大阪高等裁判所 平成22年(ネ)3141号 判決 2011年6月10日
控訴人
X
上記訴訟代理人弁護士
増田尚
被控訴人
Y1<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
湯川健司
主文
一 原判決主文一項及び二項を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは連帯して控訴人に対し、一六五万円及びこれに対する被控訴人Y1は平成二二年二月一〇日から、被控訴人株式会社オツヤマは同年一月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 控訴人の反訴請求に関する本件控訴(原判決主文三項の取消し及びその請求棄却を求める部分に対する控訴)を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
四 この判決は、主文一(1)項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人(当審における請求の減縮後)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
ア 被控訴人らは連帯して控訴人に対し、二二八万八〇〇〇円及びこれに対する被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)は平成二二年二月一〇日から、被控訴人株式会社オツヤマ(以下「被控訴人会社」という。)は同年一月一四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人Y1の反訴請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
二 被控訴人ら
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 事案の大要
(1) 本件紛争
本件は、被控訴人Y1を賃貸人、控訴人を賃借人とする原判決添付別紙物件目録記載の建物(以下「本件貸室」という。)を目的物とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)に関する紛争である。
(2) 控訴人の原審における本訴請求
控訴人が、被控訴人Y1から本件貸室の管理を受託していた被控訴人会社(従業員A[以下「A」という。])が、本件貸室に押し入って控訴人の動産一切を搬出し、玄関鍵を交換して控訴人を実力で追い出したのは違法な自力救済であると主張して、被控訴人会社に対し不法行為(使用者責任)に基づき、被控訴人Y1に対し共同不法行為又は被控訴人会社の使用者責任に基づき、損害賠償金四〇〇万円(動産の財産的損害二七〇万円、慰謝料一〇〇万円、弁護士費用相当損害金三〇万円)、及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた。
(3) 被控訴人Y1の反訴請求
被控訴人Y1が、控訴人に対し、本件賃貸借契約に基づく平成二一年五月分から一〇月分までの未払賃料等合計二一万円、及びこれらに対する最終弁済期後から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(4) 原審は次の判決をした。
ア 控訴人の被控訴人会社に対する本訴請求について、損害賠償金二一万二三〇〇円(家財道具の損害四万三〇〇〇円、慰謝料一五万円、弁護士費用一万九三〇〇円)、及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却した。
イ 控訴人の被控訴人Y1に対する本訴請求は全額棄却した。
ウ 被控訴人Y1の控訴人に対する反訴請求は全額認容した。
(5) 控訴人の控訴、本訴請求の減縮
控訴人は、原判決を不服として控訴し、本訴請求につき、損害賠償額を二二八万八〇〇〇円(家財道具の損害一〇八万円、慰謝料一〇〇万円、弁護士費用二〇万八〇〇〇円)に減額した。
二 争いのない事実等
(1) 原判決の引用
本訴及び反訴の争点についての判断の前提となる事実で、当事者間に争いのない事実等は、次の(2)のとおり原判決を補正するほかは、原判決三頁五行目から四頁一行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 原判決三頁一一行目の「一定に」を「一定の」と改める。
イ 原判決三頁一八行目から二〇行目までを次のとおり改める。
「(3) 控訴人は、平成二一年一〇月九日時点で、四か月分(控訴人主張)ないし六か月分(被控訴人ら主張)の賃料等の滞納があった。」
三 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件賃貸借契約の合意解除等(本訴請求)
ア 被控訴人らの主張
(ア) 控訴人は、平成二一年一〇月九日、被控訴人Y1が本件賃貸借契約に関し包括的に代理権を授与していた被控訴人会社(従業員のA)との間で、本件貸室の延滞賃料等を免除することの見返りに、本件賃貸借契約を合意解除し、その日のうちに控訴人が本件貸室から退去する旨合意した。
(イ) 原判決は、本件賃貸借契約の合意解除を否定したが、延滞賃料等を免除してもらえることは、延滞賃料等を解消する目処のない控訴人にとっては魅力的な提案であり、控訴人にとって、延滞賃料等が免除されるということであれば、本件賃貸借契約を合意解除した上で即時に本件貸室から退去する旨合意することは、十分にあり得る話である。
