及び当事者の主張」は,次の(2)のアからオのように原判決について付加訂正し,後記3のように「当審における控訴人の補足主張」を,後記4のように「当審における被控訴人の補足主張」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2,3のとおりであるから,これを引用する。なお,念のために本件訴訟の争点を次の(1)に摘示することにする。
(1) 本件訴訟の争点
ア 争点(1)
控訴人の継続雇用規程に定められた本件選定基準は適法なものといえるか。
イ 争点(2)
控訴人と被控訴人との間で継続雇用契約が成立したか。
ウ 争点(3)
継続雇用契約が成立した場合の賃金額
(2) 原判決についての付加訂正
ア 原判決8頁15行目から18行目までを次のように改める。
「被控訴人は,控訴人に対し,以前から継続雇用を希望する旨を伝えていたが,控訴人は平成20年12月15日到達の同日付けの書面(通知書)で,被控訴人に対して,継続雇用規程に基づく雇用契約を締結しない旨を通知した。同書面には被控訴人についての「継続雇用対象者の査定票」52期分と53期分の2通が添付してあった。同査定票の体裁は,原判決別紙のとおりである。
査定日2007年(平成19年)10月11日と記載された52期分の査定票の内容は,次のとおりである。業務習熟度表に基づく評価では評価対象数は0で点数も0点である。社員実態調査票(なお,継続雇用規程4条では,これを「社員実態調査表」と表記しているが,<証拠省略>によれば,実務上は「社員実態調査票」と表記されているから,本判決では後者の表記をすることにする。)に基づく評価では,「知識技能」,「理解力・判断力」,「実行力」,「仕事の達成度」の各項目において各マイナス1であり,点数は各マイナス2点(合計マイナス8点),「規律維持」,「チームワーク」,「仕事意欲」の各項目において評価対象数は各マイナス2であり,点数は各マイナス4点(合計マイナス12点)である。賞罰実績で,就業規則72条①の1回につきマイナス2点とされている。点数の合計はマイナス22点である。
査定日2008年(平成20年)11月13日と記載された53期分の査定票の内容は次のとおりである。業務習熟度表に基づく評価では評価対象数は0で点数も0点である。社員実態調査票に基づく評価では,「チームワーク」,「仕事意欲」,「仕事の達成度」の各項目において評価対象数は各マイナス2であり,点数は各マイナス4点(合計マイナス12点)であるが,「安全への貢献」,「業務改善」の各項目において評価対象数は各2であり,点数は各4点(合計8点)であり,「仕事の質」の項目において評価対象が1であり点数は2点である。賞罰実績で,就業規則72条①の1回につきマイナス2点とされている。点数の合計はマイナス4点である(<証拠省略>,被控訴人本人)。」
イ 原判決8頁18行目の次に改行して次のように加える。
「(8) 全日本金属情報機器労働組合大阪地方本部及び同労働組合Y社支部は,連名の文書をもって,控訴人に対して被控訴人の継続雇用を求めるとともに,査定期間や複数年度分の査定をするのかを質問し,併せて査定帳票や被控訴人に対する控訴人内部での指導状況を明らかにする記録等の開示を求めた(<証拠省略>)。
上記質問に対し,控訴人は,査定帳票のうち業務習熟度表は4月1日から翌年3月31日までの期間の査定であり,社員実態調査は10月1日から翌年9月30日までの期間の査定であること,雇用継続の可否は複数年の評価で決すること,控訴人の例では平成19年度,平成20年度のものを用いたこと等を回答した(<証拠省略>)。しかし,平成19年度の査定に用いた社員実態調査票は「2006年社員実態調査票」との表題の文書(<証拠省略>)であり,平成20年度の査定に用いた社員実態調査票は「2007年社員実態調査票」という表題の文書(<証拠省略>)である。前者の社員実態調査票は平成17年10月1日から平成18年9月30日までの期間の査定結果を示したものであり,後者の社員実態調査票は平成18年10月1日から平成19年9月30日までの期間の査定結果を示したものであった。」
ウ 原判決17頁10行目を次のように改める。
「(2) 控訴人と被控訴人との間で継続雇用契約が成立したか。」
エ 原判決21頁2・3行目の「平成20年社員に実態調査票」を「平成20年社員実態調査票」に改める。
オ 原判決28頁20行目の「資格補取得」を「資格を取得」に改める。
3 当審における控訴人の主張
(1) 継続雇用の申込みの意思表示について
控訴人が継続雇用対象者に係る具体的な選定基準及び再雇用された場合の一般的な労働条件を定めたからといって,控訴人が労働者に対して定年後の再雇用契約締結の申込みの意思表示をしたことにはならない。
控訴人の「高年齢者継続雇用規程」(<証拠省略>。継続雇用規程)には,「会社は,継続雇用を希望する高年齢者のうちから選考して高年齢者を採用する(同規程3条)。」との定めがある。控訴人は,同規程に基づいて,会社が継続雇用対象者の希望を確認し,その在職中の業務実態,業務能力を査定し,その結果採否を決め,これを通知するのである。継続雇用規程の定めと実際の運用に照らすと,継続雇用対象者の希望表明が再雇用契約の申込みであり,控訴人のする査定の結果通知が承諾,不承諾に当たる。
(2) 「人事考課は,使用者が企業経営のための効率的な価値配分を目指して行うものであるから,基本的には使用者の総合的裁量判断が尊重されるべきであり,それが社会通念上著しく不合理である場合に限り,労働契約上与えられた評価権限を逸脱したものとして無効となるというべきである(東京地裁平成16年2月23日判決・労働判例870号93頁)。」とするのが,人事評価と使用者の裁量権に関しての多くの裁判例の判断である。