(ウ) このように、控訴人は、被控訴人Y1(代理人の被控訴人会社の従業員のA)との間で、本件賃貸借契約を合意解除し、本件貸室からの退去を合意したのであるから、被控訴人会社は、控訴人に対し、不法行為責任(使用者責任)を負わない。
イ 控訴人の主張
控訴人とAとの間で、本件賃貸借契約の合意解除、本件貸室からの退去合意が成立した事実はない。
(2) 控訴人の損害額(本訴請求)
ア 控訴人の主張
(ア) 家財道具
a 家財道具の劣悪な保管状態
被控訴人会社(従業員のA)は、本件貸室から控訴人の家財道具を搬出した後、少なくとも二晩はこれらを室外に放置し、その後、被控訴人会社が管理するaマンションの一階階段踊り場下の倉庫に入れたが、同倉庫は換気設備はなく、湿気も多く劣悪な環境であった。
控訴人が平成二一年一一月二三日に被控訴人会社から家財道具を返還されるまで、控訴人の家財道具は、上記のとおり劣悪な保管状態におかれていた。
b 損害賠償を求める家財道具
控訴人が被控訴人らに損害賠償を求める家財道具は、別紙一の一~二六のとおりである。控訴人は、平成二一年一一月二三日、被控訴人会社から別紙一の六、七、二六の家財道具の返還を受け、その余は返還を受けなかった。
控訴人が被控訴人会社から家財道具の返還を受けなかった理由は、別紙一の「持ち出さなかった理由」欄記載のとおりであり、また、返還を受けた家財道具についても、保管状況が劣悪であったためその使用が困難等のため、控訴人は、被控訴人らに対し、損害賠償を求めるものである。
c 損害額
(a) 別紙一の一~二五の家財道具
別紙一の一~二五の家財道具の購入価格、購入時期は、別紙一の「購入価格」、「購入時期」欄記載のとおりである。
平成一二年ころに購入した家財道具については、時価を購入価格の五〇%、平成一七、一八年ころに購入した家財道具については時価を購入価格の七五%、購入時期が混在している家財道具については時価を購入価格の六〇%とみるのが相当である。このようにして購入価格から計算した家財道具の時価は、別紙一の「時価」欄記載のとおりである。
なお、別紙一の七(DVDプレーヤー)については、使用は可能であるが、再生中に突然停止することがあるなどの機能不全があるので、その時価の半額をもって損害額と算定し、その余の家財道具については全損であるので、時価額をもって損害額と算定する。
(b) 別紙一の二六のギター
別紙一の二六のギター(以下「本件ギター」という。)は、一九五五年製のギブソンJ45であり、控訴人が平成二年に知人のプロのミュージシャンから八〇万円で購入したものである。
ところが、控訴人が劣悪状態で本件ギターを保管したため、ネックが曲がり、傷やひび割れが生じて楽器として価値を喪失した。本件ギターは、平成二一年一〇月ないし一一月当時も、購入価格と同等の八〇万円の時価価値があったが、被控訴人らの不法行為により全損となったから、八〇万円をもって損害額と算定する。
(c) まとめ
以上から、別紙一の一~二六の家財道具の損害額合計は、別紙一の「損害額」欄の合計金額欄記載の一〇九万八二一五円となる。
(イ) 慰謝料
控訴人は、被控訴人らの自力救済による不法行為により、居住権や生活の平穏、法的手続を受ける権利、財産権等を侵害された。控訴人が侵害された権利の重要性や、被控訴人らが本件貸室に侵入して実力により明渡を強要したという違法性の強度、控訴人が本件貸室から追い出されて、前途を悲観して自殺まで考えたことに照らせば、控訴人が受けた精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも一〇〇万円の賠償がなされるべきである。
(ウ) 弁護士費用
被控訴人らの不法行為と因果関係がある弁護士費用の損害は二〇万八〇〇〇円である。
(エ) 損害額合計
したがって、控訴人の損害額合計は、少なくとも二二八万八〇〇〇円(家財道具の損害一〇八万円+慰謝料一〇〇万円+弁護士費用二〇万八〇〇〇円)を下回ることはない。
イ 被控訴人らの主張
(ア) 損害の発生はいずれも否認し、損害額の評価は争う。
(イ) 被控訴人会社は、平成二一年一〇月九日、本件貸室から控訴人の家財道具を搬出し、その日のうちに、被控訴人会社が管理する別のマンションであるaマンションの階段踊り場下の倉庫に保管した。同倉庫の環境は、控訴人が主張するような劣悪なものではない。
(ウ) 被控訴人会社は、平成二一年一一月二三日、控訴人に対し、保管していた家財道具を返還した。その際、控訴人は、被控訴人会社に対し、返還を求めなかった家財道具は不要なものであり、被控訴人会社で自由に処分することを認めていた(乙一)。
このように、控訴人が返還を求めなかった家財道具は、控訴人にとって生活上必要でなかったからであり、被控訴人会社の保管が悪かった等の理由からではない。
(3) 被控訴人Y1の責任(本訴請求)
ア 控訴人の主張
(ア) 共同不法行為責任
a 被控訴人Y1は、被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の役員は被控訴人Y1の親族で占められ、控訴人を実力で追い出したAは、被控訴人Y1の息子である。被控訴人会社の賃貸住宅管理部門は、もっぱら被控訴人Y1が所有する賃貸物件の管理を業務としており、被控訴人Y1と被控訴人会社は一体のものとして活動している。しかも、賃貸物件の家賃回収や明渡などの管理業務について、被控訴人会社は被控訴人Y1の実行部隊として活動している。