(3) 高年法の継続雇用制度には,再雇用制度と勤務延長制度が予定されており,しかも,各企業の実情に応じて労使間の協議により,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め,当該基準に基づく制度を導入したときは継続雇用制度を導入したものとみなすとしている。すなわち,導入すべき継続雇用制度は,各企業の労使に委ねられているのであり,希望者全員を再雇用することを前提とした制度設計にはなっていない。選考基準の具体的内容についても高年法はあえて触れておらず,この点も労使の判断に委ねているのである。たとえば赤字企業においては自ずから再雇用の基準が厳しくなるであろうし,高齢者の技術,経験を生かしたいと考える経営者は,その点の査定を厳しくするが,それを満たすなら大いに再雇用するであろう。それ以外の基準についても各企業がまちまちであることは容易に想像できるところである。したがって,基準そのものが適法であり,査定の方法が公正である限り,査定の結果に不服があるものは,自己がその基準に達していることを証明すべきである。
(4) 基準の当てはめについて
ア 被控訴人の能力等
被控訴人は,一人で作業の計画を立てて行うことはできず,作業に工夫が足りなかった。また作業の速度は他の従業員に比べてあまりにも遅く仕事の量は劣っていた。被控訴人は継続雇用の基準を満たす能力はなく,その点はB課長の人事評価にも反映されていた。
イ 被控訴人の法廷における供述に虚偽のあることについて
被控訴人は,原審の本人尋問において,控訴人が組合潰しのために非組合員を優遇する,被控訴人に対する処遇として机を与えず地下で仕事をさせた,就業規則の変更について告知を受けていないなど虚偽の供述をし,そのほか被控訴人に与えられた業務の内容等についても虚偽の陳述を繰り返した。このような点は,被控訴人が継続雇用の対象としてふさわしくないことを裏付けるものである。
(5) 賞罰実績について
ア 控訴人は,継続雇用制度の運用開始に当たり,全従業員に対し,保有資格と表彰実績の調査を行ったが,その際,指定期限までに表彰状等のコピーを提出したものについて,実績を認定するというルールを定めた。ところが被控訴人は,本訴訟に至るまで,表彰実績があるということを指摘し,主張することはなかった。控訴人には40年以上も前の紙の資料は残っていないから,そのような実績については従業員側からの提出がない限り,認められないとの上記ルールは合理的である。提出期限を遵守せず,自分の都合で提出,不提出を判断する被控訴人のルール軽視の態度こそ問題である。
イ (証拠省略)の始末書は,被控訴人に対する懲戒処分(譴責処分)の一内容として提出させたものである。控訴人の就業規則には,「懲戒は譴責,減給,出勤停止,降職,降格,諭旨解雇及び懲戒解雇の6種類とし,始末書を取ることがある。」との規定がある(72条)。始末書は,控訴人の譴責処分に対する被控訴人の反省の意思を記録に残すという趣旨で提出させたものであった。また,被控訴人は,最近において,高額な計測器を焼損させたこと,会社の業務指示を無視して出張業務を完遂せず減給処分を受けたことがあった。これらについては裁判所や府労委におけるやりとりで,今回の査定には反映させなかったが,これらは本来懲戒処分に加えるべきものである。
4 当審における被控訴人の補足主張
(1) 再雇用の成立について
高年法の成立前でも「特段の欠格事由のない限り再雇用するとの労使慣行が成立している場合」については定年に達する労働者に対して「特段の欠格事由のない限り再雇用する旨あらかじめ黙示の意思表示」をしたものとするのが判例であった(最高裁判所昭和51年3月8日第二小法廷判決・労働判例245号24頁)。この事例は,上記労使慣行の存在を前提とするものであるが,高年法の継続雇用制度において,同法9条で65歳までの雇用確保が義務化されたことからして,事業主が,高年法の継続雇用制度を導入し,就業規則の継続雇用規程において,選定基準,期間,賃金など労働条件を周知した場合は,継続雇用の基準を満たす者に対する再雇用の申込みがあったもの(あらかじめ一般的に黙示の意思表示をしたもの)として,再雇用希望を希望する者の申出(承諾)があれば再雇用契約は成立すると解すべきである。労働法の各学説も同解釈を裏付けるものである。
控訴人の継続雇用規程の査定基準は明らかにされており,それぞれの査定帳票の査定期間経過後,査定は完了し,労働者の再雇用の希望に対し,改めて査定し採用するか否かを判断することは予定されていない。労働者の再雇用の希望が申込みで査定結果の通知がこれに対する承諾であるとの控訴人の主張は誤りである。
(2) 被控訴人の継続雇用規程の選定基準は,選定基準を満たせば再雇用するというものであるが,一般的な人事考課については使用者の広範な権限,裁量があることを前提としても,再雇用拒否という労働者に大きな不利益をもたらす人事考課については,使用者が自己のした人事考課権限の行使が正当であったと主張するに際しては,使用者に人事考課の根拠事実と当てはめについて具体的な論証をする義務がある。
(3) 昇進,昇格,賞与の算定などの人事考課に関しては使用者に一定の裁量権があり,人件費総額やポストに制限がある以上,相対評価もやむを得ない点がある。しかし,継続雇用制度の選定基準に関わる人事考課は,継続雇用がされないという意味において,実質的な雇用終了をもたらすものである。そのような場合,人事考課についての使用者の裁量権は制限され,個々の評価の妥当性について,使用者は雇用の終了を正当化し得る程度の立証をしなければならない。
(4) 賞罰実績について