このような実情に照らせば、被控訴人らの行為には、客観的な関連共同性がある。
b 被控訴人会社(従業員のA)は、被控訴人Y1の承諾のもと本件貸室に立ち入ったのであり、被控訴人Y1は控訴人を実力で本件貸室から追い出したのであるから、被控訴人らは、主観的な関連共同性も有する。
c したがって、被控訴人Y1は、被控訴人会社(従業員のA)の不法行為につき、共同不法行為に基づく責任を負う。
(イ) 使用者責任
被控訴人Y1は、被控訴人会社に本件貸室の管理を委託しており、自らの賃貸事業のために被控訴人会社を使用しているといえる。被控訴人会社(従業員のA)の控訴人に対する本件貸室からの追出し行為は、被控訴人会社の賃貸事業の一環である本件貸室の管理に際して行われたものであるから、被控訴人Y1は、被控訴人会社の不法行為につき使用者責任を負う。
イ 被控訴人らの主張
被控訴人会社(従業員のA)が控訴人を実力で本件貸室から追い出した事実はない。しかも、被控訴人会社は、一五棟のマンションを管理しているが、そのすべてが被控訴人Y1の所有であるわけではない。その上、賃料等を延滞している賃借人との交渉につき、被控訴人会社がどのように交渉するのか、貸室に立ち入るのかについて、被控訴人Y1が一々了解しているわけではない。加えて、被控訴人Y1と被控訴人会社間に、控訴人が指摘するような指揮監督関係はない。
したがって、被控訴人Y1は、共同不法行為による責任は負わないし、被控訴人会社の不法行為につき使用者責任も負わない。
(4) 控訴人の賃料等の遅滞額(反訴請求)
ア 被控訴人Y1の主張
控訴人の本件貸室賃料等の弁済状況は、別紙二のとおりである。控訴人は、平成二一年一〇月九日時点で、同年五月分から一〇月分まで(六か月分)合計二一万円の賃料等の支払を遅滞していた。
被控訴人Y1(その代理人である被控訴人会社の従業員のA)は、平成二一年一〇月九日、控訴人との間で、延滞賃料等を免除することの見返りに本件賃貸借契約を合意解除し、その日のうちに控訴人が本件貸室から退去する旨の合意が成立した。
しかし、被控訴人Y1は、被控訴人らの上記主張が認められない場合に備えて、控訴人に対し、前記未払賃料等二一万円の支払を請求をする(反訴請求)。
イ 控訴人の主張
控訴人は、過去に二か月分の賃料等を遅滞したことはあるが、この滞納は平成一七年一一月九日までに解消しており、控訴人の賃料等の支払の遅滞は、平成二一年七月分から一〇月分まで(合計四か月分)に過ぎない。苛烈な未払賃料の取立てをする被控訴人会社が、平成一七年から二か月分の賃料滞納を放っておくはずがない。
(5) 被控訴人Y1の賃料等請求が権利濫用か(反訴請求)
ア 控訴人の主張
被控訴人Y1は、被控訴人会社(従業員のA)をして、控訴人を実力で本件貸室から負い出す等したのであり、このような対応をした被控訴人Y1から控訴人に対し未払賃料等を請求することは、権利の濫用である。
イ 被控訴人Y1の主張
被控訴人らが控訴人を実力で本件貸室から追い出した事実等はなく、被控訴人Y1が控訴人に対し未払賃料等を請求することは、権利の濫用にはならない。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点(1)(本件賃貸借契約の合意解除等)の検討
(1) 本件賃貸借契約が合意解除されたか
ア 事実の認定
前記第二の二「争いのない事実等」、証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件賃貸借契約締結、控訴人の賃料等支払状況
控訴人は、平成一四年四月三〇日、被控訴人会社との間で、本件貸室について、賃料等月額三万五〇〇〇円の約定で、本件賃貸借契約を締結した。本件貸室は、六畳ないし八畳位のワンルームマンションであり、被控訴人会社は、本件貸室をbマンションの一〇一号室と称していた。
控訴人の平成一五年一月分から平成二一年四月分までの賃料等の支払状況は、別紙二のとおりである。控訴人は、平成二〇年九月二五日、勤務していた株式会社cを解雇され、平成二一年五月以降、失業保険の給付期間が終了して収入がなくなり、賃料等の滞納額が累積していった。
(イ) 被控訴人会社と控訴人との平成二一年一〇月九日までの滞納賃料をめぐる交渉状況等
a 本件賃貸借契約に関する包括的代理権の授与
被控訴人Y1は、平成二一年当時、bマンション(本件貸室はその一室)の所有者であり、被控訴人会社にbマンションの管理を委託し、本件賃貸借契約に関しても包括的に代理権を授与していた。
b 平成二一年七月一七日付けの家賃支払督促状の郵送等
被控訴人会社は、平成二一年七月一七日付けで、控訴人に対し、家賃支払督促状を郵送して、同月二三日までに、同年四月分から七月分までの滞納賃料等合計一四万円を支払うように求めた。上記家賃支払督促状には、「七月二三日までに入金の無い場合は、鍵をロックし解約させていただきます。」と記載されていた。
そこで、控訴人は、平成二一年七月二一日、被控訴人会社に対し、一か月分の延滞賃料等三万五〇〇〇円を支払った上、同月二三日、被控訴人会社に対し、手紙(乙四)を出した。控訴人は、上記手紙の中で、被控訴人会社に対し、同月二一日に現在支払うことができる最大限の三万五〇〇〇円を支払ったこと、就職したらこのようなことが一切ないよう努めることを伝えた。
なお、控訴人は、その際、未払賃料額がおかしいなどという異議苦情を申し立てたことはない。
c 平成二一年八月七日付け、平成二一年一〇月五日付けの家賃支払督促状の郵送等