ア 控訴人は,昭和47年の工場長からの表彰状について,控訴人が指定した期限までに提出しなかったから,これを表彰実績とすることはできない旨主張する。表彰実績は労働者の雇用期間中の業務実態を推し量る客観的な事情としての意味を有するものであるとすると,表彰状の提出が遅れたとしても,労働者の雇用期間中の評価されるべき業務実態という客観事情が存在することに変わりはない。また継続雇用規程中には,表彰状の提出に関する規程はないから継続雇用の基準に達しているか否かを判断する際には,客観的に表彰を受けた事実があるか否かによって判断すべきである。
イ 懲戒実績について
控訴人は,始末書(<証拠省略>)の存在を根拠に譴責処分があったと主張する。しかし,就業規則72条には懲戒処分の際には「始末書をとることがある」との記載があるだけで,懲戒処分があっても必ずしも始末書をとることにはなっていない。始末書が存在する事実から懲戒処分がされたのか否かは明らかにならない。被控訴人に対して譴責処分がされたのであれば,その通知書等の書証が存するはずであるが,控訴人はこれを提出しない。
(5) 査定について
本件のような継続雇用の基準に関わる査定のあり方は,通常の人事考課とは異なる。高年法の雇用確保措置は「本人が希望する限り,継続して意欲と能力に応じて働き続けることを可能とする環境を整備すること」(通達)であって,事業主の求める労働者の意欲と能力が認められる限り継続雇用の対象とすべきであり,したがって基準としての評価は絶対評価によるべきである。特に,継続雇用の拒否という,実質的に雇用関係の終了の場面においては,相対的な評価基準を用いることには慎重であるべきであり,使用者の裁量は制限される。査定は,「継続雇用をすることについての客観的支障」の有無という絶対評価であるべきであり,マイナス点であるD評価をするには,「継続雇用をすることについての客観的支障」に当たる事実を使用者が立証しなければならない。
ア 被控訴人の社員実態調査票について,原判決が「チームワーク」の「1.自主的・積極的に上司に協力し,補佐したか」について控訴人がDと査定したのは明らかに不合理であるとしてC評価と認定したこと,「仕事の達成度」の「1.こなした仕事の量・質は十分だったか」について控訴人がDと査定したのは明らかに不合理であるとしてC評価と認定したことはいずれも適切な認定である。
イ 原判決は,平成20年社員実態調査の3項目について被控訴人につきDと査定としたことを相当としたが,これは事実に反する。
(ア) 控訴人は,評価項目の「チームワーク」の「3.『会社や課としての業績』を念頭に置き,業務向上のために努めたか」について,また評価項目の「仕事意欲」における「1.会社・課の全体の成果を意識して積極的に業務を推進したか」について,被控訴人がD評価に当たると査定した。そして原判決は,工程を短縮しなければならないようなときであっても,被控訴人が「積極的に自らの作業工程を短縮することを提案したり,後工程の担当者と連絡を取り合って対策を話し合ったことはない。」と認定し,控訴人の査定を相当とした。しかし,被控訴人は作業工程に遅れが発生した場合は,B課長と相談し,自分の手持ち仕事で調整をするなどしていた。被控訴人は,B課長やC課長からチームワークに問題があったとか,工程の遅れなどが生じたことにつき被控訴人の仕事に問題があるなどの指摘を受けたことはない。仮に,作業工程の短縮等に被控訴人が積極的な提案などをしなかったとしても,注意指導がない以上継続雇用をしないことに結びつくD評価とするのは不当であり,少なくともC評価と認定すべきものである。また,「積極的に自らの作業工程を短縮することを提案したり,後工程の担当者と連絡を取り合って対策を話し合ったことはない。」事実を上記2項目でD評価にすることは同一事実を二重に評価することになり不当である。
(イ) 控訴人が被控訴人の「仕事の達成度」に関する評価で「3.決められた時間・期間内に仕事を完遂したか」についてDと査定したのも不当である。被控訴人は,的確に仕事をこなしており,納期遅れが発生したことも,B課長から仕事が遅いと注意されたこともなかった。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(控訴人の継続雇用規程に定められた本件選定基準は適法なものといえるか。)について
当裁判所も,継続雇用規程及び本件選定基準は違法無効とはいえず適法なものと判断する。その理由は,次の(1)及び(2)のように訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1の説示のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決37頁17行目(65頁右段6行目)の「棄権が4票」の次に「,白紙が1票」を加える。
(2) 原判決38頁15行目(65頁右段37行目)の「従業員代表」を「高年法9条2項にいう『労働者の過半数を代表する者』」に改める。
2 争点(2)(控訴人と被控訴人との間で継続雇用契約が成立したか。)について
(1) 契約成立の判断について
ア 被控訴人は,事業主が高年法9条1項2号及び同条2項に則した継続雇用制度を設けた場合において,当該事業主が,同制度について定める就業規則に雇用対象者に係る具体的な選定基準及び継続雇用された場合の一般的な労働条件を定め,当該就業規則を周知したときには,当該事業主は,その周知の時点において,雇用する労働者に対し,当該就業規則に定められた条件での定年後の継続雇用契約締結の申込みをしたことになると主張する。