(a) 被控訴人会社は、平成二一年八月七日付けで、控訴人に対し、家賃支払督促状を郵送して、同月一三日までに、同年五月分から八月分までの滞納賃料等合計一四万円を支払うことを求めた。上記支払督促状には、「八月一三日までに入金の無い場合は、鍵をロックし解約させていただきます。」と記載されていた。
さらに、被控訴人会社は、平成二一年一〇月五日付けで、控訴人に対し、家賃支払督促状を郵送して、同月八日までに、同年五月分から一〇月分までの滞納賃料等を一括して支払うことを求めた。上記支払督促状にも、「一〇月八日までに入金の無い場合は、鍵をロックし解約させていただきます。」と記載されていた。
(b) しかし、控訴人は、当時失業中であり、就職活動に励んでいたが、既に四九歳になっていたことから、控訴人の年齢等がネックになって就職先が見つからず、無職・無収入の状態が続いていた。
そのため、控訴人は、滞納賃料等の支払ができないことから、家賃支払督促状を受け取っても、被控訴人会社には連絡せず、被控訴人会社が控訴人の携帯電話に電話をかけてきても、控訴人は電話に出なかった。
(c) 控訴人は、このような経済状態であったことから、平成二一年九月八日、寝屋川市役所に生活保護の申請をし、同月二八日、生活保護(生活扶助、住宅扶助、医療扶助)の受給決定を受け、同月八日に緊急保護費三万円を受け取り、同月二八日、上記三万円を控除した保護費四万九〇四三円を受け取り、同年一〇月五日以降は、満額の保護費を受け取っている。
(ウ) 被控訴人会社による本件貸室明渡しの自力救済
Aは、被控訴人Y1の子であり、被控訴人会社の常務取締役兼従業員であった。
Aは、平成二一年一〇月九日午後四時過ぎころ、リフォーム業者である「d社」の代表者であるCを連れ、本件貸室の合鍵を持参して本件貸室へ出向いた。そして、Aは、控訴人が本件貸室には在室していないものと思い、合鍵を使用して玄関ドアの鍵を開け本件貸室内へ入った。
ところが、本件貸室内には控訴人がいて、控訴人が、Aに対し、「二か月分の賃料等七万円を支払う、生活保護費の支給を受けるので、今後は継続的に賃料等が払える。」と、本件賃貸借契約の継続の希望を伝えた。しかし、Aは、これに応じず、Cに指示して、控訴人の家財道具(別紙一の一~二六を含む)を本件貸室外へ搬出させるとともに、玄関鍵のシリンダーを交換させて、控訴人を本件貸室から追い出した。
ところで、控訴人は、平成二〇年九月二五日までc社でサラリーマンとして勤務し、月額三七万円の収入もあったことから、衣類、身の回り品、電化製品等についても、それなりのものを買いそろえていた。そのため、平成二一年一〇月九日当日も、本件貸室内には、少なくとも別紙一の一~二六の家財道具が存在していた。
(エ) 控訴人が本件貸室から追い出された後の状況
控訴人は、同年五月以降、失業保険給付も切れ無収入になって賃料等の滞納額が累積し、被控訴人会社から執拗に賃料等の支払督促を受けたあげくに、暴力的に住まいを奪われ、今晩からどこで寝泊まりすればよいのかを考えると、目の前が真っ暗になり、これから先の生活に絶望して、自殺すら考えたほどであった(控訴人の平成二二年九月一三日付け準備書面四頁の四項参照)。
控訴人は、このような気持ちの下で、平成二一年一〇月九日の夜は、ネットカフェに泊まり、同月一〇日の夜は、カプセルホテルに泊まった。そして、控訴人は、同月一一日、幸運にも、知人の家に行く途中にあったe教会の世話になることができ、同日以降、同教会によって寝泊まりする場所を確保してもらうことができた。控訴人は、その後、生活保護費等の受給により新居を確保し、同年一一月一六日に新居へ移転した。
イ 被控訴人ら主張の検討
(ア) 被控訴人らの主張
被控訴人らは、「控訴人は、平成二一年一〇月九日、被控訴人Y1が本件賃貸借契約に関し包括的に代理権を授与していた被控訴人会社(従業員のA)との間で、延滞賃料等を免除することの見返りに本件賃貸借契約を合意解除し、その日のうちに控訴人が本件貸室から退去する旨合意した。」旨主張し、Aも、陳述書及び証人尋問の中で、これに沿う陳述、証言をしている。
(イ) 検討
しかし、次の各事実に照らすと、控訴人は、平成二一年一〇月九日、Aとの間で本件賃貸借契約の合意解除をし、その日のうちに控訴人が本件貸室から退去する旨合意した事実など認められず、被控訴人らの上記(ア)の主張は採用できない。
a 家賃支払督促状の記載
被控訴人会社は、平成二一年七月一七日付け、同年八月七日付け、同年一〇月五日付けの各家賃支払督促状で、控訴人に対し、繰り返し、「支払期限内に賃料等の入金のないときは、鍵をロックして(本件賃貸借契約を)解約する」と申し向け、控訴人が賃料等を全額支払わないときには、控訴人会社が、鍵のシリンダーの交換等をして、実力行使により控訴人を本件貸室から追い出す旨、繰り返し警告していた(前記ア(イ)b、c)。
そして、被控訴人会社(従業員のA)は、上記度重なる警告にもかかわらず、控訴人が一向に滞納賃料等を支払わないばかりか、控訴人と連絡も付かなくなったことから(前記ア(イ)c(b))、平成二一年一〇月九日、遂にそれまでの警告を実行に移すこととし、控訴人を本件貸室から実力で追い出したものと認めることができる。
b Aは控訴人を追い出すための事前準備を整えていた
Aは、平成二一年一〇月九日、本件貸室の合鍵を持参し、リフォーム業者のCを連れて行くなどして、控訴人を追い出すために必要な準備を事前に整えた上で本件貸室に乗り込み、合鍵を使用して玄関ドアを開けて本件貸室内に入り、Cに命じて、控訴人の目の前で玄関鍵のシリンダーを交換し、控訴人の家財道具を次々と本件貸室外へ搬出している(前記ア(ウ)二、三段落)。