高年法の継続雇用制度は,「現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度(高年法9条1項2号)」であり,希望者全員を継続的に雇用することが望ましいものの直ちにすべての企業にそれを求めるのは困難であることから,同法9条2項は,事業主と労働者の過半数代表との書面協定によって「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め,当該基準に基づく制度を導入したときは,前項第二号に掲げる措置を講じたものとみなす」と定めている。すなわち,高年法は,労働者の過半数の代表者との書面協定によって継続雇用の対象とする労働者を事業主が選別することを許容したものと解される。
このような労使間で協定された一定の基準で選別することを前提として,控訴人の継続雇用規程(<証拠省略>)3条には,「会社は,継続雇用を希望する高年齢者のうちから選考して高年齢者を採用する。」と定められている。控訴人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,同規程に基づき,会社(控訴人)が継続雇用対象者の希望を確認した上で,在職中の業務実態,業務能力の査定結果に基づいて採否を決め,これを通知する,との運用をしていることが認められる。このような控訴人の継続雇用規程の定めと実際の運用に照らすと,継続雇用対象者の希望が継続雇用契約の申込みであり,査定の結果通知が承諾,不承諾に当たると解するのが相当である。
イ また,以上のように考えないと,次のような不都合が生じ得る。労働者において継続雇用の基準は満たすが,労働条件等についてはさらに交渉,合意を求めたい事情があることは,労働者側にも事業主側にも考えられる。例えば,控訴人でいえば,希望すれば週40時間の労働が可能な高年齢者であっても,30時間の労働しか望まない場合や,逆に基準によれば週30時間の労働条件しか得られないが,控訴人側のその時の都合で40時間の労働を求める場合などである。このように,労働者の継続雇用の希望を聞き,さらに交渉が行われる事態を考えると,継続雇用対象者に係る具体的な選定基準及び継続雇用された場合の一般的な労働条件を定め当該就業規則を周知する行為は,申込みの誘引と解すべきであって,同行為をもって申込みがあったものと解するのは相当ではない。
もっとも,このように解したからといって,労働者から継続雇用の申込みがあった場合に事業主である控訴人において自由に採否を決められるものではなく,当該労働者が選定基準を満たす場合は,控訴人には継続雇用を承諾する義務が課せられていると解すべきである。そこで,これに反して被控訴人が不承諾とした場合には,解雇法理(解雇権濫用法理)を類推適用して,不承諾は使用者の権利濫用に当たり,不承諾を当該労働者に主張することができない結果継続雇用契約が成立したと扱われるべきものと解するのが相当である。
本件で被控訴人が継続雇用を希望し,これに対し控訴人が不採用を通知したことは前記「前提となる事実関係」に記載のとおりである。したがって,本件では,継続雇用規程に定める基準を満たさないとした控訴人の判断の是非を検討する必要があることになる。そして,選定基準を定めたのは控訴人であること,選定基準に係る査定帳票がいずれも控訴人の作成保管するものであること,選定基準の内容は人事評価に係ることであり,もっぱら控訴人側が把握している事実であることにかんがみると,控訴人において被控訴人が選定基準を満たさないことを主張,立証する必要があるものと解すべきである。
(2) 本件選定基準の適用に当たって用いるべき査定帳票について
ア 本件選定基準は,控訴人が,労働者の在職中の業務実態及び業務能力について,4種類の査定帳票に記載された内容に即して査定し,継続雇用対象者の査定票に定められた方法で点数化し,継続雇用の可否及び継続雇用した者の労働条件を決定するものと定めている(継続雇用規程4条)。
控訴人は,継続雇用については複数年度で査定するものとし,被控訴人の社員実態調査票に関しては,<証拠省略>(平成18年社員実態調査票)と<証拠省略>(平成19年社員実態調査票)を用いて査定し,その結果,継続雇用対象者の査定表に定められた方法によれば,直近2年はマイナス22点とマイナス4点であったと主張する。
イ 継続雇用をするか否かを選別,判断する資料として,複数年度の人事考課等の査定資料を用いることには,それなりの合理性があり,そのこと自体が不当であるということはできない。
しかし,控訴人の継続雇用規程の本件選定基準においては,継続雇用対象者につき複数年度の査定帳票を用いるとの内容は全く記載されていない。したがって,複数年度とした場合でも何年分を用いるのか,複数年度を用いた場合に点数は平均するのか,最も高い評価点数を採用するのかといった採点方法も不明ということになる。そして,そのような基準の運用方法は,本件では控訴人の労働者に明らかにされていなかったのであり,継続雇用規程から読み取れないような選定基準の運用は許されないというべきである。そうすると,継続雇用の可否の判断の基礎となる本件選定基準(継続雇用規程4条2項)にいう「査定帳票」は,継続雇用規程の解釈上直近の単年度の査定帳票によるべきものと解するのが相当である。
そこで,以下本件で問題となる査定帳票について検討する。
ウ 業務習熟度表について
証拠(<証拠・人証省略>,控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
控訴人においては,平成15年に品質マネージメントシステムであるISO9001を導入した際に,人的資源の適正管理の目的で,業務習熟度表を作成することとした。控訴人の各課長は,毎年3月に所属の従業員の現状の力量の評価結果及び今後1年間で到達すべき目標の力量をA(他人に業務を指導できる),B(自分1人で業務を遂行できる),C(指導がなければ業務を遂行できない)及びB+とB-を加えた5段階で評価して記載し,翌年3月に,目標の達成状況を実績として記載して,業務習熟度表を作成した。平成15年以来の実施の結果,評価結果はおおむねB評価(中間)を中心とした正規分布となっていた。被控訴人が総務課資材グループに配置転換となった平成17年4月以降は,B課長が被控訴人に対して業務指示を行う立場となり,被控訴人についての力量評価を記載していた。
エ 社員実態調査票
引用に係る原判決の「前提となる事実関係」及び証拠(<証拠省略>,控訴人代表者)によれば,以下の事実が認められる。(認定に用いた主要な証拠等は各認定事実の末尾に再掲する。ただし,前記「前提となる事実関係」記載の事実及び争いのない事実については特に記載しない。)。
(ア) 控訴人は平成10年から社員実態調査の制度を導入した。社員実態調査は,①経営実態に関する従業員の理解度を把握する,②従業員各人の会社での位置付けを会社と従業員で共通認識化する,③従業員各人の過去の業務・成果を振り返り,今後の方向性を模索する,④会社の現況打破,再生に向けての従業員の意見を抽出する,⑤従業員の今後の適正配置,能力開発等の基礎資料を収集することを目的とし,毎年10月1日から翌年9月30日までを評価期間として行われ,現在に至っている(<証拠省略>)。
(イ) 社員実態調査票には,評価要素として「組織の一員としての業績」,「担当者としての力量」,「職務担当者としての業績」が設定されており,さらに「組織の一員としての業績」の評価要素についての評価項目として「規律維持」,「チームワーク」,「仕事意欲」が設定され,「担当者としての力量」の評価要素についての評価項目として「知識技能」,「理解力・判断力」,「実行力」が設定され,「職務担当者としての業績」の評価要素についての評価項目として「仕事の達成度」,「仕事の質」,「業務改善」,「安全への貢献」が設定されており,各評価項目ごとに複数の評価内容が定められ,評価内容ごとにA(十分である),B(向上が認められる),C(普通),D(不十分),E(評価に価しない)の評価を行った結果を記載するものとされている(<証拠省略>)。
(ウ) 各従業員は,毎年8月ころ社員実態調査票の自己評価欄に,自己評価として上記A~Eの評価を記載し,その後に直属の上司が上記A~Eの評価を記載する。その後,従業員との面接を実施し,労働者本人に対して評価の内容について説明し,これを受け,社員実態調査票に同労働者が確認印を押す。面接終了後,工場長(控訴人代表者)は,「社員実態調査評価票」と題する評価用紙に最終的な評価を記載するとともに,昇格,賃上げ,賞与の査定を行う(<証拠省略>)。
(エ) 上司評価を行う控訴人の課長らは,ISO9001の品質マニュアルの習得に努めているものの,社員実態調査票の評価基準や評価の具体的方法についての社内基準等があるわけではなく,各課長は,自らの経験等をもとに平均的な者をCとするなどして上司評価を行っていた。もっとも,全従業員の社員実態調査票の評価結果の分布は,Cを中心として正規分布に近いものとなっており,全体としてみれば偏りのない相対評価に近い評価結果となっていた(<証拠・人証省略>,控訴人代表者)。
オ 本件で用いるべき業務習熟度表,社員実態調査票
前記判示のとおり,本件選定基準に照らすと,継続雇用対象者の査定帳票は,継続雇用の可否の判断に最も近接した時点で作成されたものを用いることになるから,業務習熟度表も,平成19年4月から平成20年3月までの期間の表(<証拠省略>)を用いることになる。
被控訴人についての社員実態調査票で,継続雇用契約の申込みに最も近接する時期に作成されたものは,平成19年10月1日から平成20年9月30日までを評価期間とする平成20年社員実態調査票(<証拠省略>)である。
証拠(<証拠・人証省略>,被控訴人本人,控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば,①平成20年社員実態調査票については,同年11月12日に被控訴人が自己評価欄を記載して提出し,同月18日ころにはB課長が上司評価欄の記載をしたこと,②同月26日に控訴人代表者,工場次長及びB課長による被控訴人面談が実施された際には,平成20年社員実態調査票における上司評価の内容が原告に対して説明されるとともに,平成11年から平成20年までの10年分の評価が記載された一覧表も被控訴人に交付されたこと,③控訴人代表者は,上記の面接の際に,平成20年社員実態調査票の上司評価の結果をもとに「去年より10点加点になっている」,「総合点としてはマイナス点」などと述べた上,被控訴人については「雇用がおしまいになることが決定」などと述べ,継続雇用しない予定である旨を伝えたことが認められる。
以上の事実と前記認定の社員実態調査票の作成プロセスを総合すると,遅くとも,同年11月26日に行われた被控訴人と控訴人代表者等との面接の時点においては,被控訴人に関する平成20年社員実態調査票における上司評価はすでに控訴人においては確定していたと認めるのが相当である。そうすると,前記判示の原則どおり,継続雇用対象者の査定に当たって用いるべき社員実態調査票は平成20年のものであり,同調査票における上司評価が問題にされるべきである。
控訴人は,上記の面接の時点においては,平成20年社員実態調査票における上司評価は確定していなかったと主張するが,前記認定の事実に照らし,採用することはできない。
カ 被控訴人の業務習熟度表,社員実態調査票の記載内容
(ア) 平成19年4月から平成20年3月までの期間の業務習熟度表(<証拠省略>)によれば,被控訴人の各業務についての実績評価はC又はBであり,継続雇用対象者の査定表に当てはめると加点事由がない(0点)ことになる。