以上の事実から、被控訴人会社(従業員のA)が、控訴人を実力で本件貸室から追い出したことが認められる。
c 控訴人が玄関ドアを開けたのではない
Aは、平成二一年一〇月九日、本件貸室の呼び鈴を数回押したところ、しばらくして、控訴人が玄関ドアを開けたと証言する。
しかし、控訴人が、同日以前には、被控訴人会社に連絡することを避け、被控訴人会社からの控訴人の携帯電話への電話にも応答しなかった(前記ア(イ)c(b)二文)ことからすると、控訴人が主張するとおり、Aは、平成二一年一〇月九日当日も、控訴人が本件貸室にはいないと考え、本件貸室の呼び鈴を押すことなく、合鍵を使用して玄関ドアを開けて、本件貸室内に入ったものと認めることができる。
それゆえ、Aの上記証言は信用できない。
d 平成二一年一〇月九日以降の寝泊まり先
控訴人は、平成二一年一〇月九日の夜はネットカフェに泊まり、同月一〇日の夜はカプセルホテルに泊まり、同月一一日以降、幸運にも、e教会の世話になることができたのであり(前記ア(エ))、控訴人は、Aから本件貸室からの退去を求められた平成二一年一〇月九日午後四時すぎの時点では、本件貸室以外に寝泊まりするあては全くなかったのである。
したがって、控訴人が、その際、今晩から寝泊まりする場所もないのに、Aとの間で本件賃貸借契約を合意解除し、その日のうちに控訴人が本件貸室から退去する旨合意したなどということは、考えられないことである。
e 控訴人が携帯電話の写真で家財道具を撮影している
証拠<省略>によると、控訴人は、平成二一年一〇月一〇日午前一時ころ、bマンションに戻り、同一階エントランスに乱暴に放置されていた控訴人の家財道具を、携帯電話の写真で撮影していることが認められる。
控訴人は、平成二一年一〇月九日午後四時過ぎころ、被控訴人会社(従業員のA)の実力行使により、本件貸室から無理矢理に追い出され、本件貸室に置いていた家財道具を室外に搬出された(前記ア(ウ)二、三段落)ため、家財道具のことが心配になって、真夜中にbマンションに戻り、同一階エントランスに乱暴に放置されていた控訴人の家財道具を撮影したものである。
(2) 被控訴人会社の使用者責任
したがって、本件賃貸借契約の合意解除は成立しておらず、被控訴人会社(従業員のA)は、控訴人の意思に反して、玄関鍵のシリンダーを交換し、控訴人の家財道具を搬出して、控訴人を実力で本件貸室から追い出したのであり、Aは、賃料等不払いを理由に本件貸室の明渡しの自力救済をし、本件貸室の控訴人による占有を実力で排除したのであるから、かかるAの行為が不法行為に該当するのは明らかである。
そして、Aの不法行為は、被控訴人会社の業務の執行としてなされたことが認められるから、被控訴人会社は、Aの不法行為につき使用者責任を負う。
二 争点(2)(控訴人の損害額)の検討
(1) 事実の認定
証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。
ア 控訴人の家財道具の保管状況
被控訴人会社(従業員のA)は、平成二一年一〇月九日、一〇日、本件貸室から搬出した控訴人の家財道具(別紙一の一~二六を含む。)を、bマンション(その一室が本件貸室)のエントランス部分に放置し、その後、上記家財道具をaマンション(被控訴人会社が管理)の階段踊り場下の一階倉庫まで乱暴な取扱いで運び、同倉庫に放り込んだ。
同倉庫は、換気設備もなく、暗い四、五畳ぐらいの狭い粗末なものであり、控訴人の家財道具は、この倉庫の地べたに直接、乱雑に置かれて、湿気を含み埃にまみれて損傷した。
イ 増田弁護士による訴訟外の交渉
控訴人は、平成二一年一〇月一二日、テレビ放映を見て、賃貸住宅追い出し屋被害対策会議に電話相談し、同会議に所属する増田弁護士(控訴人代理人)に被控訴人会社との交渉を依頼した。
控訴人(代理人の増田弁護士)は、同日、被控訴人会社に電話して、控訴人の家財道具の返還を要求したが、被控訴人会社(従業員のA)は、未払賃料等を支払わなければ返還に応じないと回答した。
ウ 仮処分手続を通じての交渉
そこで、控訴人(代理人の増田弁護士)は、平成二一年一〇月二七日、被控訴人会社らに対し、本件貸室の執行官保管(控訴人使用)等を求める仮処分の申立をしたところ、被控訴人会社は、同年一一月五日の審尋期日において、ようやく、控訴人からの家財道具の返還請求に応じることを承諾した。
このようにして、控訴人は、平成二一年一一月二三日、被控訴人会社から、別紙一の六、七、二六の家財道具の返還を受けたが、別紙一の一~五、八~二五の家財道具は返還を受けなかった。控訴人が同家財道具の返還を受けなかったのは、既に、新居に移転して生活を始め、家財道具をもらったり生活保護費で購入したりして、新たに取得していたことや、劣悪な保管状態に置かれていたため、使用に耐えることができなくなった家財道具がほとんどであったことからである。
エ 家財道具の返還を受けなかった理由
控訴人が別紙一の一~五、八~二五の家財道具の返還を受けなかったのは、次の理由による。
(ア) 別紙一の一 新居に備え付けられていた。
(イ) 別紙一の二、三 e教会から寄付された。
(ウ) 別紙一の四、八~一〇、一六~二五 保管状態が悪く、湿気を含み埃にまみれて使用に耐えられなかったため。
(エ) 別紙一の五 嫌悪感のため
(オ) 別紙一の一一 既に生活保護費で購入していたため。
(カ) 別紙一の一二~一五
保管状態が悪く、湿気を含み埃にまみれて使用に耐えられなかった上、既に生活保護費で購入していたため。