(イ) 平成20年社員実態調査票の上司評価によると,「チームワーク」,で二つの内容につきD評価,「仕事意欲」でひとつの内容につきD評価,「仕事の達成度」で二つの内容につきD評価,「実行力」でひとつの内容につきB評価,「安全への貢献」で二つの内容につきB評価である。継続雇用対象者の査定表に当てはめるとDはマイナス2点,Bはプラス2点であるから,全体ではマイナス4点になる。
(ウ) 被控訴人は,業務習熟度表の査定に関して,平成20年の8月当時の実績として「製品組立」と「圧着端子」の2項目でB+となっていること(<証拠省略>)から,平成19年4月から平成20年3月までの期間の業務習熟度表(<証拠省略>)の実績においても両項目はB+と査定されるべきであると主張する。B+は1点であり,継続雇用対象者の査定表においては業務習熟度表の点数は5倍されるから,被控訴人の主張によると,業務習熟度表による査定点は10点になる。
また,被控訴人は,平成20年社員実態調査票の各項目の評価において,いずれもDと評価された項目につき,Cと評価すべきであったと主張する。これによれば,同社員実態調査票の上司評価を継続雇用対象者の査定表に従って点数を計算すると6点になる。
被控訴人は,以上のとおり主張して,被控訴人は,継続雇用規程4条5項①の総点数10点以上の高年齢者に該当するから,週40時間以内の労働時間で雇用契約が成立すると主張する。
キ 以下,前記の各査定帳票に記載された査定内容が適切なものであったか否かについて検討する。
(ア) 被控訴人の作業能力,作業効率等について
前記「前提となる事実関係」及び証拠(<証拠・人証省略>,控訴人代表者)によれば,以下の事実が認められる。
被控訴人は,昭和41年に控訴人に入社し,まず製造組立係に配属され,昭和45年に本社工場研究係で製品開発業務を担当し,昭和47年に設計業務,試験業務を担当した。被控訴人は,平成7年からは製造課で製造業務を担当するようになり,平成17年から総務課資材グループに配置転換され,製造業務を担当した。
被控訴人が製造課で製造を担当していた当時,被控訴人の成果物には過誤が多く,平成15年5月から平成16年9月までの間には15回にわたって不備の指摘を受け,訂正を求められた。被控訴人は平成17年6月から資材課でB課長の下で資材グループの仕事を始めたが,外注用の部品集めの仕事があまりに遅く製造課から被控訴人が仕事をすることを断られ,以後同種の仕事を与えられなくなった。資材課では課長が製造工程表を作成し,これに従って従業員は仕事を進めていた。外注部材の納品が遅れるなどして,製造が遅れることはあったが,B課長は,被控訴人については,作業能力,作業効率が悪いため遅延することがあると判断しており,被控訴人に作業効率を上げるよう指示はしたが向上しなかった。また,B課長が,被控訴人に残業を求めても,被控訴人は拒否することがあった。被控訴人は仕事に遅れが出たりした場合も積極的に工程を縮めようとする努力はせず,B課長からそのように要望されても応じることはほとんどなかった。平成17年当時,被控訴人に任せられる仕事は少なくなっていた。
以上の認定に関し,被控訴人は,被控訴人の仕事は正確で遅くはなかったこと,工程の遅れなどが生じた場合も,それは外注部品の納品遅れ等によるものであって,被控訴人の責任で生じたものではなかったことを主張し,被控訴人本人尋問の結果中やその陳述書中には同旨の部分がある。
社員実態調査票の査定内容は1年にわたる評価の結果である。いくつかの工程の遅れが被控訴人の責任ではないといえることがあったとしても,被控訴人の作業の質,作業効率が悪いという被控訴人の上司の年間を通じての判断が直ちに不当ということにはならない。後記認定のとおり,被控訴人の評価は過去10年間通じて決して高いものではなく,それが複数の評価者の評価の結果であることからすると,控訴人の社員実態調査票の記載内容はおおむね正確で相当なものと判断することができる。また,被控訴人は,仕事の質や効率に関して,上司から注意を受けたことはなかったとも主張し供述するのであるが,控訴人代表者尋問の結果,A証言によると,被控訴人に対し日常の指導はしていたものの,その効果が上がっていなかったことがうかがわれ,被控訴人本人尋問の結果は採用することができない。
(イ) 過去の業務習熟度表,社員実態調査票に表れた査定内容
被控訴人の業務習熟度表,社員実態調査票の査定内容を過去の年度においてみると,次のとおりである。
平成17年4月1日から平成18年3月31日までの業務習熟度表(<証拠省略>)では,被控訴人の評価は,製造に関し,「製品組立」,「鉄心ニス処理」,「圧着端子」については現状,目標,実績はB評価であるが,その他の業務関係5項目は目標も実績もC評価である。
平成18年4月1日から平成19年3月31日までの業務習熟度表(<証拠省略>)では,被控訴人の評価は,製造に関し,「製品組立」,「鉄心ニス処理」,「圧着端子」については前同様であり,その他の業務関係6項目は「防錆処理」の目標がB評価となっていることを除くと,現状,目標,実績はC評価である。
平成19年4月1日から平成20年3月31日までの業務習熟度表(<証拠省略>)を再掲すると,被控訴人の評価は,製造に関し,「製品組立」,「圧着端子」については前同様であり,その他の業務関係6項目も前同様である。
次に,社員実態調査票は前記のとおり,「チームワーク」,「達成度」等10の評価項目につきそれぞれ3から5の評価内容があり,AからEまでの評価をすべき対象は43に及ぶ。被控訴人は,平成11年はD評価が14でその余はC評価であった(以下,C評価の数は省略する。)。平成12年はD評価が4,平成13年はD評価が3,E評価が1,平戒14年はE評価が3,平成15年はD評価が8,E評価が3,平成16年D評価が8,平成17年はD評価が14,平成18年はD評価が10,平成19年にはB評価も7あったが,D評価も8であった。平成20年社員実態調査票の査定内容は前記のとおりであるが,再掲すると,B評価3,D評価5である(<証拠省略>)。
以上の各評価の評価者が複数であることは前記のとおりであり,年度も複数にわたるから,多くの控訴人の管理職が被控訴人の査定に関わったものということができる。すなわち複数の評価によっても,退職前の10年間において,被控訴人が優秀であると評価されたことはなく,むしろ標準に達しない労働者と評価されていたものと認めるのが相当である。
被控訴人は,業務習熟度表,社員実態調査票等の評価項目が主観的であり,かつ,評価者においても明瞭な基準を持たずに運用しており,客観性を欠き,評価を受ける労働者にとって予見の困難なものとなっている旨主張する。しかし,評価の対象は「仕事意欲」,「仕事の質」といった定量的な観察・評価が困難で,本質的に評価者の主観も含めた総合的な判断によらざるを得ないものであり,かつ,そのような評価項目を掲げることは組織として許容されるべきものであるから,厳密な客観性までは期し難いものとしてもやむを得ないものというべきである。証拠(<証拠・人証省略>)によると,控訴人ではISOに基づく適正な人事管理のための評価をすることを目指しており,管理職にもそれを身に付けさせようとしていることが認められる。そして,前記認定のとおり,業務習熟度表も社員実態調査票も評価結果は中間を最大とする正規分布となっている。このことは,これらの評価においては全体として妥当な相対評価がされていることを裏付けるものである。
もっとも被控訴人は,継続雇用の有無という重大な判断をする査定は絶対評価であるべきであるとも主張する。しかし,控訴人は適正な組織運営を図るために常時全従業員の査定を行っているものであり,継続雇用対象者の査定も控訴人が継続して一定の者を雇用するためのものであるから,そのために相対評価の要素を持つ査定を使用することはやむを得ないところである上,控訴人においては,労使間協定で査定帳票を使用して選別を行う旨の継続雇用規程を導入することが合意されたのであるから,この査定帳票を使用して選別を行うことに違法はなく,結局,被控訴人の主張は採用することができない。
以上のとおり,控訴人が継続雇用対象者の査定に当たって用いる業務習熟度表,社員実態調査票等の評価の項目,内容は不適切なものではなく,評価者においても恣意の混入しない評価がされていると認められるから,業務習熟度表,社員実態調査票に記載された査定内容は相当なものと認めることができる。
(ウ) そうすると,控訴人が被控訴人に対してした査定結果は,査定帳票中の業務習熟度表,社員実態調査票によれば,マイナス4点である。
ク 控訴人はそのほか賞罰実績表に基づくものとして,譴責処分のマイナス2点がある旨を主張する。そこで次にこの点を検討する。
(ア) 譴責処分の有無
控訴人は,被控訴人には平成16年に譴責処分を受けた履歴があり,これを本件選定基準の「継続雇用対象者の査定表」のとおり考慮したと主張する。
証拠(<証拠省略>,被控訴人本人)によれば,被控訴人は,平成16年9月3日付けで,前年に出張した時の出張報告書が未提出であったことに関する始末書を控訴人あてに提出したことが認められる。
控訴人の就業規則(<証拠省略>)72条によると,始末書の提出は懲戒処分そのものではなく,事情に応じて提出を求めるとされているものと認められる。一般に,会社組織における始末書は,従業員がミスをした際に,経過を記載しそのミスを反省している旨を記載させて提出させるもので,使用者の行う懲戒処分とは性格が異なる上,懲戒処分に至らない場合にも多く用いられるものである。しかるに,本件では,懲戒処分に伴うことなく始末書の提出だけを求めることはないとの立証もされていない。またそもそも,控訴人において被控訴人を譴責処分にしたことがあるというのであれば,その事実は人事管理上重要なものであるから,その事実を直接的に立証することは容易なはずであるが,控訴人はそのような証拠を提出しない。
よって,被控訴人が始末書を提出したからといって,この時譴責処分があったものと推認することはできない。そして,控訴人の主張する譴責処分以外に,被控訴人が処分履歴として残る形で控訴人から懲戒処分を受けた事実は,本件証拠上認めることができない。
(イ) 次に,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,昭和47年に事業場長である工場長から業務に貢献しているとして表彰された事実が認められる。
控訴人は,継続雇用制度の運用開始に当たり,従業員に対し表彰実績の調査をしたが,その際に定められた提出期限までに控訴人が表彰状等のコピーを提出しなかったとして,工場長表彰の事実を賞罰実績に加えることができない旨を主張する。
表彰実績は労働者の雇用期間中の企業に対し貢献のあったことを直接に推認させるものである。そして,継続雇用規程においても,表彰実績があるという事実を重要なものとして考慮するという方針がとられているものと認められ,かつ,継続雇用規程中に表彰状の提出,表彰実績を労働者に証明を求める旨の規程は存在しない。このことは,表彰実績は当然控訴人自身が人事管理情報として保持しているべきものであることにも符合するものと解される。
ところで,証拠(<証拠省略>)と弁論の全趣旨によれば,控訴人は,平成18年3月6日付けの従業員あての通知書によって,高年齢者の継続雇用を検討する際に過去の実績を考慮したいとして,従業員に対し表彰状のコピーの提出を求めたこと,提出期限は1週間後の同年3月13日とされていたこと,そして上記提出期限内にコピーが提出されなかった場合は無効とすると通知書上されていたことが認められる。しかし,表彰実績は,雇用継続に係る選定基準において重要な要素とされているものであり,そもそも控訴人自身が把握しているべきものであるから,このような継続雇用規程制定前の一片の通知書で,しかも1週間という短期間にコピーを提出しないことで,表彰実績が無効になるものと解することはできない。そして,何よりも,その後に制定された継続雇用規程は,表彰実績の事実自体を考慮するものとしているのであるから,この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