オ 返還を受けた家財道具の状態
(ア) 別紙一の六(テレビ)
乱暴に運ばれた上に保管状態も悪く、ケーブルが引きちぎれていたことにより、使用できなかった。
(イ) 別紙一の七(DVDプレーヤー)
湿気を含み埃にまみれた状態で長期間地べたに放置されたために損傷し、再生中に突然停止することがあるなど、機能不全が見られた。
(ウ) 別紙一の二六(ギター)
湿気を含み埃にまみれた状態で長期間地べたに放置されたために損傷し、ネックが曲がり傷やひび割れが生じて、楽器として価値を喪失した。
(2) 前記認定に反する被控訴人ら主張の検討
ア 被控訴人らの主張
被控訴人らは、平成二一年一〇月九日、本件貸室(bマンションの一室)から搬出した控訴人の家財道具を、aマンションの階段踊り場下の一階倉庫に運び入れて保管した、同倉庫の保管環境は劣悪なものではないと主張し、Aはこれに沿う陳述、供述をしている。
イ 検討
しかしながら、控訴人が平成二一年一〇月一〇日午前一時ころに撮影した、bマンションのエントランスに放置された控訴人の家財道具の写真によれば、被控訴人会社(従業員のA)は、平成二一年一〇月九日、一〇日、本件貸室から搬出した控訴人の家財道具を、bマンション(本件貸室がある)のエントランス部分に放置していたことが優に認められ、Aの上記アの供述は全く信用することができない。
また、aマンションの階段踊り場下の一階倉庫は、換気設備もなく、暗い四、五畳位の粗末なものであり、控訴人の家財道具は、この一階倉庫の地べたに直接、乱雑に置かれて、湿気が多く埃にまみれて損傷したのであるから、同倉庫の保管環境は劣悪なものであったことが明らかである。
したがって、被控訴人らの上記アの主張は採用できない。
(3) 家財道具の損害
ア 控訴人が返還を受けなかった家財道具
(ア) 別紙一の一~三、一一~一五の家財道具
a 控訴人が別紙一の一~三、一一~一五の家財道具の返還を受けなかったのは、被控訴人会社が、同年一〇月九日、控訴人が同家財道具を使用できないようにした上、同月一二日、控訴人代理人からの家財道具の返還に応じなかった(前記(1)ア、イ)ことから、控訴人が、被控訴人会社から平成二一年一一月二三日に返還の申出を受ける前に、生活のため同等物を入手したためである(前記(1)エ(ア)(イ)(オ)(カ))。
そうすると、別紙一の一~三、一一~一五の家財道具は、被控訴人会社の不法行為により全損したものとみるべきである。
b なお、被控訴人らは、別紙一の二(洗濯機)について、本件貸室に控訴人が入居前から存したもので、控訴人が購入したものではないと主張するが、この被控訴人らの主張を認めるに足りる的確な証拠がないので、同主張は採用できない。
(イ) 別紙一の四、八~一〇、一二~二五の家財道具
控訴人が上記家財道具の返還を受けなかったのは、被控訴人会社の保管方法が劣悪であったため、湿気を含み埃にまみれて使用に耐えられなかったためである(前記(1)ア、同エ(ウ)(カ))。
これらの家財道具は、食材に直接触れたり(別紙一の四、八~一〇)、肌に触れたり、身につけたり(別紙一の一二~二四)、口にしたり(別紙一の二五)するものであり、換気設備もなく、暗い四、五畳位の狭い粗末な倉庫の地べたに直接、乱雑に長期間放置されていて、湿気と埃にまみれていた代物である(前記(1)ア)。そのような家財道具であるから、通常人であれば、当然、不快感、嫌悪感から再使用したくないと考えるものである。
したがって、当裁判所は、そのような劣悪な環境に長期間放置されていた家財道具について、再使用が可能であったことを前提に、控訴人の損害は認められないなどという判断は、到底することができない。それゆえ、別紙一の四、八~一〇、一二~二五の家財道具は、いずれも被控訴人会社の不法行為により全損したものと認める。
(ウ) 別紙一の五のCDラジカセ
控訴人は、別紙一の五のCDラジカセについて、「嫌悪感のため」返還を受けなかったと主張するが、CDラジカセは、口にしたり、肌に触れたりするものではなく、控訴人が主張する嫌悪感の具体的内容も不明であるため、別紙一の五のCDラジカセが、被控訴人会社(従業員のA)の不法行為により経済的価値が滅失したものとは認め難い。
イ 控訴人が返還を受けた家財道具
別紙一の六、七、二六は、平成二一年一一月二三日に控訴人が返還を受けた家財道具である。被控訴人会社が運搬する際に乱暴に取り扱ったり、湿気を含み埃にまみれた状態で長期間地べたに放置されたために損傷したりして、使用に耐えられなくなったものである(前記(1)オ(ア)(イ)(ウ))。
特に、別紙一の六の本件ギターについては、運搬時に傷がついたり、乱雑に地べたに長期間放置されたり(通常は専用のスタンドに立てて保管している。)、湿気のためネックが曲がり、折れそうな状態になっていた上、ボディに傷やひびが入っていたために、およそ演奏が不能な状態となった。
もっとも、別紙一の七のDVDプレーヤーは、再生中に突然停止することがある(前記(1)オ(イ))にすぎないことから、全損とまでは認めることができない。
ウ 被控訴人ら主張の検討
(ア) 被控訴人らの主張
被控訴人らは、次のとおり主張する。
a 控訴人は、平成二一年一一月二三日に、被控訴人会社から家財道具の返却を受ける際、「搬出した部屋の荷物は全て受け取りました。残しました不要な物は処分して下さい。」と記載された書面(乙一)に署名して、被控訴人会社に交付している。
b この書面によれば、控訴人は、被控訴人会社の保管方法が劣悪であって使用に耐えられなかった、あるいは口にしたり、肌に触れたりする物については、放置、倉庫保管による嫌悪感のため、家財道具の返還を受けなかったものではなく、生活上必要でなかったから、家財道具の返還を受けなかっただけである。
(イ) 検討
a しかし、控訴人は、平成二一年一一月二三日、B(Aの兄)から、「無条件で署名をしなさい。署名しないと、今搬出した荷物は持って帰らせない。」と言われたので、Bが既に記載していた乙一の末尾に、自己の氏名を記載したものである。
そして、前記ア(ア)(イ)のとおり、控訴人が同日返還を受けなかった家財道具は、控訴人がその前に生活のため同等物を入手したために不要となったものや、被控訴人会社の保管方法が劣悪であったために、損傷したり不快感・嫌悪感から再使用したくないと考え、返還を受けなかったものであったことが認められる。
b 以上の事実に照らすと、控訴人が、平成二一年一一月二三日、Bから要求されて、「搬出した部屋の荷物は全て受け取りました。残しました不要な物は処分して下さい。」と記載された書面に署名したからといって、被控訴人会社の下記不法行為による損害賠償責任を免除したものとは到底認められず、被控訴人らの上記(ア)の主張は採用できない。
記
被控訴人会社(従業員のA)が、控訴人の意思に反して、控訴人の家財道具を本件貸室から外に持ち出し(前記一(1)ア(ウ))、控訴人代理人(増田弁護士)からの家財道具の返還要求を拒否して(前記二(1)イ)、換気装置もなく狭く薄暗い倉庫の地べたに家財道具を長期間放置し、湿気と埃のために家財道具を損傷させたり(前記二(1)ア)、控訴人に再使用したくないという思いを抱かせたり、控訴人が生活のためにもらったり、生活保護費の中から購入せざるを得ない状況に追い込む(前記二(1)エ、同(3)ア(ア)(イ))などした、違法性の極めて強い行為。
エ 家財道具の損害額
(ア) 別紙一の二六の本件ギター
a 当裁判所の認定
証拠<省略>によれば、次の事実が認められ、同事実によれば、本件ギターの時価額は五〇万円を下らないと認めるのが相当である。
(a) 控訴人は、中学生のころからギターの演奏を始め、ライブ等でも演奏し、プロのミュージシャンとも交流があり、セミプロ級の技術を有している。
(b) 本件ギターは、一九五五年製のギブソンJ45であり、ギブソンJ45はヴィンテージ物としての価値を有するギターである。控訴人は、平成二年、プロのミュージシャンから八〇万円で本件ギターを購入し、それ以来、本件ギターを大切に手入れして使ってきた。
(c) ギブソンJ45は、古い製造年月のものの方が高価格になる傾向にあり、インターネットで、一九五八年製のギブソンJ45の中古品に四五万円の売値が付けられている。
b 被控訴人ら主張の検討
被控訴人らは、「本件ギターについては、本件貸室から搬出する前に、痛んでぼろぼろになっていたものである。もし、本件ギターが価値のあるものであれば、Cが平成二一年一〇月九日夕方に家財道具を搬出した時、あるいは控訴人が翌一〇日未明に搬出された家財道具の写真を撮影した際に、控訴人が本件ギターを持ち出していたはずである。」と主張する。
しかし、控訴人は、平成二一年一〇月九日の夕方から翌一〇日の未明時点では、突然、Aによって住居を奪われ、寝泊まりするところもない状態であったから、ギターを持ち出すこともできなかったと主張しており、この主張は合理的なものであって不自然なものではなく、本件ギターが、同月九日よりも前から、痛んでぼろぼろになっていたことをうかがわせる証拠もないから、控訴人の上記主張は採用できない。
(イ) 別紙一の一~四、六~二五の家財道具
証拠<省略>によれば、別紙一の一~四、六~二五の家財道具の購入価格、購入時期は、別紙一の「購入価格」「購入時期」欄のとおりである。
そして、別紙一の一~四、六、八~二五の家財道具の購入価格の合計は、五二万九四八〇円(一三五万五〇八〇円〔別紙一の一~二六の購入価格の合計金額〕-一万五八〇〇円〔別紙一の五の購入価格〕-九八〇〇円〔別紙一の七の購入価格〕-八〇万円〔別紙一の二六の購入価格〕)である。
ところで、ここで問題としている別紙一の一~四、六~二五の家財道具の損害額は、控訴人が毎日これらの家財道具を使用して生活していたのに、被控訴人会社の不法行為により全損となった(別紙一の一~四、六、八~二五)、あるいは使用に支障が生じるようになった(別紙一の七)ことから、被控訴人会社が損害賠償すべき金額であること、すなわち、リサイクルショップでこれらの家財道具を売却する場合の価格よりもはるかに高額になることを、十分に考慮する必要がある。
そこで、控訴人が別紙一の七(DVDプレーヤー)の損害額を一二二五円と主張していることも加味して、前記別紙一の一~四、六、八~二五の家財道具の購入価格合計五二万九四八〇円の三〇数パーセントである二〇万円をもって、別紙一の一~四、六、八~二五の家財道具の損害額と認める。
(ウ) 家財道具の損害額
以上の(ア)(イ)から、家財道具の損害額は七〇万円(五〇万円+二〇万円)となる。
(4) 慰謝料
被控訴人会社(従業員のA)は、実力で控訴人を本件貸室から追い出し、瞬時に、控訴人に寝泊まりする場所のない状態に陥らせたこと、控訴人は、被控訴人会社から暴力的に住まいを奪われ、今晩からどこで寝泊まりすればよいのかを考えると、目の前が真っ暗になり、これから先の生活に絶望して、自殺すら考えたほどの精神的打撃を受けた(前記一(1)ア(ウ)(エ))ことからすれば、控訴人が、被控訴人会社に連絡をとろうとせず、被控訴人会社による度重なる賃料等支払催告を黙殺した(前記一(1)ア(イ)c)こと等を考慮しても、その慰謝料は相当に高額なものになるといわざるを得ない。