よって,継続雇用の基準に達しているか否かを判断する際には,客観的に表彰を受けた事実があるか否かを基礎にすべきである。
(ウ) 以上によれば,被控訴人の継続雇用対象者の査定票において考慮されるべき賞罰実績としては,表彰実績として事業場長表彰を受けたことが1回あると認められる一方で,懲戒実績として考慮すべき懲罰歴があったものと認めることはできない。
控訴人は,当審で,被控訴人が最近において高額な計測器を焼損させたこと,会社の業務指示を無視して出張業務を完遂せず減給処分を受けたことがあった旨も主張する。
証拠(<証拠省略>,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人が計測器を焼損させたとして,平成17年12月池田簡易裁判所に訴えを提起したが,平成18年12月27日和解が成立したこと,和解条項で「原告(本件控訴人)は,被告(本件被控訴人)に対し,本件について不利益な処分をしない。」ことを合意したこと,全大阪金属産業労働組合は,平成16年2月控訴人のした被控訴人に対する懲戒処分の撤回を求めて不当労働行為救済申立てをしたこと,その際の懲戒処分(減給処分)の対象となった行為は,被控訴人が出張先で取引先の了解を得て一部試験を省略したことが業務を完遂しなかったことにあたるというものであったこと,平成17年10月17日全大阪金属産業労働組合と控訴人の間で協定が成立し,その条項中で「被控訴人は,今後,X組合員(本件控訴人)に対する人事及び賃金等の処遇及び賞罰においては,同組合員に対してなされた平成15年11月19日付け減給処分がなかったものと扱う。」と合意されたことが認められる。
同事実によれば,計器焼損の件は,訴訟上の和解において,懲戒等の不利益処分の対象としないことが約されたというべきであるから,この点で懲戒処分があったことと同視するような控訴人の主張は採用できないし,出張先の業務省略の件についても,控訴人は,人事上等で減給処分がなかったものとすることを約したのであるから,控訴人主張の各事実を懲戒実績と同視することはできないというべきである。
以上によれば,被控訴人に係る継続雇用対象者の査定票における「賞罰実績」の項目においては,表彰実績として5点を加算すべきである一方で,懲戒実績としての減点はできないことになる。したがって,控訴人のした賞罰実績についての査定(マイナス2点)は誤りというべきである。
ケ 以上の査定帳票の点数を継続雇用対象者の査定表に当てはめると,保有資格0点,業務習熟度表0点,社員実態調査票マイナス4点,賞罰実績5点であり,総合点数は1点になる。
そうすると,控訴人は,被控訴人の継続雇用の申込みに対し,被控訴人が基準を満たすのにもかかわらず承諾しなかったことになる。控訴人が被控訴人の継続雇用を不承諾とするのは権利濫用であり,被控訴人との間で継続雇用契約が成立したものというべきである。
このように,控訴人と被控訴人の間には継続雇用規程に基づく雇用契約が存在するにもかかわらず,控訴人はこれを争っているのであるから,被控訴人の請求のうち地位確認請求は理由がある。
3 争点(3)(継続雇用契約が成立した場合の賃金額)について
(1) 前記引用に係る原判決の「前提となる事実関係」に記載のとおり,継続雇用規程4条においては,①継続雇用対象者の査定票による総点数が10点以上の高年齢者は週40時間以内の労働時間とし,②同票による総点数が0点以上の高年齢者は週30時間以内の労働時間とする旨を定め,また,賃金額については,同規程20条において,次のように定めている。
本給=満61歳時の基本給×0.7×(1週の労働時間)/40
被控訴人は,週40時間の労働,それがかなわないなら週30時間の労働を労働条件とする雇用契約の申込みをしたものと認められる。被控訴人の査定帳票による総点数は1点であるから,上記の継続雇用規程4条の定めにより,控訴人と被控訴人の間には,週30時間以内の労働時間による労働契約が成立したものと扱うのが相当である(ちなみに,控訴人が被控訴人との間で週40時間の労働を条件とする雇用契約を締結する意思のないことは明らかである。)。
(2) 継続雇用契約が成立した場合の賃金額は,原判決別紙1「継続雇用時の賃金計算書」の2記載のとおり,月額19万9293円になるものと認められる。控訴人は継続雇用契約の成立を争い,被控訴人の就労を拒否しているから,本判決確定時までの賃金支払を命ずるのが相当である。
(3) 被控訴人の賃金請求のうち主位的請求は理由がないが,予備的請求については,当審で拡張した遅延損害金を請求する部分を含めて理由がある。
第4結論
以上の次第で,被控訴人の地位確認請求は理由があり,賃金請求のうちの主位的請求(本判決確定までのもの)は理由がないが,賃金請求のうちの予備的請求(本判決確定までのもの)は,当審で拡張された遅延損害金の支払を求める部分を含め理由がある。
よって,被控訴人の附帯控訴及び請求の拡張に基づき,原判決中主文第4項を本判決主文第1項後段のように変更し,控訴人の控訴及び被控訴人のその余の附帯控訴をいずれも失当として棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 裁判官今中秀雄は差し支えのため,署名押印することができない。裁判長裁判官 岩田好二)