そして、上記の事情及び本件に現れた一切の事情を考慮して、その慰謝料額は八〇万円をもって相当と認める。
(5) 弁護士費用相当損害金
Aの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用の損害は、一五〇万円(七〇万円〔家財道具の損害額〕+八〇万円〔慰謝料〕)の一割である一五万円と認める。
(6) 損害額合計
以上から、控訴人の被った損害額は、一六五万円(一五〇万円+一五万円)となる。
三 争点(3)(被控訴人Y1の責任)の検討
(1) 事実関係
被控訴人Y1は、平成二一年当時、bマンション(本件貸室はその一部)の所有者であり、被控訴人会社にbマンションの管理を委託し、本件賃貸借契約に関しても、被控訴人会社にその管理権を行使するのに必要な権限(代理権)を、包括的に授与していた(前記一(1)ア(イ)a)。
その被控訴人会社(従業員のA)が、被控訴人Y1から授与されていた管理権、代理権の行使として、平成二一年一〇月九日、控訴人が本件貸室の賃料等を滞納していることを理由に、控訴人を本件貸室から実力で追い出し(前記一(1)ア(ウ))、控訴人の家財道具を本件貸室外に搬出した上、同家財道具を劣悪な環境下で長期間放置し、その価値を無くしてしまったのである(前記二(1)(3))。
そして、Aは被控訴人Y1の子であり、被控訴人Y1も被控訴人会社の取締役に就任していることも考慮すれば、被控訴人会社が被控訴人Y1から授与されていた包括的な代理権に基づき、Aが被控訴人会社の従業員として控訴人を本件貸室から実力で追い出し、本件貸室外に控訴人の家財道具を搬出した行為については、被控訴人Y1も事前に包括的に承諾を与えていたと認めることができる。
(2) 被控訴人Y1の責任
上記(1)の事実によれば、被控訴人Y1は、Aの不法行為、被控訴人会社の使用者責任につき、共同不法行為責任を負い、控訴人に対する損害賠償金一六五万円の連帯支払義務があることが認められる。
四 争点(4)(控訴人の賃料等の遅滞額)の検討
次の各事実に照らすと、控訴人は、本件貸室の平成二一年五月分から一〇月分までの賃料等合計二一万円(三万五〇〇〇円×六か月)について、滞納していることが認められる。
(1) 被控訴人会社は、平成二一年七月一七日付けで、控訴人に対し、平成二一年四月分から七月分までの賃料等の支払を催告したところ、控訴人は、一か月分の賃料等三万五〇〇〇円を支払った上で、平成二一年七月二三日、被控訴人会社に対し、乙四の手紙を送付している。
けれども、控訴人は、その際、被控訴人会社に対し、未払賃料等の金額がおかしいなどといって、異議苦情を申し立てたことは一切ない(以上につき、前記一(1)ア(イ)b)。
(2) 被控訴人会社は、平成二一年八月七日付け、同年一〇月五日付けで、控訴人に対し、同年五月分から八月分までの賃料等の支払催告、同年五月分から一〇月分までの賃料等の支払を催告した。
けれども、控訴人は、本訴提起(平成二一年一二月二五日)まで、被控訴人会社に対し、未払賃料の金額がおかしいなどといって、異議苦情を申し立てたことは一切ない(以上につき、前記一(1)ア(イ)c(a)(b)、証人A、控訴人本人、弁論の全趣旨)。
(3) 控訴人が、平成二一年五月分から一〇月分の賃料等につき、これを弁済したことをうかがわせる証拠はない。
五 争点(5)(被控訴人Y1の賃料等請求が権利濫用か)について
被控訴人Y1が、被控訴人会社(従業員のA)をして、控訴人を実力で本件貸室から追い出したことが認められるが、当裁判所は、それを理由に、被控訴人Y1に対し、損害賠償金一六五万円の支払を命じる(前記三(2))のであるから、被控訴人Y1に共同不法行為の事実が認められるからといって、被控訴人Y1が、控訴人に対し、本件賃貸借契約に基づき、未払賃料等二一万円の支払を求めることが、権利の濫用になるということはできない。
六 結論
(1) 本訴請求、反訴請求の当否
以上の認定判断によると、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求、被控訴人Y1の控訴人に対する反訴請求は、次のとおりとなる。
ア 控訴人の被控訴人らに対する本訴請求
損害賠償金一六五万円、及びこれに対する不法行為後である訴状送達日の翌日(被控訴人Y1につき平成二二年二月一〇日、被控訴人会社につき平成二二年一月一四日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却する。
イ 被控訴人Y1の控訴人に対する反訴請求
平成二一年五月分から同年一〇月分までの賃料等合計二一万円、及びこれに対する最終弁済期後である平成二一年一〇月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求全額につき、理由があるので認容する。
(2) 原判決の当否
よって、①原判決の本訴請求についての判断(原判決主文一、二項)につき、上記(1)アと異なる原判決を上記のとおり変更し、②原判決の反訴請求についての判断(原判決主文三項)につき、原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので棄却して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 神山隆一 宮武康)
別紙一、二<省略>